一級建築士免許取消処分事件
上告審判決

一級建築士免許取消処分等取消請求事件
最高裁判所 平成21年(行ヒ)第91号
平成23年6月7日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) A ほか1名
          代理人 川守田大介

被上告人(被控訴人 被告) 国 ほか1名
          代理人 須藤典明 ほか

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官田原睦夫の補足意見
■ 裁判官那須弘平の反対意見


1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
2 国土交通大臣が上告人Aに対し平成18年9月1日付けでした一級建築士免許取消処分を取り消す。
3 北海道知事が上告人Bに対し平成18年9月26日付けでした建築士事務所登録取消処分を取り消す。
4 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

[1] 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人Aが,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(以下「本件免許取消処分」という。)を受け,これに伴い,同事務所の開設者であった上告人B(以下「上告会社」という。)が,北海道知事から,同法26条2項4号に基づく建築士事務所登録取消処分(以下「本件登録取消処分」という。)を受けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 上告人Aは,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設する建築士事務所の管理建築士を務めていた。

[4](2) 国土交通大臣は,上告人Aに対し,平成18年9月1日付けで,本件免許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されていた。
「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた。
 また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。
 このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」
[5](3) 北海道知事は,上告人Aに対し本件免許取消処分がされたことを受けて,上告会社に対し、平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。

[6](4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことができる。」と定めている。
[7] 本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)において処分基準(以下「本件処分基準」という。)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,
建築士が建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載した行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行ってランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする。」
と定めていた。また,上記別表第1の表2は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,
「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」
などと定めていた。

[8](5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟において,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,予備的に,同(2)本文であると主張した。

[9] 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
[10] 行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するものではないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,十分な理由が提示されていたといえる。

[11] しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
[12] 行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。
[13] この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。
[14] そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人Aの一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人Aが,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人Aにおいて,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。
[15] そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないものである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消しを免れないものというべきである。

[16] 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。

[17] よって,裁判官那須弘平,同岡部喜代子の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。


 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見に与するものであるが,本件において反対意見が存することに鑑み,多数意見の論拠等につき以下に私の理解するところを少しく敷衍するとともに,反対意見をも踏まえて多数意見を補足する。
[2] 昭和30年代後半以降の幾多の判例(最高裁昭和36年(オ)第84号同38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁,最高裁昭和57年(行ツ)第70号同60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁,最高裁平成4年(行ツ)第48号同年12月10日第一小法廷判決・裁判集民事166号773頁ほか)の積重ねを経て,今日では,許認可申請に対する拒否処分や不利益処分をなすに当たり,理由の付記を必要とする旨の判例法理が形成されているといえる(この判例法理の適用は,税法事件に限られるものではない。)。そして,学説は,この判例法理を一般に以下のとおり整理し,多数説はそれを支持している。その法理は,平成5年に行政手続法が制定された後も基本的には妥当すると解されている。
(a) 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法となり,原則としてその取消事由となる(仮に,取り消した後に,再度,適正手続を経た上で,同様の処分がなされると見込まれる場合であっても同様である。)。
(b) 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照らして決せられる。
(c) 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。
(d) 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならない。
[3] 平成5年11月に制定された行政手続法は,「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することを目的」として制定されたものであり,同法は,不利益処分については,行政庁は,不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的な処分基準を定め,これを公にするように努めなければならないとしている(同法12条)。
[4] そして,行政庁は,不利益処分をなす場合には,その名宛人に対し,理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合を除き,その不利益処分と同時に当該理由を示さなければならないと定める(同法14条1項)。
[5] ところで,行政庁のなす不利益処分に関して裁量権が認められている場合に,行政庁が同法12条に則って処分基準を定めそれを公表したときは,行政庁は,同基準に羈束されてその裁量権を行使することを対外的に表明したものということができる。
[6] したがって,行政庁が不利益処分をなすには,原則としてその基準に従ってなすとともに,その処分理由の提示に当たっては,同基準の適用関係を含めて具体的に示さなければならないものというべきである。ただし,当該基準は行政庁自らが定めるものであることからして,不利益処分をなすに当たり同基準によることが相当でない場合にまで,行政庁が同基準に羈束されると解することは相当ではない。しかし,その場合には,同基準によることができない合理的理由が必要であり,またその理由についても,処分理由の提示において具体的に示されなければならないものというべきである。
[7] そして,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表した後に,その基準によることなく不利益処分をなし,あるいは,理由の提示においてその基準との関係についての説明を欠くときは,前記1に述べたところの法理に基づいて違法との評価を受けるものというべきである。
[8] 多数意見2(4)に記載するとおり,建築士法10条1項は,国土交通大臣又は都道府県知事が建築士法等に違反した建築士に対して戒告,業務停止又は免許の取消しの懲戒処分をすることができる旨定め,本件免許取消処分がなされた当時,同懲戒処分の基準として,多数意見にて記載したとおり「建築士の処分等について」と題する都道府県知事宛ての建設省住宅局長通知が発出され,それが公表されていた。
[9] 上記通知の法的性質は,通達であって,第三者の権利義務を直接規律するものではないが,建築士法に基づく懲戒処分の処分基準(本件処分基準)を詳細に定めるとともに,それが公表されていたのであるから,行政手続法12条に定める処分基準として公表されていたものというべきものであり,建築士法に基づく懲戒処分をなすに当たっては,本件処分基準に依拠するとともに,その処分理由において同基準の適用関係を摘示することが求められていたといえる。
[10] 本件免許取消処分においてなされた処分理由の提示(以下「本件処分理由の提示」という。)は,多数意見2(2)に記載のとおりである。その理由の提示において,本件処分基準との関係について何ら言及することがないばかりか,以下に記載するとおり,上告人Aの処分対象行為の特定すら十分になされず,また,その提示された内容は具体性を欠き極めて不十分なものである。多数意見は以下に述べる違法事由のうち,(3)の点を捉えて本件免許取消処分の違法性を認めているが,私は,以下の(1)及び(2)それぞれ単独でも,行政手続法14条が定める「理由の提示」の要件を充足しているとは到底認められず,理由の提示を欠く処分として違法であり,取消しを免れないものであると考える。

(1) 本件処分理由の提示において,上告人Aの処分対象行為の特定が十分になされていない。
ア 本件処分通知書の内容
[11] 本件免許取消処分の通知書(以下「本件処分通知書」という。)には,多数意見2(2)に記載するとおり,上告人Aは番地を特定した土地を敷地とする7件の建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計(以下「構造基準不適合設計」という。)を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また,番地を特定した土地を敷地とする5件の建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計(以下「構造計算偽装」という。)を行ったと記載されている。しかし,その記載からは,構造基準不適合設計がされた7件の建築物の種類,規模,構造等は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,20~84戸のマンションであったことがうかがわれる。),また,その設計時期,上告人Aの行った構造基準不適合設計のいかなる点が具体的に問題となるのか,「耐震性等の不足する構造上危険な建築物」とあるが,どの程度耐震性に影響が存するのか(取壊しまで必要なのか,相当規模の耐震補強工事を必要とするのか,軽微な補強工事で足りるのか等)について何ら記載されていない(原判決の認定によれば,上記7件の建築物は,倒壊,破損に類するような危険性を有すると断定することはできないレベルのものである。)。
[12] また,構造計算偽装に係る5件の建築物についても,その種類,規模,構造は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,21~88戸のマンションであったことがうかがわれる。),その設計時期やその偽装と上告人Aの関わり合いの内容(上告人Aは,構造計算は下請業者に外注していたもので,その偽装を見抜くことは困難であったと主張している。),その偽装により,実際に建築された各建物にどのような問題が生じたのか(取壊しが必要なのか,補強工事が必要なのか,その場合,どの程度の工事が必要なのか等)について何ら記載されていない(原判決も,上記5件の建築物の耐震強度については認定していない。)。
イ 違反設計建築物自体の特定の不十分及び設計時期の不記載について
[13] 上告人Aは,本件免許取消処分の対象である12件の建築物の設計に関わっているから,その建築物の内容や設計時期は当然に認識しているところではある。しかし,前記1[4]に記載したとおり,理由付記は相手方に処分の理由を示すにとどまらず公正さを担保するものであって,第三者においても,その記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならないことからすれば,本件処分通知書における建築物の特定は極めて不十分であり,また,設計が行われた時期が特定されていない点は,理由付記の基礎となる事実の特定を欠くものといわざるを得ない。
[14] なお,設計時期の点は,本件処分基準において,法違反の状態が長期にわたる場合や常習的に行っている場合には,違反点数の加算事由とされ,他方,「同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる」とされていることからして,違反行為を評価する上でも重要な要素をなすものである。
ウ 違反内容の記載について
[15] アにおいて指摘したとおり,本件処分通知書に記載されている違反行為の内容は極めて抽象的であって,その違反の具体的内容は明らかではない。仮に,上告人Aにおいて,本件免許取消処分の基礎とされた違反行為の内容に争いがない場合であっても,前記1(d)に記載したとおり,不利益処分の理由提示においては,違反行為の具体的な内容が,第三者においても認識できるものでなければならないところ,本件処分通知書の記載内容からは,専門家たる建築士においても,上告人Aの行った違反行為の具体的内容を推知することは到底できないものである。
エ 小括
[16] 以上述べたところからして,本件処分理由の提示は,前記1(d)に記載したところの要件を満たしておらず,違法との評価を受けざるを得ないものというべきである。

(2) 本件処分理由の提示の内容は,本件処分基準との関連性の点を除いても,本件免許取消処分の重大性と対比して,理由の提示としては極めて不十分であるといわざるを得ない。
[17] 本件免許取消処分は,上告人Aの建築士免許を取り消すという同上告人自身にとって極めて重大な処分であり,また,それに伴い同上告人が管理建築士を務める上告会社の建築士事務所の登録が取り消されることにつながるという重大な処分であることからすれば,本件処分基準が定められていない場合であっても,その処分理由として違反行為の内容を具体的に摘示し,その違反行為が建築士免許取消処分に該当するだけの重大なものであることを,上告人Aをして十分に認識させるものでなければならないというべき筋合いである。殊に,同上告人は,本件免許取消処分に係る聴聞手続の段階から,構造基準不適合設計及び構造計算偽装の本件処分基準との適用関係を問題とするなど違反行為の性質や程度を争っていたことからすれば,なおさらである。
[18] また,本件免許取消処分の重大性に鑑みて,その処分理由は,その理由書を一読した第三者においても,その処分が適正なものであることを容易に理解できるものでなければならない。
[19] ところが,本件処分通知書に記載された処分理由は,上記のとおり,上告人Aの設計に係る7件の建築物について構造基準不適合設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また5件の建築物について構造計算偽装を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条が示されているのみであり,上記に記載したような,本件免許取消処分の重大性からして当然に求められる処分理由の詳細な提示を欠くものである。
[20] かかる不適切な処分理由の提示は,処分理由に求められる前記1(b)~(d)の要件を満たすものとはいえず,違法との評価を受けざるを得ないものといえる。
[21] なお,那須裁判官はその反対意見において,
「(上告人Aが行った)各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があったことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されているのであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。」
として,本件処分通知書の処分理由の記載は取消しの効果に直結する瑕疵に当たらないとされる。
[22] しかし,本件処分通知書に記載された処分理由は,本件免許取消処分に係る事実関係を争っている上告人Aの主張に何ら応答するものではなく,また,同業者たる建築士においても,同上告人が具体的にいかなる非違行為を行ったのかが一読して明らかなものとは到底いえないのであって,同意見にはその前提において賛成し難い。

(3) 本件免許取消処分の理由と本件処分基準の適用関係の摘示について
[23] 本件免許取消処分においては,前記3に記載したとおり,本件処分基準が適用されるのであるから,本件処分通知書には,処分理由として,上告人Aの建築士法違反等の行為と本件処分基準の適用関係について具体的な摘示が必要とされるにもかかわらず,本件処分通知書にはその記載を全く欠いているのである。
[24] この点に関して原判決は,構造基準不適合設計に係る7件の建築物と構造計算偽装に係る5件の建築物につき,それぞれ本件処分基準を当てはめると免許取消処分の要件を満たしていると判示するが,上記のとおり本件では上告人Aの行った違反行為の具体的内容が特定されていないのにかかわらず,その特定されていない行為を対象として,判決理由中で本件処分基準の適用関係につき論じることは相当とはいえない。
[25] ところで,那須裁判官はその反対意見において,行政手続法12条1項は,行政庁に不利益処分に関する処分基準を設定し公表する努力義務を課しているにすぎないから,
「行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これを前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。」
と主張される。
[26] 行政庁が,不利益処分の処分基準を定めた上でそれを一切公表せず(そのこと自体,行政手続法12条1項の趣旨に反する。),全くの内部的な取扱基準として運用する場合には,那須裁判官の上記の見解も成り立ち得るといえる。しかし,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表することは,前記2に述べたとおり,当該行政庁は、不利益処分をなすに当たっては,特段の事情がない限りその処分基準に羈束されて手続を行うことを宣明することにほかならないのである。そして,一旦,不利益処分は自らが定めた処分基準に従って行うことを宣明しながら,その基準に拠ることなく現実に対応した柔軟な処理をすることもできると解することは,行政手続の透明性に背馳し,行政手続法の立法趣旨に相反するものであって,上記の見解には到底賛同できない。

(4) 小括
[27] 以上検討したとおり,本件処分理由の提示は,多数意見にて指摘するとおり,上告人Aの行った違反行為と本件処分基準の適用関係についての記載を欠く点において,行政手続法14条1項本文の要求する理由の提示として不十分であるのみならず,前記(1),(2)に記載した諸点からしても,同条の要求する理由の提示として不十分であって,取消しを免れないものというべきである。
[28] なお,那須裁判官は,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告人らの請求を認容して本件免許取消処分を取消しても,処分行政庁が,前回と同様な懲戒手続により,再度同様の免許取消処分を行うこともあり得るところ,これに要する時間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば,逆の評価をせざるを得ない面もある,と主張される。
[29] しかし,そのような諸点をも考慮の対象とした上で,前記1に述べたように行政処分において手続の公正さは貫かれるべきであるとする判例法理が,永年の多数の下級審裁判例や前記1に記載した最高裁判例の積重ねによって形成されてきたのであり,行政処分の正当性は,処分手続の適正さに担保されることによって初めて是認されるのであって,適正手続の遂行の確立の前には,訴訟経済は譲歩を求められてしかるべきである。
[30] 那須裁判官は,その反対意見において,上告人Aは,本件免許取消処分に先立って行われた聴聞の審理が始まるまでには,自らがどのような基準に基づき,どのような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で更に詳しい情報を入手できるとされ,このような場合にもなお,不利益処分の理由中に一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法になるとの原則を固持しなければならないものか,疑問が残る,とされる。
[31] しかし,不利益処分に理由付記を必要とする判例法理は,前記1(d)に記したとおり,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらないとするものであって,聴聞手続において上告人Aが自らの不利益処分の内容を予測できたか否かは,理由付記を必要としない理由とはなり得ないのである。
[32] それに加えて本件の聴聞手続では,本件記録による限り,国土交通大臣は上告人Aに対し,本件処分通知書記載の理由と同旨の事項を告知したことが認められるにすぎず,同上告人の主張によれば,同上告人が本件処分基準の適用関係について質問したのに対しては,何ら具体的な応答がなされなかったというのであって,那須裁判官の反対意見の前提とされるところが本件の聴聞手続において満たされていないのであるから,本件において聴聞手続が行われたことをもって,本件処分通知書の理由記載の不備の瑕疵が治癒され得るとは到底解し得ないのである。


 裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
[1] 本件免許取消処分通知書においては,上告人Aが設計者として,7件の建築物につき建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行って耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた上,更に5件の建築物につき構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った,という二つの類型の行為が挙げられている。
[2] 指摘されるような構造基準に達しない設計や構造計算書における偽装が存在したことを前提とすれば,上記各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があったことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されているのであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。
[3] 本件では,処分基準が設定・公表されていることから,その「適用関係」表示の要否をめぐり後述のとおりの難しい問題が生じている。しかし,本件と同様な事案において,仮に処分基準がない場合を想定してみると,処分通知の事実記載自体から免許取消しという結論に至ったことに格別の違和感を持たず,これを了解する者が大半を占めるのではないか。結論として,裁量権の逸脱・濫用等の誤りないしこれに関する手続違背の主張を容れなかった原審判断を支持したい。
[4] 本件では,行政手続法12条1項に基づき,本件処分基準(「建築士の処分等について」と題する建設省住宅局長通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号))が設定・公表されている。そこで,本件処分基準の存在が,上記1の判断に影響を与え,あるいは結論を左右することになるかどうかが問題となる。結論から先に述べると,一般論としてはともかく,本件の事実関係を前提とする限り,上記1で述べたところを変更する必要はないと考える。すなわち,

[5](1) 本件処分基準は,「建築士の懲戒処分の強化」を図ることを目的とし,「迅速かつ厳正」に処分を行うことを基本方針としている(通知本文1項)。同2項(建築士の懲戒処分等の基準)には「建築士の処分等の内容の決定は,別表第1に従い行うこと。」と明記されているが,理由の提示に関しては,3項(処分等に伴う措置)及び4項(報告等)等にも全く記載されていない。そして,本件処分基準の内容を見ても,後記(2)のとおり,処分ランクの算定をどうするかを中心とする技術的なものにとどまり,その適用関係を名宛人や他の外部関係者に知らしめることに特別な意義を見いだせる内容のものとなっていないように読める。その結果,本件処分基準を定めた上記建設省住宅局長通知が,果たして「適用関係」まで理由中に表示することを求める趣旨で作られたものなのかどうかについては疑問が湧いてくるのである。
[6] もっとも,処分基準については,一旦設定・公表された後は,通達等による場合でも,外部的効果ないし自己拘束力を持つことになるとして,処分行政庁に一律に同基準を反映した理由の提示義務を認める見解も有力に主張されている。しかし,もともと,不利益処分に関する処分基準については,行政庁はこれを設定・公表する努力義務を負うにとどまるものとされている(行政手続法12条1項)。そうすると,行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これを前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。

[7](2) 本件処分基準に関し,多数意見が明示すべしと主張する「適用関係」とは何か。少なくとも,以下の(a)及び(b)の判断作業を含むものと理解できる。
(a) 本件処分基準別表第1の(2)本文を適用すべき場合にとどまるものか,それともただし書を適用することも可能な場合(対象となる行為が故意又は過失によるもので,建築物の倒壊等,結果が重大であるときに限られる。)に当たるのか,について判別する作業。
(b) 上記判別の結果に対応して,本文を適用すべき場合には,表2(ランク表)記載の処分ランクを基本として,表3(情状等による加減表)記載の情状に応じて加減を行ってランクを決定した上で,表4(処分区分表)に従い文書注意,戒告,業務停止及び免許取消しの中から処分内容を選択・決定する作業。ただし書を適用すべき場合には,直接(上記処分ランクの決定作業を省いて),業務停止3月若しくは6月以上又は免許取消しの中から相当な処分を決定する作業。
[8] 上記の意味での「適用関係」を処分理由中に示すためには,本文を適用するか,それともただし書を適用することもできるのかの判別に始まり,本文を適用する場合の各種処分ランクの算定方法に至るまで,相当複雑な法的解釈・適用に類する作業をしなければならない。その作業の一端は,第1審判決及び原判決からうかがうことができるが,これらの判示部分は,表2記載の処分ランクの算定及び表4による処分内容の決定を中心とするものに限られていて,表3の情状による加減に関する作業にまで及んでいない。しかし,仮に適用関係を表示するとなると,表3の情状による加減についても表示する必要が生じてくる。そのためには,処分ランクの数値の算定だけではなく,情状による加減の根拠となる具体的事実についても記載せざるを得ない。したがって,一口に「適用関係」を示すといっても,その作業は相当複雑な内容のものとなり,それだけ時間と労力を要するものになる。結果として,適用関係の表示に誤りや欠落が発見されることも生じ,これに対して処分の効果等を争って訴訟に及ぶ者も出てくる可能性がある。以上のことを勘案すると,本件の事実関係の下で「適用関係」を理由中に表示する必要性と合理性の存否については,なお疑問があり,多数意見にたやすく賛同することはできない。

[9](3) 原判決は,適用関係の表示の要否につき,行政手続法12条1項が努力義務を定めたものにすぎないとした上で,「この条項が存在するからといって,直ちに,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適用関係まで提示しなければならないということにはならない。」と判示している。また,訴訟の中での本文とただし書との間での「理由の差替え」の当否の点に関連してではあるが,「本件処分基準は,国土交通大臣が処分内容を決定するための内部基準にすぎず,いわば処分内容を決定するための道具ともいうべきものである」と指摘し,国土交通大臣がただし書によって本件免許取消処分をした場合であっても,審理の範囲がただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られると解する理由はない旨判示している。これらの判示部分は,問題とされている処分基準の設定・公表が努力義務とされていることを重視し,通達の作用の限界をも勘案して,処分基準の適用関係の表示の要否及びその前提としての本文とただし書の関係について柔軟に考える点で,上記(1)及び(2)に述べたところと発想を共通にするものを含み,評価に値すると考える。

[10](4) 以上,検討したところを総合すれば,本件処分理由の中で本件処分基準の適用関係を明示していなければ,常に行政手続法14条1項違反等の手続違背が生じるとまではいえないと考える。
[11] 上記2に述べた見解を採ることに関連して,行政手続法の下で不利益処分のための処分基準をどう位置付けるべきか,やや一般論にわたるが,私の考えているところを要約して記しておきたい。

[12](1) 不利益処分に関する処分基準の機能としては,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制すること,及び処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える点が強調されることが多い。しかし,処分基準は,これと並んで(あるいは,これに先行してというべきか),処分の基準を設けてこれを行政機関内部に周知徹底させることで,不利益処分を厳正かつ迅速に遂行することに寄与し,さらに,不利益処分に先立って行われる聴聞の審理に際し,審理の進行及び処分の内容を予測するための有力な指針ともなる。このように,処分基準は,不利益処分をめぐる手続の各段階で,多様な形で機能するものであるから,これが設定・公表されているという一事から,直ちに理由提示においても基準に対応して細かい事実関係や適用関係まで明示することを必要とすると解したり,あるいはこれを欠くときは一律に取消事由となるとの解釈を導き出すことは性急かつ硬直にすぎて賛成できない。処分基準といっても不利益処分の対象いかんで多様なものが想定でき,その中には適用関係まで明示しなければ理由の体を成さないものから,全くその必要のないものまで存在し得る。行政手続法12条1項及び14条1項の下では,理由提示の程度につき,多様な内容のものが併存することを認めるべきであろう。

[13](2) 不利益処分に先行して行われる聴聞手続の審理では,名宛人となる者が,自らの非違の有無・程度,不利益処分のあるべき内容等について相応の情報を取得し,反論の機会を与えられる。この手続によって,処分行政庁による判断の慎重・合理性を担保して恣意の抑制を図ることや,名宛人による不服の申立てに便宜を供与することもある程度期待できる。この意味で,不利益処分の理由提示と聴聞とは,その機能面において一部重なり合い,相互に補完する関係にあるといえる。
[14] 特に,一級建築士等の国家資格に基づく専門職に対する聴聞の場合,名宛人とされる者は,自らの資格の得喪に直接関わる不利益処分に関する事項について,質量ともに通常人とは異なる水準の詳細かつ高度な情報を入手できる環境にある。専門職として遵守すべき職業倫理の問題に関しては,専門職の資格を保持していくために必要不可欠のものであるから,処分基準の内容も含め熟知していると考えてよいであろう。したがって,不利益処分の名宛人となるべき一級建築士は,遅くとも聴聞の審理が始まるまでには自らがどのような基準に基づきどのような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で,更に詳しい情報を入手することもできる。このような場合にもなお,不利益処分の理由中に,一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法となるとの原則を固持しなくてはならないものか,疑問が残る。むしろ,具体的事案に応じてその要否を決めることで足りると解すべきであろう。
[15] これに対し,聴聞を経た後は,より詳しく理由を示すこともできるはずであるとの指摘もある。しかし,不利益処分の理由の中には,明示しないことが名宛人とされる者の利益につながるものや,質的又は量的な側面から,文章化することに適しないものも含まれている。手続的正義も,常に書面の中に痕跡を残さなくてはこれを実現できない,ということではなかろう。

[16](3) 主として税法を中心にして形成されてきた行政処分の理由付記に関する一連の判例が存在することは田原裁判官の補足意見が指摘するとおりである。しかし,これらの税法関係の判例は,所得税法45条2項(当時)を始めとするいくつかの税法上の規定で,更正処分等の通知書に理由を付記すべき旨を定めるものがあることを前提とし,その解釈として形成されてきたものである。当然のことながら,これらの理由付記規定にはそれぞれの固有の立法趣旨・目的が存在していたことから,前記各判例もこれらの法令の解釈として上記のような結論を導き出したものと解される。税法に関する案件では,理由に金額等の数値を詳細かつ正確に表示することが必要であり,これを欠いては,不利益処分の理由としての体を成さないものが多いという特殊固有な事情もある。これに対し,建築士法等の懲戒に関する不利益処分では,税法と同様な趣旨での金額等の数値に関する厳格な理由付記を求める規定は存在せず,これを必要とする現実的な事情があるとも思えない。ただ,後に制定された行政手続法14条1項によって,理由提示の義務が課せられているというにとどまる。そして,同規定は,同法3条等が特に定める例外的場合を除き,行政庁による不利益処分一般に適用されるべきものであるから,理由提示の内容・程度についても,様々な態様の事実関係にも適用可能な柔軟な内容のものとして解釈され,運用されなくてはならない。この観点からすると,理由付記法理と称されるものの中でも,「処分理由は,その記載自体から明らかでなければならない。」及び「理由付記は,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体から処分理由が明らかとなるものでなければならない。」とするもの(田原裁判官の補足意見1[3]及び[4]参照)については,行政手続法12条1項及び14条1項の下で,税法分野以外の不利益処分に関してそのまま妥当するものと解することに慎重でなくてはならないと考える。
[17] 本件では,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告人らの請求を認容して本件免許取消処分を取り消すことも,事例判断の一つとして論理的に採り得ない話ではない。しかし,この場合,処分行政庁が前回と同様な懲戒手続により,理由中で処分基準の適用関係を明示した上で,再度同様な内容の免許取消処分を行い,更に訴訟で争われる事態が生じることもあり得る。このような事態も手続的正義の貫徹という視点からは積極的に評価できる面もあろうが,これに要する時間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば逆の評価をせざるを得ない面もある。以上のことをも考慮すれば,本件では,原審の判断を維持するのを相当とすべきであり,これと異なる多数意見には賛成できない。

 裁判官岡部喜代子は,裁判官那須弘平の反対意見に同調する。

(裁判長裁判官 岡部喜代子  裁判官 那須弘平  裁判官 田原睦夫  裁判官 大谷剛彦  裁判官 寺田逸郎)

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