課税処分無効事件
差戻控訴審判決

所得税賦課処分無効確認等請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和48年(行コ)第30号
昭和49年10月23日 第9民事部 判決

控訴人 (原告) 花里広吉 花里みち子
右控訴人両名訴訟代理人弁護士 宮崎正男

被控訴人(被告) 神奈川税務署長 幡野寿治
右指定代理人   鎌田泰輝 高橋健吉 垪和輝興 岩本親志

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 控訴人花里広吉の、主たる請求中差押処分の取消を求める部分に対する控訴を棄却する。
 控訴人らの主たる請求中、課税処分の無効を求める部分に対する原判決を取消す。
 被控訴人が、昭和37年11月20日なした控訴人花里広吉に対する昭和35年分所得税の賦課処分、並びに同日なした控訴人花里みち子に対する同年分所得税賦課処分中、本税については金52,500円、加算税については金13,096円を各超える部分はいずれも無効であることを確認する。
 控訴人花里広吉の予備的請求につき、被控訴人が、控訴人花里広吉に対し、別紙第二目録記載の不動産につき昭和38年6月26日なした差押処分は無効であることを確認する。
 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。


 控訴人ら代理人は、
「原判決を取消す。
第一、主たる請求
(一) 被控訴人が昭和37年11月20日なした控訴人花里広吉に対する昭和35年分所得税の賦課処分、並びに右同日なした控訴人花里みち子に対する同年分所得税賦課処分中、本税については金52,500円、加算税については金13,096円を各超える部分はいずれも無効であることを確認する。
(二) 被控訴人が控訴人花里広吉所有の別紙第二目録記載の不動産に対して昭和38年6月26日なした差押処分はこれを取消す。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二、予備的請求、
 主たる請求の(二)が認められないときは、被控訴人が控訴人花里広吉に対し、同人所有の別紙第二目録記載の不動産につき昭和38年6月26日なした差押処分は無効であることを確認する。」
との判決を求め、
 被控訴人指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

[1] 当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決中「年度所得税」とあるを「年分所得税」と、同6枚目表4行目「昭和30年」とあるのは「昭和32年」と、同10枚目表5行目から6行目および12枚目表8行目ならびに同15枚目表7行目に「昭和37年度」とあるをいずれも「昭和35年分」と、それぞれ訂正する)であるから、ここにこれを引用する。

[2] 控訴代理人は請求原因の補充として次のとおり述べ、かつ被控訴人の法律上の主張は全部争うと述べた。
[3]一、およそ行政処分が無効といい得るためにはその瑕疵が重大かつ明白であることを要し、その明白とは処分要件の存在を肯定する処分庁の認定の誤りであることが外形上客観的に明白であることを要するとしても、本件は、その瑕疵が外形上客観的に明白な場合に該当する。その理由は次のとおりである。
[4](一) 控訴人花里広吉(以下控訴人広吉と称する。)は本件課税処分に先だつ調査の段階で被控訴人の呼出しに応じ出頭して事の次第を述べている。また、本件各物件の実質的所有者たる訴外岡田信二(以下岡田と称する。)も出頭して事情を述べているので被控訴人は課税処分前に瑕疵の存在を知つていたはずである。したがつて、瑕疵は客観的に明白であつたというべきである。
[5](二) かりに控訴人らが出頭しなかつたとしても、本件処分の瑕疵の原因たる不動産所有権が何人に帰属するかということは別段難かしいことではなく、特に権限ある国家機関の判断をまつて初めて判明するといつたようなものでもなく、まさに何人の判断によつても容易に判明する事実なのである。
[6](三) 行政処分の瑕疵が客観的に明白である場合には、処分要件の存否に関する行政庁の判断が格別の調査をまつまでもなくなにびとの目にも明白な誤りと認められる場合のみならず、行政庁に当然要求される程度の調査によつて判明すべき事実関係に照らして、明らかに誤認と認められるような場合をも包含すると解せられるところ、本件についても被控訴人が譲受人側の調査と同様の調査を控訴人広吉及び岡田になすことによつて容易に判明したことも明らかである。
[7]二、被控訴人主張の事実は争う。

[8] 被控訴指定代理人は次のとおり述べた。
[9](一) 控訴人らは別紙第一目録記載(一)ないし(三)の物件(以下本件物件(一)ないし(三)と称する)の登記名義が控訴人らになつていた事実を知りながらこれを容認しており、しかも、右(一)(二)の土地を控訴人広吉名義をもつて売却されることをも了解していたものである。そのことは、次の事実から明らかである。
[10](1) 控訴人らは昭和28年頃岡田に何らの担保を供することなく金30万円を貸付けていたが、岡田の事業経営の悪化にともない岡田は債権者からの財産の隠匿とあいまつて、控訴人らからの借入金の担保の目的で、昭和28年6月10日本件(一)(二)の土地につき、控訴人ら主張のとおりの仮登記をなした。このことは岡田の内妻花里静枝(控訴人花里みち子(以下控訴人みち子と称する)の姉)を通じ控訴人らは了知している。本件建物につき、控訴人ら主張の登記をしたことについても、登記後承諾を得ている。すくなくとも控訴人みち子に対しては固定資産税納税通知書が送達されているから同人は当然知悉している筈である。
[11](2) 岡田は訴外南波憲から昭和35年9月融資を受けるに際し、本件各物件を担保に提供したが、その際南波は控訴人ら宅に赴き、本件各物件の仮登記名義人あるいは所有名義人であつた控訴人らの了解を得ている。すくなくともその際、控訴人らは本件各物件の名義人であることを認識したはずである。
[12](3) その後本件(一)の土地が売却された際、買主の求めに応じ控訴人広吉は売買代金の授受に立ち会い右土地が控訴人広吉名義で売買されることを了解し、岡田が受取つた金を数えたり登記所まで同道したりしているのである。
[13](4) 本件物件の所有権移転登記手続に使用された印鑑証明の控訴人広吉の印鑑は、控訴人広吉が横浜市港北区に転入した昭和34年12月1日の後たる昭和35年3月21日登録されているものであつて、同年9月13日以降本件土地につきなされた登記の半年も前に岡田が控訴人広吉名義を冒用して登録したとするのは著しく経験則に反し、右印鑑登録は控訴人広吉に無断でなされたとすることはできない以上、本件物件の譲渡その他契約関係書類に使用された印章を偽造されたと解する余地はない。
[14] 控訴人みち子の印鑑登録は昭和35年1月9日現住所に転入後の同年4月23日なされ、右印鑑は昭和47年7月14日廃印届がなされ、他に登録印鑑はない。よつて、右登録は控訴人みち子が自己の所有として訴外小林仁助に対する譲渡を承認している原判決添付別紙第一目録(四)記載の土地につき昭和35年5月6日所有権移転登記する必要に迫られたもので(登記に要する印鑑証明書の有効期間は3ケ月であること(不動産登記法施行細則44条)、及び居住者の登録印鑑につきなされる印鑑証明制度の趣旨からかく解するほかはない。)この印鑑をもつて、本件(三)の建物の登記がなされているもので、本件(三)の建物の売買契約書その他の関係書類に押捺された印章もまた、同一の印鑑によるものと推測される。したがつて、本件物件処分のため控訴人らの印章が偽造されたことはなく、したがつてまた、控訴人らは本件各物件が控訴人らの名義であることを知悉していたものというべきである。
[15](5) 控訴人らは被控訴人の控訴人らに対する昭和36年3月10日の第1回出署依頼から昭和37年11月20日控訴人に対する当該処分送達までの間、本件物件の譲渡について十二分の説明ないし立証を行わず、しかも控訴人広吉は課税処分後昭和37年12月21日付でなされた異議申立を、自ら後に取下げている。これらの事実は、控訴人らが本件各物件の譲渡を承認していたことの証左とすべきである。
[16](二) 控訴人らは登記上の表見的権利関係の存在によつて利益を享受していたものである。すなわち、前項(1)記載の貸付債権の残額10万円(20万円は昭和29年頃までに返済されていた)のうち5万円は、本件土地代金のうちから、前項(3)記載の売買代金の授受に立会つた際、岡田から控訴人広吉に支払われていることからしてもこのことは明らかである。

[17] 証拠として
 控訴代理人は甲第4号証、同第5号証の1ないし3を提出し、当審証人高橋国太郎、同島村四郎の各証言ならびに当審における控訴人花里広吉本人尋問の結果(第1、2回)を援用し、乙第11号証につき控訴人広吉の署名およびその名下の印影が控訴人の印顆により顕出されたことは認め、その余の部分の成立は否認、その余の乙号各証の成立は認める、と述べ、
 被控訴指定代理人は、乙第11ないし第15号証を提出し、当審証人南波憲の証言を援用し、甲号各証の成立は認める、と述べた。

[1] 被控訴人の本案前の抗弁について、当裁判所も原判決中この部分の説示(原判決3枚目表1行目から4枚目裏5行目まで)と同様に判断するものであるから、ここにこれを引用する。
[2] つぎに、主たる請求中、控訴人らに対する課税処分の無効確認を求める部分につき判断する。

[3]一、被控訴人が昭和37年11月20日、本件物件(一)土地の控訴人広吉名義から訴外下川茂への譲渡(昭和35年11月7日)、同(二)の土地の控訴人広吉名義から訴外照井竹雄への譲渡(昭和35年12月24日)、右(一)土地上の同(三)の建物の控訴人みち子名義から控訴人広吉への譲渡(昭和35年9月2日)につき、控訴人らに昭和35年中に譲渡所得を生じたとして、控訴人広吉に対し昭和35年分所得税111万8480円、加算税27万9500円、控訴人みち子に対し、本件係争外の土地である別紙第一目録記載(四)の土地の譲渡をも含めて、昭和35年分所得税82万5710円、加算税20万6250円の賦課決定をしたこと、は当事者間に争いがない。

[4]二、原審証人岡田信二の証言により真正に成立したことを認め得る甲第1号証の1、2、原本の存在とその成立に争いのない甲第1号証の3及び乙第10号証、成立に争いのない乙第3乃至第5号証、原審証人岡田信二、同下川茂、同花里静枝、当審証人島村四郎の各証言、原審および当審(第1、2回)における控訴人広吉ならびに原審における控訴人みち子各本人尋問の結果(但し控訴人ら本人の供述中後記信用しない部分を除く)を綜合すると、次のとおりの事実を認めることができる。
[5] 控訴人広吉と控訴人みち子は夫婦で、岡田は控訴人みち子の異母姉花里静枝の内縁の夫であるが、控訴人らは昭和28年5月頃静枝の要請により30万円を貸した。岡田は当時電気関係の会社(お茶の水電気株式会社、後にゲルマン電気株式会社、さらに新ゲルマン電気化学株式会社等と社名変更)を経営していたが、経営状態が悪く、静枝に繋がる縁で控訴人らから借りた金も岡田の事業経営資金として使われた。本件(一)ないし(三)の物件は、真実は岡田の所有に属するものであつたが会社の名義となつており、しかも岡田は既に相当の借財もあつた。静枝は、控訴人らからの借用金については証書も作成せず担保提供の話もなかつたが、借りた前記借金の担保にもなり、また債権者の差押も避けられるし、控訴人広吉の旧姓片井広吉名義にすれば控訴人広吉に悪用される虞れもないと考えて岡田にこのことをすすめたので、岡田は控訴人らに無断で、本件(一)(二)の土地につき昭和28年6月10日控訴人広吉名義に所有権移転請求権保全の仮登記をしておいた。その後岡田の事業が思わしくなく、債権者に追及される虞れがあつたので、静枝はせめて自己の居住していた建物を確保したいと岡田に頼み、岡田は同(三)の建物につき昭和32年11月13日控訴人みち子名義に所有権移転登記を経由した。その後岡田は、自己の債務を返済するため右(一)(二)の土地を売却する必要に迫られ、なお、(一)の土地の売却には、同土地とその地上の右(三)の建物との所有名義人を同一にしておくことが有利と考えて、控訴人ら名義の印章を無断購入して印鑑登録をしたうえ、控訴人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等を偽造、これを行使して、(一)の土地につき昭和35年9月13日控訴人広吉に対する所有権移転の本登記を、(三)の建物につき同日控訴人みち子から同控訴人広吉に対する所有権移転登記を経由したうえ、(三)の建物を取毀す約束で(一)の土地を同年10月28日代金850万円で下川茂に売り渡し、(三)の建物はその頃岡田が取毀して控訴人広吉名義で昭和35年11月29日取壊により建物の滅失の登記をなし、また(二)の土地につき同年12月13日控訴人広吉に対する所有権移転の本登記を経由したうえ、同月24日これを代金39万5100円で照井に売渡した。被控訴人は、主として登記簿の記載に依拠して、これに買受人下川、同照井に対し売買契約書、領収書等の提出を求めたり陳述を聴くなどいわゆる反面調査の結果を加え、さらに昭和36年3月10日および同37年9月20日の2回にわたり控訴人広吉に出頭を求めたが応じなかつたとして、同年9月26日控訴人らに対し昭和35年分の譲渡所得の税額を通知したうえ、同37年11月20日本件の決定に及んだが、控訴人らからは適法な異議申立期間内にその申立てがなかつた。
[6] 以上の事実を認めることができ、ほかに、右認定を左右するに足る証拠はない。

[7]三、以上の事実からすれば、本件(一)(二)の土地および(三)の建物につきなされた右各登記、ならびに本件(一)(二)の土地の売却は、いずれも岡田が控訴人らに無断でしたことで、控訴人らは本件(一)(二)の土地および(三)の建物のいづれについてもこれを所有したことはなく、したがつて、控訴人ら名義でなされたこれらの土地建物の譲渡のいずれについても、被控訴人主張の譲渡所得を生ずるに由ないものであつたということになる。

[8]四、したがつて、本件課税処分はその法定の処分要件を欠く過誤をおかしているといえるが、かかる課税処分の効力について考えると、このような処分要件を欠く行政処分については、まず、行政上の不服申立てをし、これが容れられなかつたときはじめて当該処分の取消しを訴求すべきものとされており、このような行政上、または司法上の救済手続のいずれにおいても、その不服申立てについては法定期間の遵守が要求され、その所定期間を徒過した後においては、もはや、当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争うことはできないのが原則である。しかし、例外的には課税処分についても当然これを無効とすべき場合があり、無効な行政処分の表見的効力にもとずく執行等の行政措置の続けられることを防ぐ防訴訟的場合に無効確認訴訟の許されることは本案前の抗弁について説示したとおりである。
[9] そこで、如何なる場合に課税処分の当然無効を認めるかといえば、一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。

[10]五、そこで、本件の具体的場合について検討すれば、本件課税処分は、前述したように課税要件を欠くものであるから課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を帯有するものということができる。ついで,控訴人らにかかる瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情とは何かといえば、たとえば、控訴人らが岡田のなした上記各登記の経由過程について完全に無関係とはいえず、事後において明示または黙示的にこれを容認していたとか、又は表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享受していた等の特段の事情のないことをいうと解せられる。

[11]六、よつて、進んで、右の特段の事情の存否について判断する。
[12](一) まず、前記各登記手続が当初において、岡田によつて控訴人らに無断で、その名義を冒用することによりなされたもので、控訴人らに全く関係なく経由されたことは、前記認定により明らかである。
[13](二) 被控訴人は、控訴人らにおいて、岡田がほしいままにした登記を事後的に容認していた旨主張するので、この点につき判断すると、原審証人花里静枝は本件(一)(二)の土地につき控訴人広吉名義の仮登記をなした後間もなく控訴人みち子に、控訴人広吉名義の登記をなしたことを告げた旨供述しているけれども、原審における控訴人みち子本人尋問の結果に照し措信し難く、また、本件(三)の建物が控訴人みち子名義になつた後、控訴人みち子宛てに固定資産税納税通知書が送達されたことを認めうる証拠はない。したがつて控訴人みち子が本件(三)の建物が自己名義をもつて登記されていることを知悉していたものと推認することができない。しかしながら、当審証人南波憲は、昭和35年9月頃岡田の依頼により本件(一)の土地を担保にして岡田に金融をするに際し、南波は担保に提供された土地の名義が控訴人広吉となつているため名義人の同意を確認するため控訴人広吉の自宅を訪問し確認を得た旨供述しているけれども当審における控訴人広吉本人の供述(第2回)は南波との面識を否定しており、前記証人南波の証言によつても控訴人広吉との面識の有無については同人の記憶が必ずしも確実でないので、前記証人南波の証言もまた、記憶の正確さにおいて疑問の余地があるので、採用することができない。
[14] その他、被控訴人は、控訴人広吉が本件(一)(二)の土地が自己の名義に登記されていたことを知悉していたことを裏付ける事情として、控訴人広吉が本件(一)の土地の訴外下川との売買契約のため売買代金の授受に立ち合い登記所まで同道したと主張し、原審証人下川茂、同岡田信二の各証言中には右主張にあう部分があり、不動産の売買において登記名義人である控訴人広吉の立会を求めたことには十分合理性のあることと考えられるので右各証言は信用することができ、控訴人広吉は売買代金の授受に立会い、登記所に同道した事実を認めることができる。当審(第1回)および原審における控訴人広吉本人の供述中、右認定に反する部分は信用しない。けれども、前掲証人下川、同岡田の各証言および前掲控訴人本人供述の一部を綜合しても、控訴人広吉は静枝に頼まれて売買代金の授受や登記所に立会つたという以上に、あたかも本件(一)の土地の所有者として振舞い、売買取引において土地の所有者として、買主である下川と交渉を持つたり、なんらかの要求をしたような事実を認めることはできずほかに、これらの事実を認めることのできる証拠はない。却て原審並に当審における控訴人広吉の本人尋問の結果、原審における控訴人みち子の本人尋問の結果を綜合すると控訴人らは本件問題の売買について岡田と一度も交渉を持つたことなく、従つて本件売買及び各登記のなされたことは全然知らず、昭和37年6月改印届をするに当つて静枝らが広吉名義の印章を作成していた事実を知つたけれども右印章で本件登録がなされたことは気付かず、同年11月の本件賦課処分の通知により始めてこれを知り、静枝を通じて岡田らに善処方を申入れると共に直ちに税務署に出頭し本件各譲渡は控訴人らの全然関知しないところである旨を申出たものであることを認めることができる。然るときは、売買代金の授受のための登記所への同道の事実があつたとしてもそれをもつて、控訴人らが本件各物件が自己名義であることを知悉しながら容認していたことの証左とすることはできない。
[15] 被控訴人はまた、本件(一)(二)の土地の本登記および移転登記手続に使用された控訴人広吉の印章の印鑑登録が昭和35年3月21日になされていること、および、本件(三)の土地の移転登記手続に使用された控訴人みち子名義の印章の印鑑登録が昭和35年4月23日になされ、この印章は控訴人みち子所有の別紙第一目録記載(四)の土地の所有権移転登記手続に使用されたと推測されることから、経験則上控訴人らは本件各物件の各登記手続のなされたこと、したがつてまた、本件各物件が控訴人らの名義であつたことを知悉していたはずであると主張するけれども、岡田が控訴人ら名義の印章を勝手に購入して印鑑登録をしたことは前記認定のとおりであり、成立について争いのない乙15号証によると、本件(一)(二)の土地の登記手続に使用された印章が控訴人主張の時期に登録されたことが認められるけれども、右印鑑登録の時期と本件(一)(二)の登記に使用されるまで、期間があつたからといつて、そのことのみをもつて前記認定を覆えす資料となし得ないし、本件建物の登記手続に使用されたのと同一の印章が控訴人みち子所有の別紙第一目録記載(四)の土地の所有権移転登記手続について使用されたことを認めることのできる証拠はない。したがつて、被控訴人の前記主張を認めるに由なきものといわざるを得ない。
[16] かえつて、原審証人岡田信二、当審証人高橋国太郎の各証言、当審(第1回)および原審における控訴人広吉本人の供述の一部によると、控訴人広吉は本件課税処分のなされた昭和37年11月20日以前において、被控訴人の呼出に応じて税務署に赴き、岡田もまた出頭して、本件各物件が実質的に岡田に帰属していた事情を述べていることが認められる。控訴人広吉の署名部分およびその名下の印影が控訴人広吉の印顆により顕出されたことに争いがないことにより成立を推定される乙第11号証によると、控訴人広吉は昭和37年12月21日付で本件課税処分につき控訴人広吉の提出した異議を、昭和38年3月4日取下げていることが認められるけれども、当審(第1回)における控訴人広吉本人の供述の一部によると、控訴人広吉が右異議申立を取下げたのは、担当者に異議申立の期間が過ぎているから取下げるよう勧奨されたので控訴人広吉はそれに対し再び事情を述べたところ、「わかつた」と言われたのですべて解決と早呑込して取下げたことが認められるので、右異議申立の取下によつて、課税処分を承認し、名義人であつたことを容認していたものと解するのは相当ではない。
[17] 以上要するに、控訴人らが、本件各物件につき控訴人ら名義をもつてなされた前記各登記を、事後において容認していたものとは認められない。
[18](三) 次に、被控訴人は、控訴人らが登記上の表見的権利関係の存在によつて利益を享受していたかどうかについて判断するに、前記認定の控訴人広吉の岡田に対する貸金残額5万円を、控訴人広吉は本件(一)の土地の売買代金から支払いを受けたと主張し、前掲証人岡田信二の証言中には右の主張にそう部分があるけれども、前記認定のように控訴人広吉は静枝に頼まれ代金の受領を確認するために登記所に行つたにすぎず、受取つた代金の一部から5万円を受取つたとしても昭和28年5月に無理して好意的に貸した30万円の内金5万円を7年後に受取つたからといつて利益の享受には当らず、控訴人らが本件各物件の表見上の名義を利用して融資を受けたとか、債権回収のために売却をすすめたり、前記5万円のほかに売却代金の配分を受けた等の利益を享受した事実を認めることのできる証拠がなく、控訴人らとしては要求すれば当然代金の中から10万円の弁済を受けられた筈であることを考え合わせると、控訴人らが本件各物件の表見的権利を利用して利益を享受したものと認めるのは相当ではない。

[19]七、以上の認定のとおり、特段の事情の認められない本件においては、結局、本件各課税処分はその根幹において瑕疵があり、かつ控訴人らに、瑕疵のある課税処分の不可争的効果による不利益を甘受させることが著しく不当と認められる例外的な場合に該当すると解せられるので、被控訴人の控訴人らに対する本件各課税処分は無効というべきである。もつとも、控訴人みち子に対する課税、本税82万5,710円、加算税20万6,250円中には同人所有の別紙第一目録記載(四)の物件の訴外小杯仁助に対する譲渡に対する課税も含まれるとして本税5万2,500円、加算税1万3096円の部分は有効であることを自認しているところであり、被控訴人は、右(四)の物件に関する課税額が右金額を超えることについての主張立証をしていないので、被控訴人は右(四)の物件についての課税額が控訴人主張の額であることを明らかに争わないものと看做すべく、然るときは、本件課税処分の無効確認を求める控訴人らの請求は正当として認容すべきものと判断する。
[20] 次いで、予備的請求について判断すると、被控訴人が控訴人広吉に対する本件課税処分に基づいて、同人所有の別紙第二目録記載の不動産に対し、昭和38年6月26日差押処分をなしたことは当事者間に争いなく、被控訴人の控訴人広吉に対する本件課税処分が無効である以上、この課税処分に基いてなされた差押処分もまた無効であることは多言を要しないところである。
[21] 以上の次第であるから控訴人広吉の主位的請求中差押処分の取消を求める部分について、請求を却下した原判決の判断は正当であるからこの部分に関する控訴人広吉の控訴を棄却すべく、その余の請求について、右と判断を異にする原判決は不当で、控訴人らの本件控訴は理由があるから、原判決を取消すべく、民事訴訟法第384条、第326条、第95条、第96条、第93条、第89条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

  東京高等裁判所第9民事部
  裁判長裁判官 石田哲一  裁判官 小林定人  裁判官 野田愛子

別紙第一・第二目録(省略)

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