課税処分無効事件(昭和48年)
第一審判決

所得税賦課処分無効確認等請求事件
横浜地方裁判所 昭和38年(行)第11号
昭和40年12月21日 第5民事部 判決

原告 花里広吉 花里みち子
右両名訴訟代理人弁護士     宮崎正男

被告 神奈川税務署長      斉藤忠一
右指定代理人 法務省訟務局検事 山田二郎
     同 法務事務官    山口三夫
     同 大蔵事務官    三輪正雄
     同          近藤一久

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告花里広吉の主たる請求中差押処分の取消を求める部分を却下する。
 原告等のその余の各請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告等の負担とする。


 当事者双方の申立、事実上、法律上の陳述はいずれも別紙記載のとおりである。

 立証として、
原告等訴訟代理人は、甲第1号証の1乃至3(但し同3は写を提出)、第2、3号証を提出し、証人岡田信二、同下川茂、同花里静枝の各証言、原告両名各本人尋問の結果を援用し、乙第1号証、第2号証の1乃至3は各原本の存在を認めるがその成立は否認する、同各号証に押捺してある原告花里広吉名下の印影は同人の印章によるものでない、第1号証、第2号証の1、2のその余の記載部分の成立は知らない、第3乃至第5号証の成立は認める、第6号証の1、2の成立は知らない、第7号証の1、2の各1、第8号証の1、2の各1、第9号証の1、2の各1はいずれも官署作成部分の成立を認めるが、その余の部分の成立は知らない、第10号証は原本の存在及びその成立を認める、その余の乙号各証の成立は否認する、と述べ、
被告指定代理人は乙第1号証、第2号証の1乃至3(但し以上はいずれも写を提出)、第3乃至第5号証、第6号証の1、2、第7号証の1の12、第7号証の2の1乃至3、第8号証の1の1、2、第8号証の2の1乃至3、第9号証の1の1、2、第9号証の2の1乃至3、第10号証を提出し、証人井上蓁の証言を援用し、甲第1号証3は原本の存在及びその成立を認める、第2号証の成立を認める、その余の甲号各証の成立は知らない、と述べた。

別紙
第一、主たる請求
(一) 被告が昭和37年11月20日なした原告花里広吉に対する昭和37年度所得税の賦課処分、並びに右同日なした原告花里みち子に対する同年度所得税賦課処分中、本税については金52,500円、加算税については金13,096円を各超える部分はいずれも無効であることを確認する。
(二) 被告が原告花里広吉所有の別紙第二目録記載の不動産に対して昭和38年6月26日なした差押処分はこれを取消す。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二、予備的請求
 主たる請求の(二)が認められないときは、被告が原告花里広吉所有の別紙第二目録記載の不動産に対して昭和38年6月26日なした差押処分は無効であることを確認する。
(一) 請求の趣旨第一の(一)中原告花里広吉に対する所得税賦課処分の無効確認を求める部分を却下する。
(二) 同第一の(二)を却下する。
(三) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(一) 原告らの主たる請求および予備的請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(一) 滞納処分の取消のみでは原告花里広吉の法的地位の安定は望めない。
 課税は単なる前提問題ではない。
(一) 原告花里広吉は,請求の趣旨第一の(二)において滞納処分の効力を争うから、その前提である所得税賦課処分の無効確認を求める同第一の(一)中、同人に関する部分は行政事件訴訟法第36条に違反し許されない。
(二) 審査の請求を経ていないことは認めるが異議申立却下の場合は国税通則法第79条第3項に該当せず、訴訟提起は適法である。
(二) 請求の趣旨第一の(二)の取消訴訟は、国税通則法第79条所定の、異議についての決定に対する審査の請求を経ていないから、同法第87条に違反し不適法である。

一、被告は昭和37年11月20日原告花里広吉に対し、
(イ) 昭和35年11月7日別紙第一目録(一)記載の土地を訴外下川茂に譲渡
(ロ) 同年12月24日同目録(二)記載の土地を訴外照井竹雄に譲渡
し所得したとして昭和35年度所得税本税金1,118,480円、加算税金279,500円の賦課処分をなした。
一、認める。
二、被告は昭和37年11月20日原告花里みち子に対し、
(イ) 昭和35年9月2日別紙第一目録(三)記載の建物を原告花里広吉に譲渡
(ロ) 昭和35年2月29日別紙第一目録(四)記載の各土地を訴外小林仁助に譲渡
し所得したとして昭和37年度所得税本税金825,710円、加算税金206,250円の課税処分をなした。
二、認める。
三、更に被告は前記一、記載の原告花里広吉に対する課税処分に基き昭和38年6月26日滞納処分として、同原告所有の別紙第二目録記載の土地につき差押処分をなし、同年7月4日その旨の登記がなされた。
三、認める。
四、然しながら前記一、および二、の(イ)記載の課税処分はいずれも当然無効である。
 すなわち、
 原告花里広吉は別紙第一目録(一)および(二)の土地を所有した事実なく、原告花里みち子も同目録(三)の建物を所有したことなく、これら不動産の譲渡による代金所得の事実は全くない。原告らの調査によれば右不動産の実質上の所有者訴外岡田信二が原告らの印鑑を偽造しその名義を冒用して、
同目録(一)の土地については、
昭和28年6月10日原告花里広吉の為に所有権移転請求権保全の仮登記をなし同35年9月13日、右仮登記に基く本登記手続をした上、同年11月7日訴外下川茂に譲渡して代金を受領し、
同目録(二)の土地については、
昭和28年6月10日原告花里広吉のために所有権移転請求権保全仮登記をなし同35年12月13日右仮登記に基く本登記手続をした上、同年12月24日訴外照井竹雄に譲渡して代金を受領し、
同目録(三)の建物について
昭和32年11月13日売買を原因として原告花里みち子名義の所有権取得登記手続をなし、次いで同人より原告花里広吉に譲渡したとして同人に移転登記手続をなし
たものであることが判明した。
 以上右各不動産に関する課税処分は何ら所得を得ていない原告らに対して為された点で、重大かつ明白な瑕疵ある行政処分であり当然無効である。
 仮に、登記簿上の所有名義人に対する課税が、その者が真実の権利者でないとの理由のみで直ちに重大かつ明白な瑕疵ある行政処分といえないとしても、行政庁が処分に際し、職務上当然に要求される調査義務を尽さず、これを行えば容易に発見しえたであろう瑕疵も、明白かつ重大な瑕疵というべく、本件においても、原告らは被告に対し事情説明をしたから原告ら及び訴外岡田信二を調査することにより容易に発見し得た筈である。
四、全部否認する。
 行政処分を当然無効とする重大かつ明白な瑕疵とは処分庁の認定に、重大かつ明白を瑕疵ある場合を指し、処分成立の当初から誤認であることが外形上客観的に明白でなければならない処、原告らが無効を主張する課税処分は推定力ある不動産登記簿を基礎資料とし他に若干の補足的調査を加えてなしたが、これら資料から原告ら主張の瑕疵は認められず、かかる瑕疵があつたとしても、外形上客観的に明白とはとうていいえない。
 なお被告が本件課税処分を行なう前に原告花里広吉がみずから神奈川税務署に出頭し原告主張の如き事情を説明したことは全くない。被告が本件課税処分に際し昭和36年3月10日及び同37年9月20日の2回に亘り原告花里広吉に対し呼出をなし更に同37年9月26日右原告の譲渡所得の計算を通知したにもかかわらず右原告はあえて出頭せず、又原告らは本件課税処分に対し所定の行政不服申立をしなかつたものである。
五、右の通り課税処分は無効であるから、これに基いて原告花里広吉所有不動産に対してなした滞納処分は違法な行政処分といわねばならない。
 そこで原告花里広吉は、右滞納処分につき昭和38年7月25日被告に対し異議申立をしたが、同年8月19日却下された。
五、否認する。
 但、滞納処分に対する異議申立および決定のあつたこと、その日時は認める。
六、よつて被告に対し、原告花里広吉に対する昭和37年度所得税賦課処分の無効確認、原告花里みち子に対する同年度所得税賦課処分中、真実の売買である請求原因二、(ロ)の土地に関する部分、すなわち田は坪当金730円、畑は坪当金300円、合計金412,230円で譲渡し、経費として金12,230円を要したので、これを差引いた金400,000円が課税総所得金額となるので、その所得税額金52,500円、加算税額金13,096円を超える部分についての無効確認および原告花里広吉に対する差押処分の取消を求める。
六、争う。
 仮に原告花里広吉の取消訴訟が、不服申立手続中、異議申立をなしたのみで、審査の請求を前置していないとの理由で容れられないとすれば、
本件差押処分は、前記主たる請求の請求原因四、の如く無効な処分に基くものであるから当然無効というべく、無効確認を求める。
 争う。

別紙第一目録・第二目録(省略)

[1]一、まず被告は、原告花里広吉の主たる請求中同原告が課税処分に基く差押処分の取消を求めることから、同原告が所得税賦課処分の無効確認を求める部分は、差押処分の単なる先決問題として行政事件訴訟法第36条に違反すると主張する。しかし、仮に原告広吉に対する既往の課税処分が無効である場合にも、これに基く現在の法律関係である特定の差押処分のみを取消せば、原告広吉の不利益乃至法的地位の不安定を救済するのに十全であるとは解し難い。蓋し、当該差押処分が取消されても、既往の課税処分が訴訟等の手続により無効と判断され又は取消されない以上、これに基き原告広吉の負担する納税義務は依然として存続し、更に別個の差押処分等がなされる可能性は十分存在するからである。
[2] 従つて前記法条は、現在の法律関係を生ぜしめるに至つたその前提の行政処分の効力を争わねば、権利の救済が十分に行なわれない相当の理由がある場合に、その前提たる行政処分の無効確認訴訟を提起し得ることまで制限する趣旨ではない、と解するのが相当である。しかりとすれば、原告広吉の主たる請求中無効確認を求める部分は、適法として許容すべきである。

[3]二、次に被告は、原告広吉の主たる請求中右差押処分の取消を求める部分が、同処分の異議についての決定に対する審査請求を経ていないから、不適法であると主張するので、この点につき判断する。
[4] 原告広吉に対し、被告が昭和38年6月26日滞納処分として別紙第二目録記載の土地につき差押処分をし、同年7月4日その登記がなされ、同月25日原告広吉から被告に右処分に対する異議申立をしたところ、同年8月19日これが却下されたこと、原告広吉はこの却下決定に対し国税通則法第79条所定の審査請求を経ず本訴提起に至つたことは当事者間に争いがない。ところで、行政事件訴訟法第8条第1項但書、国税通則法第79条第3項、第89条は、処分についての異議申立が認容されると否とを区別せず、原則として審査請求を経てから出訴すべきことを明定しているのであつて、本訴では原告広吉において国税通則法第87条第1項第4号所定の所謂前審省略に対する特段の例外事由につき、何等の主張立証もしていない。そうすると、原告広吉に対する差押処分の取消を求める部分は、本案について判断するまでもなく、不適法な訴として却下を免れない。
[5] 前説示のとおりであるから、主たる請求中課税処分の無効確認を求める部分のみにつき判断する。

[6]一、被告が原告等に対し、その主張のとおりの課税処分をしたことは当事者間に争いがなく、原告広吉に対する課税処分に基き、別紙第二目録記載の土地に差押処分がなされたことも、前段掲記のとおり争いがない。
[7] 原告等は、右課税処分の原由となつた別紙第一目録(一)乃至(三)記載の各不動産を所有したことはない、というのでこの点につき審究する。
[8] 証人岡田信二の証言により真正に成立したことを認め得る甲第1号証の1、2、原本の存在とその成立に争いのない甲第1号証の3、乙第10号証、成立に争いのない乙第3乃至第5号証、証人岡田信二、同下川茂、同花里静枝の各証言、原告両名各本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すると、次の事実を認めることができる。
[9] 原告等は夫婦であつて、同人等は昭和28年頃原告みち子の姉花里静枝の内縁の夫岡田信二に300,000円の現金を貸した。岡田は当時電気関係の会社を経営していたが、経営状態が思わしくなく、お茶の水電気株式会社、ゲルマン電気株式会社、新ゲルマン電気化学株式会社等と次々に会社の名称を変更し、原告から借りた金も、これらの会社の事業経営資金として費消した。そのため静枝は、原告等に借金を返せないことを慮り、登記簿上は右会社所有名義となつているが、実際は岡田の所有する別紙第一目録(一)、(二)記載の土地を、一応原告広吉の旧姓片井広吉名義にすれば、原告広吉に悪用される虞もないし、万一の場合は前記借金に対する担保にもなると考え、その旨登記するよう岡田にすすめ、岡田は、右会社債権者から差押をされたりすることも避けられると判断して、原告等に告げないまま昭和28年6月10日右各土地につき片井広吉名義に所有権移転請求権保全の仮登記をした。次いで岡田は、昭和30年11月13日やはり真実は同人の所有する別紙第一目録(一)記載の土地上にある同目録(三)記載の建物につき、前同様の趣旨で原告等に無断のまま原告みち子所有名義の登記をした。
[10] 昭和35年に至り、岡田の事業経営はなお不振を続け、借財が嵩み、その返済に充てるため、岡田は前記各土地を売却することを思い立ち、会社所有名義の前記各土地につき、原告広吉名義の仮登記を本登記に切替え、更に前記建物の所有名義人をその土地所有名義人と同一にした方が、土地の売買に有利と考え、原告等名義の印章を無断で購入して印鑑届をした上、原告等作成名義の売買契約書、登記申請書、委任状等を偽造し、別紙第一目録(一)、(三)記載の土地、建物につき昭和35年9月13日、同目録(二)記載の土地につき同年12月13日、それぞれ原告広吉名義に所有権移転登記をして、同(一)の土地を同年10月28日下川茂に代金8,500,000円で、同(二)の土地を同年12月24日照井竹雄に代金395,100円で、いずれも原告広吉の名義を冒用して売渡した。
[11] 以上の認定を左右する証拠はない。
[12] 右認定に徴すれば、原告等が別紙第一目録(一)乃至(三)記載の各不動産を実質上所有したことはない、というべきであるから、被告が原告等に対し右不動産を所有したことにより所得があつたと誤認してなした本件課税処分には、重大な瑕疵があつたと認めざるを得ない。

[13]二、そこで次に右課税処分に明白な瑕疵があつたか否かを審究する。前掲各証拠及び証人井上蓁の証言と、これにより真正に成立したことを認め得る乙第6号証の1、2を綜合すると、被告は原告等が別紙第一目録(一)乃至(三)記載の不動産につき登記簿上所有名義人とされていたことから、前段認定にかかる岡田の不動産譲渡行為を、当然原告等のなしたものと判断し、同目録(一)記載の土地買受人下川に対し売買契約書、領収書等の提出を求め、同目録(二)記載の土地買受人照井に対し昭和37年5月頃所謂反面調査を行い、結局右各書類並びに各買受人の陳述から、原告等と右買受人間に真実売買がなされたものと認定したこと、そして更に右各土地売買及び同目録(三)記載の建物の売買につき、資料を蒐集し、併せて原告等の言分を確認すべく、昭和36年3月10日、昭和37年9月20日の2回に亘り、原告広吉に対し被告の許へ出頭を求める呼出をなしたが、原告等は出頭せず、その上同月26日原告等に対する譲渡所得の税額を通知したところ、適法な異議申立期間内には原告等から何の申立もなされなかつたことを認めることができる。
[14] 右認定に牴触する原告両名各本人尋問の結果の一部はいずれも信用できず、他に右認定を動かす証拠はない。
[15] ところで、行政処分を当然無効とするための明白な瑕疵とは、処分の成立した時点においてその誤認であることが、外形上、客観的に明白である場合を指し、更に瑕疵の明白性の判定は、処分の外形上、客観的に誤認が一見して看取し得るか否かによるべきである、と解するのを相当とする。しかして前示認定事実によれば、被告が原告等に対し本件課税処分をなした時点において、外形上、客観的にその誤認が明白であつたということは到底肯認し難い。
[16] この点に関し原告等は、職務上当然要求される調査義務を尽せば容易に発見し得た瑕疵も、明白かつ重大な瑕疵であると主張するが、行政庁が怠慢で調査義務を尽さなかつたか否かが、瑕疵の明白性の判定に直接関係があるとは解し得ないばかりか、本件においては前記認定のとおり、被告は課税処分に当り通常要求される調査義務を尽したというべきであるから、右主張は採用の限りでない。
[17] そうすると、被告のなした本件課税処分に明白な瑕疵が存したと認められないから、右処分をもつて当然無効なものとは言えず、原告等の主たる請求はすべて理由がない。
[18] 原告広吉の予備的請求について按ずるに、前掲各証拠によると、岡田は被告が原告等に対し呼出及び課税通知をなしたことを知り、昭和38年6月19日被告の許へ赴き、一応の弁解をしたけれども、別紙第一目録(一)、(二)記載の土地の実質上の所有者が同人であることの確実な資料の提出をしなかつたため、被告は右弁解を十分信憑性のあるものと認めず、その結果原告広吉に対し本件差押処分に及んだことを認めることができるけれども、右差押処分のなされた時点において、これを無効とするような新な重大かつ明白な瑕疵の存在を認め得る証拠は存しない。なお原告広吉は、本件課税処分が無効であるから本件差押処分も当然無効であるというが、これに対する判断は前段説示のとおりである。従つて予備的請求も失当である。

[19]叙上説示のとおりであるから、原告等の本訴請求中差押処分の取消を求める原告広吉の主たる請求は不適法として却下すべく、原告等のその余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第93条を適用して主文のとおり判決する。

  横浜地方裁判所第5民事部
  裁判長裁判官 石田三二  裁判官 土井博子  裁判官 斉藤祐三

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