大分県屋外広告物条例事件
控訴審判決

大分県屋外広告物条例違反被告事件
福岡高等裁判所 昭和58年(う)487号
昭和59年7月17日 第1刑事部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 当審における控訴費用は被告人の負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、弁護人河野善一朗、同岡村正淳、同安東正美、同古田邦夫、同指原幸一が連名で差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官清水鐵生が差し出した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
[2] 所論は、要するに、大分県屋外広告物条例4条1項3号、33条1号は、表現の自由を保障した憲法21条に違反していて、それ自体無効であるか、あるいは、少なくとも、本件に適用される限りにおいては憲法21条に違反するから、原判決が右条例4条1項3号、33条1号を適用して被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
[3] ところで、広告物の表示又は掲出が思想表現の一手段であることはいうまでもなく、表現の自由が基本的人権として尊重されなければならないことは憲法上明白であるが、その表現の自由も、決して全く無制約のものではなく、公共の福祉のためには制限に服する場合もあることは多言を要しないところであつて、本件大分県条例も、屋外広告物法に基づき、同県における美観風致の維持及び公衆に対する危害の防止という社会公共上の利益の観点から、広告物の表示の場所、方法及び広告物掲出物件の設置維持等についての規制をしているものであり、この種の禁止規定に違反する行為を処罰することが憲法21条に違反するものではないことは、最高裁判所昭和43年12月18日大法廷判決及び同裁判所昭和45年4月30日第一小法廷判決により明らかであるところ、本件大分県条例によつて保護される公共の利益が美観風致及び公衆の安全にあること右のとおりである以上、それは、広告物の表現しようとする内容が営利的であるか、非営利的であるかの問題ではなく、広告物の外形的な存在それ自体が美観風致及び公衆の安全を害することを問題としているのであるから、広告物の表現内容が営利的であるか、非営利的であるかにより規制に差を設けないからといつて、その規制が不合理であるということはできず、また、本件大分県条例4条1項3号は、街路樹、路傍樹のほか、その授権法である屋外広告物法4条2項2号に直接規定されておらず、かつ、全国的にも条例による規制例の少ない、街路樹、路傍樹の「支柱」をも、広告物表示禁止物件としているが、街路樹又は路傍樹なるものは、その生立する姿が、背景と相まち、独立樹としても、はたまた、並木としても、美観風致の趣をいや増すものであるから、これらに広告物が表示されると、その美観風致がそこなわれる結果の生じることはおのずから明らかであるところ、街路樹又は路傍樹の「支柱」それ自体にはこれを保護しなければならないほどの美観風致の趣はないけれども、「支柱」は、文字どおり、もともと、「物をささえる柱(つつかいぼう)であつて、ささえられる物の存在を前提としており、街路樹又は路傍樹の「支柱」は、街路樹又は路傍樹を保持することを目的として、これらに近接した位置に設置される関係上、その位置、形態及び目的からして、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるものであつて、その「支柱」に広告物を表示することが放任されると、街路樹又は路傍樹に広告物が表示又は広告物掲出物件が設置された場合と全く同様に、これらの行為を禁止して、美観風致を維持し、又は、その近くを通行する公衆に対する危害を防止しようとする屋外広告物法の目的が達成されにくくなることは、自明の理であるから、右目的達成のために、街路樹又は路傍樹ばかりでなく、これらに付属するその「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることは、合理的な根拠があるものというべきであり、そうであるからには、本件大分県条例4条1項3号が、広告物掲出可能物件のことごとくを禁止物件にとりこみ、屋外広告物の掲出を実質上全面禁止するに等しい状態においているとすることはできないことはもとより、いかなる禁止違反行為もすべて行政的対応のみをもつてその禁止の目的を達成することが可能であるとはいえず、その目的を達成するためには、行政的対応と刑罰適用の両面からこれに対処することこそがむしろ合理的な場合もあることからすると、本件大分県条例が、行政的対応のみでその禁止目的を達成することができるのに、直ちに刑罰をもつてのぞんでいるということもできないから、本件大分県条例4条1項3号、33条1号が基本権制約の必要最少限度の原則に反するものとすることはできないし、前認定の事実関係のもとにおいては、右条例4条1項3号、33条1号を本件に適用することが違憲であると解することもできない。論旨は理由がない。
[4] 所論は、要するに、本件大分県条例4条1項3号が街路樹及び路傍樹の「支柱」にも広告物を表示し、広告物を掲出する物件を設置することを禁止したのは、屋外広告物法4条2項の授権範囲を逸脱するものであるから、その効力はないのに、原判決が、本件大分県条例4条1項3号の定めは同法の授権範囲を逸脱していないとして、本件に同条例4条1項3号の規定を適用したのは、屋外広告物法4条2項の解釈を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
[5] ところで、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、条例を制定することができるのであつて、本件大分県条例が屋外広告物法に基づいて制定されたものであることは、同条例1条によつて明らかであるところ、同法4条2項が、広告物を表示し、もしくは広告物を掲出する物件を設置することを禁止することのできる物件として、その2号に掲げる物件は、「街路樹及び路傍樹」のみであつて、それらの「支柱」までをも掲げていないことは、所論のとおりである。しかし、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることが合理的な根拠を有するものであつて、そうすることが基本権制約の必要最小限度の原則に反するものではなく、憲法に違反するものでもないことは、さきに説示したとおりであり、従つて、同法4条2項2号が街路樹又は路傍樹の「支柱」をことさらに排除しているとは到底解されない以上、普通地方公共団体としては、十分に成長して、もはや「支柱」を必要としない街路樹又は路傍樹をかかえる地域又は場所はともかく、まだ「支柱」のある街路樹又は路傍樹の存在する限り、その地域又は場所につきそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止の対象物件とするかどうかは、当該普通地方公共団体の郷土を愛する裁量に属するものと解すべきであるから、本件大分県条例4条1項3号には、屋外広告物法の授権範囲を逸脱した違法はない。論旨は理由がない。
[6] 所論は、その控訴趣意第三の三のとおり、被告人の本件所為は、本件大分県条例4条1項3号、33条1項に該当しないし、仮に該当するとしても、被告人には可罰的違法性がないから、原判決が被告人の本件所為につき右条例4条1項3号、33条1号を適用し、かつ、被告人につき可罰的違法性があるとして、被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
[7] しかし、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることが合理的な根拠を有するものであつて、そうすることが基本権制約の必要最小限度の原則に反するものではなく、憲法に違反するものでもないことは、さきに説示したとおりであり、被告人がポスターの貼りつけられたプラカードを街路樹2本の各支柱にそれぞれ針金でくくりつけて、同各支柱に右広告物を表示したことは、さきに認定したとおりであるから、被告人の本件所為が本件大分県条例4条1項3号、33条1号に該当することは明白であり、かつ、原判決の挙示する各証拠、殊に司法警察員作成の実況見分調書によると、被告人の本件所為により美観風致がかなりそこなわれたことを認めることができるから、被告人の右所為に対し行政上の措置がとられていないからといつて、その所為が可罰的違法性を有しないほどのものとすることはできない。論旨は理由がない。
[8] 所論は、その控訴趣意第三の四のとおり、本件公訴の提起は、検察官の公訴権の濫用によるものであるから、本件については、刑事訴訟法338条4号により公訴棄却の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決がこれを看過して、被告人に対し有罪判決を言い渡したのは、不法に公訴を受理したものであり、仮にそうでないとしても、本件は、その実体的訴訟関係が存続するための条件を欠くものであるから、本件については、同法337条の規定を類推適用して、免訴の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決が被告人に対して有罪判決を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響をおよぼすことが明らかである、というのである。
[9] しかし、検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効とならしめるのは、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである(最高裁判所昭和55年12月17日第一小法廷決定)ところ、原審において適法に取り調べられた証拠及び当審における事実取調べの結果を検討すると、本件公訴の提起自体が検察官の、職務犯罪を構成するような極限的な行為によるものでなかつたことはもとより、本件の捜査及び公訴の提起が特定政党の宣伝活動を弾圧する意図のもとにこれをねらい打ちにしたものでもないことが認められ、また、本件大分県条例36条も、憲法上当然な内容を規定したまでのことであつて、別に同条例を適用してはならないとしているものではないことはいうまでもなく、被告人の本件所為に可罰的違法性のあることは、さきに説示したとおりであるから、所論のように、本件公訴の提起は、検察官の公訴権の濫用によるものではなく、本件は、実体的訴訟関係存続の条件を欠くものでもない。論旨は、すでにその前提において、理由がない。
[11] 所論は、要するに、本件大分県条例36条は、いわゆる訴訟条件を定めたものであるところ、本件公訴は、同条に違反して提起されたものであるから、本件については、公訴棄却の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決が被告人に対して有罪判決の言渡しをしたのは違法である、というのである。
[12] しかし、本件大分県条例36条の趣旨は、さきに説示したとおりであつて、同条は、訴訟条件を定めたものではないから、論旨は、すでにその前提において、理由がない。

[13] それで、刑事訴訟法396条により、本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法181条1項本文を適用し、これを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

  (福岡高等裁判所第1刑事部)

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