一級建築士免許取消処分事件
第一審判決

一級建築士免許取消処分等取消請求事件
札幌地方裁判所 平成18年(行ウ)第27号
平成20年2月29日 民事第5部 判決

口頭弁論終結日 平成19年12月14日

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由

■ 参照条文


1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。

1 国土交通大臣が平成18年9月1日付けで原告Aに対してした一級建築士免許取消処分を取り消す。
2 北海道知事が平成18年9月26日付けで原告株式会社Bに対してした建築士事務所登録取消処分を取り消す。
3 訴訟費用は,被告らの負担とする。
[1] 本件は,原告らが被告らから受けた一級建築士免許又は建築士事務所登録を取り消すとした行政処分に裁量権の逸脱・濫用,理由不備の違法があるとして,各処分の取消を求めた事案である。
[2] 当事者に争いのない事実,証拠によって容易に認められる事実及び弁論の全趣旨によって認められる事実は,以下のとおりである。

(1) 当事者等
[3] 原告Aは,昭和55年に一級建築士試験に合格して,昭和56年1月30日付けで一級建築士免許を取得し,原告株式会社B(以下「原告B」という。)の管理建築士として勤務していた。

(2) 原告Bにおける原告Aの建築基準法違反の設計
[4] 原告Aは,C二級建築士(以下「C」という。)を補助者として講造計算をさせ,別紙1建築物目録1ないし12記載の建築物について,設計をした(以下「本件設計行為」という。)。
[5] このうち,同目録1ないし7記載の建築物の設計は,別紙建築物目録「建築基準法20条違反の有無」欄記載のとおり,建築基準法に定める基準に適合せず,このため,耐震性等の不足する建築基準法20条に違反する建築物が建築され,また,同目録8ないし12記載の建築物の設計は,講造計算書に偽装が見られるものであった。

(3) 被告国による処分
ア 北海道開発局長による聴聞手続
[6] 国土交通省北海道開発局長は,平成18年6月12日,上記(2)に係る事実についての平成18年法律第92号による改正前の建築士法(以下,単に「建築士法」という。)10条1項の懲戒処分に関し,原告Aに対する聴聞の実施を決定し,同月22日,聴聞を実施した。
[7] 原告Aは,同聴聞の中で,結果として上記(2)の事実をしたことになったとして,管理建築士として謝罪の意を表した。
イ 中央建築士審査会の同意
[8] 国土交通大臣は,中央建築士審査会に対し,平成18年9月1日,原告Aの一級建築士免許の取消について同意を求め,同審査会は,同日,同処分について同意した(乙3,4)。
ウ 本件免許取消処分
[9] 国土交通大臣は,同日,原告Aに対し,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物について,その設計者として建築基準法令に定める講造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また,同目録8ないし12記載の建築物について,その設計者として講造計算書に偽装の見られる不適切な設計をしたことが建築士法10条1項2号及び3号に該当することを理由として,原告Aの一級建築士免許を取り消す旨の本件免許取消処分をし(甲1),本件免許取消処分通知書を発送し,同通知書は,同月6日,同人に配達された。

(4) 被告北海道による処分
ア 北海道知事による聴聞手続
[10] 北海道知事は,本件免許取消処分が,原告Aが専任の建築士として管理する原告Bに対する建築士法26条2項4号に定める監督処分事由に該当すると判断し、平成18年9月14日,原告B代表者の聴聞手続をした。
イ 北海道建築士審査会の同意
[11] 北海道知事は,同月22日,北海道建築士審査会に対し,原告Bに対する建築士事務所の登録取消について同意を求め,同月25日,同審査会の同意を得た。
ウ 本件登録取消処分
[12] 北海道知事は,同月26日,原告Bに対し,同設計事務所を管理する建築士である原告Aが,国土交通大臣から建築士法10条1項の規定に基づき一級建築士免許取消の懲戒処分を命じられたことが建築士法26条2項4号に該当することを理由として,建築士事務所登録取消処分をした(甲2)。

(5) 処分基準の内容
[13] 処分基準の内容は,別紙2「処分基準の内容」記載のとおり(以下,この基準を単に「本件処分基準」という。)である。
 本件各取消処分の違法性 (1) 本件免許取消処分について
ア 裁量権の範囲を逸脱した違法
[14](ア) 建築士の行政処分は,平成11年12月28日付け建設省住宅局長通知に基づきされることとなっており,国土交通大臣の裁量権もこの通達によって覊束されているというべきところ,本件を上記通達に当てはめると,免許取消の基準に達していない。
[15] また,国土交通大臣が,原告Aに対してのみ,同通達に従わずに処分することは,平等原則にも反する。
[16](イ)a 被告国は,原告Aの本件設計行為が,本件処分基準別表第1(2)ただし書に該当すると主張する。
[17] しかし,原告Aが補助者として使用していたCは,国土交通省認定の講造計算プログラムを差し替える方法で講造計算を偽造していたところ,建築基準適合判定資格者の処分基準によれば,「講造計算の再計算を行わなければ建築基準に適合しないことをチェックできない事項等判定資格者が適確に確認検査の業務を行ったとしてもチェックできない事項を見過ごしていた場合には,当該確認検査の業務において過失はなかったものとして取り扱う」と規定されている。
[18] したがって,原告Aが,Cの前記差し替え行為に気づかなかったからといって,原告Aに過失があったとはいえない。
[19] また,講造計算に当たっては,国土交通大臣の認定したソフトウェアの使用が勧奨されていたところ,当該ソフトウェアの利用者資格は,一級建築士に限られたものではなく,さらに,建築確認申請に当たり,利用者証明書を添付することとされていたのであるから,国土交通省自身が講造計算を一級建築士以外のものにさせることを容認していたというべきであり,講造計算をした補助者の故意をもって,当該設計図書に記名・捺印した一級建築士の過失とすることは,実態にそぐわない。
[20]b 次に,本件処分基準が,あえて,「倒壊・破損」を挙げている以上,「等」に含まれるのは,「倒壊・破損」に比肩する程度に建築物が危険性を有する場合でなくてはならない。
[21] 本件建築物は,建築基準法20条,建築基準法施行令81条以下の規定に従って講造計算をしなければならないところ,その計算に当たっては,建築物の構造耐力上の主要な部材が自重のような荷重や地震などの外力に対して安全であることを確認し(一次計算),数百年に一度くらいの極めてまれにしか起らない震度6強から7の地震で倒壊しないことを検証した上(二次計算),地震などで各階にかかる水平力に耐えられる限界の力を示す保有水平耐力が施行令に基づく必要保有水平耐力以上のものであることを検証しなければならない。
[22] 別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物は,保有水平耐力は,必要保有水平耐力に満たないものの,一次計算をパスしており,震度5強の中程度の地震においてはほとんど被害は生じない。
[23] また,国土交通省において行なわれた講造計算書偽造問題対策連絡協議会では,特定行政庁による使用禁止命令基準について耐震性の数値について「Qu(保有水平耐力)/Qun(必要保有水平耐力)」0.5を目安とすることが確認されている。
[24] そうすると,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物が,「倒壊・破損」と比肩する程度の危険性があるものということはできない。
[25](ウ)a 原告Aの本件設計行為については,本件処分基準別表第1(2)本文の規定に基づいて処分内容を決するべきである。
[26] そして,本件処分基準別表第1表4の1(2)本文には,「2以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等が重い行為に適宜加重したランクとする」と規定されており,常習的に違反行為を行なっていたことの加重ランクが3であることをも併せて考えれば,単純に個々の違反行為の点数を足して処分を決することは誤りである。
[27] また,本件処分基準別表第1表4の1(2)本文の規定は,刑法の併合罪の場合の処理と類似しており,このことからも,単純に点数を加算する方法が誤りであることが基礎づけられる。
[28] 同規定を正しく適用すれば,本件については,違反設計6ランク,その他の不誠実行為4ランク,さらに法違反の状態が長期にわたる場合として3ランクの合計13ランクであり,一級建築士免許取消処分に必要な16ランクには達していない。
[29]b さらに,本件処分基準別表第1表4の1(2)ただし書には,「同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様等から全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる」としているところ,本件設計行為は,いずれも耐震基準について虚偽の数値に気が付かなかったという同一の処分事由に該当するものであって,被告国が耐震性等が不足すると指摘する7件の建築物のうち半数近くが,平成13年に集中しており,場所的にも札幌市内である。
[30] そうすると,本件設計行為は,全体として一の行為と見うるというべきであり,一級建築士免許取消処分をすべき16ランクには達しないということができる。
イ 理由不備の違法
[31](ア) 法が,行政処分に理由を付記すべきものとしているのは,処分庁の判断の慎重・合理性を担保にして恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから,その記載を欠くにおいては,処分自体の取消を免れないというべきである。
[32] そして,本件のようにその裁量を公正かつ合理的に行使するべく点数制が設けられている場合,処分庁は,被処分者に対し,該当する懲戒事由を指摘した上で,処分ランク(点数)を,処分の理由として,付記すべき義務があるというべきである。
[33] ところが,国土交通大臣は,原告Aに対し,本件免許取消処分に際して,本件懲戒事由の処分ランク(点数)を告知することはなかった。
[34](イ) したがって,本件免許取消処分には,理由不備の違法があるというべきである。

(2) 本件登録取消処分について
[35] 原告Bは,同社の管理建築士である原告Aが国土交通大臣から上記処分を受けたことから,北海道知事により,建築士法26条2項4号に基づき本件登録取消処分を受けたものである。
[36] しかし,前記(1)のとおり,本件免許取消処分が違法なものである以上,これを前提とした本件登録取消処分も違法となるというべきである。
[37] また,北海道知事は,原告Bに対し,本件登録取消処分に際し,同処分の前提となる本件免許取消処分に係る前記通達に基づいた懲戒事由の処分ランク(点数)を告知しなかったのであり,固有の違法性があるというべきである。
(1) 裁量権の範囲を逸脱した違法について
ア 本件免許取消処分の要件について
[38] 原告Aは,建築基準法18条2項及び20条に違反する別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物を設計し,また,同目録8ないし12記載の建築物に関しては講造計算書に偽装が見られる不適切な設計をした。
[39] そして,前者については,建築士法10条1項2号に該当し,後者については,同項3号に該当するから,本件免許取消処分は,処分に必要な同法10条1項各号の要件を満たしている。
[40] また,被告国は,本件免許取消処分に際し,原告Aに対する聴聞手続きをし,中央建築士審査会の同意も得ている。
イ 裁量権の逸脱について
[41](ア) 建築士に建築士法10条1項に該当する事由が認められる場合に,どのような懲戒処分をするべきかは,一級建築士免許の免許権者であり,建築物に関する専門的知識,技能を有する職員を配置し,建築行政をつかさどる国土交通大臣の合理的な裁量に委ねられており,その懲戒処分は,社会観念上著しく妥当性を欠き,裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,裁量の範囲内のものであり,違法であるとして取り消すことはできない。
[42] 建築士に対する懲戒処分の具体的内容に関しては,処分基準(平成11年12月28日建設省住指発第784号「建築士の処分等について」)が策定されており,懲戒権者は,この基準に従って,処分の内容を決することとなる。
[43](イ)a 本件処分基準別表第1(2)ただし書によれば,「ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする」とされている。
[44] 本件において,原告Aは,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物について,Cを補助者として,建築基準法令に定める講造基準に適合しない設計をした。
[45] 前記1ないし7記載の建築物は,一級建築士でなければ設計できないものであるから,一級建築士である原告Aは,これらの建築物についての設計については,自ら責任を負わなければならない。
[46] そうすると,上記のような法令違反の建築物の設計がされたことについて,少なくとも原告Aに過失があることは明らかである。
[47] 原告Aは,建築基準適合判定資格者の処分基準を援用するが,建築物のチェックをする建築基準適合判定資格者と設計行為そのものをする建築士とは,その職責は異なるのであるから,かかる基準が原告Aに適用されたり,援用されたりする余地は全くない。
[48]b そして,「建築物の倒壊・破損等」の中には,建築基準法に適合しない違反設計の結果,構造上の大きな瑕疵・危険性の存在する建築物が建築された場合も含むと解するべきである。
[49] 原告Aは,建築基準法令に適合しない違反設計行為により,別紙1建築物目録1ないし7記載のとおり構造上危険な建築物を現出させているところ,それらの建築物は耐震性の数値(保有水平耐力/必要保有水平耐力)が1を切るものであり,大地震が発生した際には,建築物の倒壊又は崩壊,それに伴う人の死傷が生じるおそれがある。
[50] 国土交通大臣は,この事実が,「結果が重大なとき」に該当し,これに加えて,原告Aが,このほかにも講造計算書に偽装の見られる不適切な設計をしたという不誠実行為があること及び違反行為の悪質性,被害の深刻さ,社会的影響の大きさ等を考慮の上,免許取消処分が相当であると判断したものである。
[51](ウ) また,仮に,建築基準法令に違反した建築物を設計し,当該建築物が現出されたことが「結果が重大なとき」に当たらなくとも,原告Aの別紙1建築物目録記載の建築物の設計行為に本件処分基準別表第1(2)本文の表2ないし4の処分ランクを適用すれば,免許取消処分となるのであるから,いずれにせよ,本件免許取消処分は適法である。

(2) 理由不備の違法について
[52] 国土交通大臣は,原告Aに対し,聴聞手続の際,建築基準法令に違反する設計があった建築物及び講造計算書に偽装の見られる不適切な設計行為があった建築物について,具体的に特定した上で,これらの行為が建築士法10条1項各号に該当し,懲戒処分の対象となることを説明し,処分通知書の中においても,その旨の記載があることから,原告Aに告知する内容としては,十分であるというべきである。
(1) 裁量権の範囲を逸脱した違法について
[53] 建築士法26条2項4号では,都道府県知事は,「建築士事務所を管理する建築士が第10条1項の規定により懲戒の処分を受けたとき」に監督処分をすることができる旨規定されており,北海道知事は,この規定に従って,本件登録免許取消処分をしたのである。
[54] そして,本件免許取消処分のような行政行為は,当然無効の場合を除くほか,何人もそれが取消権限のある機関によって取り消されるまでは,これを有効なものとして扱わなければならない効力(公定力)を有し,一切の者は,一度された行政行為に拘束される。
[55] したがって,本件において,北海道知事が,本件免許取消処分が有効であることを前提として,本件登録取消処分をしたことに何らの違法はない。
[56] 建築士事務所の監督処分に関しては,「建築士事務所の監督処分基準」が定められているところ,本件登録取消処分は,この基準に従い適正にされている。
[57] また,北海道知事は,法律で定める手続きを全て経た上で,本件登録取消処分をしている。

(2) 理由不備の違法について
[58] 北海道知事は,原告B代表者に対し,本件登録取消処分に当たり,同処分が,同社の管理建築士である原告Aが本件免許取消処分を受けたことに基づき建築士法26条2項4号の規定を適用してしたものであることを聴聞の機会においても,本件登録取消処分通知書の中でも明示しているところである。
[59] また,北海道知事に,国土交通大臣のした処分の理由を告知すべき義務はないから,北海道知事が本件免許取消処分に関する処分理由等を明らかにする義務はない。
[60] そうすると,本件登録取消処分に理由不備の違法はない。
(1) 建築物に関する行政庁の耐震性の判断について
ア 官庁施設の耐震診断結果等の公表について(甲7)
[61](ア) 国土交通省が公表した,「官庁施設の耐震診断結果等の公表について」の「4 耐震性の評価方法と安全性」と題する項目に,「今回の公表対象のうち,評価値が0.5未満のものは,すべて新耐震設計法の施行以前(昭和55年以前)のものです。これらの施設についても,中規模の地震で損傷しないことについて建設当時の設計において検証されており,震度5強程度の中規模地震に対し損傷しないことが確認されています。」との記載がある。
[62](イ) 「6 大規模地震に対する構造体の耐震安全性の評価」と題する項目には,以下の内容の記載がある。
評価 I,II類施設の評価値 耐震安全性の評価 備考
評価値<0.5 地震の震動及び衝撃に対して倒壊し,又は崩壊する危険性が高い。 いずれも中規模地震で損壊しないことを設計において確認している。
0.5≦評価値<1.0 地震の震動及び衝撃に対して倒壊し,又は崩壊する危険性がある。
(省略)
[63](ウ) なお,「評価値」とは,Qu/(α×Qun)をもって算出される数値であり,αは,主に昭和56年の建築基準法施行令改正前の施設について,柱の帯筋比等の仕様規定を満足できないことを踏まえた補正係数(1.0~2.4)である。
イ Cが講造計算に関与した建築物の性格(甲9)
[64] 札幌市が作成した「建設委員会」と題する書面には,Cが講造計算に関与した建築物について,保有水平耐力指数が1.0未満となっている物件があるが,その指数は,いずれも0.6未満ではないため緊急に安全性が問題となる状況にはないとの同市建築指導部長の見解が記載されている。
[65] ただし,本書面に指摘のある建築物に本件建築物が含まれているかは明らかではない。
ウ 講造計算書偽造問題対策連絡協議会(第3回)議事概要(甲10)
[66] 国土交通省が公表した「講造計算書偽造問題対策連絡協議会(第3回)議事概要」の「3.今後の取組について」には,「使用制限,除却等の命令を行う際の手順とそのトリガーとなる危険度(保有水平耐力と必要保有水平耐力の比(Qu/Qun))について,平成16年の建築基準法改正で定められた「既存不適格建築物に係る勧告・是正命令制度のガイドライン」において建築基準法10条の勧告の基準とされているとともに耐震改修促進法における基本方針(告示)に盛り込むことを予定している講造耐力指標(Is)0.3に相当するものとして,Qu/Qun0.5を目安とすることが確認された。」との記述がある。

(2) 本件免許取消処分及び本件登録取消処分に係る聴聞及び通知の内容(甲1,2,乙1,2,丙1,弁論の全趣旨)
[67] 国土交通大臣の原告Aに対する本件免許取消処分についての聴聞では,具体的な建築物の所在地,建築物の問題点及び根拠法条が告知され,同処分を通知する文書の理由欄にもこれと同様の記載がある。
[68] 北海道知事の原告Bに対する本件登録取消処分についての聴聞では,処分に至る具体的な事実関係と処分の根拠法条が告知され,同処分を通知する文書の理由欄にも同様の記載がある。
(1) 裁量権の逸脱の有無について
ア 本件処分基準について
[69] 国土交通大臣が,一級建築士に建築士法10条1項各号の事由が認められた場合に,当該建築士に対し,いかなる処分をするかは,同大臣の裁量に委ねられている。
[70] もっとも,建築士法10条が,国土交通大臣に,一級建築士の懲戒処分をする権限を認めたのは,同大臣が,一級建築士免許の免許権者であり,建築物に関する専門的知識や技能を有する職員を諸部に配置し,建築行政事務をつかさどる地位にあるからであり,したがって,その処分権限も,当該建築士のした行為の態様,性格,違法性の程度等諸般の事情を考慮して,専門性の見地から合理的に行使されなければならないというべきである。
[71] そして,本件処分基準は,かかる裁量の範囲を具体化したものと評価できるから,合理的な理由がないのに本件処分基準に基づかないで処分がされた場合には,当該処分は裁量権の範囲を超えて違法となると解すべきである。
イ 本件処分基準別表第1(2)ただし書について
[72](ア) 本件処分基準別表第1(2)ただし書は,「ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする」と規定している。
[73] そして,「建築物の倒壊・破損」が例示された後に「等」との記載があることの文理及びその行為が1回であっても免許が取り消されることもあり得るという実体的な側面に照らすと,「等」に含まれるのは,当該建築物に,その倒壊・破損に類するような危険性がある場合などに限定されると解するのが相当である。
[74](イ) そこで,本件建築物が「等」に含まれるような危険性を有し,「結果が重大なとき」に該当するかについて検討するに,前記1(1)アないしウによれば,国及び地方自治体は,耐震性の数値が0.6よりも大きい場合,緊急に安全性を問題とすべき状況であるとは認識していなかったといえる。
[75] そして,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物の耐震性の数値は0.86ないし0.69である。
[76] そうすると,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物は,国及び地方自治体がこれまで緊急に安全性が問題となる状況にある建築物と認識してこなかった建築物であり,このことを前提にすると,上記各建築物が,抽象的にはともかく,建築物の倒壊・破損に類するような危険性を有すると断定することはできない。
[77] なお,前記1(1)アの評価値は,必要保有水平耐力に補正係数(α)をかけることで,耐震性の数値として評価し直したものと考えられるから,本件建築物の耐震性の数値と比較することに何ら問題はないというべきである。
[78](ウ) そうすると,本件事案が,本件処分基準第1(2)ただし書の適用がある事案かどうかについては疑問の余地がある。
[79] そこで,さらに進んで,本件免許取消処分が,本件処分基準第1(2)本文の要件を満たすかどうかについて検討する。
ウ 本件処分基準別表第1(2)について
[80](ア) 本件処分基準別表第1表4の1(2)本文には,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする」と規定されている。
[81] そして,本件処分基準別表第1表4の1(1)の規定及び本件処分基準別表第1表4の1(2)ただし書の規定と併せて考えれば,本件処分基準別表第1表4の1(2)本文の規定は,複数の処分をすべき行為のうち,最も処分等の重い行為のランクを基本に,その他の処分すべき行為について,その行為に応じた処分ランクの範囲内で適宜加重してランクを決する趣旨であると合理的に解釈できる。
[82] 原告らは,複数の違反行為がある場合に,本件処分基準別表第1表2及び表3のランク表該当部分の点数を単純に足して処分を決することは誤りであり,このことは,本件処分基準別表第1表4の1(2)本文の規定が,刑法の併合罪の場合の処理と類似していることからも基礎づけられると主張する。
[83] しかし,同規定を刑法の併合罪同種の規定と解すべき法的根拠はないし,前述のとおり,建築士の懲戒処分については,当該建築士のした行為の態様,性格,違法性の程度等諸般の事情を考慮して,専門性の見地から合理的に行使されなければならないというべきであるところ、原告らの主張する解釈を取ると,当該建築士が建築士法10条1項2号及び3号に該当する行為を相当多数している場合に,個々の行為を評価することが十分できなくなってしまい,建築士に対する懲戒処分を定めた建築士法10条の趣旨に合致しない。
[84](イ) これを本件建築物について見ると,最も処分等の重い違反設計のランク6を基本として,その他11件の行為をその行為に応じた処分ランクの範囲内で適宜加重すれば,仮にその他の行為を最低の1ランクと評価したとしても,少なくとも,免許取消処分となる16ランクを超える17ランクとなることは避けられない。
[85] さらに,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物の違反設計行為についてはもともと6ランクとされていることからすれば,このうち1件を最も処分等の重い設計のランク6として選択したとしても,その他の5件を最低の1ランクとして評価することは困難であることに加え,本件設計行為は,本件処分基準別表第1表3の加重事由(法違反の状態が長期,常習的)にも該当しうることを考えれば,本件設計行為の本件処分基準に基づく合計ランクが17ランク以上となる可能性もあるということができる。
[86](ウ) 原告らは,本件建築物のうち半数近くが平成13年に集中しており,場所がいずれも札幌市内であることを根拠に本件処分基準別表第1表4の1(2)ただし書の,複数の行為について「時間的・場所的接着性や行為態様等から全体として一の行為と見うる場合」に当たると主張するが,本件建築物は,同じ札幌市内というものの,接着していると評価できる位置関係であるとはいえないし,設計の時期が近接すると認めるに足りる証拠はないのであるから,全体として1つの行為と見ることはできない。
[87] 以上から,本件免許取消処分は,本件処分基準別表第1(2)本文の要件を満たしており,裁量権の逸脱があったと認めることはできない。

(2) 理由不備の違法について
[88] 行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,行政庁の判断の慎重・合理性を担保し,処分の相手方の争訟提起の便宜を図る点にある。
[89] そして,一級建築士に対する懲戒処分は,建築士法10条1項各号の要件を満たしたことを前提として,その要件該当行為の性質,態様等を評価して決せられるべき性格のものである。
[90] そうすると,行政手続法14条1項本文の趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,さらに進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかすることを要するものではないと解すべきである。
[91] なお,行政手続法12条1項は,行政庁に処分基準を定めること及びその公表に努めるべき旨規定しているが,同項は,あくまで努力義務を定めたものにすぎないと解される。したがって,この条項が存在するからといって,直ちに,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適用関係まで提示しなければならないということにはならない。
[92] そこで,これを本件についてみると,被告国は,本件免許取消処分に際し,前記1(2)ア記載のとおり,甲1の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,本件免許取消処分に際して,十分な理由が提示されていたといえる(なお,原告Aは,聴聞手続においても理由が明らかにされなかった旨主張するが,同様の理由により,同手続には問題がなかったといえる。)。
[93] したがって,本件免許取消処分に理由不備の違法はない。
[94](1) 上述のとおり,本件免許取消処分に違法がない以上,北海道知事のした,原告Bに建築士法26条2項4号の懲戒事由が存在するとの判断に誤りはないし,建築士事務所の懲戒処分に際しても,前記2(2)アで述べた趣旨が妥当するから,前記1(2)イの事実に照らし,理由不備の違法があるということもできない。

[95](2) したがって,本件登録取消処分が違法であると認めることはできない。
[96] したがって,本件請求にはいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

  札幌地方裁判所民事第5部
  裁判長裁判官 中山幾次郎  裁判官 村野裕二  裁判官 渡邉充昭
建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの)
第10条第1項 1級建築士、2級建築士又は木造建築士が次の各号の1に該当する場合においては、免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は、戒告を与え、1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ、又は免許を取り消すことができる。
一 禁錮以上の刑に処せられたとき。
二 この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき。
三 業務に関して不誠実な行為をしたとき。

建築士の処分等について(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設庁住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)抄
               記
1 基本方針
 建築士の業務の適正を確保するため、建築士が、建築士法第10条第1項に規定する処分事由に該当するときは、迅速かつ厳正に処分等(処分及び文書注意をいう。)を行うこと。
2 建築士の紹介処分等の基準
 建築士の処分等の内容の決定は、別表第1に従い行うこと。
 なお、過去に処分等を受けている場合は、別表第2に従って、別表第1に従い決定した処分等を加重すること。
3 処分等に伴う措置
(1) 業務停止の処分を行った場合は、処分期間満了まで建築士の免許証を領置すること。
(2) 免許取消の処分を行った場合は、建築士の登録を抹消し、免許証を返納させること。
(3) 建築士に対して免許取消又は業務停止の処分を行った場合は、当該処分に対する違反がないよう監視し、違反があったときは、さらに処分・告発すること。
4 報告等
(1) 処分等を行った場合は、処分等を受けた建築士の氏名、住所、登録番号、処分等の理由及び種別(業務の停止の場合は、その期間を含む。)、聴聞内容その他参考事項を報告すること。
(2) 建築士が建築士法第10条第1項に掲げる事由に該当する場合又はその疑いがある場合は、その者の氏名、住所、登録番号及び事実の概要その他の参考資料を、それぞれの免許権者に通知すること。
 なお、この旨を貴管下特定行政庁にも通知すること。








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