大阪市屋外広告物条例事件
上告審判決

大阪市屋外広告物条例違反被告事件
最高裁判所 昭和41年(あ)第536号
昭和43年12月18日 大法廷 判決

上告申立人 被告人

被告人 荒井忍 外1名

■ 主 文
■ 理 由

■ 被告人らの上告趣意


 本件各上告を棄却する。

[1] 第一審判決によれば、その確定した罪となるべき事実は、被告人両名は、法定の除外事由がないのに、原審相被告人松藤孝良および福井和雄と共謀のうえ、右松藤と福井、被告人両名の2組に分かれて、「四十五年の危機迫る!!国民よ決起せよ!!大日本菊水会本部」などと印刷したビラ合計26枚を大阪市屋外広告物条例(昭和31年大阪市条例第39号)によりはり紙等の表示を禁止された物件である大阪市内の13箇所の橋柱、電柱および電信柱にのりではりつけたというのであり、右各所為に対し刑法60条、大阪市屋外広告物条例13条1号、4条2項、3項各1号等を適用し、被告人荒井を罰金8,000円に、被告人藤本を罰金5,000円に処しているのである。

[2] 論旨は、まず、原判決は、なんら営利と関係のない純粋な思想・政治・社会運動である本件印刷物の貼付に大阪市屋外広告物条例の右各条項を適用した第一審判決を是認したが、右各条項は憲法21条に違反すると主張する。
[3] よつて、右論旨を検討すると、前記大阪市屋外広告物条例は、屋外広告物法(昭和24年法律第189号)に基づいて制定されたもので、右法律と条例の両者相待つて、大阪市における美観風致を維持し、および公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物の表示の場所および方法ならびに屋外広告物を掲出する物件の設置および維持について必要な規制をしているのであり、本件印刷物の貼付が所論のように営利と関係のないものであるとしても、右法律および条例の規制の対象とされているものと解すべきところ(屋外広告物法1条、2条、大阪市屋外広告物条例1条)、被告人らのした橋柱、電柱、電信柱にビラをはりつけた本件各所為のごときは、都市の美観風致を害するものとして規制の対象とされているものと認めるのを相当とする。そして、国民の文化的生活の向上を目途とする憲法の下においては、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であるから、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要且つ合理的な制限と解することができる。従つて、所論の各禁止規定を憲法に違反するものということはできず(当裁判所昭和24年(れ)第2591号同25年9月27日大法廷判決、刑集4巻9号1799頁、昭和28年(あ)第4030号同30年3月30日大法廷判決、刑集9巻3号635頁、昭和28年(あ)第3147号同30年4月6日大法廷判決、刑集9巻4号819頁、昭和28年(あ)第1713号同32年3月13日大法廷判決、刑集11巻3号997頁、昭和37年(あ)第899号同39年11月18日大法廷判決、刑集18巻9号561頁参照)、右と同趣旨に出た原判決の判断は相当であつて、論旨は理由がない。

[4] その余の論旨は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて(記録を調べても、被告人らの所論供述の任意性を疑うべき点は見出されない。)、刑訴法405条の上告理由にあたらない。
[5] よつて、刑訴法408条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊  裁判官 入江俊郎  裁判官 草鹿浅之介  裁判官 長部謹吾  裁判官 城戸芳彦  裁判官 石田和外  裁判官 田中二郎  裁判官 松田二郎  裁判官 岩田誠  裁判官 下村三郎  裁判官 大隅健一郎  裁判官 松本正雄  裁判官 飯村義美)
[1] 申立人である私等両名は、昭和40年6月14日大阪簡易裁判所より、大阪市屋外広告物条例違反として、罰金刑の判決を受けたが、此を不服として大阪高等裁判所に控訴の申立をした処、同41年2月12日同高裁は
「本件の各控訴を棄却する。当審に於ける訴訟費用は被告人荒井忍、同藤本博の連帯負担とする。」
との決定をなした。
[2] 私等両名は左の理由により、右高裁の判決を不服として、茲に貴最高裁判所に上告の申立をする。

             左   記

[3] 本件は、私達両名の所属する大日本菊水会の会員である松藤・福井の両名が「四十五年の危機迫る!!国民よ決起せよ!!」の印刷物を電柱に貼付したとして、大阪東警察署に・勾留された事に始まる。
[4] 右警察署の警備課長は松藤・福井の両名の釈放の条件に私達申立人両名に対して、内容の分らない調書に印をつけと要求したので一旦此を拒否した処、同課長は故意に松藤・福井の釈放を引き延ばそうとした為、止むなく此の要求に応じたものである。
[5] 其の後、検察庁の調べで右事実を説明した処、当時の検察官は
「警察の調書を覆す事は出来ない。然し、此れで治めてやる。」
と云つたので事実に相違するとは思つたのであるが、事を治めようとして拇印をついたのである。

[6] 右高裁の右判決理由の中に、
「原判決挙示の証拠によれば、原判示第二の事実を優に認定する事ができる」
としてゐるが、此は甚だ不当である。
[7] なんとならば
一、私達両名の供述調書は先にも述べた通り、任意性が無い。
二、私達両名が同罪を犯したと証明し得るに足る物的証拠並に第三者の目撃者等が無い。
三、右高裁は警備課長田坂清、同巡査部長中泉譲等、警察側の一方的証言を採択し、当方の証言を無視している。

[8] 勿論、私等両名は同罪を犯した事は全く無く、大阪市屋外広告物条例を見た事も聞いた事もない。が仮に「四十五年の危機迫る!!国民よ決起せよ!!」の印刷物を貼付したとし、現在の大阪市屋外広告物条例違反の対照ママとはならないし、若しなるとすれば同条例は憲法第21条に違反するものと思考する。
[9] 右高裁の判決理由の中に
「憲法第21条の保障する表現の自由と云へども無制限に許されるものではなく……云々」と「都市の美観風致の維持と公衆に対する危害防止……云々」
とあるが、此は同高裁の裁判官の私見に基ずくものに他ならない。
[10] なんとならば
(1) 憲法第21条に保障されたる表現の自由の限界を明文化する事は不可能である。而らば観念的に此を定めるか?
とするならば此は法律以前の問題であり、個人個人の主観に基ずくものである。
(2) 右印刷物を貼付する事が、社会通念上公衆に危害を加へるとは思われない。
又、都市の美観風致を損ねるか、否かは夫々の主観の問題である。
(3) 右条例は営利を目的とした(ワイセツ映画・温泉マーク・マージヤン屋・酒場)等のポスター、看板を取締るべき為にもうけられたものであり、何等営利に関係のない純粋な思想・政治・社会運動を対照として右条例の拡大適用は明らかに憲法違反である。
(4) 当印刷物の貼付に対する右高裁の判決の正当性を証明し得る右条例の条文を裁判官は適格に示してゐない。
(5) 右条例は大阪市内にのみ及ぼすものであり、憲法は全国に及ぼすものである。
該印刷物等の貼付に対して東京では軽犯罪法で取締つている。
以上から勘案するに、一条例で以つて憲法で保障されたる表現の自由に制限を加へるよりも、軽犯罪法を適用する方が寧ろ好ましい。
と云ふ事は憲法の制定は全国民の意志によるものであり、条例は一地区の住民の意思に基ずくものである。

[11] 以上の通り、上告の趣意を述べたものであるが、斯かる些細な事件を何故貴最高裁判所のお手をわずらわす迄、上告しなければならなかつたかの理由を簡単に述べる。
一、私等両名の所属する大日本菊水会は、客観的に右翼と見做れており、警察の視察の対照ママとなつている。大阪府警察は予算の増額を計る為、此を悪用し、政府に誇張して通報する習慣がある。
二、現在迄、右菊水会が印刷物の貼付によつて受けた罰金刑は総額弐拾万円以上に達するが、すべて現行犯によるものではなく、其の殆んどが非現行によるものであり、係官の詐術的口上によつて無理に支払いをさせられたものである。
三、大阪府警は左傾して居り、幹部の中に共産党のシンパが居ると云われて居り、共産党を首めとする革新派の無許可の反社会的なポスター貼付には一切取締を行わず、当会の印刷物のみを取締つてその運動を制止している事は事実である。
四、現在、大阪市内には無数の営利を目的とした看板が散乱しているが、此を取締らない理由は、各警察官が夫々に各業者から入場券・酒・タバコ・現金等の賄を貰つて居るからである。
[12] 以上茲に上告の趣意を述べるものであります。何卒公正なる判定を下さる様お願い致します。

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