三菱タクシー運賃変更申請却下事件
上告審判決

損害賠償請求上告、同附帯上告事件
最高裁判所 平成7年(オ)第947号
平成11年7月19日 第一小法廷 判決

■ 主 文
■ 理 由


 原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。
 前項の部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

[1] 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

[2] 被上告人らは、大阪市及びその周辺地域において一般乗用旅客自動車運送事業(以下「タクシー事業」という。)を営む者である。

[3] 平成元年4月1日からの消費税法の適用に伴い、同年2月から3月にかけて、被上告人らと同一地域でタクシー事業を経営する事業者ら(以下「同業他社」という。)は、消費税を転嫁するため、道路運送法(以下「法」という。)9条1項に基づき、当時の運賃に1.03を乗じ、10円未満を四捨五入した額に運賃を値上げする内容の運賃変更の認可申請をし、近畿運輸局長は、同月17日までに右申請を認可した。ところが、被上告人らは、あえて消費税の転嫁のための運賃値上げを内容とする運賃変更の認可申請をしなかった。

[4] その後、同業他社は、運転手の給料の改善及び運転手不足の解消のため、更に運賃値上げを内容とする運賃変更の認可申請をし、近畿運輸局長は、平成3年3月、平均11.1パーセントの値上げを内容とする運賃変更の認可をした。しかし、被上告人らは、同業他社と同様の運賃変更の認可申請をしなかった。

[5] 被上告人らは、既に消費税転嫁のための運賃値上げを実施した同業他社に対して更に運賃変更の認可がされたことにより、タクシー運転手の賃金水準が一般的に上昇し、また、円高差益もかなり落ち込んで、経営努力だけでは限界となる見込みとなったため、消費税転嫁分として3パーセントの運賃値上げをする方針を定めた。そして、平成3年3月29日、当時認可を受けていた運賃の額に1.03を乗じ、10円未満を四捨五入した額の運賃に変更することの認可を求める申請書(以下「本件申請書」という。)を提出した。

[6] 近畿運輸局長は、被上告人らが同業他社の運賃との格差が14.2パーセントもあるのにわずか3パーセントの値上げしか申請せず、その上、被上告人らにおいて一般増車が認められるのであれば他の業者と同一水準までの運賃変更の認可申請を行う用意があることを示唆していたため、今回の運賃変更の認可申請(以下「本件申請」という。)をするに至った被上告人らの真意がどこにあるかを知る必要があるとし、また、同業他社と同じ運賃額に値上げするよう行政指導をしようとして、本件申請書を正式に受理せず、事実上預り置くことにとどめた。ところが、平成3年4月25日、被上告人らの委任した弁護士から、書面到達後10日以内に本件申請に対して認可をすることを求める旨の内容証明郵便が送られてきたため、同局長は、もはや被上告人らには同局長の行政指導に従う意思のないことが明確になったとして、被上告人らの本件申請を正式に受理することにした。そして、同月30日、被上告人らの関係者を呼び出してその旨を告知するとともに、本件申請書の記載の誤りの訂正及び原価計算書等の添付書類の提出を求めた。

[7] 被上告人らは、平成3年5月9日、直近の運賃変更の認可申請の際に提出した昭和57年度の原価計算書を近畿運輸局長に提出したが、平成3年5月10日ころ、右原価計算書は古いので平成元年度のものと差し替えるようにとの指示を受けたため、平成3年5月27日、これを指示どおりのものと差し替えた。同局長は、同年6月1日、本件申請について事案の公示をし、同月27日及び同年7月5日に被上告人らの意見を聴取した。その際、同局長は、原価計算書に記載された原価計算の算定根拠等について被上告人らに説明を求めたが、被上告人らは運賃変更の理由は消費税の転嫁である旨の陳述をしたのみであった。

[8] 近畿運輸局長は、本件申請については、法9条2項1号の基準に適合しているか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、平成3年9月12日、本件申請を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)をした。

[9] 被上告人らの上告人に対する本件損害賠償請求は、近畿運輸局長は、本件申請を直ちに受理した上1箇月以内に認可すべきであったにもかかわらず、受理を引き延ばし、受理後4箇月以上も許否の決定をせず、その上で本件却下決定をしたのであり、被上告人らは、同局長の右違法な職務行為により、同局長が受理後1箇月以内に本件申請を認可したとすれば被上告人らが消費税を転嫁することによって得たであろう運賃収入の増加分相当額の損害を被ったとして、上告人に対し、平成3年6月分ないし8月分の営業収入の3パーセントに相当する額の損害の賠償を求めるものであるところ、原審は、そのうち同年7月分及び8月分についての被上告人らの右損害賠償請求を認容すべきものとした。原審の判断の概要は、次のとおりである。

[10] 法9条2項1号は、運賃変更の認可基準として、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること」と規定しているところ、後記の平均原価方式により設定され多数の事業者が一致して採用している運賃額に達しない額への運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合、法は、地方運輸局長が、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないか否かを審査し、償うことができないと判断するときは、前記基準を弾力的に解釈し、右値上げによりいくらかでも利潤が得られれば、適正利潤を含むものとして、特段の事情のない限り、当該申請を認可することを予定している。

[11] 被上告人らは、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができない事態に至っていて、改めて消費税の転嫁を図る経営上の必要があり、本件申請に係る3パーセントの値上げにより利潤を得ることができるのであるから、本件申請については、法9条2項1号の基準に適合するというべきであり、同項2号ないし5号の基準にも適合していると認められる。したがって、近畿運輸局長は、本件申請を認可すべきであったのであり、本件却下決定は違法である。

[12] 近畿運輸局長は、本件却下決定より少なくとも2箇月は早く本件申請を認可することができ、かつ、それをすべきであったから、被上告人らは、同局長の違法な職務行為により、右2箇月分の営業収入の3パーセントに相当する得べかりし利益を失ったということができ、上告人は、被上告人らに対し、これを賠償すべきである。

[13] しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

[14] 法は、タクシー事業を含む一般旅客自動車運送事業につき、4条ないし7条において、その事業の経営についての免許制を規定するとともに、9条1項において、一般旅客自動車運送事業者は、運賃を定め、又はこれを変更しようとするときは、運輸大臣の認可を受けなければならないとし、同条2項において、その認可基準を定めている(なお、一般乗用旅客自動車運送事業に係る運輸大臣の右権限は、法88条1項1号、道路運送法施行令1条2項により、地方運輸局長に委任されている。)。そして、法9条2項1号は、運賃の設定及び変更の認可基準の一として前記基準を定めているが、その趣旨は、一般旅客自動車運送事業の有する公共性ないし公益性にかんがみ、安定した事業経営の確立を図るとともに、利用者に対するサービスの低下を防止することを目的としたものと解するのが相当である。
[15] 右のような同号の趣旨にかんがみると、運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合において、変更に係る運賃の額が能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないときは、たとい右値上げにより一定の利潤を得ることができるとしても、同号の基準に適合しないものと解すべきである。そして、同号の基準は抽象的、概括的なものであり、右基準に適合するか否かは、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない。

[16] ところで、本件申請がされた当時、タクシー事業の運賃変更の認可について、「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃改定要否の検討基準及び運賃原価算定基準について」(昭和48年7月26日付け自旅第273号自動車局長から各陸運局長あて依命通達。以下「本件通達」という。)が定められており、各地方運輸局においては、本件通達に定められた方式に従った事務処理が行われていた。その概要は、地方運輸局長は、同一運賃を適用する事業区域を定め、当該区域の事業者の中から不適当な者を除外して標準能率事業者を選定し、さらに、標準能率事業者の中からその実績加重平均収支率が標準能率事業者のそれを下回らないように原価計算対象事業者を選定し、右事業者について本件通達別紙(2)の「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃原価算定基準」(以下「運賃原価算定基準」という。)に従って適正利潤を含む運賃原価を人件費等の原価要素の分類に従って算定した上、その平均値を基に運賃の値上げ率を算定する(この算定方式を「平均原価方式」という。)、というものである。
[17] 本件通達の定める運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、法9条2項1号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として合理性を有するといえる。そして、タクシー事業は運賃原価を構成する要素がほぼ共通と考えられる上、その中でも人件費が原価の相当部分を占めるものであり、また、同じ地域では賃金水準や一般物価水準といった経済情勢はほぼ同じであると考えられるから、当該同一地域内では、同号にいう「能率的な経営の下における適正な原価」は各事業者にとってほぼ同じようなものになると考えられる。したがって、平均原価方式に従って算定された額をもって当該同一地域内のタクシー事業者に対する運賃の設定又は変更の認可の基準とし、右の額を変更後の運賃の額とする運賃変更の認可申請については、特段の事情のない限り同号の基準に適合しているものと判断することも、地方運輸局長の前記裁量権の行使として是認し得るところである。もっとも、タクシー事業者が平均原価方式により算定された額と異なる運賃額を内容とする運賃の設定又は変更の認可申請をし、右運賃額が同号の基準に適合することを明らかにするため道路運送法施行規則(平成7年運輸省令第14号による改正前のもの)10条2項所定の原価計算書その他運賃の額の算出の基礎を記載した書類を提出した場合には、地方運輸局長は、当該申請について法9条2項1号の基準に適合しているか否かを右提出書類に基づいて個別に審査判断すべきであることはいうまでもない。

[18] 前記事実関係等によれば、被上告人らの本件申請に係る運賃の額は、本件申請の直前に近畿運輸局長が同業他社に対してした認可に係る運賃の額(右運賃の額は本件通達の定める平均原価方式に従って算定されたものと推認される。)を下回るものであったが、同局長は、本件申請に係る運賃の額が右認可に係る運賃の額に達しないものであることのみを理由として直ちに本件却下決定をしたのではなく、本件申請に対する許否の判断に当たり、被上告人らの提出する原価計算書その他の書類に基づき、本件申請に係る運賃の変更が法9条2項1号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたものと解される。前示のとおり、運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、同号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として、合理性を有するものであるから、同局長において本件申請に係る運賃の変更が同号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたことは、相当な措置であったというべきである。しかるに、前記事実関係等によれば、同局長が右審査のために被上告人らに対して右原価計算書に記載された原価計算の算定根拠等について説明を求めたにもかかわらず、被上告人らは、運賃変更の理由は消費税の転嫁である旨の陳述をしたのみで、右原価計算の算定根拠等を明らかにしなかったというのであるから、同局長において被上告人らの提出した書類によっては被上告人らの採用した原価計算の合理性について審査判断することができなかったものということができる。そうであるとすれば、本件申請について、同号の基準に適合するか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、本件却下決定をした同局長の判断に、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用した違法はないというべきである。

[19] 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、前示のとおり、被上告人らの本件損害賠償請求は、本件却下決定が違法であり、近畿運輸局長は本件申請を認可すべきであったことを前提とするものであるから、右請求はいずれも理由がないことに帰する。

[20] よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男  裁判官 小野幹雄  裁判官 井嶋一友  裁判官 藤井正雄  裁判官 大出峻郎)

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