議員定数不均衡訴訟 参議院違憲状態判決(平成8年)
第一審判決

選挙無効請求事件
大阪高等裁判所 平成4年(行ケ)第5号
平成5年12月16日 第2民事部 判決

原告〔別紙目録記載の選定者らの選定当事者〕 田上泰昭
   右訴訟代理人弁護士 山本次郎 持田明広 畑良武 密克行
被告 大阪府選挙管理委員会
   右代表者委員長 前田進郎
   右指定代理人  塚本伊平 外7名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一 原告の請求を棄却する。ただし、平成4年7月26日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の大阪府選挙区における選挙は、違法である。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

一 請求の趣旨
1 平成4年7月26日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の大阪府選挙区における選挙を無効とする。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
[1] 原告らは、平成4年7月26日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙(以下「本件選挙」という)における大阪府選挙区の選挙人である。

[2] 本件選挙は、公職選挙法14条別表第2による参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定(以下「本件配分規定」という)に基づいて実施された。
[3] 本件選挙における各選挙区の選挙人数、議員1人あたりの選挙人数、右人数の最小値との較差は別表記載のとおりであり、これによると、本件配分規定による各選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の較差は、最大6.59(神奈川県選挙区)対1(鳥取県選挙区)であり、原告らの選挙区である大阪府選挙区と鳥取県選挙区とのそれも、4.68対1に及んでいる。

[4] 本件配分規定は、次の理由により、各選挙人の投票価値の平等を保障している憲法14条1項、15条1項、2項、3項、43条1項、44条に違反しており、本件配分規定に基づく本件選挙は無効である。
[5](一) 投票の価値の平等は、選挙権行使の場における法の下の平等原則の実現という意味に止まらず、それが民主政治の根本原理を形成するものであるが故に堅持されなければならない。本件配分規定は、何らの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)の如何によって一部の選挙人を差別し、著しく不平等に扱ったものである。
[6](二) 本件配分規定は、公職選挙法制定に当たって、参議院議員選挙法(昭和22年法律11号)の定める定数配分規定(以下「旧配分規定」という)をそのまま踏襲したものであるが、旧配分規定は、行政区画主義と人口比例原則に基づいて作成された。
[7] すなわち、選挙区割については、既存の行政区画である都道府県をそのまま用い、議員数の配分については、議員定数を150とした上、当時の直近の調査に基づく余人口を議員定数150で除して得た数を、各選挙区の議員数を偶数とするとの前提の下に、四捨五入的手法を用いて整数化するという操作によって作成されたのである。
[8] ところが、旧配分規定の作成後、人口の急激な都市流入がおこったにもかかわらず、国会は、沖縄復帰に伴う沖縄県選挙区への議員2人の追加配分、比例代表制導入に伴う「地方選出議員」の「選挙区選出議員」への改称等の外には、本件配分規定に対する立法上の改正作業を何らなすことなく、憲法の要請を無視して長期にわたって不作為を続け、旧配分規定制定当時の人口比例配分からは全く乖離した状態で、本件選挙を迎えたのである。
[9](三) 我が国の参議院は、議員の選出手続において、衆議院と同様の民選議会である。すなわち、憲法は、衆参両院議員の選出については、選挙の正当性(前文1項)、選挙権の平等(14条1項、44条但書)、議員が全体の奉仕者たること(15条2項)、全国民を代表する選挙された議員であること(43条1項)等の諸原則を明定しており、その反面、両院議員についての異なった扱いとしては、衆議院の解散(45条、54条)、両院議員の任期の差(45条、46条)、参議院議員の半数改選制度(46条)の3項目を掲げるにすぎない。したがって、投票価値の平等に関する憲法上の要求の程度は、衆議院と参議院で何ら差はないものというべきである。
[10](四) ところで、被告は、国会は投票価値の平等以外に正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をもしんしゃくして、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて、公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを具体的に決定することができるとし、参議院議員の選挙制度については、(1)参議院議員選挙区選出議員の地域代表的性格と(2)過疎地振興をその政策的目的ないし理由としている旨主張する。
[11] しかしながら、「地域代表」の理念は、国会議員の本質を単なる地域代表とはみず、あくまで全国民の意思に基づく全国民の代表として設定した憲法の文理に反し、これに対立するものである。「全国民を代表する」議員とは、まず議員がその選挙区の選挙人だけを代表するものであってはならないことを意味し、更に全国民の意思を忠実に反映する議員でなければならないことを意味する。農村の過疎対策は都市の過密対策と裏腹をなし、全国民が一体となって対処すべき課題であるが、過疎地域の政治的経済的利益を代表観念の基礎に据えるこの主張は、個々の人格権である参政の権利を、利益代表、利益集団の観念の中で把握する誤ったものであるといわざるを得ない。
(五) 立法裁量論について
[12] 議員の定数、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされている(憲法43条、47条)が、その趣旨は、選挙に関する事項が憲法上の諸原則に沿ったものでなければならないことを当然の前提として、その具体化は命令、規則ではなく、法律によるべしとの法治主義の原則を示したところにあるのであって、立法府に対して広範な裁量権を与えようとしたものではない。そして、立法裁量は本来的に憲法上の原則の枠内でのみ認められるべきものである。
[13] ところで、平等選挙の原則は、その形式的性格において一般的平等原則から区別される。一般的平等原則においては実質的平等の理念が妥当し、等しいものを等しく、異なるものを異なって取り扱い、したがって実質的理由のあるときには差別的取扱が可能であるのに対し、平等選挙の原則にあっては形式的平等の理念が妥当するものと解すべきである。
[14] そうであれば、平等選挙原則の適用に例外を設けるについては、特に慎重でなければならない。平等選挙原則の形式的性格は、当然の帰結として立法裁量の範囲と限界についての厳格性を要求するのである。
[15] そして、本件配分規定に関する次のような事情に照らせば、これを改正せずに放置してきた国会の不作為が立法裁量の範囲内であるとは到底言いえない。
(1) 各選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の較差が、本件選挙時において最大6.59対1にも達していること
(2) 参議院議員選挙区選出議員の選挙制度における政党の得票率と議席占有率が大幅な不一致を示していること
(3) 本件選挙施行当時にあって、いわゆる逆転現象(選挙人数の少ない選挙区の方が、選挙人数の多い選挙区よりも配分議員定数が多い現象)が実に24例に及ぶこと
(4) 国会が昭和22年に旧配分規定を制定して以来、その改正について、憲法の要請を無視して45年余にもわたって長期的サボタージュを続けてきたこと
(六) 原告が考案したシミュレーションについて
[16] 原告は、昭和22年参議院議員選挙法制定当時の偶数段階による人口比例配分方式にしたがい、定数是正のシミュレーションを3通り考案した。
[17] その詳細は次に説明するとおりであるが、いずれの方法によっても逆転区は解消され、各選挙区間の議員1人当たりの有権者比率は3.63対1ないし3.56対1に止まらせることができる(なお、シミュレーション第二、第三は定数増は伴わない)。そうすると、選挙区数47、総定数152、各選挙区への偶数配分という従来の参議院選挙区選挙の枠組みを何ら変更することなく、1票の重みの較差を大幅に縮小することが可能であるというべきであり、国会の長年のサボタージュには何ら正当な理由のないことが明白である。
(1) シミュレーション第一
[18] シミュレーション第一は、昭和22年当時の参議院地方区の定数配分方式に準じ、本件選挙当時の選挙人数の割合によって配当議員数を算定したものである。
[19] すなわち、平成4年7月7日現在の選挙人数に基づき、配当議員総数を152人とした場合の議員1人当たりの人口「A」(61万6973人)を算出し、右「A」をもって、都道府県の選査人数を除して得られた数から各都道府県の配当議員数が奇数になった場合は端数切上げ、偶数になった場合は端数切捨ての方法によって「補正整数」を出し、さらに右「補正整数」が零になった場合(福井、島根、鳥取)は、各選挙区に偶数定員2人を配当するとの前提に基づいて二重に補正し、得られた「配当議員数」である(その詳細は、別紙シミュレーション第一のとおり)。
[20] その結果、配当議員数が現行より10人増の162人となるが、逆転区が出ることはなく、各選挙区間の議員1人当たりの有権者比率は3.63対1に止まる。
(2) シミュレーション第二
[21] シミュレーション第二は、各都道府県に一律2人の「基本定数」を割り振り、次に、各都道府県の選挙人数から「A」を3倍した数(185万919人)を減じ、残った選挙人数を「A」で除し、その商が奇数の場合は1を引いた偶数を、商が偶数の場合はそのまま偶数を「第一次加算数」とし、「基本定数」に「第一次加算数」を加えると、配当合計が134人となり、18議席が残る。これを較差の大きい選挙区から順に2人ずつ再配分し、これを「第二次加算数」とし、152議席を配分したのである(その詳細は、別紙シミュレーション第二の一ないし三のとおり)。
[22] 右方法によっても逆転区が出ることはなく、各選挙区間の議員1人当たりの有権者比率は3.63対1に止まる。
(3) シミュレーション第三
[23] シミュレーション第三は、比例代表制における各党候補者の得票数によって当選者数を決定する方法であるドント方式の基本原理を応用したものである。
[24] まず、各都道府県の選挙区に定数2を配分する。残余定数58については、各選挙区の選挙人数を順次2、4、6、8・・・の偶数でこれを除し、その結果得られた商の中から、数のもっとも大きなものから順次対応する都道府県に定数2を追加配分し、順位29位(残余議員数58に相当する)に達した段階で、配分を終了する(その詳細は、別紙シミュレーション第三の一及び二のとおり)。
[25] 右方法によっても逆転区が出ることはなく、その結果は、各選挙区間の議員1人当たりの有権者比率は3.56対1に止まる。

4 事情判決法理の援用について
[26] 本件においては、事情判決がなされるべきではない。蓋し、事情判決制度は、これに類似する諸外国の制度を見出すことができないとさえいわれるほどの我が国行政法制に独自の制度であるだけに、その安易な拡大解釈ないし類推適用は厳に戒めるべきである。いわんや公職選挙法219条が選挙訴訟について行政事件訴訟法31条を準用することを明文で排斥している場合に、いわば超法規的に同条に含まれる法の基本的原則を援用することは、極めて厳正に、限定的になされなければならない。
[27] ところで、議員定数配分規定の是正を求める選挙無効事件において事情判決法理を初めて導入したのは、昭和47年12月10日に行われた衆議院議員選挙に関して昭和51年4月14日に言い渡された最高裁大法廷判決であり、右判決が指摘した選挙の無効を肯定するときに生じうる不都合な結果とは大略次の4つの事項であった。
(一) 選挙によって選出された議員がすべて当初から議員としての資格を有しなかったことになる結果、右議員によって議決された法律等の効力に問題が生じる。
(二) 今後における衆議院の活動が不可能となり、議員定数配分規定の改正すらできなくなる事態が生じる。
(三) もともと同じ憲法違反の瑕疵を有する選挙について、選挙無効訴訟が提起された選挙区の選挙だけが無効となり、他の選挙区の選挙はそのまま有効として残ることになるが、このような均衡を失する結果は憲法上望ましいことではない。
(四) 選挙が無効とされる結果、公職選挙法の改正を含むその後の衆議院の活動が選挙無効の選挙区からの選出議員を欠く異常な事態の下で行われざるを得なくなる。
[28] しかしながら、(一)については、選挙無効判決の効力を、過去に遡らない将来に向かっての形成的な効力であると解すればよく、(二)については、定数配分規定の可分説によるときは、一部選挙区選出の議員を欠いたとしても、なお他の選挙区選出の議員によって衆議院はさしたる支障もなく活動できるし、不可分説によった場合でも、選挙訴訟では、「選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合」でなければ選挙無効の結論は出せないから、平均的配分区においては、定数を是正する必要がなく、したがってこれらの選挙区選出の議員の多数は何ら資格を失うことなく、衆議院の定足数が充たされる可能性が充分に考えられる。また(三)については、具体的争訟を通じてのみ法令の違憲審査を求めることができる我が憲法判例の意に沿うところであると考えられる。更に、(四)については、我が国の選挙制度における宿弊的違憲状態を改革するために真に止むを得ない混乱であると観念すべきである。
[29] このようにみてくると、前記昭和51年判決のいうところの憲法の所期するところに反する結果というものは、いずれも事情判決を導入してまで選挙を有効としなければならないほどの必然性のあるものとは認められない。
[30] そして、本件配分規定の違憲性は否定することのできない顕著なものであること、違憲状態はすでに長期にわたっていて、是正のための合理的期間も徒過して久しいものであること、衆議院の定数に対する裁判所の事情判決にもかかわらず、従来の国会の動きは遅々たる微温的な歩幅に止まり、国民の選挙権の差別は何ら根本的な改革がなされないまま放置されていること等に鑑みると、本件においては選挙無効判決が下されるべきである。
[31] 請求原因1、2の事実は認め、同3の主張は争う。

2 被告の主張
(一) 議員定数配分に関する国会の裁量について
[32] 憲法14条1項に定める法の下の平等は、同法15条3項、44条に定める選挙人の資格における差別の禁止のみにとどまらず、選挙権の平等すなわち議員の選出における各選挙人の投票価値の平等をも保障しているものと解される。
[33] ところで、代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。我が憲法もまた、右の理由から、国会両議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条2項、47条)、どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかの決定を国会の極めて広い裁量にゆだねているのである。
[34] それゆえ、憲法は、右の投票価値の平等についても、これを選挙制度の仕組みの決定において、国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているものではなく、国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をも斟酌して、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて、公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを具体的に決定することができるのであって、国会が具体的に定めたところのものが、その裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り、それによって、右の投票価値の平等が損われることになっても、やむを得ないものと解するべきである。
[35] ところで、我が憲法は、衆議院及び参議院の二院制を採用しているが、両議院には、組織(議員の任期、解散の有無)及び権限(衆議院の参議院に対する優越)に重大な相違がある。その趣旨は、衆議院と参議院がそれぞれ特色ある機能を発揮することによって、国会が公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあるが、右のような憲法上の両議院の相違は、両議院の選挙制度の仕組みにも影響を及ぼすべきものである。
[36] そして、公職選挙法は、参議院議員の総数を252名とし、そのうち100名を比例代表選出議員、152名を都道府県を単位とする選挙区において選挙される選挙区選出議員とし、3年毎に半数ずつ改選することとしている。これは、比例代表選出議員については、職能代表的な考え方によって各職域からそれぞれの代表を選出させようとしたものであり、選挙区選出議員については、都道府県を基礎として地域代表的な考え方を採用し、地方の実情に精通した代表を選出させようとしたものである。そして、最近の都市への人口の集中化の現状に照らすと、単純に選挙人数に比例した議員数の配分は、都市地域ないし経済の先進地域を農村地域ないし経済の後進地域に優先させる結果になりかねないのであって、現在の議員定数配分は、投票価値の平等以外に、国会が考慮することのできる他の政策的目的ないし理由として地域代表的意味あいを考慮したものであって、それなりの合理性を有しているといえるのである。
[37] このように、国会は、議員の選挙について、衆議院議員とは異なる代表性格を持たせるため、人口、選挙人数を基準とするのみでは充分に代表されない国民各層の種々の利益をも多面的に代表させる仕組みとしているのであって、選挙制度のかかる仕組みは、両院制の下における参議院の性格に鑑みれば、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させるための具体的方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する前記のような裁量的権限の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるとは断じえないのであって、その当否は専ら立法政策の問題に止まるものというべきである。
[38] 参議院議員選挙について以上のような選挙制度の仕組みを採用した場合には、選挙区選出議員の選挙において、各選挙区の議員1人当たりの選挙人数にある程度の較差が生ずることは当然であり、そのために選挙区間における選挙人の投票価値の平等がそれだけ損なわれることになったとしても、これをもって直ちに右の議員定数の定めが憲法14条1項等に違反するものとは解しえないのである。
[39] また、社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の異動につき、それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるか等の問題は、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであって、その決定は、右の変化に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量に委ねられているところである。したがって、議員定数配分規定の制定後人口の異動が生じた結果、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差が拡大したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものでなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有するべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつそれが相当期間継続して、このような不平等状態を是正する何らの措置をも講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係ることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するべきである。
(二) 本件定数配分規定の合憲性について
[40] 本件選挙当時における本件定数配分規定による各選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の較差は原告の主張のとおりであるが、以上の諸事情を考慮すれば、参議院議員選挙においては、右の程度の較差では、いまだ立法府である国会の合理的な裁量権の範囲内に止まっているというべきであるから、本件定数配分規定は憲法に違反せず、少なくとも大阪府選挙区の程度であれば、憲法に違反しないというべきである。

[1] 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

[2] そこで、以下、本件配分規定が憲法に違反するか否かについて検討する。

[3] 議会制民主主義を採るわが憲法の下においては、国権の最高機関である国会を構成する衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であって、憲法は、その重要性にかんがみ、14条1項に定める法の下の平等の原則を政治の領域において適用し、成年者による普通選挙を保障するとともに、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって選挙人の資格を差別してはならないものとしている(15条3項、44条)。そして、この選挙権の平等の原則は、単に選挙人の資格における右のような差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の平等、すなわち議員の選出における各選挙人の投票の有する価値の平等をも要求するものと解するのが相当である。
[4] しかしながら、右の投票価値は、選挙制度の仕組みいかんによって何程かの差異を生ずることは免れないものであるから、憲法が、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数学的に完全に同一であることまでも要求するものとは解せられない。また、憲法は、国会両議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないとの制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとしている(47条)が、これは、どのような選挙の制度が国民各層のさまざまな利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかの決定を国会の広い裁量に委ねているものと解せられる。すると、憲法は、投票価値の平等を選挙制度の仕組みの決定における唯一、絶対の基準としているものではなく、国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして、その裁量により衆議院議員及び参議院議員それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるのであって、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認しうるものである限り、それによって右の投票価値の平等が一定程度損なわれることになっても、やむを得ないものと解するのが相当である〔最高裁判所昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223項(以下「昭和51年大法廷判決」という)、同昭和58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁(以下「昭和58年4月大法廷判決」という)、同昭和58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁(以下「昭和58年11月大法廷判決」という)、同昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁(以下「昭和60年大法廷判決」という)、同平成5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁(以下「平成5年大法廷判決」という)参照〕。
[5] もっとも、国会が右裁量権を行使するに当たっては、投票価値の平等という憲法上の要求をなるべく損なわないよう最大限の配慮をすべきことは当然であって、その不平等状態の容認にも自ずから限度があるというべきである。国会が、それ自体は正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして定めた選挙制度であっても、その結果として投票価値に著しい不平等が生じ、それが憲法の趣旨に照らして到底容認できない程度に達しているときは、国会が裁量の範囲を逸脱したとの評価を免れないのであって、その場合、右政策的目的ないし理由は、投票価値の平等という憲法上の要請の前に一歩退かざるを得ないものと解せられる。

[6] ところで、公職選挙法は、参議院議員の選挙について、当初は、全都道府県の区域を通じて選挙される全国選出議員と都道府県を単位とする選挙区において選挙される地方選出議員とに区分し、議員定数については、その総数250人のうち、前者に100人を、後者に150人を配分し、憲法が参議院議員は3年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、後者についても各選挙区を通じてその選出議員の半数が改選されるように配慮し、46の各選挙区に各2人を均等に配分した上、残余の58人にあっては制定当時の各都道府県の人口に比例する形で2人ないし6人の偶数の議員を付加配分した。参議院議員の選挙におけるこの仕組みは、昭和22年法律第22号参議院議員選挙法で定められ、昭和25年に施行された公職選挙法がそれを踏襲したものであり、以来、昭和46年法律第130号沖縄の復帰に伴う関係法令の改廃に関する法律により沖縄県選出議員の議員定数2人が付加され、昭和57年法律第81号により全国選出議員が比例代表選出議員に改められ、地方選出議員の名称が選挙区選出議員にそれぞれ改められた外には、何らの変更が加えられていない。
[7] 参議院議員選挙法及び公職選挙法が参議院議員の選挙の仕組みについて右のような定めをした趣旨は、憲法が国会の構成について二院制を採用し、各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けていことから、ひとしく全国民を代表する議員であるという枠の中にあっても、参議院議員については、衆議院議員とはその選出方法を異ならせることによって、その代表の実質的内容ないし機能に独特の要素をもたせようとする意図の下に、全国選出議員については、事実上ある程度職能代表的な色彩が反映されることを図り、地方選出議員については、都道府県を基盤とする地域代表の要素を加味しようとした趣旨であり、全国選出議員が比例代表選出議員に改められた後においても、比例代表選出議員については各政党が適切な人材を候補者名簿に登載することにより参議院議員にふさわしい人材を得ようとする趣旨であると解することができる。そうであれば、参議院議員選挙法及び公職選挙法が参議院議員の選挙について定めた右のような選挙制度の仕組みは、国民各層のさまざまな利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させるための方法としてそれなりの合理性を有するものと認められる。そして、旧配分規定の制定当初における議員1人あたりの人口(昭和21年4月26日現在の臨時統計調査に基づく)は、最高が宮城県選挙区の73万1050人、最低が鳥取県選挙区の27万8714人であって、その較差は約2.62倍であり(〈書証番号略〉)、その不平等の程度は決して軽視はできないものの、右仕組みの合理性を肯認できる以上、右程度の較差は止むを得ないというべきであって、旧配分規定は、その制定当初においては違憲であったということはできない。

[8] しかしながら、その後、人口の異動に応じた定数配分の是正措置が講じられなかった結果、議員1人当たりの選挙人数の最大較差は、昭和37年に実施された参議院議員選挙時においては約4.09倍に、以下同様に昭和46年の選挙時には約5.08倍に、昭和52年の選挙時には約5.26倍に、昭和55年の選挙時には約5.37倍に、昭和58年の選挙時には約5.56倍に順次拡大した。その後、昭和60年に実施された国勢調査の結果、議員1人当たりの人口の最大較差(同年10月1日現在)が約6.03倍にまで拡大していることが判明した。以後、最大較差は、昭和61年が約6.01倍に、昭和62年が約6.10倍に、昭和63年が約6.19倍に、平成元年が約6.26倍に(以上は、毎年3月31日現在の住民基本台帳人口による議員1人当たりの人口の比率による)、平成2年が約6.42倍に、平成3年が約6.53倍に(以上は、自治省行政局選挙部発表の毎年9月2日現在の「選挙人名簿登録者数の概要」による議員1人当たりの選挙人数の比率による)順次拡大し(以上は、公知の事実である)、本件選挙時においては、6.59倍にまで拡大した。また、選挙人数の多い選挙区の議員定数が選挙人数の少ない選挙区の議員定数よりも少ないといういわゆる逆転現象は、昭和61年には20例、平成元年には23例、本件選挙時においては実に24例にのぼった(公知の事実である)。本件選挙における逆転現象の顕著な例を挙げると、議員定数8の北海道選挙区の選挙人数が431万0404人であるのに対し、選挙人数654万7458人の大阪府選挙区、選挙人数497万9732人の愛知県選挙区の議員定数がいずれも6、選挙人数614万7205人の神奈川県選挙区、選挙人数482万8023人の埼玉県選挙区の議員定数がいずれも4となっている。
[9] 本件選挙における右較差は真に重大であるといわなければならない。2倍以上の較差を生ずる不平等状態が近代選挙の原則である「1人1票の原則」を実質的に掘り崩しかねないことにも思いを致すと、いかに国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして定めた選挙制度であっても、議員1人当たりの選挙人数の最大較差が3倍を超えれば憲法の要求にそぐわない状態ではないかとの疑問が生じることを否定できず、4倍、5倍を超えれば右疑問は相当深刻であるというべきであり、まして6倍を超えれば、憲法の趣旨に照らして到底容認できない憲法違反の状態を生じているものといわざるを得ない。また、逆転現象についても、前判示のように、これが顕著に生じている場合は、それが合理的な理由に基づくものであることが主張、立証されない限り、違憲状態であるとの疑いを免れないというべきである。そして、本件において、右主張、立証はなされていない。

[10] なお、本件配分規定の結果として生ずる投票価値の著しい不平等が違憲状態にあったとしても、それだけで、直ちに本件配分規定が違憲になるものとは解しえない。人口の異動は不断に生じ、したがって選挙区における人口あるいは選挙人数と議員定数との比率も絶えず変動するのに対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは必ずしも実際的ではなく、相当でもないから、憲法の要求にそぐわない投票価値の著しい不平等状態が相当期間継続して、国会がこのような不平等状態を回避、是正する何らの措置を講じないことが、その裁量的権限に係るものであることを考慮しても、その許される限界を超えると判断される場合に、本件配分規定が憲法に違反するものと解すべきである(昭和58年4月大法廷判決、昭和58年11月大法廷判決、平成5年大法廷判決参照)。
[11] 本件についてこれをみるに、次の諸事情が指摘できる。
[12](一) 議員1人当たりの選挙人数ないし人口の最大較差は、本件配分規定制定後、概ね右肩上がりの拡大を続け、昭和46年には5倍を超え、昭和60年には6倍を超え、その後も拡大の一途を辿っており、また、逆転現象も年を追う毎に増加してきている。
[13](二) これらは我が国における産業経済構造の変革に伴い、第二次世界大戦後に顕著に起こった人口の都市集中に起因するものであり、本件配分規定を改正しない限りこのような事態の招来を免れないことは、相当以前から容易に予想できた。
[14](三) 国会は、衆議院議員の選挙区及びその定数を定めた公職選挙法別表第1については、同法制定以来4度にわたって定数是正のための改正を行い、投票価値の不平等の縮小に努めてきたのに、本件配分規定については、同法制定以来本件選挙まで実に42年間もの間、全くこれを行ってこなかった(なお、同法別表第1の末尾には「本表は、この法律施行の日から5年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によって、更正するのを例とする」との添書があるのに対し、本件配分規定には同趣旨の添書が存在しないが、投票価値の平等は両院議員選挙についての憲法上の要求なのであるから、右添書がないからといって、国会が定数是正のための改正を怠ってきたことを合理化することはできない)。
[15](四) 本件訴訟において原告代理人が提示したシミュレーションは、その方法については一応の合理性を有するものと認められるところ、その第二及び第三によれば、選挙区数47、総定数152、各選挙区への偶数配分という現行参議院選挙区選挙の枠組みを何ら変更することなく、議員1人当たりの選挙人数の最大較差を3.56倍ないし3.63倍に縮小することが可能である(もっとも、それでも合憲性に対する疑問が生ずることを否定できないのは前判示のとおりである)から、参議院選挙区選挙の仕組みが投票価値の完全な平等を図ることの障害になってはいるものの、これをもって国会が本件配分規定の改正をしなかったことの合理的な理由にはなりえない(なお、現行参議院議員選挙の仕組みを前提にする限り、投票価値の平等についての憲法上の要求を充たすことができないという事態になれば、右仕組みがいかに合理的なものであったとしても、それ自体を見直すべきであることは当然である)。
[16] これらの設事情に照らせば、憲法に違反すると評価せざるを得ない投票価値の著しい不平等状態が本件選挙の約7年前から継続しているのみならず、右状態が生じることはその相当以前から容易に予想できたことであって、国会はこのような不平等状態を回避する措置を講ずることを相当以前から求められており、また右不平等状態が生じた昭和60年以後は、その是正措置を講じることが緊急性をもって求められていたし、又これが可能であったというべきであるから、本件配分規定の改正が国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、国会が右不平等状態を回避、是正する何らの措置を講じなかったことが、その許される限界を超えているものと判断せざるを得ない。
[17] そして、議員定数は選挙区相互に有機的に関連し、不可分一体をなすものと考えられるから、本件配分規定は本件選挙時において、全体として、違憲の瑕疵を帯びていたものというべきである。
[18] 以上のとおり、本件配分規定は本件選挙時において、全体として、違憲であったが、これによって、本件選挙が当然に無効となるものとは解されない。本件選挙を無効としてみても、これによって憲法に適合する状態が直ちにもたらされるわけではなく、右状態を実現するためには国会による公職選挙法の改正という立法を待たなければならず、かえって、無効とすることにより、もともと同じ憲法違反の瑕疵を有する選挙について、そのあるものは無効とされ、他のものはそのまま有効として残ること、公職選挙法の改正を含むその後の参議院の活動が、選挙を無効とされた選挙区からの選出議員がいない状態の下で行われざるを得なくなること等、憲法の意図するところに適合しないと思われる結果を生ずることに鑑みると、当該選挙を無効としないことによる弊害、無効としたことによる不都合、その他諸般の事情を総合考慮し、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して、選挙を無効とすることによる不当な結果を回避することもあり得ると解せられる(昭和51年大法廷判決昭和60年大法廷判決参照)。
[19] そして、本件についてこれをみると、本件選挙時における投票の価値の不平等の程度及びその評価は前判示のとおりであるが、昭和52年に実施された参議院議員選挙について提起されたいわゆる定数訴訟において、最高裁判所大法廷は、当時の定数配分規定(議員1人当たりの有権者数の最大較差5.26倍)が違憲ではないと判示した(昭和58年4月大法廷判決)が、更に最高裁判所は、昭和55年(議員1人当たりの有権者数の最大較差5.37倍)、昭和58年(同5.56倍)、昭和61年(同5.85倍)にそれぞれ実施された各参議院議員選挙についていずれも当時の定数配分規定が違憲ではないと判示した〔順に、昭和61年3月27日判決・最高裁判所裁判集(民事)147号431頁、昭和62年9月24日判決・最高裁判所裁判集(民事)151号711頁、昭和63年10月21日判決・最高裁判所裁判集(民事)155号65頁〕ため、国会が裁判所の違憲状態をもって本件配分規定の改正を促されたことが従来なかったこと、その他本件に現れた諸般の事情に鑑みると、昭和51年大法廷判決後の衆議院議員の定数是正に関する国会の対応は決して国民の期待に充分に応えてきたものとはいい難いが、本件においては、国会の自律的な法改正に更なる期待をかけ、前記の法理にしたがい、主文において本件選挙が憲法に違反する本件配分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示するにとどめ、選挙自体は無効としないこととするのが相当である。

[20] よって、本件選挙の大阪府選挙区における選挙を無効とすることを求める原告の本訴請求を棄却した上、右選挙区における選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、92条但書を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 山中紀行  裁判官 寺崎次郎  裁判官 井戸謙一

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