外務省秘密漏洩事件
第一審判決

国家公務員法違反被告事件
東京地方裁判所 昭和47年(特わ)第477号
昭和49年1月31日 刑事第7部 判決

被告人 西山太吉     昭和6年9月10日生  新聞記者
被告人 甲野花子(仮名) 昭和5年9月14日生  法律事務所事務員(元外務事務官)

■ 主 文
■ 理 由


 被告人甲野花子を懲役6月に処する。
 この裁判の確定した日から1年間右刑の執行を猶予する。
 被告人西山太吉は無罪。

[1] 別表第一の一掲記の各証拠(なお別表第一の各欄に掲記の証拠は「証拠〔 〕」というように表示する。)によると、次の事実が認められる。
[2] 被告人甲野は、昭和39年4月1日外務事務官に任官し、昭和45年7月27日大臣官房(外務審議官室)に配置換えされ、以後昭和47年4月5日免職されるまでの間安川壮外務審議官付事務官として一般的秘書業務に従事し、その一環として、同審議官に回付又は配付される文書の授受、整理及び保管という職務を担当し、これにより右文書の内容を職務上知ることのできる地位にあつた者であるが、株式会社毎日新聞社(以下「毎日新聞社」という。)東京本社政治部記者(外務省記者クラブ詰めキヤツプ)として昭和46年2月から昭和47年2月までの間「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(以下「沖縄返還協定」という。)の締結のための日本国政府とアメリカ合衆国(以下「米国」という。)政府との間の交渉(以下「沖繩返還交渉」という。)を中心とする外交全般に関する取材活動に従事していた被告人西山から昭和46年5月22日「安川審議官のところへ回つてくる書類を見せてくれないか。」という趣旨の申し入れ及び「沖縄返還交渉と中国代表権問題とに関する書類を安川審議官のところから持ち出してきて見せてもらいたい。」という趣旨の依頼を受け、右申し入れと依頼とに応じ、その後同月24日から同年6月12日ころまでの間十数回にわたり同被告人のために沖縄返還交渉に関する書類を同審議官のところから持ち出して同被告人に見せていたが、その一環として、
[3] 沖縄返還交渉の一環として同年5月28日愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でVOA・P-3・FEBC・共同声明8項引用・対米支払い・請求権・防衛関係取り決め及び外資系企業の各問題について行われた会談の概要が別紙第一の通り記載されている同日付第1034号総第28181号電信案(愛知外務大臣が牛場在米大使あてに発電するための電信文案で、昭和46年7月17日の改正の前の昭和45年外務省訓令第5号「秘密保全に関する規則」に従い外務省アメリカ局北米第一課長千葉一夫が極秘(無期限)の指定をし、右指定が行われた旨の標記の付してあるもの。この電信文案を以下「1034号電文」という。)が昭和46年6月2日外務省官房長から同審議官に回付されるに際し、同審議官付外務事務官山田勇が官房長室所属職員から1034号電文を受領した後右電文がまだ同審議官に届けられないまま外務省内安川審議官室次室(秘書室)に置いてあつたのに乗じ、これを秘書室から持ち出し外務省内で1034号電文のリコピーを作成した上、右リコピーを同月3日東京都港区赤坂3丁目18番2号所在の「第一・三州ビル」の5階にある秋元政策研究所事務所で被告人西山に交付し、
[4] 同年6月10日
 沖縄返還交渉の一環として同月9日井川外務省条約局長とスナイダー駐日米国大使館公使との間で請求権問題について行われた会談の内容が別紙第二の通り記載されている同日付第559号総第09066号電信案(福田外務大臣代理が中山在仏大使あてに発電するための電信文案で、前記「秘密保全に関する規則」に従い外務省アメリカ局北米第一課長千葉一夫が極秘(無期限)の指定をし、右指定が行われた旨の標記の付してあるもの。この電信文案を以下「559号電文」という。)が外務省官房長から同審議官に回付されるに際し、被告人甲野が前記秘書室で外務省アメリカ局北米第一課所属職員から559号電文を受領した後まだ同審議官に559号電文を届けていないのに乗じ、
 沖縄返還交渉の一環として同月9日愛知外務大臣とロジャーズ米国国務長官との間で尖閣諸島・米軍基地施設改善費・請求権・協定発効日及び協定調印日の各問題について行われた会談の内容が記載されている(その記載内容の要旨は別紙第三の通りである。)第877号電信文(外務大臣が在仏大使から受電した受信文の写しで、前記「秘密保全に関する規則」に従い在仏大使が極秘の指定をし、右指定が行われた旨の標記の付してあるもの。この受信文写しを以下「877号電文」という。)が同審議官に配付された後同審議官が877号電文を焼却処分に付すため被告人甲野に交付したのに乗じ、
559号電文と877号電文とを秘書室から持ち出し外務省内で右2通の電文のリコピーを各1通ずつ作成した上、右各リコピーを同年同月12日東京都渋谷区松濤1丁目4番9号所在の「ホテル山王」で被告人西山に交付し、
たものである。
一 国家公務員法109条12号、100条1項にいわゆる「秘密」の意義
1 実質秘性
[5] 国家公務員法109条12号、100条1項にいわゆる「秘密」の意義については、同法の目的、性格及び全体的構成を考慮して検討しなければならないが、同法が「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」という義務(98条1項)に対する違反行為には何ら刑罰規定を定めず懲戒規定(82条)を設けているに過ぎないことにかんがみると、同法109条12号の規定は行政機関による秘密指定(これは単に「職務上の命令」という性格を有するにとどまる。)を保護するものではなく、秘密それ自体を保護するものであり、ここにいわゆる「秘密」とは「1年以下の懲役又は3万円以下の罰金」という刑罰をもつて保護するに足りるだけの価値ないし必要性を備えているものでなければならないと解するのを相当とする。
[6] そうすると同法109条12号、100条1項にいわゆる「秘密」とは、実質的にも秘密として保護するに値すると客観的に認められ得る事項、すなわち、通常の知識経験を有する多数の者にいまだ知られておらず(非公知性)、秘匿の必要性を具備している事項(知識、文書又は物件)を意味するものといわなければならない。従つて、右非公知性と秘匿の必要性とは客観的に肯定され得るものであることを要し、一定の事項が右非公知性と秘匿の必要性とを具備しているか否かの判定は(たとえそこに政治的問題が内在するにせよ)裁判所の司法審査の対象となるものであり、又、一定の事項が右各条項所定の「秘密」に該当するということは秘密指定の存在という一事から即座に推定され得るものではない。
[7] けだし、もし秘密指定にこのような推定力を付与するならば、「秘密」に関する定義規定又は解釈規定及び秘密指定の具体的基準が何ら定められておらず、これらの事柄についての委任立法も全く存しない国家公務員法の適用につき、裁判所が秘密指定をした公務員自身による構成要件規範の定立又は解釈の単なる追認をもつて甘んじなければならないという不合理が生ずるからである。
[8] なお、この場合係争事項の実質秘性の立証に困難が予想されること(すなわち、刑事訴訟法103条、144条所定の「承諾」の拒否や国家公務員法109条12号、100条2項による無許可証言禁止という事態が、当該事項の実質秘性が高度になるにつれて、ひん繁に発生して立証が困難になること)や当該事項の内容を公開の法廷で立証する必要上逆に秘密が公開されてしまう結果になり秘密保護の趣旨が没却されるということは、立証方法に関する固有の問題であつていまだもつて前記結論を覆えす根拠にはなり得ないというべきである。
2 秘密保護の必要性
[9] 前述の「秘匿の必要性」とは刑罰による威嚇をもつて漏示を禁止する必要性を意味するが、いかなる場合に右必要性を肯定すべきかという点についても、国家公務員法の目的や立法趣旨からの考察が必要である。ところで、同法1条1項は、同法が「国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする」ことを明示しているので、秘密保護の必要性も右目的に適合するように解釈しなければならない。してみると、秘密保護の必要性とは、公務の民主的且つ能率的な運営を国民に保障するためには一定の事項の漏示を防止しておく必要があるということ、換言すれば、当該事項が漏示されるならば公務の民主的且つ能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険性が存在するということを意味すると解すべきであり、従つて、秘密保護の必要性のある事項を公務員が秘匿しなければならないという義務は対国民的義務でもあるといわなければならない。しかし、わが国のような民主主義国家においては、公務は原則として国民による不断の監視と公共的討論の場での批判又は支持とを受けつつ行われるのが建て前である。従つて、一定の事項が漏示されるならば公務の民主的且つ能率的運営が国民に保障され得なくなる危険性がある場合とは、当該事項がおよそ公共的討論や国民的監視になじまない場合(例えば、プライバシーに関する事項)、当該事項が公開されると行政の目的が喪失してしまうに至る場合(例えば、逮捕状の発付又は競争入札価格)、又は、公共的討論や国民的監視によるコントロールは事後的に(又は結果に対する批判として)行う機会を残しつつ公務遂行中にはその能率的・効果的な遂行を一時優先させる必要のある場合(例えば、行政内部での自由な発言を保障するための非公開委員会など。外交交渉中に行われる会談の具体的内容がこれに該当するか否かは後述する。)その他右に準ずる場合に限られなければならない。
[10] 更に、公務の内容が違法であつて当該公務の民主的な運営ということ自体が無意味である場合には、民主的運営の保障のための秘密保持義務は考えられない(このことは、公務執行妨害罪の構成要件として「当該公務が適法であること」を要するとされていること、及び公務員が法規遵守義務を負つていることから推しても是認される。)から、かかる公務に関する事項は国家公務員法にいわゆる「秘密」として保護する必要性を具備しないといわなければならない。

二 外交交渉中の会談の具体的内容の実質秘性の存否
[11] 被告人甲野が漏示した前記3通の電文は、いずれも沖縄返還交渉の一環として日本側交渉担当者と米国側交渉担当者との間で行われた会談の具体的内容が記載されている文書であるから外交交渉中の会談の具体的内容と前記一の実質秘性との関係についての検討を要する。
[12] かかる会談の具体的内容が実質秘性を具備しているか否かの判定も、前記一の通り、これが漏示されるならば外交交渉の民主的且つ能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険性の存否によつて決すべきものであり、このことは国家公務員法1条2項並びに憲法73条2号及び3号に照らして明白である。
[13] ところで、外交交渉は、自国の基本的外交方針にのつとり具体的会談を積み重ねつつ相手国と自国との多元的利害関係の調整を図りながら一定の結果に至るという動的な過程であるが、右交渉の結果は、自国の国際的立場を規定すると共に自国民の権利義務に直接間接の影響を及ぼすことになるので、当該交渉の基本方針と当該交渉の結果である条約・協定及び細目的取り決めとはすべて自国民に公開されなければならないのみならず、当該交渉中の具体的過程も右交渉の基本方針や交渉結果と密接な関係をもち、殊に交渉結果の意義やその当否を判定する上で極めて重要なものであるからその意味において公共的関心事項に属し、国民的監視や公共的討論によるコントロールを受けつつ民主的に遂行していくのが望ましいところである。しかし、外交交渉は(沖縄返還交渉に限定して考察しても)、多様な政治体制の下でそれぞれ主権を有する諸国家により醸し出されている複雑且つ緊張している国際関係の中で多元的に錯綜する利害関係を調整しつつ行われるものであるから、その具体的過程においても、相手国や第三国の立場と変転しつつある国際情勢とに配慮しつつ、自国民全体の合理的要望をできる限り適確に把握し、自国民全体の正当な利益を最大限に尊重しながら基本的方針を適時に且つ効果的に実現させることが要求され、同時に自国の国際的信用並びに相手国及び第三国との信頼関係の保持にも十分な配慮をしつつ行われなければならない。
[14] ところで少くとも条約や協定の締結を目的とする外交交渉においては、個々の会談の具体的内容は、調印前にはこれを原則として秘匿するという国際的外交慣行が(外交交渉に対する民主的コントロールという観点からは望ましいものではないとしても)現存していることは、後記の通り否定できないところであり、又、相手国あるいはその交渉担当者が、右会談の具体的内容の秘匿を欲し、又は秘匿することの合意がなされている場合も少なくない。しかるにこのような場合相手国あるいはその交渉担当者の了解もないのに個々の会談の具体的内容が漏らされるならば、相手国あるいはその交渉担当者からの不信のみならず国際社会における信用失墜を招来する危険性も十分考えられるというべきである。又、個々の会談の具体的内容は当該外交交渉全体の中の一断面に過ぎないから、右断面のみが明るみに出ることにより、自国民や相手国国民に誤つた印象を与えるばかりか自国若しくは相手国の特定利害関係人又は第三国からの不当な圧力が加えられる虞が考えられる。更に、交渉担当者の立場から考えてみても自己の具体的且つ断片的な発言内容が漏れることを恐れる余り、自由な意見の交換を差し控え、交渉能力を最大限に発揮することをはばかり、自国民の利益を最大限に擁護すべき交渉担当者としての使命を完遂し得なくなり、結局、自国及び相手国の立場を害する虞が生ずるものと考えられる。
[15] してみると、外交交渉の一還として行われる個々の会談の具体的内容が少なくとも当該外交交渉の妥結調印前において漏示されることになると、当該交渉又は将来の(自国の行う)外交交渉の能率的効果的な遂行が国民に保障され得なくなる危険性が考えられるのであつて、このことと、本件のように調印後国会の承認を経ることが条約・協定の効力要件とされている外交交渉にあつては、国会の承認を経る段階において交渉経過に対しても民主的コントロールがなお可能であるという建て前になつていることとを考え合わせると、右危険性が認められる場合には、このような会談の具体的内容は、当該交渉遂行中における限り、外交交渉(当該交渉又は将来の外交交渉一般)の能率的効果的な遂行を優先させる必要があるため、前記一の実質秘性を具有する場合に該当すると解すべきである。
一 沖縄返還交渉の推移及び懸案事項
1 沖縄返還交渉と本件各会談についての概観
[16] 証拠〔二〕によると次の事実が明らかである。
[17] 沖縄返還交渉は、昭和44年11月ワシントンで行われた佐藤総理大臣とニクソン米国大統領との会談での合意、すなわち佐藤・ニクソン共同声明の第6項(…よつて両者は日本を含む極東の安全をそこなうことなく沖縄の日本への早期復帰を達成するための具体的な取り決めに関し、両国政府が直ちに協議に入ることに合意した。さらに、両者は、立法府の必要な支持をえて前記の具体的取り決めが締結せられることを条件に、1972年中に沖縄の復帰を達成するようにこの協議を促進すべきことに合意した。)に基づく沖縄返還協定締結のための交渉を指し、右交渉は、沖縄の施政権返還に伴う日米両国間の種々の利害関係の具体的調整を図りつつ、昭和45年暮から次第に大詰めの段階に進み、昭和46年5月末ころには残された諸懸案につき、首脳級の会談がしばしば行われ、同年6月9日パリで行われた愛知外務大臣とロジャーズ米国国務長官との会談で交渉がまとまり、同月17日「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」として愛知外務大臣とロジャーズ米国国務長官との間で調印が行われた。そして右交渉は、わが国が「日本国との平和条約」によりアメリカ合衆国の施政権下にゆだねた領土の一部が平和的交渉によつて返還されるという外交史上余り例のない重要な交渉であつて沖縄住民をはじめ日本国民が非常に強い関心を寄せていたものである。本件3個の各会談は、この沖縄返還交渉の大詰めの段階における日米首脳級の会談であつて、特に877号電文の記載内容をなす会談は、これにより沖縄返還交渉が最終的妥結に至つた会談であつた。
2 昭和46年5月末から同年6月上旬にかけての諸懸案の概観
[18] 証拠〔三〕によると、沖縄返還交渉の大詰め段階であつた昭和46年5月末から6月上旬にかけては、以下の諸懸案が交渉中であり、これら諸懸案は以下のような問題を含んでいたことが認められる。
(一) VOA問題
[19] これは、米国が沖縄で従来行つていたVOA放送の施政権返還後における存続を巡る問題で、日本側は、日本国内の法制(電波法5条1項)上外国政府機関又は外国人の経営にかかる放送事業は一切認められないこと、及びVOA放送が当時中国向けの放送を行つていたので、日本国内では中国を刺激するとして反対論が強かつたことを理由としてVOA放送の存続に反対し。一方米国側は、VOA放送の目的は平和推持ということであること、その放送内容も第三国を刺激するようなものでないこと、米国が西ドイツその他友邦諸国家内でもVOA放送を行つているのに米国の盟邦である日本で放送ができなくなるのは不合理であること及びVOA放送を移転するとすれば多額の費用を要することを理由としてVOA放送の存続を強く希望し、その結果昭和46年5月末には、双方の互譲によりVOA放送は施政権返後還もしばらくの間存続させるという合意ができ、残された問題はその存続期間をどれだけにするかということ及び存続期間経過後の措置についての協議条項をいかに定めるかということであり、これに交渉の焦点が向けられていた。
(二) 基地問題
[20] これは、沖縄に存在する米軍基地の整理統合の問題であつて、その中には、返還基地リストの問題、米国特殊部隊徹去の問題、那覇空港完全返還すなわち同空港に駐留中のP-3対潜哨戒機の移転という問題及び施政権返還後の防衛取り決め、すなわち沖縄への自衛隊派遣の問題があり、基本的には、日本側は相当大幅な米軍基地返還が実現されなければ実質的な沖縄返還にはならないとする強い世論ないし国民感情を背景にしつつ米軍基地の返還を大幅に要求したのに対し、米国側は沖縄返還に伴つて沖縄における米軍基地の機能を低下させるべきではないという基本方針に基づき、日本側の要求を拒否しており、ここに両国の基本的対立点があつた。ところで右に大別した諸問題についてそれぞれ略述すると、まず返還基地リストの問題につき、日本側としては、不要不急の基地や沖縄の福祉と経済発展との関係上是非返還してもらいたい基地の返還を要求すると共になるべく多くの基地の返還を希望し、一方、米国側は、不要不急の基地は直ちに返還するが、その他は長期的に徐々に基地の整理縮小を図るけれどもベトナム戦争遂行中であり、且つ中国と米国との国交も回復していないという当時の情勢を根拠として米国の国民・議会・軍の一部に沖縄返還に際し米軍基地を縮小するのは妥当でないとする根強い反対論があつたことを背景にしつつ米軍基地の縮小を渋り、その結果昭和46年5月末から6月上旬にかけては双方の互譲により米軍基地を(A)当分返還しないこととするもの、(B)施政権返還後しばらく経過してから返還することとするもの、及び(C)施政権返還後直ちに返還することとするものに分け、そのリストの作成交渉が行われていた。次に那覇空港完全返還、すなわちP-3対潜哨戒機を同空港から移転させるという問題につき、日本側は基地の整理縮小の交渉が思うように進展しないで沖縄返還交渉に対する国民の支持が失われることを防ぐために那覇空港の完全返還、すなわち同空港からのP-3対潜哨戒機の移転を強く望み、米国側は、右哨戒機の移転には移転先における付属施設の整備が必要であるが、右整備には多額の費用を要することを理由として右哨戒機移転を拒否し、この対立点を巡つて交渉が行われていた。更に施政権返還後における沖縄の防衛取り決めという問題の中には、自衛隊の配備計画の問題及びその合意をいかなる形式で行うかの問題があり、後者につき、日本側は、沖縄返還協定成立後日米安全保障協議委員会で合意すべきものであると主張し、その理由としては、右問題は自衛隊配備という問題であるから両国政府間での確認は必要でなく、又沖縄返還協定に軍事的色彩は持たせるべきではないということを挙げ、一方米国側は、米国議会のいわゆるタカ派からの要求を背景に両国政府間での確認を求めていた。
(三) FEBC問題
[21] FEBCは、米国本土に本拠を置く米国の民間放送法人であり、従来VOA放送と同じく沖縄で放送事業を行つていたが、施政権返還後におけるFEBC存続を巡り、日本側は、FEBCもVOAと同様外国人の経営にかかる放送であるから施政権返還と同時に徹去してもらいたいと要求し、米国側は、FEBCが従来沖縄住民に喜ばれている放送であるから施政権返還後もこれの存置を日本国政府が容認しないようでは日本の米国に対する友好的態度が疑われるし、その放送内容も政治的に中立であることを理由としてその存続を要求し、昭和46年5月末から6月上旬にかけては双方の互譲によりFEBCを施政権返還後しばらくの間存続させるという合意ができ、残された問題はその放送内容(使用国語)や存続期間をどうするかということに絞られていた。
(四) 共同声明8項引用問題
[22] これは、沖縄の施政権返還に当たり、沖縄から米軍の核兵器を徹去するということの確認につき、沖縄返還協定に、佐藤・ニクソン共同声明8項(総理大臣は、核兵器に対する日本国民の特殊な感情及びこれを背景とする日本政府の政策について詳細に説明した。これに対し、大統領は深い理解を示し、日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく、沖縄返還を、右の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した。)を引用することとするか否かという問題で、日本側は、佐藤・ニクソン共同声明において核兵器の撤去という声明がなされているからそれを協定条文に明記してもらいたいと要求したのに対し、米国側は、核兵器が米軍にとり最高且つ最終的な戦略兵器であるからその配備については一切公言しない方針であること及び米国では原子力法律により、核についての公表が禁じられていることを理由に引用を渋り、そのため共同声明8項を協定条文に引用するか否かという点及びいかなる形式で引用するかという点について交渉が行われつつあつた。
(五) 対米支払い問題
[23] これは、施政権返還に伴い、日本側が米国側に支払う費用の問題であり、それは民生資産引き継ぎ費用(琉球電力公社・琉球水道公社及び琉球開発金融公社から成る3公社、並びに琉球政府庁舎その他から成る行政用建造物の引き継ぎ費用でその積算額は17,500万ドル)、労務関係費(これは主として施政権返還前の基準による退職金と、施政権返還後の退職金の差額から成り、その積算額は7,500万ドル)、及び核撤去費その他から成る高度に政治的な配慮による支払い金の額をどれだけにするかという問題で、米国側は、沖縄の米軍基地や米軍施設の建設のため、これまで莫大な金銭(5億ないし6億ドル)を投下しており、施政権返還に当たり右投下資産を回収したいと考えていること、施政権返還に当たり米国は原則として金銭的な負担をしないという方針が取られていること、及び米国の国際収支が悪化している折りであることを理由として日本側からの多額の支払いを要求し、一方日本側は、なるべく支払いを少額にとどめようという態度を取りつつ交渉に臨み、昭和46年5月末の段階では、主として支払額の総額を(すなわち積算根拠のない政治的配慮による支払金の額を)どれだけにするかという点につき交渉が行われつつあつた。
[24] またこの外に、那覇空港完全返還、すなわちP-3対潜哨戒機移転のための費用や基地の整理統合に伴う施設改善のための費用に関し、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」の適用について、基地の新設又は基地の削減を前提とする統合整理の場合にのみこれまで日本側が費用を支出することとし、且つその支出にはこれまで厳しい制限を付していたという日本側の従来の姿勢、すなわち通常の改良のための費用は日本側で負担しないという従来の日本側の態度に対し、米国側から基地を整理統合するためには多額の施設費(5年間に推計6,500万ドル)を要するので基地の整理統合を迅速且つ円滑に行うには従来の支出方法を緩和してもらいたいという要求があり、その当否についても交渉が行われつつあつた。
(六) 請求権問題
[25] 日本側は、沖縄返還交渉の当初には「日本国との平和条約」の発効以前の人身損害補償及び軍用地復元補償その他10項目にわたり米国に対し支払いを請求したがいれられず、その後は軍用地復元補償に問題を絞つて交渉が進められた。軍用地復元補償とは、沖縄において軍用地として接収され損害を被つた土地につき軍用地としての使用が解除された際に支払われる補償を意味し、昭和25年7月1日前に損害が加えられ、昭和36年6月30日前に使用が解除された土地に対しては昭和42年高等弁務官布令60号による見舞金の支払いにより補償がなされているのに対し、同じく昭和25年7月1日前に損害が加えられ、昭和36年6月30日後に使用解除された土地に対しては補償が行われていないので、日本側は、後者も前者と同一の条件の下で接収や使用解除がされたのに、後者には補償がなされないというのは公平の観念に反するから後者に対しても見舞金の支払いをすべきであると要求し、これを沖縄返還交渉の最優先項目にしていたが、米国側は、施政権返還に伴つて米国側からの費用負担はしないという基本方針が樹立されていること、及び米国政府は右布令60号による見舞金の支払いが行われた際、米国議会に対し「今後は見舞金支払いのための予算要求はしない。」という言質を与えていることを理由として軍用地復元補償にも難色を示し、右軍用地復元補償を米国側が行うか否かにつき交渉が行われつつあつた。
(七) 外資系企業問題
[26] これは、沖縄でこれまで活動していた米国外資系企業にも施政権返還後には日本国内法(特に外資に関する法律や免許制度)が適用されることになるが、このような外資系企業の従来の権益をいかに処置するかという問題であり、米国側は、施政権返還後において外資系企業が日本企業より不利な取り扱いを受けることのないような配慮を要求すると共に、企業運営及び輸入割り当てその他についての優遇措置を要求し、これに対し日本側は、この問題は飽くまで「日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約」にのつとりつつ解決すべきものであるとし、外資系企業も施政権返還後には日本企業と同等に扱うべきであるが法令の範囲内においてできるだけの努力をしてみようという姿勢で交渉を行い、昭和46年5月末ころには、主として愛知外務大臣からマイヤー駐日米国大使あてに発することとなつている書簡の案文を巡つて交渉が行われつつあつた。
(八) 沖縄返還協定の調印日及び発効日の問題
[27] これは、沖縄返還協定の調印日と発効日をいつにするかという問題で、日本側は、なるべく早期に調印して協定を発効させたいとして、調印日については昭和46年6月中旬を希望(愛知・ロジャーズ会談の数日前から同年6月17日を希望)し、又発効日については、わが国会計年度の関係から昭和47年4月1日を希望したのに対し、米国側は、調印日については愛知・ロジャーズ会談に持ち越すことを望み、又、発効日については、協定の発効には米国議会の審議を経なければならないので、右審議のいまだ行われていない時期に発効日の協議をすることは米国議会を刺激することになり、且つ1年も先のことまで約束はできないし、更に昭和47年4月1日を発効日とするのは早過ぎて無理であることを理由として反対し、以上の対立点を巡つて話し合いが行われつつあつた。
(九) 尖閣諸島問題
[28] これは、日本と台湾との間の尖閣諸島の領有権の帰属を巡る紛争につき、米国側は、尖閣諸島の領有権の帰属は日本と台湾との間の話し合いで解決してもらいたいという基本的態度を取るが、台湾からの要求もあるので、沖縄返還協定成立の前に日本が台湾と話し合いをすることを希望し、日本側は、沖縄返還協定成立の後必要が生ずれば台湾との話し合いをしようという意向を有し、わが国と台湾との間の話し合いの時期を巡つて問題があつた。

二 本件会談内容の公知性について
[29] 証拠〔三〕によると、本件3通の電文には、いずれも沖縄返還交渉における諸懸案についての会談の具体的内容が記載されているが、沖縄返還交渉については国民的な関心が高く、当時の各新聞は前記諸懸案について広く報道していたことが認められる。そこで本件3通の電文に記載されている会談内容が前記漏示の際に公知であつたか否かについて検討することにするが、それに先立つて次の2点に注意する必要がある。
[30] 第一に、ある事項が公知であるか否かの判断は、当該事項が漏示された時点を基準として行われなければならないことは当然であつて、漏示後に公知となつたとしても実質秘性の要件としての非公知性に何ら影響がない。従つて、1034号電文にあつては昭和46年6月3日の時点において、559号電文と877号電文とにあつては同年6月12日の時点においてそれぞれ公知となつていなかつたか否かということが検討されなければならない。第二に、ある事項が公知であるといえるためには、秘密保持の責任を有する者により公式に発表され、そのため(あるいは報道機関を介して)一般に知られるようになつたことは必ずしも必要ではなく、当該記事の記載内容それ自体に基づき、通常の知識経験を有する一般人が客観的諸情勢をふまえて判断すると、その記事が確実な情報源や資料に基づくものであり、従つてその内容が真実であると判断し得るものであれば足りるというべきである。従つて単なる憶測や不確実な伝聞に基づく記事ではたとえそれが広く報道されていたとしてもなお当該事項は非公知性を失わないといえよう。
[31] 以上の2点を考慮しつつ前記証拠〔三〕を検討すると、本件3通の電文の各内容は、いずれもそれぞれの漏示時点においては、いまだ一般に知られていなかつたことが認められる。
[32] しかしながら、ある事項に関する憶測や伝聞に基づく記事又は断片的記事であつても、それが多数回にわたつて広く報道されている場合には、そのような報道が行われていない場合と比較して当該事項が漏示されることによつて生ずる公務遂行阻害の危険性の程度は低いというべきであろう。又、漏示後に、ある事項が広く報道され、それにもかかわらず、公務の能率的遂行が現実に阻害されなかつたような場合には(広く報道された時期によつて差があることは当然であるが)、このことから逆に当該事項の漏示による公務遂行阻害の危険性の程度が大でなかつたことを推認させることになろう。
[33] そこで、このような観点から後記四において本件3通の電文の実質秘性を具体的に判断するに当たり、電文に記載されている諸問題について当時の新聞報道の情況を検討することにする。

三 本件会談の態様
[34] ところで沖縄返還交渉における公務の目的は、要言すると、沖縄返還交渉を、日本国民全体の合理的な要望をできる限り適確に把握し日本国民全体の正当な利益を最大限に擁護することとなる線に可能な限り近付いたところで早期に妥結させようとするところにあつたということができる。
[35] 又、証拠〔四〕によると、条約・協定の締結を目的とする外交交渉にあつては、交渉の過程で行われる会談の具体的内容は、少なくとも調印に至るまでの間は原則としてこれを公開しないという国際的慣行が現存していることが認められ、又、右国際的慣行には一応の合理性が考えられる。そして、本件3通の電文がいずれも「極秘」の指定を受けていることと証拠〔四〕を総合すると、本件3個の会談も右国際的慣行にのつとつて行われ、特に交渉担当者間で交渉の具体的内容を全部公開する旨の合意がなされていなかつたことが認められる(但し、右証拠によれば、愛知・ロジューズ会談においては調印日問題についてこれを公開しても差し支えないという合意が成立していたことが認められる。)。
[36] そうすると、本件3個の会談の具体的内容の記載された本件3通の電文が漏示される場合、その漏示自体によつて米国側からの不信感が生じ、米国との信頼関係の維持に支障を生ずるばかりでなく、わが国の国際的信用が失われ、諸外国との将来の外交交渉にも悪影響を及ぼす虞があり、更に米国側の不信感によつて沖縄返還交渉の早期且つ妥当な解決に支障が生ずる虞があるといわざるを得ず、従つて外交交渉の能率的遂行が阻害される危険性のあることが認められる。

四 個々の電文の内容と秘密保護の必要性
[37] 以上の背景を考慮しつつ、本件3通の電文の各内容が漏れる場合において外交の民主的且つ能率的運営を国民に保障し得なくなる危険性があるといえるか否か(すなわち、外交交渉の能率的効果的遂行が阻害される危険性があるか否か)を検討する。
1 1034号電文
(一) 秘密保護の必要性の存否
(1) VOA問題
[38] VOA問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の1(1)(イ)及び同(2)(イ)の通りである。そして右電文中における「VOAについては総理及び郵政大臣ともにようやく本日朝米局長よりス公使に示した線を納得した。」という記載、証拠〔五〕により認められる「米国内においてはVOA問題について明確な報道が沖縄返還交渉中はまだ行われていなかつた」という事実及び別表第二の九掲記の証拠(以下これを「吉野証言」という。)(なお別表第二掲記の証拠は証拠〔 〕というように表示する。)を総合すると、右電文の漏示により、日本国内では「外国政府機関の経営する放送事業を、5年間という限定付であるにもせよ、施政権返還後も沖縄に残留させることに応諾するのは不合理である。」という反発が生じ、且つ、米国内では、VOA放送がわずか5年間しか存続し得ない状態につき米国側交渉担当官が「受諾可能と思う。」と言明しつつあることが明らかになることにより米国議会議員の一部から「米国側交渉担当者は弱腰である。」という批判や圧力が生ずるであろうことが認められ、従つて日米両国の各交渉担当者に対し種々の圧力が加えられるであろうと予想される。
(2) P-3問題
[39] P-3移転問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の1(1)(ロ)及び同(2)(ロ)の通りである。そして吉野証言によると、米国側にとつて那覇空港からのP-3対潜哨戒機移転という交渉内容が沖縄返還交渉中に漏れるならば、直ちに米国海軍からの反発が生じ、更にVOA放送の暫定的存置との交換条件として米国側が右哨戒機の移転を考慮したという事実が漏示されるならば「戦略的重要事項を然らざるものと同列に談ずるのは由々しい問題である。」という反発が生じ、米国軍部を刺激して米国側交渉担当者に圧力が加えられるであろうことが認められる。
(3) FEBC問題
[40] FEBC問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の1(1)(ハ)及び同(2)(ハ)の通りである。そして吉野証言によると、米国側交渉担当者がFEBC存続という要求の貫徹のため米国大統領の個人的事情をも持ち出したこと(なお、吉野証言によると、外交交渉においては政府要人の私的な事情をも駆け引きの手段として持ち出すことがまれでないことがうかがわれる。)が漏示されるならば米国民や米国政府からの米国側交渉担当者に対する不信が誘発され米国大統領や米国側交渉担当者が当惑するという事態が生ずる虞のあることが認められる。しかも、米国大統領の個人的事情をも持ち出したのは沖縄返還交渉における米国側の駆け引きの手段であり、右交渉においてはかように公表をはばかる駆け引きが行われていたからこそ個々の会談の具体的内容を秘匿しなければならなかつたともいい得るであろう。従つて、1034号電文の漏示により米国側からの不信を買つて、沖縄返還交渉や将来の日米両国間の外交交渉の能率的効果的遂行が阻害され、且つ、わが国の国際的信用の失墜という事態すら誘発されかねない危険性があることが推認されるのである。
(4) 共同声明8項引用問題
[41] 共同声明8項引用問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の2(1)前段及び同(2)前段の通りである。そして吉野証言によると、この問題については愛知・マイヤー会談当時にはまだ米国政府からの指示がなく、従つて右会談中に米国側交渉担当者がこの問題を「何とか善処したいと考えている。」と明言したことが漏示されるならば、核戦略を担当する米国軍部からの強力な反発が生ずるであろうし、且つ右のような発言を米国側交渉担当者がしたことが第三国に知れた場合には、沖縄の戦略的地位に悪影響が及ぶとして右発言の撤回を迫る圧力が米国側交渉担当者に加えられるであろうということが認められる。
(5) 対米支払い問題
[42] 対米支払い問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の2(1)後段の通りである。そして吉野証言によると、米国側としては沖縄返還交渉の初期の段階では対米支払いの額についてかなり高額の支払いを求めていたのであり、従つて、右要求がわずか32,000万ドルに押えられてしまつたということが、他の事情との関連を明確にしないまま漏示される場合には、米国議会筋から米国側交渉担当者に強い圧力が加えられるであろうということ及び交渉途中において、交渉の都度正確な金額が外部に明らかにされると、その後金額の増減変更が困難になるという点で交渉の能率的効果的遂行に悪影響を及ぼす危険性のあることが認められる。
(6) 防衛取り決め問題
[43] 防衛取り決め問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の4の通りである。そして吉野証言によると、右電文が漏示されると、施政権返還後の沖縄防衛につき日本側が余り積極的でないということが沖縄返還交渉中に明らかにされるに至り、米国側の予想又は期待が裏切られたという米国議会のいわゆるタカ派議員からの反発が生じ米国側交渉担当者に圧力が加えられるであろうということが認められる。
(7) 外資系企業問題
[44] 外資系企業問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の5の通りである。そして吉野証言によると、外資系企業の米国側関係者はもともとこの問題につき米国側交渉担当者の態度に不満を抱いており、従つて、米国側交渉担当者がこの問題につき「米企業側が大筋においては納得したと認められた。」と日本側交渉担当者に明言したことが漏示されるならば、外資系企業側から米国上院議員を介するなどして米国側交渉担当者に圧力が加えられるであろうということが認められる。
(8) 請求権問題
[45] 請求権問題についての1034号電文の記載内容は別紙第一の3の通りである。そして吉野証言によると、請求権問題は沖縄返還交渉で最後まで折衝が難航していた重要問題であり、愛知・マイヤー会談当時には米国側がようやく日本側の要求に歩み寄りを示しつつあつた段階であつて、この段階で右電文が漏示されるならば、日本側が対米支払いとして32,000万ドルを米国側に支払うのと引き替えに米国側が(右32,000万ドルの受領金員中から)日本側に見舞金として支出する金員をねん出するという形で請求権問題を解決するのは不合理であるという日本国内での反発が生ずるであろうし、又米国議会から「請求権問題につき米国側から日本側に金員の支払いをするのは不合理であるから、このような折衝は中止すべきである。」という圧力が生じ、結局、日米両国の各交渉担当者に種々の圧力が加えられるであろうということが認められる。但し、1034号電文中別紙第一の2及び3、559号電文(別紙第二)並びに877号電文中請求権に関する部分(別紙第三の3)を文字通り卒直に解釈する限り、請求権の財源は日本側がこれを実質的に負担するという合意が沖縄返還交渉において成立したのではないかという合理的疑惑が存在することは否定し得ないところであり、吉野証言と証拠〔一〇〕(以下「井川証言」という。)との中には「日本側からの高度の政治的判断に基づく(又は、核撤去その他の費用として、積算根拠のないまま支払われる)7,000万ドルの支払いを含む32,000万ドルの支払いを米国側に行うのであるから、米国側としてはその中から日本側に請求権として支払う金員をねん出すればよいと日本側交渉担当者が主張したに過ぎず、日本側が請求権の財源を負担するという合意を成立させようとしたことはない。」という趣旨の供述があるが、右両供述中には本件3通の電文の記載内容それ自体と対照すると供述内容に合理性を欠く部分(換言すれば、右各電文を右両供述の通り解釈することが相当不自然であるといわざるを得ない点)が随所に存在すること、右両供述相互間にかなり矛盾が見られること、及び右両名の供述状況を考え合わせると前記供述は直ちに措信できず、他に前記の真実性を裏付ける証拠のない本件では、請求権の財源は日本側がこれを実質的に負担するという合意が沖縄返還交渉において成立したものではないと断定するにはなお合理的疑惑をぬぐえない。しかも、本件3通の電文と吉野証言とを総合すると、右の合意を成立させるために米国側から「信託基金法(Disposition of trust funds received from foreign governments for citizens of U.S.《外国政府から米国市民のため受領した信託基金の処理》)に基づく解決をしたいが、そのため愛知外務大臣からの秘密書簡を発出してもらいたい。」という要求があり、日本側交渉担当者が右要求を検討していたことがうかがわれ、従って、右の合意が成立したことを体裁を整えることによって日本国民の目から隠そうと日本側交渉担当者が(必ずしも積極的ではなかったけれども)考慮していたという合理的疑惑が存在し右疑惑を打ち消し得るに足る証拠はない。ところで請求権の財源に関する事項は日本国民の権利義務に直接かかわりを持つ事項であるから国会の審議や国民的討論を通じてその当否を判定すべきものであるのに、このような合意の存在を国民から隠ぺいするために体裁を整え、秘密書簡を発出することは国民の信託の下に外交権を行使すべき交渉担当官の態度として遺憾の念を禁じ得ないところである。しかし、日本側が請求権を有している金の財源を実質的に自ら負担するということは、確かに一見不合理と考えられるが、このような解決方法の当否は沖縄返還交渉の全過程の中における請求権問題の位置とこの問題を巡る日米両国の態度とを総合的に考えつつ国会の審議や国民的討論によつて判定されるべき政治問題であるから、このような解決方法を定めた合意やこの合意を成立させようとする折衝が直ちに違法ということはできないというべきである。更に前記体裁を整えることや秘密書簡を発出することも、米国政府が沖縄の施政権返還に当たり請求権に対する支払いのための予算を要求しないということを米国議会に従来確約してしまっていたという米国側の内部事情があつたため、日本側の立場を考慮しつつ(すなわち、日本側が請求権の財源を実質的に負担するということを明らかにしないで)米国内部を説得するために案出された苦心の産物であること、日本側交渉担当官としては請求権問題の解決方法に関する米国側の要求の受け入れに必ずしも積極的ではなかったこと、及び秘密書簡発出の点に終局的には米国側からの要求を阻止できたことが証拠〔六〕により認められ、以上の事実を総合してみると、体裁を整えることや秘密書簡の発出を巡る折衝もなお違法ということはできないというべきである。
(9) 非公開の合意及び結語
[46] 前記三で述べたこと及び1034号電文中第一の6(1)の部分によると愛知・マイヤー会談はその内容を外部に明らかにはしないという日米両国交渉担当者間の合意の下に行われたことが明らかである。このことと前記(1)から(8)までの認定事実とを総合すると、1034号電文の記載内容が沖縄返還交渉中に漏示されるならば当該交渉や将来のわが国の外交交渉一般の能率的効果的な遂行が阻害され、これらの交渉の能率的運営を国民に保障し得なくなる危険性があると認められ、従つて1034号電文は前記第二の実質秘性を具有しているといわなければならない。
(二) 秘密保護の必要性の程度
(1) VOA問題
[47] この問題については、日本側交渉担当者の交渉態度(すなわち5年間存続2年後協議という線)が1034号電文の漏示時点である昭和46年6月3日以前に主要新聞紙上で相当詳細に報道されていたことが証拠〔七〕により認められること及びこのような報道がなされていたにもかかわらず、結局沖縄返還交渉がVOA放送の5年間存続2年後協議という線で妥結調印されたことから推すと1034号電文の漏示がVOA問題についての折衝にもたらす影響は余り重大なものではなかろうといえるし、又この問題については米国側が日本側の譲歩を得たものであることが文面自体や吉野証言により認められ、従つて、右電文の漏示による米国議会議員の一部からの批判や圧力も左程大きなものではなかつたと考えられる。
(2) P-3問題
[48] この問題については、1034号電文の文面それ自体には米国側が「P-3は末だ訓令がないが………VOAとの均衡論はテーク・ノートする。」と言ったという記載があるのみで、米国側がP-3問題をVOA問題とからませて「了承」したという記載は右電文中に存在しないのみならず証拠〔八〕によると、そもそも沖縄返還交渉ではその最終的段階においてP-3問題やVOA問題を含む諸懸案が一括して解決されることになっており、諸懸案中の一個(P-3問題)の成り行きが他の懸案事項(例えばVOA問題)の成り行きのいかんにより左右されることがあり得るということは愛知・マイヤー会談当時広く知られていたと認められるし、更に証拠〔九〕によるとP-3問題に関し佐藤内閣総理大臣が昭和46年6月5日(すなわち沖縄返還協定調印の12日前)に記者会見の席上「現段階では、はっきりとは言えないが、日本側の要望がかなえられると思う。」という趣旨の発言をし、且つ、これが直ちに広く報道されたことが認められ、それにもかかわらず沖縄返還交渉がP-3移転問題につき日本側の要望の通りの線で妥結調印されたこと(基地に関する了解覚書C表)から推すと右電文の漏示による米国軍部からの反発や圧力は余り大きなものではなかったということができる。
(3) FEBC問題
[49] この問題についての1034号電文の漏示による影響は右電文に米国大統領の個人的事情が記載されていたことに起因することは前記の通りであるが、このような個人的事情を外交交渉の手段に用いるのは好ましくないことであること、及び証拠〔一〇〕により認められる「FEBC問題は沖縄返還交渉全体からみると余り大きな問題ではないと考えられていた。」という事実から推すと、右漏示により生ずる米国側の不信・当惑及びわが国の信用失墜は余り大きなものではなかったということができる。
(4) 共同声明8項引用問題
[50] この問題は核兵器に関するもので、それ自体としては重要性のある事項といえるが、この点に関する1034号電文の記載は共同声明8項を沖縄返還協定に引用するか否かという点のみに限られ、且つ、共同声明それ自体は愛知・マイヤー会談の当時既に公にされていたことである。なるほど同一内容の事項でも、これを共同声明中に掲げる場合と日米両国間の協定に明記する場合とでは、差異があるといえるであろうが、共同声明で明言されている事項を共同声明の通り協定に再現することが沖縄の戦略的地位に悪影響を及ぼすことになるという合理的根拠が明らかでない。又、右電文の記載それ自体は、米国側が「何とか善処したいと考えている。」と述べたというだけのことであるし、米国内においても沖縄からの核撤去問題が愛知・マイヤー会談の前に報道されていたことが証拠〔一一〕により明らかであるから、右電文の漏示による米国軍部の反発や米国側交渉担当者への圧力が生ずる危険性も左程ではなかつたと考えられる。
(5) 対米支払い問題
[51] 1034号電文の漏示によつて、米国議会筋から増額を目指しての圧力が加えられるであろうという点は、吉野証言と井川証言とによりうかがわれる「愛知・マイヤー会談当時米国政府としては対米支払額が32,000万ドルに決定されようとしていることについて日本側の譲歩を多としていた。」ということに照らすと、余り効果的なものではなかつたといえる。
(6) 防衛取り決め問題
[52] この問題につき1034号電文には、沖縄へ自衛隊を配備する計画の取り決めをいかなる形式で行うかということが記載されているに過ぎず、従つて、米国議会のいわゆるタカ派議員からの反発が起こることがあつても右反発は的外れということができ、更に証拠〔三一〕によると右配備計画の内容は沖縄返還交渉における折衝の都度防衛庁から公式又は非公式に発表され新聞でもその都度右計画の内容がしばしば掲載されていたため、防衛取り決めの内容そのものも広く知られていたことが認められ、従つて右電文の漏示による前記反発や圧力は余り効果的なものではなかろうといえる。
(7) 外資系企業問題
[53] 証拠〔一一〕によると、外資系企業の問題は沖縄返還交渉の全体から見て余り大きな問題ではなかつたことが認められ、又、証拠〔一二〕によると愛知・マイヤー会談の直後、右問題についての日本側の態度(すなわち愛知外相書簡案の内容)を米国側が了承したという報道が行われたことが明らかであり、証拠〔一三〕によると、それにもかかわらず結局右問題についての交渉は右書簡案を米国側が容認した線で妥結し、これを協定の付属文書として沖縄返還協定が調印されたことが認められるが、右各事実を総合すると1034号電文の漏示による米国外資系企業側からの圧力は余り大きなものではなかろうといえる。
(8) 請求権問題
[54] 前記の通り請求権の財源は、日本側がこれを実質的に負担するという合意が沖縄返還交渉において成立したかもしれないという合理的疑惑が1034号電文の記載内容それ自体から推察されるところであるから、もし電文が漏示されても米国議会からの前記圧力は余り大きくはないであろうといえる。しかし、このような解決方法が図られつつあるという疑念を沖縄住民をはじめ日本国民が抱くことにより、日本国内で強い反発が生ずるであろうことは容易に推認できるところであり、証拠〔一四〕によると、愛知・マイヤー会談終了後間もなく1034号電文が漏示されると請求権問題について難航しつつも最終的段階までたどり着こうとしている沖縄返還交渉が再び難局を迎える危険性のあることが認められ、且つ、請求権問題が沖縄返還交渉で最後まで折衝が難航していた重要問題であつたことは前記の通りである。これらの事実から推すと右漏示により右交渉の能率的効果的な遂行が相当阻害される危険性があるといえる。
[55] しかしながら請求権問題は、その財源を日本側が実質的に負担するという形で解決されるかもしれないということは従来から観測的記事として広く報道されていたこと(このことは証拠〔一五〕により認められる。)及びこのような方法で解決がなされても、それにより沖縄の施政権返還が実現されるならばやむをえないとする意見もあつたということ(このことは証拠〔一六〕により推認できる。)を考え合わせると、右漏示の沖縄返還交渉全体に及ぼす影響が重大なものであつたとまでは認め難く、更に前記の通り電文の記載内容は違法とまではいえないにしても遺憾と思われる節のあるということを考慮すると請求権問題についての実質秘性の程度が高いとは断言できない。
(9) 結語
[56] 1034号電文の「日本のプレスは容易に防ぎきれない。」という発言記載及び右(1)から(8)までで述べたことを総合すると、そして以上の各資料以外に1034号電文の秘密保護の必要性の程度に関する資料のない本件では、1034号電文の具有する実質秘性は余り高度であつたということはできず、少なくとも右電文の漏示が沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に重大な影響を及ぼすものであつたと認めることはできない。
2 559号電文
[57] 右電文の記載内容は別紙第二の通り請求権問題に関する折衝に尽きている。
(一) 秘密保護の必要性の存否
[58] 吉野証言によると、右電文に記載されている折衝は日本側としては請求権に関する要求を是非とも貫こうとし、米国側も何とか米国議会を納得させるための体裁を整え日本側の要求に応じようとして苦心しつつ行われていたもので、右電文が漏示されると米国議会から日本側の要求を法外なものだとする反発が生じ、米国側交渉担当者に圧力が加えられるに至るであろうことが認められ、このことと前記三で述べたこととを総合すると、右電文の記載内容が沖縄返還交渉中に漏示される場合には、当該交渉の能率的効果的遂行が阻害され、その結果右交渉の能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険性があり、右電文は前記第二の実質秘性を具有しているといわなければならない。なお、右折衝が違法といえないことは前記1(一)(8)の通りである。又右電文とは別に井川・スナイダー会談で検討された「別電」なるものがあり、これを559号電文と共に被告人甲野が被告人西山にその写を交付し、且つ右別電の内容も被告人西山の当公判廷における供述によつて明らかにされているが、右別電の漏示は本件訴因には含まれないので、その実質性の存否については判断しない。
(二) 秘密保護の必要性の程度
[59] 559号電文中の米国議会に対する米国政府又は米国側交渉担当者の説明方法に関する部分や日本国政府に対し秘密書簡の発出を求めている部分は黙視できない重要な問題を含んでいるが、右電文が被告人西山に漏示された時期は沖縄返還交渉が事実上妥結した時期より後の昭和46年6月12日であり、当時既に確定していた調印時期よりわずか5日前であつたことは前記の通りである。そしてこのことと前記1(二)(8)で述べたこととの外に、559号電文の秘密保護の必要性の程度に関する資料の提出されていない本件においては、右漏示により沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に与える影響は余り大きなものであつたとはいえない。
3 877号電文
(一) 秘密保護の必要性の存否(請求権問題を除く。)
(1) 尖閣諸島問題
[60] 尖閣諸島問題についての877号電文の記載内容の要旨は別紙第三の1の通りである。そして吉野証言によると、右電文の漏示により、台湾において「米国は盟邦としての頼りがいがない。」という米国に対する反発が生じ、そのため日本が米国の不信を買うことになり、又、尖閣諸島の領土権を主張する台湾や中国及び香港からも無視し得ない反響が生じ、これらの各地において尖閣諸島の日本への不返還運動が激化し、日台関係なども尖閣諸島問題を巡り悪化する虞があることが認められ、従って、今後のわが国の外交交渉に支障が生ずるであろうということが推認される。
(2) 協定発効日の問題
[61] 協定発効日の問題についての877号電文の記載内容は別紙第三の4の通りである。そして吉野証言によると、右電文の漏示により米国上院が条約審議権を有しているのに米国国務省が上院の審議の前に沖縄返還協定の発効日を決定したり右発効日の問題につき日本側と協議しつつあることが明らかにされ、従って米国上院からの反発が予想されることが認められる。
(3) 米軍施設改善費の問題
[62] この問題についての877号電文の記載内容は別紙第三の2の通りであるが、右問題については右電文の漏示による影響すなわち右漏示によりわが国の外交交渉の能率的効果的な遂行が阻害され外交交渉の民主的且つ能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険性の存在を認めるに足りる証拠はない。
(4)調印日問題
[63] この問題についての877号電文の記載内容は別紙第三の5の通りであり、従つて右問題についての右電文の記載内容を昭和46年6月9日に発表しても差し支えないという合意が日米両国交渉担当者間に成立していたことが明らかであるから、右電文の漏示による影響はなかつたというべきである。
(二) 秘密保護の必要性の程度(請求権問題を除く。)
(1) 尖閣諸島問題
[64] この問題は国家主権の範囲を画するものであり、単に日米両国間の関係のみならず、第三国と米国又は日本との国際関係や友好関係にも直接影響を及ぼす重要問題であるというべきであるが、尖閣諸島の領有権を巡り、かねてから日台間に対立があつたことは関係国間では既に公知の事実であり、且つその当時右問題に関する米国側の態度や立場は既に半ば明らかにされていたことが証拠〔一七〕により認められ、以上の事情と877号電文の記載内容が主として日台間の協議の時期に関するものに過ぎなかつたこととを考え合わせると、日米両国の最高責任者の間で尖閣諸島問題が協議されたことの意義を考慮しても右電文の漏示による反発、反響及び支障は余り大きくなかろうといえるところである。
(2) 協定発効日の問題
[65] この問題については、877号電文の記載によると、発効日につき愛知・ロジャーズ会談で協議が行われたものの、米国側交渉担当官は「過早に協定発効日を論ずることは議会の反発をまねくということも考慮しなくてはならない。」と発言し、又、発効日は右会談ではまだ決定されなかつたことが認められ、従つて、右電文の漏示による米国上院からの反発は余り大きくなかろうといえる。
(三) 請求権問題および結語
[66] 請求権問題についての877号電文の記載内容は別紙第三の3の通りであり、右記載内容は井川・スナイダー会談で協議された秘密書簡発出を巡る折衝であり、その実質秘性の存否及び程度は559号電文のそれと全く同一であるということができる。このことと前記(一)で明らかにされたこと及び前記三で述べたこととを総合すると、877号電文の記載内容が沖縄返還交渉中に漏示されるならば、当該交渉や将来のわが国の外交交渉一般の能率的効果的な遂行が阻害され、これらの交渉の能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険性があると認められ、従つて、877号電文は前記第二の実質秘性を具有しているといわなければならない。
[67] しかし請求権問題についての877号電文の記載内容の実質秘性の程度が559号電文のそれと同一であることと、前記(二)で述べたこととによると、そして以上の各資料の外に877号電文の秘密保護の必要性の程度に関する資料の提出されていない本件では、877号電文の具有する実質秘性が余り高度なものであつたとはいえず、少くとも右電文の漏示が沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に重大な影響を及ぼしうるものであったと認めることはできない。
[68] 被告人甲野は、以上の通り、実質秘性を具有する本件3通の電文を新聞記者である被告人西山に交付したのであるから被告人甲野の前記第一の所為は国家公務員法109条12号、100条1項の構成要件に該当するものといわなければならない。しかし前記第一に記載の通り、本件3通の電文の交付の相手方が沖縄返還交渉などに関する取材活動に従事していた新聞記者であり、又、証拠〔一八〕によると被告人甲野は被告人西山から昭和46年5月22日夜「安川審議官のところへ回つてくる書類を見せてくれないか。」という趣旨の申し入れを受けた際、同被告人から「取材に困つているので助けると思つて書類を見せてくれ。」と言われ、これに応じて本件3通の電文を安川審議官のところから持ち出して被告人西山に交付したものであるから取材協力行為としての正当行為性の存否を考えておく必要があろう。
[69] そこでこの点については被告人甲野側の特段の主張はないけれども、一言する。

[70] 取材協力行為は取材行為の反面を構成し、それ故取材の自由及び報道の自由に貢献し、報道機関の後記公共的使命に奉仕することになり、従つてその限度において取材の自由に対する保障に準ずる保障を受け得るものといえよう。しかし、これが国家公務員の秘密漏示罪に該当する場合について考えてみると、公務員の秘密保持義務は国民に対する義務であり、この義務に違反して秘密を漏示した場合には、ときとして国民全体の重大な利益を損なうことがあることも考慮しなければならない。従つて、このような秘密漏示行為が正当行為性を具備するものとしては社会通念上許容されるためには、当該行為が報道機関の公共的使命に奉仕して公益を図るという積極的意図の下に行われたものでなければならず(このことは刑法230条の2第1項の名誉毀損罪の免責規定から推しても是認されよう。)単に取材者に対し好意を抱いたことによりなされた場合、あるいは取材者の勧心を買うためとか、自己の売名のためとかいうような私益を図る目的をもつてなされた場合には、目的の正当性を欠き、従つて当該行為が手段方法の点で相当性に欠けるか否か、当該行為が結果的に報道機関の公共的使命に奉仕することになるか否かを判断するまでもなく正当行為でないというべきである。

[71] そこで被告人甲野の本件漏示行為が以上のような積極的意図の下に行なわれたものであるか否かを検討する。
[72] 証拠〔一八〕によると、被告人甲野は、被告人西山と肉体関係を結んだ直後に被告人西山からの前記申し入れを受けた際「外務省や安川審議官にはもちろん、君にも絶対に迷惑を掛けない。そのままの形で記事にすることは絶対にしない。自分の頭の中に入れておいて記事を書くときの参考にするだけだ。」と言われ、その際右申し入れを拒否すれば被告人西山との肉体関係が明るみに出されるかもしれないということを有夫の女性として危ぐし、他面、取材に行き詰まつているという同被告人の立場に同情して情にほだされ、更に同被告人に対して好意を抱いていたので、右のような危ぐ感と同情心と好意との結果、即日右申し入れを受諾してしまつたことが認められる。しかも証拠〔一九〕によれば、被告人甲野は勤勉で実直な事務官であることが認められ、又、証拠〔二〇〕によると被告人甲野は政治や外交問題にはほとんど関心を持っていなかつたことが認められ、このような被告人甲野の勤務態度や政治意識を考えると、被告人甲野が報道機関の公共的使命に奉仕して公益を図るという積極的な意図の下に本件3通の電文を持ち出したものではなかつたことが明らかであり、むしろ右電文に基づく報道がなされないことをひそかに念じていたことがうかがわれる。

[73] 更に手段方法の相当性について(蛇足であるが)一言しておく。
[74] 証拠〔三〕によると被告人甲野は、被告人西山の「外務省や安川審議官には迷惑を掛けないし、自分の頭の中に入れておいて記事を書くときの参考にするだけだ。」という言辞を信じて本件3通の電文の漏示をするに至つたものであると認められ、一応公務の阻害に対する配慮もうかがわれないではないが、証拠〔一八〕によると、その持ち出しの態様は、部内の連絡文書をその重要性を何ら判断しないで持ち出していること、及び本件3通の電文の漏示はいずれもリコピーによる漏示であつて文書自体の持ち出しとほとんど差のない方法によつており、又、被告人西山がこれらリコピーを持ち帰ることさえ許容していることが認められるのであつて、秘密保持義務を負う国家公務員の取材協力行為としては、著しく軽卒且つ不用意であったといわざるを得ない。

[75] してみると被告人甲野の右漏示行為の動機・目的と方法とを考えるとたとえ本件3通の電文の持っている秘密保護の必要性(これが余り高度であつたといえないことは前述した通りである。)が取材の利益に対する保護の必要性よりも優越していないとしても、被告人甲野の行為は正当行為でないというべきである。
[76] 以上の理由により、被告人甲野の判示第一の所為は1034号電文リコピーを被告人西山に交付した点と、559号電文リコピーを被告人西山に交付した点と877号電文リコピーを被告人西山に交付した点とがいずれも国家公務員法109条12号(罰金額の下限については刑法6条、10条により改正前の罰金等臨時措置法2条1項本文の規定による。)100条1項前段に該当するが、559号電文リコピーと877号電文リコピーとの各交付は1個の行為で2個の罪名に触れる場合に該当し、これと1034号電文リコピーの交付とは包括一罪の関係にあるから、刑法54条1項、10条3項により判示第一の所為を一罪として犯情の最も重い1034号電文リコピー交付の罪の刑で処断することとし、その所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人甲野を懲役6月に処し、情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から1年間右刑の執行を猶予することとする。
[77] 被告人西山は毎日新聞社東京本社編集局政治部に勤務し、昭和46年2月から昭和47年4月までの間外務省担当記者であつた者であるが、外務事務官として昭和45年7月から外務省外務審議官室に勤務し外務審議官安川壮に配付又は回付される文書の授受及び保管という職務を担当し右文書の内容を了知し得る立場にあつた被告人甲野を知り、「被告人甲野とひそかに情を通じ、これを利用して同被告人をして前記安川審議官に配付若しくは回付される外交関係秘密文書又はその写しを持ち出させて記事の取材をしよう。」と企て、
[78] 昭和46年5月22日ころ同被告人を東京都渋谷区松濤1丁目4番9号所在の「ホテル山王」に誘つて情を通じた上「取材に困つている、助けると思つて安川のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対に迷惑をかけない。特に沖縄関係の秘密文書を頼む。」などとしつように申し迫つた上、
[79] 同年同月26日ころ東京都港区赤坂3丁目18番2号所在の第一・三州ビルの中にある秋元政策研究所事務所において同被告人に対し「5月28日愛知外務大臣とマイヤー大使とが請求権問題で会談するので、その関係の秘密書類を持ち出してもらいたい。」旨申し向け、
[80] 同年6月7日ころ前記秋元政策研究所事務所において同被告人に対し「6月9日パリで行われる愛知外務大臣とロジャーズ国務長官との会談の関係の秘密書類及び条約関係の秘密書類を持ち出してもらいたい。」旨申し向け、
もつて同被告人が職務上知ることのできた秘密を漏らすことをそそのかしたものである。
[81] 証拠〔二一〕によると次の事実が認められる。
[82] 被告人西山は昭和31年4月毎日新聞社東京本社に入社し、昭和46年3月から昭和47年2月までの間同社政治部記者(外務省記者クラブ詰めキヤツプ)として、沖繩返還交渉を中心とする外交全般に関する取材活動に従事していた者であり、被告人甲野は昭和39年4月外務事務官に任官し昭和45年7月27日から昭和47年4月5日免職されるまでの間、安川壮外務審議官付外務事務官として一般的秘書業務に従事し、同審議官に回付又は配付される文書の授受・整理及び保管という職務を担当し、これにより、右文書の内容を職務上知ることのできる地位にあつた者であるところ、被告人西山は前記取材活動の一環として、同審議官に回付若しくは配付される文書の原本又は写しを被告人甲野から入手しようと企て、同被告人が外務事務官として右職務を担当していることと、これにより右文書の内容を職務上知ることのできる地位にあるものであることとを知りながら、昭和46年5月22日東京都渋谷区松濤1丁目4番9号所在の「ホテル山王」において同被告人に対し「安川審議官のところへ回って来る書類を見せてくれないか。」という趣旨の申し入れをした上、「沖縄返還交渉と中国代表権問題とに関する書類を安川審議官のところから持ち出して見せてもらいたい。」という趣旨の依頼をし、これを受諾した同被告人に対し以後適宜持ち出し文書を指示していたが、その一環として、
[83] 同月下旬、被告人西山がかねてから関心を抱いていた請求権問題を含む沖縄返還交渉が大詰めの段階に入り、これについて同月28日愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でほぼ最終的な会談が行われる予定であることを知るや、同月26日ころ東京都港区赤坂3丁目18番2号所在の「第一・三州ビル」の5階にある秋元政策研究所事務所において被告人甲野に対し「愛知・マイヤー会談の関係文書、特に請求権関係の書類を頼む。」という指示を与え、
[84] 同年6月上旬、パリにおいて愛知外務大臣がロジャーズ米国国務長官との間で沖縄返還協定につき最終的会談を行う予定であることを知るや、同月7日ころ前記秋元政策研究所事務所において同被告人に対し「愛知・ロジャーズ会談の関係文書を頼む。」という指示を与え、
もつて、右各指示の後開催される右各会談に関連して作成される文書で前記安川審議官に配付又は回付されるもの(以下「想定文書」という。)を持ち出して見せてもらいたいという旨のしようようをした。
一「そそのかし」の事実と想定文書の特定
[85] 被告人西山は前記第二(基本的事実関係)の通り、被告人甲野に対する申し入れ、依頼、指示をして想定文書を持ち出して見せて貰いたいという旨のしようようをしたものである。
[86] なお検察官は「被告人西山が昭和46年6月7日ころ『条約関係の秘密書類を持ち出してもらいたい。』という旨の指示をした。」と主張する。ところで証拠〔二、三〕の各調書の中には「被告人西山が『条約関係の文書を頼む。』と指示した。」旨の供述記載があり、被告人西山の当公判廷における供述の中にも「『協定の条文化の関係の文書』という意味で『条約関係の文書』という指示をしたかもしれない。」という供述があるけれども、逆に証拠〔五〕の調書の中には「被告人西山は昭和46年6月7日ころには『愛知・ロジャーズ関係の文書を頼む。』と言つたのみで『条約関係の文書』とまで指示したことはない。」という趣旨の供述記載があるのみならずそもそも単に「条約関係の文書」という言葉だけでは、はなはだあいまいであつて文書の特定としては不十分であり、又、「条約関係の文書」という指示が「協定の条文化の文書」の指示を意味するということもかなり不自然であり、従つて「条約関係の文書」という指示をしたと認めるにはなお合理的な疑惑をぬぐえず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから検察官の右主張は失当といわざるをえない。(なお又被告人甲野の当公判廷における供述中には「被告人西山が『条約局長とスナイダーとの会談の書類を見せてくれないか。』と指示したように思う。」という趣旨の供述があるが証拠〔一〇〕によると右会談は前もって予定されたものではなかつたことが認められるので「当時被告人西山は右会談の行われることを了知していなかつた。」という被告人西山の当公判廷における供述が信用できるから、被告人甲野の右供述は信用できない。)
[87] 又、前記第二(基本的事実関係)で確定したところによると中国代表権問題に関する文書の持ち出しも被告人西山が依頼しているが、右文書の持ち出しの依頼は本件訴因の範囲に包含されていないから、この点は考察の対象とすることはできない。
[88] 更に想定文書が「会談の関係文書」とされる場合および会談に関する準備資料・会談内容を記載した文書・会談の結果報告文書及び会談に関する連絡文書その他が含まれると通常考えられ、その中のいかなる文書が前記各指示の対象となつているかということの特定も必要である。この点証拠〔四〕によると「被告人西山は前記各指示の際、どういう文書が安川審議官のところに回つて来るのかということを想定できなかつたが、会談内容を要約記載した文書のごときものを持ち出してくるものと予想していた。」ということが認められ、一方証拠〔一五〕によると安川審議官のもとへはこの種会談の行われた際にはその都度会談内容を要約記載した来電・発信電案その他の参考資料が回付又は配付されていたことが認められ、従つてこれらの文書が当時外務審議官であった同人に回付又は配付されるであろうということが予想されていたことが認められる。それ故前記各指示の際予想された文書とは「会談の内容を要約記載した来電・発信電案その他の参考資料」ということができる。
[89] 以上の諸点を総合して本件でしようようの対象とされている行為(以下これを「被しようよう行為」という。)すなわち想定文書及びその漏示方法を特定すると、5月26日のしようようにおいては、「安川審議官のところに回付又は配付される書類の中で、沖縄返還協定問題に関する文書の内、昭和46年5月28日に行われる予定の愛知・マイヤー会談を内容の要約記載した来電・発信電案その他の参考資料を持ち出して被告人西山に見せること。」であり、又6月7日のしようようにおいては「安川審議官のところに回付又は配付される書類の中で、沖縄返還協定問題に関する文書の内、昭和46年6月7日以後に行われる予定の(沖縄返還協定についての最終的会談として行われる)愛知・ロジャーズ会談の内容を要約記載した来電・発信電案その他の参考資料を持ち出して被告人西山に見せること。」であるということができる。

二「そそのかし」の意義とそそのかしの成立要件
[90] ところで本件における国家公務員法111条所定の「そそのかし」とは国家公務員法109条12号、100条1項所定の秘密漏示行為を実行させる目的をもつて、当該公務員に対し、右行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りるしようようをし、これにより相手方である当該公務員が新たに実行の決意を抱いて実行に出る危険性のある行為を意味すると解する。従つて右要件に該当する限り、実際に相手方が秘密漏示行為を実行しなかつたとしても、又、しようようの時点で予想されていた(将来の)秘密が成立するに至らなかつた(例えば、前記各会談がしようよう後特別の事情のため中止されてしまつた)としても、更には相手方が新たに実行の決意を抱くに至らず若しくは既に生じている決意が助長されるに至らなかつたとしても、右の「そそのかし」の成否には影響がないと解すべきである。そしてこのように解したとしても前記各条項が憲法21条、31条に違反するものではないと考えるのが相当である。
[91] してみると、そそのかし罪が成立するためには、第一に被しようよう行為が国家公務員法109条12号、100条1項に該当し、且つ、違法性を具備する行為であることが必要であり、そのためには被しようよう行為の対象となつている秘密がしようよう行為当時現に存在し又は将来存在するに至るであろうということ及びその秘密が、予想される漏示時点において、前記第一章第二で述べた実質秘性を有しているであろうということがしようよう行為の時点において予想されていること並びにその漏示行為が違法性を有していることを要し、第二に、しようよう行為が相手方に実行の決意を新たに生じさせるに足りること、すなわち相手方が新たに実行の決意を生じて実行に出る危険性を有していることを必要とし、そのためにはしようよう行為がそれ自体で又はそれに伴う付随的諸事情にかんがみ相手方がしようようを拒み難いような態様で行われることを要するというべきである。
[92] そこで、以下被告人西山の前記所為が右諸要件を具備しているか否かにつき検討する。

三 被しようよう行為の可罰性
1 想定文書の実質秘性
[93](一) 前記一で特定した被しようよう行為が秘密漏示罪の構成要件に該当するためには、想定文書が予想される各漏示時点において実質秘性を有しているであろうということが前記しようよう行為の時点において予想されていたことを要する。ところで証拠〔二二〕によると前記第一章第三、一の事実が明らかである、〔ママ〕且つ前記愛知・マイヤー会談にあつては前記第一章第三、一、2(「昭和46年5月末から6月上旬にかけての諸懸案の概観」)掲記の諸問題について、日米両国政府間において実質的な合意に達するべく折衝が行われるであろうということ、又、前記愛知・ロジャーズ会談にあっては右諸問題について日米両国政府間の最終的折衝がなされるであろうということ、更に、右各会談の内容が要約して記載されている文書(来電・発信電案その他の参考資料)が右各会談の直後に作成され、日を置かず安川審議官に回付又は配付されるであろうということと、その直後被告人甲野から右各文書の内容が被告人西山に漏示されるであろうがその時点までには右各文書の内容は外部にはまだ知られていないであろうということとが、前記各しようよう行為の時点で予想されていたということが認められる。
[94](二) そこで想定文書の秘密保護の必要性を考えてみるに証拠〔二三〕によると前記各会談が、少なくとも沖縄返還協定調印の前の段階では原則として会談の具体的内容を公開しないという国際的慣行にのつとって行われ日米両国交渉担当者間で特に交渉の具体的内容を公開する旨の合意はなされないであろうということ、従つて右各会談の内容が要約して記載されている想定文書が前記各会談後間もなく(調印前に)漏示されるならば米国側からの不信感が生じ、又、わが国の国際的信用が失われ、将来の外交交渉や米国との友好関係の維持に支障を及ぼすという危険性や、米国側からの不信感によつて沖縄返還交渉の能率的効果的遂行が阻害されるという危険性があることが前記各しようよう行為の時点において予想されていたという事実、及び右各会談で取り上げられ折衝されるであろう諸問題はいずれも沖縄返還交渉の最終的段階まで持ち越されていた懸案事項であつて右各会談の具体的内容が漏れることによつて米国や米国側交渉担当者の立場が害されるであろうという危険性のあることも前記各しようよう行為の時点で予想されていたということが認められ、且つ、実際に持ち出された文書(1034号電文及び877号電文)の実質秘性につき証拠〔二四〕によると前記第一章第三、四、1及び同3の通りのことが認められるので、これらを総合してみると想定文書が沖縄返還交渉中に漏示されることにより、当該交渉や将来のわが国の外交交渉一般の能率的な遂行が阻害され、沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般の能率的運営を国民に保障し得なくなる危険性が前記各しようよう行為の時点で予想されていたというべきであり、結局、想定文書は予想される各漏示時点において実質秘性を具備しているであろうということが前記各しようよう行為の時点で予想されていたといわなければならない。
2 被しようよう行為の正当行為性について
[95] 以上の通り、前記各被しようよう行為は国家公務員である被告人甲野が実質秘性を具有する想定文書を新聞記者である被告人西山に交付する行為であるから国家公務員法109条12号、100条1項の構成要件に一応該当することとなる。しかしこの交付の相手方は新聞記者であるから、この各被しようよう行為につき取材協力行為としての正当行為性の有無を考えておく必要がある。けだし、しようよう行為が相手方公務員に対し、公益を図る意図(後記のような報道機関の公共的使命に奉仕して公益を図ろうという積極的意図)を喚起するような態様で行われた場合には、現実に相手方がしようよう者の意思又は予期に反する意図で漏示行為をしたとしても、右しようよう行為は正当行為性を有する行為をしようようした行為であるからそそのかし罪を構成しないといえる場合が考えられるからである(但し、右の積極的意図を喚起するということがしようよう行為中に存在しない以上、被しようよう行為は目的の正当性を欠くことになり、手段方法の相当性や法益の権衡性を考えるまでもなく、正当行為性を有しないことになるというべきである。)。
[96] そこで前記各しようよう行為が、かかる積極的意図を喚起するような態様でなされたかどうかを検討してみると、この点について被告人西山の当公判廷における供述の中には、「被告人甲野に前記申し入れをした際『沖縄返還交渉の実態について解明したい疑問点があるから、それに役立つ書類があつたら見せてもらいたい。』とその申し入れの趣旨を説明した。」旨の供述があるが、この供述は、「被告人甲野に対し文書の持出しを申し入れたらあつさりと承諾してくれた。」という趣旨の被告人西山の供述調書(証拠〔五、六〕及び被告人甲野の当公判廷における「申し入れの趣旨についての説明は一切受けていない。」という供述と対照してみると、信用できず、被告人両名の各供述調書(証拠〔二、三、五、六〕)及び被告人甲野の当公判廷における供述を総合すると(前記各指示の以前には)被告人西山が前記申し入れ及び依頼の趣旨についての説明をしたことはなく、むしろ被告人西山に前記申し入れ及び依頼の際被告人甲野に対し「取材に困つているので助けると思つて安川審議官のところへ回つてくる書類を見せてくれないか、外務省や安川審議官にはもちろん君にも絶対に迷惑を掛けない。」などと被告人甲野の好意や同情心に働きかけるように懇願して文書の持出しの決意をさせ、その後は適宜前記各指示をしていたことが認められるので前記各しようよう行為は、報道機関の公共的使命に奉仕して公益を図るという積極的意図を喚起するような態様の行為ではなかつたことが明らかであり、従つて被しようよう行為は正当行為性を具備してはいないといわざるを得ない。

四 しようよう行為の危険性について
[97] そこで前記各しようよう行為が相手方である被告人甲野に被しようよう行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りるものであつたか否か、すなわち、右各しようよう行為がそれ自体で又はそれに伴う付随的諸事情にかんがみ被告人甲野がしようようを拒み難いような態様で行われたか否かを検討する。証拠〔二五〕によると、被告人西山は沖縄返還交渉の大詰め段階であつた(従つて同被告人としては非常に多忙だつた)昭和46年5月18日に従前それほど親交のなかつた被告人甲野に接近し一夕の遊興飲食を共にした上同被告人と肉体関係を結び、同月22日再び同被告人と肉体関係をもち、その直後前記申し入れ及び依頼をし、右申し入れ及び依頼に際し被告人西山は前記三の2で述べた文言を用いて懇願したものであることが認められ、この事実から推定すると、前記各しようよう行為は被告人両名の間の肉体関係により生じた被告人甲野の好意を利用して(あるいはこの意味に乗じて)行われ、更には同被告人の同情心を喚起させつつ同被告人の反規範意識や警戒心を溶解させながら行われたものであると認められる。してみると右各しようよう行為は被告人甲野においてこれを拒み難いような態様で行われたと認められるのであつて、しようよう行為の危険性もこれを肯定することができる。
[98] なお、前記第一章第四、二の通り被告人甲野が、被告人西山の前記申し入れを拒否することによつて被告人両名間の肉体関係が明るみに出されることを有夫の女性として危ぐしたことが、右申し入れを受諾した心理的要因の一つであると認められる。そこで被告人西山には前記各しようよう行為の際被告人甲野と肉体関係を結んだことにより被告人甲野に生ずるであろう右危ぐの念を利用しようという意図があつたのではないかと考える余地があるので、この点につき検討する。証拠〔五〕によると被告人西山にしても妻子のある身であり、毎日新聞社の政治部記者として外務省詰めのキヤツプという立場にあつたことが認められこのような事情にかんがみると自らの背徳でもある前記肉体を自らみだりに明るみに出そうと考えてはいなかつたことが推認されるのみならず証拠〔二五〕によると被告人西山が被告人甲野に対し前記肉体関係の暴露をほのめかしたことの全くなかつたことが明らかであるから、被告人西山に被告人甲野の不貞行為の暴露に対する危ぐを利用しようという意図はなかつたというべきである。なお、証拠〔二五〕によると被告人甲野が被告人西山の要望をいれてほとんど毎日のように多数の文書を持ち出し、あるいは文書をリコピーして被告人西山に見せ、又、被告人西山が同年6月末に米国に出張した際には米国まで文書を郵迭していたことや少なくとも前記各しようよう行為の行われた間において交際の継続を拒否したこともなく、自ら誘つて食事を共にしようとしたことも認められ、従つて被告人西山に対し少なからず好意を抱いていた節がうかがえるから、被告人西山の右各しようよう行為が被告人甲野との肉体関係を利用したものであるにしても被告人甲野の好意や同情心に甘えていたにすぎないと考えるのが相当である。
[99] 次に、被告人西山の前記各しようよう行為がしつよう又は強引な方法でなされたか否かについて検討するに同被告人が昭和46年5月22日被告人甲野に対して初めて申し入れや依頼をしたときには被告人甲野はこれを即座に了承したのではないがさりとてかたくなに拒絶したものでもなく、被告人西山の言動は一時ためらつていた被告人甲野に対し決断を促すという程度のものであつたこと、被告人西山が右依頼の後たびたび断定的口調で電話をしたりメモを渡したりしたことがあつたとしても、これはいずれも既に5月22日の申し入れや依頼によつて生じた被告人甲野の文書の持出しをしようという決意を確認するためのものであつたばかりか、右電話やメモは主として文書授受の場所や時間の指定又は持出すべき文書の指示に過ぎなかつたこと、及び被告人西山の電話での口調は平素から断定的であつて被告人甲野に右の指定や指示をしたときにも平素の口調が出ただけであつたと考えられることがそれぞれ証拠〔二五〕によりうかがわれ、他に被告人西山の前記各しようよう行為がしつよう又は強引であつたと認めるに足りる証拠はない。

五 結語
[100] 以上検討したところによつて明らかなとおり被告人西山の被告人甲野に対する前記各しようよう行為はいずれも国家公務員法111条、109条12号、100条1項に該当するといわなければならない。
一 取材行為と国家公務員法111条、109条12号、100条1項(秘密漏示そそのかし罪)の正当行為性
[101] 前記第二(基本的事実関係)および第三、一(「そそのかしの事実」と想定文書の特定)で述べたとおり被告人西山は毎日新聞社政治部記者という立場で、沖縄返還交渉を中心とする外交全般に関する取材活動の一環として前記各しようよう行為をしたもので、右各しようよう行為が取材行為として正当行為であるといえるか否かについて判断する。
1 報道の自由及び取材の自由について
[102](一) 国民主権の原理に立脚し、国政が国民の厳粛な信託によることを定める日本国憲法下にあつては国民は絶えず国政に関する事項を知り、又、これに関する他人の意見を公共的討論の場で表明することによつて国政を監視しこれを支持又は批判することを通して国政に参加する権利と責任を全うすることができるのである。このような国政に関する事項について知る自由、又は意見表明の自由は民主主義の基本原理から導かれる当然の帰結である。
[103](二) しかしながら個々の国民が公共的関心事項について知る自由や意見表明の自由を有するにしても現在の社会機構においては、個々の国民がこの自由を十分に行使し享受するには能力の限界がある。報道機関は、公共的関心事項についての事実や他人の意見を組織的に正確且つ広範囲に収集し、これを編集して迅速に報道することによつて国民一般に情報を提供し、合わせて、報道機関自身が、収集した情報に基づいて報道機関としての意見を形成しこれを表明することを通して国民一般の知る自由や意見形成、意見表明の自由に奉仕するものである。そして、同時に報道機関は、限られた範囲においてではあるが国民に意見表明の場を提供すること(例えば世論調査や投書)によつて国民の意見を公共的討論の場に登場させると共に、国政を担当する国家機関に国民の意見を知らせ、国民と国家機関とを結合し、且つ国家機関の判断の公正に資する役割をも果たすものである。報道機関はこのような公共的使命を担うが故に、報道機関としての意見表明の自由はもちろんのこと、事実や他人の意見を報道する自由も憲法21条により保障されるというべきである。
[104](三) ところで報道機関が事実や意見を正確且つ広範囲に報道するためにも、又、報道機関として公正な意見を形成するためにも、報道機関の前記公共的使命にかんがみ報道機関(報道記者)の報道を目的とした取材活動の自由も(それ自体は表現行為ではなく、その前提行為たるに過ぎないが)憲法21条の精神に照らして十分尊重されなければならないというべきである。
2 報道記者の取材行為の正当行為性
[105] 取材の自由は前記のとおり、憲法21条の精神に照らして十分尊重されなければならないがもとより絶対無制限なものではなく、特に取材活動は多くの場合もろもろの事実行為を駆使することによつていまだ公知となつていない事項や秘密保持者が知られることを欲しない事項への接近が初めて可能となる点において他の保護法益と衝突する場面が多く、犯罪行為を構成する場合さえ起こり得る。
[106] しかし取材行為は報道機関の前記公共的使命を全うするために不可欠な行為であるが故に社会生活上重要な行為であると一般に認められており、又、前記の通り取材の自由は憲法21条の精神に照らして十分尊重されなければならないから、報道記者の取材行為が刑罰法規の構成要件に一応該当する場合であつても、当該行為が、その取材結果を私用・窃用する目的とか単に報道記者の個人的好奇心や私的欲望を満足させる目的とかでなされるのではなく、報道機関の前記公共的使命を全うする目的をもつてなされたものであるという事情、又その行為に際して具体的に用いられた手段方法が、右の目的を達成するために必要であるか若しくはこれに通常随伴するものであり、例えば行為時の具体的諸事情に照らして他にこれに勝る方法がない場合など当該手段方法を用いたこと自体に対しては社会通念上特段の非難を加えることができないと考えられるという事情、更に又その行為によつてもたらされる利益がその行為の結果損なわれる利益と均衡を保ち又はこれに優越していると認められるという事情などを総合考慮して、当該行為が全体としてなお法秩序の精神に照らして是認できると認められる場合には、当該行為は正当行為であるということができる。そこで被告人西山の前記各しようよう行為について、これらの点を順次検討することとする。

二 本件そそのかし行為の目的
[107] まず、取材活動の一環として行われた前記各しようよう行為の目的を検討する。証拠〔二六〕によると被告人西山は毎日新聞社政治部記者であつて、外交問題に比較的明るく又外務省内の幹部に知己が多いところから、大詰めを迎えた沖縄返還交渉の取材のため昭和46年2月に外務省記者クラブ詰めのキヤツプとして外務省に派遣され、前記各しようよう行為の当時は沖縄返還交渉について鋭意取材して報道しつつあったものであり、又被告人西山自身もその当時には請求権問題について、日本側がその財源を肩代わりするのではないかとの疑惑を抱いており、この疑惑を解明することを含めて沖縄返還交渉全体の行方(更に当時問題となつていた中国代表権問題の行方)に大きな関心を持っていたことが認められる。してみると被告人西山は前記各しようよう行為の際、沖縄返還交渉や中国代表権問題に関する正確且つ広範な情報を収集し、これを新聞を通じて国民に報道し、新聞の公共的使命を全うしようという目的を持つており、右目的を達成せんがために右各しようよう行為に及んだというべきである。
[108] ところで証拠〔二七〕によると前記各しようよう行為の当時は、沖縄返還交渉を巡つて各新聞社の間で激しい取材競争が展開され、被告人西山は外務省記者クラブ詰めのキヤツプとしての責任感から取材競争において他社に抜きん出たいと考えていたことは明らかであり、従つて被告人は前記各しようよう行為の際、これによつて、右取材競争において勝利を得ようという目的をも有していたことが認められるので、この点について一言する。
[109] わが国における報道機関の多くは自由競争社会における営利企業の形態を有し、このような企業の被傭者である報道記者は、取材に当たつて前記公共的使命に貢献し、公益を図りながらも他面においてその所属企業の営利性を追及し、スクープその他による個人的な利得や功名を追及することが多いという現実を無視することはできない。従つて報道記者としての公共的使命を追及する取材活動にあつてもかような私的利益の追及を伴うことは通常起こり得ることである。
[110] しかしながら国家からの援助や干渉を受けない私企業間の激しい取材競争すなわち各社間の自由競争や記者相互間の競争による取材活動により、一層正確・広範且つ迅速な報道が可能になり、このことが報道機関の公共的使命に貢献していることが現実の姿として広く承認されているところである。してみると取材行為が専ら個人的な利得や功名のみを追及しているに過ぎないものと認められない限り、一面において取材競争に打ち勝つという目的をもつて行なわれたものとしても正当行為性の一要件としての目的の正当性を肯定しなければならない。

三 手段方法の相当性
[111] 前述の通り、被告人西山は、安川審議官付外務事官であつた被告人甲野に対し両被告人間の肉体関係により生じた被告人甲野の好意に乗じて文書の持ち出しをしようとしたものである。
[112] いうまでもないことであるが報道の公共的使命を全うするためには広範な情報源や自発的な取材協力が是非とも必要であつて、取材に当たる者としては、広範な情報源や自発的な取材協力を確保するよう努めなければならない。外交交渉の取材にあつても自らの知識・経験や広範な取材源からの自発的な取材協力によつて得た資料に基づいて適確な推理をし、その上で、交渉関係者に対し公式あるいは非公式の取材協力を要請すべきであり、やむを得ず交渉関係者以外の者から取材しようとする場合にあつても、相手方に対し取材協力の必要性を真しに説き、取材協力者に不利益の及ばぬよう細心の注意を払いつつその自発的協力を保持し、それによる健全な取材活動をなし得るに至るといえるのである。そして報道記者のこのようなたゆみない努力によつて初めて報道機関の公共的使命が全うされるものといえよう。
[113] ところで、被告人西山の前記各しようよう行為は証拠〔二八〕によると第一にその相手方が交渉担当者ないし交渉関係者というような秘密の実質的保有者でないばかりか、文書の授受、保管その他の機械的事務のみに従事し、且つ政治や外交問題にほとんど無関心である一女性事務官に過ぎなかつた者であり、このことは被告人西山も認識していたこと、第二にその漏示の方法についても文書それ自体の庁外への持ち出しという極めて大胆で危険な、従つて漏示者において横領ないし窃盗に問疑され兼ねない方法をとることを依頼したものであること、及び第三に前記各しようよう行為に先立って、被告人甲野に対し、沖縄返還交渉に関する取材の意義や取材の必要なゆえんを真しに説得して同人の自発的協力を要請したというようなものではなく、同被告人との間の肉体関係ないし、肉体関係から生じた同被告人の好意や同情心を利用しこれに甘えて右各しようよう行為に及んだことが認められる。
[114] してみると被告人西山の前記各しようよう行為は、報道の社会的公共的使命を果たしていると一般に認められる報道機関に所属する記者であるが故に一層強く求められる報道記者としての自覚を忘れその尽くすべき努力を怠つた誠にこそくな又反倫理的な取材活動というべく、報道記者の取材の正道を逸脱し報道記者の品位や社会的信用をも失墜させるものであるとの非難を免れない。
[115] もつとも証拠〔二九〕によれば、外務省における秘密の保持は、極めて厳しく徹底しており、公式・非公式の発表や外務省高官のブリーフィングに頼るという程度の取材活動では到底外交交渉の真相を究明できないものであつたことは推測に難くなく、又証拠〔三〇〕によれば被告人西山は当時沖縄返還交渉に関して安川外務審議官をはじめ関係方面に対し鋭意取材活動を行つていたが、なお納得のゆくまでの取材ができなかつたことが認められ、更に証拠〔三一〕によると取材の対象には特段制限がないという記者としての職業意識が働いたことが認められ、且つ、前記の通り政治問題や外交問題に関心の薄い被告人甲野からは文書それ自体の持ち出しによつて文書の内容を聞き出すよりも一層正確な取材が可能だと被告人西山が考えたことも理解できないではない。更に又被告人西山が被告人甲野との肉体関係や同被告人の好意又は同情心を利用したという点は右肉体関係が分別をわきまえた両者の合意の上で生じたものであるという経緯を考えると、このことが法の領域(すなわち違法性の有無に関する問題)において論ずるよりもその不当性の是正は社会一般や記者相互間の指弾又は倫理的非難にゆだねたほうがより適切であると考えられないではなく、従つて法がこのような領域に深く立ち入るべきではないという側面のあることは否定できない。そして被告人西山は被告人甲野の好意や同情心に甘えて前記各しようよう行為をしたものであるだけでそれが殊更にしつようないし強引になされたものでないことは前記の通りであり、又取材源の秘匿についても当時としては相応の配慮をしていたものであることは後記認定の通りである。
[116] ところでこのような諸事情を考慮しても前記各しようよう行為の手段方法についてはその相当性になお欠ける点があったというべきであるけれどもその相当性欠如の程度は、他の諸事情例えば法益の比較衡量を考慮に入れればなお正当行為性を帯びるといい得る程度のものであり、他の諸事情のいかんにかかわらず手段方法の不当性それ自体のみによつて直ちに正当行為性が欠如していると断定し得る程、強度なものではなかつたというべきである。

四 本件そそのかしによつて生ずる利益と秘密保護の利益との比較衡量
[117] 秘密漏示そそのかし罪は結局は公務の民主的且つ能率的な運営を保護法益とするものであり、右法益は国民にとつて重大な利益である。そして前記各しようよう行為により想定文書が沖縄返還交渉中に漏示されるならば沖縄返還交渉や将来の外交交渉の能率的効果的遂行が阻害され、その結果沖縄返還交渉や将来一般の民主的且つ能率的運営を国民に保障し得なくなる危険性があり、国民の前記重大利益が危くなるわけである。
[118] しかし、右各しようよう行為は報道の公共的使命を遂行せんがための取材活動の一環として行われたものであり、取材の自由は報道機関の公共的使命を全うさせるために不可欠の要素であるから憲法21条の精神に照らして十分尊重されなければならず従つて右しようよう行為については取材活動に対する憲法的保障という面をも考慮しなければならない。思うに取材活動の一環として行われている外交文書漏示しようよう行為が可罰性を帯びるとするならば、当該行為によつて獲得されるであろう資料(すなわち想定文書の記載内容)に基く国民的監視や公共的討論を不能ならしめ、それだけ、当該外交交渉(本件では沖縄返還交渉)に対する民主的コントロールという国民的利益が弱められることになる。すなわち外交交渉の一環として行われる会談の具体的内容が外交交渉の能率的遂行の必要上秘匿するについて合理的理由のあることは第一章第二で詳述したところであるが、他面右会談の内容が報道機関の知るところとなりこれが国民一般に報道されることによつて、外交交渉の能率的遂行に対する阻害という犠牲の下に、報道機関の公共使命が全うされ、又、国民の当該外交への民主的コントロールが一層強化され国民的利益が増大することになろう。又、取材活動の一環として行われた行為に刑罰的制裁を加えることは報道記者全体の将来の(不可罰的なしかし当該行為と類似している)取材活動がい縮するという効果を伴いがちであり、従つて将来の取材活動によつて支えられる国民的利益もまた損われるに至るであろう。そこで、被告人西山の前記各しようよう行為の正当行為性を判断するに当つてはこのような国民的利益を犠牲にしてもなおやむを得ないと考えられるか否かということと、当該取材活動の目的の正当性の程度や手段方法の相当性の程度や手段方法の相当性の程度とを総合判断して検討すべきである。従つて本件においては前記各しよよう行為によつて外交交渉の能率的効果的遂行が阻害される危険性の程度が、前記各しようよう行為によつてもたらされる国民的利益や将来の取材活動一般によつて支えられる国民的利益の程度をりようがするものであったか否かを検討する必要がある。
[119] そして証拠〔三二〕によると、前記各しようよう行為の当時、想定文書の記載事項として予想されていた事項すなわち前記愛知・マイヤー会談及び前記愛知・ロジャーズ会談で折衝されるであろうと予想されていた諸問題は前記第一章第三、一、2掲記の諸問題であり、右諸問題についてはその当時沖縄の住民をはじめ日本国民が大きな関心を抱いており、且つ、右事項がどのように前記各会談で解決されるかということは沖縄の住民をはじめ日本国民全体の権利義務に重大な影響をもたらすと考えられており、それ故右諸問題に関する国民各層の意見がしばしば新聞紙上に紹介され、あるいは、報道機関自らも右各諸問題につき主張を掲げ、もつて右諸問題を巡り公共的討論が活発に行われていたことが認められる。従つて沖縄返還交渉や沖縄返還協定に対する民主的コントロールという国民的利益は相当重大なものであつたといわざるを得ず、このような国民的利益に奉仕する報道機関の公共的使命もまた重大であつたということができる。しかも将来の取材活動一般によつてもたらされる国民的利益も又将来の参政権や言論の自由にかかわる重大利益である。そうすると前記各しようよう行為によつて外交交渉の能率的効果的な遂行が阻害される危険性の程度が、これらの国民的利益の程度をりようがするものであるというためには、右危険性の程度が非常に高度ものであること、すなわち、しようよう行為による想定文書の漏示により沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に対して重大且つ回復不能の悪影響を及ぼす危険性のあるものであることを要するといわなければならない。
[120] 一方想定文書の漏示により外交交渉の能率的効果的遂行が阻害される程度を考えてみる。
[121](一) まず前記各しようよう行為は、公共的使命を担つている報道機関に所属する報道記者の取材活動の一環としての行為であるが、この場合、報道記者が想定文書の具体的内容を了知するに至つても、報道記者及びその者が所属する報道機関において一応外交交渉の能率的効果的遂行が阻害される危険性の程度と報道の利益との比較衡量をし、その際、報道記者及び報道機関が現に果たしつつある社会的役割に応じて応分の判断を加え、報道の適否、内容、時期及び方法について相応の配慮がなされると期待できるし、報道倫理ないし取材倫理として取材源を秘匿する必要があるので、この点からもおのずから報道の内容及び方法に制約を受けるのである。ところで証拠〔三三〕によると各しようよう行為の漏示の相手方である被告人西山は、毎日新聞社の記者として記者経験も長く、しようようの当時は同社外務省記者クラブ詰めキヤップという責任ある地位にあつて安川審議官からも信頼されていたことが認められ、又証拠〔三四〕によると現に被告人西山は本件3通の電文中請求権問題に関する部分は、入手直後にそのまま報道すると取材源の秘匿に欠けるところがあることや沖縄返還協定の妥結という大局面から考えて大詰めにきた右交渉に悪影響の及ぶことをおもんぱかり、入手直後にそのままの形で報道することを差し控え、右交渉の妥結後である昭和46年6月11日と、沖縄返還協定調印後である同月18日とにそれぞれ解説記事として触れるにとどめたことが認められ、してみると被告人西山において、公共的使命を担う報道記者として右判断における公正さが一応期待できたといえる。又、前述したように被告人西山は前記申し入れ及び依頼の際、被告人甲野に対し、「外務省や安川審議官にはもちろん君には絶対に迷惑を掛けない。頭の中に入れておいて記事を書くときの参考にするだけだから。」と言明しているので、記事化については相応の配慮を余儀なくされていたと考えられる。従つて想定文書が被告人西山に漏示されても、即時にそのままの形で報道される可能性はそれほど大きくなかつたということができ、前記各しようよう行為によつて公務の阻害される危険性の程度も、即時にそのままの形で報道される場合に比較して、低かつたということができよう。
[122](二) 次に想定文書が相手方の了解もないのに漏示されることによる米国及び米国側交渉担当者からの不信や、わが国の国際的信用の失墜の危険性の程度についても、漏示者が交渉担当者ないし交渉関係者である場合に比較して被告人甲野のような機械的事務担当者である場合は一般にその程度が低いといえよう。(後者の場合には管理責任の懈怠としての非難や信用失墜は考えられても交渉担当者に対する背信性のそれは考えられない。)
[123](三) 更に証拠〔三五〕によると外交交渉の過程における会談の具体的内容に関するスクープ記事がしばしば新聞で報道されていたことが認められるけれどもこの点については外務省当局は寛容であつて、これについて調査をしたり特段の対策を講じたことを認めるに足りる証拠はない。
[124] 又、証拠〔三六〕によると基地リストや外資系企業問題に関する外相書簡が新聞紙上で報道されたことに対して米国側から一応抗議があつたけれども、その際日本側交渉担当者において報道記者への漏示は防ぎきれないものと考えていた節さえうかがわれ、米国や米国側交渉担当者からの不信のため沖縄返還交渉がとんざしたことを認めるに足りる証拠はない。
[125](四) 最後に想定文書それ自体の秘密保護の必要性の程度について検討するに、前記各しようよう行為の行われた時点までに既に、断片的推測的ではあるが、本件各会談で取り上げられる諸問題を巡る折衝の経緯や予想についての報道が広く行われていたことが証拠〔三七〕により明白であるのみならず、現に右各会談の具体的内容を記載した文書(すなわち877号電文及び1034号電文)の有する実質秘性の程度が余り高度なものであったと認めることができないことは前記第一章第三、四、1及び同3の通りである(但し、この点の証拠は証拠〔二四〕による。)ので前記各しようよう行為の時点で予想されていた想定文書の秘密保護の必要性の程度は余り高くなかつたということができる。
[126](五) 以上のことがらを総合すると前記各しようよう行為は、沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に対して重大且つ回復不能の悪影響を及すものであったと認定することはできないといわなければならない。

五 結語
[134] そうすると被告人西山の前記各しようよう行為は手段方法の相当性には欠ける点があるけれどもこれと目的の正当性の程度及び利益の比較衡量の点とを総合判断してみると、これが処罰されてもなおやむを得ないと断定することができないというべきであり、従つて被告人西山の前記各しようよう行為は正当行為性を具備しているということができる。
[135] 以上の理由により、被告人西山の行為はそれが正当行為に該当しないという点の証明ができていないことになるから、結局被告人西山に対する本件被告事件については犯罪の証明がないことになり、よつて刑事訴訟法336条後段により同被告人に対し無罪の言渡しをすることとする。

別表第一(略)
別表第二(略)
(1034号電文)《 》内は訳
 28日行なわれた沖縄返還問題に関する本大臣・マイヤー大使会談の概要次のとおり。
1 VOA、P-3、FEBC
(1) 本大臣より、今朝総理に対し郵政大臣同席の上交渉進行振りにつき報告すると共に下記の点につき了承を得たとして、(イ)VOAについては総理及び郵政大臣ともにようやく米局長より本日朝「ス」公使に示した線を納得した。(ロ)しかし、総理はこのためには本件とワン・パツケージをなしているP-3の那覇空港よりの移転が是非必要である旨強調し、(ハ)郵政大臣はFEBCにつき米国の譲歩を極めて強く求めた。本日朝藤木電波監理局長より「ス」公使に示した案を米側が受け容れれば解決すると思う。
(2) 大使より、(イ)VOA条文は現在までの妥協案に細部の文言の変更を加えれば受諾可能と思う旨、(ロ)P-3は未だ訓令がないが、貴大臣のVOAとの均衡論はテーク・ノートする、(ハ)FEBCはニクソン大統領の一族に係ることでもあり郵政大臣が同意されないことは誠に残念であると述べた。
2 共同声明第8項及び財政条項
(1) 本大臣より、総理は共同声明第8項を協定に引用することは最も大事なところである。共同声明にあるものが協定に引用されないということになると困ると強調したが、本大臣としても全く同意見である。なお財政条項の320については大蔵大臣も同席の上総理の了承を得たが、但し、三公社労務関係費、第8項のそれぞれにいかに割りふるかは日米間で良く打合せ、対議会説明の喰違いなく必要以外の発言はせざるよう米側と完全に一致する必要がある旨全員一致で確認された。
(2) 大使より、米側としても国会における第8項関係のやりとりは良く承知しており、何とか善処したいと考えている。また、財政交渉は順調に進んでいると思う旨述べた。
3 請求権
 本大臣より日本案を受諾されたしと述べたところ、大使より米側としては日本側の立場は良くわかり、かつ、財源の必配までしてもらつたことは多としているが、議会に対し「見舞金」については予算要求をしないとの言質をとられているので非常な困難に直面していると述べ、「ス」公使より第4条3項日本案の文言では必ず議会に対し財源に関する公開の説明を要求され、かえって日本側が困るのではないか、問題は実質ではなくAPPEARANCE《体栽》であると補足した。本大臣より重ねて何とか政治的に解決する方法を探究されたく、なお、せつかくの320がうまくいかず316という端数となっては対米説明が難しくなる旨付言しおいた。
4 防衛に関する取決め
(1) 大使より、日米両防衛当局の間の交渉はほとんどまとまつたが、その取決めについて両政府間の確認(AFFIRMATION)を必要とする旨述べたので、本大臣より協定署名後安保協議委員会を開き、右取決めを上程して双方の防衛関係最高首脳間で合意する方法は如何と尋ねた。大使より本国の訓令は正式の合意を取りつけるべしというものであるが、大臣の御提案は検討するに値すると思う。ただし、署名の時期と協議委開催との間のギヤツプをいかにして埋めるかが問題であると述べた。
(2) 本大臣より、本28日9時より防衛庁長官、官房長官、及び本大臣の3者で上記取決め案の実質について同意すると共に上述の協議委開催案について申し合せした旨披ろうし、当方提案の受諾を求めたところ、大使及び「ス」公使より議会に対し防衛問題がきちんと処理されていることを説明し得ないのでは困ると強調し、署名の日に「近く協議委に於て取決めを再確認する意向なり」との中間的な文章で解決できないかと示唆した。(本件もなお事務当局間で詰めることとした。)
5 外資系企業
 「ス」公使より、昨日沖縄において米企業側に対し本大臣書簡案を説明したところ相当の不満・不安はあるが大筋においては納得したと認められた旨説明、但し、(イ)保険会社、(ロ)INDAIRCO及びフェアチャイルドその他数社の原料輸入割当(「フ」社は通産省との間で在沖縄合弁企業設立方合意したが生産開始にはなお相当期間を要し、その時になつて輸入割当確保が心配)の問題が残っているので事務レベルで引続き検討したいと述べた。(同公使は在京米商工会議所は在沖米企業説得に非常に尽力していると付言。)
6 プレス対策
(1) 大使より、最近施設・区域の表や企業に関する書簡案等が紙上に漏れ本国政府も迷惑しているが関係者によろしく御注意願いたいと述べたので、本大臣より、実は自分も困っており常々注意しているが日本のプレスは防ぎきれない、しかし最善の努力を尽すと述べた。
(2) 本日の会談については協議の後、「会談によって未だ若干の懸案(P-3、VOA、請求権等)が残っていることが認められたが、鋭意あゆみ寄りの努力を続けることとした。他方OECDの閣僚会議に出席するロジャーズ国務長官とパリで会うことになったのでその際仕上げを行うこととした。よつて署名日は6月15日以降に延びることとなろう。」と説明することとした。
 沖縄に報告した。
(559号電文)《 》内は訳
吉野局長(井川より)
 9日井川・スナイダー会談において、米側より提示のあった請求権に関する提案次のとうり。
(1) 冒頭米側より、鋭意検討の結果1896年2月制定された「Disposition of trust funds received from foreign governments for citizens of U.S.《外国政府から米国市民のため受領した信託基金の処理》」に基づき請求権に関する日本側の提案を受諾することが可能となつたと述べた上次のとうり提案越した。
(イ) 日本側第4条第3項案に次のとおり追加する。
「Provided,however,that the total contribution to be made under provisions of this paragraph 
shall not exceed U.S.dollers 4 million《但し,本項の規定に従つて行われる補償の総額は400万合衆国ドルを超えないものとする。》」
(ロ) 前記Trust Fund《信託基金》設立のために、愛知大臣よりマイヤー大使宛に「日本政府は米政府による見舞金支払いのための信託基金設立のため400万米ドルを米側に支払うものである」旨の不公表書簡の発出を必要とする。
 本件書簡は米政府部内でGeneral Accountants《会計検査院》に対する説明上必要とされる場合に提示するにとどめられ、その場合も極秘資料として取扱うものであり、日本側に迷惑となるようなことはないことをassure《保証》したく、本件書簡がないと請求権に関する日本側の提案は受諾し得なくなる。
(ハ) Y条に関する米側説明振りに関し、執拗に喰いさがられる際には、to pay for necessary expenses《必要諸経費の支払いのために》に,「including the establishment of Trust Fund for the exgratia payments to be made under 
Article 4《4条に従つて行われる自発的支払いのための信託基金の設立を含む。》」の趣旨を追記して説明せざるを得ないことを了承願いたい。
(2) 右に対し我方より、前記(ハ)の趣旨については了承するも、(イ)は米側内部の問題であり(かかる規定がなくとも米側はその支出を4百万に押えることができる筈)、協定に書く必要なく、かつ、不適当である。(ロ)についてはいかにconfidential《秘密》な書類であろうと資金源について書くことは全く受け入れ難い旨強く反駁した。
(3) 種々議論の後我方より(イ)の但書削除及び前記(ロ)の書簡案として別電の案文を提示したところ、「ス」はこの2点とも本国政府の訓令を越えるものであるとしつつも、日本側の提案を米国政府へとりつぐ旨述べた。我方より、日本側としても政府部内で検討してみないと何とも言えないので、至急愛知大臣と協議することとしたい旨述べ会談を了した。
 上記次第につき、別電日本側案につき大臣の御決裁を得たく、また、貴地においても米側より提起ある場合は前記我方の立場を米側へ強く説明の上説得ねがいたい。
(877号電文要旨)
愛知大臣より
 本大臣とロジャース長官との会談は、9日午前9時半より約2時間にわたり、当地、米大使館で行われたが、会談中沖縄返還協定関係についての要旨以下のとおり。
 冒頭、ロジャーズ長官より、若干の点についてお話したいとして、まず、尖閣諸島問題につき、国府は、本件に関する一般国民の反応に対し、非常に憂慮しているが、本件について日本政府がその法的立場を害することなく、なんらかの方法で、われわれを助けていただければありがたいと述べ、たとえば、本件につきなるべくすみやかに話合いを行うというような意志表示を国府に対して行っていただけないかと述べた。
 これに対し本大臣より、基本的には米国に迷惑をかけずに処理する自信がある。国府に必要とあらば話をすることは差支えないが、その時期は返還協定調印前ということではなく、69年の佐藤・ニクソン共同声明の例にならい、事後的に説明をするということとなろうと答えた。
 次に、「ロ」長官より、65の使途につき日本政府のリベラルな解釈を期待するとの発言があり、これに対し本大臣より、できる限りのリベラルな解釈をアシュアする旨述べた。
 請求権問題に関連して「ロ」長官は、本大臣の書簡を必要とする旨述べたので、本大臣より、本書簡は公表されざるものと了解してよろしきや、と念を押したところ、「ロ」長官は、行政府としては、できるだけ不公表にしておくよう努力する所存なるも、議会との関係で、これを発表せざるをえない場合も絶無ではないと答えた。よつて本大臣より、本件書簡の表現振りについては、すでに東京において一応合意に達した旨連絡を受けているが、これが公表される可能性があるというのであれば、表現も、より慎重に考えたいと述べた。「ロ」長官は、日本政府の立場も理解できるので、米側の法的な要件をみたしつつ、日本側の立場も配慮した表現を発見することは可能と思うと述べた。
 本大臣より、本日長官の返事をいただく必要はないが、返還協定の発効日を4月1日とすることを沖縄県民が一致して強く要求しており、日本政府としても、その事実に大きな関心を有するものであることをお伝えしたいと述べた。
 これに対し「ロ」長官は、それは全く不可能ではないにしても、きわめて困難であり、過早に協定発効日を論ずることは議会の反ぱつをまねくということも考慮しなくてはならない。しかしながら沖縄県民及び日本政府の意のあるところを考慮したいと答えた。
 次いで本大臣より、調印日につき、わが方の国内事情を考慮し、一昨日もお話ししたとおりぜひとも17日に決めていただきたいと述べたところ、「ロ」長官は、本件については議会との関係上われわれとしては慎重にならざるをえず、かかる観点からすれば17日は決して最適の日とは思われない。しかし、日本側の事情を考慮し、17日調印にふみ切ることとした。
 本日右を発表すること及び署名時間は、ワシントン時間午前8時、東京時間午後9時とすることに異議はないと答えた。よって、本大臣より、本件は、今回の会談において自分が最も重要視していた問題であり、17日調印にふみ切られたことについて感謝する旨述べた。

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