メイプルソープ写真集事件
控訴審判決

輸入禁制品該当通知取消等請求控訴事件
東京高等裁判所 平成14年(行コ)第59号
平成15年3月27日 第14民事部 判決

口頭弁論終結日 平成14年10月17日

控訴人 (被告)  国
    同代表者  法務大臣
控訴人 (被告)  東京税関成田税関支署長
    代理人   貝阿彌誠 ほか

被控訴人(原告)  浅井隆
    代理人   山下幸夫

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

1 控訴人ら
 主文同旨

2 被控訴人
 本件控訴をいずれも棄却する。
[1] 被控訴人は,被控訴人が取締役を務める会社が出版し,既に我が国において流通していた写真集「MAPPLETHORPE」(以下「本件写真集」という。)を携行して出国し,その後帰国して入国旅具検査を受けた際に本件写真集を呈示したところ,控訴人東京税関成田税関支署長は,平成11年10月12日,本件写真集が関税定率法21条1項4号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をした。本件は,被控訴人が,上記規定は憲法21条に反し無効であり,本件写真集は風俗を害すべき物品に当たらないから,本件通知処分は違憲,違法なものであるとして,控訴人東京税関成田税関支署長に対し,本件通知処分の取消しを求めるとともに,控訴人国に対し,国家賠償法に基づき慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の合計220万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
[2] 原審は,本件写真集が専ら芸術的な書籍として流通し,健全な風俗への影響がないものとの評価が確立していたため我が国において取締りの対象にならなかったものと認めるのが相当であり,これによって我が国の健全な風俗が害されるとは認め難く,関税定率法21条1項4号の物品に該当せず,本件通知処分は違法な処分であって取り消されるべきものであるとし,損害賠償請求については,慰謝料50万円,弁護士費用20万円の合計70万円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容したため,控訴人らがこれを不服として控訴をした。

[3] 関係法令等の定め,前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正し,当審における当事者の主張を次項のとおり付加するほか,原判決事実及び理由の「第2 事案の概要」欄の各項における記載と同一であるから,これを引用する。

[4](1) 原判決4頁20行目の「初期のポラロイド写真から晩年のセルフポートレイト等を」を「初期のポラロイド写真からポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード,晩年のセルフポートレイトまでを幅広く」に改める。

[5](2) 同5頁2行目及び5行目の各「当庁」をいずれも「東京地方裁判所」に,同5頁4行目の「関税定率法21条1項4号の」を「現在の関税定率法21条1項4号に相当する当時の同条1項3号の」に,それぞれ改める。

[6](3) 同6頁1行目の「本件写真集を呈示し,本件写真集は」を「本件写真集の特定の1冊(以下「当該本件写真集」という。)を呈示し,当該本件写真集は」と改め,同頁5行目の「本件写真集」を「当該本件写真集」と改める。

[7](4) 同25頁19行目から20行目にかけて,同26頁17行目,同頁18行目,同頁21行目,同29頁18行目,同31頁19行目の各「本件写真集」を「当該本件写真集」と改める。
ア 税関検査における関税定率法21条1項4号該当性審査の方法について (ア) 税関検査の性格
[8] 税関検査は,検査の主たる目的が関税等の徴収にあり,そのために必要とされる貨物検査であるから,貨物検査そのものの性格上,貨物の外観,性状等の物理的状態に着目した検査となるものであり,貨物自体の物理的状態に着目してその検査事項が判断されているのであって,輸入禁制品が含まれていないかどうかの確認も当該貨物の外観,性状といった即物的な観点だけから判断されるものである。
[9] 最高裁判決は,税関検査が関税徴収手続の付随的手続の中で容易に判定し得るような審査の態様において行われる限りにおいて,合憲であると判示している。この容易に判定し得る審査の態様として,税関検査の実務においては,当該輸入貨物自体の属性に着目して,それがわいせつか否かを判定するという方法が採られている。
[10] したがって,税関長において,当該表現物の流通により現に生じた客観的事態を吟味し,従前の当該表現物の流通により,我が国における健全な風俗が害されたと認められるか否かを審査すべきとするのは,税関検査の即物性という性格を看過し,税関長の審査すべき内容として容易に判定し得る範囲を超えたものを要求する点で,不当である。
(イ) 税関検査の限界
[11] 税関長は,日々大量の輸入貨物に対して迅速に検査を実施しなければならないという要請があるから,この点からしても,税関検査は即物的,外形的な検査とならざるを得ず,それゆえに,関税定率法21条1項各号の輸入禁制品は,すべて即物的,外形的に判断することができるもののみが列挙されている。
[12] 本件写真集が約5年間に900冊以上販売されていたという事実は,本件訴訟における被控訴人の立証によって明らかになった事情にすぎず,これを本件通知処分当時に税関長が知ることは事実上不可能である。同様に,本件写真集に対し,本件通知処分までの間に,いかなる書評がされていたかということを判断するには,膨大な出版物を調査しなければならないのであるから,税関長がこれを把握することも,事実上不可能である。
[13] また,本件写真集の宣伝及び流通形態が公然であったかどうかということについては,いかなる事情をもって「公然」というのか明らかでないばかりか,税関長が税関検査の対象となる出版物の宣伝及び流通形態を正確に把握することは困難である。
[14] 税関長は,本件写真集が全国各都道府県警において取締りの対象となっているか否かを調査する手段を有しておらず,また,近い将来,警察等の取締りの対象となるか否かは捜査の秘密に当たるものであるから,税関長がこれを把握することは不可能である。
[15] このように,税関長にとって調査困難な事項を税関長の行う通知処分の適法要件と解するのは,税関検査の即物性に反するものであって,失当である。

イ 控訴人東京税関成田税関支署長の行為が国賠法上の違法とはいえないことについて
(ア) 控訴人東京税関成田税関支署長の行為が違法でないこと
[16] 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである(最高裁昭和60年11月21日第1小法廷判決民集39巻7号1512頁)。
[17] 税関検査における関税定率法21条1項4号該当性審査の方法は,関税徴収手続の一環として,これに付随して行われるものであり,このような付随的手続の中で容易に判定し得る限りにおいて審査するものであって,あくまでも当該貨物の外観,性状といった即物的な観点からのみ行われるものである。
[18] したがって,税関長は,個別の国民に対する関係においては,関税定率法21条1項4号該当性の審査に当たり,付随的手続の中で容易に判定し得る限りにおいて当該表現物が「風俗を害すべき」か否かを適正に審査すべき職務上の注意義務を負っているものと解すべきである。
[19] 控訴人東京税関成田税関支署長は,容易に判定し得る限りにおいて,当該本件写真集の外観,性状といった即物的な観点から,当該本件写真集が関税定率法21条1項4号に該当すると判断したのであって,何ら職務上の注意義務に反するものではない。
[20] 付随的手続の中で容易に判定し得る範囲を超えて,非常に広範な調査義務を措定することは,税関検査の性格を考慮しない,極めて不当なものである。
(イ) 控訴人東京税関成田税関支署長に過失がないこと
[21] 関税定率法21条1項4号の要件に該当するか否かは,本件写真集がわいせつであるか否かを判断すれば足りるのであって,我が国での流通によって健全な風俗がいかなる影響を受けており,また,それが持ち帰られることによって従前の状態にいかなる変化が生ずるかを総合的に考慮する必要はない。
[22] 別事件判決は,当該写真集と同一内容のものが書店で陳列・販売され,あるいは,わいせつ性があるとされる写真の一部が他の書籍等に掲載されて流布していることは,それがわいせつでない表現物であることを意味するものではないとした上で,本件写真集と同一の写真を収録した写真集をわいせつであると判断しているところ,控訴人東京税関成田税関支署長は,上記各判決の内容を認識し,本件通知処分を行っているのである。
[23] そして,表現物がわいせつであるか否かの最終的な判断は,裁判所の判決によらざるを得ないところ,本件写真集に収録された写真の一部(原判決別表番号2,7,18ないし20)と同一の写真を収録した写真集をわいせつであると判断した別事件判決が存在しているのであるから,それを基に本件写真集をわいせつであると判断した控訴人東京税関成田税関支署長には,何ら過失があったということはできない。
[24] 我が国において出版され流通していた表現物を日本国外に持ち出し,再度我が国に輸入しようとした場合における通知処分の適法性が裁判上争われた事例は,これまで存在しておらず,そのような場合の法解釈について,原判決のような考え方を示した学説や裁判例は過去になかったのであるから,本件のような場合にも,最高裁昭和59年12月12日大法廷判決及び最高裁平成11年2月23日第3小法廷判決がそのまま妥当すると考えた控訴人東京税関成田税関支署長の判断には,合理性がある。
[25] そして,法令の解釈に関し学説・判例等の見解が分かれ,そのいずれにも一応の論拠が認められる場合に,公務員が一方の解釈を採ったときは,それが結果的に違法であっても,公務員に国家賠償法1条1項の過失があるとはいえない(最高裁昭和46年6月24日第1小法廷判決民集25巻4号574頁、最高裁昭和49年12月12日第1小法廷判決民集28巻10号2028頁)とされていることからすると,本件における控訴人東京税関成田税関支署長の判断に過失がないことは明白である。
ア 国内出版物の持ち込みに関する税関検査の権限の有無について
[26](ア) 税関検査は「輸入」されたものであることが前提であり,輸入禁制品該当通知の対象となりうる表現物は,国外で頒布,販売された表現物を当然の前提としている。
[27](イ)既に我が国で頒布,販売されている表現物を一旦国外に持ち出した上で国内に持ち込むような場合に,税関検査の対象として輸入禁制品か否かを審査することは,税関検査の目的を逸脱している。税関検査の目的は,わいせつ表現物の流入,伝播により我が国内における健全な性的風俗が害されるのを防止するために,わいせつ表現物が国外から流入することを阻止することにあると考えられる。ところが,既に国内において平穏に頒布,販売されていた表現物であれば,それが一旦持ち出されて改めて我が国に持ち込まれたとしても,それによって,新たに我が国内の健全な性的風俗が害されるおそれは全くない。
[28] しかも,国内において頒布,販売された際において,健全な性的風俗が害されるおそれがあったのであれば,既に国内において,わいせつ物頒布罪等によって対処されているはずであり,そのような対処がされていないということは,その表現物が我が国の健全な性的風俗を害するものではないと認知されて流通に置かれていたことを意味するのである。
[29] したがって,国内において既に頒布,販売された表現物については,それが一旦国外に持ち出された後に再び我が国に持ち込まれたとしても,それは上記の理由から税関検査の目的を超えるものである。
[30] そして,税関検査の結果,関税定率法21条3項に基づき,書籍,図画等のある貨物が4号物品に該当する旨の通知がされた場合には,当該貨物を輸入することができなくなり,その結果,当該貨物に含まれる思想内容等が我が国において表現,伝達される機会が失われることとなる事態が発生するという意味において,思想等の表現を事前に規制し憲法21条1項の表現の自由を制約するという側面を有するから,上記のように税関検査の目的を超える検査については,合憲限定解釈として,税関検査の対象とされるべき物品には該当しないと解すべきであり,また,税関長はそれを審査する権限を有しないと解すべきである。
[31](ウ) 前記(イ)の見解に対しては,税関検査の際に,それが我が国において既に頒布,販売している物品か否かを審査することは困難であり,単なる所持目的の場合について,「いかなる目的で輸入されるかはたやすく識別され難い」などとして,「単なる所持目的かどうかを区別することなく,その流入を一般的に,いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない」とする最高裁大法廷判決と対比すると,税関検査においては,我が国で頒布,販売しているか否かを問わず,一律に税関検査の対象となるという反論が考えられる。
[32] しかしながら,その表現物が国内で出版されたものか否かは客観的事実ないし事態であり,「所持目的」か否かといった内心の主観的事情とは質的に異なっている。
[33] したがって,それは税関長において十分に調査し判断することは可能であるから,それを調査の上で税関検査の対象か否かを判断することは可能であるし,そうすべきである。
[34] また,少なくとも,税関長において,税関でのその物品の所持者とのやりとりや,その物品の外形等(奥付の記載や出版コードの記載)などを総合的に判断して,その物品が国内で頒布,販売されたことが明らかである場合には,国内出版物か否かの判断が困難という事情はないのであるから,その場合には税関検査の対象にはならないと解すべきである。
[35](エ) 被控訴人は,平成11年9月21日に,税関で,当該本件写真集を呈示した際に,「この本は,日本から持ち出したもので日本の書籍です。」,「私は出版社を経営しており,この写真集は私の出版社で出版したものです。海外には私の出版社の見本として日本から持ち出したもので,それをそのまま今回の旅は携行しており持ち帰ったものです。」,「どこに問題があるでしょうか。今も日本国内で販売している書籍ですが,中を見てもらえば分かるとおり,日本語の解説がついていて,本の最後の奥付には私の出版社で出版したことが明記してありますが,発行人として私の名前もちゃんと記してあります。」等と何度も繰り返して,日本で出版された写真集であることを説明し,しかも,その写真集の本文や奥付などを見れば日本国内で出版されたものであることは十分に窺えるから,これらを総合すれば,当該本件写真集は国内出版物であることは明らかである。
[36] したがって,前記(イ)及び(ウ)で述べたとおり,当該本件写真集は税関検査の対象とならないと解すべきであり,そうであるにもかかわらず,税関長によってなされた本件通知処分は,違憲・違法といわなければならない。

イ 控訴人東京税関成田税関支署長の行為について
(ア) 控訴人東京税関成田税関支署長の行為が違法であることについて
[37] 控訴人らは,付随的手続の中で容易に判定し得る範囲を超えて非常に広範な調査義務を措定することは,税関検査を考慮しない不当なものであると主張するが,本件写真集のような場合には,従前の我が国での通常の流通の事実により,我が国における健全な風俗を害していなかったと推定すべきであり,税関長としては,対象となる表現物が国内で流通していたかどうかだけを調査すれば,その推定を覆すような事実が調査できない場合には関税定率法21条1項4号に該当しないと判断すれば足りるのである。
[38] しかるに,控訴人らの主張によれば,広い調査義務を課すべきでないとしたら,我が国における健全な風俗を害するか否かについて判断することなく,関税定率法21条1項4号に該当すると判断すべきだと主張しているように思われる。しかしながら,そうなると,税関長は,ほとんど何の調査もしないで容易に関税定率法21条1項4号に該当する旨を判断して良いことになり,まさに表現の事前抑制となり,国民の表現の自由を侵害するおそれが強い。
(イ) 控訴人東京税関成田税関支署長に過失があること
[39] 控訴人らは,本件のような事例はこれまで存在しておらず,そのような場合の法解釈について,昭和59年大法廷判決及び最高裁平成11年判決がそのまま妥当すると考えた控訴人東京税関成田税関支署長の判断には,合理性があり,過失がないとも主張しているが,上記最高裁判決の場合とは事案が異なるのであるから,それがそのまま妥当すると考えたこと自体に過失があるといえるし,公務員である控訴人東京税関成田税関支署長の行為が,国民の表現の自由を侵害するような重大な違法性があると判断される場合なのであるから,過失がないとして免責すべきではない。税関長において責任ある判断ができない場合には,通知処分をすべきではないのであって,通知処分をした以上,その判断に違法性がある場合には,その判断には過失があると評価されるべきである。
[40] 当裁判所も,本件通知処分の根拠法規である関税定率法21条1項4号及び同条3項の規定は,憲法21条に反するものではないと判断する。その理由は,原判決9頁7行目から10頁11行目までを次のとおり改めるほか,原判決事実及び理由の「第3 争点に対する判断」欄の1項と同旨であるから,これを引用する。
(3) 輸入規制の広汎性について
[41] 被控訴人は,4号物品に関する税関検査は,わいせつ表現物に対する輸入規制としては広汎に過ぎる旨主張するので,以下検討する。
[42] 表現の自由は,憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであるが,絶対無制限なものではなく,公共の福祉による制限の下にあることは,いうまでもない。また,性的秩序を守り,最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすものであって,わいせつな文書,図画その他の物を頒布し,販売し,又は公然と陳列し,販売の目的で所持すること(以下「わいせつ文書の頒布等」という。)は公共の福祉に反するものであり,これを処罰の対象とすることは表現の自由に関する憲法21条1項の規定に違反するものではない。そして,わが国内における健全な性的風俗を維持確保する見地からするときは,わいせつ表現物がみだりに国外から流入し,国内で流布することを阻止する目的で,税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制を行うことは,その目的において,公共の福祉に合致するというべきであり,表現の自由に関する憲法の保障も,その限りにおいて制約を受けるものというほかない。
[43] 表現の自由を法律をもって規制するについては,基準が広汎,不明確なために当該規制が本来憲法上許容されるべき表現にまで及ぼされて,表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないように配慮する必要があり,事前規制的なものについては特にそうであるというべきである(前掲最高裁昭和59年12月12日大法廷判決参照)。
[44] このような見地から,前記(2)のとおり,関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍,図画」等をわいせつな書籍,図画等のみを指すものと限定的に解釈するのであれば,規制の対象は明確に画されているということができ,表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれはないものということができる。
[45] したがって,4号物品に関する税関検査がわいせつ表現物に対する輸入規制として広汎に過ぎるということはできず,被控訴人の主張は理由がない。」
[46] 当裁判所も,関税定率法21条1項4号の規定は憲法14条1項に違反するとはいえないと判断する。その理由は,原判決事実及び理由の「第3 争点に対する判断」欄の2項と同旨であるから,これを引用する。
[47](1) 被控訴人は,税関検査の対象となる出版物は,外国で頒布,販売されたもののみであって,我が国で頒布,販売されていた出版物で一旦外国に持ち出された後に改めて我が国に持ち込まれるものは含まれないと主張する。

[48](2) そこで,関税法及び関税定率法の定めについて検討すると,先にみた関係法令等の定めのとおり,貨物を輸入しようとする者は,当該貨物について必要な税関検査を受け,その許可を得なければならないところ(関税法67条)「輸入」とは,「外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては,保税地域を経て本邦に)引き取ること」をいうものとされ(関税法2条1項1号),「外国貨物」とは,「輸出の許可を受けた貨物及び外国から本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの」(同項3号)とされているのであるから,税関検査が必要か否かは,結局,当該貨物の生産地が外国であるか我が国であるかとは無関係に,当該貨物が外国から我が国に到着した貨物であるか否かによるのであり,我が国で生産されたからといって税関検査の対象にならないとはいえないというべきである。このことは,関税定率法14条が「本邦から輸出された貨物で,その輸出の許可の際の性質及び形状が変わっていないもの」を本邦に引き取ることが「輸入」に該当することを前提として関税を免除する旨規定していることからも明らかである。また,関税定率法21条1項が定める輸入禁制品には,風俗を害すべき書籍,図画等のほか,麻薬及び向精神薬等の規制薬物(同項1号),けん銃等の銃器類(同項2号),偽造貨幣等(同項3号)及び特許権等を侵害する物品(同項5号)が含まれており,これらはいずれも我が国で生産されたからといって,それらが一旦外国に持ち出された後に再度我が国に持ち込まれた場合にその流入を阻止することができないとすると極めて不当な結果となることからも裏付けられる。
[49] 被控訴人は,既に我が国において頒布,販売されている表現物であれば,それがいったん外国に持ち出され改めて我が国に持ち込まれたとしても,それによって新たに我が国の健全な性的風俗が害されるおそれはなく,我が国において頒布,販売された際,健全な性的風俗が害されるおそれがあったのであれば,既に我が国においてわいせつ物頒布罪等の適用等によって対処されているはずであり,そのような対処がされていないということは,その表現物が我が国の健全な性的風俗を害するものではないと認知されて流通に置かれていたことを意味する旨主張する。
[50] しかし,既に我が国において頒布,販売されているわいせつ表現物であっても,それがいったん外国に持ち出され改めて我が国に持ち込まれることによって,我が国の健全な性的風俗が害されるおそれが高まることは明らかであり,捜査機関の捜査能力には限界があることを考慮すれば,それまでわいせつ物頒布罪等の適用等によって対処されていないからといって,今後ともそのような対処がされることがないということはできない。
[51] したがって,我が国において既に頒布,販売されたわいせつ表現物については,それがいったん外国に持ち出された後に我が国に持ち込まれたとしても,これを税関検査の対象として輸入禁制品に該当するか否かを審査することは,税関検査の目的を逸脱するものではない。
[52](1) 関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等とは,わいせつな書籍,図画等をいうものと解されるところ,わいせつとは,いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと解される。
[53] そして,写真は,視覚を通じて観る者に直接訴えることに特徴のある表現物であるが,そのわいせつ性を判断するに当たっては,性に関する描写の内容が露骨で直接的,具体的であるか否か,その描写が画面全体に占める比重,画面の構成,芸術性,思想性による性的刺激の緩和の程度,その写真を全体としてみたときに,主として観る者の好色的興味に訴えるものと客観的に認められるか否かなどの諸点を総合し,一般社会の健全な社会通念に照らして,いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するものといえるか否かを判断すべきものである。

[54](2) 甲第26号証によれば,当該本件写真集に掲載されている写真のうち,原判決別表記載の番号1から20までのものの内容は同表の該当内容欄記載のとおりであることが認められる。これらの写真は,いずれも男性性器を露骨に,直接的,具体的に写したもので,男性性器を画面の中央に目立つように配置して画面が構成されており,ことさらに男性性器そのものを強調して表現されており,いずれも,主として観る者の好色的興味に訴える効果を有するものと認めるほかなく,現在のわが国の一般社会の健全な社会通念に照らして考察すると,いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものであり,わいせつな図画というべきである。当該本件写真集は,上記番号1から20までの写真を同表の該当頁欄記載の頁に掲載し,他の写真や解説の掲載された頁を含め1冊の書籍として一体となっているのであるから,当該本件写真集全体が,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍」に該当するものと認められる。

[55](3) 被控訴人は,関税定率法21条1項4号所定の「風俗を害すべき」とは,わいせつ物を指すものと限定解釈できるとしても,そのわいせつ性の判断基準とすべき社会通念は時代の変遷によって変容するものである。現在,我が国では,性器や陰毛を表現した多数の写真,雑誌等が公然と展示,頒布,販売され,インターネットの急速な普及により,外国における性器や陰毛等が露出した画像を誰でも容易に閲覧できるようになっており,普通人は性器や陰毛が表現されている写真等に接することに特段の抵抗感を感じなくなりつつある。こうした現状の下においては,わいせつの定義自体も大きな変貌を遂げている。我が国の現在における社会通念に照らせば,当該本件写真集は,わいせつなものとはいえない旨主張する。
[56] 現在,ヘア・ヌードと称される女性の陰毛を隠さないままで撮影された写真が掲載された雑誌,書籍が公然と販売されているが,性器そのものを露骨に撮影したものではない。また,インターネットの利用により,性器や性戯を露骨に撮影した画像を提供するわが国の内外のサイトにアクセスすることができるというけれども,そのような写真による直接的な性器や性戯の表現が,現在,一般社会において,自らはそれに接することは積極的に望まないまでも,多彩な表現のありかたの1つとしてであれ,あるいは多様な趣味嗜好を満足させるものとしてであれ,ともあれ社会に流布することを容認すべきものとして受容されているとは認められない。前記(2)に認定した原判決別表記載の番号1から20までの写真の描写の内容は,我が国の現在の社会通念に照らしても,わいせつなものというべきである。
[57] また,被控訴人は,本件通知処分は,本件写真集の中の写真を個別的に判断し,わいせつな部分があるため,本件写真集全体をわいせつであると判断するものであるが,文書の部分的な判断からこれをわいせつと決めつけることは,当該文書の有する社会的価値を評価することなく圧殺することになるから許されないというべきであり、わいせつ性の判断は,当該文書が全体として有する芸術その他の憲法上保障される社会的価値を考慮して行われなければならないと主張する。そして,メイプルソープは,現代美術の第一人者として高い評価を得て活躍した写真家で,その作品は高い芸術性を有し,殊に,本件写真集は,同人の初期から後期までの写真を縦覧したもので,同人の写真芸術の全体像を概観するための貴重な資料であって,全体として芸術的価値を有するから,関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍」には当たらないと解すべきであると主張する。
[58] しかし,甲第26号証によれば,前記(2)に認定した原判決別表記載の番号1から20までの写真を始め当該本件写真集に掲載された写真は,それぞれが独立した作品であると認められ,個々の写真毎にわいせつ性を判断することができるものである。当該本件写真集は,上記番号1から20までの写真の掲載された頁と,他の写真や解説の掲載された頁とが1冊の書籍として一体となっていて,上記番号1から20までの写真の掲載された頁とその他の頁を分離できないことから,全体としての当該本件写真集が,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍」に該当するものと認められるのである。
[59] 甲第7号証から甲第14号証,甲第26号証によれば,メイプルソープは,1946年に生まれ1989年に死亡したアメリカ出身の写真家であり,1970年代から,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとし,ゲイのサド・マゾ儀式,女性ボディビルダーの肉体,黒人男性のヌード,ポートレイトを題材とする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として,米国や我が国の美術評論家から高い評価を得ているが,他方では,米国において,その巡回作品展の会場として予定されたギャラリーの側からキャンセルされたり,国会議員からポルノグラフィーであると非難されたり,展覧会場となった美術館の館長がわいせつ幇助,チャイルド・ポルノ展示の疑いで起訴されるなど評価の分かれる面もあること,本件写真集は,同人の初期から後期までの主要な作品を編集したもので,メイプルソープの写真芸術の全体像を概観するものであること,が認められる。しかし,作品の持つ芸術性,思想性が,その作品の性的描写による性的刺激を減少,緩和することによってその作品のわいせつ性を否定することができない限り,その作品の有する芸術性や思想性は,その作品をわいせつと判断することを妨げるものではない。当該本件写真集に掲載されている,原判決別表記載の番号1から20までの写真は,前記(2)に認定判断したとおり,いずれも,主として観る者の好色的興味に訴える効果を有するものであり,いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものであり,わいせつな図画というべきであり,メイプルソープの芸術家としての評価や,本件写真集が芸術的価値を有することを理由に,わいせつ性を否定することはできない。
[60] なお,前記前提となる事実のとおり,本件写真集の原書は世界有数の出版社から刊行されたものであるところ,本件写真集は,平成6年11月1日に出版されてから本件通知処分がされた平成11年10月までの間の約5年間にわたって,900冊以上販売されているが,その間,全国紙や写真専門誌において芸術的観点からの紹介や批評がされており,その宣伝及び流通の形態は一般の健全な芸術的書籍と同様の形態で公然と行われ,国立国会図書館のような公的機関においても一般の閲覧に供されていたにもかかわらず,被控訴人が本件写真集の販売行為に関して刑法175条のわいせつ物頒布罪等に処せられたことはなく,本件通知処分後も被控訴人が警察から警告を受けたものの,過去の販売行為については何らの刑事手続も執られていないことが認められるが,前記認定の当該本件写真集に掲載されている,原判決別表記載の番号1から20までの写真の内容に照らせば,これらの事情によって当該本件写真集が風俗を害する書籍であることが左右されるものではなく,これが,専ら芸術的な書籍として流通し,健全な風俗への影響がないものとの評価が確立していたために取締りの対象とならなかったものということはできない。
[61] 被控訴人は,当該本件写真集のように,わいせつ図画とは容易に判定できない場合には,関税定率法21条3項の規定による通知の対象とすることなく通関を認めるべきであると主張する。しかし,原判決別表記載の写真がわいせつな書籍,図画等に該当するか否かの判定が容易でないということはできない(なお,同表番号2,7,18,19,20の写真については,別事件で風俗を害すべき物品に当たるとした東京高等裁判所の判断が最高裁判所において正当として是認されている。)から,被控訴人の主張はその前提を欠き,採用できない。
[62] 以上の次第であるから,本件通知処分には,違憲,違法の事由は認められず,その取消し及び国家賠償法1条に基づく損害賠償を求める被控訴人の請求は,いずれも理由がないので,原判決中,被控訴人の請求を認容した部分は失当であるから,被控訴人の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 西田美昭  裁判官 森高重久  裁判官 大段亨

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