大阪市売春取締条例事件 | ||||
第一審判決 | ||||
大阪市条例第68号違反被告事件 大阪簡易裁判所 昭和31年3月15日 判決 被告人 甲野テル子(仮名) ■ 主 文 ■ 理 由 ■ 参照条文 被告人を罰金5千円に処する。 未決勾留日数中20日を1日を金250円に換算して右罰金刑に算入する。 被告人は売春の目的で昭和31年2月2日午後7時50分頃大阪市天王寺区玉水町天王寺公園球場西側路上で通行中の乙山三郎を誘つたものである。 [1] 弁護人は本件大阪市条例は法令に違反し憲法に違反するものであつて無効であり従つて被告人は無罪であると主張した。其の理由の要旨は、 一、昭和25年大阪市条例第68号街路等における売春勧誘行為等の取締条例は地方自治法第14条に基いて制定されたものであり、同条は地方自治体に条例制定権を与えると共にその条例の施行を実効あらしめる為にこれに罰則を附することを認めたもので所謂空白刑罰法規に外ならない。ところが空白刑罰法規が下級命令に罰則の制定を授権するに当つては必ずやその授権の範囲を具体的に特定しなければならないのであつて、その授権事項が不特定であり抽象的である場合には、その空白刑罰法規は無効であるとされている。これは罪刑法定主義の立前上当然のことであつて、若し其の範囲が具体的に特定されていなければ下級命令は実際に授権されていない事項についても罰則を附することが可能となり結局法律によらずして単なる命令によつて人は刑罰を科せられることになるからである。ところが地方自治法第14条の授権事項は特定且具体的なものではなく、同条第1項は「普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し条例を制定することができる」としており、第2条第2項には地方自治体の行政事務の定義を与えている丈であつて、第3項に行政事務の例示として第1乃至第22号に亘つて事項が羅列されており、結局第2項の事務とは地方自治体の所管するあらゆる事務ということになり、引いて同法第14条は地方自治体の取り行う一切の行政事務に関し条例を制定し且その施行を確保する為に罰則を附することを容認したものと言はねばならない。と言うのである。 そこで考察するに、 [2] 憲法第94条には「地方公共団体はその財産を管理し事務を処理し及び行政を執行する権能を有し法律の範囲内で条例を制定することができる」とあり、地方自治法第14条第1項において「普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し条例を制定することができる」とあり、同法第2条第2項には「普通地方公共団体はその公共事務及び法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属するものの外その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する」とあり、同条第3項には前項の事務を例示すれば概ね次の通りであるとして第1号から第22号まで例示している。 [3] 昭和25年大阪市条例第68号は右例示の第7号風俗のじゆん化に関する事項を処理するものとして制定されたものであることは明である。 [4] 空白刑罰法規が罰則の制定を授権するには事項を具体的に限定することは望ましいが何れの授権の場合においてもその事項は大なり小なり抽象的たらざるを得ないものであつて、これは立法技術上然るのである。殊に行政事務を洩れなく列挙することは到底不可能であるから、その特定の当不当は個々の場合について考えるべきであり、右例示を見るに、通常予想される地方公共団体の事務を網羅しているものと言うべく、これに類する事務であつて右例示にないものについて条例が制定され又は全然新しい事務について条例が制定された場合には慎重に検討すべきであるが、本件大阪市条例は先に述べた通り明文を以て示された事務処理上制定されたものであるから何等無効というべき点はない。 [5] 又売春行為又は売春勧誘行為等の取締は法律によつて全国一律に定められることは法体系上望ましいが、現在これについては所論の通り、これが取締の法律はないのである。 [6] 而して街路におけるこれ等行為の取締の必要性は大都市と農山漁村とにおいて多少の差異があるのではないか。従つてその間に緩厳のあることも考えられるのであつて、必ずしも国の事務ということはできない。又法律に定めがないものについては条例を制定したからといつて直ちに無効ということはできない。 [7] そして本条例は天賦の基本的人権を侵害するものでもなく、又憲法法上法律によるべきことを定められた人権を侵害するものとも言えない形式的にも実質的にも無効ではない。 [8] 以上の理由によつて弁護人の主張はこれを採用しない。 昭和25年大阪市条例第2条第1項 罰金等臨時措置法第2条 刑法第21条 刑事訴訟法第181条第1項但書 第2条第1項 売春の目的で、街路その他公の場所において、他人の身辺につきまとったり又は誘ったりした者は、5000円以下の罰則又は拘留に処する。 |
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