蓮華寺事件
上告審判決

建物明渡、代表役員等地位確認請求事件
最高裁判所 昭和61年(オ)第943号
平成元年9月8日 第2小法廷 判決

【上告人】被控訴人 第1事件原告  蓮華寺
      代理人 色川幸太郎 外21名

【被上告人】控訴人 第1事件被告  久保川法章
      代理人 小見山繁 外14名

■ 主 文
■ 理 由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 本件においては、上告人が被上告人に対し、包括宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)が被上告人を僧籍剥奪処分たる擯斥処分(以下「本件擯斥処分」という。)に付したことに伴い、被上告人が蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失い、上告人所有の第1審判決添付の物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の占有権原を喪失したとして、本件建物の所有権に基づきその明渡を求めるのに対し、被上告人は、本件擯斥処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされ、かつ、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)所定の懲戒事由に該当しない無効な処分であると主張して、上告人の右請求を争っている。

[2] 裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ、したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決するに適しないものは、裁判所の審利の対象となり得ないというべきである(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第3小法廷判決・民集35巻3号443頁)。
[3] しかるところ、宗教法人法は、宗教団体に法律上の能力すなわち法人格を与えるものであるが、その趣旨は、「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」(同法2条)を主たる目的とし、固有の組織と活動の主体として存在する宗教団体について、その「礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営する」(同法1条1項)という、いわば経済的及び市民的生活にかかわる部分のために法人格を認めることにあるのであって、宗教団体は、法人格を取得して宗教法人となった後においても、それに包摂されない宗教活動の主体として存在するものであることはいうまでもない。そして、同法12条1項5号に規定する宗教法人の代表役員及び責任役員の地位はもとより法律上の地位であるが、宗教団体と宗教法人とが右のような関係にあることから、本件においても、宗教団体内部における宗教活動上の地位としての宗教上の主宰者である法主、管長又は住職たる地位(これらの地位が法律上の地位でないことについては、最高裁昭和51年(オ)第958号同55年1月11日第3小法廷判決・民集34巻1号1頁参照)にある者が、宗教法人の代表役員及び責任役員となるものとされており、したがって、住職たる地位を喪失した場合には、当然代表役員及び責任役員の地位を喪失する関係にある。
[4] そして、宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから、これらの事項については、裁判所は、その自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛議については厳に中立を保つべきであることは、憲法20条のほか、宗教法人法1条2項、85条の規定の趣旨に鑑み明らかなところである(最高裁昭和52年(オ)第177号同55年4月10日第1小法廷判決・裁判集民事129号439頁、前記昭和56年4月7日第3小法廷判決参照)。かかる見地からすると、特定人についての宗教法人の代表役員等の地位の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を審理判断しなければならない場合において、その地位の選任、剥奪に関する手続上の準則で宗教上の教義、信仰に関する事項に何らかかわりを有しないものに従ってその選任、剥奪がなされたかどうかのみを審理判断すれば足りるときには、裁判所は右の地位の存否の審理判断をすることができるが、右の手続上の準則に従って選任、剥奪がなされたかどうかにとどまらず、宗教上の教義、信仰に関する事項をも審理判断しなければならないときには、裁判所は、かかる事項について一切の審判権を有しない以上、右の地位の存否の審理判断をすることができないものといわなければならない(前記昭和55年4月10日第1小法廷判決参照)。したがってまた、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、その実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(前記昭和56年4月7日第3小法廷判決参照)。

[5] これを本件についてみるに、原審の認定するところによれば、要するに、日蓮正宗の内部において創価学会を巡って教義、信仰ないし宗教活動に関する深刻な対立が生じ、その紛争の過程においてされた被上告人の言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説であるとして、日蓮正宗の管長阿部日顕が責任役員会の議決に基づいて被上告人を訓戒したが、被上告人が所説を改める意思のないことを明らかにしたことから、宗規所定の手続を経たうえ、昭和56年2月9日付宣告書をもって、被上告人を宗規249条4号所定の「本宗の法規に違反し、異説を唱え、訓戒を受けても改めない者」に該当するものとして、本件擯斥処分に付した、というのであり、原審の右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯するに足りる。
[6] そして、本件においては、被上告人が本件擯斥処分によって日蓮正宗の僧侶たる地位を喪失したのに伴い蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失ったかどうか、すなわち本件擯斥処分の効力の有無が本件建物の明渡を求める上告人の請求の前提をなし、その効力の有無が帰するところ本件紛争の本質的争点をなすとともに、その効力についての判断が本件訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものであるところ、その判断をするについては、被上告人に対する懲戒事由の存否、すなわち被上告人の前記言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説に当たるかどうかの判断が不可欠であるが、右の点は、単なる経済的又は市民的社会事象とは全く異質のものであり、日蓮正宗の教義、信仰と深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくして判断することのできない性質のものであるから、結局、本件訴訟の本質的争点である本件擯斥処分の効力の有無については裁判所の審理判断が許されないものというべきであり、裁判所が、上告人ないし日蓮正宗の主張、判断に従って被上告人の言説を「異説」であるとして本件擯斥処分を有効なものと判断することも、宗教上の教義、信仰に関する事項について審利権を有せず、これらの事項にかかわる紛議について厳に中立を保つべき裁判所として、到底許されないところである。したがって、本件訴訟は、その実質において法令の適用により終局的に解決することができないものといわざるを得ず、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に該当しないというべきである。

[7] 以上のとおり、本件訴えは不適法として却下を免れないというべきであり、これと同旨の原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、ひっきょう、右と異なる見解に立って原判決の不当をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
[8] よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一  裁判官 牧圭次  裁判官 島谷六郎  裁判官 藤島昭  裁判官 奥野久之)

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