一級建築士免許取消処分事件
控訴審判決

一級建築士免許取消処分等取消事件
札幌高等裁判所 平成20年(行コ)第9号
平成20年11月13日 第3民事部 判決

口頭弁論終結日 平成20年9月9日

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 国土交通大臣が平成18年9月1日付けで控訴人Aに対してした一級建築士免許取消処分を取り消す。
(3) 北海道知事が平成18年9月26日付けで控訴人株式会社B設計事務所に対してした建築士事務所登録取消処分を取り消す。
(4) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

2 被控訴人ら
 主文同旨
[1] 次のとおり補正し,当審における新たな主張を追加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
[2](1) 原判決3頁20行目の「建築物」の次に「(以下「本件建築物」という。)」を加え,同4頁20行目の「本件免許取消処分」を「免許取消処分(以下「本件免許取消処分」という。)」と改め,同5頁10行目の「建築士事務所登録取消処分」の次に「(以下「本件登録取消処分」という。)」を加える。

[3](2) 同7頁24行目から同8頁2行目までを以下のとおり改める。
「 同規定の正しい解釈は,本件処分基準別表第1表3の情状等の加減表の加重ランクの最高値が3であることからすると,適宜加重する場合でも3を超えることは許されず,また,本件処分基準別表第1表4の1(1)及び同1(2)ただし書がいずれも1つのランクしか与えていないこととの対比からすると,同1(2)本文の「最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランク」とは,最も処分等の重い行為のランクに1つだけランクを加重するものとすべきである。」
[4](3) 同8頁13行目の末尾に改行して以下のとおり加える。
「c 被控訴人らが主張する,複数の行為を理由として懲戒処分を行う場合,最も処分等の重い行為の処分ランクを基本に,その他の処分すべき行為について,その行為に応じた処分ランクの範囲で適宜加重してランクを決するとの解釈は,本件処分基準別表第1表3が「常習的に行っている場合」の加重ランクを3と定めていることと整合性を明らかに失するし,上記のような解釈では容易に16ランクを超え免許取消になるが,このようなことは,本件処分基準別表第1(2)ただし書が故意に建築関係法令に違反する行為を行い,それにより,建築物に倒壊・破損等が生じ,又は人が死傷したときであっても免許取消とならない可能性を残していることと明らかに均衡を失する。」
[5](4) 同9頁末行の「職員を」の次に「所部に」を加える。

[6](5) 同11頁16行目から17行目にかけての「本文の」から同頁18行目の末尾までを以下のとおり改める。
「本文により,表2ないし4に従いランクを算定すると次のとおり16ランクを超えることは明らかである。すなわち,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物についての建築関係法令違反行為は,いずれも6ランクに該当し,また,同目録8ないし12記載の建物についての構造計算書の偽造という不誠実行為は,いずれも1ないし4ランクに該当する。次に,複数の行為を理由として懲戒処分を行う場合は,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。」とされている(本件処分基準別表第1表4の1(2))。そこで,本件においては,7件の違反設計行為について,それぞれ6ランクとして処分内容を決するのではなく、7件の違反設計行為のうちの1件分の6ランクを「最も処分等の重い行為のランク」とし,これを除いた他の6件分の違反設計行為及び5件分の不誠実行為について,それぞれ処分ランクの最低単位である1ランクの加重をすると合計17ランクとなる。また,本件の違反設計行為及び不誠実行為は12棟という多数の建築物に関して繰り返し行われていたことに着目すれば,少なくとも,処分の加減事由を定めた本件処分基準別表第1表3のうち,「常習的に行っている場合」(3ランクの加重事由)に該当する。
 本件処分基準においては,最も重い処分である免許取消処分のランクは16ランク(本件処分基準別表第1表4)であるから,本件免許取消処分は適法である。」
[7](6) 同12頁5行目の「本件登録免許取消処分」を「本件登録取消処分」と改める。
(1) 控訴人ら
[8] 国土交通大臣は,控訴人Aについて,原判決別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物については建築基準法20条に違反する設計を行い,これにより,耐震性等が不足する倒壊・破損等が生じた建築物を現出させ,同目録8ないし12記載の建築物については偽装が見られる不適切な設計を行ったとの事実を認定し,この事実認定を前提として,建築士法10条1項2号及び3号を適用する上で,同大臣の裁量権の範囲が本件処分基準に羈束されていることから,同大臣は,本件処分基準別表第1(2)ただし書を適用して本件免許取消処分をした。
[9] ところで,本件処分基準別表第1(2)ただし書にいう「当該行為」が「違反設計」である場合の「違反設計」と本件処分基準別表第1表2の「違反設計」とは質的に異る概念であるから,国土交通大臣の第一次的判断権は,控訴人Aの設計において,建物の倒壊・損壊等が生じる危険性があったか否かという点に限られ,その他,一般的設計違反の存否については及んでいないというべきである。
[10] そうとすれば,当審における審理の対象は,国土交通大臣の第一次的判断権が行使された本件処分基準別表第1(2)ただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られるべきである。そして,本件建築物は倒壊・破損等が生じたときに該当しないのであるから,控訴人Aに対する本件免許取消処分には裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があり,控訴人Aに対する本件免許取消処分を前提とした控訴人B設計に対する本件登録取消処分も違法になるというべきである。
[11] 原判決は,本件設計行為について,本件処分基準別表第1(2)本文の要件を満たしているとして,国土交通大臣による裁量権の逸脱を認めなかったが,控訴人Aに対する本件免許取消処分は本件処分基準別表第1(2)ただし書に基づくものである以上,本件処分基準別表第1(2)本文の要件を満たしているとして本件免許取消処分を適法とすることは被処分者たる控訴人Aに不利益を与えるものとして許されるべきではない。したがって,控訴人Aに対する本件免許取消処分は違法であり,本件免許取消処分を前提とする控訴人B設計に対する本件登録取消処分も違法である。
[12] 本件は専門性に富み,微妙,高度の認定を要する場合であるから,遅くとも本件免許取消処分までに,本件設計行為が本件処分基準別表第1(2)の本文に該当するのか,ただし書に該当するのかを明らかにした上,本文に該当する場合にはいずれの懲戒事由に該当するのかを被処分者に告知しなければならなかったのに,国土交通大臣はこれを一切明らかにしなかった。したがって,本件免許取消処分には理由不備の違法があり,同様の理由で,本件登録取消処分についても理由不備の違法がある。

(2) 被控訴人ら
ア 控訴人らの主張アについて
[13] 国土交通大臣が本件処分基準別表第1(2)ただし書を適用して本件免許取消処分をしたことは認めるが,その余は争う。
[14] 本件免許取消処分は,控訴人Aが本件建築物を設計するに当たり,原判決別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物について,建築基準法令に定める構造基準に適合せず,このため,耐震性等の不足する建築基準法20条に違反する建築物が建築され,また,同目録8ないし12記載の建築物について,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったことが,建築士法10条1項2号及び3号に該当することを理由としてなされたものであり,上記の事実認定,法の適用について国土交通大臣は第一次的判断権を行使している。
[15] 控訴人らの主張アは,独自の主張であり,失当である。なお,本件処分基準別表第1(2)ただし書にいう「当該行為」が「違反設計」である場合の「違反設計」と本件処分基準別表第1表2の「違反設計」とは質的に異なるものではない。
イ 控訴人らの主張イについて
[16] 争う。
[17] 本件免許取消処分の理由となった懲戒事由は,上記のとおり,控訴人Aが本件建築物を設計するに当たり,原判決別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物について,建築基準法令に定める構造基準に適合せず,このため,耐震性等の不足する建築基準法20条に違反する建築物が建築され,また,同目録8ないし12記載の建築物について,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったことであり,控訴人Aに対する本件免許取消処分に係る一連の経緯において,当初から理由の差し替えなど全くない。
ウ 控訴人らの主張ウについて
[18] 争う。
[19] 本件免許取消処分及び本件登録取消処分に係る懲戒事由は特定されており,聴聞の機会にも,処分通知にも,懲戒事由に該当する具体的事実及び適用法条が明らかにされていたのであって,控訴人らに対する不利益処分の理由は十分に示されていたというべきである。
[20] 当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審における新たな主張についての判断を追加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
[21](1) 原判決14頁2行目の「改正」の次に「(この改正前の建築基準法施行令を以下「旧施行令」という。)」を,同頁7行目の「指数」の次に「(Qu/Qunの数値を指すと解される。)」をそれぞれ加え,同頁25行目の「及び根拠法条」を削除し,同頁末行の「同様の記載」の次に「のほか根拠法条の記載」を加える。

[22](2) 同15頁12行目の「諸部」を「所部」と改める。

[23](3) 同15頁17行目から20行目までを以下のとおり改める。
「 そして,本件処分基準は,かかる裁量の範囲を具体化したものと評価でき,しかもその内容に格別不合理な点は見当たらないから,本件処分基準に基づいて処分がされた場合には,当該処分は裁量権の範囲を超えていないが,本件処分基準に基づかないで処分がされた場合には,当該処分は裁量権の範囲を超えて違法となると解すべきである。」
[24](4) 同16頁18行目の「断定することはできない」の次に
「(乙13の1及び2,弁論の全趣旨によれば,原判決別紙1建築物目録4記載の建築物について,同建築物の販売会社は,建築基準法の耐震基準を満足させるためには,補強工事に長期間を要し,かつ工事期間中に一時移転が必要となるなど,入居者に不便をかけるとして,入居者から販売価格で買戻していることが認められるが,これは1民間会社の経営上ないし営業上の判断に基づく処置にすぎず,上記判断を左右するに足るものではない。)」
を加える。

[25](5) 同16頁19行目から22行目までを次のとおり改める。
「 なお,前記1(1)アの評価値は,前示のとおり,旧施行令改正前の施設については,分母において必要保有水平耐力に補正係数(α)を乗じることで,耐震性の数値として評価し直したものであるところ,本件建築物が旧施行令改正前の施設であることをうかがわせる証拠はないから,同係数による補正をしないで算定した評価値で目安となる耐震性の数値と比較しても不相当とはいえない。」
[26](6) 同17頁23行目の末尾に改行して以下のとおり加える。
「 また,控訴人らは,本件処分基準別表第1表3の情状等の加減表の加重ランクの最高値が3であることからすると,適宜加重する場合でも3を超えることは許されず,また,本件処分基準別表第1表4の1(1)及び同1(2)ただし書がいずれも1つのランクしか与えていないこととの対比からすると,同1(2)本文の「最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランク」とは,最も処分等の重い行為のランクに1つだけランクを加重するものとすべきである旨主張する。
 しかし,本件処分基準別表第1(2)本文によれば,本件処分基準別表第1表2の懲戒事由に記載した1個の行為について,同表の処分ランクに本件処分基準別表第1表3によって加減をし,本件処分基準別表第1表4によって処分内容を決めることとなると解されるから,本件処分基準別表第1表3が1個の行為を「常習的に行っている場合」の加重ランクが3であるからといって,適宜加重する場合に3を超える加重をすることができないと解する根拠となるものではないし,本件処分基準別表第1表4の1(1)及び同1(2)ただし書がいずれも1つのランクしか与えていないのは,複数の行為の間に所定の関係があるためであるから,これらの規定との対比から,そうした関係にない複数の行為の場合も加重するランクを1つだけとするのは相当ではない。
 さらに,控訴人らは,複数の行為を理由として懲戒処分を行う場合,最も処分等の重い行為の処分ランクを基本に,その他の処分すべき行為について,その行為に応じた処分ランクの範囲で適宜加重してランクを決するとの解釈は,本件処分基準別表第1表3が「常習的に行っている場合」の加重ランクを3と定めていることと整合性を明らかに失するし,上記のような解釈では容易に16ランクを超え免許取消になるが,このようなことは,本件処分基準別表第1(2)ただし書が故意に建築関係法令に違反する行為を行い,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じ,又は人が死傷したときであっても免許取消とならない可能性を残していることと明らかに均衡を失する旨主張する。
 しかし,上記のとおり,本件処分基準別表第1(2)本文によれば,本件処分基準別表第1表2の懲戒事由に記載した1個の行為について,同表の処分ランクに本件処分基準別表第1表3によって加減をし,本件処分基準別表第1表4によって処分内容を決めることとなると解されるから,本件処分基準別表第1表3が「常習的に行っている場合」の加重ランクを3と定めていることは,上記の解釈をする妨げになるものではないし,本件処分基準別表第1(2)ただし書は,1個の行為について処分内容を定めているものであるから,複数の懲戒事由に該当する行為を対象として処分する場合に,本件処分基準別表第1(2)ただし書との均衡を考慮することは相当ではない。」
[27](7) 同19頁16行目から17行目にかけての「同様の理由により,同手続には問題がなかったといえる」を「根拠法条は告知されなかったものの具体的な建築物の所在地,建築物の問題点が告知されていたのであるから,同手続には若干不適切な点はあったとはいえ,違法であるとまでいうことは困難である」と改める。
[28] 本件免許取消処分は,控訴人Aが本件建築物を設計するに当たり,原判決別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物について,建築基準法令に定める構造基準に適合せず,このため,耐震性等の不足する建築基準法20条に違反する建築物が建築され,また,同目録8ないし12記載の建築物について,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったことが,建築士法10条1項2号及び3号に該当することを理由としてなされたものであるから,この処分理由を基準として理由の不備や理由の差し替えの問題を検討すべきである。したがって,控訴人らの主張イ及びウは,その前提において誤っており,採用することはできない。
[29] また,本訴においては,国土交通大臣が本件免許取消処分をしたことが裁量権の逸脱,濫用といえるかが問われているところ,本件処分基準は,国土交通大臣が処分内容を決定するための内部基準にすぎず,いわば処分内容を決定するための道具ともいうべきものであるから,国土交通大臣が本件処分基準別表第1(2)ただし書によって本件免許取消処分をしたからといって,本訴における審理の範囲が本件処分基準別表第1(2)ただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られると解する理由はなく,本件処分基準別表第1(2)本文に従って審査を行い,免許取消処分が相当であるとの判断に達した場合には国土交通大臣に裁量権の逸脱,濫用がなかったとすることは当然できるというべきである。したがって,控訴人らの主張アも採用することができない。なお,控訴人らは本件処分基準別表第1(2)ただし書にいう「当該行為」が「違反設計」である場合の「違反設計」と本件処分基準別表第1表2の「違反設計」とは質的に異なる概念である旨主張するが,本件処分基準別表第1(2)ただし書の適用される「違反設計」は,本件処分基準別表第1表2の「違反設計」のうち一部にとどまるだけであり,「違反設計」の質が異なるものではない。
[30] よって,原判決は相当であり,本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

  札幌高等裁判所第3民事部
  裁判長裁判官 信濃孝一  裁判官 北澤晶  裁判官 中川博文

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