大分県屋外広告物条例事件
第一審判決

大分県屋外広告物条例違反被告事件
大分簡易裁判所 昭和55年(ろ)第66号
昭和58年6月21日 判決

被告人 武本学

■ 主 文
■ 理 由

■ 参照条文


 被告人を罰金1万円に処する。
 右罰金を完納することができないときは、金2000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 この裁判の確定した日から1年間右刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。

 被告人は、昭和55年5月11日午後8時30分ころ、大分市東津留1丁目5番1号「ぶんごおかめうどん店」前及び同市東津留1丁目1番8号喫茶店「カルチエラタン」前歩道上において、大分県屋外広告物条例で広告物を表示することを禁止されている同歩道上の街路樹2本の各支柱に、幅3.5センチメートル、厚さ2センチメートル、長さ約1.50メートルの支柱部分(角材)の先に釘付けした縦61センチメートル、横45.5センチメートルのベニヤ板に、日本共産党大演説会、弁士「赤旗」編集局長衆議院議員榊利夫、参議院議員(全国区選出)党経済政策副委員長渡辺武、党県生活防衛本部長浜田こういち、とき5月23日(金)午後6時30分開会、ところ大分市県立総合体育館と印刷された縦60.5センチメートル、横42センチメートルのポスターを貼り付けたいわゆるプラカード式ポスターをそれぞれ1枚、計2枚を針金でくくりつけ、もつて屋外広告物を表示したものである。
[1] 当裁判所が、本判決において表示すべきであると考えた弁護人の主張の要約及びそれに対する判断は次のとおりである。
[2] 弁護人は、
 屋外広告物法(以下、単に「法」という。)による広告物の規制は、美観風致の維持、公衆に対する危害防止のため、必要最少限度のものであるべきで、法の委任に基づき条例で規制する際は、法の基準に準拠すべきは勿論、その基準を超えて規制はできない。
 ところで、大分県屋外広告物条例(以下、単に「条例」という。)4条は、美観風致を維持するため法4条2項に基づき定められているが、条例4条1項3号には、禁止物件として法4条2項2号に定められている「街路樹及び路傍樹」(以下、単に「街路樹等」という。)の他に「及びその支柱」と規定している。
 そもそも、街路樹等とその支柱とは、物理的に近接して存在し、機能的に後者が前者の生育のため過渡的一時的に支持補強している点で関連性はあるが、支柱自体には美的価値はなく、反つて美観風致を損なうものである。
 したがつて、条例4条1項3号に「及びその支柱」と規定しているのは、規制基準の上限を定めている法4条2項の授権範囲を逸脱している疑いがきわめて強く、表現の自由を不当に侵害するものとして違憲である。
と主張する。
[3] なるほど、法4条2項に基づき規定されたと解される条例4条1項3号には、法4条2項に定められている街路樹等のほかに「及びその支柱」と規定されている。
[4] 右街路樹等の支柱は、それ自体が独立して存在価値があるものではなく、街路樹等の生育、保持のため、社会通念上街路樹等と一体の物として存在していると解する。
[5] したがつて、条例4条1項3号に「街路樹、路傍樹及びその支柱」と規定したのは、法4条2項の授権範囲を逸脱していないと認められるので、所論は採用できない。
[6] 弁護人は、
 本件ポスターは、憲法で保障されている、民主々義社会の中核をなす重要な政治的表現の自由の行使として、日本共産党演説会の告知宣伝をすることを目的とした非営利的広告物で最大限に尊重されるべきである。
 しかも、本件ポスターは、条例5条による許可を受けたものであり、かつ、ポスター自体の形態、掲出予定期間、掲出方法などからして社会的相当性があるので、罰則を適用すべきでない。
 また、本件ポスターは、針金で固定したかのようであるが、脚は明らかに地面につき、針金のくくりつけ方は一重にすぎず、結び目を逆にひねれば数秒にして取りはずすことのできるもので、基本的には立てかけにすぎない。更に、本件ポスターは、直接にはプラカードに表示されたものであつて、支柱に表示したものと言えないので、本件ポスターの掲出行為は、条例4条1項3号の構成要件該当性を欠くものである。
 仮に、支柱に表示したと言えるとしても、支柱に関する禁止において、罰則を適用する場合として考えられるのは、支柱に対する広告物の表示が、支柱の機能を毀損し、ひいては樹木の倒壊という結果をもたらすような極めて限られた、まれな状況の場合だけであるが、右以外に強いて加えるとしても、樹木自体をおおい隠してしまうような街路樹等の美観を明白かつ重大に損なう広告物に限定されるべきで、本件ポスターは、その態様、掲出方法からいつて右のような広告物には該当しないので、罰則を適用すべきでない。
と主張する。

右1について、
[7] 証人南二郎の当公判廷における供述、同人の司法警察員に対する供述調書抄本及び押収にかかる本件ポスター(昭和56年押第5号の1)によれば、本件ポスターが、憲法で保障されている政治的表現の自由の行使として、日本共産党演説会の告知宣伝をすることを目的とした非営利的広告物で、条例5条の許可を受けたものであることは所論のとおりである。
[8] しかし、法はその第2条に、「この法律において屋外広告物とは、常時又は一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるものであつて、看板、立看板、はり紙及びはり札並びに広告塔、広告板、建物その他の工作物等に掲出され、又は表示されたもの並びにこれらに類するものをいう。」と定義づけをしていて、営利、非営利の区別を設けていない。
[9] そのうえ、大分県が、その地域特殊性を考慮して、前記のように条例4条1項3号によつて禁止物件として街路樹及びその支柱を規定したのは、住民のため、その社会生活環境を美観風致の面から維持しより豊かな文化的町づくりをはかる一方法として、街路樹等及びその支柱その物をその物の姿のまま町並みに保持し、他の目的のため、右と異なる状況になることを必要最小限度の規制として原則的に排除しようとしているものと解されるのであつて、条例6条の除外事由がない限り、たとえ本件ポスターが条例5条の許可を受け、それ自体美観風致を害しないとみられるような非営利的広告物であつても、条例4条1項3号に規定する禁止物件に広告物を表示することは許されないと解する。
[10] したがつて、所論は採用できない。

右2について、
[11] 本件ポスターは、前記「罪となるべき事実」に記載したように、いわゆるプラカード式ポスターであるが、証人中園俊治の当公判廷における供述、当裁判所の検証調書及び司法警察員作成の実況見分調書によれば、本件現場である喫茶店「カルチエラタン」前歩道上にある街路樹の支柱にくくりつけられた本件プラカード式ポスターは、プラカードの支柱部分が路面に接して立てられ、同街路樹の支柱に、地上から28センチメートルと1.04メートルの位置にそれぞれ針金で一重にくくりつけられ、また、本件「ぶんごおかめうどん店」前歩道上にある街路樹の支柱にくくりつけられた本件プラカード式ポスターは、プラカードの支柱部分が路面に接して立てられ、同街路樹の支柱に、地上から27センチメートルと1.03メートルの位置にそれぞれ針金で一重にくくりつけられ、いずれも2回か3回ねじつた形で針金を止めてあつたことが認められる。これは正にプラカード式ポスター自体を街路樹と一体である支柱にくくりつけて表示したものであつて、弁護人の、本件ポスターの掲出行為は、条例4条1項3号の構成要件該当性を欠くとの主張は採用できない。
[12] なお、支柱に関する禁止については、極めてまれな状況の場合などに罰則が適用されるべきだとの所論は、右1についての判断に照らし採用の限りでない。
[13] 弁護人は、
 昭和55年6月に施行された参議院議員通常選挙を控えて、日本共産党が全国一斉に演説会を開催し、国民に同党の政策を訴える活動を旺盛に展開していたのに符節を合わせて、警察が全国的統一指令のもとに日本共産党に打撃を与えるため、同年2月から5月までの間に日本共産党や民主団体に対する一斉取締り検挙がなされ、その数は全国で101名にも上つているが、本件もその一環であつて、捜査当局は、事前の情報に基づき特定政党(日本共産党)の宣伝活動に対する弾圧意図のもとに計画的にねらい打ちして不当に検挙、起訴したものである。
 また、数多く存在する広告物条例違反該当事件について本件以外に起訴されたものがないことも明らかである。
 更に、条例により禁止の効果を確保する手段として行政的規制と刑罰的規制の両者が規定されている場合には、行政的規制を先行させて対処すべきであり、刑罰的規制は補完的機能に止まるべきである。
 例えば、条例17条は、条例4条の規定に違反した広告物に関する県知事の除却及び除却命令の権限を規定し、更に条例32条には除却命令違反に対して処罰を規定しており明確に先行的な行政的規制手段を準備している。
 そして、条例36条は、これら複数の規制手段のうちどれを選択して適用すべきかについても、できるだけゆるやかな規制手段をとるべきことを要求している。すなわち同条は、刑罰権の補完性、刑罰権の発動の公正さを担保する規定で、検察官の訴追裁量を規制する規定というべきである。
 しかるに、本件は、県知事からの除却や除却命令さえもなされていない段階で、条例の運用主体である行政当局とは何ら協議や被害感情の確認もせずに検挙、起訴している。
 したがつて、本件は、少なくとも起訴猶予相当の事件であり、本件を起訴したことは憲法14条の法の下の平等に違反し、検察官の訴追裁量を逸脱した起訴であつて公訴を棄却すべきである。
と主張する。
[14] 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められている。たしかに、右裁量権については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法248条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の選択が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪をこうせいするのような極限的な場合に限られるものというべきである。(昭和55年12月17日最高裁判所第一小法廷決定=最高裁判所刑事判例集第34巻第7号672頁参照)
[15] ところで、証人中園俊治(以下、単に「中園」という。)、同稲田利幸(以下、単に「稲田」という。)の当公判廷における各供述及び当裁判所の検証調書、司法警察員作成の実況見分調書、司法警察員作成の捜索差押調書を総合すると、被告人が、本件「ぶんごおかめうどん店」前歩道上の街路樹の支柱に本件プラカード式ポスターをくくり終わる直前を、再度Uターンしてきた、稲田運転の普通乗用車の助手席に同乗していた中園が約15メートル手前から現認したのに、時速約5キロメートルで徐行を始め、被告人が更に約8.8メートル先の本件喫茶店「カルチエラタン」前歩道上の街路樹のところまで針金の束(昭和55年押第5号の2)を持つて歩いて行き、同樹の傍らに置いてあつた本件プラカード式ポスター(同年押第5号の1)を取り上げて同樹の支柱の上の部分にくくりつけを終わり、下の部分にくくる動作をしているとき同所の傍らに停車して、下車した中園が職務質問の行為に入つていることが認められるが、右のような被告人の本件「カルチエラタン」前歩道上における表示行為前に、その行為を中止させ、あるいは警告を与えうる時間的余裕があつたものと考えられるのに、それをしなかつた中園らの職務質問直前の行動は不自然で作為的であるといわれる余地がある。
[16] しかし、中園は、本件「カルチエラタン」前歩道上で、支柱の下の部分に中腰でくくりつける動作をしている被告人に対し、警察手帳を示して警察官であることを明らかにしたうえ、「県の広告物条例で禁止されておりますよ。」と言つたが、被告人は、中腰になつたまま中園の顔を見上げたけれども何も答えずそのまま下の方をくくりつけ、くくり終わつてから被告人が立ち上つたので、中園は、再度警察手帳を示して、「そこは県の条例違反ですよ。」と言つて、被告人の住所氏名を尋ねた。しかし、被告人は、「言う必要はない。何の権限で聞くのか。」と言つたので、中園は、「そこは条例で禁止されているでしよう。違反だから聞いているんです。」と言つたところ、被告人は、「許可を受けている。」と言つたので、中園は、許可を受けても、街路樹やその支柱は許可になつていない旨説明すると、被告人は、「責任者に聞いてくれ。」と言い、中園が、更に「責任者は誰か、責任者から立てるように言われたんですか。」と尋ねたが、それから被告人は一切返事しなかつた。その後、同所にいた稲田や同所に来た乙津班の乙津部長も被告人に対し、住所、氏名を何度か尋ねたけれどもその質問には一切答えず、そのうち、被告人が後の方を向いて本件「カルチエラタン」横の道の方へ歩きかけたので、中園が、本人が逃げるのではなかろうかと思つて、「大分県屋外広告物条例違反の現行犯で逮捕する。」と言つて逮捕したことが認められる。かように右逮捕は、身柄を確保して捜査を進める必要のあることが明らかな状況の下での逮捕といえるので、何ら非難すべき点はない。(刑訴法217条、213条)
[17] ただ証人南二郎の当公判廷における供述によると、はり紙について、大分土木事務所が取扱つた昭和50年度の申請件数が99件で、許可枚数が6万9273枚、昭和51年度が133件の15万6097枚、昭和52年度が118件で10万7156枚、昭和53年度が125件で13万3169枚、昭和54年度が91件で7万1902枚、昭和55年度が146件で2万2627枚となつており、これに対し、条例17条に基づく県知事の除却命令件数は、昭和53年度が17件、昭和54年度が113件、昭和55年度が46件あるが、条例32条の除却命令違反罪で告発したのは昭和53年から同55年度まで1件もなく、また、条例33条1号の罪につき県知事より告発した件数は1件もないという事情はあるが、他に条例違反で検挙、起訴された事件の有無も明らかでなく、他の全証拠を総合して考察してみても、本件が特定政党(日本共産党)の宣伝活動に対する弾圧意図のもとに計画的にねらい打ちされたものとはいえない。
[18] また、条例には、法に基づき条例違反行為に対して行政措置及びその措置命令違反に対する刑罰のほかに、直罰規定、例えば条例33条1号が定められているが、これらはそれぞれ法に基づく条例の目的実現のための規制手段の一つであつて、所論のように、条例36条の適用上の注意規定から違反行為に対して常に行政的規制を先行すべきであるとは解されない。事案によつては、違反行為に対して処罰するのを回避しないで後者の刑罰規定を直接適用できるというべきである。
[19] そこで、その他一切の事情を考慮に入れても検察官の本件公訴提起自体が職務犯罪を構成しないことは明らかで、他に右に類するような事由も認められないから、本件公訴の提起が公訴権を濫用したものであるということはできない。
[20] したがつて、弁護人の主張は理由がない。  被告人の判示所為は、包括して大分県屋外広告物条例第33条1号、4条1項3号に該当するので、その所定金額の範囲内で被告人を罰金1万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法18条により金2000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、諸般の情状により同法25条1項を適用してこの裁判の確定した日から1年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法181条1項本文により被告人に負担させることとする。
 よつて、主文のとおり判決する。

  (大分簡易裁判所)

第4条第1項 次の各号に掲げる物件に広告物を表示し、又は広告物を掲出する物件を設置してはならない。
 (一・二 略)
 三 街路樹、路傍樹及びその支柱
 (四以下 略)
第33条 次の各号の一に該当する者は、5万円以下の罰金に処する。
 一 第3条から第5条までの行き邸に違反して広告物又は広告物を掲出する物件を表示し、又は設置した者

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