議員定数不均衡訴訟 衆議院中選挙区違憲判決(昭和60年)
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 昭和59年(行ツ)第339号
昭和60年7月17日 大法廷 判決

上告人  原告 金尾哲也 外2名
    代理人 越山康 外11名
被上告人 被告 広島県選挙管理委員会
    代理人 藤井俊彦 外11名

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官寺田治郎、同木下忠良、同伊藤正己、同矢口洪一の補足意見
■ 裁判官木戸口久治の補足意見
■ 裁判官谷口正孝の反対意見

■ 上告人らの上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 本件上告理由の要旨は、
(一) 原判決が、昭和58年12月18日施行の衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)の当時、衆議院議員の議員定数の配分を定めた公職選挙法の規定が全体として違憲であることを認めながら、上告人らの選挙無効の請求を棄却するとともに、上告人らの属する選挙区における選挙が違法である旨を宣言するにとどめたのは、憲法に違背するものである、
(二) 仮に、本件選挙を直ちに無効とすることが相当でないというのであれば、国会が議員定数配分規定の違憲状態を是正するために必要な相当の期間が経過したときにその効力を生ずる選挙無効の判決をすべきである、
というのである。
[2] 憲法14条1項の規定は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず(44条但し書)、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解すべきである。
[3] 議会制民主主義の下における選挙制度は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることを目的としつつ、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、各国の実情に即して決定されるべきものであり、そこには普遍的に妥当する一定の形態が存在するというものではない。日本国憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるから(43条、47条)、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。
[4] それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の投票価値の平等の要求と前記の選挙制度の目的とに照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得る範囲内にとどまるものであるかどうかにつき、検討を加えなければならない。
[5] 衆議院議員の選挙の制度につき、公職選挙法がその制定以来いわゆる中選挙区単記投票制を採用しているのは、候補者と地域住民との密接な関係を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめようとする趣旨に出たものと考えられる。このような制度の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するのみならず、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つであり、このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定には、種々の政策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによつて決するほかはない。
[6] 右の見地に立つて考えても、公職選挙法の制定又はその改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ないものというべきである。
[7] もつとも、制定又は改正の当時合憲であつた議員定数配分規定の下における選挙区間の議員1人当たりの選挙人数又は人口(この両者はおおむね比例するものとみて妨げない。)の較差がその後の人口の異動によつて拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つた場合には、そのことによつて直ちに当該議員定数配分規定が憲法に違反するとすべきものではなく、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われないとき初めて右規定が憲法に違反するものというべきである。
[8] また、議員定数配分規定そのものの違憲を理由とする選挙の効力に関する訴訟は、公職選挙法204条の規定に基づいてこれを提起することができるものと解すべきである。
[9] 以上は、最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決(民集30巻3号223頁。以下「昭和51年大法廷判決」という。)及び同昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決(民集37巻9号1243頁。以下「昭和58年大法廷判決」という。)の趣旨とするところであり、これを変更すべき理由はない。
[10] 本件選挙が依拠した公職選挙法13条1項、同法別表第1、同法附則7ないし9項の議員定数配分規定(以下「本件議員定数配分規定」という。)は、昭和50年法律第63号(以下「昭和50年改正法」という。)による改正にかかるものであるが、右改正の結果、昭和45年10月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員1人当たりの人口の較差は最大1対4.83(以下、較差に関する数値は、すべて概数である。)から1対2.92に縮小したところ、昭和55年6月施行の衆議院議員選挙当時の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差は最大1対3.94に達し(以上につき昭和58年大法廷判決参照)、更に本件選挙当時においては、右較差が最大1対4.40に拡大するに至つたことは、原審の適法に確定するところである。
[11] 本件選挙当時の右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、選挙区の選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙の制度の下で、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものというべきであり、また、公職選挙法制定後に行われた議員定数配分規定のいずれかの改正の際に、選挙制度の仕組みに変更を加え、その結果、投票価値の不平等が合理性を有するものと考えられるような改正が行われたものとみることができないことは、昭和58年大法廷判決の打示するとおりであつて、他に、前記投票価値の不平等を正当化すべき特別の理由を見出すことはできない。したがつて、本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものというべきである。
[12] 選挙区間における議員1人当たりの人口又は選挙人数の較差は、昭和50年改正法による改正の結果最大1対2.92に縮小することとなつたものが、昭和55年6月の衆議院議員選挙当時においては最大1対3.94に、更に本件選挙当時においては最大1対4.40に拡大するに至つたことは前記のとおりであるが、このように右較差が拡大したのは漸次的に生じた人口の異動によるものと推認することができる。
[13] そして、昭和50年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるものというべきであるが(昭和58年大法廷判決参照)、その後、昭和55年6月の衆議院議員選挙当時における前記1対3.94の較差は選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものであり、右選挙時を基準としてある程度以前において右較差の拡大による投票価値の不平等状態が選挙権の平等の要求に反する程度に達していたと認められることは、先に昭和58年大法廷判決の指摘したとおりである。のみならず、右選挙当時から本件選挙当時まで右較差が漸次拡大の一途をたどつていたことは、毎年9月現在の選挙人名簿登録者数などによつて周知のところである。しかるに本件において、投票価値の不平等状態が違憲の程度に達した時から本件選挙までの間に右較差の是正が何ら行われることがなかつたことは、投票価値の不平等状態が違憲の程度に達したかどうかの判定は国会の裁量権の行使として許容される範囲内のものであるかどうかという困難な点にかかるものである等のことを考慮しても、なお憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかつたものと評価せざるを得ない。したがつて、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲と断定するほかはない。
[14] そして、本件議員定数配分規定は、その性質上不可分の一体をなすものと解すべきであり、憲法に違反する不平等を生ぜしめている部分のみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである(昭和51年大法廷判決参照)。
[15] 以上のように、本件議員定数配分規定は本件選挙当時全体として違憲であるが、これに基づいて行われた選挙の効力については、更に考慮を要する。
[16] およそ公職選挙法204条の訴訟において請求認容の判決がされたときは、当該選挙は無効となり、直ちに法定期間内の再選挙が施行されて違法状態が是正されることになるのであるが、議員定数配分規定の違憲を理由とする同条の規定に基づく訴訟においては、当該選挙を無効とする判決をしても、直ちに再選挙施行の運びとなるわけではなく、憲法に適合する選挙を施行して違憲状態を是正するためには、議員定数配分規定の改正という別途の立法手続を要するのである。その意味において、かかる訴訟の判決については、一般の公職選挙法204条の訴訟のそれと別個の考慮を要するものというべきであり、かような見地からして、たとえ当該訴訟において議員定数配分規定が違憲と判断される場合においても、これに基づく選挙を常に無効とすべきものではない。すなわち、違憲の議員定数配分規定によつて選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害、右選挙を無効とする判決の結果、議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによつてもたらされる不都合、その他諸般の事情を総合考察し、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して、選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである(昭和51年大法廷判決参照)。そして、右のような見地に立つて本件についてみると、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数又は人口の較差の推移は、前判示のとおりであり、右較差が漸次拡大の傾向をたどつていたことは、それまでの人口の動態等から十分予測可能なところであつて、決して予期し難い特殊事情に基づく結果ではなかつたことは否定できないが、他方、本件議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態が違憲の程度にあることを明示した昭和58年大法廷判決の言渡から本件選挙までの期間や本件選挙当時の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差の程度等本件に現れた諸般の事情を併せ考察すると、本件は、前記の一般的な法の基本原則に従い、本件選挙が憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示し、主文において右選挙の違法を宣言するにとどめ、右選挙は無効としないとするのが相当である場合に当たるものというべきである。
[17] 以上の次第であるから、上記判示と同様の見解の下に、本件請求を棄却した上で、当該選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、その余の論点を含め、すべて採用することができない。

[18] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法396条、384条、95条、89条、93条に従い、裁判官寺田治郎、同木下忠良、同伊藤正己、同矢口洪一の補足意見、裁判官木戸口久治の補足意見、裁判官谷口正孝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官寺田治郎、同木下忠良、同伊藤正己、同矢口洪一の補足意見は、次のとおりである。

[1] 多数意見は、その説示にかかる一般的な法の基本原則に従い選挙人たる上告人らの選挙無効の請求を棄却し、主文において当該選挙区における本件選挙の違法を宣言するにとどめるべきものとし、これと同旨の原判決を正当として是認するものである。
[2] ところで、本件選挙が違法であるとされる所以は、本件選挙が憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われた点にあることは、多数意見の判示するところから明らかであるから、本件選挙が違法である旨の宣言は、実質的には、本件選挙が憲法に違反するものであることを明らかにしたものにほかならない。昭和51年大法廷判決がその主文において選挙の違法宣言をしたのも、同様、選挙の違憲宣言の趣旨であつたことは、判文上容易にうかがい得るところである。

[3] 昭和58年大法廷判決は、昭和55年6月施行の衆議院議員選挙当時投票価値の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反するものであることを肯定しながら、いまだその是正のための合理的期間が経過したものとはいえないとして、議員定数配分規定を憲法に違反するものと断定することはできないと判断したが、右投票価値の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたことを重視し、議員定数配分規定はできる限り速やかに改正されることが望まれる旨を付言した。それにもかかわらず、その後現在まで右改正は実現していない。そして、右規定の是正のための合理的期間が既に経過していることは、多数意見、反対意見を通じて異論のないところであり、また、本判決の是認する原判決の違法宣言の実質が違憲宣言であることを併せ考えると、右是正の急務であることは、昭和58年大法廷判決当時の比ではない。一日も早く右の是正措置が講ぜられるべきものであることを強調せざるを得ない。

[4] ところで、右是正措置が講ぜられることなく、現行議員定数配分規定のままで施行された場合における選挙の効力については、多数意見で指摘する諸般の事情を総合考察して判断されることになるから、その効力を否定せざるを得ないこともあり得る。その場合、判決確定により当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは、選挙を無効とするがその効果は一定期間経過後に始めて発生するという内容の判決をすることも、できないわけのものではない。けだし、議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟(以下「定数訴訟」という。)は、公職選挙法204条所定の選挙無効訴訟の形式を借りて提起することを認めることとされているにすぎないものであつて(昭和51年大法廷判決参照)、これと全く性質を同じくするものではなく、本件の多数意見において説示するとおり、その判決についてもこれと別個に解すべき面があるのであり、定数訴訟の判決の内容は、憲法によつて司法権にゆだねられた範囲内において、右訴訟を認めた目的と必要に即して、裁判所がこれを定めることができるものと考えられるからである。
[5] もつとも、本件が選挙無効の請求を棄却し、違法宣言のみにとどめるのが相当である場合に当たるものと解すべきことは、多数意見の判示するとおりであるから、所論(二)は本件においては採用するに由ないものというほかはない。


 裁判官木戸口久治の補足意見は、次のとおりである。

 多数意見は、本件選挙は違憲の議員定数配分規定に基づくものであるとした上、本件においては、その説示する一般的な法の基本原則に従いいわゆる事情判決的処理をすべきものとしたが、私の見解もこれと同一であり、かつ、これに関する裁判官寺田治郎、同木下忠良、同伊藤正己、同矢口洪一の補足意見にも賛成するものであるが、ただ、昭和58年大法廷判決において反対意見を述べた私の立場から、なお若干追加して述べておきたい。

 私は、昭和58年大法廷判決の反対意見において、昭和55年6月22日に施行された衆議院議員選挙につき、本件と同一の議員定数配分規定を違憲としつつ、右選挙の効力を否定することなく、事情判決的処理をすべき旨を主張した。しかし、右大法廷判決の多数意見は、当時の議員定数配分規定の下における議員1人当たりの選挙人数の較差は憲法の選挙権の平等の要求に反する状態にあることは認めたものの、その是正のための合理的期間が経過したものとは認められないとして、議員定数配分規定は違憲とは断定できないとしたのである。したがつて、当裁判所として昭和50年改正法による改正後の現行議員定数配分規定につき事情判決的処理をするのは初めてであつて、事情判決的処理の繰り返しが相当でないとする非難が当たらないことは、もとよりである。

 違憲の議員定数配分規定に基づいて行われた選挙を無効とすることなく、事情判決的処理によつてその効力を維持すべきこととする背後には、裁判所の立場から国会に対し早急に議員定数配分規定の是正を実現することを促す趣旨が込められているものと考える。したがつて、国会としては、この点を充分考慮し、速やかに右規定の是正を図るべきである(なお、右是正に当たつては、今後の人口異動の動態をも予測して、少なくとも、改正後5年間位――公職選挙法別表第1末尾参照――は再度の是正を必要としない程度の改正をすることが望まれる。)。本件選挙について前記のような趣旨を含む事情判決的処理がされたにもかかわらず、なお国会が議員定数配分規定の改正を行わないため、同一の違憲の議員定数配分規定に基づき選挙が行われたときは、もはやその選挙につき重ねて事情判決的処理を繰り返すことは相当でなく、この場合は多数意見の指摘するような憲法上若干の不都合が生ずることがあるとしても、原則どおり、当該選挙を直ちに無効とするか、又は少なくとも一定期間経過後に選挙無効の効果を生ずるとの判決をすべきものと考える。


 裁判官谷口正孝の反対意見は、次のとおりである。

[1] 私も本件議員定数配分規定は全体として憲法に違反するものと考える。その理由は多数意見に示すとおりであつて、これに付加して述べることはない。
[2] しかしながら、本件選挙の効力については、私は、多数意見に賛同することを得ない。以下、その理由を述べる。

[3] 私は、昭和55年6月22日施行の衆議院議員選挙の選挙無効訴訟において、当時における議員定数配分規定は、憲法14条、15条、44条に違反し、違憲の法規であると考える旨の意見を述べた(昭和58年大法廷判決における私の反対意見参照)。そして、右違憲の議員定数配分規定に基づいて行われた選挙の効力については、これを無効とすることなく、行政事件訴訟法31条の規定に現われた一般的な法の基本原則に従い、いわゆる事情判決的処理をすべきものと考えた。けだし、選挙を無効とすることは、昭和51年大法廷判決における多数意見が説示しているように憲法の所期しない異常な事態を招くものであり、しかも議員定数配分規定の改正は国会のみが果たし得る権能であり、裁判所として配分議員数や究挙区割につき直接その是正措置を講ずることは憲法の許さないところであることを思えば、裁判所が議員定数配分規定の違憲性を明示しさえすれば、国会はその是正を図るであろうことを当然に期待し得るものと信じたからにほかならない。また、昭和50年改正法による改正後の議員定数配分規定について、当裁判所としてその違憲性につき判断するのは最初のことであるので、特にその点をも考慮にいれたからであつた。

[4] しかし、本件選挙については、私は、先の意見と異なる結論を採らざるを得ない。その理由は以下のとおりである。
[5] 憲法に違反する議員定数配分規定は、憲法98条により無効の法規のはずであり、その無効の議員定数配分規定に基づいて行われた選挙は本来無効と宣言されるべきものである。にもかかわらず、前記の如く事情判決的処理をすることは、極めて例外的な場合にのみ許されるべきものであり、本件の如き定数配分規定の是正を目的とする選挙無効訴訟について常に事情判決的処理をし、また、しなければならないとすることは、昭和51年大法廷判決が、「現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟」であるとして、公職選挙法204条の規定に乗せて議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効の訴訟を認めた趣旨にもとることとなるであろう。右大法廷判決は、憲法上保障された基本的権利である選挙権の制約に対する救済に主眼を置くもので、例外的な場合を除いて選挙無効の判決をすべきことは、むしろ当然の帰結であると考える(抽象的に議員定数配分規定の違憲宣言を求める訴訟の形式は、現行法上認められていないことも考えなければならない。)。
[6] さらに、私が最もおそれるのは、違憲の議員定数配分規定について、早期・適切な是正を期待した国会がその挙に出でずして荏苒として時を過し、違憲の議員定数配分規定により選挙が繰り返し行われ、裁判所がこれに対しその都度、事情判決的処理をもつて応待するということになれば、それは正に裁判所による違憲事実の追認という事態を招く結果となることであつて、裁判所の採るべき途ではないと考える。
[7] 次に、私は本件議員定数配分規定は全体として違憲と考えるのであるが、このような考え方に立つて右規定を無効と評価するとしても、この規定に基づく選挙の全部が当然に無効となるものではないと解する。
[8] 本件のような訴訟が公職選挙法204条の規定に乗せて許容されるものである以上、個々の訴訟において裁判所が無効と宣言した選挙区の選挙のみが無効となるのである。しかも、右規定の下で議員1人当たりの選挙人数がおおむね全国平均の数値に近い選挙区はもちろん、議員1人当たりの選挙人数の較差が違憲とまでは断定し難い選挙区については、その選挙区の選挙は無効とはならないものと解することができる。けだし、右選挙区については、憲法の選挙権の平等の要求に適合するように議員定数配分規定が改正された場合でも、選出されるべき議員数に変動を生じない可能性があるから、選挙の結果に異動を及ぼす虞がないものといい得るからである(公職選挙法205条1項)。もつとも、この見解に対しては、右の選挙区についても再選挙の結果従前の当選人と異なる者が選ばれる可能性があるので、選挙の結果に異動を及ぼす虞がないとはいえないのではないか、との反論があろう。しかし、ここで問題とされているのは専ら定数配分の不均衡なのであるから、右の虞の有無は、配分された議員数のみを基準として決すべきものと考える。
[9] なお、ここで昭和51年大法廷判決における岸裁判官の反対意見に言及しておく必要があろう。すなわち、配分議員数が過少な選挙区については、本来配分されるべき数を下回る議員数しか配分されていなかつたのであるから、その選挙区における当選人については、当選の効力を認めるべきであるとするものである。傾聴に値する意見ではあるが、当該選挙区において選出すべき議員数が異なる状態での再選挙を想定すれば、選挙の結果に異動を及ぼす可能性を否定できないばかりでなく、この論理によれば、配分議員数が過大な選挙区については、1個の選挙について人的一部無効を認めることになるから、この見解に賛成することはできない。
[10] 以上のように考えることは、本件議員定数配分規定を全体として違憲と解することと矛盾するものではない。けだし、それぞれの選挙区については、違憲の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼす場合に初めてその選挙の効力を否定すべきものとなるからである。
[11] 私の見解によれば、本件議員定数配分規定が全体として違憲であるとしても、選挙無効の判決がされる選挙区は、当然のことながら選挙の効力が争われている選挙区のうち、当該選挙区に配分された議員数が憲法の選挙権の平等の要求に適合する範囲内の議員定数配分規定による議員数に比し過少又は過大であつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞のある選挙区に限定されることになる。そして、私は、議員1人当たりの選挙人数の較差が1対3を超える状態になつた場合には原則として国会に許容された裁量権の限界を超えるに至つたものと推定するのが相当であると考える(昭和58年大法廷判決における中村裁判官の反対意見参照)から、議員1人当たりの選挙人数の全国平均からの乖離が上下50パーセントを超える選挙区に限り、右に述べた選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとして、当該選挙区の選挙を無効とすべきものと思う。このように考えれば、選挙無効の判決の結果衆議院の活動が不可能となり、憲法の所期しない事態を招来するとの批判から免れることができると考える。衆議院の開議・議決の定足数は優に確保できるからである。
[12] それでは、選挙無効の判決の効力をどのように考えるべきであろうか。
[13] 選挙無効の判決は、その確定と同時に将来に向かつて当該選挙を無効とする効果をもたらす結果、右選挙により選出された議員はその資格を失うこととなると解すべきものと思う。そして、その場合、当該選挙区の再選挙を行うには、議員定数配分規定の改正が必要であるから、そのための期間を要することは当然である(なお、右改正については、可分説の立場に立つて過少代表選挙区についてのみ議員数を加えるという形での一部改正をすることは、決して望ましいことではなく、議員定数配分規定の改正は、常にその全部の見直しを必要とする問題である。)。
[14] ところで、右改正が、選挙無効の判決のされた選挙区からの選出議員を欠いた状態で行われざるを得ないことを問題とし、一部の国民の意思が代表されていないという非難がある。多数意見もこの点を重く考えている。しかし、各選挙区から選出された議員はその選挙区を代表するわけのものではなく、全国民を代表する(憲法43条1項)ものであるから、そのような事態が好ましいものとはいえないにせよ、前記の如く憲法上必要最小限度の要求は充たされているものということができ、右の非難は当たらないものと考える。また、現在のような政党政治の状況下においては、議員定数配分規定の改正も、各政党の意思によつて決せられる部分が多いことを思えば、前記のような状態の下での改正であつても、実質的には選挙人の意思の反映に欠けるところはないものということができよう。
[15] 以上私の述べたことに対しては、選挙を無効とすることによつては議員定数配分規定の違憲状態は毫も改められないとか、議員数の過少な選挙区からの選出議員を欠くこととなり、当該選挙区の選挙人に二重の不利益を与えるだけのことではないか、との批判がある。私は、この批判に対しては次のように答えたい。
[16] いまここで裁判所に求められているのは、過去の昭和58年12月18日に施行された衆議院議員の選挙の効力についての判断であり、違憲の議員定数配分規定の改正は、国会がその責任において行うべきことであり、裁判所に直接その是正措置を期待するが如きは筋違いである。
[17] 次に、過少代表選挙区からの選出議員を欠くに至るという点については、当事者は正にそのような判決を求めているのであり、それを不可とするのであれば、もともと本件のような選挙無効の訴訟を始めから否定するほかないのではなかろうか。もつとも、現実に投票した選挙人の意思を無に帰せしめることは、事の実際において大きな問題であるが、その点も早急に憲法の選挙権の平等の要求に適合するよう議員定数配分規定を改正し、新たな選挙を行うことによつて、右選挙区の選挙人を救済することで満足しなければなるまい。選挙人の基本的権利である選挙権の制約に対する救済がなされないままの状態を久しく放置するよりも、あえてこの方法によることを是とすべきものと思う。

[18] 最高裁判所は、議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟を公職選挙法204条の規定に乗せて認める立場をとつてきたのであるが、昭和51年大法廷判決以降特に、この種訴訟が各地で提起され、今や制度として定着している。もつとも、この方法による選挙無効訴訟を認めることには多くの問題点があり、解決に苦しむ問題も少なくない。しかし、私は、この訴訟を認めた以上、論理の筋を通すべきであると思う。本件において選挙の無効を宣告する如きは性急に過ぎるとの非難も予想されないではない。私も昭和55年6月22日に施行された衆議院議員選挙については、本件と同じその議員定数配分規定を違憲としながら、前記の如く選挙の効力については事情判決的処理の途を選んだ。しかし、議員定数配分規定の違憲問題については、これを立法した国会が先ず自らの判断による是正策を講ずべきであつて、裁判所の違憲判断に俟つというが如きは、決して望ましいことではない。昭和50年改正法による改正後、議員定数配分規定が是正されないまま放置されている現状において、昭和58年大法廷判決において右のような所見を述べた私としては、前回に重ねて再度事情判決的処理を繰り返すことは、憲法九八条の規定から考えてもすべきではないと信ずる。

[9] 本件の選挙区の議員1人当たりの選挙人数の全国平均からの乖離が50パーセントを超えるものであることは、原審の適法に確定するところから明らかであるから、本件の選挙区については、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に当たり、その選挙を無効と判断すべきである。したがつて、選挙無効の請求を棄却し、違法宣言のみにとどめた原判決には法令の解釈、適用を誤つた違法があり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件上告は理由があり、原判決を破棄し、本件の選挙区における選挙が無効である旨の判決をすべきである。

 裁判官塩野宜慶は、退官のため評議に関与しない。

(裁判長裁判官 寺田治郎  裁判官 木下忠良  裁判官 伊藤正己  裁判官 谷口正孝  裁判官 大橋進  裁判官 木戸口久治  裁判官 牧圭次  裁判官 和田誠一  裁判官 安岡満彦  裁判官 角田礼次郎  裁判官 矢口洪一  裁判官 島谷六郎  裁判官 長島敦  裁判官 高島益郎)
[1] 原判決は、その理由中で昭和58年12月18日施行の衆議院議員の選挙当時、議員定数配分規定は憲法に違反していたとする。
[2] しかし、結論においては、いわゆる事情判決により選挙の無効を回避している。
[3] 上告人は、違憲と判断された法令が以後も有効な規範として存在、機能するという結論自体憲法違反であると考える。
[4] すなわち、法秩序の構造は、下位の法規範は上位の法規範に拘束され、上位の法規範に反する下位の法規範はその規範としての存在性を否定される、つまり、無効となることを要求するものである。この一見単純な法秩序の構造は、しかし、法が法として存在するための不可欠の定言的命法なのであり、最高裁判所昭和51年大法廷判決も、憲法98条1項を引いてこの理を認めている。
[5] そうであれば、原判決もこの理を忠実に貫いて、議員定数配分規定を無効とし、選挙無効の判決を下されるべきであつた。
[6] 憲法の最高規範性を担保するものは、やはり違憲審査権の行使と、それによる、「違憲の法令の存在は許されない」との結論に他ならないのである。
[7] 法令が違憲と判断された場合、論理的には即座にその法令が無効であると結論されるべきことは前述したとおりである。しかし、選挙無効による現実的な不都合の発生を理由として、仮に、当面の選挙無効を回避するにせよ、いわゆる事情判決の繰り返しによつては、むしろ、立法府の怠慢を追認することになりかねない。
[8] そこで、上告人は、裁判所が相当の期限を設定して違憲状態の是正を命じ、万一その間に是正が為されなかつた場合に、その期限経過後は当該選挙を無効な法令にもとづくものとして無効宣言する、という方法の検討を提言する。
[9] 現在、立法府、行政府において、議員定数配分規定の是正の動きがあることは周知のところである。しかし、その中で投票価値の最大較差について、あたかも最高裁判所の示したところとして、1対3を基準とするとの前提で議論がなされているのは理解に苦しむ。昭和58年11月7日判決理由中の文言からこの基準を最高裁判所のとるところと解しているようであるが、貴庁は明確な態度で較差基準を示されたことはない。
[10] 上告人は、1対2を許容される最大較差と考え、これは、また、原判決においても認容されたところである。較差基準についての詳論は避けるが、本件において、最高裁判所としての基準が明確に示されることを切望する。

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