『夕刊和歌山時事』事件
第一審判決

名誉毀損被告事件
和歌山地方裁判所
昭和41年4月16日 判決

被告人 河内勝芳

■ 主 文
■ 理 由


 被告人を罰金3000円に処する。
 右罰金を完納できないときは金500円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 訴訟費用は全部被告人の負担とする。

 被告人は和歌山市西汀丁5番地の5において和歌山時事新聞社を経営し、「夕刊和歌山時事」を発行することを業としている者であるが、昭和38年2月11日から同月18日ごろまでの間に「街のダニ坂口得一郎の罪状」または「吸血鬼坂口得一郎の罪業」と題する記事を自ら執筆して7回にわたり連載した際、同月18日付の右夕刊和歌山時事に最近右坂口本人または同人の指示のもとに同人経営の和歌山特だね新聞の記者が和歌山市役所土木部の某課長に向つて「出すものを出せば目をつむつてやるんだがチビリくさるのでやつたるんやと聞こえよがしの捨て科白を吐いたうえ、今度は上層の某主幹に向つてしかし魚心あれば水心ということもある、どうだお前にも汚職の疑いがあるが、一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるかと凄んだ」旨記載しこれを掲載した右夕刊和歌山時事数千部を右日付ごろ、主として和歌山市内の定期講読者等に配達または郵送して頒布し、もつて公然事実を摘示して右得一郎こと坂口徳一郎の名誉を毀損したものである。
 被告人は昭和38年9月2日和歌山簡易裁判所において公職選挙法違反の罪で罰金7000円に処せられ、この裁判は同月19日確定したもので、この事実は検察事務官作成の被告人に対する前科調書によつて認める。
 被告人の判示所為は刑法第230条第1項、罰金等臨時措置法第2条第3条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択するが、この罪と前掲確定裁判を経た罪とは刑法第45条後段の併合罪であるので同法第50条によりいまだ裁判を経ていない判示の罪につき処断することとし、後記のような諸般の情状を斟酌しその金額内で被告人を罰金3000円に処し、同法第18条により右罰金を完納できないときは金500円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第181条第1項本文により全部被告人の負担とする。
[1](一) 検察官は判示認定事実のほかに公訴事実として
「被告人は(判示認定冒頭記載のような記事を)自ら執筆して7回にわたり連載した際坂口徳一郎が同31年9月11日和歌山地方裁判所において恐喝、名誉毀損により懲役1年の刑に処せられ、同36年5月30日右刑が確定し、同年6月26日より右刑の執行を受け、同37年6月25日刑を終了した事実に関し、同38年2月15日付の右夕刊和歌山時事新聞に右坂口が検挙された当時である同31年1月5日ごろの同人検挙に関する『和歌山署は昭和31年1月5日和歌山特だね新聞社長坂口得一郎を逮捕した。同人は和歌山相互銀行社長小川俊太郎氏の暴露記事を掲載した際、同30年12月17日から同月28日までの間に同銀行営業部次長西峰利清氏から小切手および現金合計45万円を脅しとつたことが発覚遂に逮捕となつたもの』という趣旨の読売新聞の記事を抜すい引用するとともに、同人の写真を当時の被疑者写真との説明つきで掲載したうえ『この記事でも判るように守銭奴の彼坂口は昔も今も人の悪口を書くことによつて武器なき善良な市民から甘い汁を啜り続けているのだが』『昭和36年の暮に彼坂口は鬼の目に涙を一杯浮かべて洛東は滋賀の膳所国立刑務所へ手錠をかけられて引かれて行つたのである』旨記載して(判示認定と同様の方法で)坂口徳一郎の名誉を毀損したものである」
と主張する。

[2](二) なるほど、判示認定の事実を除く右公訴事実の部分についても被告人自ら執筆掲載したことは前掲各証拠によつてすべてこれを認めることができ、これが坂口徳一郎の名誉を毀損するものであることも、検察官主張のとおりであるけれども、後記認定説示のとおり、右部分の摘示事実については刑法第230条の2第1項の各要件を充足するものと認められ、その違法性が阻却されるので刑事訴訟法第336条前段により無罪を言渡すべきところ、右部分は包括して一罪と認められる本件公訴事実の一部分にすぎないので特に主文において無罪の言渡しをしない。
[3] 被告人及び弁護人は被告人の本件行為は、被告人が新聞人として坂口徳一郎の編集発行にかかる和歌山特だね新聞の悪徳性を徹底的に批判し、武器なき善良な市民のためペンの暴力と闘い、これに対する与論の批判を喚起して市民のため悪徳新聞の姿勢を正さしめ、新聞の自主的倫理規範と品位を確立することを目指したもので、いずれも公共の利害に関する事実に係りその目的は専ら公益を図るに出たものであり、摘示事実は真実に符合するものであつて、すべて刑法第230条の2第1項の各要件を充足しているものであるから無罪である旨主張し、更に弁護人は仮に右摘示事実の真実証明が果されていないとしても、新聞の社会的使命と言論報道という正当な業務からみて、悪徳新聞批判を行ない、取材した限りにおいて新聞人の不当な行為を述べることは正当行為である旨主張するので、順次検討する。

(一) 本件の背景及び本件に至るまでの経緯
[4] 前掲各証拠のほか、証人片山健、同宮下繁男、同榊原徳彦、同広田義一、同笹野勇の当公判廷における各供述、判決書謄本3通、検察事務官作成の坂口徳一郎に対する前科調書、押収してある和歌山特だね新聞17部(前同号の1、4、6ないし9)とつぶ新聞1部(同号の10)、夕刊和歌山時事3部(同号の11)、事実証明書1通(同号の13)を総合すると本件の背景をなす経緯は以下のとおりである。
[5]、被告人は昭和21年6月和歌山時事新聞社を創立し、発行部数約3000の「夕刊和歌山時事」を編集発行し、同じく同21年ごろ創立された和歌山県下全般にわたる社団法人和歌山新聞協会に加盟し、同28、9年ごろには同協会々長として同協会の設立趣旨とされる地方新聞業界の親睦と地方新聞の品位と質の向上のために活躍し、その他和歌山市を中心とする地方新聞人の親睦団体である「和歌山地方紙懇話会」にも加入し、地方新聞人の雄として広範に活躍している者である。
[6]、他方坂口徳一郎は、同29年8月頃から和歌山市今福129番地において「特だね新聞社」を経営し旬刊「和歌山特だね新聞」(以下単に特だね新聞と略称する)を編集発行し、右新聞は約5200の発行部数をもち、同人の右新聞に対する編集方針は「創刊以来使用しているその紙名からも容易に推察できるように他の新聞に書かれない或は他紙が敢えて取り上げないいわゆる特だねをできる限り書く、例えば司法事件になりにくいような道義的に不正、不義な事柄の摘発、暴露攻撃の記事を主とし、そのためには読者が低俗な興味をもつてとびついて来るように見出し等に例えば「色魔教員」「エロ工場長」などと特段の工夫をこらし、私人の婚約、破談にからむ私的な問題であつても、社会の人々に知らせる必要性などはともかくとして、それは書かれる当人に責任があるのだからこれを取り上げる、記事を書く前に一応の調査はするが、ともかくも先ず記事にして公表する」というような考え方によつて一貫されている。しかして同人の特だね新聞編集方針及びその結果は次のような事件及び記事において端的に表現されている。
[7](1) 坂口徳一郎は同31年9月11日和歌山地方裁判所において恐喝、名誉毀損罪により懲役1年に処せられ、その判決は同36年5月30日確定し、同年6月25日右刑の執行が開始され、同37年3月26日仮出獄し、同年6月25日右刑の執行を終つた者であるが、右判決で有罪とされた事実は同30年3月15日付特だね新聞に掲載した記事による名誉毀損事件、同30年11月において某会社に対し要求に応じなければ脱税に関する暴露攻撃記事を特だね新聞に掲載すると畏怖させることによつてした恐喝事件、更に本件公訴事実に記載されている一件であつて、同29年11月ごろから和歌山相互銀行社長小川俊次郎の私行等に関する種々執拗な暴露攻撃記事を特だね新聞に連載することによつて同30年12月に敢行した恐喝事件の3つである。
[8](2) 和歌山市経済部公園課長であつた広田義一に関する同35年夏ごろの特だね新聞に掲載された記事であつて「詐欺漢罷り通る広田公園課長」の見出しのもとに既に約半年も前に円満解決ずみの同人の親族所有の土地売買問題に関し、事実と甚だしく相違する記事を載せ、故なく中傷し、広田義一の名誉、信用、職場での信頼を著しく失墜させた。
[9](3) 右と殆んど同様なことは宮下繁男に関する伊太祁曽自治会役員についての記事にも見られる、すなわち同37年10月21日付、同年11月1日付及びその前後の特だね新聞は「市との契約クソ喰え元登記所売飛ばす、伊太祁曽自治会の不正」などの見出しのもとに、元登記所の売却問題に関して事実に全く反する誹謗に満ちた記事を載せ、当時右売却委員長をしていた宮下繁男の名誉、信用を著しく毀損した。
[10](4) 学校宿直室において人妻と関係したとされる某教諭に関する記事であつて、少くとも同37年11月21日付号から同38年8月11日付号まで約9ケ月間にわたつて、約20回連載した実名(と推察できる)と勤務学校名を明示してその見出しは「遂に犯された美しい人妻の嘆き、いやらしい獣もの……」「この色狂人め!!色魔教員何某……」等々であつて、右特だね新聞の暴露攻撃は徹底的で執拗を極めている。
[11](5) 同38年2月1日付以降の特だね新聞は既に同37年7月に円満落着していた山本進重郎の水路埋立に関する記事を通常要求される相当な調査を遂げないで、これを未解決の問題とし、かつ河川どろぼうと称して暴露攻撃した。すなわち知事後援会真和会長山本進重郎が自己の製材工場新築の際に誤つて公有水路を埋立てた事案であるが、これを河川どろぼう、川どろと称して山本進重郎に対し、不当と思われる攻撃を加えた。
[12] 右のうち(1)のような新聞による恐喝行為が、およそ新聞人としてあるまじき所為であることは多言を要しないが、坂口徳一郎はその他に自己の特だね新聞記事に関連して右事件までは本来貰い受けるべき正当な理由なく、小金を貰い受けたことを自認している。さらに(5)の不当な記事に対し困惑した山本進重郎は坂口徳一郎を和歌山市内新内の料亭に招き、右記事の中止方を懇請し、金包みを右坂口に提供しようとしたほどであつて、この一事に徴しても特だね新聞の右記事の執拗さがうかがえるところである。(2)(3)の被害者広田義一、宮下繁男の両名は極度に憤慨し、いずれも法的手段に訴えることを真剣に考えたが、諸種の事情でこれを思いとどまらざるを得なかつたものである。(4)の某教諭が教育公務員であつて、同人に責められるべき非があつたとしても特だね新聞の問題の取り上げ方はいわゆるペンの暴力にも匹敵し、なんらかの不当な意図さえ推認されても致し方ないようなものと云うべく、いずれにしても新聞たるものの社会的使命に遥かにもとるものと云わなければならない。右(4)に類すると推定されても弁解の余地のないと思われる記事ないし、取り上げ方が、特だね新聞の多くの紙面を埋めていることが証拠上うかがえるところである。
[13]、ところで、被告人は以前から坂口徳一郎の特だね新聞の以上のような在り方に対し、社会の公器たる新聞の使命にもとるものとして厳しく批判されるべきものと考え、早く同35年3月5日付、同年4月6日付の自己の新聞に批判の記事を執筆して来たが、被告人のみならず、同業地方新聞人間において、また特だね新聞を知る一般識者間においても右特だね新聞に対する強い批判の声が聞かれていたのである。(ちなみに、本件後ではあるが押収してある南海日日新聞1部(前同号の11)和歌山よろん新聞等11部(同号の12)によつて認められる右各新聞の坂口徳一郎及び特だね新聞に対する痛烈な各批判が考慮さるべきである)、かかる時において坂口徳一郎は同38年2月1日付以降の特だね新聞に前記山本進重郎の水路埋立に関する不当な記載を載せ、あわせて自己が入会を拒否された前記新聞協会を「イカサマ新聞協会」と称して批難し、或は被告人の夕刊和歌山時事新聞に対し「コレが社会の公器か、お金持の走狗幇間そのままの新聞社」などと誹謗し、いわれない不当な論難の記事を書き立てるに至つた。坂口徳一郎の右一連の記事が一つの契機となつて被告人はかねてから抱いていた坂口徳一郎及びその特だね新聞に対する徹底的批判の記事を書くことを決意し、本件記事を執筆するに至つたものである。

(二) 摘示事実の公共性と目的の公益性について
[14] 被告人の本件所為が公共の利害に関する事実に係るものか否か、或はその目的が専ら公益を図るに出たものであるか否かは本件が和歌山市という比較的狭い一つの地域社会において、前記(一)のような背景をもつて、しかも前記認定のような地方新聞を経営する者の間(つまり新聞対個人の関係ではない)で発生したものであることを捨象して考えることはできない。
[15] 前記(一)に認定の如く、特だね新聞がいわゆる悪徳新聞の一面をもつものと規定することはあながち不当なものとは云えないものと云うべきであつて、同新聞によつてそれ程誹謗されるような落度もないと思われる市民の私生活が限度を越えて執拗に暴露攻撃されて私生活の平穏がみだされ、或はその名誉信用が著しく不当に毀損された事例は証拠上数多くうかがわれるのであつて、しかもそのような被害者は右の如き特だね新聞の前に立ち向う勇気と資力と時間を持ち合わせず、泣き寝入りを余儀なくされるか或は資力を有する者は金品を提供してその追及の緩和を懇願するほかに道がない。前記(一)二、(2)(3)の広田、宮下の両名の場合は前者の例であり、坂口徳一郎の前記同(1)の恐喝事件の各被害者の場合及び前記同(5)の山本進重郎の場合は後者の適例である。名誉毀損罪が親告罪として被害者等特定の告訴権者の告訴のない限り捜査機関による捜査は行なわれず、他方現実の問題として被害者等においては右の告訴権はたやすく行使し難いものであることを見逃がしてはならない。かような間げきを言論報道の自由の美名のもとに巧みに遊泳するものの一つはいわば暴力団にも匹敵するペンの暴力を行使するところのいわゆる悪徳新聞である。かかる悪徳新聞を批判し、その姿勢を正させるものは窮極的には良識ある一般市民読者の厳しい批判をおいてないけれども、その弱い個々人の批判の声を結びつけて強力な与論として形成して行くには影響力を持つマスコミユニケイシヨンによる唱道にまたなければならず、それは現代においては良識ある同業新聞等に課せられた社会的使命の一つであつて、新聞が社会の公器と云われるゆえんもここにあるものと思われる。
[16] 被告人の本件所為は正に坂口徳一郎の特だね新聞の悪徳性に対する右のような批判活動と認めるのが相当である。従つてその目的が専ら公益を図るに出たものであることはこれによつて明瞭であつて多言を要しないところである。ただ被告人の本件一連の批判記事には吸血鬼等の表題、或は一見侮蔑的とも見られないではない言辞が散見されるけれども、既に見たように本件は地方新聞人間におけるものであり、しかも批判の相手方たる坂口徳一郎及び特だね新聞が前記認定のような存在であり、これに対処するためにはそれ相応の表現方法を或程度とることは許容されるものと云わなければならず、これによつて被告人の新聞人としての公憤及び真しな信念に基く本件所為の目的の公益性がごうも損われるものではない。
一、坂口徳一郎の前科等の事実(前記第一(一))摘示について
[17](1) 前科となつている犯罪事実をその刑終了後において摘示公表することは、その者の名誉を毀損することはもちろん、更生しようとする者の社会復帰をいたずらに阻害するものであつて、それ自体公共の利害にかかわるものとは云えないであろう。またかつて、公表された新聞記事の抜すい引用の方法によつて、再度公表することも右と同様原則として許されないところである。
[18] しかしながら、正当な理由があると認められる場合には前科となつている犯罪事実を摘示することも許容されねばならないし、一般に良識あるものと公認せられているいわゆる大新聞において、右のような事実記載が散見されること公知の事実である(当裁判所の証人石崎直史に対する尋問調書)そして正当な理由がある場合とは摘示事実それ自体としては形式的抽象的には私的なものであつても、その行為の背景及び目的と相まつてその摘示公表が、公共の利益となると認められる場合と解することができる。
[19] ところで、前記第二(一)に認定のとおり、坂口徳一郎の特だね新聞に対する特異な編集態度は創刊以来一貫しており、前科となつた犯罪は、特だね新聞発刊後間もなく敢行したほかならぬ特だね新聞による恐喝等の事案であり、右事件の公判審理中はもちろん、右刑の終了後においても、なんら変るところなく名誉毀損的記事を載せ、武器なき市民の平穏であるべき私生活を必要以上に暴露攻撃し、その面において、坂口徳一郎には前刑を受けながら必ずしも反省の態度が見られないとも云えること、しかして特だね新聞の一面である前記のような悪徳性を徹底的に批判するためには必然的にその編集発行者たる坂口徳一郎個人の批判にまで及ばざるを得ない、すなわち特だね新聞即坂口徳一郎の一体不可分の関係にあること等々からすると、被告人の前記のような批判目的の公益性に照らし、右坂口徳一郎の前科となつた犯罪事実を摘示公表すること、しかも、かつて公表された大新聞の記事抜すい引用するという客観的な方法で摘示公表することは正当な理由のある場合、換言すれば公共の利害に関する場合であると認めるのが相当である。
[20] かように本件の場合には坂口徳一郎の前科となつた犯罪事実の摘示公表が公共の利害に関するものである以上、坂口徳一郎の写真を当時の被疑者写真との説明つきで同紙面に同時掲載することも、更に「鬼の目に涙を一杯浮かべて刑務所へ手錠をかけられて引かれて行つた」旨の記載も前科となつた犯罪事実の摘示に当然随伴する或は包含される新聞編集技術上或は新聞記事としての表現上の問題にすぎないのであり、また右表現自体なんら不当なものとは云えない。
[21](2) 次に本件公訴事実中、坂口徳一郎の前科等の事実摘示の中に「この記事でも判るように守銭奴の彼坂口は昔も今も人の悪口を書くことによつて武器なき善良な市民から甘い汁を啜り続けているのだが」との記載部分があるけれども、この部分はこれに先行する抜すい記事に附随するもので、これ自体としては必ずしも具体的な事実の摘示とは云い難く、むしろ被告人の意見判断の表明であるが、よし判断の結果としての事実として捉えても(その前提事実である前記(一)二、に認定の坂口徳一郎の前科となつている犯罪事実その他と共に)その真実の証明の問題が残るにすぎない。
[22] これを要するに、以上の公訴事実の部分(前記第一(一))はその見出し「吸血鬼坂口徳一郎の罪業」とあわせ考えても、その中心的部分である前科となつた犯罪事実の摘示が公共の利害に関する事実に係り、その余の部分はすべて右事実に随伴ないし内包される枝葉末節の部分である。そして被告人の本件所為が専ら公益を図るに出たものであることは前記認定のとおりである。
二、判示認定の摘示事実について
[23] 判示認定の摘示事実は坂口徳一郎本人の行為と明示していないけれども、その前後の記事から坂口徳一郎または同人の指示にもとずく特だね新聞の記者の行為として記載していることは明白である。
[24] 判示認定の摘示事実は2個の事実よりなる。
 第一は土木部の某課長に向つて「出す物を出せば云々」の暴言を吐いた旨の事実(以下単に甲事実という)
 第二は上層の某主幹に向つて「しかし魚心あれば水心云々」と凄んだ旨の事実(以下単に乙事実という)
[25] これらは摘示としては特だね新聞関係者の1人がした一連の暴言であるが、内容的にはかように2個の事実を摘示するものである。ただ甲事実は山本進重郎に対する恐喝ないし脅迫に類する行為を敢行せんとしていることを具体的に摘示するものであると同時に上層の某主幹に対する恐喝ないし脅迫に類する行為の一手段として摘示しているものとも解される。いずれにしても右両事実が坂口徳一郎の名誉を毀損するものであることは否定し難い。
[26] しかして、右両事実が端的に「未だ公訴の提起されていない人の犯罪行為に関する事実」とは云い難いけれども、これに準じて公共の利害に関する事実に係るものと認めるのが相当であり被告人が専ら公益を図る目的をもつて、本件所為に及んだことは前記認定のとおりである。

(三) 摘示事実の真実性について
[27]、坂口徳一郎の前科となつた犯罪事実等の摘示事実(前記(二)一、)については前記(一)二、に認定のとおり真実であるとの証明が充分である。なお「昔も今も人の悪口を書くことによつて武器なき善良な市民から甘い汁を啜り続けている」旨の判断事実についても、前記(一)二、及び(二)一、(1)のとおり認定される以上(甘い汁云々の具体的な一事例とも見られる判示認定事実については後記のとおりその真実の証明はないけれども)その真実の証明は果されているのであり、健全な常識に照らして「今も昔も甘い汁を啜り続けている」旨の判断を下すことは必ずしも不当とはいえないところである。
二、判示認定の各事実(前記(二)二、の甲、乙事実)について
[28](1) 前掲各証拠のほか、押収してあるメモ2枚(前同号の5)によるも結局これを証明するに足る証拠がない。ただ、右各証拠によると、同38年1月20日ごろ特だね新聞の坂口徳一郎が和歌山市監理課を訪れ、山本二三郎課長に対し、前記山本進重郎の件を問い合わせ、同じくその頃特だね新聞の記者が同じ問題について同所を訪れた事実が認められ、これが前記甲事実と一応関連するものと推認されるけれども、その中核的部分である甲事実そのものである暴言内容について、これを認定するに足る証拠はなく、甲事実の真実の証明がないものというほかはない。
[29] 更に乙事実の記事の1つの素材となつたものと推測できないではない事実として、同35年8月頃特だね新聞が前記(一)二、(2)の広田義一公園課長の土地売買問題を不当に取り上げ、その頃同課長を同市経済部公園課に訪れた特だね新聞の記者に対し、同課長が強く抗議したところ、同記者から「席を変えて話をしよう」と持ちかけられた事実が認められる。しかしながら、右事実と乙事実とはその日時において約2年半のひらきがあり、その場所、行為の相手方において著しい相違があり、特にその内容において単に「席を変えて話す」という点に類似するところがあるのみで、その余の脅迫的言動の程度種類に至つては乙事実のそれは右広田課長に対する場合よりも著しく強度、かつ異質的なものであること等、その間には殆んど事実の同一性が認められないと云うべきである。かくては乙事実についても真実の証明があつたものとはとうてい云えないところである。
[30](2) なお、被告人が右甲乙両摘示事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があつたか否か或は真実と信ずることにつき過失がなかつたか否かにつき検討するに、被告人が右両事実を執筆した際、その資料としたものは、自己の新聞社の吉村貞康編集長その他の従業員が取材し、同人らからメモ類(前同号の5)或は口頭報告によつて提供されたものである。甲事実についての資料は右吉村が極めて根拠薄弱な伝聞によつて得た情報にすぎず、また同人作成と見られる前記メモ(B)には「あいつはしぶいからなア」との記載があるのみであつて、たとえ右吉村が信頼し得る記者であるとしても、かかる資料のみに基いて、被告人が右甲事実を真実と信ずるにつき相当な理由があつたものと認めることはできない。また乙事実については、右吉村が広田義一から直接取材した情報を前記メモ(A)として同記者から提供されたもののようであるが、被告人が右のような資料に基いて認定される事実を事実として摘示していたとすれば、証人広田義一の当公判廷における供述と相まつて、その事実の真実性の立証が容易に果されたであろうが、被告人が現実に摘示した事実は乙事実であり、右両事実の間には前記(1)のとおり同一性を欠くものであつて、この点において被告人はその資料の事実的判断及び価値判断を過失によつて誤つたものといわなければならない。
[31](3) 更に本件は甲乙両摘示事実について真実の証明ができなくても新聞の社会的使命と言論報道という正当な業務から見て、正当業務行為としてその違法性が阻却される場合であろうか。既に説示しているとおり新聞が社会の公器として社会的使命を帯び言論報道という正当な業務をもち、被告人の本件批判活動の如きもすぐれてその一環をなすものではあるけれども、前記(2)に説示の如く、前記甲乙両事実の摘示に関する限り、その根拠となつた資料は薄弱であり、相当な根拠に基いたものとは云えないので、正当業務行為として、その違法性が阻却される場合にはあたらないであろう。この点に関する弁護人の主張は採用できない。
[32] 以上のとおりであるので、判示認定事実の限度で被告人を有罪とし主文のとおり判決する。

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■トップページに戻る