メイプルソープ写真集事件
第一審判決

輸入禁制品該当通知取消等請求事件
東京地方裁判所 平成12年(行ウ)第233号
平成14年1月29日 民事第3部 判決

口頭弁論終結日 平成13年11月26日

原告  浅井隆
代理人 山下幸夫

被告  国
被告  東京税関成田税関支署長
代理人 貝阿彌誠 ほか

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由

■ 別紙 争点に関する当事者の主張


1 被告東京税関成田税関支署長が原告に対し平成11年10月12日付けでした書籍『MAPPLETHORPE』が輸入禁制品に該当する旨の通知処分を取り消す。
2 被告国は、原告に対し、70万円及びこれに対する平成11年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、被告らの負担とする。
5 この判決は第2項に限り仮に執行することができる。ただし、被告国が50万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

1 主文第1項同旨
2 被告国は、原告に対し、220万円及びこれに対する平成11年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は、被告東京税関成田税関支署長が、平成11年10月12日、原告が携行していた写真集『MAPPLETHORPE』(以下「本件写真集」という。)について、関税定率法21条1項4号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をしたことに関し、上記規定は憲法21条に反し無効であり、本件写真集は風俗を害すべき物品に当たらないから、本件通知処分は違憲、違法なものであるとして、被告東京税関成田税関支署長に対し、本件通知処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法に基づき慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の合計220万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
[2](1) 関税法(平成12年法律26号による改正前のもの。以下同じ。)は、関税の確定、納付、徴収及び還付並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るために必要な事項について定めており(関税法1条)、関税定率法は、関税の税率、関税を課する場合における課税標準及び関税の減免その他関税制度について定めるものである(関税定率法1条)。

[3](2) 関税法及び関税定率法において、「輸入」とは、外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ることをいう(関税法2条1項1号、関税定率法2条)。関税法上の「外国貨物」とは、輸出の許可を受けた貨物及び外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)で輸入が許可される前のものをいう(関税法2条1項3号)。

[4](3)ア 貨物を輸入しようとする者は、当該貨物の品名並びに数量及び価格(輸入貨物については、課税標準となるべき数量及び価格)その他必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査を経て、その許可を受けなければならない(関税法67条)。この輸入通関手続は、輸入申告書を税関長に提出してしなければならないが(関税法施行令59条1項本文)、輸入しようとする貨物が旅客又は乗組員の携帯品であるときは、口頭で申告させることができる(同項ただし書、58条ただし書)。旅客から口頭による輸入申告を受けた税関職員は、当該携帯品が申告されたとおりの品名、数量、課税標準等であるかどうか、関税関係法令以外の法令(以下「他法令」という。)により輸入の許可、承認、検査又は条件の具備等が必要とされている貨物である場合、それらの必要事項の証明等がされているかどうか(関税法70条)、原産地を偽った表示等がされていないかどうか(同法71条)、関税等の納付がされているかどうか(同法72条)、輸入禁制品に該当しないかどうか(関税定率法21条1項)を確認するために必要な検査(以下「税関検査」という。)を行う(関税法67条)。
[5] 税関長は、税関検査の結果、輸入されようとする貨物のうちに、関税定率法21条1項4号に掲げる輸入禁制品(以下「4号物品」という。)に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物があるときは、当該貨物を輸入しようとする者に対し、その旨を通知しなければならない(同条3項)。
[6] 上記通知がされた場合には、当該4号物品についての通関手続は進行せず、輸入申告者は、これを適法に保税地域から引き取ることができなくなり(関税法73条1項、2項、109条2項)、その後は、輸入申告者の自主的判断に基づいて、所有権の放棄、積戻し、当該物品中の公安又は風俗を害すると指摘された箇所の削除等により処理することが予定されている。

[7](4) 関税定率法21条3項の税関長の通知に対し不服がある場合には、当該貨物を輸入しようとする者は、税関長に対する異議申立て(関税法89条1項)、大蔵大臣に対する審査請求(行政不服審査法5条、関税法91条、92条)を経て、行政事件訴訟法に基づき通知の取消しの訴えを提起することができる(関税法93条)。
[8](1) 原告は、有限会社アップリンク(以下「アップリンク社」という。)の取締役である(弁論の全趣旨)。アップリンク社は、先に米国のランダムハウス社が出版した本件写真集につき、同社との間で出版契約を締結し翻訳した上、平成6年11月1日、これを我が国において出版した(甲26、28)。

[9](2) 本件写真集は、アメリカ合衆国出身の写真家ロバート・メイプルソープが撮影した初期のポラロイド写真から晩年のセルフポートレイト等を収録したものであり、その形状は、縦31.2センチメートル、横30センチメートル、ハードカバー製384頁、重量約4キログラムの大型本であって、奥付には「発行日:1994年11月1日 日本版編集:A 発行者:A 発行:アップリンク」と記載され、価格は当初1万6800円とされていた。なお、本件写真集に掲載された写真のうち、別表番号2、7、18ないし20の各写真については、同一の写真を収録した写真集を輸入しようとした際に関税定率法21条3項の通知処分を受けた者が同通知処分が違憲、違法なものであるとしてその取消しを求めて提起した訴訟(当庁平成5年(行ウ)第143号輸入禁制品該当通知処分取消等請求事件、以下「別事件」という。)において、関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当するか否かが争われ、当庁は、平成6年10月27日、当該写真集は同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当するとして原告の請求を棄却する旨の判決をし、控訴審である東京高等裁判所は、平成7年10月31日、控訴を棄却した。最高裁判所は、平成11年2月23日、上告を棄却した(甲26、28、乙1、2)。
[10] アップリンク社は、本件写真集について朝日新聞朝刊の第一面に販売広告を掲載するなどの販売促進活動を行い、全国紙や写真専門雑誌に紹介文や書評が掲載されたこともあり、平成7年1月1日から平成12年3月31日までの間に都市部の大規模書店を中心とする書店販売や通信販売等の方法により合計937冊を販売した。本件写真集は、国立国会図書館にも納本されているが、現在まで人権の侵害等により閲覧させることが不適当と認められる資料に当たる場合に講じられる閲覧制限の措置(国立国会図書館資料利用規則19条)は講じられていない(甲4、5、6、20ないし24、28、乙4)。
[11] また、この間、本件写真集について警察から取締りを受けたことは全くなく、後記(6)の審査請求手続中の平成12年5月22日に至って、原告が、警視庁から呼出しを受け販売を続ければ取り締まらざるを得ないとの警告を受けたため、それ以降販売を見合わせるとの始末書を提出したが、それまでの販売行為については不問に付されたままである(甲28、弁論の全趣旨)。

[12](3) 原告は、平成11年9月12日、商用のため我が国からアメリカ合衆国に出国した際、自社出版物の見本として本件写真集を携行し、同月21日、我が国に帰国した際、成田空港所在の成田税関支署旅具検査場において、検査官に対し、本件写真集を呈示し、本件写真集は原告が取締役を務めるアップリンク社において出版したものであり、上記のように見本として我が国から携行したものであることを説明した(甲28、29)。

[13](4) 被告東京税関成田税関支署長は、同年10月12日、原告に対し、関税定率法21条3項に基づき、本件写真集は、風俗を害すべき物品と認められ、関税定率法21条1項4号に該当する旨の本件通知処分をした(甲1)。

[14](5) 原告は、平成11年12月6日、東京税関長に対し、本件通知処分の取消しを求めて異議の申立てをした。東京税関長は、平成12年3月2日、同申立てを棄却する旨の決定をした(甲2)。

[15](6) 原告は、平成12年4月2日、大蔵大臣に対し、本件通知処分の取消しを求めて審査請求をした。大蔵大臣は、同年6月28日、審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲3)。
(1) 関税定率法21条1項4号及び同条3項の合憲性(憲法21条1項、2項前段違反の有無)(争点1)
  ア 税関検査の検閲該当性
  イ 「風俗を害すべき」という文言の明確性
  ウ 輸入規制の広汎性
(2) 税関制度と平等原則(争点2)
(3) 我が国で出版され、流通していた表現物が関税定率法21条1項4号に該当するか(争点3)
(4) 本件写真集のわいせつ性の有無(争点4)
(5) 税関長の権限の内容(争点5)
(6) 原告の損害賠償請求権の有無(争点6)
[16] 別紙のとおり
(1) 税関検査の検閲該当性について
[17] 原告は、4号物品に関する税関検査は、憲法21条1項前段で禁止される検閲に該当し違憲である旨主張する。
[18] しかし、憲法が表現の自由につき広くこれを保障する旨の一般的規定を21条1項に置きながら、別に検閲の禁止について特別な規定を設けたのは、戦前の我が国における出版法、新聞紙法等により実質的な検閲が行われていたという歴史的経緯に照らし、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては公共の福祉を理由とする例外を一切許容しない趣旨を明らかにしたものと解すべきである。憲法21条2項前段が禁止する「検閲」とは、表現を何らかの形で事前に抑制するものすべてと解すべきではなく、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを意味すると解するのが相当である(最高裁判所昭和59年12月12日大法廷判決民集38巻12号1308頁)。
[19] これを4号物品に関する税関検査についてみると、検査を実施する主体である税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であって、専ら輸入貨物の課税標準、税額等を確認、決定するという見地から、輸入される貨物全般を対象として、その数量、価格、他法令の規定により必要とされている許可、承認等の有無、原産地表示の正確性等の事項を検査するものであり、ある貨物が4号物品に該当するか否かの検査も、上記の検査手続の過程において、物品の外形、性状などから容易に判定し得る限りにおいて行われるにすぎず、思想内容等それ自体を網羅的一般的に審査し規制することを目的とするものではない。したがって、4号物品に関する税関検査は、憲法21条2項前段において禁止されている「検閲」には当たらないというべきであって(前掲最高裁大法廷判決参照)、原告の主張には理由がない。
[20] もっとも、4号物品に関する税関検査の手続は、前記第2・1・(3)のとおりであり、税関検査の結果、関税定率法21条3項に基づき、書籍、図画等のある貨物が4号物品に該当する旨の通知がされた場合には、当該貨物を適法に輸入することができなくなり、その結果、当該貨物に含まれる思想内容等が我が国において表現、伝達される機会が失われることとなる事態が発生することは避けられないから、税関検査手続は、上記の限りにおいて、思想等の表現を事前に規制する側面を有するものであるということができる。したがって、税関検査に関する規定の解釈及び運用に当たっては、この点に十分留意する必要がある。

(2) 「風俗を害すべき」という文言の明確性について
[21] 原告は、関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき」という文言は、表現の自由を規制する法令の文言としては不明確に過ぎ、同規定は、憲法21条1項に違反する旨主張する。
[22] 確かに、「風俗」という文言は、一般的な用語法としては、性的風俗のみならず、社会的風俗、宗教的風俗等を含むものではあるが、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等という場合には、性的風俗を害すべきもの、すなわちわいせつな書籍、図画等を意味するものと解することができるから、関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき」との文言についても、これを合理的に解釈すれば、上記の「風俗」とは、専ら性的風俗を意味し、同規定により輸入禁止の対象とされるのは、わいせつな書籍、図画等に限られるということができるから、同規定は何ら明確性に欠けるものではない。そして、わいせつ性の概念は,刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積によって「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」であると既に明確にされているから、一般国民は、関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき」との文言によって、いかなる表現物がその対象となるかを判断することができるのであって、同規定は、この点においても明確性の要請に欠けるところはなく、憲法21条1項に反するものではないというべきであり(前掲最高裁大法廷判決参照)、原告の主張には理由がない。

(3) 輸入規制の広汎性について
[23] 原告は、4号物品に関する税関検査は、わいせつ表現物に対する輸入規制としては広汎に過ぎる旨主張する。そこで、まず4号物品に関する税関検査の目的について検討する。
[24] 我が国における健全な性的風俗を維持、確保することは、公共の福祉の内容をなすものであって、わいせつな表現物が我が国に流入し流布することを阻止する目的でその輸入を規制することは、その目的において公共の福祉に合致するものであるということができる。このような立法目的からすると、客観的にわいせつ性を有する表現物がすべて4号物品に該当すると解することは許されず、その輸入を許しても我が国の健全な性的風俗に悪影響を及ぼすおそれがないと認められる表現物については4号物品に該当しないと解するのが立法目的に忠実であり、かつ、税関検査が表現の自由を事前に抑制する側面を有することを関係法令の解釈及び運用に当たって十分に留意すべきことからも、このような限定的な解釈を採るべきものと考えられる。このような立場からすると、たとえ当該表現物が客観的にみるとわいせつ性を有するものであっても、それが、学術的又は芸術的な観点でのみ利用されること、又は個人が所持することのみを目的として輸入されるものと認められる場合には、4号物品には該当せず、輸入が許されるべきものと解されるので、このような解釈を採る限り、規則が広汎に過ぎるとはいえない。
[25] もっとも、このように解するとしても、わいせつ性を有する表現物個々の輸入行為について、その輸入の目的が真に上記のように限定されたものと認めることは困難な場合が多く、特に輸入者が個人的鑑賞のためと申し立てるにとどまるときには、我が国に持ち込まれた後に刑法175条に該当する可罰的行為に利用することは容易であるから、当該輸入者の職業やこれまでの実績、当該表現物の性質、形状などからして、個人的鑑賞のみに供することが確実であると認められない限りは、当該輸入者の申し立てる主観的意図にかかわらず、4号物品に該当するとの判断をせざるを得ず、あたかも一律にわいせつ表現物の輸入を規制しているかのような結果を招くことも無理からぬ事態であるというべきであって、そのような事態をとらえて、原告が主張するように過度に広汎な規制を行っていると評価することはできず、そのことが憲法21条1項に反するものでもないというべきである。

[26](4) 以上のとおり、本件通知処分の根拠法規である関税定率法21条1項4号、同条3項の規定は、憲法21条に反するものではなく、原告の主張にはいずれも理由がない。
[27] 原告は、現行の税関検査は、貨物の形でわいせつ表現物を輸入しようとする者とインターネットを利用して電子情報としてわいせつ画像を流入しようとする者とを合理的な理由なく差別するものであり、憲法14条1項に違反すると主張する。
[28] 確かに、原告が主張するように、現在ではインターネットを通じてあらゆる電子情報が外国から我が国に流入しており、その中には、我が国の健全な性的風俗を害するおそれのあるわいせつ画像等も多数含まれていることは公知の事実である。しかし、それらのわいせつ画像等の流入により、我が国におけるわいせつ概念が変更したと認めるに足りる証拠はなく、我が国における健全な性的風俗を維持するためには、それらのわいせつな電子情報も何らかの形で取締りの対象とすべきことに変わりはないというべきである。しかるに、関税定率法21条1項4号は有体物である貨物として我が国に輸入されるもののみを対象とするものであるから、電子情報については同号による取締りの対象とはされておらず、現行法下においては、このような事態に対応した法令が存在しないというにすぎない。一般に、ある行為を法令により規制するか否か、また規制するとしてどのような規制を行うかについては、広汎な立法裁量にゆだねられていると解すべきであり、法技術上の問題その他の諸事情により、ある行為についての法令の整備が遅れ、同様に規制されるべき行為の一方は既に規制されているにもかかわらず、その後に生じた他方の行為に関する規制が遅れたとしても、その状態が直ちに憲法14条1項に違反するとはいえないというべきである。
[29] したがって、有体物であるわいせつな表現物が税関検査の対象とされ、関税定率法21条1項4号に該当する場合には、その輸入が禁止されるのに対し、無体物、すなわち電子情報としてわいせつな情報がインターネットを通じて我が国に流入する場合には何の規制もかからないという現状も、両者を不平等に取り扱うものとして憲法14条1項に違反するとはいえないというべきである。
[30] 以上によれば、関税定率法21条1項4号が憲法14条1項に違反するとの原告の主張には理由がない。
[31](1) 原告は、税関検査の対象となる出版物は、外国で頒布、販売されたもののみであって、我が国で頒布、販売されていた出版物でいったん外国に持ち出された後に改めて我が国に持ち込まれるものは含まれないと主張する。

[32](2) そこで、関税法及び関税定率法の定めについて検討すると、前記第2・1のとおり、貨物を輸入しようとする者は、当該貨物について必要な税関検査を受け、その許可を得なければならないところ(関税法67条)、「輸入」とは、「外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ること」をいうのであり(関税法2条1項1号)、「外国貨物」とは、「輸出の許可を受けた貨物及び外国から本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの」(同項3号)であるから、税関検査が必要か否かは、結局、当該貨物の生産地が外国であるか我が国であるかには無関係に、当該貨物が外国から我が国に到着した貨物であるか否かによるのであり、我が国で生産されたからといって直ちに税関検査の対象にならないとはいえないというべきである。このことは、関税定率法21条1項が定める輸入禁制品には、風俗を害すべき書籍、図画等のほか、麻薬及び向精神薬等の規制薬物(同項1号)、けん銃等の銃器類(同項号)、偽造貨幣等(同項3号)及び特許権等を侵害する物品(同項5号)が含まれており、これらはいずれも我が国で生産されたからといって、それらがいったん外国に持ち出された後に再度我が国に持ち込まれた場合にその流入を阻止することができないとすると極めて不当な結果となることからも裏付けられる。

[33](3) しかし、前記1・(1)で説示したとおり、税関検査により許可が得られなければ、当該貨物を輸入しようとする者は、以後当該貨物を適法に我が国に引き取ることができなくなるのであって、当該貨物が表現物である場合には、上記の限りにおいて、税関検査は、表現の自由に対する制約となるのであるから、表現の自由の重要性にかんがみると、関税定率法21条1項4号の適用範囲については、規定の趣旨を実現するのに妨げにならない限度において、できるだけ制限的に解釈されなければならない。また、前記1・(3)で説示したとおり、関税定率法21条1項4号の立法目的からして、4号物品該当性の判断に当たっては、当該表現物のわいせつ性の有無及び程度のみならず、当該表現物が我が国に流入することにより、我が国における健全な風俗にいかなる害悪をどの程度及ぼすかという観点も考慮すべきであり、たとえわいせつ性が認められ得るようなものであっても、それが我が国における健全な風俗に影響を与えないのであれば、当該表現物を規制する必要はないから、4号物品には該当しないというべきである。
[34] そして、我が国においては頒布、販売等がされず、初めて外国から我が国に持ち込まれた書籍等の表現物のわいせつ性が問題となる場合には、これが我が国に持ち込まれた後に、流通に置かれるか否か、どのような流通をすることになるか、それによって我が国における健全な風俗にどのような影響が生じるかの判断は、予測にとどまらざるを得ない要素が大きい点で困難性が認められ、その結果、前記1・(3)のとおり、例えば、輸入者が個人的鑑賞のためと申し立てるにとどまるときには、個人的鑑賞のみに供することが確実であると認められない限りは、当該輸入者の申し立てる主観的意図にかかわらず、当該表現物が4号物品に該当するとの判断をせざるを得ないこととなって、あたかも一律にわいせつ性の認められる表現物の輸入を規制しているかのような結果を招くことも無理からぬことである。これに対し、わいせつ性が問題となると思われる書籍等の表現物であっても、それが既に我が国において出版等がされ、流通に置かれていたものがいったん外国に持ち出され、その後我が国に持ち込まれる場合には、当該表現物の流通によって我が国における健全な風俗がいかなる影響を受けていたのかが現に生じた客観的な事実として存在し、特段の事情の変化がない限り、再びこれが持ち帰られたとしても、それによって生ずる事態は以前に生じたところと異なるものではないと考えられるから、税関長においては、現に生じた客観的事態を十分に吟味し、従前の当該表現物の流通により、我が国における健全な風俗が害されたと認められる場合にのみ、当該表現物の輸入を許さないことができると解すべきである。これをさらに具体的に述べると、当該表現物の流通につき、その形態が公然としたもので当然に捜査機関の目に触れるものであるにもかかわらず、わいせつ物としての取締りを受けてその流通が止んでいたというような事情もなく、継続して通常の流通に置かれていたのであれば、前記のとおり表現の自由の重要性に基づき制限的な解釈をすべきことに照らして、従前の我が国での通常の流通の事実により、我が国における健全な風俗を害していなかったものと推定すべきであって、従前、当該表現物の流通によって我が国における健全な風俗がいかなる影響を受けていたか、また、当該表現物が我が国に持ち帰られることによって、それが持ち出される前の状態にいかなる変化が生じるかを具体的に検討し、それらを総合的に判断した結果、従前の流通によって我が国における健全な風俗が害されたと具体的に認められるか、その後の事情変更等の結果、当該表現物を輸入した場合には我が国における健全な風俗を害するものと認められる場合に初めて、当該表現物は4号物品に該当するというべきである。
[35] この点に関し、被告らは、我が国で出版等がされ流通に置かれていた書籍等であっても、いったん外国に持ち出された後に我が国に持ち帰る場合には税関検査の対象となり、それにわいせつ性が認められれば、それが我が国にあった時点の状態や今回新たにどのような影響が生ずるかにかかわらず、一律に関税定率法21条1項4号に該当すると主張するが、被告らの主張は、関税法67条、同法2条1項1号及び3号の形式的な解釈を根拠とし、一律に関税定率法21条1項4号に該当するとの結論を導く点において、表現の自由の保障に対する配慮を欠くものであって採用することはできない。

[36](4) 前記第2・2・(1)及び(2)のとおり、本件写真集の原書は世界有数の出版社から刊行されたものであるところ(原書自体はamazon.com等のインターネット書店などにおいて我が国でも購入可能であることは、当裁判所に明らかな事実である。)、本件写真集は、平成6年11月1日に出版されてから本件通知処分がされた平成11年10月までの間の約5年間にわたって、900冊以上販売されているが、その間、全国紙や写真専門誌において芸術的観点からの紹介や批評がされており、その宣伝及び流通の形態は一般の健全な芸術的書籍と同様の形態で公然と行われ、国立国会図書館のような公的機関においても一般の閲覧に供されていたにもかかわらず、原告が本件写真集の販売行為に関して刑法175条のわいせつ物頒布罪等に処せられたことはなく、本件通知処分後も原告が警察から警告を受けたものの、過去の販売行為については何らの刑事手続も執られていないことが認められる。これらのことからすると、本件写真集は、単に官憲の目に止まらなかったために取締りを免れていたものではなく、それが専ら芸術的な書籍として流通し、健全な風俗への影響がないものとの評価が確立していたために取締りの対象とならなかったものと認めるのが相当である。そして、本件通知処分に至るまで特段の事情の変化も認められないところであり、原告は、本件写真集を刊行した会社の取締役であるから、これを再び我が国に持ち帰っても、従前同様芸術的な書籍として流通に置き、既に確立したと同様の評価を受けるものと認められるから、これによって我が国における健全な風俗が害されるとは認め難く、そうである以上、本件写真集は4号物品には該当しないというべきである。

[37](5) 以上によれば、本件通知処分は関税定率法21条1項4号の要件に該当しない本件写真集についてされたものであると認められるから、その余の点を判断するまでもなく違法な処分であって取り消されるべきであるというほかない。
[38](1) 前記第2・2・(2)及び(3)のとおり、本件写真集には日本語の奥付があり、我が国において出版され、既に流通に置かれていたものであることが明らかであり、その旨の原告の供述も得ていたことからすると、被告東京税関成田税関支署長は、本件写真集が本件通知処分当時、既に我が国において流通に置かれていたことを認識し又は認識し得たと認められるから、本件通知処分は、本件写真集が関税定率法21条1項4号の要件に該当するか否かを検討するに当たっては、我が国での流通によって健全な風俗がいかなる影響を受けており、また、これが持ち帰られることによって従前の状態にいかなる変化が生ずるかを総合的に考慮すべきであったのに、これを怠り、単にわいせつ性が認められるか否かという観点のみから結論を導いた点において、被告東京税関成田税関支署長には、少なくとも本件通知処分を行うについて過失があったものと認めることができる。
[39] よって、被告国の公権力の行使に当たる公務員である東京税関成田税関支署長が、その職務を行うについて、少なくとも過失によって本件通知処分を行ったことにより違法に原告に損害を加えたものと認められるから、被告国には、国家賠償法1条1項に基づき、本件通知処分により原告が被った損害を賠償する義務がある。

[40](2) 前記第2・2・(3)のとおり、原告が本件写真集を我が国に持ち帰ろうとしたのは平成11年9月21日であるから、本訴口頭弁論終結時である平成13年11月26日までの間およそ2年2か月間にわたり、本件写真集を占有することができず、本件通知処分により憲法上保障された重要な権利である表現の自由を侵害された上、本件通知処分の違法性を争うため本訴提起を余儀なくされたこと、他方、原告は本件写真集の出版者であり、本件写真集と同一の写真集を我が国において利用することが可能であって、当該表現行為を全面的に封じられたものではないこと及び本判決が確定して本件通知処分が取り消されることにより、原告が受けた精神的損害の相当部分は慰謝されるものと考えられることなどの諸事情を総合考慮すると、原告の被った精神的損害に対する慰謝料としては50万円が相当である。また、原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、費用及び報酬の支払を約しているところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額等に照らすと、本件通知処分と相当因果関係があり被告国に対して賠償を求め得る弁護士費用としては20万円が相当である。
[41] 以上の次第であるから、原告の請求は本件通知処分の取消し並びに慰謝料50万円及び弁護士費用20万円の合計70万円とこれに対する本件通知処分の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容することとし、その余の請求については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担、仮執行宣言及び同免脱宣言について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条ただし書、259条1項及び3項を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 藤山雅行  裁判官 村田斉志  裁判官 日暮直子
(ア) 税関検査の検閲該当性
[1] 憲法21条2項前段にいう「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す。税関は、関税の確定及び徴収等を本来の職務とする機関であって、税関検査は、広く輸入される貨物の全般を対象として、輸入貨物の課税標準、税額を確定、決定するという見地から、輸入貨物の数量、価格、他法令の規定により必要とされている許可、承認等の有無、原産地表示の正確性等の事項を検査するものであり、ある輸入貨物が関税定率法21条1項4号の貨物に該当するかどうかの審査も、上記のような検査手続の過程で貨物の外観、性状等から判定し得る限りにおいて行われるにすぎず、当該貨物に含まれる思想内容とそれ自体を網羅的一般的に審査しその伝達を規制することを目的とするものではない。その上、税関検査により当該表現物の輸入を禁止したからといって、それは事前に発表そのものを一切禁止するものではなく、当該表現物は輸入が禁止されるだけであって、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会が全面的に奪われてしまうわけでもないこと、思想内容等の表現物につき税関長の通知がされたときは、司法審査の機会が与えられており、行政権の判断が最終的なものとされるわけではないこと等からすると、関税定率法21条1項4号の物品に関する税関検査は、憲法21条2項前段にいう「検閲」に該当しないというべきである。

(イ) 「風俗を害すべき」という文言の明確性
[2] およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等という場合は、性的風俗を害すべきもの、すなわちわいせつな書籍、図画等を意味するものと解することができるのであって、関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」との規定を合理的に解釈すれば、同号にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、同規定による輸入禁止の対象とされるのは、わいせつな書籍、図画等に限定されるということができ、このような限定解釈が可能である以上、同規定は何ら明確性に欠けるものではない。そして、表現の自由を制限する法規がその文言の不明確性のゆえに憲法21条1項に違反することになるかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決すべきところ、わいせつ性の概念は、刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要請に欠けるところはなく、前記4号の規定を限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれはない。したがって、関税定率法21条1項4号の規定は、明確性の要請に欠けるところはなく、憲法21条1項に反するものではない。

(ウ) 輸入規制の広汎性
[3] 関税定率法21条1項4号に関する輸入規制は、わいせつな物品がみだりに我が国に流入し流布することを防止することによって、我が国における健全な性的風俗の維持という公共の福祉の実現を図ることを目的とするものである。そして、ある貨物について、それがいかなる目的で輸入されるかはたやすく識別され難いばかりでなく、国内流入後に当初の所持目的が変わらない保障はない上、流入したわいせつな物品を頒布、販売の過程に置くことは容易であるから、わいせつな物品の流入、伝播により我が国における健全な性的風俗が害されることを実効的に防止するためには、単なる所持目的か否かを区別することなく、その輸入を一律に規制する必要があることからすると、関税定率法21条1項4号が、単なる所持目的を含め、一律にわいせつな物品の輸入を禁止していることは、我が国でのわいせつな物品の流布を防止して健全な性的風俗を維持するという公共の福祉の実現のために必要不可欠な制限であって、過度に広汎な規制には当たらず、憲法21条1項に反するものでもない。
[4] 原告は、輸入貿易管理令14条別表第1の4と関税定率法21条1項4号の規定とを比較して被告らの主張を批判するが、そもそも輸入貿易管理令の根拠法である外国為替及び外国貿易法と関税定率法とは目的を異にするものである上、関税定率法21条1項4号の輸入規制は、我が国における健全な性的風俗の維持という目的を図るため、わいせつ物品の国内流入を水際で阻止しようとするものであり、個人所持を含め一律に輸入の規制が必要なことは、貨物の性質から見て明らかであるから、両者を単純に比較することは相当でない。
(ア) 税関検査の検閲該当性
[5] 税関検査による輸入規制を定めた関税定率法21条4号、同条3項は、税関長に対して、輸入出版物の表現内容を強制的に検査し、我が国における公表を禁止する権限を与えたものであるから、公権力による表現の自由に対する事前抑制であり、憲法21条2項前段が絶対的に禁止する検閲に該当する。したがって、関税定率法21条4号、同条3項の規定は、憲法21条2項前段に違反し無効である。
[6] 被告らは、税関検査が思想内容等の伝達を規制することを主たる目的としていないことをもって検閲に当たらないと主張するが、付随的であれそれが目的とされている以上は検閲に当たるというべきである。
[7] また、被告らは、税関検査により輸入が禁止されたとしても、それは事前に発表そのものを一切禁止するものではなく、当該表現物の発表の機会が奪われてしまうわけではないと主張するが、外国において既に発表済みであると主張しても、日本国内における自由の侵害がないことについては何ら説明できていない。
[8] さらに、被告らは、税関長の通知については司法審査の機会が与えられており、税関検査が行政権により行われるものであったとしても、それが最終的なものとされるわけではないと主張するが、事後に司法審査が保障されるべきことは、法治主義の観点からはむしろ当然であり、そのことが行政権による事前規制を正当化する根拠とはなり得ないことは明らかである。
[9] 被告らによる検閲の定義はあまりにも限定的であって、その解釈は戦前の諸々の検閲制度を否定し、その再現を禁止した憲法21条2項の解釈としては憲法の趣旨や精神に反するものであって誤りというべきである。

(イ) 「風俗を害すべき」という文言の明確性
[10] 関税定率法21条4号の「風俗」という用語は,性的風俗のみならず、社会的風俗、宗教的風俗をも意味する多義的で不明確な文言であるから、同条同号の「風俗を害すべき」との規定の中にわいせつ表現物が含まれると解することが可能であるとしても、それ以外に同規定による規制の対象として何が含まれるかは、規定の文言上明らかとはいえない。
[11] 仮に同条同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等がわいせつな書籍、図画等を指すとしても、その適用についての基準は明確ではない。刑法175条の解釈に関する判例の蓄積があるとしても、それは司法過程において裁判官が判断するための判断基準であって、裁判官ほど法的素養が備わっていない税関職員がそれを判定するための基準となるほど明確でないことは明らかである。
[12] したがって、同規定は、表現の自由を規制する法令の文言として不明確に過ぎるのであり、萎縮的効果を及ぼすおそれが強いといわざるを得ず、憲法21条1項に反するから、文面上無効である。

(ウ) 輸入規制の広汎性
[13] 憲法21条1項は、国民がいかなる情報を受領するかにつき、国家権力による介入を受けないことをも保障していると解すべきであり、わいせつ表現物についても、個人が自分で鑑賞するためにこれを所持することは規制されてはならない。刑法175条によってわいせつ表現物の頒布等が禁止されるのは、わいせつ表現物等が公然と目に見える形で流布され、それらに接したくないと考える人間を不愉快にしたり、羞恥心を抱かせることを防止するためであると考えるべきである。そうすると、頒布、販売等を目的とするわいせつ表現物の輸入を規制することはやむを得ないとしても、単なる所持目的でわいせつ表現物を輸入することまでを禁止することは、思想それ自体を抑圧するのとほぼ同質であって許されないというべきであり、関税定率法21条1項4号が個人的鑑賞のために所持することを目的とする場合を含めて一律に風俗を害すべき物品の輸入を禁止しているのは、表現の自由に対する過度に広汎な規制を行うものとして、憲法21条1項に違反するから、文面上無効である。
[14] 被告らは、税関検査においては、いかなる目的で輸入されるかを識別し難いと主張するが、輸入しようとする物品が個人の所持を目的とするのか、頒布、販売を目的とするのかは、数量又は頻度によってある程度判断することは可能である。しかも、輸入貿易管理令14条別表1の4においては、個人的使用に供せられ、かつ売買の対象とならない程度の量の貨物については輸入の承認と報告を要しないで輸入を認めているのであるから、わいせつ表現物についてのみ、個人の所持目的と頒布、販売目的とを容易に区別できないというのは、輸入貿易管理令や通関の基準とも矛盾している。
[15] また、被告らは、わいせつ表現物の流入、伝播により我が国における健全な性的風俗が害されることを実効的に防止するためには、単なる所持目的か否かを区別することなく、その流入を一律に規制する必要があるとも主張するが、税関検査は必要と認められるものについてのみ行われており、税関制度自体がそもそも輸入禁制品を水際で一律に規制して流入を阻止するような体制にはなっていないのであるから、その主張はそもそも破綻している。
[16] 原告は、税関検査を通る形で情報を流通させた者とそれ以外、特にインターネットの利用者との間で合理的な理由のない差別をするものであり、憲法14条1項に違反すると主張するが、そもそも関税法が対象としているものは「貨物」であるから、インターネットを通じて我が国に入ってくる「情報」との比較において憲法14条1項違反の有無を論じることは、その前提を欠いており失当である。インターネットを利用した外国からの電子情報は関税法にいう貨物に当たらないことから、税関検査が行われることはないが、外国からのインターネットを通じたわいせつ画像の流入の制限をいかなる法体系の規律に属せしめるかということは、立法政策にゆだねられているのであり、その法体系の設定が、立法の準備、研究その他の諸般の事情により同時に行われなかったため、ある時期において両者に取扱いの差異が生じたとしても、これをもって直ちに不合理な差別的取扱いをしたものであって憲法14条に違反するものであるということはできない。
[17] 現実の税関検査は、必要と認められるものについてだけ検査を行い、わいせつ物か否かを容易に判定し得る限りにおいて審査するものであって、税関制度自体がそもそも輸入禁制品を水際で阻止するような体制にはなっていない。その上、最近のインターネットの発達により、外国からの画像データを電話回線を通じて容易に授受できる時代となっており、現在の税関検査のシステムは、もはや何の合理性も有しない制度となっている。したがって、このような現行の税関検査は、我が国に対する情報流通手段として、税関検査を通る形で情報を流通させた者とそれ以外の者、特にインターネットを利用する者との間で合理的な理由のない差別をするものであって、憲法14条1項の法の下の平等に違反するものである。
[18] 被告らは、関税法が規制の対象としているのは貨物であり、インターネットを通じて我が国に流入する情報は規制の対象ではないと主張するが、現行の税関検査において、4号物品については、貨物それ自体の素材や成分等が問題とされているのではなく、貨物、すなわち有体物の上に表現された情報の内容が審査の対象となっていることは明らかである。そうであるならば、貨物の上に表現された情報については、税関検査の対象とされ、それが風俗を害すべきものか否かが審査される可能性があるのに対し、インターネットを利用して無体物である電子データとして情報が流通する場合には、およそ税関検査の対象とならないのである。被告らの主張は、税関検査が情報、すなわち表現物の表現内容それ自体を審査していることを看過するものであり、主張の前提を誤るものである。
[19] 貨物を輸入しようとする者は、当該貨物につき必要な税関検査を受けなければならないが(関税法67条)、同法2条1項1号及び3号の規定からすると、輸入の対象となる貨物とは、外国貨物を指すことが明らかであるから、関税法67条の税関検査が必要か否かは、外国貨物、すなわち、「輸出の許可を受けた貨物及び外国から本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの」であるか否かによる。そして、「外国から本邦に到着した貨物」とは、外国で生産された貨物で我が国に到着したもののほか、我が国で生産された貨物で、いったん外国に輸出された後再び我が国に帰ってきたものを含むのであり、当該貨物がどこの国で生産されたものかとは無関係である。このことは、関税定率法14条10号が我が国から輸出された貨物で、その輸出の許可の際の性質及び形状が変わっていないものを我が国に引き取ることが輸入に該当することを前提として関税を免除する旨規定していることからも明らかである。そして、関税定率法2条が、同法にいう「輸入」とは、関税法における「輸入」の定義に従う旨規定していることからすると、我が国で生産されたものであったとしても、それを我が国に引き取ろうとする場合は、関税法67条の必要な検査の対象となり、その結果、関税定率法21条1項4号の風俗を害すべき物品に該当する場合には、同条3項の通知の対象となることは明らかである。
[20] 本件写真集が仮に我が国で出版されたものであったとしても、本件写真集は、外国から我が国に到着した貨物であり、輸入が許可される前のものであるから、外国貨物であり、これを我が国に引き取ろうとする場合には、関税法67条の必要な税関検査を経なければならない。したがって、本件写真集が我が国で出版されたものであることを理由に、税関検査の対象となり得ないとする原告の主張は失当である。
[21] 税関検査の目的は、わいせつ表現物の流入、伝播により我が国における健全な性的風俗が害されるのを防止するために、わいせつ表現物が外国から流入することを阻止することにあり、輸入禁制品該当通知の対象となる表現物についても、外国で頒布、販売された表現物であることが当然の前提とされている。ところが、既に我が国において頒布、販売されている表現物であれば、それがいったん外国に持ち出され改めて我が国に持ち込まれたとしても、それによって新たに我が国の健全な性的風俗が害されるおそれはない。しかも、我が国において頒布、販売された際、健全な性的風俗が害されるおそれがあったのであれば、既に我が国においてわいせつ物頒布罪等の適用等によって対処されているはずであり、そのような対処がされていないということは、その表現物が我が国の健全な性的風俗を害するものではないと認知されて流通に置かれていたことを意味する。
[22] したがって、我が国において既に頒布、販売された表現物については、それがいったん外国に持ち出された後に我が国に持ち込まれたとしても、税関検査の対象となる物品には該当せず、これを税関検査の対象として輸入禁制品に該当するか否かを審査することは、税関検査の目的を逸脱するものである。
[23] 本件においては、原告は、担当官に対し、本件写真集は我が国で出版されたものであることを繰り返し説明しており、本件写真集の本文や奥付を見れば我が国で出版されたものであることが十分にうかがえるから、国内出版物であることは明らかであった。
[24] したがって、本件写真集は税関検査の対象とはならないと解すべきであり、そうであるにもかかわらず税関長によってされた本件通知処分は違法である。
[25] 被告らが主張の根拠とする関税法67条は、課税をするために税関長への申告義務等を定めたものであり、同条にいう「輸入貨物」とは、課税対象であることが当然の前提である。しかるに、本件で問題となっているのは、関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき」物品か否かであり、そのような物品は輸入禁制品であるだけで課税対象でないことは明らかである。したがって、関税定率法21条1項が規定する輸入禁制品は、関税法67条の貨物及び輸入貨物には該当せず、被告らの主張はその前提において誤っている。
[26] 関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、わいせつな書籍、図画等をいうものと解されるところ、わいせつとは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと解される。また、わいせつ性と芸術性、思想性とは、次元を異にする概念であり、わいせつ性の存否は、純客観的に、作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によって影響されるべきものではないのであって、本件写真集に芸術的価値があるか否かは、そのわいせつ性の判断とは無関係である。そして、わいせつ性を判断する基準は、一般社会において存在する良識ないし社会通念であり、社会通念がいかなるものかの判断は、現制度下では裁判官にゆだねられている。したがって、上記社会通念がいかなるものであるかは、これまでに集積された判例をもとに検討することにより明らかになる。
[27] 本件写真集に掲載されている写真のうち、わいせつ性を有することが明らかなものは別表記載のとおりである。そのうち、別表番号2、7、18ないし20の各写真は別事件判決においてわいせつ性が是認されたものであり、それ以外にも、殊更に性器表現に重きが置かれている写真(別表番号1、3、6、10、11、13ないし17の各写真)や、性戯等を連想させる性器表現に重きが置かれている写真(別表番号4、5、8、9、12の各写真)が多数掲載されており、いずれも社会通念に照らし、わいせつ性を有することが明らかである。そして、本件写真集はこれらの写真を含め一冊の書籍として編綴されて一体をなしているのであるから、関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍、図画」に該当することは明らかである。
[28] 原告は、本件写真集が我が国において販売され流通していたことを理由に、本件写真集を税関において国内流入を規制する必要性はない旨主張するが、ある性表現物が長期間取締りの対象とされず、一般人がそれに接し得るような状況であったとしても、そのこととわいせつであるかどうかの判断は別個の問題であるから、仮に本件写真集が我が国において販売されていたとしても、そのことのみによって、本件写真集がわいせつでないとの結論が導かれるものではなく、原告の主張はその理由に乏しい。なお、本件写真集は警察による取締りの対象とされており、原告が主張するような我が国の健全な性的風俗を害するものではないと認知されて流通に置かれていたものではないことが明らかであるから、原告の主張はその前提を欠くものである。
[29](ア) 関税定率法21条1項4号所定の「風俗を害すべき」とは、わいせつ物を指すものと限定解釈できるとしても、そのわいせつ性の判断基準とすべき社会通念は時代の変遷によって変容するものである。現在、我が国では、性器や陰毛を表現した多数の写真、雑誌等が公然と展示、頒布、販売され、インターネットの急速な普及により、外国における性器や陰毛等が露出した画像を誰でも容易に閲覧できるようになっており、普通人は性器や陰毛が表現されている写真等に接することに特段の抵抗感を感じなくなりつつある。こうした現状の下においては、わいせつの定義自体も大きな変貌を遂げている。我が国の現在における社会通念に照らせば、本件写真集は、わいせつなものとはいえない。

[30](イ) 本件通知処分は、本件写真集の中の写真を個別的に判断し、わいせつな部分があるため、本件写真集全体をわいせつであると判断するものであるが、文書の部分的な判断からこれをわいせつと決めつけることは、当該文書の有する社会的価値を評価することなく圧殺することになるから許されないというべきであり、わいせつ性の判断は、当該文書が全体として有する芸術その他の憲法上保障される社会的価値を考慮して行われなければならない。しかるに、メイプルソープは、現代美術の第一人者として高い評価を得て活躍した写真家で、その作品は高い芸術性を有し、殊に、本件写真集は、同人の初期から後期までの写真を縦覧したもので、同人の写真芸術の全体像を外観するための貴重な資料であって、全体として芸術的価値を有するから、関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍」には当たらないと解すべきである。

[31](ウ) 本件写真集は、平成6年11月1日に出版されて以降現在まで書店販売又は注文販売の方法により、我が国において販売され流通していたものであるし、国立国会図書館にも納本され、国民が閲覧できる状態に置かれている。このように、既に我が国の国内において流通していた写真集を、我が国に流入させることによって新たに社会秩序を侵害することはあり得ないのであるから、本件写真集を税関で阻止することは無意味である。なお、被告らは、本件写真集が警察による取締りの対象とされていたことは明らかであると主張するが、原告が警視庁に呼び出されたのは,大蔵大臣に対する審査請求中であり、税関側から警視庁に対して通報されたものと推測できる上、原告に対しては、わいせつ物頒布罪を適用して摘発したものではなく、行政的な指導がされたにすぎないのであるから、取締りの対象とされたとはいえない。

[32](エ) 被告らは、別事件において、最高裁判所が、控訴審である東京高等裁判所が当該写真集につき普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳概念に反するわいせつなものと判断したことを是認したことをもって本件写真集が関税定率法21条1項4号の風俗を害すべき書籍、図画等に該当すると主張するが、上記別事件の判断は誤りであり、少なくともその後の社会通念の変動によりその判断は改められるべきである。
[33] 原告は、本件写真集のように、わいせつ図画とは容易に判定できない場合には、関税定率法21条3項の規定による通知の対象とすることなく通関を認めるべきであると主張するが、別事件についてすでに最高裁判所において関税定率法21条1項4号の「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当する旨判断されていることからすると、本件写真集は、原告が主張するようにわいせつ性について見解の分かれる可能性のある書籍や図画等に当たらず、容易に判定が可能なものであるから、原告の主張はその前提を欠いているというべきである。
[34] 関税定率法21条1項4号、同条3項の規定が仮に憲法違反でないとしても、表現行為に対する事前規制を定めるものであり、このような法律の規定が合憲といえるためには、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制できるもののみが規制の対象となることが明らかにされている場合でなければならず、また、一般国民の理解において、具体的な場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとれるものでなければならない。そうであるとすれば、税関職員を含む一般国民の理解において、規制の対象となるか否かを容易に判定し得ないような文書、図画等についてまで税関職員が一方的に審査することは、実質的検閲に当たり、憲法21条2項の趣旨に反し許されないものというべきである。そうすると、わいせつな書籍、図画等に該当するか否かの判定が容易でない物品については、税関長に事前審査の権限がないと解すべきである。
[35] 本件写真集に収録されている写真のうち、被告らがわいせつであると主張するのは男性性器が撮影された写真であるが、これらの各写真の構図、色調等を総合してみれば、作者の芸術的意図を知ることができ、本件写真集は、その体裁、目的、頒布方法等をも考慮すれば、わいせつ図画と認めることは容易でないものであったというべきである。したがって、本件写真集については、関税定率法21条3項の規定による通知の対象とすることなく、通関を認め、その他は、一般の国内出版物と同一の取扱いにゆだねるべきであった。
[35] よって、被告東京税関成田税関支署長は権限なくして本件通知処分を行ったものである。
[36] 被告東京税関成田税関支署長は、(1)ないし(5)記載のとおり、違憲、違法な本件通知処分をしたものであるが、同通知処分は、被告国の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うにつき行ったものであるから、被告国は、国家賠償法1条に基づき原告に与えた損害を賠償する義務がある。
[37] 原告は、本件通知処分により、本件写真集の占有を侵害され、これにより精神的に多大な損害を被った。同損害を慰謝するためには、少なくとも200万円を要する。
[38] 原告は、本件訴訟のため弁護士に訴訟提起、追行を依頼したが、違法な本件通知処分と相当因果関係のある損害としては、20万円が相当である。
[39] 争う。
番号 該当頁 該当内容 備考
1 24 全裸男性の頭部から足元までの全身を正面から写したもので、両手を脇の台上にて交差させた姿態で男性性器を画面中央に目立つよう画面構成し、露骨に描写している写真。(白黒)
2 102 臀部と前部が大きく開口した革のズボンを着けた上半身裸の男性(頭部は被写体となっていない。)が、その陰茎と陰嚢を布貼りの台の上に乗せている写真であって、上記陰茎等を画面中央に目立つように画面構成し、男性性器を露骨に描写しているもの。(白黒)
3 103 男性の前かがみの開脚した姿勢を背面から尻部を中心に撮影したもので、画面下方中央に位置した陰嚢と陰茎が露骨に描写されている写真。(白黒)
4 107 全裸男性の腰部を中心として身体の斜め正面から撮影したもので、陰茎を右手で握り左手の小指を尿道口に入れている表現を画面中央に目立つよう画面構成し、男性性器を露骨に描写している写真であって、自慰行為を連想させるもの。(白黒)
5 114 上半身裸の男性がズボンから露出した性器を革手袋で握り、他人の口中へ放尿をする姿態を身体の斜め横前側から撮影したもので、性器と放尿を受ける顔面を画面中央に目立つよう画面構成した写真であって、男性同士の性行為を連想させるもの。(白黒)
6 115 全裸の男性が台に腰を掛け、股間を開いた姿勢を正面から撮影したもので、性器が画面中央に目立つよう画面構成され、男性性器を露骨に描写している写真。(白黒)
7 117 背広姿の男性(被写体となっているのは胸から腿まで)がズボンの前開き部分から出した陰茎を画面中央に配置した写真であって、極めて露骨に陰茎を強調するもの。(白黒)
8 118 全裸男性の腹部から大腿部までを腰部を中心として身体の斜め前面から撮影したもので、勃起した陰茎を左手で握り、男性性器を露骨に描写している写真であって、自慰行為を連想させるもの。(白黒)
9 119 全裸男性の下腹部から大腿部までを腰部を中心として身体の斜め前面から撮影したもので、勃起した陰茎を他人が正面から手で握り、陰茎が画面中央に目立つよう画面構成し、極めて露骨に陰茎を強調する写真であって、性愛行為を連想させるもの。(白黒)
10 121 パンツをずらし陰茎を露出させた男性の腹部から右大腿部までを身体の前面から撮影したもので、画面右方に位置した陰茎が極めて露骨に描写されている写真。(白黒)
11 122 着衣から勃起した陰茎の尿道口に左手で握ったナイフを当てている状態を陰茎、左手、ナイフ及び胴体の一部のみを被写体として撮影した写真で、極めて露骨に陰茎を強調するもの。(白黒)
12 123 顔面に両手を当てて鼻と口以外を覆った男性が他人の勃起した男性性器と口に含んで性戯を行っている姿態を、陰茎を含んだ口が画面中央になるように撮影した写真。(白黒)
13 128 仰向けの全裸男性の胸部から大腿部までを身体の左横側から撮影したもので、画面左方に位置した男性の陰茎が露骨に描写されている写真。(白黒)
14 158 全裸男性が椅子に腰を掛け股間を開いた姿態を正面から写したもので、陰茎を画面中央に目立つよう画面構成し、男性性器を露骨に描写している写真。(白黒)
15 168 全裸男性の頭部から大腿部までを身体の斜め前面から写したもので、画面下方に位置した男性の陰茎が露骨に描写されている写真。(白黒)
16 173 胴体を反っている全裸男性の胸部から大腿部までを身体の左横側から撮影したもので、画面左下方に位置した男性の陰茎が露骨に描写されている写真。(白黒)
17 177 男性の股間を開いた姿勢の陰部と大腿部の一部を正面から写したもので、陰茎を画面中央に目立つよう画面構成し、極めて露骨に陰茎を強調する写真。(白黒)
18 179 全裸男性の腰から膝までを横から陰茎を中央に配置する形で撮影した写真であって、極めて露骨に陰茎を強調するもの。(白黒)
19 335の上 背広姿の男性(被写体となっているのは胸から腿まで)がズボンの前開き部分から出した陰茎を画面中央に配置した写真であって、極めて露骨に陰茎を強調するもの。(白黒) 117の縮小版
20 335の下 臀部と前部が大きく開口した革のズボンを着けた上半身裸の男性(頭部は被写体となっていない。)が、その陰茎と陰嚢を布貼りの台の上に乗せている写真であって、上記陰茎等を画面中央に目立つように画面構成し、男性性器を露骨に描写しているもの。(白黒) 102の縮小版

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