Twitter投稿記事削除事件
上告審判決

投稿記事削除請求事件
最高裁判所 令和2年(受)第1442号
令和4年6月24日 第二小法廷 判決

上告人 (被控訴人 原告) X
          代理人 田中一哉
被上告人(控訴人  被告) ツイッター インク
          代理人 中島徹 ほか

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官草野耕一の補足意見


 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。

[1] 本件は、上告人が、ツイッター(インターネットを利用してツイートと呼ばれる140文字以内のメッセージ等を投稿することができる情報ネットワーク)のウェブサイトに投稿された第1審判決別紙投稿記事目録記載5から16まで、18及び19の各ツイート(以下「本件各ツイート」という。)により、上告人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益等が侵害されていると主張して、ツイッターを運営する被上告人に対し、人格権ないし人格的利益に基づき、本件各ツイートの削除を求める事案である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
[3](1) 上告人は、平成24年4月、旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入したとの被疑事実で逮捕された。上告人は、同年5月、建造物侵入罪により罰金刑に処せられ、同月、その罰金を納付した。
[4](2) 上告人が上記被疑事実で逮捕された事実(以下「本件事実」という。)は、逮捕当日に報道され、その記事が複数の報道機関のウェブサイトに掲載された。
[5] 同日、ツイッター上の氏名不詳者らのアカウントにおいて、本件各ツイートがされた。本件各ツイートは、いずれも上記の報道記事の一部を転載して本件事実を摘示するものであり、そのうちの一つを除き、その転載された報道記事のウェブページへのリンクが設定されたものであった。なお、報道機関のウェブサイトにおいて、本件各ツイートに転載された報道記事はいずれも既に削除されている。
[6](3) 上告人は、上記の逮捕の時点では会社員であったが、現在は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している。また、上告人は、上記逮捕の数年後に婚姻したが、配偶者に対して本件事実を伝えていない。
[7](4) ツイッターは、世界中で極めて多数の人々が利用しており、膨大な数のツイートが投稿されている。ツイッターには、利用者の入力した条件に合致するツイートを検索する機能が備えられており、利用者が上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると、検索結果として本件各ツイートが表示される。

[8] 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断して、上告人の請求を棄却した。
[9] 被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等に照らすと、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量した結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られると解するのが相当であるところ、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。

[10] しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
[11](1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解される(最高裁平成13年(オ)第851号、同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁、最高裁平成28年(許)第45号同29年1月31日第三小法廷決定・民集71巻1号63頁参照)。そして、ツイッターが、その利用者に対し、情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供するなどしていることを踏まえると、上告人が、本件各ツイートにより上告人のプライバシーが侵害されたとして、ツイッターを運営して本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける被上告人に対し、人格権に基づき、本件各ツイートの削除を求めることができるか否かは、本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である。原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない。
[12](2) 本件事実は、他人にみだりに知られたくない上告人のプライバシーに属する事実である。他方で、本件事実は、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であったといえる。しかし、上告人の逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており(刑法34条の2第1項後段)、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている。また、本件各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い。さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない。加えて,上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない。
[13] 以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である。したがって、上告人は、被上告人に対し、本件各ツイートの削除を求めることができる。

[14] 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上告人の請求を認容した第1審判決(なお、第1審判決主文第1項中、同判決別紙投稿記事目録記載1から4まで及び17の各ツイートの削除を命ずる部分は、上告人が原審においてした訴えの一部取下げにより失効している。)は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

[15] よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官草野耕一の補足意見がある。


 裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は法廷意見に賛成するものであるが、そう考えるに至った趣旨につき補足して意見を述べておきたい。

[2] プライバシーの侵害については、個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない法的利益と当該事実を一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合には侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。そこで、この比較衡量を、本事件に則して、以下、仔細に行ってみたいと思う。

(1) 上告人の本件事実を公表されない法的利益
[3] 本件各ツイートが上告人のプライバシーを侵害していることは明らかである。確かに、本件事実は上告人自らが引き起こした犯罪に関するものではあるが、有罪判決を受けた者は、その後、一市民として社会に復帰することを期待されており、前科等に関する事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害され、その更生を妨げられることのない利益を有している(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集46巻2号149頁参照)。したがって、既に略式命令によって科された10万円の罰金を完納し、その後は一市民として健全な生活を送ってきた上告人にとって、本件各ツイートが削除されることによって生活の平穏を取戻し得ることは法的保護に値する重大な利益といえる。なお、この点に関して、原判決は、ツイッターの検索機能の利用頻度はGoogleなどに比べて高くないことを理由として、「(上告人)が具体的被害を受ける可能性は低下している」などと述べているが、家族や知人が本件各ツイートをいつ見るかもしれないと危惧し続けることによって平穏な暮らしを妨げられている上告人の不利益がツイッターの検索機能が弱いという理由によって甘受し得る程度のものに減少するとは考え難い。

(2) 本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由
[4] 最初に考えるべきことは、本件各ツイートは社会的出来事に対する報道に関するものであると評価し得るところ、報道は一回の伝達行為によってその目的を全うし得るものではなく、報道内容に対して継続的なアクセスを可能とすることによってその価値を高め得るという点であろう(以下、この付加価値を「報道の保全価値」という。)。しかしながら、犯罪者が政治家等の公的立場にある者である場合は格別(本件はそのような事案ではない。)、犯罪者の氏名等は、原則として、犯罪事件の社会的意義に影響を与える情報ではない。よって、犯罪者の特定を可能とするこのような情報を、保全されるべき報道内容から排除しても報道の保全価値が損なわれることはほとんどないといってよいであろう。したがって、犯罪者が公的立場にあるわけではない場合において、なお、犯罪者を特定できる情報を含む犯罪報道(以下、これを「実名報道」という。)を継続することに社会的意義があるとすれば、それは、実名報道をすること自体によって報道の保全価値とは異なる独自の効用が生み出される場合があるからであると考えるほかはない。そこで、以下、考え得る実名報道の効用を列挙し、その価値を個別に検討する。
[5] 実名報道がもたらす第一の効用は、実名報道の制裁としての働きの中に求めることができる。実名報道に、一般予防、特別予防及び応報感情の充足という制裁に固有の効用があることは否定し難い事実であろう(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の制裁的機能」という。)。しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから、実名報道の制裁的機能が生み出す効用を是認するとしても、その行使はあくまで司法権の発動によってなされる法律上の制裁に対して付加的な限度においてのみ許容されるべきものであろう。したがって、本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。
[6] 実名報道がもたらす第二の効用は、犯罪者の実名を公表することによって、当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得る点に求めることができる(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の社会防衛機能」という。)。しかしながら、この効用は個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益が法的保護の対象となるとする価値判断と原則的に相容れない側面を有している。なぜならば、人が社会の中で有効に自己実現を図っていくためには自己に関する情報の対外的流出をコントロールし得ることが不可欠であり、この点こそがプライバシーが保護されるべき利益であることの中核的理由の一つと考えられるからである。したがって、実名報道の社会防衛機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価し得ることがあるとしても、それは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や凶悪事件によって被害を受けた者(又はその遺族)のトラウマが未だ癒されていない場合、あるいは、犯罪者が公職に就く現実的可能性がある場合など、しかるべき事情が認められる場合に限られると解するのが相当であるところ、本事件にはそのような事情は見出し難い。
[7] 第三に、実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す人の存在を指摘せねばならない。人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実であり(わが国には、古来「隣りの不幸は蜜の味」と嘯くことを許容するサブカルチャーが存在していると説く社会科学者もいる。)、実名報道がインターネット上で拡散しやすいとすれば、その背景にはこのような人間の心性が少なからぬ役割を果たしているように思われる(この心性ないしはそれがもたらす快楽のことを社会科学の用語を使って、以下、「負の外的選好」といい、負の外的選好をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の外的選好機能」という。)。しかしながら、負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であり、そうである以上、実名報道がもたらす負の外的選好をもってプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない(なお、実名報道の外的選好機能は国民の応報感情を充足させる限度において一定の社会的意義を有しているといえなくもないが、この点については、実名報道の制裁機能の項において既に斟酌されている。)。

[9] 以上によれば、本件各ツイートの記述のうち、まず、上告人の氏名等の犯罪者を特定できる情報を記した部分に関しては、上記情報を公表されない法的利益が上記部分を一般の閲覧に供し続ける理由に優越すると直ちに結論付けることができる。さらに、法廷意見で述べたとおり、本件各ツイートは140文字という限られた字数の中で本件事実を速報することを目的としてなされたものであるとうかがわれること等に鑑みるならば、現時点においては、本件各ツイートの記述全部に関しても、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越しているといえるであろう。よって、私は、法廷意見に賛成する次第である。

(裁判長裁判官 草野耕一  裁判官 菅野博之  裁判官 三浦守  裁判官 岡村和美)

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