富山大学単位不認定事件
上告審判決(専攻科修了認定)

単位不認定等違法確認請求事件
最高裁判所 昭和46年(行ツ)第53号
昭和52年3月15日 第三小法廷 判決

上告人 (被控訴人 被告) 富山大学経済学部長 外1名
        指定代理人 貞家克己 外2名

被上告人(控訴人  原告) 針原雄四郎
          代理人 手取屋三千夫 外2名

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告指定代理人中村盛雄、同池田直衛、同石田裕康の上告理由


 原判決主文第一項中被上告人の上告人富山大学経済学部長に対する第1次請求に関する部分を破棄する。
 右破棄部分に関する被上告人の控訴を棄却する。
 上告人らのその余の上告を棄却する。
 被上告人の上告人富山大学経済学部長に対する第1次請求に関する訴訟の総費用は被上告人の負担とし、被上告人のその余の請求に関する上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 思うに、国公立の大学は公の教育研究施設として一般市民の利用に供されたものであり、学生は一般市民としてかかる公の施設である国公立大学を利用する権利を有するから、学生に対して国公立大学の利用を拒否することは、学生が一般市民として有する右公の施設を利用する権利を侵害するものとして司法審査の対象になるものというべきである。そして、右の見地に立つて本件をみるのに、大学の専攻科は、大学を卒業した者又はこれと同等以上の学力があると認められる者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的として設置されるものであり(学校教育法57条)、大学の専攻科への入学は、大学の学部入学などと同じく、大学利用の一形態であるということができる。そして、専攻科に入学した学生は、大学所定の教育課程に従いこれを履修し専攻科を修了することによつて、専攻科入学の目的を達することができるのであつて、学生が専攻科修了の要件を充足したにもかかわらず大学が専攻科修了の認定をしないときは、学生は専攻科を修了することができず、専攻科入学の目的を達することができないのであるから、国公立の大学において右のように大学が専攻科修了の認定をしないことは、実質的にみて、一般市民としての学生の国公立大学の利用を拒否することにほかならないものというべく、その意味において、学生が一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害するものであると解するのが、相当である。されば、本件専攻科修了の認定、不認定に関する争いは司法審査の対象になるものというべく、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができる。
[2] 論旨は、法令上専攻科修了なる観念は存在せず、したがつて、専攻科修了の認定というのも法令に根拠を有しない事実上のものであるから、専攻科修了の認定という行為は行政事件訴訟法3条にいう処分にあたらない、と主張する。しかしながら、大学の専攻科というのは、前述のような教育目的をもつた一つの教育課程であるから、事理の性質上当然に、その修了という観念があるものというべきである。また、学校教育法57条は、専攻科の教育目的、入学資格及び修業年限について定めるのみで、専攻科修了の要件、効果等について定めるところはないが、それは、大学は、一般に、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等においてこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有するところから、専攻科修了の要件、効果等同法に定めのない事項はすべて各大学の学則等の定めるところにゆだねる趣旨であると解されるのである。そして、現に、本件富山大学学則においても、「専攻科の教育課程は、別に定めるところによる。」(60条)、「専攻科に1年以上在学し所定の単位を履修取得した者は、課程を修了したものと認め修了証書を授与する。」(61条)と規定しているのであるから、法令上専攻科修了なる観念が存在し、専攻科修了の認定という行為が法令に根拠を有するものであることは明らかというべきである。そして、このことと、前述のように、国公立の大学は公の教育研究施設として一般市民の利用に供されたものであつて、国公立大学における専攻科修了の認定、不認定は学生が一般市民として有する右公の施設を利用する権利に関係するものであることとにかんがみれば、本件専攻科修了の認定行為は行政事件訴訟法3条にいう処分にあたると解するのが、相当である。それゆえ、論旨は、採用することができない。
[3] 論旨は、また、専攻科修了の認定は、大学当局の専権に属する教育作用であるから、司法審査の対象にはならないと主張する。しかしながら、富山大学学則61条によれば、前述のように、1年以上の在学と所定の単位の修得とが同大学の専攻科修了の要件とされているにすぎず(ちなみに、大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)32条によれば、大学の卒業も、4年以上の在学と所定の単位124単位以上の修得とがその要件とされているにすぎない。)、小学校、中学校及び高等学校の卒業が児童又は生徒の平素の成績の評価という教育上の見地からする優れて専門的な価値判断をその要件としている(学校教育法施行規則27条、55条及び65条参照)のと趣を異にしている。それゆえ、本件専攻科の修了については、前記の2要件以外に論旨のいうような教育上の見地からする価値判断がその要件とされているものと考えることはできない。そして、右2要件が充足されたかどうかについては、格別教育上の見地からする専門的な判断を必要とするものではないから、司法審査になじむものというべく、右の論旨もまた、採用することができない。
[4] 本件記録によれば、被上告人の本訴請求は、第1次請求として上告人経済学部長に対し単位授与、不授与未決定違法確認(以下「A請求」という。)及び上告人学長に対し専攻科修了、未修了未決定違法確認(以下「B請求」という。)を、第2次請求として上告人学長に対し単位授与、不授与未決定違法確認(以下「C請求」という。)を、第3次請求として上告人経済学部長に対し単位認定義務確認(以下「D請求」という。)及び上告人学長に対し専攻科修了認定義務確認(以下「E請求」という。)を、第4次請求として上告人学長に対し単位認定義務確認(以下「F請求」という。)を求めるものであるところ、第一審判決は、単位の授与(認定)及び専攻科修了の認定はいずれも司法審査の対象となりえないものであるとして被上告人の右各請求にかかる訴えをすべて不適法として却下したのであるが、原判決は、単位の授与(認定)は司法審査の対象となりえないものである(原審の右判断は、正当として是認することができる。最高裁昭和46年(行ツ)第52号昭和52年3月15日第三小法廷判決参照)けれども、専攻科修了の認定は司法審査の対象になるものと解すべきである(原審の右判断が正当であることは、前示のとおりである。)としたうえ、被上告人の右各請求にかかる訴えを却下した第一審判決部分を全部取り消して本件を第一審裁判所に差し戻した。しかしながら、原判決中、B請求及びその予備的請求であるC請求ないしF請求に関する部分は、正当として是認することができるが、A請求に関する部分は、次に述べるとおり、違法として破棄を免れないものというべきである。すなわち、単位の授与(認定)が司法審査の対象となりえないものである以上、単位授与、不授与未決定違法確認を求めるA請求にかかる訴えは不適法たるを免れないのであるから、第一審判決中右訴えを却下した部分は正当というべきであり、第一審判決中の右部分をも取り消した原判決は、その限度で違法というべきであるからである。それゆえ、論旨中これをいう部分は理由があるものというべく、原判決中A請求に関する部分は、これを破棄し、被上告人の控訴を棄却すべきである。

[5] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法408条1号、396条、384条、96条、89条、92条、93条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 天野武一  裁判官 江里口清雄  裁判官 高辻正己  裁判官 服部高顕  裁判官 環昌一)
[1] 原判決は、被上告人針原雄四郎の富山大学経済学部専攻科修了未修了の認定をしないことの不作為違法確認訴訟について、これを適法と判示しているが、右専攻科修了未修了の認定なるものは、司法審査の対象とならないものであり、また行政処分ではないから、右判示は、行政事件訴訟法3条5項の解釈を誤つたものというべきである。

[2]、大学の専攻科については、学校教育法上、何らかの法的効果をもつものとしての専攻科修了なる制度は、存在しない。
[3] 学校教育法57条は、「大学には専攻科を置くことができる。」(1項)、「大学の専攻科は、大学を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は1年以上とする。」(2項)と規定し、大学の専攻科なる制度を設け、その目的および修業年限を定めているが、右の規定以外に、専攻科に関しては何ら規定するところがなく、専攻科の修了の要件、効果等について全く規定が設けられていないのであつて、そもそも専攻科修了という観念は、法令上存しないものというべきである(大学の卒業に関する大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)32条から34条までの規定は、専攻科の修了に関するものでないことはいうまでもない。)。このことは、専攻科が「精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導すること」をその制度の本質とするものであつて、専攻科修了をもつて対社会的に一定の資格を付与するといつた法的効果の発生を目的とするものではないことによるのである(もつとも、教育職員免許法5条1項の別表第1によれば、大学の専攻科に1年以上在学し、30単位以上を修得すれば、高等学校教諭の資格を取得するものとされているが、この資格取得の効果は専攻科修了と関係するものではない。)。
[4] 以上のとおりであるから、専攻科修了の認定なるものは、法令に根拠を有しない事実上のものであつて、専攻科学生の法律上の地位に何ら影響を及ぼすものではない。また、専攻科修了の性質がかゝるものであるから、専攻科学生には、法律上専攻科修了認定の申立権があるものとは到底解することができない。従つて、専攻科修了の認定なるものは、行政事件訴訟法3条にいう行政処分には該当しない。

[5]、専攻科修了認定は、司法審査の対象となるべきものではない。
[6] 大学の専攻科修了の認定なるものは、学校教育法上の学校の卒業の認定と同じく、学校当局の専権に属する教育作用であつて、教育の本質上、司法審査にはなじまないものである。原判決は、専攻科修了は学校の卒業と同じであり、学校の卒業の認定が司法審査に服するものであるから、専攻科修了の認定も、司法審査の対象となるものとしているが、卒業も、以下述べるように、司法審査の対象となるべきものではない。
[7] 一般に卒業とは、当該学校の全教育課程を修了することをいうものであるが(学校教育法施行規則28条参照)、卒業の認定については、小中学校においては、「卒業を認めるに当つては、児童の平素の成績を評価して、これを定めなければならない。」(同施行規則27条、55条)ものとし、高等学校においては、「生徒の高等学校の全課程の修了を認めるに当つては、高等学校学習指導要領の定めるところにより、85単位以上を修得した者について、これを行なわなければならない。」(同施行規則63条の2)としたうえ、前記施行規則27条の規定を準用している。また、大学における卒業の認定についても、「大学は、一の授業科目を履修した者に対しては、試験の上単位を与える」ものとし(大学設置基準31条)、一定年限在学し、一定の単位を修得することをもつて卒業の要件と定め(同基準32条、33条)、「卒業は、教授会の議を経て、学長が、これを定める。」(学校教育法施行規則67条)ものと規定している。
[8] 以上によつて明らかなように、卒業の認定は、単に一定年限在学し、一定単位を修得したことのみによつて自動的になされるわけではなく、学校当局の教育上の見地からの判断が加わつてなされるものである。大学における授業科目の履修の有無の認定や試験を施行して単位を与えるか否かの認定も、いずれも直接教育に当る学校当局の専権に属するものと考えるべきであり、さらに当該学生が大学の全教育課程を修了したものと認めてよいかどうかの判定、すなわち卒業の認定も、学生に対し、平素直接的接触をもつ学校当局が、学生の素質、能力、勤怠その他の要素を全人格的に綜合判断してなされるべきものであつて、直接教育に当つた大学当局のみがよくなしうることであり、大学当局のみに委かされた権限であるというべきである。
[9] 以上述べたように、科目の履修の認定、試験合格および単位の取得の認定、卒業の認定などの教育作用は、直接児童、生徒、学生の教育に当たる教師、学校当局の判断にもつぱら委かされているのであつて、司法機関が右認定の当否を審査することは、本来法の予定していないところといわなければならない。
[10] 従つて、卒業の認定といえども、行政事件訴訟法3条において抗告訴訟の対象となるものではないのであり、況んや大学の専攻科の修了の認定なるものも、その性質にかんがみ、より抗告訴訟の対象となるものではない。

(その他の上告理由は省略する。)

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決(単位) ■上告審判決(専攻科) ■判決一覧