大阪市売春取締条例事件
控訴審判決

大阪市条例第68号違反被告事件
大阪高等裁判所
昭和31年10月18日 第1刑事部 判決

被告人 甲野テル子(仮名)

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。

[1] 条例は直接に憲法第94条によつて認められた地方公共団体の立法形式であつて、同条によりその制定権に「法律の範囲内において」という制約が付せられているほか、条例を以て規定し得る事項について憲法上特段の制限がなく、もつぱら法律の定めるところに委ねられているのであるから、法律に準拠して条例が罰則を設けることは何等違憲ではなく、憲法第31条もこれを禁止する趣旨のものとは解せられない。
[2] 所論は要するに、地方自治法第2条第4条は条例の所管事項とその違反者に対する罰則の範囲を定めているが、同法の罰則制定の授権はその対象になる条例所管事項が極めて抽象的、包括的であつて、具体的、特定的に定められていないから無効であり、従つてこれに基いて制定せられた本件大阪市条例も無効であるというのであるが、政令についてはこれに対する罰則制定権の授権は憲法第73条第6号を以て法律の個別的委任がある場合にのみこれを認め包括的委任を禁止しているものと解せられるのであるが、これは行政権による刑罰権の濫用を防止する趣旨に出でたものであつて、地方公共団体の自治的法規の効力を確保するために法律を以て刑罰権を包括的に授権するのとは自らその趣旨を異にするから、右政令に対する禁止規定を自治立法に当てはめることは正当ではない。
[3] なお、右地方自治法第4条第2条で定められている条例の所管事項はいささか抽象的で、その具体的に示されている事項も単に例示的であつて、全部を網羅したものではないことは認め得るが、だからと云つて所論のように無制限に条例に罰則制定権を授権しているものと断ずることができないこと明かである。従つて条例が前叙地方自治法に準拠して罰則を制定している以上その条例もまた無効とせられる理由はない。而して本件昭和25年大阪市条例第68号「街路等における売春勧誘行為等の取締条例」は憲法第94条地方自治法第4条第2条(即ち同条第3項第7号に例示する風俗のじゆん化に関する事項)に基き制定せられたものであること明白であつて、犯罪の構成要件とこれが刑罰を明確に規定しているのであるから、所論のような罪刑法定主義に背馳しているものではなく、何等憲法に違反するところはない。論旨は理由がない。
[4] 本件大阪市条例で規定している事項は地方自治法第2条第3項第7号において地方公共団体の処理すべき行政事務として明示されている事項に該当しているものであつて同条第6項に列挙せられている国の事務にも包含されているものではないし、これを地方公共団体の事務とするにつき抵触する法律又はこれに基く政令の規定もない。
[5] ところで国の事務と地方公共団体の事務とにつき、これを本質的な面から考えても、その区別は必ずしも明確でないものもあるべく、或は本来国の事務に属すべき性質のものであつても、時と場合と種類及び軽重等によつてはこれを地方公共団体の事務に属せしめて、これにその処理を委ねるを便宜とする場合もあるであろう。しこうして斯くしたとて、これを違法とする理由はない。いま、売春行為並びにその勧誘等の行為について考えるのに、倫理、衛生、風教上等の見地からするとこれは本来法律によつて全国的に取締規制せられることが望ましいことであること所論のとおりではあるが、他面街路等における右勧誘等の行為の如きは都市と農山漁村とのように、それぞれの地域情況等によつて、風教取締行政上その必要性に自ら緩急の差のあることも首肯できるので、時の情勢によつて地方公共団体の事務に委ねるのを妥当とすることあるべく、必ずしも所論のようにこれを国の事務なりと固定的に解釈すべきではない。
[6] 従つて国会が全国的な統一的規定を設けるのを適当とする時期においてこれを国の事務として取上げ法律を以て規定することも素より差支えないところであると共に後に法律を以て規定せられたからと云つて、その条例は当初に遡つて法律違反として無効であるとされる謂われもない。
[7] よつて本件条例に定められた事項は国の事務に当るものだと云い或は売春法を以て制定すべき事項を同法成立に先立つて制定したものだから法律違反として無効だと主張する論旨はいずれも理由がない。
[8] よつて刑事訴訟法第396条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

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