『北方ジャーナル』事件
第一審判決

損害賠償請求事件
札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)371号
昭和55年7月16日 第2部 判決

原告 株式会社北方ジヤーナル
被告 国 外2名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由

■ 参照条文


 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

1 被告らは、原告に対し、連帯して金3050万円及びこれに対する昭和54年2月16日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
1 被告国
(一) 原告の被告国に対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

2 被告五十嵐広三、同阿部昭
(一) 原告の被告五十嵐広三、同阿部昭に対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
[1] 被告五十嵐広三(以下被告五十嵐という。)は、昭和54年4月施行されることになつていた北海道知事選挙に同年2月の時点で立候補する予定であつた者、また被告阿部昭(以下被告阿部という。)は同五十嵐の選挙運動に従事していた者であるところ、右両名は五十嵐広三批判の論陣を張つている雑誌北方ジヤーナルを発行する原告に対し、公権力を利用して打撃を与えることを企て、昭和54年2月10日ころ、北方ジヤーナル昭和54年4月号を印刷準備中であつた札幌市西区手稲宮の沢93所在山藤印刷株式会社手稲工場から右4月号のうち五十嵐広三を批判する内容をもつた「ある権力主義者の誘惑」と題する記事の印刷物1組を盗み出し、右印刷物をもとに原告が被告五十嵐を批判する記事を掲載している雑誌北方ジヤーナルを発行頒布できないように仮処分申請をなすことを菅沼文雄、川村武雄、横路民雄、江本秀春の4人の弁護士に依頼し、右各弁護士は被告五十嵐の代理人として、同年2月16日、債権者を被告五十嵐、債務者を原告及び山藤印刷株式会社とし名誉権の侵害を予防するとの理由でもつて別紙主文目録記載と同旨の決定を求める仮処分申請を札幌地方裁判所になした(札幌地方裁判所昭和54年(ヨ)第72号書籍発行頒布等禁止等仮処分申請事件、以下本件仮処分事件という。)。被告五十嵐、同阿部は、右仮処分申請依頼に当りその根拠とする印刷物が盗取したものであることを承知のうえで利用し、しかも被告五十嵐の名誉が毀損されようとしているなどと仮処分申請理由をデツチあげ、右申請が仮処分の要件を充たさない違法不当なものであることを承知のうえであえて右申請をなさしめたものである。

[2] 本件仮処分申請事件を担当した札幌地方裁判所裁判官村重慶一は、右同日、本件仮処分申請を相当と認め別紙主文目録記載のとおりの主文で仮処分決定を下した(以下本件仮処分決定という。)。村重裁判官は、本件仮処分申請を許容することは法律的には無理があることを知りながら、被告五十嵐やその代理人に対する思想的親近感から、雑誌の発行が目前に迫つているので無審尋で通してほしい旨の申請者の要望を容れ被告五十嵐、同阿部らの利を図り原告に打撃を与える目的で、あえて職権を濫用して右仮処分決定を下したものである。

[3] 札幌地方裁判所執行官小森千熊は、右同日午後5時頃より前記山藤印刷株式会社手稲工場において、また同年2月17日以降山藤印刷株式会社の下請業者である白石製本株式会社、加藤製本において、右仮処分決定の執行をなした。右執行の際、同執行官は、右仮処分決定の目的物が別紙物件目録記載のとおりで、執行官の保管に移すべきものはページ数をもつて明確に限定されているのに、あえて、あるいはわずかの注意を払うことを怠りその指定ページを超えて印刷物を持ち去り、主文の範囲を著しく超える過剰執行をなした。

[4] 右のとおりの、被告五十嵐、同阿部、右4名の弁護士、村重裁判官、小森執行官らの共謀ないし連結的とでもいうべき一連の不法行為により、原告が発行する予定であつた4月号は休刊のやむなきに至り、そのために原告は以下の合計3050万円にのぼる損害を蒙つた。
(一) 4月号の売上予定額  2050万円
   4月号は単価410円で5万部発行の予定であつた。
(二) 4月号に掲載予定であつた広告料を得られなかつたことによる損害  500万円
(三) 左に掲げる事由による損害の合計額  500万円
 (1) 取引先の混乱
 (2) 信用失墜による営業不振
 (3) 社内の業務混乱による不必要な経費の増加
 (4) 社員の精神的苦痛に基づく病人の激増、社員の士気低下による退職者増による経費の増加
[5] よつて原告は被告五十嵐、同阿部に対し民法709条に基づき、被告国に対し国家賠償法1条に基づき、右損害額3050万円及びこれに対する不法行為の日である昭和54年2月16日以降支払済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
1 被告国
[6](一) 請求原因1の事実のうち、原告が雑誌北方ジヤーナルを発行していること、弁護士菅沼文雄、同川村武雄、同横路民雄、同江本秀春が被告五十嵐の代理人として、同年2月16日、札幌地方裁判所に、債権者を被告五十嵐、債務者を原告及び山藤印刷株式会社とし名誉権の侵害を予防するとの理由でもつて別紙主文目録記載と同旨の決定を求める仮処分申請をしたことは認める。被告五十嵐が昭和54年4月施行されることになつていた北海道知事選挙に同年2月の時点で立候補予定であつたかどうかは知らない。もつとも同被告が右選挙に立候補した事実はたしかに存する。また昭和54年2月当時、被告阿部が同五十嵐の選挙運動に従事していたものであることも知らない。その余の事実は否認する。
[7](二) 同2の事実のうち、本件仮処分申請事件を担当した札幌地方裁判所裁判官村重慶一が右同日本件仮処分申請を相当と認め、別紙主文目録記載のとおりの主文で仮処分決定を下したことは認めるが、その余の事実は否認する。
[8] 同裁判官は、本件仮処分申請につき疎明資料を検討し、その理由及び必要性があるものと判断して相当な担保を供せしめたうえ適法に右仮処分決定をなしたものである。
[9](三) 同3の事実のうち、札幌地方裁判所執行官小森千熊が、右同日、山藤印刷株式会社手稲工場において本件仮処分決定の執行をしたこと、本件仮処分決定の目的物が別紙物件目録記載のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。
[10] 小森執行官は、本件仮処分決定の執行として昭和54年2月16日午後5時20分山藤印刷株式会社手稲工場において「ある権力主義者の誘惑」等と色刷の雑誌表紙2万5000部につき右会社の占有を解いて執行官の保管に移す執行をした。白石製本株式会社に対する執行は、札幌地方裁判所昭和54年(ヨ)第79号印刷物占有移転禁止仮処分決定の執行として右小森執行官が同年2月17日右会社製本工場において「ある権力主義者の誘惑」と題する記事24ページから51ページまでのもののうち51ページが所在する未分離の第3折冊子2万5000部につき右債務者の占有を解き、右執行官の保管とする執行をしたものであり、加藤製本こと加藤淳に対する仮処分執行は札幌地方裁判所昭和54年(ヨ)第85号印刷物占有移転禁止仮処分決定に基づき、札幌地方裁判所執行官福島義敦が、昭和54年2月20日、「ある権力主義者の誘惑」と題する24ページから50ページまでの記事の掲載されている印刷物北方ジヤーナル第1折(24ページから34ページの記事掲載のもの)2万5100部、北方ジヤーナル第2折(35ページから50ページの記事掲載のもの)2万5100部について同人の占有を解いて執行官の保管に移す旨の執行をしたものである。
[11] 右のとおり小森執行官の72号仮処分決定に基づく執行には何らの違法もない。
[12](四) 同4の事実はいずれも知らない。

2 被告五十嵐、同阿部
[13](一) 請求原因1の事実のうち、被告五十嵐が昭和54年4月施行の北海道知事選挙に同年2月の時点で立候補する予定であつた者であること、原告が雑誌北方ジヤーナルを発行していること、弁護士菅沼文雄、同川村武雄、同横路民雄、同江本秀春が被告五十嵐の代理人として、同年2月16日、札幌地方裁判所に対し、債権者を被告五十嵐、債務者を原告及び山藤印刷株式会社とし名誉権の侵害を予防するとの理由でもつて、別紙主文目録記載と同旨の決定を求める仮処分申請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
[14](二) 同2の事実のうち本件仮処分申請事件を担当した札幌地方裁判所裁判官村重慶一が右同日本件仮処分申請を相当と認め別紙主文目録記載のとおりの主文で仮処分決定を下したことは認めるが、その余の事実は否認する。
[15](三) 同3の事実のうち、札幌地方裁判所執行官小森千熊が、同年2月16日、山藤印刷株式会社手稲工場において本件仮処分決定の執行をしたこと、本件仮処分決定の目的物が別紙物件目録記載のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。
[16] ただし、右執行は、債務者山藤印刷株式会社に対する本件仮処分決定の執行としてなしたものである。また白石製本における執行は札幌地方裁判所昭和54年(ヨ)第79号仮処分決定、加藤製本における執行は同裁判所昭和54年(ヨ)第85号仮処分決定に基づくものである。
[17](四) 同4の事実のうち、被告らの行為によつて原告に損害が生じたという因果関係にわたる事実は否認する。その余の事実は知らない。

[1]一1 請求原因1の事実のうち、原告が雑誌北方ジヤーナルを発行していること、弁護士菅沼文雄、同川村武雄、同横路民雄、同江本秀春が被告五十嵐の代理人として昭和54年2月16日札幌地方裁判所に、債権者を被告五十嵐、債務者を原告及び山藤印刷株式会社とし名誉権の侵害を予防するとの理由でもつて別紙主文目録記載と同旨の決定を求める仮処分申請をしたことは、原告と被告ら間に争いない。

[2] そして、原告は被告五十嵐らは、原告に損害を与える意図で自己の名誉が毀損されようとしているなどと仮処分申請事由をデツチあげて違法に仮処分の申請をしたと主張し、被告らはこれを争うので、まず右争点の帰すうをきめるのに決定的な役割をもつ前提事実であるところの原告の被告五十嵐に対する名誉毀損の成否について検討してみることにする。
[3] 原本の存在及び成立を含めその成立に争いのない乙第1号証及び証人岩崎正昭の証言、原告代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、「ある権力主義者の誘惑」と題する記事が原告代表者本人によつて書かれ、原告は、これを昭和54年2月23日ころ発売予定であつた雑誌北方ジヤーナル昭和54年4月号(以下北方ジヤーナル4月号という。)に掲載することにして、同月8日校了し、印刷その他の準備にはいつていたが、右記事(以下本件記事という。)は、北海道知事たる者は聡明で責任感が強く人格が清潔で円満でなければならないと立言したうえ、被告五十嵐は右適格要件を備えていないとの論旨を展開しているところ、右五十嵐の人物論を述べるにあたり、同人は「嘘とハツタリとカンニングが巧みな」少年であつたとか、「五十嵐(中略)のようなゴキブリ共」「言葉の魔術師であり、インチキ製品を叩き売つている(政治的な)大道ヤシ」「天性の嘘つき」「美しい仮面にひそむ醜悪な性格」「己れの利益、己れの出世のためなら、手段を選ばないオポチユニスト」「メス犬の尻のような市長」「広三の素顔は、昼は人をたぶらかす詐欺師、夜は闇に乗ずる兇賊で、言うなればマムシの道三」といつた表現をもつて被告五十嵐の人格を評し、その私生活面をとりあげて「クラブ(中略)のホステスをしていた新らしい女を得るために罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し、自殺せしめた」とか「老父と若き母の寵愛をいいことに異母兄たちを追い払」つたことがあると記し、その行動様式は「常に保身を考え、選挙を意識し、極端な人気とり政策を無計画に進め、市民に奉仕することより、自己宣伝に力を強め、利権漁りが巧みで特定の業者とゆ着して私腹を肥やし、汚職を漫延せしめ」「巧みに法網をくぐり逮捕をまぬかれ」ており、知事選立候補は「知事になり権勢をほしいままにするのが目的である。」とする内容をもち、被告五十嵐は「北海道にとつて真に無用有害な人物であり、社会党が本当に革新の旗を振るなら、速やかに知事候補を変えるべきであろう。」と主張するもので、また標題にそえ、本文に先立つて「いま北海道の大地に広三という名の妖怪が蠢めいている。昼は蝶に、夜は毛虫に変身して赤レンガに棲みたいと啼くその毒気は人々を惑乱させる。今こそ、この化物の正体を……。」との文章を記すことになつていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

[4] ところで前掲乙第1号証と弁論の全趣旨によると、被告五十嵐は昭和38年5月から昭和49年9月まで旭川市長の地位にあり、そのあと昭和50年4月の北海道知事選挙に立候補し、さらに昭和54年4月に施行されることになつていた右知事選挙にも同年2月の時点で立候補する予定であつた(右最後の事項は原告と被告五十嵐、同阿部の間では争いない。)ことが認められ、右認定に反する証拠は存しないのであるが、右のように地方公共団体の長に選出され、しかも相当長期といえる期間その地位にあつた被告五十嵐に対し社会一般の与える評価は相当に高いものと考えられ、知性をもち紳士的な言動をとるのを常態とし、地方公共団体の長としてその地域住民全体の幸福のためつとめるところがあるものと相当の範囲でうけとられていると解されるのであつて、そうすると前認定のような内容と表現様式の記事を掲載する雑誌北方ジヤーナル4月号が頒布されれば、前記2で認定したような表現のため被告五十嵐の社会的評価が低下させられることになるのは明らかといわなければならない。
[5] もつとも、右のような雑誌記事により人の社会的評価が低下することがあつても、それが公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るもので、かつ、右事実が真実である場合には、名誉を毀損する違法な行為があつたことにはならず、当該記事を広く人々に頒布することも許されることになる。そして、右のような主張は、本訴において当事者なかんずく原告により必ずしも明確に主張されてはいないけれども、本訴において原告はその請求の原因として、被告五十嵐らが名誉を毀損されるなどと根拠のない申請理由をもつて仮処分を求める申立をしたことにより違法に原告に損害を与えることになつたと主張するのであつて、このような本訴の請求原因に鑑みると、名誉毀損成立の障害となる前掲主張事実は極めて重要なものではあるけれども、間接事実のカテゴリーに属するものと解せられるから、その成否につき検討の要があるところ、本件記事の内容が真実であるとの事実を認めるに足りる証拠は本訴においてなんら存しないのであつて、わずかに原告代表者が本人尋問で、本件記事内容が真実と信じられるようになつたので記事にしたと述べ、証人岩崎正昭も本件記事内容は真実と信じる旨証言するけれども、しかし真実と原告代表者らが信じたことと、本件記事内容が真実であることとは、もとより同一ではありえない。かえつて前掲乙第1号証によれば、前記2で認定した本件記事のうちの人物評、私生活などは、その表現されたところから直ちにうけとられるようなものとはかなり違つたところに実態はあるとの推認が働くのであつて、結局本件記事の真実性は認め難く、さきの認定のとおり、雑誌北方ジヤーナル4月号が原告の予定したところに従い頒布されると被告五十嵐の名誉は違法に毀損されることになるというようにみざるをえない。

[6] 右のとおり、前認定のような雑誌北方ジヤーナル4月号が頒布されると被告五十嵐の名誉が違法に毀損されることになるのであるから、これについて同被告がどのような法的救済を求めうるかを考えるに、名誉権を侵害された者は、物権侵害の際考えられると同様の妨害排除等をなすことが認められるかについては、監督者のない状況で生じた責任無能力者の、あるいは帰責事由のない者による、しかしその行為自体は名誉を毀損すること明らかな所為をともかく排除できる途を民事法上開いておくべきものと解されるので、これを肯定すべきであるうえ、さらに本件においては、前示雑誌頒布により名誉毀損となる状態に至つたことについての原告の帰責事由を検討してみると、原告代表者本人尋問によると、原告代表者本人が本件記事を書くに当り、資料としたのは、かつて被告五十嵐が旭川市長選挙に立候補した際の記事執筆のため旭川市職員や市議会関係者に面接してえていた聴取結果のほか、旭川市役所の組織表、職員表、各種統計表、労働協約書などの文書類にとどまつており、捜査機関の者から取材するとか、被告五十嵐の友人・親族あるいはそうであつた者に事情をたずねるといつた調査活動はしていないことが認められ、右認定に反する証拠はないのに、他方原告代表者本人は前認定のとおり本件記事で被告五十嵐を巧みに法網をくぐり逮捕をまぬかれているとし、また私生活を激しい言葉で非難し、かような攻撃的表現を用いた記事を、新聞に比すれば速報性の要請はいささか弱いはずの雑誌に掲載する者としては不十分といわざるをえない調査活動のまま執筆し、それを記載した雑誌を発行しようとしたのであつて、本件記事内容を前示のとおりその本人尋問で述べるとおり真実と信じていたとしても、それを真実と信ずるにつき相当な理由があつたとはとうていいえないのであつて、かかる代表者の態度から帰責事由あることになる原告に対しては、そもそも名誉毀損行為による不法行為責任につき損害賠償によつてでは救済が十分でないことが多いとして原状回復が認められ、名誉が毀損される以前の状態に復することが最も望ましいと法定されている以上、そして真の意味での原状回復は、いつたん名誉がそこなわれるとありえず、名誉が毀損される状態になろうとするときにそれを差止めることだけが、真の名誉権の保護と考えられる以上、明白にその者の手で毀損状態がつくりだされようとしているときに限り、事前にこれを阻止することは認められてしかるべきであるから、仮に物権的な請求権によると同様な妨害排除は容認できないとしても、少くとも本件原告に対し、前示雑誌の頒布を差止めることが許される余地が存することになるのである。

[7] そこで、別紙主文目録記載のような名誉権侵害を予め防ぐ趣旨の仮処分はいかなる範囲で認められるかについて考える。まず、名誉毀損は言論その他の表現行為によつて行なわれるものであるけれども、だからといつて、右仮処分に現われているような事前差止が直ちに表現の自由を侵害するものではないことは、この場合表現しようとする行為が、他の権利法益を侵害し、その限りで、外見上は基本的人権の行使のようにみえても、憲法で保障される表現の自由に当るものではない場合なのであり、結局事後に不法行為と判断されるものをただ事前に判断するだけであるといえることから、肯認することはできる。しかし、これは結果としては同じであると論議のうえでいえるだけのことであり、実際上その差異の大きいことは明らかであり、万一誤つて安易に差止を認めるようなことがあれば、たとえそれが当事者からの申請に応じて特定の表現物につき、司法機関が判断するもので直接それに該当するものではないと解せられるにせよ、憲法が検閲を禁じて表現の自由を保障しようとした趣旨を無にすることになるのであるから、事前差止を許すに当つては、侵害者と被害者双方の利害の慎重な比較考量を行つたうえ判断を下すべきであり、安易な基準をたててのぞむことは避けるべきであると考えられるのであるが、少くとも事前差止が許されるのは、明らかに名誉毀損に当る行為が行なわれようとしていること及びその名誉毀損行為が行なわれると被害者のうける損失は極めて大きいうえ、その回復を事後にはかるのは不能ないし著しく困難な場合であることがまず肯定できなければならないと解せられる。
[8] ところで、すでに認定したとおり、原告が雑誌北方ジヤーナル4月号に掲載することにしていた本件記事は、被告五十嵐に対し私生活面をとりあげ非難を加え、きわめて野卑な表現をもつてその人物評価をし、政治姿勢も人気とり政策をとり利権漁りをするなどと攻撃するのであるが、右記事が北海道知事たる者として被告五十嵐が適格か否かの人物論をテーマとしているとしても、なぜ、同人の少年時代や私生活をとりあげ、下品なといわざるをえない表現でもつて論をすすめなくてはならないのか、そのほか全編にわたるといえる数多くの箇所で野卑な言葉で人物批評をしなくてはならないのかがとうてい納得できないのであつて、北海道知事という地位につくべき者の適格を論ずるにしてはことさら不必要な領域をとりあげ、また不必要に下品な表現をとつているものと判断せざるをえず、結局本件記事は被告五十嵐を中傷・誹謗し、その名誉を明らかに毀損するものというほかない。
[9] 次に、前記のとおり雑誌北方ジヤーナル4月号が発行されようとした昭和54年2月は被告五十嵐が同年4月施行の北海道知事選に立候補予定であつたときであるところ、証人岩崎正昭の証言によると、右4月号は5万部ほど発行される予定であつたことが認められ、このように地方雑誌としては少なくない部数の雑誌が発売され、有権者の目にふれることになれば、立候補予定者という立場上被告五十嵐としてはかなりの損失をうけることになるのは明らかであり、そして選挙に関して蒙つた損失の賠償は数量的につかみ難く、回復は極めて困難と考えられる。
[10] そのほかすでに認定した原告代表者本人の本件記事執筆に当つての態度や本件記事の真実性に関する事情そのほか本件諸事情を考えあわせると、本件記事を掲載した雑誌の頒布を事前に差止めることは許容されてしかるべきものといえるのであり、被告五十嵐にはこれを求める仮処分を求める被保全権利があるといえるし、また前認定の雑誌頒布予定時期と選挙施行時期その他諸事情に照らすと、保全の必要性も是認できる。

[11] なお、本件仮処分事件につきその申請に際し本件記事の内容を明らかにするものとして提出された資料につき、原告は被告阿部と被告五十嵐がこの盗取にかかわつている旨主張し、証人岩崎正昭の証言及び原告代表者本人尋問の結果のうちには右主張にそう部分があるけれども、それらは憶測の域をでないものであつて、これにより右主張事実の存在を認めることはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はなく、このような原告の主張をもつて、被告五十嵐を債権者としてなした本件仮処分事件の申請に関し、被告五十嵐、同阿部に不法行為責任を負わせることはできない。

[12] 以上のとおり、本件仮処分決定を求めてなした申請はさきにみたとおり被保全権利・保全の必要性ともいずれも是認することができるのであるから、これを前提とする以上、右申請をしたことにつき、もはや被告五十嵐、同阿部に根拠のない仮処分申請をあえてその事由をデツチあげてしたとして不法行為責任を問える余地のないことは明らかであり、そのほか、右申請に関し、右被告両名において、原告に対する損害賠償責任を負わなければならないことになるような事由はその主張をつくされておらず、立証もされていない。
[13] よつて、その余の点について判断するまでもなく原告の被告五十嵐、同阿部に対する請求は理由がない。

[14] 請求原因2の事実のうち、本件仮処分申請事件を担当した札幌地方裁判所村重慶一裁判官が、右仮処分申請は相当と認め、昭和54年2月16日、別紙主文目録のとおりの主文により仮処分決定を下したことは原告と被告ら間に争いない。しかし、本件仮処分決定を求めた申請が被保全権利を有し、その保全の必要性のあることはすでに認定したとおりであり、前掲乙第1号証と弁論の全趣旨によれば、本件仮処分事件において、右被保全権利と保全の必要性はその提出された疎明資料によりその存在が十分に疎明されていたことも明らかであるところ、右仮処分申請を相当と認め、本件記事が掲載される予定となつていることが前認定及び右に述べたところから疎明されていたというべき、それぞれが一個の物として観念され頒布もこれを単位としてなされる雑誌北方ジヤーナル4月号につき、別紙主文目録記載のとおりの主文により本件仮処分決定をした村重裁判官の行為は被告国も述べるとおり適法であつて、原告が主張するような職権濫用の廉は認められず、その行為にはなんら違法な点はない。

[15] 請求原因3の事実のうち、札幌地方裁判所執行官小森千熊が、昭和54年2月16日、山藤印刷株式会社手稲工場において右仮処分決定の執行をしたこと、本件仮処分決定の目的物が別紙物件目録のとおりであることは原告と被告ら間に争いがない。原本の存在及び成立を含めその成立に争いのない乙第3号証によれば、同執行官は昭和54年2月16日、山藤印刷株式会社手稲工場に山藤印刷株式会社を債務者とする本件仮処分決定の執行に赴いたが、本件4月号は未だ雑誌としては完成しておらず、一部執行場所に存しなかつたため、執行場所に存在した「ある権力主義者の誘惑」等色印刷の雑誌表用紙2万5000部につき山藤印刷株式会社の占有を解いて執行官の保管に移す執行をなしたことが認められ、証人岩崎正昭の証言によれば、右執行をうけた物は本件4月号のうち表紙部分4ページ分と記事部分19ページないし66ページであつたことが認められる。またいずれも原本の存在及び成立を含めその成立に争いのない乙第4ないし第8号証、第9号証の1、2によれば白石製本株式会社製本工場、加藤製本所工場における執行は、それぞれ札幌地方裁判所昭和54年(ヨ)第79号仮処分決定、同第85号仮処分決定の執行としてなされたものであつて本件仮処分決定の執行としてなされたものではないことが認められる。そこで執行官の山藤印刷株式会社に対する本件仮処分決定の執行について検討するに、本件仮処分決定の目的物は、「北方ジヤーナル1979年4月号、但し『ある権力主義者の誘惑』と題する24ページから51ページまでの記事の掲載のあるもの」であつて、これは「ある権力主義者の誘惑」という記事の掲載された1979年4月号という意味であるから、目的物となるのは、北方ジヤーナル1979年4月号という1個の著作物であつて、右4月号のうち24ページから51ページまでの部分に限られるものではない。そうすると本件執行物は本件仮処分決定の目的物の一部であるから、何ら過剰ではなく、執行官の本件仮処分決定の執行は適法である。

[16] 以上のとおり、札幌地方裁判所裁判官のなした本件仮処分決定及び札幌地方裁判所裁判官の山藤印刷株式会社に対する本件仮処分決定の執行はいずれも適法であるから、その余の点について判断するまでもなく原告の国に対する請求は理由がない。

[17] よつて、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

  (札幌地方裁判所第2部)
一、債務者らの別紙目的物目録記載の著作物に対する占有を解いて札幌地方裁判所執行官にその保管を命ずる。
一、債務者株式会社北方ジヤーナルは右著作物の印刷、製本並びにその販売または頒布させてはならない。但し、目的物目録記載の記事の掲載のないものは除く。
一、債務者山藤印刷株式会社は右著作物の印刷、製本をし、または第三者をして印刷、製本させてはならないし、また、右著作物を第三者に引渡してはならない。但し、目的物目録記載の記事の掲載のないものは除く。
債務者株式会社北方ジヤーナル発行の「北方ジヤーナル」1979年4月号
但し、「ある権力主義者の誘惑」と題する24ページから51ページまでの記事の掲載のあるもの
第757条 仮処分ノ命令ハ本案ノ管轄裁判所之ヲ管轄ス
2 右裁判ハ急迫ナル場合ニ於テハ口頭弁論ヲ経スシテ之ヲ為スコトヲ得

第760条 仮処分ハ争アル権利関係ニ付キ仮ノ地位ヲ定ムル為ニモ亦之ヲ為スコトヲ得 但其処分ハ殊ニ継続スル権利関係ニ付キ著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為メ又ハ其他ノ理由ニ因リ之ヲ必要トスルトキニ限ル

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