「板まんだら」事件
控訴審判決

寄附金返還請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和50年(ネ)第2353号
昭和51年3月30日 判決

控訴人 (原告) 松本勝弥 外16名
被控訴人(被告) 創価学会

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決を取り消す。
 本件を東京地方裁判所に差し戻す。


 控訴人ら(ただし、控訴人松本勝弥を除くその余の控訴人らは当審における最初になすべき口頭弁論の期日に出頭しないのでその提出にかかる控訴状が陳述したものと看做された。)は、
「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ原判決添付寄付一覧表記載の寄付金額及びこれに対する昭和40年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。


、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し原判決添付寄付金一覧表記載の寄付金(以下「本件寄付金」という。)の返還を求めるもので、その本位的請求原因として主張するところの要旨は、
控訴人らがなした寄付行為は、被控訴人が広宣流布達成の時に本尊すなわち「板まんだら」を安置するための「事の戒壇」たる正本堂建立費用にあてることを目的として供養金名義で金銭を寄付したところ、本尊である「板まんだら」は偽物であり、正本堂は「事の戒壇」でなく広宣流布達成の時でないことが判明し、出捐の目的たる重要な要素に錯誤があつたから本件寄付金の返還を求める、
というにあつて、被控訴人に交付した金員が要素の錯誤に基づいて交付された無効のものであるから被控訴人においてこれを利得する法律上の原因を欠き不当利得金として控訴人らに返還を求めるのに対し、被控訴人は、
(1) 控訴人ら主張の錯誤の内容は本尊が偽作であること及び正本堂が「事の戒壇」ではなく広宣流布達成の時でないことの2点で右はいずれも日蓮正宗の信仰の本質に関するものであつて裁判所はこれに干渉する権限がなく(憲法20条、宗教法人法85条)右2点に関する判断を経なければ控訴人らの請求の当否を判断しえないものであるから控訴人らは結局裁判所に対し不能を強いるものであり、訴訟の前提問題としても裁判所の審査権限の外にあり、
(2) また、宗教上の信仰対象の真否、教義の解釈説明、堂宇の意義等に関する争いは、法令の適用によつて解決するに適さないものであり、たとえ前提問題として本来裁判所の審判を受くべき事柄ではない(裁判所法3条)から、控訴人らの本訴請求は不適法として却下を免がれない、
と主張するけれども、控訴人らの本訴請求は錯誤に基づき被控訴人に交付した金員を不当利得として返還を求めるものであつて、その不当利得返還請求権の存否が本件訴訟の審判の対象となるべきものであつて、このような訴訟上の請求につき裁判所が審判権を有しないものと解することはできない。すなわち、裁判所は、日本国憲法に特別の定めのある場合を除き一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する(裁判所法3条1項)もので、ここにいう「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であって、法律の適用により終局的に解決することができるものをいうものと解す(最高裁判所昭和29年2月11日第1小法廷判決最高裁判所民事判例集8巻2号419頁、最高裁判所昭和41年2月8日第3小法廷判決最高裁判所民事判例集20巻2号196頁参照。)べく、単なる事実の存否は、原則として、裁判の対象とはならない(例外、民事訴訟法225条)し、また個人の単なる主観的意見又は感情に基づく精神的不満、学問上、技術上の論争等が裁判の対象とならないことはいうまでもないところ、控訴人らの本訴請求は、不当利得返還請求権の存否を目的とするもので、単なる事実の存否の確認ないしは控訴人ら個人の主観的意見又は感情に基づく精神的不満、学問上、技術上の論争等そのものを目的とするものでないし、ただ不当利得返還請求権の成立要件の一つとして要素の錯誤として主張する内容が被控訴人の明示された出捐の目的、すなわち広宣流布の際に戒壇の本尊を安置するための正本堂建立費用にあてることを目的として本件寄付金を交付したところ、広宣流布はいまだ達成されておらず、戒壇の本尊も偽物であつたことを理由とするものであつて、本件寄付金の交付行為が錯誤により無効であるかどうかの判断は、控訴人らの動機を含めた意思表示の内容と内心の意思との間に不一致があるかどうか、被控訴人が募金の際に右の寄付金の交付の動機となるような事実を表示して募金したかどうか、さらには右の不一致が宗教上の信仰の対象の真否、教義の解釈説明、堂宇の意義等に対して見解の相異があるからといつて直ちに民法上の要素の錯誤により寄付が無効となりその結果被控訴人の本件寄付金の利得が法律上の原因がないこととなるかどうか等によつて定めらるべきであつて、このような私法上の請求権の要件事実の成否について審理し、不当利得返還請求権の存否を判断することは当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であり、法律を適用することによつて終局的に解決する所以であつて、本件寄付金返還請求権の行使が宗教上の信仰対象の真否、教義の解釈説明、堂宇の意義等に関する争いを目的としたものであつて、法令の適用によつて解決に適さないものとして裁判所に審判権がないとすることはできない。被控訴人は、控訴人らが主張する錯誤の内容は日蓮正宗の信仰の本質に関するもので、憲法20条、宗教法人法85条の規定の趣旨からして裁判所はこれに干渉する権限がないと主張するけれども、憲法20条の規定の趣旨からしても控訴人ら主張の錯誤による本件寄付金返還請求権の当否について裁判所の審査権がないとすることはできないし、右法条の規定の趣旨は信教の自由を保障することを目的とし、これにともない国が宗教に対し中立的な立場にあること明らかにしたものであつて、宗教上の行為であるからといつて、これにともない財産上の権利の存否に紛争が生じた場合に国、すなわち裁判所が財産上の権利の存否を判断する権限がないとしその司法上の救済の途をふせぐこと、ないしはその宗教団体内部の自治に委せるということは、宗教団体に政治上の権力の行使を認める結果となり同条1項後段の規定の趣旨にも反することとなるし、また宗教法人法85条の規定も信教の自由を保障する観点から調停、和解等の裁量的余地のある方法で、宗教団体における信仰、規律、慣習等宗教上の事項ないし宗教上の役職員の任免その他に干渉することを禁止するものにすぎず宗教団体内部の紛争が法的紛争であるかぎり、これにつき法的判断を加えることは、裁判所が当然にその権限としてなすべきことであつて、右法条はこれを妨げる趣旨のものではないから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

、右によると、控訴人らの本位的請求原因に基づく訴えにつき控訴人ら主張の錯誤の成否ひいては本件寄付金不当利得返還請求権の存否を判断することなく、裁判所にその審判権がないことを理由に不適法としてこれを却下した原判決は不当として取消しを免がれず、本件控訴はこの点において理由がある。
 よつて、原判決を取り消し、さらに実体的審理を尽させるため本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のように判決する。

  (裁判官 豊水道祐 舘忠彦 安井章)

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