土地収用補償金請求事件
上告審判決

土地収用補償金請求事件
最高裁判所 平成10年(行ツ)第158号
平成14年6月11日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 甲2 外11名
          代理人 赤木淳
被上告人(被控訴人 被告) 関西電力株式会社

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人赤木淳の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告人甲2が当審において提起した和歌山県田辺市新庄町××番2及び同所△△番21の土地につき強制収用を原因として被上告人への所有権移転登記手続を求める訴えを却下する。
 上告費用は上告人らの負担とし,前項の訴えに係る費用は上告人甲2の負担とする。

[1](1) 憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和25年(オ)第98号同28年12月23日大法廷判決・民集7巻13号1523頁)とするところである。土地収用法71条の規定が憲法29条3項に違反するかどうかも,この判例の趣旨に従って判断すべきものである。

[2](2) 土地の収用に伴う補償は,収用によって土地所有者等が受ける損失に対してされるものである(土地収用法68条)ところ,収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであり,その時に補償金の額が具体的に決定される(同法48条1項)のであるから,補償金の額は,同裁決の時を基準にして算定されるべきである。その具体的方法として,同法71条は,事業の認定の告示の時における相当な価格を近傍類地の取引価格等を考慮して算定した上で,権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて,権利取得裁決の時における補償金の額を決定することとしている。

[3](3) 事業認定の告示の時から権利取得裁決の時までには,近傍類地の取引価格に変動が生ずることがあり,その変動率は必ずしも上記の修正率と一致するとはいえない。しかしながら,上記の近傍類地の取引価格の変動は,一般的に当該事業による影響を受けたものであると考えられるところ,事業により近傍類地に付加されることとなった価値と同等の価値を収用地の所有者等が当然に享受し得る理由はないし,事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は,起業者に帰属し,又は起業者が負担すべきものである。また,土地が収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであるが,事業認定が告示されることにより,当該土地については,任意買収に応じない限り,起業者の申立てにより権利取得裁決がされて収用されることが確定するのであり,その後は,これが一般の取引の対象となることはないから,その取引価格が一般の土地と同様に変動するものとはいえない。そして,任意買収においては,近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる。
[4] なお,土地収用法は,事業認定の告示があった後は,権利取得裁決がされる前であっても,土地所有者等が起業者に対し補償金の支払を請求することができ,請求を受けた起業者は原則として2月以内に補償金の見積額を支払わなければならないものとしている(同法46条の2,46条の4)から,この制度を利用することにより,所有者が近傍において被収用地と見合う代替地を取得することは可能である。
[5] これらのことにかんがみれば,土地収用法71条が補償金の額について前記のように規定したことには,十分な合理性があり,これにより,被収用者は,収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである。

[6](4) 以上のとおりであるから,土地収用法71条の規定は憲法29条3項に違反するものではない。そのように解すべきことは,前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。論旨は,採用することができない。
[7] 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,違憲をいう点を含め,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず,採用することができない。
[8] 記録によれば,上告人甲2は,当審において,平成10年8月31日付け上告の趣旨訂正の申立書により,被上告人に対し,主文第2項記載の訴えを本件損失補償の訴えに追加して併合提起したものである。しかしながら,法律審である上告審においては,新たな訴えの提起は許されない。そして,上記訴えの追加的併合は,本件損失補償請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし,専ら併合審判を受けることを目的としてされたものと認められる。したがって,主文第2項記載の訴えは,不適法として却下すべきである。

[9] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 濱田邦夫  裁判官 金谷利廣  裁判官 奥田昌道  裁判官 上田豊三)
上告理由書(総論部分)
 第一点、法71・72条は憲法29条3項、同32条に違反する。
 第二点、インサイダー取引は「疑はしきは罰す」であるべきである。
 第三点、法36・38条は憲法29条1項、同14条に違反する。
 第四点、新訴の当事者は甲5だけではない。
 第五点、新訴は行政訴訟法16条の関連事件である。
 第六点、法133条は対象に閧する訴訟を排除したものではない。
 第七点、法69条違反。問題はそこからはじまる。掛け違えたボタンははじめからかけな直すしかない。
 第八点、収容土地の範囲は争い得ないと言う意味で確定しているわけではない。
[1] 土地収用法第71・72条が収用価格を事業認定時に固定し、更に物価の変動に応じた修正率を政令にゆだね、政令はこれを一般物価の変動率によったことは、当時の長期の傾向として地価と一般物価の変動率との間に顕著な格差のあったことに鑑みると憲法29条3項の「正当な補償」の規定に反するものであって、これを適用した原判決も亦同条に反するものである。即ち甲60号証の地価統計によると、事業認定のあった43年4月25日(同時に手続は保留され、再開は6月1日、8月15日採決申請)から、採決のあった44年3月31日まで1年、市街地でみると地価は約20%(19.8%――無効取消事件の高裁判決のあった58年までには6.23倍)上昇している。ところが裁決書記載の修正率は1.0193%に過ぎない。この様な取り扱いは土地所有者に対し、著しく不利なものである。この様な土地価格の上昇過程において、事業認定時の価格が補償されるなら、採決時には原判決自ら引用する最高裁判例にいう「近傍において同等の代替地を取得し得る金額」にはなり得ず、正当な補償になりえないことは明白である。すでに採決申請までに3ヶ月と20日を空費している。その上に更なる遅延をまぬがれんとするなら、土地所有者は事業認定時の価格をうけとらざるを得ないのであるから、採決の不当性をあらそって日時を空費することは、その間の価格上昇の利益を放棄することを意味し著しい不利を招く。従ってそれは同時に憲法32条の裁判をうける権利を事実上放棄することを強要する結果になり、単に29条3項に違反するのみならず、32条にも違反する。上告人が起業者の責に基づく支払いの遅れには18.25%の損害金を付すべしと主張する所以である。原判決の誤りは地価は物価統計にふくまれておらず、従ってこれとは全く関係がないにかかわらず(公知の事実)、物価統計を基礎とした修正率を乗ずることによって妥当な結果を得ることかできるという詭弁に基づいている。もし余談がゆるされるなら、日本の行政は何回も似たような詭弁で同じ様な失敗をしている。かって池田首相と社会党の木村嬉八郎との間に30年代のはじめに、インフレ論争があった。池田首相は当時消費者物価が上っても卸売物価が上がらない以上インフレでないという詭弁を弄していたところ、36年には消費者物価は6%の上昇をみた。同じ様に最近80年代後半において土地価格が暴騰していても、一般物価がおちついているからインフレでないという詭弁が横行し、そのために金融引締の時期を失い、日本経済はバブル崩壊の後遺症に長く苦しむという世界史上類例のない失政となっておわった。インフレ・デフレは貨幣現象、需給バランスは実物経済現象という経済学の初歩的な知識を欠いたと言うより、現状をインフレでないとみとめたくないが故の官僚の詭弁が悲劇を産んだものであった。原判決にも同じ詭弁がある。実物経済面で価格が貨幣数量に追動していることはもちろんであるが、需給関係による一般物価の変動と地価の変動はまったく別のものであって、地価の変動を需給関係の全く異なる物価変動によって補正することはできない。改めて43年の収用法の改正は何をねらったものか、当時の経済情勢はどうであったか、私なりの総括を試みる。
[2] 高度成長の終焉と共に38年には日本経済は供給過剰、需要不足の状態に陥り、現実には40年5月には山一、大井証券の破綻を契機とする金融恐慌に直面した。これを解決する方法は金融面では極端な低金利政策、つまリインフレ政策の推進であったが、実物経済面で需要不足を解消するためには第一に輸入を増やさず、輸出を増加することで、手元の資料では40年の政府見通しでは3億5000万ドルの貿易黒字であったが、現実には14億6900ドルの黒字となった。しかも輸出の増加は長期構造的なものと意識され、当然外為の払超による通貨供給増も亦長期構造的なものと意識されていた。第二の方策は列島改造論(ただし田中角栄が日本列島改造論を世に問うたのは昭和47年)に代表されるような公共投資による追加需要の創出であった。公共投資の目的は本来インフラストラクチャーの整備にあるが、現実には需要創出が主目的であったから、必ずしも有効適切な事業ばかりではなく、有害無益な事業も敢えて着手するという例もすくなくはなかったのが現実であったことは留意されてしかるべきである。ところで一般の商品については日本経済はすでに需要不足の状態にあり、当然絶えず価格低下圧力とたたかはねばならず、貨幣の増加、つまりインフレにより、之を防止しているに過ぎない状態にあったが、土地については農地法、借地借家法、譲渡所得に対する高率課税等の供給制限政策と、土地使用に対する低率課税が、折からの高度成長に伴う土地需要の増加とあいまって、土地は最高の価値保蔵手段となり、実需を越えた需要、価格騰貴が一時の行き過ぎにとどまらない長期のトレンドとして確立され、いわゆる土地神話を産むにいたり、神話は平成2年まで続いた。この様な時期においては当然根強い売り惜しみを生じ、売買を強制されること自体が土地所有者にとっては不利な事態であり、インフレと土地収用における正義とは両立しない。
[3] 昭和42年法律第73号による収用法の改正の目的は何であったか。公共投資による土地需要の増加に対して、価格騰貴とこれに基づく売り惜しみによる土地取得の困難をできるだけ軽減することに官僚のねらいがあったというのが私の見方である。それは列島改造の露払(但し田中角栄が列島改造論を世に問うだのは47年)と言えないだろうか。その重要なポイントは一つは従来土地所有者と共同作成とされた調書を起業者に委ねたことで、それが惹起した紛争が正に本件で、その違憲性については第三点としてのべる。他は資産インフレの利益を土地所有者から、起業者に奪い取ることにあり、そのための詭弁が物価による価格修正の制度であった。かくて世界に類例のない71条の条項がうまれた。1年の手続のおくれが、2割の損失として土地所有者に跳ね返ってくる制度が、どうして「正当な補償」なのか。それは明白に憲法の財産権の保証に反する――同旨生天目健蔵土地収用の手続18頁――いわく「修正率をかけ多少とも価格の不当を解消しようとするならば、どうして採決時の価格で補償しようとしないのか。この収用法71条72条の改正は全く戦前の官僚独善国家神権説の復活と考える他ない」。80年代後半の大インフレを一般物価がおちついているからインフレでないという詭弁がもたらした大失敗の苦悩を現在毎日目撃しながら、原判決は尚当時の経済官僚と同じ詭弁を弄しているので、裁判官は問題の所在すら理解していないと思はざるを得ない。もし事業認定時に価格を固定し、採決時に修正を行なうなら、実物経済面で需要不足に喘いでいる物価統計ではなく、金融現象であるマネーサプライの変動率によるべきである。甲68号証によればM2の増加率は43年から44年にかけて18.18%で、前記市街地の騰貴率19.8%に近似する。それでも「正当な補償」とは言えない。なぜならば土地所有者の予想と意志に反して強制的に土地を奪取するのであるから、ある程度の期間の予想インフレ率で修正した価格でなければ、「近傍類地において同等の代替地を取得し得る金額」にはならないからである。ところが逆にインフレによる利益を71条の様な形で地主から剥奪することは、インフレによる不正を地主の一方的な負担おいて解決することであるから、立法政策の限界を越えている。それは最高裁判所の「正当な補償」に反するのみならず、当時の資産インフレ進行の現実にかんがみれば、土地所有者は事実上早期に採決容認を強要される結果となり、憲法29条3項と32条裁判をうける権利を侵害される。ところが原判決は法46条の2・4や、90条の3を引用して弁解するが、私はこれらを裁判による正当な救済をうける権利を妨げるものと理解しているので、千倍の差が等価だという裁判所の判断と常識の落差に驚かざるを得ない。この点について裁判所のマクロ経済に関する識見を期待する。論者あるいは開発利益を土地所有者にあたえないためというが、変電所のような施設はその場所を場末と確定してしまうことであるから、開発利益などありえないし(事実乙16号証をみれば逆にそこが場末と確定したからもってきたことがわかる)、かりにありとすれば、それは事業認定までに実現してしまうので、事業認定時に価格固定する理由はない。この点についての判断はすべて実証のない空論にすぎず、証拠による裁判の名に価しない。

(上告理由書〔総論部分〕第一点以外の部分は省賂)

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