メイプルソープ写真集事件
上告審判決

輸入禁制品該当通知取消等請求事件
最高裁判所 平成15年(行ツ)第157号、同年(行ヒ)第164号
平成20年2月19日 第三小法廷 判決

上告人 (被控訴人 原告) 浅井隆
          代理人 山下幸夫

被上告人(控訴人  被告) 国
         同代表者 法務大臣
被上告人(控訴人  被告) 東京税関成田税関支署長
          代理人 貝阿彌誠 ほか

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官堀籠幸男の反対意見


1 原判決のうち,被上告人東京税関成田税関支署長に対する請求に関する部分を破棄し,同部分につき同被上告人の控訴を棄却する。
2 上告人の被上告人国に対する上告を棄却する。
3 第1項に関する訴訟の総費用は被上告人東京税関成田税関支署長の負担とし,前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

[1] 本件は,上告人が渡航先からの帰国の際に携行していた写真集について,被上告人東京税関成田税関支署長(以下「被上告人税関支署長」という。)から関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの。以下,特に断らない限り同じ。)21条1項4号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知(以下「本件通知処分」という。)を受けたのに対し,同号の規定は憲法21条等に違反して無効であること,上記写真集は風俗を害すべき物品に当たらないこと等から,本件通知処分は違法であるとして,被上告人税関支署長に対しその取消しを求めるとともに,被上告人国に対し国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の支払を求めている事案である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

[3](1) 上告人が取締役を務める有限会社アップリンク(以下「アップリンク社」という。)は,米国のランダムハウス社との間の契約に基づき,同社が出版した写真集「MAPPLETHORPE」を日本語に翻訳した上で,平成6年11月1日,我が国において出版した。

[4](2)) アップリンク社の出版に係る上記写真集は,米国出身の写真家ロバート・メイプルソープ(以下「メイプルソープ」という。)が撮影した写真を収録したものである。メイプルソープは,1970年代から,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として,米国や我が国の美術評論家から高い評価を得ている。上記写真集は,メイプルソープの初期から後期までの主要な作品を編集したもので,その写真芸術の全体像を概観するものであり,初期のポラロイド写真からポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード,晩年のセルフポートレイトに至るまでの写真を幅広く収録するものである。上記写真集は,縦31.2cm,横30cm,ハードカバーによる装丁で387頁,重量約4kgに及ぶ大型の本であり,その価格は当初1万6800円とされていた。
[5] アップリンク社は,上記写真集について全国紙の朝刊第1面に販売広告を掲載するなどの販売促進活動を行い,上記写真集に関する紹介文や書評が全国紙や写真専門雑誌に掲載されたこともあって,平成7年1月1日から同12年3月31日までの間にこれを書店販売,通信販売等の方法により合計937冊販売した。

[6](3) 上告人は,平成11年9月21日,商用のため渡航していた米国から我が国に帰国した際,新東京国際空港所在の東京税関成田税関支署旅具検査場において,検査官に対し,我が国を出国した時から携行していた上記写真集1冊(以下「本件写真集」という。)を呈示して,本件写真集は我が国において出版されたものである旨説明した。
[7] 本件写真集に収録されている写真のうち第1審判決別表記載の番号1から20までの写真(番号19及び20の写真はそれぞれ番号7及び2の写真の縮小版である。以下「本件各写真」という。)は,それぞれ同表の該当頁欄記載の各頁(合計19頁)に掲載されており,その内容は,同表の該当内容欄記載のとおりであって,いずれも男性性器を直接的,具体的に写し,これを画面の中央に目立つように配置した白黒(モノクローム)の写真である。

[8](4) 被上告人税関支署長は,平成11年10月12日,上告人に対し,関税定率法21条3項に基づき,本件写真集は,風俗を害すべき物品と認められ,同条1項4号に該当する旨の本件通知処分をした。
[9] 関税定率法21条1項4号に掲げる貨物に関する税関検査が憲法21条2項前段にいう「検閲」に当たらないこと,税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制が同条1項の規定に違反しないこと,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等とは,わいせつな書籍,図画等を指すものと解すべきであり,上記規定が広はん又は不明確のゆえに違憲無効といえないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)とするところであり,我が国において既に頒布され,販売されているわいせつ表現物を税関検査による輸入規制の対象とすることが憲法21条1項の規定に違反するものではないことも,上記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。
[10] 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
[11] 論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
[12] 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求をいずれも棄却した。
[13] 本件各写真は,我が国の一般社会の健全な社会通念に照らして考察すると,いずれもわいせつな図画というべきであり,本件写真集は,本件各写真を掲載し,他の写真や解説の掲載された頁を含めて1冊の書籍として一体となっているものであるから,本件写真集全体が関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍」に該当するものと認められる。メイプルソープの芸術家としての評価や本件写真集の芸術的価値を理由として,上記判断を否定することはできない。
[14] したがって,本件写真集が同号に該当するとしてされた本件通知処分に違法はなく,本件通知処分の違法を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求も理由がない。

[15] しかしながら、原審の上記判断のうち,国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却した部分は結論において是認することができるが,その余の部分については是認することができない。その理由は,次のとおりである。

[16](1) 前記事実関係によれば,本件各写真は,いずれも男性性器を直接的,具体的に写し,これを画面の中央に目立つように配置したものであるというのであり,当該描写の手法,当該描写が画面全体に占める比重,画面の構成などからして,いずれも性器そのものを強調し,その描写に重きを置くものとみざるを得ないというべきである。しかしながら,前記事実関係によれば,メイプルソープは,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として美術評論家から高い評価を得ていたというのであり,本件写真集は,写真芸術ないし現代美術に高い関心を有する者による購読,鑑賞を想定して,上記のような写真芸術家の主要な作品を1冊の本に収録し,その写真芸術の全体像を概観するという芸術的観点から編集し,構成したものである点に意義を有するものと認められ,本件各写真もそのような観点からその主要な作品と位置付けられた上でこれに収録されたものとみることができる。また,前記事実関係によれば,本件写真集は,ポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード等の写真を幅広く収録するものであり,全体で384頁に及ぶ本件写真集のうち本件各写真(そのうち2点は他の写真の縮小版である。)が掲載されているのは19頁にすぎないというのであるから,本件写真集全体に対して本件各写真の占める比重は相当に低いものというべきであり,しかも,本件各写真は,白黒(モノクローム)の写真であり,性交等の状況を直接的に表現したものでもない。以上のような本件写真集における芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在,本件各写真の本件写真集全体に占める比重,その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたときには,本件写真集が主として見る者の好色的興味に訴えるものと認めることは困難といわざるを得ない。
[17] これらの諸点を総合すれば,本件写真集は,本件通知処分当時における一般社会の健全な社会通念に照らして,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するものとは認められないというべきである。
[18] なお,最高裁平成8年(行ツ)第26号同11年2月23日第三小法廷判決・裁判集民事191号313頁は,本件各写真のうち5点と同一の写真を掲載した写真集(メイプルソープの回顧展における展示作品を収録したカタログ)につき,平成6年法律第118号による改正前の関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するとしているが,上記の事案は,本件写真集とは構成等を異にするカタログを対象とするものであり,対象となる処分がされた時点も異なるのであって,本件写真集についての上記判断は,上記第三小法廷判決に抵触するものではないというべきである。
[19] したがって,上記と異なり,本件写真集が関税定率法21条1項4号所定の輸入禁制品に該当するとしてされた本件通知処分は,取消しを免れないというべきである。

[20](2) もっとも,本件各写真の内容が前記認定のとおりであること,本件各写真の一部と同一の写真を掲載した写真集につき前記第三小法廷判決が上記のとおり判断していること等にかんがみれば,被上告人税関支署長において,本件写真集が本件通知処分当時の社会通念に照らして「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当すると判断したことにも相応の理由がないとまではいい難く,本件通知処分をしたことが職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということはできないから,本件通知処分をしたことは,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。

[21] 以上によれば,本件通知処分の取消請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由がある。しかし,本件通知処分の違法を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却した原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
[22] 以上説示したところによれば,原判決のうち被上告人税関支署長に対する請求に関する部分は破棄を免れず,上告人の上記請求を認容した第1審判決は結論において正当であるから,同被上告人の控訴を棄却すべきであるが,上告人の被上告人国に対する上告は棄却すべきである。

[23] よって,判示第3についての裁判官堀籠幸男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


 判示第3についての裁判官堀籠幸男の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件写真集は関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍」に当たると考えるので,本件上告は棄却すべきものと考える。私は,上告理由に対する判断部分については,全面的に賛成するものであるが,上告受理申立て理由に対する判断部分については,本件通知処分が国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないとの結論部分を除き,賛成することができない。その理由は,次のとおりである。

[2]1(1) 関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等とは,多数意見が引用する昭和59年12月12日大法廷判決によれば,わいせつな書籍,図画等を指すものと解されており,また,「わいせつ」とは,「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」をいうとするのが確立した判例である。

[3](2) これを本件について見ると,原判決は,第1審判決別表1ないし20記載の写真については,「これらの写真は,いずれも男性性器を露骨に,直接的,具体的に写したもので,男性性器を画面の中央に目立つように配置して画面が構成されており,ことさらに男性性器そのものを強調して表現されており,いずれも,主として観る者の好色的興味に訴える効果を有するものと認めるほかなく」と認定しているところである。

[4](3) ある物がわいせつであるかどうかの判断は,社会通念の変化により変化するものであることは認めなければならないが,写真がわいせつであるかどうかについては,少なくとも,男女を問わず,性器が露骨に,直接的に,具体的に画面の中央に大きく配置されている場合には,その写真がわいせつ物に当たることは,刑事裁判実務において確立された運用というべきであり,本件20葉の写真がわいせつ性を有することは,否定することができないと考える。

[5]2(1) 多数意見は,芸術作品とわいせつとの関係について判示した最高裁昭和28年(あ)第1713号同32年3月13日大法廷判決・刑集11巻3号997頁の趣旨に適合するものであるかどうか疑問である。
[6](2) 上記大法廷判決は,わいせつ性の存否の判断の仕方について,
「猥褻性の存否は純客観的に,つまり作品自体からして判断されなければならず,作者の主観的意図によって影響さるべきものではない。」
と判示する。この判示は,作者の主観的意図や作者の社会的地位・評価等は,わいせつ性存否の判断に際し,考慮することは許されない旨を判示したものと解される。
[7] また,上記大法廷判決は,芸術作品とわいせつ性との関係について,
「本書が全体として芸術的,思想的作品であり,その故に英文学界において相当の高い評価を受けていることは上述のごとくである。本書の芸術性はその全部についてばかりでなく,検察官が指摘した12箇所に及ぶ性的描写の部分についても認め得られないではない。しかし芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり,両立し得ないものではない。」
と判示する。この判示は,芸術性とわいせつ性とは両立する概念であるから,ある作品が芸術性があることを理由にそのわいせつ性を否定することは許されないことを意味するといわざるを得ない。

[8](3) ところが,多数意見は,
「メイプルソープは,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として美術評論家から高い評価を得ていたというのであり,本件写真集は,写真芸術ないし現代美術に高い関心を有する者による購読,鑑賞を想定して,上記のような写真芸術家の主要な作品を1冊の本に収録し,その写真芸術の全体像を概観するという芸術的観点から編集し,構成したものである点に意義を有するものと認められ,本件各写真もそのような観点からその主要な作品と位置付けられた上でこれに収録されたものとみることができる。」
と判示しており,多数意見は,この判示部分にかなりの力点を置いて,本件写真集について,わいせつ性がないと判断しているといわざるを得ないのであり,また,本件写真集がわいせつでない理由として,本件写真集に芸術性があることに相当の力点が置かれていることも否定できない。

[9](4) そうすると,多数意見は,本件写真集の芸術性を重く見過ぎたものであり,前記大法廷判決の趣旨を逸脱し,判断の仕方に問題があるといわざるを得ない。

[10]3(1) 多数意見が引用する平成11年2月23日第三小法廷判決は,
「本件写真集には,その描写の画面全体に占める比重,画面の構成などからして,人間の裸体を自然な状態で描写したものではなく,性器そのものを強調し,性器の描写に重きが置かれているとみざるを得ない写真が含まれており,それらが1冊のものとして編てつされているというのであるから,本件写真集は関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当し・・・」
と判示している。

[11](2) この判決は,法律判断として二つのことを判示しているものと解される。
[12] まず,
「性器そのものを強調し,性器の描写に重きが置かれているとみざるを得ない写真が含まれており」
と判示する部分は,性器の描写に重きが置かれたとみざるを得ない写真は,それぞれそれだけでわいせつ物であると判示したものと解される。
[13] 次に,この判決が
「それらが1冊のものとして編てつされているというのであるから,本件写真集は関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当し」
と判示する部分は,わいせつ物に当たる写真が1冊のものとして編てつされた写真集は,写真集全体がわいせつな書籍,図画等に当たることを判示したものと解される。

[14](3) 第1審判決別表番号2,7,18ないし20の5葉の写真は,上記第三小法廷判決により「わいせつ物に当たる」と判断された写真と同一のものである。多数意見は小法廷の判決におけるものであるから,少なくともこの5葉の写真が「わいせつ物に当たる」との原審判断は,否定されていないと解さざるを得ない。そうすると,これら5葉の写真が1冊のものとして編てつされている本件写真集は,わいせつ物に当たるというべきである。本件写真集がわいせつ物でないと判断することは,多数意見引用の上記判決の判断との整合性を保ち得ず,合理的理由もないものといわざるを得ない。

(裁判長裁判官 那須弘平  裁判官 藤田宙靖  裁判官 堀籠幸男  裁判官 田原睦夫  裁判官 近藤崇晴)

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