小売市場許可制合憲判決
控訴審判決

小売商業調整特別措置法違反被告事件
大阪高等裁判所 昭和43年(う)1608号
昭和44年11月28日 第6刑事部 判決

被告人 甲乙産業株式会社(仮名) 外1名

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 当審における訴訟費用は全部被告人らの連帯負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人坂井尚美作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官西川伊之助作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
[2] 論旨は、原判決は小売商業調整特別措置法(以下措置法という。)3条1項、22条1号、24条、同法施行令1条、2条を原判示事実に適用して被告人両名を有罪としたが、右各法条はいずれも憲法22条1項、14条、25条に違反する無効な法令であり、原判決は右憲法の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
[3] そこで案ずるに、措置法3条1項は(小売市場の許可)として、政令で指定した市の区域(以下指定地域という。)内の建物については、都道府県知事の許可を受けた者でなければ小売市場(1の建物であつて10以上の小売商(その全部又は一部が政令で定める物品を販売する場合に限る。)の店舗の用に供されるものをいう。)とするため、その建物の全部又は一部をその店舗の用に供する小売商に貸し付け又は譲り渡してはならない。と規定し、これを受けて同法施行令1条は政令で指定する市として大阪府大阪市、東大阪市を含む全国42市を指定し、同令2条は政令で定める物品として、(1)野菜、(2)生鮮魚介類を指定し、同法5条は(許可基準)として、都道府県知事は措置法3条1項の許可の申請があつた場合には、当該小売市場が開設せられることにより、当該小売市場内の小売商と周辺の小売市場内の小売商との競争又は当該小売市場内の小売商と周辺の小売商との競争が過度に行なわれることとなり、そのため中小小売商の経営が著るしく不安定となるおそれがある場合(同条1号)その他同条2号ないし5号所定の場合以外は同項の許可をしなければならないとして不許可の場合を規定し、同条1号をうけて大阪府小売市場許可基準内規(以下内規という。)は、法3条1項の許可の申請にかかる小売市場から最も近い小売市場へ至るため通常利用される道路の距離のうち最も短いものが700メートル未満である場合は措置法5条1号に該当するものと規定し(内規一、(1))ているのであつて、措置法が貸付又は譲渡のための小売市場の開設につき許可主義をとつていること、および右許可につき距離制限が設けられていること、従つて小売市場を開設しようとする場所が既存の小売市場の近くであつて開設の結果小売商人の過当競争が予測される場合等には、都道府県知事において措置法3条1項の許可をしない等のことがあるので、そのような場合には自己の好む場所に小売市場を開設することができず、小売市場を開設しようとする者の自由がその限度において制限される結果を来すことは所論の指摘するとおりである。
[4] そして所論は、小売市場開設に関する右各規制は、(1)、先ず自由競争を基調とする現在のわが国の経済体制に反し、消費者の利益を無視して既存業者の保護に偏したものであつて憲法22条1項に規定する職業選択の自由に反し、(2)、次のような地域指定、業種、店舗数による規制は法の下における平等を定めた憲法14条に反し、(3)、更に右のような距離制限は国民の食生活の確保に支障を来すもので生存権の侵害として憲法25条に違反すると主張するので以下順次検討する。

[5] たしかに憲法22条1項は営業の自由を含む職業選択の自由を認めており憲法が予想している経済的基盤は自由経済、自由競争を基調とするものと考えられ、このような経済体制の下においては営業の性質上国の独占とされるものを除いては職業選択ないし営業の自由を認めても自由競争による経済の自律性によつておのずから調和がもたらされることが期待されるのであるから、かかる自由はできる限り尊重さるべきであると一応思料されるのである。
[6] しかしながら、営業の自由といつても絶対無制限のものではなく、公共の福祉からする合理的な制限には服するものと解せられるところ、資本主義経済の高度化、複雑化に伴い前記のような予定調和が図式どおり行なわれ難い場合があり、また仮りに予定調和がもたらされるとしても予定調和の過程において自由競争によつて生ずる著るしい弊害が社会公共の立場から看過できない場合が生ずることも既に明らかであつて、そのような場合にはかかる自由競争を制限しその弊害を除去ないし緩和することが公共の福祉に副うものであり、このような観点から右の自由競争を制限することは公共の福祉に基づく合理的な制限として有効であるといわねばならない。
[7] そこで本件についてみると、措置法5条はその不許可事由の一として前段説示の距離制限のほか、小売市場建物の小売商に対する貸付条件又は譲渡条件が主務省令で定める基準に適合しない場合(同条2号)を上げ、これを受けて小売商業調整特別措置法施行規則5条は、右基準として貸付の場合にあつては申請者がいかなる名義であつてもその店舗の用に供させるため貸し付ける小売商から借家権利金を受領しないこと(同条1号)、借家権利金以外の貸付条件又は譲渡条件がその建物の位置、構造、建築費、周辺の小売市場の貸付条件又は譲渡条件その他の事情からみて適正であること(同条2号)とされており、このような基準に従わない場合には許可しないことができるものと規定されているので、右規定は経済的弱者である市場小売商を市場業者の過大な賃料請求から保護しようとするものと解せられ、以上の各規定を彼是総合考察すれば、措置法は小売市場の乱立とそれによつて惹起せられる過当競争の防止、小売市場乱立の根源をなしている市場業者による過大な賃料等の徴収防止および経済的弱者である市場小売商の保護を目的としているものであり、これらが右許可主義を採用するに至つた理由であると解されるところ、その実質的理由としては小売市場の新設を自由に放任すれば、勢い小売市場の乱立を招き、その結果小売市場内の小売商と周辺の小売市場の小売商との間又は小売市場内の小売商と周辺の小売商との間に過当競争が行なわれることとなり、そのため各小売商の売上が減少して経営が困難となりやがては小売商の共倒れという事態に立至る虞がないとはいい難く、またその過当競争の過程において不公正な販売方法が行なわれたり或いは不正な営業が行なわれる虞もあり、経営の困難とともに野菜、生鮮魚介類の販売に要求せられる衛生安全基準が維持されなくなる虞があること、小売市場は通常野菜、生鮮魚介類等の生活必需品を扱つており、このような市場小売商の営業ならびにその存廃は地域により国民が小売市場に依存している度合に差等はあつても国民の日常生活の維持に直接影響するところが極めて大であること、更に小売商特に小売市場内の小売商は大部分零細な資本で主として家内労働により経営されていて開業が容易であり、年々増加の傾向を示しているがそれ丈過当競争により容易に倒産の虞があること、小売商部門はわが国の人口問題、雇用問題にとつて大きな比重を占める重要部門であり、国家社会的にみて小売商人の階層を崩壊せしめないで維持存続させることが国家社会のために極めて重要であること等の各事情が考えられ、以上の各事情に鑑みると右のように小売市場の乱立とこれによつて惹起せられる小売商間の過当競争を防止する必要があることは明らかであり、そのために小売市場乱立の根源をなしている市場業者による権利金その他過大賃料の徴収を防止する(これは同時に経済的弱者と考えられる市場小売商の保護ともなるものである。)必要のあることも明らかであるから、その目的達成のための方策として小売市場間の距離規制、および小売市場開設のための貸付又は譲渡を都道府県知事の許可にかからしめる旨の規定を置くことは、上来説示した公共の福祉に基づく必要最少限度の制限であつて必要の限度を逸脱したものとは解せられず、前記措置法の各規定が憲法22条に違反するとは認められない。
[8] そして前記のような小売市場および小売商の特殊性に徴すると、右規制は過当競争による弊害が具体的に発生した後に是正措置を講ずるのでは手後れでこれを未然に防止する必要があると解せられるから、この点をいう所論も採用し難い。
[9] また措置法が小売市場内店舗の貸付、譲渡のみを許可の対象としているため、いわゆるスーパーマーケツトまたは各小売商の共同経営形態の小売市場は同法による規制の対象外に置かれていることは所論の指摘するとおりであるが、同法は市場業者の過大賃料の徴収等を禁ずる方法で小売商間の過当競争を防止しようとするもので、そのような虞のない業態の小売商業活動(いわゆるスーパーマーケツトは未だ確定的定義はないとされるけれども、食料品部門を中心に各種大量生産商品(但し鮮魚、青果物を含む。)の販売部門を統合し、大量仕入とセルフサービス制採用による廉売小売商であつて、相当の大資本の投下により開設された単一経営体ということができ、他の小売商人と店舗賃貸借等の法律関係に立つことがない点において小売市場業者と異なると解せられ共同経営形態の小売市場も小売市場商人の賃貸借関係がない点において同様であると解せられる。)に対しては強いて同法による規制を加える必要はないとしたものと解せられるところ、所論のいう小売商に対する大資本或いは大組織からの圧迫に対しては、百貨店営業につきこれを通商産業大臣の許可を必要とする旨の百貨店法3条の規定や、生活消費組合の員外利用の規制(同法12条3号)の如き別個の小売商保護立法も存在し、いわゆるスーパーマーケツト営業等に対しては、これを許可制にすることも立法政策の一つとして考えうるところであるが、かかる立法措置を講ずるか否かということは専ら立法政策の問題として慎重に検討さるべき事柄であつて、そのような立法がなされていないからといつて直ちに措置法3条1項が憲法22条1項に違反するとは考え難い。
[10] 以上のとおりで措置法が許可主義をとつていることが憲法22条1項に違反するとは解せられないからこの点をいう論旨は理由がない。

[11] 次に措置法3条1項、同法施行令1条による指定地域が大阪府下大阪市、東大阪市等25市の外全国17市計42市であつて、東京都の特別区やその近郊都市は勿論その他の大都市で指定市に入つていないものがあることは所論の指摘するとおりである。
[12] しかしながら小売市場開設のための貸付、譲渡が許可制とされている所以は、小売市場の乱立の結果惹起される過当競争を防止しようとするにあることは前段に説示したとおりであるから、右許可制は、小売市場の乱立が目立ち小売市場相互間並びに周辺の一般小売業者との関係を調整する必要があると認められる地域については施行すれば足り、大都市であつても右必要性が認められない地域については施行する必要はないのであつて、右必要性の有無は当該地域の自主的判断を尊重して決すべきであると解せられるところ、当審証人中西宏次、同富岡正一、同大浦善雄の各証言によれば、措置法施行令による地域指定の手続は、指定を受けようとする市から都道府県を経由して中小企業庁長官宛に申請をなし、中小企業庁では人口数・小売商の数等実態を勘案して指定の許否を決するのであるが、大阪府下の各市は凡てこの申請をなして指定を受けていること、大阪府を中心とする関西地方は一般的に言つて、東京方面と異り、顧客の側に1ケ所で食料品を含む日常必需品全部を買い揃えるといつた短時間内に能率的に買物をしたいという経済性と、その買物の過程で近隣との社交を楽しむという庶民性・社交性が強く、これが食生活を重んずる傾向と相まつて早くから小売市場の発達を促したのに加えて、小売商の側においても、商人層の自立性が強く市場内に店舗を借り受けてでも小売商を自営したいという傾向が強いところから、両者相まつて小売市場の乱立を招き易く上来説示したような過当競争に陥る危険性なしとしない情勢に立至つていたことが窺われるので、指定地域に大阪府下25市(大阪府下の市全部)を含む関西地方が多く、東京都(その各区を含む。)が指定されていないことも一応合理的な理由があるものと考えられる。従つて、右地域指定をもつて憲法22条1項違反とする所論は失当であり、また憲法14条は、人種・信条・性別・社会的身分又は門地等いわれのない不合理な差別待遇を禁ずるに止り、首肯するに足る合理的な理由がある場合に異つた取扱をすることまでも禁止する趣旨であるとは解し難いから、本件の地域指定をもつて同条に違反するということもできずこの点を主張する所論も失当である。

[13] そして野菜・生鮮魚介類は食生活上の必需品であるから、これらを取扱う商人に対してはその取扱商品の性質上食品衛生的観点からする衛生基準の確立が望まれるものであり、且つ前段に説示したような小売市場の特殊性からすれば、1つの小売市場内で右の野菜・生鮮魚介類を含む生活必需品を一通り調達するには最低10店舗を要すると考えられ(逆に言えば10店舗以上の小売市場には必ず野菜・生鮮魚介類を取扱う小売商が存在すると考えられる。)から、業種・店舗数に関する所論の各規定も一応首肯するに足る合理的根拠があるものと解せられる(従つて9店舗以下の小売市場を規制の対象としないこともその反面解釈として首肯しうる。)から、右各規定が憲法22条1項に反しないことは明らかである。

[14] 更にいわゆるスーパーマーケツトは、先に説示したとおり大量仕入とセルフサービス制採用による廉売小売商であつて小売商人と店舗賃貸借関係に立たない点において小売市場業者と異ると解せられるから、商業政策上彼此同一に取扱うべき実質的根拠は乏しいと考えられ、小売市場業者に対する規制は必ずしもスーパーマーケツト業者に対する規制と相伴わなければならないともいえないから、後者に対する規制がないことは、前者に対する規制を憲法14条に規定するいわれなき差別待遇と化するものではない。この点をいう所論も採用し難い。

[15] 最後に措置法5条1号、内規一(1)によれば所論のような距離規制がなされていることは明らかである。しかしながら、右の距離規制の適用をうけるのは貸付又は譲渡のための小売市場を開設しようとするものであつて、右以外の方法による小売商の営業自体は何らの規制も受けないのみならず、右内規については、原審および当審証人富岡正一、当審証人中西宏次、同大浦善雄の各証言によれば、大阪府においては措置法5条の許可基準の運用の適正を期するため中小企業庁長官の承認を得て本件「大阪府小売市場許可基準内規」を作成し、その(一)(1)として所論のような700メートルの距離制限を規定したのであり、右700メートルという距離を算出した根拠は、1つの小売市場が成り立つための世帯数を算出し右世帯数を大阪市内で最も人口密度の高い東成区で計算した場合直径700メートルの円を画いた地域に該当するということから算出したものであつて一応首肯するに足る合理的な根拠があると考えられるうえに、所論のように700メートルという距離制限はしているものの、右内規自体にも、(1)住宅が将来増加する見通しがある場合、(2)最寄りの市場が同意した場合、(3)該市場が強制収用で立退きを命ぜられた場合、(4)700メートルを欠いてもその間に線路、河川等があつて明らかに消費購買圏が分れていると判断される場合には、所論の距離制限にかかわらず許可できる旨の規定を置く等これに対する例外規定も数多く定められており、右各証言等によれば実際の運用も、小売市場の許可申請があつた場合は、業界代表・消費者代表および学識経験者15名によつて構成された小売市場調整協議会に諮問しその審議の結果を参考にして最終的に知事が許否を決定する手続になつており申請のあつた分は殆ど許可になつていることが認められるのであつて、右によれば内規の規定自体弾力性に富むものであるばかりでなく、その運用に当つても極めて弾力的に運営されていることが認められるから、措置法の前記規定および内規に定める700メートルの距離制限が憲法22条1項に反するとも解せられず、亦右各規定により国民の食生活が侵害を蒙つたとも認めることもできない。そして右のような弾力的規定および運営の実情に鑑みると内規制定後10年間改定されていないことも何ら右結論を左右するに足りない。

[16] 以上のとおりであつて、所論の各規定が憲法22条1項、14条、25条に違反するとの論旨はすべて理由がない。
[17] しかしながら原判決は弁護人の所論違憲の主張に対し、(訴訟関係人の主張に対する判断)としてそれぞれ一応の判断を示しており、その間何らの食い違いも認められず、また記録を調べてみても審理を尽さない違法も見出せない。本論旨も理由がない。

[18] よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法396条を適用して棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法181条1項本文、182条を適用して主文のとおり判決する。

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