警察法改正事件
第一審判決

地方自治法に基く警察予算支出禁止事件
大阪地方裁判所 昭和29年(行)第57号
昭和30年2月15日 判決

原告 清水嘉市 外33名
被告 大阪府知事

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告等の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告等の負担とする。


[1] 原告等訴訟代理人は、「被告に対し、昭和29年6月30日大阪府会の決議による昭和29年度追加予算中の警察費(公安委員会費)9億5973万5900円の支出を禁止する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決をもとめ、請求の原因として、つぎの通り述べた。

[2]「大阪府議会は昭和29年6月30日、被告の提出した昭和29年度追加予算を可決し、その予算中には警察費(公安委員会費)として金9億5973万5900円が計上されているが、これは同年6月8日法律第162号として公布された警察法(新警察法)を原因とするものである。しかし、新警察法はつぎにのべる通り法律として無効であり、被告はこれに基く予算を提出すべきでなかつたし、また大阪府議会はこれを可決すべきではなかつたのに、右の通り提出可決され、被告はこれに従つた違法な支出をしようとしている。
[3] そこで、大阪府の住民である原告等は、地方自治法第243条の2第1項にもとづいて、大阪府監査委員に対し監査の請求をしたが、同委員会は同年7月21日、新警察法が正規の手続を経て一たん法律として公布された以上、府知事がこれに基く措置をすることは当然の責務であり、予算は同年6月30日大阪府議会で可決しており、被告がその予算を執行し経費を支出することは大阪府知事として法律上当然の職務執行であつて、違法性をみとめられない、との決定をした。そこで、原告等は右第243条の2第4項にもとづき、本訴請求におよんだ次第である。
[4] そして、新警察法は、つぎの点において法律として無効である。
[5]、新警察法は、昭和29年6月7日参議院の議決を経て成立したものとして公布されているのであるが、第19回国会は3回にわたる会期延長の末、同年6月3日会期を終り閉会となつたもので、右6月7日国会は閉会中で、その日の参議院の議決は無効であり、これに基く新警察法も無効というほかはない。右会期の最終日たる6月3日の衆議院の議場は議員の乱闘により大混乱となり会議をひらくことができず、衆議院議長は議場に入れないまま、議長席後方のドアを2、3寸開いて2本の指を出し、2日間延長と呼んだが、近くの数人にしか聞えず、これを聞いた自由党議員が拍手したのに応じ、同党の議員2、30人位が拍手したにすぎない。しかるに、これをもつて会期を2日間延長する議決があつたものとして、衆議院から参議院に通告され、これによつて参議院は新警察法を審議可決したものであるが、右会期延長の議決とされたものは、議長が議長席にもつかず開会の宣言もせず、議事日程も配付せず、議案を議題とする宣言もせず、議員に発言の機会も与えず、議題を明らかにして起立等の方法による表決をとることも、その表決の結果を宣告することもしなかつた等、これらの点を規定する衆議院規則にまつたく適合せず、議決としての効力をみとむべくもない。従つて同日の会議は流会となり、会期は同日で終り、国会は閉会となつたとみるほかはない。
[6]、新警察法の内容は憲法に違反する。憲法第92条により、地方公共団体の組織および運営に関する事項を法律で定める場合、地方自治の本旨に基いて定めなければならない。この地方自治の本旨に関し、憲法第94条は、地方公共団体はその行政を執行する権能を有するものとしており、地方自治法第2条第3項第1号にかかげる、地方公共団体の秩序を維持することは、右行政を執行する権能の最も重要な部分であり、近代的機構をもつ警察をもち、これを運営することは、右秩序維持の方法として欠くことのできないところで、従つてこれは憲法によつて保障された市町村の権能である。しかるに新警察法は、この市町村自ら警察をもち、これを運営する権能を、単なる法律の改正によつて奪わんとするもので、明らかに憲法に違反した無効な法律といわなければならない。
[7] なお、地方自治法に定める監査委員の職務権限は、一般監査と特別監査とに分けることができ、同法第199条に規定する一般監査事項のほか、同法第75条、第98条、第240条、第242条、第244条、同法施行令第170条、第171条等に規定する特別監査事項について監査する権能を有し、同法第243条の2に規定する職員の違法または不当な行為の制限禁止に関する事項も、この特別監査事項に属し、上記第199条にかかげる一般監査事項とは関係がない。右第243条の2の規定により、職員の違法または不当な公金の支出を監査してその制限禁止を請求することができるのであつて、議会の議決があつても、その議決が違法であれば、これに従う職員の行為も違法たるをまぬがれない。議会の議決に適合したというだけで、職員の行為を違法でないとすることはできない。監査委員としては、当然その権能をもつてこれを監査し、その制限禁止の措置をとることができる。従つて右第243条の2に規定する住民の監査請求の対象となるものであり、また訴の対象となるものである。」

[8] 被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決をもとめ、答弁としてつぎの通りのべた。

[9]、大阪府議会が、原告等主張の日その主張の通りの予算を可決し、被告がこれを支出せんとしていること、原告等が大阪府監査委員に対し、右の支出を違法として地方自治法第243条の2の規定にもとづく監査の請求をし、同委員が原告等主張の通り決定したことはみとめる。
[10]、原告等は、被告の支出の違法原因として、新警察法の無効をあげ、その無効原因として、昭和29年6月3日の衆議院における会期延長の議決の無効をあげるのであるが、裁判所は、国会の会期延長の議決の有効無効について判断する権限を有しない。
[11](一) 国会の内部事項は、三権分立の原則により、国会の自主的な判断にまかされており、国会の会期のごときは、かかる事項に属する。
[12] 裁判所のもつ違憲立法審査権は、基本的人権の保障のためのものであり、従つて裁判所は、法律の内容に関する実質的な審査の権能をもつだけで、その法律についての国会の議決の有無、効力を審査する権限はない。
[13] 仮に形式的審査ができるとしても、それは裁判所が適用すべき法律自体の形式的審査にとどまるべきで、すなわち、その法律を直接対象とする議決について、その有無および効力の点の審査にとどまり、その議決についての国会の活動能力、議事能力の有無には及ばぬと解すべきである。
[14](二) 国会の会期延長の議決の効力の問題は、政治問題であり、裁判所の審査の対象とならないいわゆる統治行為に属する。
[15] このような問題は、国民に対し政治責任を負う機関によつて決定され、国民の批判にまつべきであり、政治的に無答責な裁判所によつて決定するのは、民主政治の根本原則に反し、また、このような高度に政治的な問題を審判することは、裁判所の政治的中立性を失わせ、裁判所に対する国民の不信を買う結果となる。憲法も、国会の会期延長の議決の存否、効力を裁判所に判断させ、その不存在または無効を前提とする判決によつて、延長された会期中に成立した法律およびこれに基く政令省令その他の処分一切の効力が争い得ることになる混乱を容認しているとは考えることができない。もしこれを予定しているとすれば、当然この混乱に対する善後措置の規定がなければならないはずであり、憲法にその点を調整すべき規定のないのは、右の議決について裁判所に審査権がないことを前提としていると解するほかはない。
[16]、地方自治法第243条の2第4項の訴は、普通地方公共団体の役職員の事務執行行為自体の非違を匡正するためにみとめられたもので、議会の議決の無効を理由として、役職員の執行行為の禁止制限等をもとめることはできないと解すべきである。
[17](一) 同条により、住民の請求にもとづいて監査委員が団体の長に請求できることは、長の権限内の措置でなければならない。そして長は団体の支出が違法または不当であるときはこれを差しとめる権限を有するが、それは支出が議会の議決に基かない場合または議会の議決に違反する場合であつて、支出が議会の議決に基いてなされた場合には、その議決の無効を理由に支出を差しとめることは長の権限に属しないといわねばならない。従つて、監査委員は議会の議決の無効を理由に、それに基く支出が違法または不当であるとして、団体の長に対し、その禁止制限を請求することはできない。右第243条の2による住民の監査請求も、監査委員が団体の長に請求できることを監査委員にもとめるものと解せねばならず、これを前置手続とする同条第4項の訴も、監査委員の権限に属し、監査委員に請求できる事項について、裁判所の裁判をもとめるものといわねばならない。すなわち右の訴は、団体の役職員が、議会の議決に基かず、または、議会の議決に違反して、公金を支出する場合、いいかえれば、議会の議決の執行に当り、支出等の行為自体に非違があつた場合にのみ許されるもので、事務の執行が議会の議決に基いてなされ、これに何等違反することのない場合にその議決の無効を理由として執行行為を禁止制限することをみとめたものではない。
[18](二) 監査委員の監査の対象は、地方自治法第199条第1項にかかげる職務の内容からいつて、団体の経営に係る事業の管理および団体の出納その他の事務の執行行為自体に限られ、議会の議決それ自身の違法不当は監査の対象にならない。また監査委員の半数は、団体の長が議会の同意を得て議員の中から選任し、委員はその団体の常勤の職員を兼ねることができず、長の指揮監督に服しない独立の地位を保障されている。この委員の構成、地位等からみても、監査委員の監査は、団体の執行機関である長およびその補助機関の事務執行行為自体を対象とするもので、決議機関たる議会の議決等を対象とするものでないことが明らかである。前記第243条の2による住民の請求にもとづく監査も同様であつて、その監査を前提とした同条の訴の対象とする行為も同様であり、議会の議決の無効を理由として、その執行行為の制限禁止等をもとめることはできない。
[19](三) 地方自治法は住民による議会の解散請求の制度をみとめており、住民は、議会の議決が違法または不当で住民の意思に反するとみとめた場合は議会の解散の請求の方法によつて、その匡正を図る建前になつていて、そのほかに、同法第243条の2によつて、議会の議決の違法不当の監査を請求することをみとめたものとは解することができない。議会の解散を請求することが、はるかに直接かつ根本的な解決になるからである。右監査請求は結局団体の執行機関たる長およびその補助機関の執行行為自体の非違を匡正するためにみとめられ、これを前提とする同条第4項の訴も同様であり、この訴により議会の議決の無効を理由として執行行為の禁止制限等をもとめることはできないといわねばならない。原告等が、議会の議決の無効を主張するのであれば、むしろ、議会の解散の請求の方法によるべきであつて、その方法によらず、右法条第4項の訴によつて、その議決による支出の禁止をもとめるのは、地方自治法の建前に反し、許されないといわねばならない。」

《証拠省略》


[1] 地方自治法第243条の2は、普通地方公共団体の住民は、当該団体の長などについて、「公金の違法若しくは不当な支出」若しくは浪費などがあると認めるときは、監査委員に対し、監査を行い、当該行為の制限又は禁止に関する措置を講ずべきことを請求することができ(第1項)、その請求があつた場合、監査委員は、監査を行い、請求に係る事実があると認めるときは、普通地方公共団体の長に対し、当該行為の制限又は禁止を請求しなければならず(第2項)、その請求があつたときは、普通地方公共団体の長は、直ちに必要な措置を講じなければならないが(第3項)、右監査委員若しくは長の措置に不服があるとき、または、これらの者が措置を講じないときは、第1項の規定による請求人は、裁判所に対し、当該職員の「違法又は権限を超える当該行為の制限若しくは禁止又は取消若しくは無効」に関する裁判を求めることができる(第4項)ことを規定している。
[2] そしてここで、裁判所に対し、制限、禁止等に関する裁判をもとめることのできる「違法な支出」については、何等特別にこれを限定した文言はない。
[3] しかし、右の訴が、裁判所の裁判をもとめる違法の支出について、まず、監査委員に対し監査とこれにもとづく措置を請求し、その決定を経た後に提起されねばならないものとされているところから考えて、その違法な支出は、一応監査委員においてこれを監査し普通地方公共団体(団体)の長(長)に措置をもとめる権限のある事項でなければならないものと考えられる。法律が監査委員に対し、その権限に属しないことを請求させる規定をおいているとは普通には考えられないからである。
[4] そこで、監査委員の権限を、とくにその団体の議会との関係で考察してみると、議会は、国における国会の地位とはかなりの差異があるとしても、やはり、そこの団体における最高の機関ということができ、長以下の執行機関が行う事務の執行に対し、批判監督介入する一般的な権限をもつていることは、地方自治法第96条ないし第100条の規定からも疑がなく、その第98条によれば、団体の事務の管理、議決の執行および出納を検査する権限を有することが明らかである。そして、監査委員の権限は、同法第199条によれば、その団体の経営に係る事業の管理および団体の出納その他の事務の執行を監査するものであり、これを議会の上記権限と対比すると、監査委員の権能は、議会に対し、独立した固有の権能を有するというより、一般的には同種の権能を、専門的集中的に担当するものということができる。これにより、監査委員の監査の対象は、直接には長以下の執行機関の行為の適否当否にかぎられ、議会の議決におよばないことの明らかなほか、なお、長以下の執行機関の行為を監査するについても、その行為が明らかに議会の議決にもとづき、または議会の議決により承認されているかぎり、これを違法または不当とすることによつて、結局、議会の議決そのものを監査する結果を来すこと、すなわち執行機関の行為を議会の議決に反して非難し、議会の議決自体を監査すると同一の結果となることも、監査委員の行為として、その権限に属しないといわなければならない。このことは同法75条または第243条の2に定める住民の請求にもとづく監査についても異らない。監査委員に関する地方自治法の諸規定を通覧して、監査委員が議会の議決を批判し、監査委員の判断を、議会の議決に示された議会の判断に優越せしめる趣旨は、見出すことができない。住民の請求があると、これに支えられて、監査委員の権限が急に強くなるとも考えられない。議会の議決は住民によつて批判さるべきであるが、それは、議員の選挙、ないし、直接、議会または議員に対する直接請求の方法によつて行われるべきことを地方自治法は予定していると解すべきであつて、その間に、とくに監査委員の判断にまつべき技術的な必要もないし、監査委員にその関係で特に高度の法律的政治的ないし行政的な見識が期待されているとも考えることができない。つまり、監査委員は、執行機関に対する監督機関ではあるが、議会に対する牽制の機能をもつものではない。
[5] 従つて、監査委員は、議会が議決した予算を違法または不当と批判することはその権限に属せず、かかる批判をもととして、長以下の執行機関の行為を非難することはできない。
[6] そして右第243条の2は住民に、団体の長等に対する公金の違法支出等についての制限禁止等の措置を求める権利を認めたものであるが、これは以上に考えた監査委員の権限内にある事項につきその権利の発動を促し、なお不服があれば裁判によつてその目的を達せしめようとしたに止まるのであつて、右監査委員の権限以上に亘つて議会の議決そのものの違法までも、特に同条の方法によつて是正せしめんとしたものと解すべき根拠は到底見出し難い。
[7] そうすると、原告は本訴で、大阪府議会が議決した予算にもとづく、被告大阪府知事の警察費の支出について、その予算自体の違法の故に右支出を違法としてその支出の禁止をもとめているのであり、これは地方自治法第243条の2第4項に定める訴によつて裁判所の裁判をもとめることのできる違法な行為に当らないといわなければならない。原告の本訴請求は、この点ですでに失当として棄却をまぬがれない。
[8] よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第89条を適用し主文の通り判決する。

  (裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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