久米孔子廟訴訟
差戻後第一審判決

固定資産税等課税免除措置取消(住民訴訟)請求事件
那覇地方裁判所 平成29年(行ウ)第9号
平成30年4月13日 民事第1部 判決

口頭弁論終結日 平成30年2月5日

原告        A
同訴訟代理人弁護士 徳永信一 照屋一人 上原千可子

被告        那覇市長 B
同訴訟代理人弁護士 大城浩 上原義信 篠原弘一郎 仲里豪 宮尾尚子

被告補助参加人   一般社団法人久米崇聖会(以下「補助参加人」という。)
同代表者代表理事  C
同訴訟代理人弁護士 当山尚幸 大島優樹

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 被告が,補助参加人に対し,平成26年4月1日から同年7月24日までの間の松山公園の使用料181万7063円を請求しないことが違法であることを確認する。
2 訴訟費用は,差戻し前の第1審,控訴審及び差戻し後の当審を通じて,補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とし,その余は被告の負担とする。

 主文第1項に同旨 [1] 本件は,那覇市の住民である原告において,当時の那覇市長が平成26年3月28日付けで補助参加人に対して都市公園である松山公園の敷地内に久米至聖廟(以下「本件施設」という。)を設置することを許可し(以下「本件設置許可」という。),その使用料を全額免除したこと(以下「本件免除」といい,本件設置許可と併せて「本件設置許可等」という。)は政教分離原則(憲法20条1項後段,3項,89条)に違反し,本件免除は無効であるにもかかわらず,被告は,違法に上記使用料の徴収を怠っているなどと主張して,①地方自治法242条の2第項3号に基づき,被告が,同年4月1日から同年7月24日までの間の松山公園の使用料181万7063円(以下「本件使用料」という。)を請求しないことが違法であることの確認を求める事案である。
[2] 差戻し前第1審においては,上記の請求のほか,②那覇市に対する,同項2号に基づく本件設置許可の取消請求,③被告に対する,同項4号本文に基づく本件使用料相当額の当時の那覇市長に対する損害賠償請求及び補助参加人に対する不当利得返還請求又は損害賠償請求を連帯債務として請求することを求める請求,④被告に対する,同項3号に基づく同月25日から平成27年4月24日までの間の松山公園の使用料の徴収を怠る事実の違法確認請求,⑤被告に対する,同項4号本文に基づく上記④の使用料相当額の当該期間中の各那覇市長に対する損害賠償請求及び補助参加人に対する不当利得返還請求の各請求をすることを求める請求が審判の対象になっていた。差戻し前第1審が上記①ないし⑤の各請求に係る訴えをいずれも却下したのに対し(差戻し前第1審が上記①の請求に係る訴えを却下した理由は,監査請求において,本件免除及び本件使用料の徴収を怠る事実が対象とはされておらず,適法な監査請求を経ていないというものである。),原告が控訴したところ,差戻し前控訴審は,原告の控訴のうち上記②の請求に係る部分を棄却したほか,本訴請求のうち上記①及び③の各請求に係る部分を那覇地方裁判所に差し戻す旨の判決をし(なお,原告は,差戻し前控訴審に係属する間に,上記④及び⑤の各請求に係る訴えをいずれも取り下げた。),同判決は確定した。
[3] 当審において,原告は,本件訴えのうち,上記③の請求に係る部分を取り下げた。
[4] したがって,当審における審判対象は,上記①の請求のみである。
[5] なお,補助参加人は,上記②の請求につき,第三者の訴訟参加(地方自治法242条の2第11項,行政事件訴訟法43条1項,22条)をしていたが,上記のとおり,上記②の請求は当審の審判対象となっていないため,補助参加人は,当審において,同条に基づく参加人としての地位を併有しない。
(1) 都市公園法及び同法施行令
[6] 都市公園法は,都市公園の設置及び管理に関する基準等を定めて,都市公園の健全な発達を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする法律である(都市公園法1条)。都市公園とは,都市計画に沿って設置される公園又は緑地であるが,地方公共団体が設置するものと国が設置するものとに分類されている(同法2条1項1号及び2号)。そのうち,地方公共団体が設置する都市公園(同法2条1項1号)は,当該地方公共団体が公園管理者として管理するものとされているところ,公園管理者以外の者であっても,条例で定める事項を記載した申請書を公園管理者に提出してその許可を受けることにより,都市公園内に公園施設を設けることができる(同法2条の3,5条1項)。公園施設とは,都市公園の効用を全うするために当該都市公園に設けられる施設であり(同法2条2項各号),園路及び広場(同項1号),植栽,花壇,噴水その他の修景施設(同項2号),休憩所等の休養施設(同項3号),ぶらんこ等の遊戯施設(同項4号),野球場等の運動施設(同項5号),植物園,動物園,野外劇場その他の教養施設(同項6号)等が列挙されている。
[7] 上記の申請を受けた公園管理者は,公園管理者以外の者が設ける公園施設が,当該公園管理者が自ら設け,又は管理することが不適当又は困難であると認められるもの,あるいは,当該公園管理者以外の者が設け,又は管理することが当該都市公園の機能の増進に資すると認められるもののいずれかに該当する場合に限り,上記の許可をすることができる(同法5条2項)。

(2) 那覇市公園条例及び同施行規則
[8] 那覇市において,都市公園に公園施設を設置する許可を受けた者は,那覇市に対し,占用面積1平方メートルにつき1か月360円(ただし,1年を単位とする使用期間に1年未満の端数を生じたときは,その月数に応じた月割計算(1月未満の端数は1月とみなす。))の使用料を納付しなければならず,このうち都市公園法5条1項の許可を受けた者に係る使用料は毎月5日までにその月分を納付しなければならないが(那覇市公園条例(乙28)11条1項、別表第1,同条2項ただし書,那覇市公園条例施行規則(乙27)14条),那覇市長は,公共的団体が公益の目的で当該公園施設を使用する場合には,その全額を免除することができる(那覇市公園条例11条の2第4号,那覇市公園条例施行規則15条1項2号)。
(1) 当事者
[9] 原告は,那覇市に居住する住民である。
[10] 被告は,那覇市の市長であり,同市の執行機関である。
[11] 補助参加人は,登記上,昭和37年11月5日に設立された一般社団法人であり,本件施設等を広く一般に公開し,かつての琉球王朝の発展に多大な功績を築いた久米三十六姓(約600年前から300年間にわたり,中国から琉球に渡来してきた人々)の歴史研究,論語を中心とする東洋文化の普及及び人材の育成を図り,もって地域社会への貢献,世界平和に寄与することを目的とし,久米三十六姓の歴史研究・文化資源の収集保存・活用,地域伝統文化の継承発展及び情報発信に関する事業や本件施設等の維持管理及び公開に関する事業等を行うものとされている(甲16,乙20)。

(2) 本件施設等について
[12] 松山公園は,那覇市久米2丁目及び那覇市松山1丁目に所在し,那覇市が管理する,都市公園法上の都市公園である。本件施設は,松山公園内に所在しているところ,補助参加人は,本件施設を所有している。
[13] 本件施設は,儒学(儒教。これが宗教であるかは後記のとおり争いがあるが,以下では,原則として,単に「儒教」と表記する。)の祖である孔子並びにその門弟である四配(顔子,曾子,子思子及び孟子)を祀る廟(全国に複数ある孔子廟の一つである至聖廟)であり,大成殿(床面積63.76平方メートル),啓聖祠(同20.61平方メートル),明倫堂・図書館(同372.59平方メートル),至聖門及び御庭空間等によって構成されている(甲3,16,35)。

(3) 本件施設の設置許可等
[14] 補助参加人は,那覇市長に対し,平成22年11月15日付けで,本件施設に係る公園施設設置許可申請及び使用料減免申請をし(乙11,12),那覇市長は,平成23年3月31日付けで設置の許可(設置の期間は平成26年3月31日まで)をするとともに,使用料を全額免除した(甲55)。
[15] 補助参加人は,平成24年3月20日,本件施設の工事に着手し(乙14),平成25年4月30日までに同工事を完了した(乙15)。
[16] 補助参加人は,那覇市長に対し,平成26年3月18日付けで,本件施設に係る公園施設設置許可の更新申請及び使用料の減免申請をし(乙16,17),那覇市長は,同月28日付けで,本件施設が都市公園法2条2項6号の教養施設(植物園,動物園,野外劇場その他の教養施設で政令の定めるもの)のうち都市公園法施行令5条5項1号の体験学習施設に当たるとして,同法5条2項に基づく本件設置許可(更新。設置の期間は平成26年4月1日から平成29年3月31日まで)及び那覇市公園条例11条の2第4号,那覇市公園条例施行規則15条1項2号に基づく本件免除(年額576万7200円(=占用面積1335平方メートル×月額360円×12か月)を全額免除するもの)をした(乙18,19,27,28)。

(4) 監査請求
[17] 原告は,那覇市監査委員に対し,平成26年7月24日,本件設置許可は都市公園法及び那覇市公園条例に違反する違法な財務会計行為であるとして,本件設置許可を取消し,本件施設の撤去を請求すること及び本件施設の敷地(以下「本件敷地」という。)の地代相当額の支払を当時の那覇市長D及び補助参加人に請求することを求める住民監査請求を行った(甲1,2)。
[18] 那覇市監査委員は,同年8月28日,本件設置許可は,非財産的な目的のための行為であり,地方自治法242条1項に規定されている財務会計上の財産管理行為に当たらないことを理由に上記監査請求を却下し(甲2),原告に対し,同年9月2日,その旨の通知をした。
[19] 原告は,那覇市監査委員に対し,平成27年4月24日,本件免除は政教分離原則に違反する違法な財務会計行為であるとして,本件敷地について本来徴収すべき地代相当額の支払を那覇市と那覇市長Bに請求することを求める住民監査請求を行った。
[20] 那覇市監査委員は,同年6月5日,上記監査請求が,本件免除から1年を経過した後にされたことなどを理由に,これを却下し,原告に対し,同日頃,その旨の通知をした。
(以上,甲25)

(5) 訴えの提起
[21] 原告は,平成26年9月30日,前記1の①ないし③の各請求に係る訴え(那覇地方裁判所平成26年(行ウ)第17号固定資産税等課税免除措置取消(住民訴訟)請求事件)を提起し,さらに,平成27年6月15日,同④及び⑤の各請求に係る訴え(同裁判所平成27年(行ウ)第13号那覇市公園使用料賦課徴収を怠る事実の違法確認(住民訴訟)請求事件)を提起した。
[22] 本件の当審における争点は,本件設置許可等が政教分離原則(憲法20条1項後段,3項,89条)に違反するか(争点(1)),本件免除が無効か(争点(2))及び被告において本件使用料の徴収を怠っていることが違法か(争点(3))である。
(原告の主張)
ア 儒教が宗教であること
[23] 儒教は,祖先の霊や魂はもとより,絶対者としての天といった超自然的存在ないし超人間的本質に対する信仰に基づくものであり,宗教に該当することは明らかである。久米三十六姓が中国福建省から琉球王国に持ち込んだ儒教は,江戸時代に受容された学問としての儒教ではなく,久米三十六姓の先祖崇拝や儒教の始祖である孔子に対する信仰・礼拝と深く結びついた宗教としての儒教である。これは,儒教が学問や道徳としての側面を有していることによって否定されるものではない。
イ 本件施設が宗教的施設であること
[24](ア) 本件施設は至聖門,大成殿及び啓聖祠から成るところ,至聖門の中央の正門は孔子の霊のための扉とされており,孔子の霊を迎えるために1年に1度,釋奠祭禮(せきてんさいれい。孔子や下記の四配を祀る行事で,孔子祭ともいわれる。)の日にのみ開かれる。
[25] 本件施設の本殿である大成殿は,孔子を祀る霊廟であり,その中央には孔子像及び神位(神霊の座としてしつらえられた場所)が,その左右には四配(孔子の弟子である顔子,曾子,子思子及び孟子)の神位がそれぞれ置かれていて,信者の礼拝を受ける。
[26] 啓聖祠は,孔子の父である啓聖公と四配の祖先が祀られた祖廟(祖先の霊を祀る建物)であるが,釋奠祭禮の一部が行われるほかは,補助参加人の関係者によって拝所(神霊がよりつく聖域)として使用されているのみであり,一般公開されていない。
[27](イ) 本件施設の前身である旧至聖廟から孔子像や各神位を本件施設に移転する遷座式という儀式に先立ち,旧至聖廟において,遷座御願という儀式が執り行われた。遷座御願においては,ユタ(神霊や死霊などの超自然的存在と直接に接触・交流する呪術・宗教的職能者)による祈祷が行われた。また,遷座式は,旧至聖廟と本件施設との神霊的ないし宗教的同一性を確保する機能を営むものである。
[28](ウ) 旧至聖廟においては,高校受験に際しての合格祈願が行われ,儒教の信者たちは,本件施設において礼拝を行っているほか,以前は本件施設において,大成殿の香炉灰が封入された学業成就(祈願)カードが販売されていた。
[29](エ) これらの事実に照らせば,本件施設は,その利用態様からみても,宗教的儀式を行うことを主たる目的とする宗教的施設に当たることが明らかである。
ウ 釋奠祭禮が宗教上の行為であること
[30] 本件施設では,平成25年の移設以来,毎年孔子の生誕の日とされる9月28日に釋奠祭禮が行われているところ,これは,孔子の霊を「神」として至聖門正門から迎え入れて大成殿に案内し,その魂魄を現世に呼び戻し,祝文を読み上げて供物を饗応した後,再び至聖門正門から送り返すというものであり,超自然的存在である孔子の霊を招魂再生して饗応するという儒教的死生観に基づく儀式であるから,宗教上の行為に当たることは明らかである。
エ 補助参加人が「宗教上の組織若しくは団体」(憲法89条)であること
[31] 補助参加人は,本件施設及び道教の神を祀る礼拝施設といった宗教的施設を所有し,釋奠祭禮等の宗教上の行為を行い,もって特定の宗教である儒教ないし道教の信仰,礼拝又は普及等の宗教的活動を事業の核とする団体である。補助参加人が,中国から渡来した一族の末裔から組織された血縁(宗族)集団としての性格を有し,不特定多数に開かれた公共的団体とはいい難いことも併せ考慮すれば,「宗教上の組織若しくは団体」に当たることは明らかである。
オ 他の孔子廟について
[32] 被告及び補助参加人は,多久聖廟,足利学校,湯島聖堂等の日本国内に存在する他の孔子廟(以下「他の孔子廟」という。)と同様,本件施設も歴史・文化の保全のための施設である旨主張する。
[33] しかし,他の孔子廟は,いずれも学問所として創建された歴史を有し,創建当時から宗教的性格が希薄であったのに対し,本件施設は,中国福建省出身の渡来人である久米三十六姓と呼ばれる一族の宗旨として持ち込まれ,専ら祖先崇拝の祭祀と一族のアイデンティティーの確保を目的とするものであり,歴史的背景を異にする。この点に加え,他の孔子廟の管理運営主体が公益財団法人又は市の教育委員会であるのに対し,本件施設の管理運営主体である補助参加人は一般社団法人であること,多久聖廟で行われる釈菜(せきさい)や足利学校で行われる釋奠(せきてん)は,県又は市の重要無形民俗文化財に指定され,足利学校は国の史跡重要文化財であるのに対し,本件施設及び釋奠祭禮は文化財に指定されていないことも踏まえると,他の孔子廟と本件施設とは質的に異なる。
カ 小括
[34] 以上によれば,本件設置許可等(本件免除を伴う本件敷地の提供)は,その直接の効果として,補助参加人が本件施設を利用した礼拝及び釋奠祭禮等の宗教上の行為を行うことを容易にしているものといえ,一般人の目から見て,那覇市長は特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されてもやむを得ないものであるから,憲法20条1項後段,3項,89条に違反する。

(被告及び補助参加人の主張)
ア 儒教が宗教ではないこと
[35] 儒教は,江戸時代に,孔子の唱える倫理政治規範を体系化した学問として日本国内に受容されたものであり,宗教には該当しないところ,久米村(久米三十六姓の居住区域)に持ち込まれた儒教も同様である。
イ 本件施設は宗教的施設ではないこと
[36] 本件施設は,孔子の教えを学問的に学び研究し,沖縄に約570年前に渡来して中国文化を伝承した久米三十六姓の先人たちの功績を含む久米地域の歴史,文化を普及し継承する施設であり,一般市民に無償で公開され,一般市民向けの教養講座が開催されるなど,広く一般市民が利用し学習をすることができる施設であって,都市公園法2条2項に規定する公園施設のうち同項6号の教養施設(同法施行令5条5項1号の体験学習施設)に該当する。
[37] 本件施設は,琉球王国時代に久米村に建てられた孔子廟や明倫堂を再建したものであり,いわば先の大戦で焼失した歴史的建造物を再建したものである。日本における孔子廟は,江戸幕府の文教施策によって,藩校などの教育機関として建設されているところ,本件施設も,一般市民をも対象として歴史・文化に関する教養講座が開催されていることなどから明らかなとおり,宗教的活動を目的とする施設ではない。
[38] 本件施設は,補助参加人のみならず,広く地域住民からも,久米村の歴史・文化を伝える施設として整備してほしいという要請がされていたものであって,地域住民の間においても,本件施設は宗教的施設とは認識されていない。
[39] 本件設置許可の目的も,久米村の歴史・文化を伝える本件施設について,公園利用者をはじめ,広く県内外の人々に参観・学習(講座)の場を提供することにある。那覇市長は,本件施設の設置が,那覇市のまちづくりの基本方針や,松山公園の整備理念及び整備方針に合致していることから,本件設置許可をしたものである。
[40] なお,遷座御願は,屋敷の御願という沖縄の文化・風習に従ったものであり,また,遷座式(遷座行列等)は,孔子廟の移転の事実を広く知ってもらうとともに,孔子とは直接関係のない琉球の文化も含んだ東洋文化のアピールをし,地域社会への貢献・世界平和への寄与を図ったものであって,宗教的活動ではない。
ウ 釋奠祭禮が宗教上の行為ではないこと
[41] 釋奠祭禮は,久米村の蔡堅が,中国から孔子及び四配の絵像を持ち帰って祭典を行ったことで始まったもので,琉球王国と中国との外交関係を深めるとともに,孔子の実践的な教えを広めるために行われたものである。現在の釋奠祭禮も,孔子の教えを広めるためだけではなく,久米三十六姓の歴史や,久米村と中国との外交交流の歴史を保存することで,沖縄独特の文化・歴史を守り,沖縄を含む東洋文化を伝えることを目的としており,宗教上の行為には当たらない。
[42] 釋奠祭禮においては,式次第において「送神」,「迎神」などの言葉が使われ,供物や上香が行われていることは認めるが,これは,沖縄独特の歴史・文化や学問等を伝え,本件施設の観光資源としての価値も高めるため,過去の行事の再現を行っているが故の形式的な表現にすぎない。
エ 補助参加人は「宗教上の組織若しくは団体」(憲法89条)ではないこと
[43] 補助参加人は,本件施設を広く一般に公開し,かつての琉球王朝の発展に多大な功績を築いた久米三十六姓の歴史研究,論語を中心とする東洋文化の普及並びに人材の育成を図り,もって地域社会への貢献,世界平和に寄与することを目的とする一般社団法人であって,「宗教上の組織若しくは団体」に該当しない。
[44] また,補助参加人は,14世紀に中国から那覇市の久米地区に移住し,外交文書の作成,通訳,航海技術指南等に尽力した技術的職能集団である久米三十六姓の子孫が,至聖廟の維持管理や釋奠祭禮の執行,儒学の普及等のために結成したものであり,実際の活動内容に照らしても,「宗教上の組織若しくは団体」に当たるとはいえない。
オ 他の孔子廟について
[45] 日本国内に存在する他の孔子廟(多久聖廟,足利学校,湯島聖堂等)においては,本件施設と類似した孔子廟が存在し,釋奠祭禮と同様の行事が行われているが,これらの孔子廟の中には,公共団体自身が孔子廟やその敷地を所有して自ら管理運営したり,管理運営を委託して公金や補助金を支出したりしているところがあるほか,釋奠祭禮と同様の行事に公共団体の長が積極的に関わり,用具の購入等に公金を支出している例もある。他の孔子廟においてこのような扱いが見られるのは,一般に,孔子廟は,儒学を始めとする学問の振興のために建設され,その歴史・文化の保存や観光等の振興に寄与してきた施設として認識され,また,孔子廟で行われる行事は各地の歴史・文化を保存し,全国に発信するために行われているためである。
[46] 本件施設も,他の孔子廟と同様,歴史・文化の保存のための施設であって,宗教的施設とは捉えられていない。
カ 小括
[47] 以上によれば,本件設置許可等は,那覇市と本件施設ないし補助参加人とのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとはいえないから,本件設置許可等は,憲法20条1項後段,3項,89条に反しない。
(原告の主張)
[48] 本件免除は,政教分離原則(憲法20条1項後段,3項,89条)に違反するものであり,その重大性は明白であるから,無効である。

(被告及び補助参加人の主張)
[49] 争う。
(原告の主張)
[50] 本件免除が無効である以上,被告は,補助参加人から本件使用料を徴収しなければならないにもかかわらず,これを怠っているものであるから,違法である。

(被告及び補助参加人の主張)
[51] 争う。
[52] 前記前提事実のほか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(1) 久米村,久米三十六姓,旧至聖廟及び松山公園等の概要
[53] 松山公園の所在する那覇市内の久米地域は,14世紀に現在の中国福建省及びその周辺地域から琉球へ渡来した者(久米三十六姓)が居住した地域(久米村〔クニンダ〕)である。久米三十六姓は,航海・造船等の技術を有し,通訳や交易を担い,琉球王国の繁栄を支えた職能集団である。久米三十六姓は,17世紀には久米村に至聖廟を,18世紀にはその隣接地に明倫堂(琉球における最初の公立学校とされている。)を建立した。かつて久米村では儒学教育が行われており,上記の至聖廟及び明倫堂によって,久米村の儒学は確固たる基盤を築いたとされている。
[54] 廃藩置県により明治12(西暦1879)年に沖縄県が設置された後,上記の至聖廟及び明倫堂(土地,建物,蔵書等)は,社寺に類する施設として国有となっていたが,請願を受けて明治35年に当時の那覇区に返還された後,大正4年,後記(2)のとおり創設された社団法人久米崇聖会に譲与された。なお,当時の沖縄県の拝所に関する取扱規程(沖縄県令第7号〔大正11年3月14日,大正15年10月改正〕)によって,沖縄県下の拝所は,境内地の工作物の建設等に知事の認可を要することとされていたが,同規程11条において,「孔子廟,明倫堂,天尊廟等に之を準用す。」とされていた。
[55] 上記の至聖廟及び明倫堂は,第二次世界大戦の戦災により焼失し,戦後の区画整理により,久米地域において再建されないまま,昭和49年ないし同50年頃,当時の社団法人久米崇聖会が所有する那覇市の若狭地区内の天尊廟跡地に,天尊廟(現世の邪悪を滅ぼして民を助ける「九天応元雷声普化天尊」という道教の神が祀られている。廟内には,正面に天尊,向かって右側に関帝廟〔関羽が神格化され,商売繁盛の神として祀られている。〕,同左側に龍王殿〔水や風雨を治める龍王が祀られている。〕が配されている。)及び天妃宮(航海安全の守護神である媽祖が祀られている。)と共に,至聖廟(以下「旧至聖廟」ともいう。)及び明倫堂が再建された。しかし,久米村の人々(クニンダンチュ)は,ゆかりの地での至聖廟再興を願い続け,後記(4)のとおり,平成25年,久米地域である松山公園内に,本件施設が建設された。
[56] 松山公園内には,本件施設のほか,琉球王国以来の沖縄と中国福建省との友好を示すものとして,中国式庭園である福州園が所在し,松山公園が所在する那覇西地域には,天妃宮等,琉球王国の交易と密接な関連を有する施設が所在する。
(以上,甲16,17,35の1・5・6,乙4,丙3,6,11)

(2) 補助参加人の性質等
[57] 大正元年頃,当時の至聖廟や明倫堂の維持管理,祭典の執行及び儒教の普及等を目的とする崇聖会が結成され,大正3年には,主務官庁の認可及び登記を経て,社団法人久米崇聖会が設立されて,前記(1)のとおり,大正4年に当時の那覇区から至聖廟及び明倫堂の譲与を受けた(甲17,乙4,丙10,11)。
[58] 補助参加人は,昭和37年11月5日に設立された一般社団法人であり,崇聖会及び社団法人久米崇聖会をその前身とするものである(以下,崇聖会や社団法人久米崇聖会についても,「補助参加人」ということがある。)。
[59] 補助参加人は,登記及び定款において,その目的を,本件施設及び天尊廟・天妃宮を広く一般に公開し,かつての琉球王朝の発展に多大な功績を築いた久米三十六姓の歴史研究,論語を中心とする東洋文化の普及及び人材の育成を図り,もって地域社会への貢献,世界平和に寄与することと定めており,この目的を達成するために,久米三十六姓の歴史研究等に関する事業に加え,本件施設及び天尊廟・天妃宮の維持管理及び公開に関する事業,釋奠祭禮の挙行及び論語等の東洋文化普及・交流に関する事業等を行うものとしている(乙20,丙89)。ここでいう東洋文化とは,「孔子の教えの『仁,義,礼,知,信』の実践を中心とする精神文化」とされる(丙3)。
[60] 補助参加人は,久米三十六姓の末裔が組織する団体である。補助参加人は,遅くとも平成22年5月頃までに,公益社団法人への移行を目指す方針を決定し,手続を進めていたが,平成25年2月18日に開催された沖縄県公益認定等審議会が終了した後,同審議会の事務局から,会員の範囲を広げるつもりはあるかという趣旨の質問及び修正要請を受けたのに対し,
「正会員を久米三十六姓の末裔と限定することは会員の総意。事業の核となる釋奠祭禮の挙行及び至聖廟などの施設運営管理を「久米三十六姓の先人たち」が約400年前から身を投げ打って継承してきた「歴史的事実」がある。この歴史的,文化的価値の確たる事実は,今後とも久米三十六姓末裔の「義務と責任」で継承すべきである。」
などと説明したが受け入れられず,同月23日に理事会を開催し,正会員の資格を久米三十六姓の末裔に限定し続けることを確認し,その後,結局,公益社団法人としての認定申請を取り下げた。現在でも,補助参加人の正会員となり得る者は,久米三十六姓の末裔に限られている。(甲16,38の2・5,丙3,89)
[61] 補助参加人は,後記(4)のとおり,本件施設の設置(旧至聖廟の久米への移転)について粘り強い要請活動を行い,本件施設の設置を実現させた。補助参加人の会報誌(「久米崇聖会レポート」)においては,本件施設(新至聖廟)の建設や釋奠祭禮の実施が大きく取り上げられている(甲38)。また,補助参加人の平成25年度事業計画(案)には,新至聖廟の公開並びに体験学習等の受入・案内などの項目とともに,「久米崇聖会の充実と広報活動 (1)会員一体となった釋奠祭禮の充実と強化」等が挙げられていた(乙24)。
[62] 補助参加人は,道教の神や商売繁盛の神等を祀る天尊廟及び航海安全の守護神である天妃宮も所有して維持管理し,上・下天祭や秋季例祭等を執り行っている。天尊廟及び天妃宮には,商売繁盛,航海安全,交通安全,家庭平和等を願う参拝者が多い。補助参加人の会報誌には,旧至聖廟,天尊廟及び天妃宮について,「普段は1日当たり約200人の参拝者」と記載されている。(甲35の5・6,38の4・5・7)
[63] 平成26年9月12日から同年10月19日までの間に沖縄県立博物館・美術館の企画展として開催された「久米崇聖会創立100周年記念」と題する催事では,久米村の歴史や文化に関するシンポジウム等が開かれた(丙12)。また,補助参加人は,後記(3)カのとおり,明倫堂において公開講座を開催し,その他,奨学金の寄附等の公益活動も行っている(甲4,10,38の3,乙21ないし24,丙1,2,13)。

(3) 本件施設の性格,構造,管理状況及び利用態様等
[64] 本件施設は,儒教の祖である孔子並びにその門弟である四配(顔子,曾子,子思子及び孟子)を祀る廟である。
[65] 本件施設は,補助参加人の所有する大成殿(床面積63.76平方メートル),啓聖祠(同20.61平方メートル),明倫堂・図書館(同372.59平方メートル),至聖門及び御庭空間等によって構成されている。
[66] 本件施設の出入口にあたる至聖門には3つの扉があり、中央の正門は孔子の霊のための扉であり,孔子の霊を迎えるために1年に1度,釋奠祭禮の日にのみ開かれる。その扉を開くと御庭空間の中央を大成殿に向かって真っすぐに伸びる御路に続き,孔子の霊はこの御路を進み,大成殿の正面階段の中央部分に設けられた石龍陛を越えて大成殿へ上るとされている。上記正門上部には,台湾の蔡雪泥中琉経済文化協会理事長寄贈の「至聖廟」と書かれた朱塗りの扁額が掲げられている。(甲16,35の2・3)
[67] 大成殿は,本件施設の本殿であり,至聖門の正面に位置する,屋根に赤い琉球瓦が載った弁柄色の建物である。その入り口上部には,補助参加人の会員の揮毫による畳1枚ほどの「大成殿」の扁額が掲げられている。大成殿は,他の孔子廟の大成殿と同様に南向きに建てられており,内部の中央正面には孔子像及び神位が,その左右には四配の神位が,それぞれ置かれている。大成殿の屋根は,中国山東省曲阜市の大成殿を模した2本の龍柱に支えられ,正面階段の中央には,孔子の霊を迎えるための石龍陛がはめ込まれている。(甲12,14ないし16,27の2・3,35の1・3)
[68] 啓聖祠は,大成殿後方の別室に設けられ,孔子の父である啓聖公及び四配の祖先が祀られた祖廟(祖先の霊を祀る建物)であり,釋奠祭禮の一部が行われているほかは,補助参加人の関係者によって拝所(神霊がよりつく聖域)として使用されているのみであって,一般公開されていない(甲12,14,17,35の4,40,45,51の5,原告本人)。
[69] 明倫堂・図書館は,大成殿の東側に位置する2階建ての建物であり,1階には補助参加人の管理事務所が置かれ,2階の講堂では,後記カの公開教養講座(久米孔子塾)が開催されるなどしている(甲4,10,16,35の1,38の1・6,乙9,21ないし23,丙1,2,原告本人)。
[70] 本件施設全体は,松山公園内の福州園側に位置し(那覇市久米2丁目の一角に所在),至聖門,明倫堂及びフェンス等により,松山公園内の他の部分(多目的広場等)と仕切られている(甲12,14,15,35の1~3,乙9)。開館時間等は,拝観時間が午前9時から午後5時まで,拝観料は無料である(甲10の10頁,甲38の6)。本件施設全体による松山公園の占用面積は,1335平方メートルである(乙19)。
[71] 本件施設が建設された後の平成25年6月15日,那覇市若狭地区内に所在していた旧至聖廟から本件施設へ,孔子像や孔子及び四配の神位を移す儀式(遷座式)が行われた。遷座式においては,黒朝礼服(廃藩置県以前の琉球人の装いであるいわゆる琉装。現在では,琉球舞踊の際や,冠婚葬祭等においても着用されている。)の執事が神位を神輿に乗せ,地元の旗頭や近隣中学校の生徒等と共に行列した後,本件施設に到着し,祭壇に孔子像や神位を安置して香及び酒を供え,遷座の終了を報告した。なお,黒朝礼服や神輿等は,補助参加人において琉球舞踊の小道具店で購入あるいはレンタルをしたり,行列用に作成したりしたものであり,また,遷座式においては,空手の演武や地元の旗頭の競演等も行われた。遷座式に先立つ同月2日及び同月11日には,遷座御願という儀式が行われ,旧至聖廟内にある大成殿,天尊廟及び天妃宮並びに新大成殿でいわゆるユタ(神霊や死霊等,超自然的存在と直接に接触・交流し,その過程で霊的能力を得て託宣,卜占,病気治療等を行う呪術・宗教的職能者といわれている。)による祈祷が行われた。補助参加人のウェブページでは,
「ユタは拝所など人々が信仰を行っている場所で人間と神様との間で橋渡し役として祈祷を行う。そのため,遷座式の前に旧至聖廟内にある大成殿,天尊廟,天妃宮で祈祷が行われた」
などと説明されており,また,補助参加人の100周年記念史においては,
「神位への尊厳と敬意をもって遷座行事を行い,かつ新久米至聖廟を地域社会へアピールし孔子の徳を広める機会とする」
ことから,遷座式(遷座行列)を行うこととしたとされている。(甲13,38の6,39,丙24ないし27,29ないし32)
[72] 本件施設では,平成25年の移設以来,毎年,孔子の生誕の日とされる9月28日に,釋奠祭禮が行われている。釋奠祭禮とは,孔子及び四配並びに啓聖公を祀る行事である。「釋奠」とは,供物を置き,並べるという意味であり,豚,魚,鶏,菓子,果物,甘薯,帛(絹織物),爵(神酒)等が供えられる。この行事は,琉球王国時代の1610年,久米村総役の紫金大夫蔡堅喜友名親方念亭が進貢使の一員として中国(明)に派遣された際,中国山東省曲阜市の孔子廟を参拝し孔子及び四配の絵像を持ち帰り,久米村有志の家で輪番に祭禮を行ったのが始まりといわれている。釋奠祭禮は,17世紀に久米村に至聖廟が建設されると至聖廟で行われるようになり,明治以降は,久米村有志による祭禮となったが,大正3年に至聖廟の維持管理や祭典の執行等を目的とする社団法人久米崇聖会が設立されて以降は,釋奠祭禮も同法人に引き継がれ,第二次世界大戦中及び戦後は中断していたものの,昭和50年頃に那覇市若狭に旧至聖廟が再建されると,釋奠祭禮も再開された。補助参加人は,平成23年には,より多くの人に釋奠祭禮等を知ってもらうため,報道各社に協力を要請し,地元の新聞やテレビなどで同年の釋奠祭禮が取り上げられるなどしたこともあった。その後,本件施設での釋奠祭禮に引き継がれたものである。(甲16,17,38の1・3・7)
[73] 補助参加人が行う釋奠祭禮の祭官に当たる者は,祭主1名及び当日の祭祀を行う執事である。釋奠祭禮においては,釋奠祭禮実行委員全員が祭祀執事を務めるほか,釋奠祭禮の準備を行う理事長を筆頭とする釋奠祭禮運営委員会(実行委員会)が組織される。執事の選出方法は,事前に補助参加人の事務局から補助参加人の会員全員に募集をし,応募者を委員に選任する。委員の資格は,補助参加人の会員であること及び習儀(練習)への参加ができることのみであって,宗教や思想・信条は問われておらず,他の宗教を信奉する者等も執事となった例がある。祭主は,補助参加人の理事長が務めている。補助参加人においては,
「久米三十六姓の末裔以外の者が釋奠祭禮の祭祀事業等を直接実施した場合,その事業の歴史的価値は格段に下がり,約400年間続いてきた伝統は失われると考えており,具体的に,事業の形骸化,観光ショー化,そして世俗化の恐れがある」
と考えているとされる。(甲38の7,丙3,88,90ないし92)
[74] 現在,補助参加人が本件施設で行っている釋奠祭禮の式次第は,以下の①ないし⑲のとおりである。現在行われている釋奠祭禮においては,祭主,引禮及び執事等が黒朝礼服(琉装)を着用している。また,平成25年9月28日に本件施設で初めて行われた釋奠祭禮では,三跪九叩頭の礼(清朝皇帝の前でとられていた臣下の礼の一つ。)が復活し,第二次世界大戦後途絶えていた啓聖祠の祭禮も復活した。もっとも,釋奠祭禮には,沖縄県知事や那覇市長等も来賓として出席し,また,冒頭には近隣中学校の生徒による論語の素読も行われている。(甲11,12,14,16,35の1,38の7,41)
① 釋奠祭禮開始
② 執事就位(全執事が各自の持ち場につく。)
③ 祭主就位(祭主は,引禮に先導され,大成殿に対する。)
④ 啓扉(至聖門開扉の準備)
⑤ 迎神(祭主は,参列者と共に至聖門に向き,孔子を迎える。)
⑥ 進饌(執事が供物の蓋を取る。)
⑦ 上香(祭主は,洗手所で手を浄め,正位及び四配に上香する。)
⑧ 初献禮(祭主は,正位及び四配に,帛(絹織物)及び爵(神酒)を献じる。)
⑨ 祝文奉読(祝文官が,孔子に対し,祝文を中国語で奉読する。)
⑩ 亜献禮(祭主は,2度目の爵を献じる。)
⑪ 終献禮(祭主は,3度目の爵を献じる。)
⑫ 来賓上香(来賓及び補助参加人代表は,引禮に先導され上香する。)
⑬ 飲福受胙(祭主は,孔子よりお下がりの福酒及び福胙を代表して頂戴する。)
⑭ 撤饌(執事が供物に蓋をする。)
⑮ 送神(祭主,参列者共に孔子をお送りする。)
⑯ 燎祝文(祝文,帛,爵の順に燎所に向かい,祝文をあぶる。)
⑰ 闔門(至聖門を閉じる。)
⑱ 撒班(祭主,全執事は,開始前の位置に戻る。)
⑲ 釋奠祭禮終了
[75] 旧至聖廟においては,近隣中学校の生徒が合格祈願のために参拝に訪れるなどしていた。本件施設においても,大成殿等には,観光客に加え,家族繁栄や学業成就,受験合格等を祈願する多くの人々が参拝に訪れる。(甲19,35の3,37,38の5,51の6,52)
[76] また,本件施設においては,平成25年8月から平成26年1月5日までの間,孔子を祀る大成殿の香炉灰が封入された「学業成就(祈願)カード」が1枚100円で販売されていた(甲10の7頁,甲27,38の6)。
[77] 旧至聖廟ないし本件施設の明倫堂においては,補助参加人の会員及び一般市民に対して,孔子の教え(論語)や那覇及び久米村の歴史等に関する教養講座(久米孔子塾という公開講座)が,各年度複数回にわたって開催されている。また,本件施設において,県内の小中学校の生徒等の総合学習の受け入れをしている。(甲4,10の11頁,乙21ないし24,丙1,2)。
[78] 明倫堂の講堂及び展示場は,補助参加人の定めた利用規程に従い,補助参加人の理事長の許可を受けて,会員以外も使用料(基本使用料は2時間2万円)を納付して,これを利用することができるものとされている(乙25)。

(4) 本件設置許可等に至る経緯
[79] 那覇市は,平成11年4月に策定した那覇市都市計画マスタープランにおいて,各地域のまちづくりの方針等を策定しているところ,松山公園が所在する那覇西地域について,まちづくりの基本方針の一つとして,「福州園や天妃宮などを核とし歴史性を活かしたクニンダのまちづくり」を掲げている(乙1)。そして,平成24年3月に改定された那覇市都市計画マスタープランにおいても,上記基本方針は維持されている(乙2)。
[80] 平成11年3月に旧久米郵便局が他に移転したが,その跡地を那覇市が国から買い取り,松山公園として取り込むという話を聞いた補助参加人の中で,その跡地に孔子廟を移転することで久米の地に回帰したいとの機運が盛り上がった。補助参加人は,平成12年12月には那覇市への要請活動を開始し,平成13年4月20日には,周辺自治会及び周辺の公立学校と連名で,那覇市に対し,「松山都市公園の拡張整備について(要請)」と題する書面を提出した。同書面においては,
「松山公園に隣接している旧久米郵便局跡地を福州園と一体となった旧久米村を象徴する歴史的景観を有する都市公園として拡張整備して下さいますよう要請いたします。」
などとされていた。(乙3,丙14)
[81] 那覇市においては,平成15年中に,松山公園周辺土地利用計画(案)策定業務に係る委員会や作業部会が複数回開かれ,関係識者等が出席し,松山公園周辺の土地利用計画策定に関して議論が交わされた。その中では,
「コンセプトで「儒教的精神」が出すぎていることが気になります。那覇市としてはあくまで「歴史の発祥地」という位置付けです。」
との意見が述べられ,これに対して
「我々は記念碑的なものがほしいわけではありません。」
との意見が述べられたが,
「那覇市としては儒学を広めたいわけではありません。久米村の歴史に対して予算を投じるわけであって,儒学をコンセプトに持ってこられると那覇市として困るのです。」
という意見が述べられた。また,当初の計画案では,至聖門等による仕切りがなく,一般公衆に開けた状態で本件施設が建設されることが予定されていたのに対し,
「儀式の際に門がないと大成殿の機能を果たしません。お寺やお宮は公園とは違うのでやっかいな点ですが。閉じられたように見えても中に入ると実際はオープンということが多い。委員含めて調整すべき問題でしょう。」,
「崇聖会としては戦前のような大規模なものを想定していますので,「もどき」は出来ません。」
との意見が述べられ,さらにこれに対して
「オープンにする必要はあると思いますが。」,
「中国の真似ではなく,儒学の現代的な意味を見出しとらえることも必要ではないでしょうか。門は造ってもいいのですが,仕切ることに対しては抵抗があります。」
との意見が述べられた。なお,その際は,
「大成殿を建てる交差点付近の位置に,崇聖会所有の土地を換地する作業が必要になる」
とされていた。また,コンセプトについては,
「いくら宗教ではないと主張しても,宗教に限りなく近い。」,
「現在の孔子廟は関係者しか入れないような印象がある。移転する際は,親しみの感じられるような取り組みを望む。」
といった意見も述べられていた。補助参加人は,前記委員会及び作業部会の期間に,3回にわたって那覇市と議論を行い,
「大成殿は崇聖会だけのものではなく,あくまで県民全体のものだと考える。」
と述べる一方,
「これまで培ってきた精神文化を人々に浸透させるべきであり,大成殿はそのための重要な施設。」
などとも述べた。(乙4)
[82] 那覇市は,平成15年9月,上記委員会や作業部会による議論等を踏まえ,松山公園周辺土地利用計画案(乙4)を策定した。同計画案においては,前記アのまちづくりの基本方針を受けて,松山公園の整備理念を「久米村(クニンダ)における中国との交流拠点としての歴史性,文化性,精神性に基づいた,地域社会に開かれた公園・まちづくり」とし,整備方針は
「久米村の歴史性,文化性,儒学的精神性のシンボルとして,また公園施設のシンボルとして,大成殿を整備する。」,
「久米村らしさのあるアピール性の高いモチーフを用いて統一感を出し,別の世界,別の時代に訪れたような感覚・雰囲気が味わえる,他とは違う異次元空間を創出する。」,
「地域のことが良く分かる学習機能を持った施設の整備を図る。」,
「地域の有志により久米独特の風俗・風習を掘り起こして再現・披露する。」,
「地域住民,地元企業,学校関係及び久米崇聖会等と連携し,市民参加型の環境を整備するとともに,自主的で独創的な運営を目指す。」
などとされた。また,これに従った具体的な整備計画においては,周辺の道路から視覚的にも物理的にも仕切りがなく,開放的な孔子廟の歴史公園風イメージとしてデザインされており,大成殿は,広い芝生空間である多目的広場を庭と見立てて,その中の久米交差点付近に配置されていた。もっとも,「事業化に向けて」の検討においては,
大成殿は,「歴史・文化資産(施設)ではあるが,公的施設としての性格について議論を呼ぶ可能性があり,公的補助金の導入は現段階では難しく,公的な敷地に建設することも同様の理由から難しい」
とされ,「今後の課題」において,
「特殊施設である大成殿・歴史交流会館(明倫堂)等は,公園施設に該当しないため,公園区域内に配置できない。そこで私有地内に配置することが考えられる」
などと整理されていた。(乙4)
[83] 那覇市は,沖縄県知事に対し,平成17年9月,都市計画法に基づき,松山公園の整備について,都市計画事業の種類及び名称を「那覇広域都市計画公園事業3・3・那9号松山公園」として,事業認可申請を行い,沖縄県知事から事業認可を受けた(乙5,6)。また,那覇市は,国から,平成18年2月1日付けで,公園用地の一部である国有地(那覇市久米2丁目30番6所在の面積4560.30平方メートルの土地)を代金7億6600万円で買受け(甲6,10),さらに,国との間で,同年6月21日付けで,公園用地の一部である国有地(那覇市久米2丁目30番1所在の面積2280.14平方メートルの土地)について,国有財産無償貸付契約を締結した(甲7)。
[84] その後,那覇市は,沖縄県知事に対し,平成23年3月2日付けで,事業施行期間の延長を理由とする事業計画変更認可の申請をし,同月29日付けで,その認可を受けた(乙5,6)。また,那覇市は,国に対し,平成23年2月22日付けで,教養施設(本件施設)の建設位置の変更等を理由として,上記貸付契約の一部(貸付物件を指定用途に供すべき指定,利用計画等)の変更を申請し,同年3月17日付けでそれらの変更が承認され,そのうち指定期日の変更については,同月29日付けで,変更契約が締結された(甲8,乙9,10)。上記の利用計画の変更とは,当初計画では,本件施設を久米交差点側(那覇市久米2丁目30番1)へ建設する予定であったが,地域との意見交換や,補助参加人との調整等を踏まえ,本件施設のもつ歴史的・文化的な性質から福州園と一体化した整備がふさわしいこと,駐車場が近く利便性の良いことなどの理由から,本件施設の設置場所を福州園側(那覇市久米2丁目30番6)へ変更したい,というものであった。上記変更申請の時点で,本件施設は,前記ウの計画案のような開放的な設計ではなく,前記(3)イの現状のように,至聖門,明倫堂及びフェンス等により,松山公園内の他の部分と仕切られた設計となっていた(乙9)。
[85] 補助参加人は,那覇市長に対し,平成22年11月15日付けで,本件施設につき,公園施設設置許可申請(乙11)及び使用料減免申請(乙12)をし,これを受けて,那覇市長は,平成23年3月31日付けで,本件施設の設置許可(設置の期間は許可の日から平成26年3月31日まで)をするとともに,使用料を全額免除した(甲55)。
[86] 補助参加人は,那覇市長に対し,平成23年8月30日付けで,本件施設の各建物の床面積の変更等に伴う公園施設設置許可の変更申請を行い(乙13),那覇市長から同年9月14日付けの許可(甲3)を得て,平成24年3月20日に本件施設の工事に着手し(乙14),平成25年4月30日に工事完了届(乙15)を提出した。
[87] 前記公園施設設置許可に係る本件施設の設置の期間(平成26年3月31日まで)が満了するのに伴い,補助参加人は,那覇市長に対し,同月18日付けで,本件施設に係る公園施設設置許可の更新申請(乙16)及び使用料の減免申請(乙17)をし,那覇市長は,同月28日付けで,本件設置許可(更新。設置の期間は同年4月1日から平成29年3月31日まで)及び本件免除(乙19)をした。
[88] 本件施設の工事への着手後,補助参加人の会報誌には,
「「かつて久米の地にあった孔子廟を久米の地に」は,久米三十六姓の末裔で組織する久米崇聖会,クニンダチュの長年の願望だった。」,
「「久米郵便局跡を国が那覇市に売却する」との情報が入り,「久米の地なら願ったり,かなったり」と,那覇市に要請活動を展開してきた。地域の団体や学校とも連携した。歴代理事長らの粘り強い要請が実り,新しい至聖廟が建立された」
などといった記事が掲載された(甲38の4・8)。
[89] また,補助参加人作成の「久米崇聖会100周年記念史」においては,
「那覇市当局からは明倫堂はさておき,孔子を祀る大成殿が宗教的施設ではないかとの意見や疑問が続出し,都市公園法による公園施設利用許可をもらう寸前の最後の最後まで議論噴出した」
と記載されている(丙14)。

(5) 原告の対応等
[90] 原告は,本件施設のうち,明倫堂は学問の施設だが,大成殿は天満宮のような宗教施設であると感じており,特に本件施設での釋奠祭禮は宗教儀礼だと確信し,平成25年9月から同年11月まで,那覇市に対し,本件施設の設置を許可した根拠等のほか,政教分離に反するのではないか等の問い合わせを繰り返し,その都度那覇市長からの文書による回答(甲9)を受けた。さらに,原告は,平成26年2月25日,本件施設の設置の差止め等を求める住民監査請求を(甲53,10),同年7月24日には,本件施設の撤去等を求める住民監査請求を(甲1,2),それぞれ行った。また,原告は,上記のような思いで,街頭での署名運動等も行っている。(甲45,原告本人)
(1) 憲法判断の枠組み
[91] 憲法89条は,公の財産を宗教上の組織又は団体の使用,便益若しくは維持のため,その利用に供してはならない旨を定めている。その趣旨は,国が宗教的に中立であることを要求するいわゆる政教分離の原則を,公の財産の利用提供等の財政的な側面において徹底させるところにあり,これによって,憲法20条1項後段の規定する宗教団体に対する特権の付与の禁止を財政的側面からも確保し,信教の自由の保障を一層確実なものにしようとしたものである。しかし,国家と宗教とのかかわり合いには種々の形態があり,およそ国又は地方公共団体が宗教との一切の関係を持つことが許されないというものではなく,憲法89条も,公の財産の利用提供等における宗教とのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に,これを許さないとするものと解される。
[92] 地方公共団体が,公園管理者たる当該地方公共団体以外の者に対し,都市公園法上の都市公園内に宗教的施設たる公園施設を設けることを許可するに際して,都市公園の占用に係る使用料の全額を免除する行為(以下,上記許可と併せて「都市公園の無償提供行為」ともいう。)は,一般的には,当該宗教的施設を設置する宗教団体等に対する便宜の供与として,憲法89条との抵触が問題となる行為であるといわなければならない。もっとも,都市公園の無償提供行為といっても,当該施設の性格や来歴,都市公園の無償提供行為に至る経緯,利用の態様等には様々なものがあり得ることが容易に想定されるところである。
[93] そうすると,当該公園施設が宗教的施設である場合であっても,地方公共団体が公園施設による都市公園の占用に係る使用料の全額を免除している状態が,上記の見地から,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法89条に違反するか否かを判断するに当たっては,当該公園施設の性格,都市公園の無償提供行為がされるに至った経緯,当該都市公園の無償提供行為の態様,これらに対する一般人の評価等,諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である(最高裁判所平成22年1月20日大法廷判決・民集64巻1号1頁参照)。

(2) 本件設置許可等の憲法適合性
ア 本件施設の性格
[94] 前記1で認定したとおり,本件施設は,かつて琉球王国の繁栄を支えた久米三十六姓が17ないし18世紀に久米村(クニンダ)に建立した至聖廟及び琉球最初の公立学校とされる明倫堂を,ゆかりの地に再建したといえるものであり(前記1(1)),那覇市における那覇西地域についてのまちづくりの基本方針(歴史性を活かしたクニンダのまちづくり)に沿うもので(前記1(4)),本件施設の大部分は無償で一般に公開され,近隣の学校の生徒らの学習の場ともなっており,明倫堂においては一般市民にも向けた教養講座が開催されている上(前記1(3)),遷座式や釋奠祭禮においては,地元の旗頭の参加や近隣の中学校の生徒による論語の素読等も行われているのであるから(前記1(3)),本件施設は歴史的・文化財的な価値を有し,また,観光資源として,あるいは地域の親睦や学習の場としての社会的な意義を有する施設である(したがって,都市公園法及び同法施行令上の教養施設(体験学習施設)に当たり得る)といえる。
[95] しかしながら,他方で,本件施設はそもそも儒教の祖である孔子及び四配を祀る廟であり,本殿である大成殿には孔子及び四配の神位が置かれ,実際にも多数の参拝者が訪れて,受験合格だけでなく家族繁栄等を祈願する者もいるのであって(前記1(3)),これらの参拝者のすべてが,単に観光や社会的儀礼として参拝を行っているとはいい難い。また,啓聖祠は,補助参加人の関係者による拝所として使用されていて一般公開されておらず、さらに,至聖門の正門は,孔子の霊を迎えるために釋奠祭禮の日にのみ開かれるものであって,続く御庭空間,御路及び大成殿正面階段の石龍陛等と一体となって,釋奠祭禮を実施するための施設であるということができるものである(前記1(3))。しかも,本件施設は,至聖門,明倫堂及びフェンス等により松山公園内の他の部分から仕切られているところ,当初の那覇市松山公園周辺土地利用計画案からの建設位置等の変更に至る経緯をみれば(前記1(4)),このような閉じた空間であることが本件施設の性質上必要なものであるとして設計・配置されたものであることがうかがえる。
[96] そして,本件施設において補助参加人が年1回開催している釋奠祭禮は,供物を並べて孔子の霊を迎え,上香や献禮,祝文奉読等をした後にこれを送り返すというものであり,前記1(3)認定のその内容や態様からすれば,儒教一般の宗教該当性の結論いかんにかかわらず,神格化された孔子や四配を崇め奉るという宗教的意義を有する儀式にほかならないものである。この点につき,被告及び補助参加人は,釋奠祭禮の式次第において「迎神」,「送神」などの言葉が使われ,供物や上香が行われているのは,沖縄独特の歴史や文化,学問等を伝え,本件施設の観光資源としての価値も高めるため,過去の行事の再現を行っているが故の形式的な表現にすぎないなどと主張する。しかしながら,前記1(3)エによれば,釋奠祭禮が地域の歴史的・文化的行事や観光資源等としての側面を有することは認められるものの,それによって釋奠祭禮の上記の宗教的側面が否定されるものではない。しかも,補助参加人は,久米三十六姓の末裔以外の者が釋奠祭禮を直接実施すると,祭祀事業の形骸化,観光ショー化,世俗化の恐れがあるとして,祭官である祭主や執事を務めることができるのは,久米三十六姓の末裔である補助参加人の会員のみとしていることを踏まえると(前記1(3)),釋奠祭禮を宗教的な意義の希薄な,単なる世俗的行事にすぎないということはできない。
[97] 加えて,本件施設の前身である戦前の至聖廟や明倫堂は,国や沖縄県によって社寺に類する施設としての扱いを受けており(前記1(1)),また,戦後に再建された旧至聖廟から本件施設への移転に当たっては,補助参加人により,遷座御願や遷座式が行われているのであり,こうした遷座式等の内容・態様やその補助参加人における位置づけ(前記1(3)ウ)等からすれば,これらが沖縄の文化・風習にのっとったものであり,施設の公開や地域親睦を図るという世俗的な側面があることを踏まえても,本件施設は,社寺に類する信仰や参拝の対象としての性格を引き継ぐ施設であるということができるものである。
[98] 以上のように,本件施設は,社寺に類する施設としての性格を引き継ぎ,現在も社会的儀礼にとどまらない参拝を受ける施設である上,本件施設全体が一体として,宗教的行事といえる釋奠祭禮を実施するための施設ということができるのであるから,儒教一般についての宗教該当性の結論いかんにかかわらず,宗教的性格を色濃く有する施設であるというほかない。
イ 本件設置許可等(都市公園の無償提供行為)がされるに至った経緯
[99] 前記1(4)のとおり,本件施設は,平成11年に那覇市において策定された那覇西地域のまちづくりの基本方針や,平成15年に那覇市において策定された松山公園の整備理念及び整備方針に沿う主要な施設として位置づけられ,平成17年に都市計画法に基づく都市計画事業として事業認可を受けた松山公園の整備事業の一環として,補助参加人からの申請を受けて,都市公園法上の教養施設(体験学習施設)として,平成23年に3年間の公園施設設置許可及び使用料免除がされ,さらに平成26年に,上記設置許可及び使用料免除の期間が3年間更新(本件設置許可等)されるに至ったものである。前記アのとおり,本件施設が歴史的・文化財的な価値を有し,観光資源や地域の親睦・学習の場としての社会的な意義を有する施設であることも踏まえると,本件設置許可等のそもそもの目的が,世俗的,公共的なものであったこと自体は明らかである。
[100] しかしながら,前記1(4)のとおり,本件施設の設置は,旧至聖廟を久米の地に移転してゆかりの地に回帰したいという補助参加人の要請活動を受け入れる形でされたものである。また,那覇市における松山公園周辺土地利用計画案やその作成業務に係る委員会や作業部会の議論等においては,
「コンセプトで「儒教的精神」が出すぎていることが気になります。」
「儒学をコンセプトに持ってこられると那覇市として困る」
「いくら宗教ではないと主張しても,宗教に限りなく近い。」
といった懸念や,
「オープンにする必要はあると思いますが。」,
「門は造ってもいいのですが,仕切ることに対しては抵抗があります。」,
「現在の孔子廟は関係者しか入れないような印象がある。」
といった,本件施設が,一般に公開された歴史的・文化的施設ではなく,特定の者の利用に供される宗教的施設としての性格を帯びることに対する懸念が示されていた。さらに,平成15年に上記委員会や作業部会等での議論を踏まえて策定された松山公園周辺土地利用計画案においては,本件施設は,あくまで開放的な孔子廟の歴史公園風イメージとしてデザインされており,しかも,
大成殿は,「公的施設としての性格について議論を呼ぶ可能性があり」,「特殊施設である大成殿・歴史交流会館(明倫堂)等は,公園施設に該当しないため,公園区域内に配置できない」ため,補助参加人所有の土地と換地をするなどして「私有地内に配置することが考えられる」
などと整理されていた。それにもかかわらず,平成17年の事業認可後に,地域との意見交換や補助参加人との調整等を踏まえ,平成23年までには,宗教的施設ではないかとの那覇市側の意見や疑問を抑え,補助参加人側の当初からの意見が通る形で,上記計画案のような開放的な配置ではなく,現状のとおり,松山公園内の他の部分とは仕切られた配置で至聖門を含めた設計に変更され,しかも,大成殿も含めた本件施設全部について,公園施設として,那覇市の設置する都市公園への設置許可及び使用料全額免除がされるに至ったものである。
[101] そうすると,こうした議論の経過を当然に認識していた那覇市としては,本件施設が宗教的性格を色濃く有する施設であり,そのような施設に松山公園の一部を無償で提供することになることを認識していたものであるから,本件設置許可等の目的には,積極的なものではないにせよ,宗教的意義も含まれていたといわざるを得ない。
ウ 松山公園の無償提供の態様等
[102] 本件施設を所有し,維持管理し,釋奠祭禮を実施している補助参加人は,宗教法人ではなく,久米三十六姓の歴史研究や論語を中心とする東洋文化の普及等の世俗的活動を行うことを,その定款上の目的に掲げている(前記1(2))。もっとも,ここでいう東洋文化とは,「孔子の教え(中略)の実践を中心とする精神文化」とされており,なお,補助参加人の前身である崇聖会は,より直截に「儒教の普及」を目的として結成されていた。そして,補助参加人は,宗教的性格を色濃く有する本件施設の設置の要請活動を行い,本件施設の設置を実現し(前記1(4)),また,宗教的行事といえる釋奠祭禮の挙行を定款上の事業として挙げた上,理事長を筆頭(祭主)とする釋奠祭禮運営委員会(実行委員会)を組織してこれを執り行っており,本件施設の運営管理及び釋奠祭禮の挙行を補助参加人の「事業の核」と位置付けていて,実際に,補助参加人の会報誌においては本件施設の建設や釋奠祭禮について大きく取上げているほか,事業計画においても,釋奠祭禮の充実強化を謳っている(前記1(2)(3))。なお,補助参加人は,道教の神や商売繁盛の神,航海安全の守護神等を祀り,多数の参拝者が訪れる天尊廟・天妃宮の維持管理と公開に関する事業(例祭等の執行を含む。)も行っている(前記1(2))。こうした本件施設及び行事の宗教性の程度並びに補助参加人の定款の定め及び実際の事業の内容等に照らすと,補助参加人は,本件施設等において宗教的行事を行うことを主たる目的とする団体であると評価すべきであり,憲法89条の「宗教上の組織若しくは団体」及び憲法20条1項後段の「宗教団体」に該当するというべきである。
[103] 補助参加人は,儒学が宗教でないこと,補助参加人が宗教法人であったことがなく,構成員も,信仰・宗教と関係なく結集され,定款上の目的も世俗的であり,設立の目的も,特定の宗教の信仰,礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とするとはいえないなどと主張するが,信仰の対象が排他的でないとしても必ずしも宗教性が否定されるものではなく,前記説示に照らすと,補助参加人の上記主張は採用することができない。
[104] そして,本件設置許可等によって補助参加人が松山公園を占用することとなる面積は,1335平方メートルと相応に広く,しかもこれが,何らの対価を収受することなく補助参加人に提供されている(以下,この状態を「松山公園の無償提供状態」という。)というのであるから,その直接の効果として,補助参加人等が本件施設を利用した宗教的活動を行うことを容易にしているといえるものである。松山公園の無償提供状態は,補助参加人等の関係団体からの要請に応じる形で実現されたものであって,例えば,宗教的施設が公有地を無償で使用している状態が,社寺上知(上地)や寄附等により形成されたなどの,一面においてやむなき理由や経緯によるものである場合等とは異なり,現時点において,直ちに松山公園の無償提供状態を解消することとしても,補助参加人等の信教の自由を不当に侵害するものともいい難い。
エ その他一般人の評価等
[105] 前記1(5)のとおり,原告は,本件施設のうちの大成殿は宗教施設であると感じており,那覇市における松山公園周辺土地利用計画案及びその作成業務に係る委員会や作業部会での議論等においても,本件施設が宗教的施設ではないかとの意見や懸念が示されていた。なお,松山公園について「旧久米村を象徴する歴史的景観を有する都市公園として整備」することに関しては,補助参加人のみならず,周辺自治会及び周辺の公立学校も連名で那覇市に対して要請書を提出しているが(前記1(4)),要請書の内容(乙3,丙14)からして,本件施設のような本格的な(歴史公園風イメージではない)施設を,敷地を無償で提供して設置することまでを要望したものとみることはできない。加えて,補助参加人は,その正会員が久米三十六姓の末裔に限定されており,そのために沖縄県公益認定等審議会において公益認定を受けられない見込みとなり,公益社団法人の認定申請を取り下げている上(前記1(2)),本件施設内には補助参加人の関係者以外には非公開の施設も存するなど,補助参加人や,その所有し維持管理する本件施設は,本件施設の公共的・社会的意義や,本件設置許可等の目的の世俗的・公共的側面とは相容れない閉鎖性を有しているといえる。
[106] これらを併せ考慮すると,松山公園の無償提供状態は,補助参加人等による本件施設を利用した宗教的活動を容易にするものであって,儒教一般の宗教該当性についての結論いかんにかかわらず,一般人の目から見て,那覇市が補助参加人の活動に係る特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されてもやむを得ないものである。
オ 本件設置許可と本件免除の関係
[107] もっとも,以上の説示から明らかなとおり,松山公園の無償提供状態が,補助参加人等による本件施設を利用した宗教的活動を容易にする強い効果を有する上,一般人の目から見ても,那覇市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し,援助していると評価されてもやむを得ないとされる根拠は,本件施設による松山公園の占用が,無償で許可されているという点にある。本件設置許可及び本件免除は,異なる法的根拠に基づく別個の行政行為であるところ,本件施設は,宗教的性格とともに,歴史・文化の保存や観光振興等の目的及び効果を有する面も併有していることは前記認定説示のとおりであり,ことに,明倫堂の前身は琉球最古の公立学校とされていて,現に一般に公開された教養講座等も開催されていることや,本件施設の物理的全体的一体性などからすれば,前記アのとおり,明倫堂を含む本件施設が,全体として都市公園法上の教養施設に当たると考えることは可能であると考えられる。したがって,補助参加人に対しては,都市公園法上の教養施設として本件施設の設置許可をしながら,その使用料を免除せず,適正な使用料を徴収するという選択肢もあり得るところであり,その場合には,本件施設の設置許可が,それ自体として,上記のような強い効果を有するとともに,一般人の目から見ても,上記のように評価されてもやむを得ないとまではいえないと解される。そうだとすると,松山公園の無償提供状態が,上記のような強い効果を有し,一般人の目から見ても,上記のような評価をされてもやむを得ないとされる所以は,本件免除の存在にあるというべきである。
カ 総合判断
[108] 以上のような諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると,本件設置許可等のうちの本件免除は,那覇市と本件施設とのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして,憲法89条の禁止する公の財産の利用提供に当たり,ひいては憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権の付与にも該当すると解するのが相当である。また,以上の検討に照らせば,本件免除は,憲法20条3項の禁止する国の機関たる地方公共団体による宗教的活動にも該当すると解するのが相当である。

(3) 被告及び補助参加人の主張について
[109] 以上の認定判断に対し,被告及び補助参加人は,日本国内に存在する他の孔子廟について,地方公共団体が公金を支出したり,その行事に深くかかわったりしているものが複数存在するところ,それらについて政教分離原則に違反するものとは考えられておらず,本件施設も,他の孔子廟と同様に,政教分離原則に違反するものとはいえない旨種々主張する。
[110] しかしながら,現状において,他の孔子廟について,憲法20条1項後段,3項,89条との抵触が問題とされていない理由については,歴史的背景や,宗教的性格の有無及び程度,管理運営主体の違いを始めとして,様々なものが考えられるから,そのこと自体は,本件施設に係る本件免除の違憲性を否定する事情となるものではない。被告及び補助参加人の上記主張は,採用しない。
[111] 本件免除は,都市公園法及び那覇市公園条例という法律上の根拠に基づき,その名宛人が負うべき都市公園の占用に係る使用料の支払義務を全額免除するものであるから,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法3条2項)に該当し,たとえ瑕疵があっても,その瑕疵が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認めるべき場合を除いては,適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものである。
[112] 本件免除は適法に取り消されたものではないものの,その瑕疵は,憲法20条1項後段,3項,89条に違反するというものであって重大というほかないものであるし,前記2において説示したとおり,一般人の目から見た評価を重要な考慮要素の一つとする以上,その瑕疵は明白というべきである。
[113] よって,本件免除は無効である。
[114] 前記3のとおり,本件免除が無効である以上,補助参加人は,那覇市に対し,占用面積1平方メートルにつき1か月360円の使用料を納付しなければならず(那覇市公園条例11条1項,別表第1),逆にいえば,那覇市長は,上記使用料を徴収すべき義務を負うこととなる。
[115] 前記1で認定したとおり,本件施設の占用面積は1335平方メートルであると認められ,また,本件免除は3年間であって年を単位とするものであるから,本件施設の平成26年4月1日から同年7月24日までの間の使用料は,以下の計算式(月割計算)により,192万2400円となり(前記第2の2(2)),被告が,補助参加人に対しこれを請求しないことは,違法に財産の管理を怠るものというべきである。
(計算式)1,335平方メートル×360円/月×4か月(4月から7月まで)=1,922,400円
[116] なお,地方公共団体が有する債権の管理について定める地方自治法240条,地方自治法施行令171条から171条の7までの規定によれば,客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず,原則として,地方公共団体の長にその行使又は不行使についての裁量はないところ(最高裁判所平成16年4月23日第二小法廷判決・民集58巻4号892頁参照),本件において,上記使用料に係る債権を行使するか否かについて,被告に裁量があると解すべき根拠は見当たらない。
[117] 以上によれば,被告が上記使用料のうち181万7063円を補助参加人に対し請求しないことの違法確認を求める原告の請求は全部理由があるから,これを認容すべきである。
[118] よって,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 剱持淳子
  裁判官宮崎陽介は転補につき,裁判官高津戸拓也は転官につき,署名押印することができない。
  裁判長裁判官 剱持淳子

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