DNA型データ抹消請求事件
控訴審判決

国家賠償等、損害賠償請求控訴事件
名古屋高等裁判所 令和4年(ネ)第153号
令和6年8月30日 民事第2部 判決

口頭弁論終結日 令和5年12月25日

控訴人兼被控訴人(原審甲事件原告・乙事件原告) X(以下「一審原告」という。)
  同訴訟代理人弁護士       國田武二郎 中谷雄二 佐橋祐策 塚田聡子

被控訴人兼控訴人(原審甲事件被告) 国(以下「一審被告国」という。)
  同指定代理人          A 外5名
被控訴人    (原審甲事件被告) 愛知県(以下「一審被告県」という。)
  同訴訟代理人弁護士       廣瀬誠
  同指定代理人          B 外1名

被控訴人    (原審乙事件被告) Y(以下「一審被告Y」という。)
被控訴人    (原審乙事件被告) 日本建設株式会社(以下「一審被告会社」という。)
  同訴訟代理人弁護士       森川真樹 森下和也

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 一審原告の本件控訴に基づき、原判決中、一審被告X及び一審被告会社に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 一審被告Y及び一審被告会社は、一審原告に対し、連帯して、220万円及びこれに対する平成28年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告の一審被告Y及び一審被告会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 一審原告のその余の本件控訴及び一審被告国の本件控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、一審原告と一審被告Y及び一審被告会社との間においては、第1、2審を通じてこれを5分し、その1を一審被告Y及び一審被告会社の連帯負担とし、その余を一審原告の負担とし、その余の当事者間においては、一審原告の控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告国の控訴費用は一審被告国の負担とする。
4 この判決の主文第1項(1)は、仮に執行することができる。

(1) 原判決中、一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告国は、平成28年10月7日頃に取得した一審原告所有の携帯電話のデータを抹消せよ。
(3) 一審被告国は、一審原告に対し、550万円及びこれに対する平成30年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 一審被告県は、一審原告に対し、550万円及びこれに対する平成30年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 一審被告Y及び一審被告会社は、一審原告に対し、連帯して1100万円及びこれに対する平成28年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(1) 原判決中、一審被告国敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の取消しにかかる一審原告の請求を棄却する。
(略称等は、特に断りのない限り原判決の表記に従い、書証について枝番号のあるものは、特に断りのない限りその全部を含む。以下同じ。)
[1] 一審原告は、自宅の近隣に建設中のマンション(本件マンション)の建設計画や工事のやり方等が不当であるとして、他の近隣住民らとともに仮処分を申し立てるなど反対運動を行っていたところ、本件マンションを建設する一審被告会社の従業員である一審被告Yに対して暴行を加えた(本件暴行事件)などとして、現行犯人として逮捕され、勾留(勾留延長を含む。)された上、起訴されたが、無罪判決を受け、同判決が確定した。

[2] 甲事件は、一審原告が、本件暴行事件について、
①愛知県瑞穂警察署(瑞穂警察署)の警察官らが職務上の法的義務に違背して違法な逮捕、取調べ及び捜索差押えをしたため、精神的苦痛を被ったなどと主張して、一審被告県に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、損害金550万円(慰謝料500万円及び弁護士費用50万円)及びこれに対する前記無罪判決が確定した日である平成30年2月28日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(改正前民法)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、
②名古屋地方検察庁の検察官らが要件を満たさない違法な勾留請求及び勾留期間延長請求をし、さらに、有罪判決を得る可能性が乏しいにもかかわらず公訴を提起したことにより、精神的苦痛を被ったなどと主張して、一審被告国に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、損害金550万円(慰謝料500万円及び弁護士費用50万円)及びこれに対する上記無罪判決が確定した日である平成30年2月28日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、
③本件暴行事件に係る捜査の際に取得された一審原告の指紋、DNA型、顔写真及び一審原告所有の携帯電話の各データを上記無罪判決の確定後も保有し続けることは、一審原告のプライバシー権を侵害するものであるなどと主張して、一審被告国に対し、人格権に基づく妨害排除請求として、上記各データの抹消を求めた事案である。
[3] 乙事件は、一審原告が、本件暴行事件について、一審被告会社の従業員である一審被告Yが一審原告から暴行されたと虚偽の被害を訴えたため、現行犯として逮捕され、勾留及び起訴されて長期間にわたり身柄拘束を受けるなどし、精神的苦痛を被ったなどと主張して、一審被告Yに対しては不法行為に基づく損害賠償請求として、一審被告会社に対しては使用者責任に基づく損害賠償請求として、損害金1100万円(慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円)及びこれに対する不法行為の日(上記逮捕の日)である平成28年10月7日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

[4] 原判決は、甲事件につき、一審被告県及び一審被告国に対する損害賠償請求をいずれも棄却し、一審被告国に対する各種データの抹消を求める請求について、一審原告の指紋、DNA型及び顔写真の各データ(本件3データ)については、いずれも抹消請求を認容し、携帯電話のデータについては、抹消請求を棄却し、乙事件につき、一審被告Y及び一審被告会社に対する損害賠償請求をいずれも棄却した。
[5] これに対し,一審原告及び一審被告国がそれぞれその敗訴部分の取消し等を求めて控訴した。

[6] 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決を以下のとおり補正し、次項のとおり、争点4(本件データの抹消請求の可否)に関する当事者の補充主張(要旨)を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。

[7](1) 原判決6頁24行目の「弁論の全趣旨」の前に「甲A76、77、乙B3、4」を付加する。

[8](2) 原判決7頁3行目の「瑞穂警察署の」から4行目末尾までを次のとおり改める。
「瑞穂警察署の警察官であったA警察官(以下『A警察官』という。)は、同日、デジタルカメラを用いて、本件携帯電話の外観を写真撮影するとともに、本件携帯電話の待受画面、自局番号、連絡先、発着信履歴、同日の領置前に一審原告が撮影して保存していた写真及び同じく一審原告が入力して作成し保存していたメモ等を本件携帯電話の画面上に表示させて、これらを写真撮影し、これらの写真13枚を添付した同日付け『写真撮影報告書』(以下『本件写真撮影報告書』という。甲77はその写し)を作成した。また、同署の警察官であったB警察官(B警察官)は、同署のパソコンを用いて、本件携帯電話の『メモ』のフォルダからデータを抽出し、抽出したデータを『タイトル』、『見出し』、『本文』、『作成日』及び『更新日』等の欄を設けてまとめた表(左側欄外の通し番号1~50のもの)を作成し、同表を印字したもの3枚を添付した同月12日付け『捜査報告書(携帯電話解析結果報告)』(以下『本件電話解析報告書』という。甲76はその写し)を作成した。」
[9](3) 原判決7頁5行目の「そのデータは」を「本件写真撮影報告書及び本件電話解析報告書は、他の刑事記録とともに検察庁に送付されており」と改める。

[10](4) 原判決7頁22行目の「同月8日,」の次に「被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり、かつ、被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認めて、」を付加する。

[11](5) 原判決7頁26行目の「同月9日,」の次に
「本件勾留被疑事実について、一審原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められ、その程度はそれなりに高く、逃亡のおそれがあると認められるかはさておき、一審原告が本件マンションの工事に係る仮処分や審査請求を申し立てており、その打合せの必要があることなどを踏まえてもなお、罪証隠滅のおそれの程度や、被疑事実にかかる犯行が、一審被告Yがダンプカーに巻き込まれかねないような相当に危険な態様であることに鑑みると、勾留の必要性も認められるなどとして、」
を付加する。

[12](6) 原判決8頁18行目の「行ったが,」の次に「本件勾留の裁判に対する前記準抗告の決定と同様の理由を挙げるなどし、勾留期間を延長するやむを得ない事由があるとして、」を付加する。

[13](7) 原判決30頁6行目から7行目にかけての「(平成15年法律第58号)(以下「行政機関個人情報保護法」という。)」を「(令和3年法律第37号により、令和4年4月1日に廃止されて同日に改正された個人情報の保護に関する法律に統合される前のもの。以下『行政機関個人情報保護法』といい、上記改正後の個人情報の保護に関する法律を『改正個人情報保護法』ということがある。)」と改める。
[14] 一審原告の主張する自己情報コントロール権は、憲法上の権利として認められるものではない。最高裁がこれまで行政機関による個人情報の収集等の関係で、憲法13条により保障される権利・自由を明確に認めたのは、「みだりにその容貌・姿態を撮影されない自由」(京都府学連事件・最高裁昭和44年12月24日大法廷判決),「みだりに指紋の押なつを強制されない自由」(指紋押なつ事件・最高裁平成7年12月15日第三小法廷判決・刑集49巻10号842頁)及び「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」(住基ネット事件・最高裁平成20年3月6日第一小法廷判決・民集62巻3号665頁。以下「最高裁住基ネット事件判決」という。)の3つのみであり、一審原告の主張するような自己情報コントロール権を認めた最高裁の判例は存しない。
[15] 特に、最高裁住基ネット事件判決は、
「憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される」としつつも、
「行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理、利用等する行為は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできず、当該個人がこれに同意していないとしても、憲法13条により保障された上記の自由を侵害するものではない」、
「住基ネットにより被上告人らの本人確認情報が管理、利用されることによって、自己のプライバシーに関わる情報の取扱いについて自己決定する権利ないし利益が違法に侵害されたとする被上告人らの主張にも理由がない」
と判示している。このように、最高裁住基ネット事件判決は、行政機関によって個人情報を「第三者に開示又は公表されない自由」と「みだりに利用されない自由」とを明確に区別している。
[16] そして、上記3判決のいずれも、「みだりに取得されない自由」に「みだりに利用されない自由」が含意されるなどとは判断しておらず、その他にも、後者の自由を認めた最高裁判例は存しない。
[17] したがって、個人情報を「みだりに取得されない自由」が憲法13条により認められるとしても、適法に取得された個人情報を「みだりに利用されない自由」が同条によって認められるものではなく、適法に取得された個人情報については、その管理・利用が憲法上の制約を受けることはない。

[18] そもそも、ある権利が憲法13条により保障される権利に当たるか否かについては、同条にいう幸福追求権の性質・内容や具体的権利が実際にそこから導かれるか否か、当該権利が憲法上の権利として承認されるか否かの基準が明確でないことなどからすれば、慎重に判断されるべき事柄である。とりわけ、プライバシー権や自己情報コントロール権といった概念自体が極めて多義的で、その外延及び内容が不明確であることからすると、「個人情報をみだりに利用されない自由」については、憲法上当然に認められる権利とはいえず、その肯否や内容等は、立法裁量に委ねられた領域に属する事柄であって、行政機関個人情報保護法(改正個人情報保護法)によって創設された権利にすぎないというべきである。
[19] その規定をみるに、行政機関個人情報保護法36条1項1号(改正個人情報保護法98条1項1号)は、「当該保有個人情報を保有する行政機関により適法に取得されたものでないとき」等において「当該保有個人情報の利用の停止又は消去」の請求権を認めてはいるものの、「司法警察職員が行う処分……にかかる保有個人情報」については、その対象から除外されているのであり(行政機関個人情報保護法45条1項、改正個人情報保護法124条1項)、このような規定のされ方からしても、行政機関に個人情報をみだりに利用されない自由が当然に憲法上の権利として認められるものではないから、結局、一審原告が主張するような本件3データの抹消請求は認められない。

[20] 適法に取得されたDNA型、指掌紋記録及び被疑者顔写真等(以下、併せて「DNA型等」ということがある。)については、それぞれの情報としての性質のほか、適切な運用体制が構築されていることも踏まえると、その保管、利用が個人の人格的生存に不可欠な利益や私生活上の自由に対する侵害となるものではない。
[21] すなわち、まず、DNA型についていえば、そもそもDNA型鑑定で鑑定の対象となる箇所の塩基配列には、遺伝情報等に関わる情報は含まれておらず、遺伝情報を含む部分は検査の対象とされていないのであり、DNA型データベースに登録される主たる情報は、個人識別にしか用いることのできない塩基配列の反復繰り返し数を示す数字による「型」情報にすぎず、それ自体には何ら意味がない。このような塩基配列の反復回数にすぎない「型」番号から、当該者の身体的な特徴や、遺伝病などの個人の遺伝情報や病歴等といった他人には知られたくない事項が判明することはなく、個人の人格的利益や私生活上の自由に関連するような情報(個人の私生活、人格、思想、信条、良心等)が読みとれるわけでもない。このような被疑者資料の特定DNA型として記録される情報としての性質からは、警察官に口腔内細胞を提出した個人が、警察による個人情報や遺伝子情報の把握に対する不快感や不安の念を抱くことがあり得るとしても、それは杞憂というべきであって、その余の不快感や不安の念は主観的で抽象的なものにとどまる。指掌紋記録及び被疑者写真についても、DNA型と同様であって、それ自体では個人の私生活、人格、思想、信条、良心等の内心に関する情報が読み取れるものではなく、その保有、利用目的に従って犯罪捜査に資するものとして利用されているにすぎず、それらの情報としての性質上、それらの保有、利用が当該個人に対し、主観的、抽象的な不快感や不安の念を超えて、具体的な不快感や不安感をもたらしたり、被侵害意識を惹起させたりするものではない。
[22] また、DNA型等のデータベース等に対する取扱いの適正は、行政機関個人情報保護法(現在は改正個人情報保護法)のほか、法律等により委任された各種規則(原判決87頁及び88頁に記載されたもの等)や、それらに基づく警察庁長官又は警察庁刑事局長らが定めた各種細則、各種実施要領その他各種訓令等によって担保されている。実際、それらのデータベースは、システムの端末装置の操作につき、指定された操作担当者にのみ取扱いの権限が付与され、その端末装置の操作に当たっては、各操作担当者に割り当てられたユーザーID等の入力が必要となるなど、特定の者しか取扱いを許されていない限定的な運用体制が採られている。アクセスをした操作担当者のログも残り、操作担当者が正当な業務目的以外の目的で、DNA型等の登録、検索、照会等を行った事実が判明した場合には、懲戒処分の対象となることがあるほか、地方公務員法違反の罪(同法60条2項、34条1項)等が成立することもあるなど、濫用的取扱いを抑制する制度も備わっている。加えて、これらデータベースの運用に当たっては、警察情報セキュリティーポリシーに従い、外部ネットワークからの遮断を含めた情報セキュリティー対策も講じられており、多元的な安全管理が実施されている。このような運用体制が構築されていることからすれば、これらの情報が外部に漏出し、第三者に漏えいするおそれや、情報が正当な目的から乖離して用いられるおそれはない。
[23] 以上のとおり、警察庁が適法に取得したDNA型等をそのまま保有し、データベースの運用によって犯罪捜査に資する目的で利用することにより、個人の私生活の平穏が害されたり、行動が萎縮させられたりして人格的利益が侵害されるような具体的危険が生じているといえず、DNA型等の保管・利用が個人の人格的生存に不可欠な利益や私生活上の自由に対する侵害となるものではない。

[24] 仮に、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査実務上大きな支障が生じる。すなわち、捜査実務上、当該被疑者から取得したDNA型等によって初めて具体的な余罪の把握に至ることが少なくなく、被疑者から適法にDNA型等を取得した以降に発見された遺留資料等によって、それが当該被疑者の余罪にかかる遺留資料等であることが判明することも少なくない。そのため、犯罪捜査におけるDNA型等の具体的な利用の在り方は、予め決めておけるものではなく、捜査機関において個別具体的な事実関係に応じてその都度判断せざるを得ないものである。しかるに、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、被疑者の承諾を得たり、承諾の有無を確認したりしなければならないことになりかねず、実務上DNA型等の活用が妨げられることとなって犯罪捜査に支障が生じ、犯罪を的確に検挙して良好な治安の維持に資するといった、犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約されるという事態を招きかねない。
[25] 一審被告国の主張は、いずれも否認ないし争う。
[26] 原判決の本件3データの抹消を認めた判断は正当であり、さらに、原判決が否定した本件携帯電話のデータ(本件写真撮影報告書及び本件電話解析報告書を含む。)の抹消も認められるべきである。
[27] 本件に関する事実経過、本件暴行被告事件における証拠及び本件無罪判決の概要は、原判決を以下のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の1(原判決35~55頁)に記載のとおりであるから、これを引用する。

[28](1) 原判決36頁19行目末尾の次に
「本件マンションの建設は、都市計画上の道路拡幅計画が中止されたのに、高さ制限の緩い近隣商業地域への指定が残されたことを利用して、地上高の高いマンションとして計画されたもので、その工事のやり方も、環境基準を超える粉塵を出すなど、近隣住民に対する配慮を欠いた杜撰なものであった(甲5、35)。」
を付加する。

[29](2) 原判決37頁1行目の「申し立てた」の次に「(一審原告を含む近隣住民らは、本件マンションの建設について、審査請求も申し立てていた。)」を付加する。

[30](3) 原判決37頁15行目の「保釈決定を受けた」の次に「(一審原告は、保釈されるまでの間、本件マンション工事に係る仮処分や審査請求について必要な打合せを行うことができなかった。)」を付加する。

[31](4) 原判決43頁18行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
イ 警備員Cによる犯行目撃状況の再現(甲74)
[32] 警備員Cは、本件暴行事件の現場において、平成28年10月7日午前9時53分頃から56分頃までの間、一審被告Yを立会人とする被害状況の再現(同日午前9時50分頃から52分頃まで)が行われたのに引き続いて、その目撃状況の再現を行った。その内容は、要旨、以下のとおりである。
[33] 警備員Cは、
まず、①『目撃者が、被害者が被疑者の前に立ち塞がるのを現認した状況』(甲74写真番号2)として、本件ダンプカーに扮する模擬車両が敷地内から歩道に差し掛かる直前とし、自分は道路側に立ち、本件工事現場西側出入口の右隅に、一審原告に扮する模擬被疑者(両手を腰の部分まで下げ、手には何も持っていない状態)と、一審被告Cに扮する模擬被害者(両手を左右に広げた状態)とを、相対させ、少し距離を置き、双方の体のどの部分も接触していない状態で立たせた状況を再現し、
次に、②『目撃者が、被疑者が被害者を突き飛ばすのを現認した状況』等(甲74写真番号3、4)として、三者の位置はほぼ同じ場所で、模擬被害者の直ぐ後方に、歩道上を進行途中の模擬車両を配置し、手に何も持っていない模擬被疑者の両手を、前に真っ直ぐ伸ばして突き出させ、その両手の手のひらが、模擬被害者の胸に触れる状態となるようにさせた状況を再現し、
さらに、③『目撃者が、被疑者が突き飛ばしたことで、被害者がダンプカーと接触するのを現認した状況』(甲74写真番号5、6)として、模擬被害者の背部を、後ろへもたれかかったようにして模擬車両に接触させ、模擬被疑者には両手の手のひらを開いて両手を伸ばし切った状態で模擬被害者と離れて相対して立たせた状況を再現した。」
[34](5) 原判決43頁19行目冒頭の「」を「」と改める。

[35](6) 原判決44頁26行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
 警備員Cの検察官に対する供述内容(甲75)
[36] 警備員Cは、平成28年10月18日、名古屋地方検察庁のG検察官に対し、要旨、以下のとおり供述した。
[37] 私は、この日も朝から本件工事現場の西側のゲート付近の歩道で警備の仕事についていたが、一審原告を含めて工事に反対する何人かの住民がゲート付近の歩道の所に来ており、一審原告が工事現場の作業員に土埃のことで文句を言い、水の撒き方が悪いなどと言っており、その途中で、工事責任者の一審被告Yが間に入り、一審原告と何か言葉を交わしていた。事件直前に、工事現場の敷地内から1台のダンプカーが西側のゲートを通って歩道の方へ出ようとしていたが、その際、一審原告がゲートの前の歩道上をうろうろしており、ダンプカーが出ていくことができなかった。そこで、一審被告Yが一審原告に声をかけてダンプカーの進路の邪魔にならないよう、一審原告をゲートの脇の方に誘導しようとし、ダンプカーの進路を何とか確保した。そのダンプカーの横の所で、一審被告Yと一審原告は、何か言い合いになっていたが、ダンプカーの音や工事の音などで何を言っているのかはよく聞こえなかった。私は、ゲートの前でお互いに向き合って言い合いになっていた一審被告Yと一審原告の様子が気になって、その二人の方を目の前で見ていたところ、一審原告が一審被告Yの胸の上の辺りを両手でいきなり突き飛ばした。一審被告Yは、突き飛ばされた勢いでその体が後ろの方に飛び、そのまま一審被告Yの後ろの方をゆっくり動いていたダンプカーの車体の側面に背中を打ち付け、倒れたりはしなかったが、よろけた。一審被告Yは、その背中をダンプカーの側面に打ち付けてよろけた後、すぐに携帯電話で警察に通報していた。突き飛ばされたときに立っていた一審被告Yの位置と後方のダンプカーの側面との距離はだいたい2メートルくらいであったと思う。一審被告Yと一審原告の距離は50~60cmくらいであり、私から一審被告Yと一審原告までの距離は3mくらいであった。私は目の前でこの場面をはっきりと見た。このときに私は眼鏡をかけており、自分の目の前で今話した状況をはっきりと見た。」
[38](7) 原判決45頁1行目冒頭の「」を「」と改める。

[39](8) 原判決48頁9行目の「それを示す。」の次に、次のとおり付加する。
「本件防犯カメラの原資料である動画(甲19)に表示された時刻は、正確な時刻より35秒の遅れがあるが(乙A5)、後記する時刻の表示は、いずれも正確な時刻に修正した後のものである。」
[40](9) 原判決49頁7行目から8行目にかけての「本件ダンプカーの前を横切ろうとしている」を「本件ダンプカーが出ようとしている本件工事現場西側出入口前の歩道を通行している」と改める。

[41](10) 原判決49頁12行目の「被告Yが」の次に「一審原告の身体の左側から自分の右肩をぶつけて接着させ、」を付加する。

[42](11) 原判決49頁16行目の「原告の方に背を向けて」を「一審原告を押し退け、その前に出て」と改める。

[43](12) 原判決49頁19行目から20行目の「本件工事現場西側出入口の片隅に誘導しよう」を「原告が歩いて向かっていたのと逆の方向に押し戻そう」と改める。

[44](13) 原判決51頁13行目の「5枚」の次に「(日本における通常のシステムでは30枚)」を付加する。

[45](14) 原判決51頁17行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「なお、B警察官作成の平成28年10月7日付け捜査報告書(防犯カメラ画像解析報告)(乙A5)には、同日午前8時42分16秒から同分19秒までの4秒間における全部で20枚の静止画像1ないし20(これらはいずれも甲7のH鑑定書図11及び図12にピックアップされている。)のうち、静止画像2、6、8、11ないし14、16ないし18、20に相当する静止画像の写真のみが添付されている。特に、乙A5の捜査報告書において、午前8時42分18秒の『被疑者が被害者を突き飛ばす状況』との説明書きの付された写真26、27(後者が前者の拡大写真。以下同様)は静止画像11に相当し、写真28、29は静止画像12に相当し、同分同秒の『被害者が被疑者に突き飛ばされた状況』との説明書きの付された写真30、31は静止画像13に相当し、同分同秒の写真32、33は静止画像14に相当し、午前8時42分19秒の『被害者がダンプカーに接触した状況』との説明書きの付された写真34、35は静止画像16に相当し、同分同秒の写真36、37は静止画像17に相当し、同分同秒の写真38、39は静止画像18に相当し、同分同秒の『被害者が被疑者に歩み寄る状況』との説明書きの付された写真40、41は静止画像20に相当するが、乙A5の捜査報告書には、本件暴行事件の瞬間を捉えた最も重要といえる同分18秒及び19秒の2秒間の静止画像11から20のうち、静止画像15と静止画像19に相当する写真が添付されていない。」
[46](15) 原判決51頁21行目、22行目及び24行目の各「動き」をいずれも「変化や動き」と改める。

[47](16) 原判決51頁24行目の「できるか」の次に
「、また、一審原告の頭頚部の位置関係、肘関節、肩関節の各変化や動きの中に、上記①(左右の腕又は手の交差を解いてから両手を前方に突き出した場合)、②(左右の腕又は手を交差させたまま両手を前方に突き出した場合)でみられる変化や動きとして説明できない変化や動きは認められるか」
を付加する。
[48] 甲事件(争点1ないし4)についての判断に先立ち、乙事件(争点5及び6)について判断することとする。

[49](1) まず、前記前提事実及び前記認定事実(補正して引用した原判決)に加え、前記H鑑定等の内容(補正して引用した原判決第3の2(4)イ(イ)。原判決51~53頁)によれば、一審原告が両手で一審被告Yの胸を強く突いてその身体を本件ダンプカーに接触させたという事実(本件逮捕被疑事実及び本件公訴事実)がなかったことは、現時点において明らかであって、これを疑う余地はない。

[50](2) そうすると、一審被告Yは、客観的には存在しない一審原告による暴行の被疑事実につき、これがあったものとして警察官らに対し自ら進んで申告し、供述するなどしたことになる。
[51] この点につき、一審被告Yは、その本人尋問において、
①本件工事現場から出ようとする本件ダンプカーの進行を妨害しようとする一審原告に対し、「危ないのでやめてください」と言いながら両手を広げて制止しようとしたところ、一審原告から「邪魔だ、どけ」と言われ、その後、自身の胸の辺りに衝撃を受けてよろめいた、
②その後、後ろに倒れるとまずいと思い、右足を後ろに引いて踏ん張り、本件ダンプカーに巻き込まれないようにするために、本件ダンプカーの側面に手を突いた、
③本件暴行事件は一瞬の出来事であり、一審原告の手元付近をはっきり確認することができていたかは記憶にない、しかし、気も動転しており、胸の辺りに衝撃を受けたので両手で押されたのだろうと思い、A警察官らに対し、一審原告から両手で胸を押された旨申告した、ただ、その当時の記憶としては見えていたのではないかと思う、
④本件暴行被告事件の際の証人尋問では、当初、一審原告が左手に携帯電話を持ち、右手の手のひらで胸を押された旨証言したが、その後、本件防犯カメラの映像を示され、弁護人からの尋問を受ける中で、一審原告が腕組みをしていることが分かったため、尋問の後半では、腕組みをした一審原告から、一審原告の手の甲の部分で胸のあたりを押された旨証言を変遷させた
などと供述して、客観的事実と異なる供述をしたことにつき、種々の弁解をしている。

[52](3) 本件防犯カメラの映像によれば、一審被告Yに抱えられる形となった一審原告の体が右側に少し回転するとともに腕組みをした腕が少し上昇した後、一審被告Yの体が後方に移動しているようにも見え、その限りでは、一審原告の何らかの動作によって一審被告Yに力が加わり、そのために一審被告Yの身体が後方に移動することになったと考える余地もある。
[53] しかし、前記(補正して引用した原判決第3の2(4)イ(イ)。原判決51~53頁)認定のH鑑定等の内容からすると、防犯カメラの画像上、一審原告の腕が、一審被告Yの身体を後方に突き倒すほどの力が働くように動いたものとは到底認め難いところであり、そのようなH鑑定等には、以下のとおり高い信用性が認められることからすると、上記のとおり変遷した後の一審被告Y本人の供述についても、客観的事実に反するものであって、信用し難いといわざるを得ない。
[54] すなわち、H教授は、主に静止画像12ないし15の静止画像やこれら静止画像どうしの間隔が5分の1秒であることなどを踏まえて(甲13の8頁、9頁)、一審被告Yの上半身が不自然に上に上がったように見える旨(同10頁)、その動きが運動解剖学的に不自然である旨(同11頁)、考え難い動きをさせているとしか言えない旨(同20頁)などと述べて、一審被告Yの身体の変化や動きについての不自然さについて、その根拠を具体的かつ詳細に指摘している。このように、上記証言内容を含むH鑑定等の内容は、同教授が長年にわたり研究してきた解剖生理学や運動解剖学等の専門的知見に基づき(甲13の4頁、甲40)、刑事事件において裁判所から鑑定嘱託された事項や、鑑定嘱託事項と密接に関連する一審被告Yの身体的動静に関する専門的な所見を示したものであって、全体として極めて高い信用性が認められるものである。
[55] したがって、H鑑定等の内容につき、一審被告Yの弁解に合致させるようにその一部だけを採用したり、その一部を否定したりすることは相当でない。また、H鑑定等の内容に反する一審被告Y及び一審被告会社の提出した法科学鑑定研究所株式会社の鑑定書等(乙C1の1・2、乙C2)の内容は、本件防犯カメラの映像との整合性が疑問である部分が多々あり、H鑑定等において基本として重視されている解剖学的な視点に欠けているなど、その信用性を認めることはできない(甲23)。

[56](4) また、前記認定事実(補正して引用した原判決37~44頁)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、一審被告Yは、平成28年10月7日の朝、自らが本件ダンプカーの方に転倒した直後、携帯電話から警察に被害通報し、臨場したA警察官らに対し、「両腕を思いっきり突き出し、私の両胸を押して突き飛ばした」などと、一審原告が突然両腕を思いきり突き出して両胸を押して突き飛ばしたため、本件ダンプカーの側面に背中をぶつけた旨の被害を申告し(乙A1)、その直後である同日午前9時50分頃から52分頃まで、警察官立会いの下で被害状況の再現を行っており、これにより警察官が作成した写真撮影報告書(乙A17)において、一審原告が両腕を伸ばして、何も持っていない両手の手のひらで一審被告Yの両胸を押したという状況が再現されている(乙A17の写真5~7)。さらに、一審被告Yは、同日、警察官に対して、
「両手で私の胸を押すように突き飛ばしてきました。」、
「私はダンプカーの荷台部分図面の×のところに背中を強打しました。」、
「突き飛ばされる瞬間が少しでも違っていれば、タイヤの下敷きになって最悪死んでいたかもしれません。」、
「このような暴力的手段に出られて大変残念です。」、
「このような男は許せませんので厳罰に処して欲しいです。」
などと上記と同趣旨の内容を詳述し(乙A3の警察官調書)、同月13日、検察官に対しても、
「私の胸の辺りを両手で強い力で突き飛ばしてきたのです。」、
「強い力で突き飛ばされたので、突き飛ばされた勢いで自分の背中を動いていたダンプカーの車体に打ち付けてしまったのです。」,
「ダンプカーに背中を打ち付け、痛みを感じたので、病院に行って診察を受けました。」、
「このような目に遭わせたXという男性を許すことができないので、厳しく処罰してほしいと思います。」
などと同趣旨の供述をしている(乙A7の検察官調書)。そして、一審被告Yが再現したり供述したりしている上記のような状況は、前述のとおり客観的事実に全く反しているものであるが、警備員Cも、上記一審被告Yの上記被害状況の再現が行われた直後(平成28年10月7日午前9時53分頃から56分頃まで)に行われた目撃状況の再現において、上記一審被告Yの被害状況の再現とほぼ同内容の目撃状況の再現を行い、その後も同趣旨の供述を行っている(乙A1、乙A4、甲74)。暴行等の被害者による被害直後の被害状況の供述や再現は、曖昧な記憶や不確定な推測によるものであるとの留保がなされていない限り、被害者自らの実体験ないし視認に基づく新鮮で明確な記憶によるものと理解されるのが通常と考えられるところ、一審被告Yの被害状況の供述や再現には、そのような留保はされていない。そして、このような捜査の初期段階において、一審被告Yが、例えば、一審原告が一審被告Yを突き飛ばしたのは一瞬のことであったし、両者の身体が接近していたので、一審原告の手の動きまでは実ははっきり見ていなかったとか、一審原告が両手を伸ばして押したというのは推測に基づくものである、といったような不正確である可能性があることを留保する供述をしていた形跡はない。むしろ、一審被告Yは、本件刑事被告事件の主尋問に至るまで、捜査段階における上記のような断定的な供述を一貫して維持し続けていたものである。このような従前の一審被告Yの供述状況等からすれば、前記(2)の原審における一審被告Yの供述等の変遷及びその弁解は、極めて不自然であるといわざるを得ない。

[57](5) もっとも、本件暴行事件発生時における一審原告の身体と一審被告Yの身体の位置関係について、仮に、一審被告Yが、一審原告の手元ないし腕の動きを視認することが客観的に不可能な状況であったとすれば、自らの何らかの体感により一審原告に押されたものと推測して供述した旨述べる一審被告Yの弁解も措信できるとする余地がないではない。
[58] しかし、本件防犯カメラの映像(甲19)によれば、一審被告Yは、一審原告の動静を終始注目していることは明らかで、特に、本件ダンプカーが西側出口から出ようとする時点以降は、一審原告がことさら危険な動きをしているわけでもないのに、一審被告Yは、自分のほうから、一審原告に身体を接触させて付きまとい、両腕で一審原告を抱え込むようにしていることが認められ、少なくとも一審原告の上半身がその視野に入っていたことは明らかであるから、一審原告に胸を押されたという時点においてのみ、一審原告の身体の動静を視認していなかったというのは極めて不自然である。また、一審被告Y自身、前記(2)③のとおり、それ自体、弁解の内容として矛盾を含むものではあるものの、その当時の記憶としては見えていたのではないかと思うなどと述べているところでもある。
[59] 以上によれば、一審被告Yは、一審原告が腕を組んでおり、少なくとも両手を伸ばして、手のひらで押されたわけではないということを視認し、十分認識していた状況の下で、一審原告が犯罪行為を行ったように仕立て上げるために、一審原告から、両手を伸ばして、手のひらで押されたなどという虚偽の被害申告や被害状況の再現を行ったものというほかはない。しかるに、一審被告Yは、本件暴行被告事件における証人として、検察官による主尋問までは「右手の手のひらが私の胸に当たりました。」などとして捜査段階での被害申告等の内容を維持していたが、弁護人から反対尋問をされるに至り、一審原告が終始携帯電話を手に持ち腕を組んでいたことや一審被告Yの述べる一審原告の犯行態様との関係等を詳細に質問されるや、一審原告が自らを突き飛ばした際、腕組みをほどいていたかどうかはっきりせず、一審原告の両手がパーの状態であったかもはっきりとした記憶がなく、もしかしたら手の甲の部分で押されたのかもしれない、などと曖昧な供述をするようになったのである。その後、本件暴行被告事件の審理においてH鑑定が実施され、H鑑定等によって本件公訴事実にかかる一審原告の暴行行為の存在が否定された上、一審原告に無罪判決がされた後、本件訴訟の段階に至るや、一審被告Y及び一審被告会社は、本件暴行事件は一瞬の出来事であり、一審被告Yにおいて、一審原告の手元付近が見えていたかははっきりしないが、気も動転しており、胸の辺りに衝撃を受けたので両手で押されたのだろうと思い、A警察官らに対し一審原告から両手で胸を押された旨申告した旨主張し、一審被告Y本人も、前記(2)のとおり、これに沿った供述をしている。しかし、仮に、一審被告Yにおいて、一審原告の手元付近が見えていたかどうかがはっきりしなかったというのであれば、当然のことながら、当初から、実際には一審原告の手の動きを見ていたわけではないということをA警察官らに正直に説明すべきであるのに、あえて、確信的に、両手の手のひらで思い切り突き飛ばされたなどという虚偽の被害状況を、具体的かつ断定的に申告し、これを再現してみせ、その後もこれを維持し続けていたのであり、刑事事件の公判に至って、上記のような供述等の不自然さを指摘され、さらに、その事実が客観的には認められないことが明らかにされるや、被害状況に関する供述を曖昧なものに変遷させた末、そのことにつき上記のような弁解をするに至っているのである。

[60](6) 一審被告Yの背中が本件ダンプカーに接触したとする点についても、本件防犯カメラの映像(甲19)によれば、仮に一審被告Yの背中が本件ダンプカーに接触していたとしても、その右側であり、少なくともその左側が接触していないことは明らかである。
[61] ところが、一審被告Yが提出した本件診断書では、全治1週間の左背部打撲とされており、本件勾留請求では、一審原告が徐行中のダンプカーの側面に一審被告Yの背中を接触させる暴行を加え、「同人に同日受傷、全治1週間の左背部打撲の傷害を負わせたものである。」(甲3)とされている。しかし、本件防犯カメラの映像(甲19)によれば、本件暴行事件があったとされるより後の映像の中で、一審被告Yが背中を痛がったり、気にしたりしている様子は全くないし、一審被告Yを診察した医師は、一審被告Yについて「外傷なし」としているのである(乙A22)。さらに、一審被告Yは、その後、平成28年11月初旬ないし中旬頃まで約1箇月も通院したとしているのに、G検察官作成の起訴状においては、「その背中を徐行中のダンプカーの側面に接触させる暴行を加えたものである。」(甲4)とだけされて、傷害の事実は落とされている。これは、G検察官においても、一審被告Yの主張する傷害の事実については、客観的な証拠と明らかに矛盾していることなどから、信用できないと判断したものと考えられる。そして、仮に約1箇月も通院するほどの打撲であれば、打撲の程度は大きいはずであり、一審被告Yが、本当に被害を被っているのであれば、実際に本件ダンプカーと接触して、打撲したとする部位を誤ることは考え難い。
[62] そうすると、一審被告Yは、「左背部打撲の傷害」を負っていないにもかかわらず、これを負った旨の虚偽の申告を、医師に対して行い、一審被告Yのこのような申告(主訴)を信用するなどした医師に本件診断書を作成させ、これを捜査機関に提出したものと認められる。そして、一審被告Yが少なくとも傷害を負っていないことは上記のとおりであるが、本件ダンプカーと接触したという背中の部位が右であったか、左であったかを間違えるということも、咄嗟の出来事であったとしても非常に不自然であるから、一審被告Yの背中が本件ダンプカーと接触したということ自体、虚偽のものである可能性も高い。
[63] これに加え、本件防犯カメラの映像(甲19)によれば、一審被告Yには何ら救助が必要な状況が生じていないことは明らかであるにもかかわらず、一審被告Yは、警察官に対し、一審原告が「私を救助すらしませんでした」などと、一審原告の悪性をことさら強調するような供述まで行っているのである(乙A3)。そのほか、一審被告Yは、G検察官に対しても、一審原告を含む近隣住民らは、本件マンションの建設について一審被告会社に対し仮処分を申し立てたり、審査請求をしたりと法的手続を行っているのに、これらには一切触れずに、「私は『裁判所に調停を申し立てたらどうですか』と相手住民に言ったのですが、相手住民からそのような動きはなく、私が勤務する会社の方から今年の8月22日に名古屋簡易裁判所に調停の申立をしたのです。」などと、近隣住民らが、あたかも法的手続を行わずに実力行使に及んでいるかのような誤った印象を持たせる供述を行っているのである(乙A7)。

[64](7) 以上によれば、本件暴行事件発生時において、一審原告が一審被告Yに対し、その身体を両手で突き飛ばしたりなどする暴行を働いた客観的事実はなかったし、一審被告Yは、何らの傷害も負っていないにもかかわらず、一審原告の暴行により「左背部打撲の傷害」を負った旨の虚偽の申告を行っているのである。そして、一審被告Yにおいては、その当時における一審原告の手元や腕の動き等を視認しており、したがって、一審原告から暴行を受けてはいないことを十分認識していたものと認められる。そうすると、一審被告Yがした本件暴行事件発生直後における被害申告及びその後の被害状況の再現や供述は、一審原告による暴行の事実がないにもかかわらず、一審原告が両手の手のひらで自分の両胸を思い切り押して突き飛ばした旨の虚偽の申告、再現及び供述を行ったものであることは、明らかである。

[65](8) さらに、本件防犯カメラの映像(甲19)によれば、
①本件暴行事件が発生する直前、一審原告は、本件ダンプカーの進行方向ではなく、本件ダンプカーの後方に向かって足を踏み出していることが認められ、一審被告Yが身を挺してまで一審原告の動きを制止しなければならないような危険は生じていないこと、
②その前の場面でも、一審原告が本件ダンプカーの前を横切って歩道を歩いている際、一審原告をそのまま行かせた方が本件ダンプカーの邪魔にならずに済むのに、一審被告Yは、あえて一審原告を元の位置に戻そうとしていること、
③他の係員が安全を確認して、日傘をさした人を本件工事現場西側出入口前の歩道を横切らせており、歩道の通行上危険が生じているわけではないのに、一審被告Yは、それには目もくれず一審原告のみに執着してまとわり続けていること、
④本件暴行事件発生前の一審原告及び一審被告Yの一連の動きは、どの場面においても、一審被告Yの方から自らの身体を一審原告の身体に付きまとうように接触させていること、
⑤本件ダンプカーが既に歩道まで進行してしまった段階においては、仮にこれを妨害しようとするのであれば、車道まで出て本件ダンプカーの前に立ち塞がることが必要であり、歩道上にいる人間がその進行を妨げることは考え難く、歩道から車道に飛び出そうとするのでもない限り、歩道上の人間を制止する必要はなく、一審被告Yが、身を挺して一審原告の行く手を遮る必要があったなどとは、到底認められない状況であったにもかかわらず、一審被告Yは、自分の方から一審原告に執拗にまとわり着いていること、
⑥本件ダンプカーの進行中であったとはいえ、極めて低速度で徐行して進行していたことからすれば、一審被告Yが本件ダンプカーに巻き込まれる危険を回避する形で被害を偽装することは十分に可能であること、
⑦本件暴行事件発生の直後に、臨場した警察官と話をしている際、一審被告Yが本件防犯カメラの方を指さしていることからすると、そもそも一審被告Yが、本件防犯カメラの存在を強く意識した上で、一審原告に執拗にまとわり着くという行動に出ていたこと
が推認できる。
[66] また、前述のとおり信用性の高いH鑑定等においては、
①静止画像12によれば、一審被告Yの膝関節は屈曲状態にあることから重心も低く、つま先も一審原告に向いていることから、姿勢は前方からの力に対抗している姿勢であり、このような姿勢で後方に下がっていくとは考え難いこと、
②静止画像14によれば、一審被告Yの両足のかかとが浮いている状況が確認でき、一審被告Yの重心は前にあると考えられるところ、前方から力が加わった際の状況として不自然であること、
③静止画像14及び15によれば、上記②のとおり、一審被告Yの下半身は安定した状態にあるのに、上半身だけが、両腕が上に上がり不安定な体勢が作られている点も不自然であること、
④静止画像12ないし16又は13ないし17は1秒間の状況をコマ送りに撮影されたものであるところ、これらによれば、一審被告Yの両腕が明らかにスローモーション的に挙がっており、不自然であること
等が指摘されている。
[67] 前述のとおり、一審被告Yの供述には変遷が見られ、全体として信用性が低く、一審原告に突き飛ばされた直後にどこに手を突けばよいかを確認するために意識的に本件ダンプカーを確認し、側面に手を突けば大丈夫だと思ったとする一審被告Yの供述内容についても、突然突き飛ばされた者の思考過程としては非常に不自然である。そのほか、前述のとおり、一審被告Yが左背部打撲の傷害を負ったとする本件診断書は、一審被告Yの医師への虚偽の申告(主訴)によるものと認められるし、一審被告Yが本件暴行事件の当夜に同僚と酒を飲みに行っているといった事情も認められることからすれば、仮に一審被告Yが本件ダンプカーに接触していたとしても、傷害を負うようなものではなく、自ら接触していったと考えることの妨げになるものではない。
[68] しかも、本件暴行事件について一審原告の無罪判決が言い渡された後も、一審被告Yは、新聞社の取材に対し、「残念だ。」、「検察に控訴を頼んだ。」などと話した上、一審原告らの反対運動で着工が2箇月遅れたが、本当は道路拡幅を中止したのに、この場所を(高さ制限の緩い)近隣商業地域に指定したままの市の問題で、「発注者は法令を順守して計画し、僕らもそう(ママ)仕事している」などと話し、連日、反対派住民にダンプの前後を歩かれ、工事を妨害され、私は13回も110番したなどとも話しており(甲35)、一審被告Yは、自分や一審被告会社を正当化し、一審原告を有罪とすることに執着しているのである。
[69] 以上からすれば、一審被告会社が、施主であるイワクラの要請を受けて、名古屋市による用途地域の指定が道路計画の変更後も残っていたことを奇貨として、形式的な法令順守を盾に本件マンションの建設を強行し、近隣住民への配慮を欠いた粉塵をまき散らすような杜撰な工事を行っていたのに対し、一審原告を含む近隣住民らが、7階以上の工事の差止めを求める仮処分を申し立てたり、審査請求をしたりし、工事が進められていく現場で監視したりするなどの反対運動を行っていたところ、これを疎ましく思っていた一審被告会社の従業員であり現場責任者である一審被告Yにおいて、一審原告に執拗に付きまとった上、一審原告が一審被告Yから身体を近付けられることに耐え切れなくなり、これを振りほどこうとした機会を利用して、後ろへよろけるような大げさな動きをしてみせた上で、一審原告に両手で突き飛ばされ、傷害を負ったなどと偽装し、その旨の虚偽の申告、再現及び供述をするに及んだものと認められる(なお、一審被告Yは、以前にも別の近隣住民から突き飛ばされたことがあるなどとも述べており(乙A3、7)、従前から何度も110番通報をしているように、一審被告Yは、一審被告会社の意を受け、あるいはこれを忖度して、反対運動を弱めるために、一審原告を含む近隣住民とのトラブルを利用するなどの被害の偽装の機会をうかがっていた可能性もある。)。
[70] なお、警備員Cは、一審原告の逮捕前に一審被告Yの被害申告に沿った目撃状況を述べた上、その後も、一審被告Yの被害状況の再現や供述とほぼ同内容の目撃状況の再現や供述を行っているが、このように第三者である警備員Cが客観的状況とは異なる内容の目撃状況の再現及び供述を行ったのは、警備員Cが、直前に行われた一審被告Yによる被害状況の再現に合わせて目撃状況の再現を行い、その影響を受けた上で供述を行ったからであると考えられる。このことは、警備員Cが、上記目撃状況より前の時点における一審原告や一審被告Yの状況について記憶がないとしていることからも裏付けられるものである。そうすると、一審被告Yにおいて、客観的事実に反する被害申告を行い、客観的事実に反する被害状況の再現及び断定的な供述を、これが明確であるものとして行うことがなく、例えば、明確なものではないなどの留保を付した上で行っていたとすれば、警備員Cによる目撃状況の再現及び供述も、一審原告が両手で一審被告Yを突き飛ばしたなどというものではなく、両者が近接して何らかのトラブルがあったなどの異なったものになっていたと考えられ、少なくとも上記のような目撃状況の再現及び供述にはなっていなかったものと認められる。
[71] そして、一審被告Yの述べる被害状況の内容は、一審原告の逮捕、勾留及び起訴のいずれについても大きく影響しているもので、仮に、一審被告Yの述べる内容が、一審原告を制止している際、胸の辺りに一審原告の組んでいた腕が当たったようで、よろけてダンプに接触したなどというものであったとすれば、一審原告が逮捕され、勾留され、起訴されることはいずれもなかったといえる。

[72](9) 以上によれば、一審被告Yが、虚偽の被害申告及び被害状況の再現や供述を行わなければ、一審原告は、現行犯として逮捕され、勾留され、起訴されることはなかったし、一審被告国に本件3データが取得されることもなかったものと認められる。
[73] 前記2(争点5について)のとおり、一審被告Yが虚偽の被害を偽装し、虚偽の被害申告及び供述をするなどした一連の行為は、無実である一審原告をことさら罪に陥れようとする極めて悪質な故意による不法行為である。一審被告Yがこのような行為によって警察官や検察官を錯誤に陥れた結果、一審原告は、逮捕及び勾留を余儀なくされ、平成28年10月7日の現行犯逮捕から同月21日の保釈に至るまでの15日間身体を拘束され、公訴提起後平成30年2月28日の無罪判決確定に至るまで510日間にわたって、刑事被告人の立場に置かれ、保釈条件を付されるなどし、身体の自由及び行動の自由を制限された上、私生活上の平穏を著しく害され、名誉を毀損されたものである。したがって、一審原告が一審被告Yの不法行為によって被った精神的苦痛は、甚大なものであったと認められ、一審被告Yは、民法709条に基づき、一審原告に対する損害賠償義務を負う。
[74] また、一審被告会社は、一審被告Yの使用者であるところ、一審被告Yの上記不法行為は、本件工事現場において、現場責任者としての地位を利用してされたものであって、一審被告会社の事業の執行についてされたものということができる。したがって、一審被告会社は、一審原告に対し、民法715条の使用者責任を負い、一審被告Yと一審被告会社の損害賠償債務は、不真正連帯債務の関係に立つ。
[75] そして、本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、一審原告が上記不法行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当である。
[76] また、一審原告は、弁護士に委任して本件訴訟を提起することを余儀なくされており、上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、20万円が相当である。
[77] 以上によれば、一審被告Y及び一審被告会社は、一審原告に対し、連帯して220万円及びこれに対する不法行為の日であると認められる平成28年10月7日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
[78] これらの争点についての検討判断は、以下のとおり原判決を補正するほか、原判決「事実及び理由」の第3の3(1)ないし(6)(原判決55頁16行目冒頭から74頁15行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

[79](1) 原判決56頁2行目の「妨害する状況」を「妨害するかのようにも見える状況や、一審原告が本件工事現場西側出入口付近を現に通行中の本件ダンプカーに向かって歩いていくかのような状況」と、
4行目の「よく整合する」を「整合する」と、
11行目の「ように見える」を「ようにも見える」とそれぞれ改める。

[80](2) 原判決56頁17行目の「トラブルがあったこと自体は認めていた」を「トラブルがあって、自らの行く手を遮ってきた一審被告Yを『振り払った』というように、何らかの有形力を働かせた可能性があることは認めており、また、この時点では、一審被告Y及び警備員Cの上記申告ないし供述を直ちに否定できるだけの情報はなかった」と改める。

[81](3) 原判決59頁9行目の「制止していた状況」を「制止しているようにも見える」と、
10行目の「よく整合し」を「一応整合し」と、
13行目の「整合する」から14行目末尾までを「直ちに矛盾するということはできないのである。」とそれぞれ改める。

[82](4) 原判決60頁3行目の「であるところ,」を
「である。確かに、対立当事者の立場にある一審被告Yと一審原告のほかに、一審被告Y側に立つと思われる警備員Cの事情聴取を行っただけで、一審原告の側に立つと思われる近隣住民からの事情聴取を行わなかったことは、偏頗で不公平であるといえるし、関係する証拠の早期の保全という意味でも必要な捜査を怠ったということができる。しかし、本件暴行事件について、その前後を含めた状況を近隣住民がどの程度目撃していたのか不明であるし、A警察官らが、近隣住民からの目撃情報の申出を拒否したり、一審原告からの他に目撃者がいるなどの指摘を無視したりしたといった事情は認められない。そうすると、」
と改める。

[83](5) 原判決60頁7行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
[84] 一審原告は、現行犯人性の判断は、逮捕時の具体的状況に基づき客観的に判断すべきであり、逮捕者が犯行を直接目撃していない本件においては、その判断には厳格性が求められるべきで、一審原告が現行犯人であると認めたA警察官らの判断は、上記客観性及び厳格性を欠いたものであったなどと主張する。
[85] 確かに、一審原告の主張するとおり現行犯人性の判断には客観性及び厳格性が求められるものである。しかし、本件において被害者とされていた一審被告Yも目撃者である警備員Cも、一審原告と一審被告Yとが相対してトラブルが生じていたという状況に続けて、たとえ事後的には虚偽と認定されるものであるとはいえ、一審原告がその両腕を思いきり突き出し、両手で一審被告Yを押して通行中のダンプカーの方に向けて突き飛ばし、背中がダンプカーの車体に当たった旨、本件の直後にほぼ同一の加害行為の態様と加害行為による結果を明確に述べていたものである。その上、一審原告本人もまた、一審被告Yが行く手を遮ってきたので振り払っただけであるなどと述べ、一審被告Yとのトラブルの存在と『振り払う』といった有形力が及んだことを認めていると理解することも可能な供述をしていたのである。このような双方当事者及び目撃者の供述等を踏まえて、防犯カメラの映像を一見したとすれば,一審原告が腕組みを解いた状態で両手を伸ばして一審被告Yの胸付近を前に押すような動きが映像上の死角となって確認できないにしても、その直後には腕組みが解かれて、両腕を伸ばしている場面も確認できることからすると、その時点において防犯カメラで確認した状況が一審被告Yや警備員Cの述べた一審原告による加害態様と決定的に矛盾したものであったとまではいえないのである。したがって、警察官らとしては、かかる時点のかかる状況下において、一審被告Yの申告及び供述や警備員Cの供述をいずれも疑わず、信用できると判断したことも止むを得ないものといわざるを得ない(ただし、この時点において、『振り払う』という一審原告の述べていることが、そのとおりである可能性も否定できないのであるから、近くにいた近隣住民らの話を聞くなど、より慎重な確認を行った上で判断することが相当であったということは指摘できる。)。そうすると、あくまで本件現行犯逮捕の時点においては、現行犯性の認定は、不十分ではあるもののその時点における具体的状況を踏まえた客観的な判断であったということができる。」

[86](6) 原判決61頁16行目の「しかしながら」を「これに対し」と改め、26行目の「考えられる」から62頁2行目の「いえない。」までを次のとおり改める。
「考えられるが、このような捜査方針自体、不正確であったり、誤った内容であったりする供述がされる可能性があるから、相当なものとはいえず、客観的な資料に基づいて正確な記憶の喚起がされるべきである(仮に、客観的状況に反する供述をさせるなどした上、後にこれを指摘するなどして被疑者を混乱させようとしたり、取調官にとって都合の良いような供述に誘導したりするために客観的資料を見せないのであるとすれば、非常に問題であり、違法とされる可能性も十分にある。)とはいえるものの、本件の事実関係の下では、直ちに違法であるとまではいえない。また、『防犯カメラの画像に、お前がYさんの胸を突いている様子がはっきり映っている』と警察官らに言われた旨述べる一審原告本人の供述は、一審原告においてあえて虚言を述べる必要のある事柄でもなく、初めて逮捕勾留されて取調べを受けた者の供述として軽視することはできないところであって、単にこれを否認するだけの警察官らの証言に比して高い信用性が認められ、これを否定するB警察官及びF警察官の証言は信用できない。そして、このように不確実な証拠に基づく明確ではない事実を、あたかも明確なものであるかのように伝え、身柄を拘束された者に対して自白を迫るという取調べのあり方は、それ自体が明らかに不相当というべきであって、その態様等によっては違法と評価されることも十分にあり得る(甲73の19頁、当審におけるK証人・同証人調書6頁)。しかし、本件において、警察官らが上記のように不正確で、結果的には誤りであった事実を、明確な事実であるかのように一審原告に伝えたことについて、意図的に欺罔しようとしていたとまでは断じ難い。また、」
[87](7) 原判決62頁7行目の「F警察官ら」から8行目の「あったとしても,」までを削除する。

[88](8) 原判決62頁10行目の「少なくとも」から15行目末尾までを次のとおり改める。
[89]そして、F警察官らは本件防犯カメラの映像を通常再生したのみであって、コマ送り再生して吟味してはいないこと、現行犯逮捕直後のみならずその後においても、他の住民らからの聞き取りをしたとは認められないこと、一審原告から聴取した内容と、一審被告Y及び警備員Cから聴取した内容とを突き合わせるなどして十分吟味したとはいえないことは、捜査を担当したA警察官が自認し(A証人11、17、18頁)、F警察官もあいまいな供述しかしていないこと(F証人16頁)から、いずれも認められるところであって、これらの点において、不相当ないし不十分な捜査態度であったといわざるを得ない。しかし、警察官らが一審被告Yや警備員Cの供述を鵜呑みにし、これに肩入れして一審原告を陥れようとしたなどの事実は認められない。
[90] なお、前記2(4)ア(補正して引用した原判決)のとおり、警察官によって捜査段階の初期に作成された乙A5の捜査報告書には、本件暴行事件の瞬間を捉えた最も重要といえる午前8時42分18秒及び19秒の2秒間の静止画像11から20のうち、静止画像15と静止画像19に相当する写真が添付されていないし、それ以前の一審原告と一審被告Yとの間のトラブルに至る数分間の動画に相当する写真も極めて疎らにしか添付されていない。本件防犯カメラの画像における1秒間当たりのコマ数が通常の動画のコマ数に比して過少であることからすると、これら静止画像の有無や枚数の多寡によって、一審被告Yが本件ダンプカーに倒れ込んだ際の作為性(わざとらしさ)や、一審被告Yの一審原告の身体に対する執拗な接触状況に対する印象が大きく異なってくる可能性のあるところでもある。そうすると、このような写真が添付される捜査報告書は、その作成後に関与する警察官や検察官及びそれらの決裁官らにも閲読され、捜査官としての事実認定やその後の捜査の在り方等の判断に用いられる重要な捜査資料であるといえることからすると、警察官による上記のような乙A5の捜査報告書の作成状況には大いに問題があるということができる。しかし、警察官が一審被告Yの動静の不自然さ等を希薄なものにするために故意に重要な写真を添付しなかったとまでは認められず、この点についても直ちに捜査に違法があったとまでいうことはできない。」
[91](9) 原判決62頁17行目の「余地はない。」を「とまではいえない。」と改める。

[92](10) 原判決65頁1行目の「妨害する」から2行目の「制止する」までを「妨害するかのようにも見える状況やそれを一審被告Yが制止しているようにも見える」と、
3行目の「よく整合する」を「整合する」とそれぞれ改める。

[93](11) 原判決65頁14行目から15行目にかけての「相応の嫌疑があったというべきである。」を「この時点で、嫌疑が否定されるまでのものではなかったといわざるを得ない。」と改め、17行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「 もちろん、この時点における犯罪の嫌疑を認めるに足りる主たる証拠は、一審被告Yの供述及びこれと一致する警備員Cの供述と、一見しただけではこれらと矛盾しているとは判断できない本件防犯カメラの映像であるが、これらの供述はいずれも虚偽であり、本件防犯カメラの映像からも一審原告が一審被告Yに暴行を加えてはいないといえることは既に述べたとおりである。しかし、このような認定は、公判段階に至って実施されたH鑑定等によって初めて判明し得たともいえるところであって、検察官が捜査段階においては、終始一貫しており具体的なものであったといえる一審被告Yらの虚偽の供述を見破ったり、本件防犯カメラの映像を科学的に分析しなければならないと判断したりすることは、通常の検察官としての能力の点においても、時間的な余裕という点においても、現実的には困難であったともいえるところである。」
[94](12) 原判決68頁6行目の「また」から7行目の「できない。」までを削除し、
9行目の「負ったこと」を「負ったとされていること」と、
10行目の「の他に考えられることはなかった」を「が考えられる」と、
13行目の「ことは一般にあり得る」を「こともあり得ないではない」と、
14行目の「違法があるとは」を「直ちに違法があるとまでは」とそれぞれ改める。

[95](13) 原判決69頁10行目の「できない」の次に「(なお、近隣住民の目撃状況について事情聴取していない点については、前記のとおり偏頗で、不公平であるし、捜査としても適切でなく、この点は、検察官に関しても同様の指摘ができる。)」を付加する。

[96](14) 原判決70頁18行目の「ことからすると,」の次に「直ちに」を付加する。

[97](15) 原判決71頁19行目から20行目にかけての「妨害する状況やそれを被告Yが制止する」を「妨害するかのようにも見える状況やそれを一審被告Yが制止しているようにも見える」と、
21行目の「よく整合する」を「整合する」と、
24頁の「ように見えること」を「かのようにも見えること」とそれぞれ改める。

[98](16) 原判決72頁4行目の「いえるのである」を「いえるし、一審被告Yらの供述等が虚偽であることを看破することも困難であったといえる」と改める。

[99](17) 原判決72頁22行目の「とおりであり」から73頁4行目の「ことにも」までを「とおりであることに」と、
8行目から9行目にかけての「不合理であると」を「直ちに不合理であるとまで」と、
10行目から11行目にかけての「不合理であると」を「、これを行うことが望ましかったとはいえるものの、直ちに不合理であるとまで」とそれぞれ改める。

[100](18) 原判決73頁25行目の「あったこと」から74頁1行目の「可能性があること」までを「可能性もあったことや、本件防犯カメラの映像自体が鮮明なものではなかったこと」と、
4行目の「不合理であるとはいえない。」を「直ちに不合理であるとまではいえない(ただし、本件防犯カメラの映像に一審原告の手元は映っておらず、一審被告Yの供述が重要であることからすれば、一審被告Yが一審原告の手元を実際に視認しているのか、推測が含まれていないかなどの点を十分に確認すべきであったということは指摘できる。)。」とそれぞれ改め、
8行目の「評価せずに」の次に「、暴行罪として」を付加する。

[101](19) 原判決74頁10行目末尾の次に
「さらには、G検察官がそのような判断に至っていながら、あえて面倒を避けるなどの意図で、否認している一審原告を起訴猶予にするようなことが仮にあったとすれば、かえって、一審原告が公の場で自らの嫌疑を晴らす機会が失われる結果となっていたともいい得るところである。」
を付加する。

[102](20) 原判決74頁13行目の「いずれも」から「認められない。」までを「杜撰なものであったとはいえるものの、直ちに国家賠償法上違法なものであるとまでは認められない。」と改める。
[103] この争点についての検討判断は、以下のとおり原判決を補正し、次項のとおり、一審被告国の当審における補充主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第3の5(1)及び(2)(原判決82~101頁)に記載のとおりであるから、これを引用する。

[104](1) 原判決82頁11行目の「甲21」の次に「、47」を付加する。

[105](2) 原判決85頁7行目の「定めており」から9行目末尾までを次のとおり改める。
「定めている。
 特に韓国では、その第1条において、DNA身元確認情報の収集・利用及び保護に必要な事項を定めることにより、犯罪捜査及び犯罪予防に資し、国民の権益を保護することを目的として定めたとする『DNA身元確認情報の利用及び保護に関する法律(略称:DNA法)』が制定されており、DNA身元確認情報のデータベース収録後におけるDNA鑑識資料等の廃棄義務(同法12条)、無罪判決が確定した場合等一定の場合におけるDNA身元確認情報のデータベースからの削除義務(同法13条)が明記されている。そして、DNA身元確認情報担当者がこれら廃棄・削除義務に違反した場合には、1年以下の懲役または3年以下の資格停止に処する旨(同法17条5項)などの罰則規定が定められている。さらには、DNA身元確認情報を取り扱う警察業務は、その特殊性に鑑みて、専門家や学識経験者等で構成する第三者機関であるDNA身元確認情報データベース管理委員会が設置され、同委員会の監視下に置かれている(同法14条)。
(甲21、47)」
[106](3) 原判決88頁26行目の「行政機関個人情報保護法」の次に「及び改正個人情報保護法)」を付加する。

[107](4) 原判決89頁1行目の「同法2条1項4号」を「行政機関個人情報保護法2条1項4号」と改め、
「同法施行令1条」の次に「、改正個人情報保護法2条8項4号、同法施行令3条1項」を付加する。

[108](5) 原判決89頁3行目の「同法」の次に「及び改正個人情報保護法」を付加し、
同行目の「同法2条5項」を「行政機関個人情報保護法2条5項及び改正個人情報保護法60条1項」と改める。

[109](6) 原判決89頁4行目の「当たる。」の次に、次のとおり付加する。
「すなわち、DNA型、顔写真及び指掌紋は、それぞれ行政機関個人情報保護法2条3項1号(改正個人情報保護法2条2項1号)により委任された行政機関個人情報保護法施行令3条1号(改正個人情報保護法施行令1条1号)の『イ 細胞から採取されたデオキシリボ核酸(別名DNA)を構成する塩基の配列』、『ロ 顔の骨格及び皮膚の色並びに目、鼻、口その他の顔の部位の位置及び形状によって定まる容貌』、『ト 指紋又は掌紋』であって、『特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、当該特定の個人を識別することができるもの』(個人識別符号)に該当し、『個人識別符号が含まれるもの』は、個人情報である(行政機関個人情報保護法2条2項2号、改正個人情報保護法2条1項2号)。」
[110](7) 原判決89頁6行目の「同法」を「行政機関個人情報保護法」と改める。

[111](8) 原判決89頁10行目の「されている」の次に「(これらの規定については、改正個人情報保護法においても同趣旨の規定が置かれている。)。」を付加する。

[112](9) 原判決90頁26行目の「ついてでは,」の次に「採取時の留意事項として、」を付加する。

[113](10) 原判決91頁11行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
[114](ウ) 以上のようなわが国のDNA型データベースの運用について、日本弁護士連合会は、前記の平成19年12月21日付け『警察庁DNA型データベース・システム意見書』で、諸外国の運用も参照して詳細な検討を行った上、DNA型データベース・システムは、プライバシー権ないし自己情報コントロール権を侵害することがないよう規則ではなく法律によって構築・運用されなければならず、国家公安委員会規則15号は速やかに廃止されるべきであり、法律を制定するに当たっては、採取、登録対象、保管、利用、抹消、品質保証、監督・救済機関について、検討のとおり適正に定めるべきであるなどと結論付けている(甲50)。
[115] また、新聞記事や記者解説においても、犯罪捜査における有用性とともに、欧州では、DNAの採取やデータベースの運用の適切性とは別に、軽微な罪で国家が個人のDNAを持ち続けること自体が『私生活を尊重する権利への介入』とみなされるようになっているなどと、諸外国における運用状況等を紹介しており、捜査機関にかつて所属していた者の中にも立法化が望ましいと考える者がいるとし、わが国では、一度登録されると不起訴や無罪判決でもデータ抹消の理由にはならず、事実上一生『犯罪者』扱いになるなどと、法整備なしに行われているわが国の運用の問題点が指摘され、明確な運用を法律で定めるべきだなどとされている(甲41ないし45)。
[116](エ) 以上に加えて、本件暴行事件の捜査にDNA型鑑定資料の採取の必要があるとは考えられず、余罪の疑いも認められない一審原告に対してDNA型鑑定資料の提供を求めていることからすると、具体的な『捜査目的』や『身元を明らかにするため』という目的を離れてDNA型鑑定資料の採取、保管を組織的に行っているものと認められ、将来における一般的、抽象的で、採取の時点においては全く実態のない極めて不確実な、名目的ともいえる『捜査目的』によって、ほとんど限定なしに広くDNA型鑑定資料の採取、保管が行われているものといえるのであって、このような必要性、相当性の検討のない歯止めなき運用の拡大は、『個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることに鑑み、その適正な取扱いが図られなければならない。』とする改正個人情報保護法の基本理念(同法3条)やこれに関する国及び地方公共団体の責務(同法4条、5条)に照らしても、大いに問題があるといわざるを得ず、仮に承諾があったとしても、その採取自体が違法とされる場合もあり得るものである。」
[117](11) 原判決92頁1行目末尾の次に「さらに、憲法13条に基づく個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、少なくとも、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有しているものと解される(最高裁平成19年(オ)第403号、同年(受)第454号同20年3月6日第一小法廷判決(最高裁住基ネット事件判決)、最高裁令和4年(オ)第39号同5年3月9日第一小法廷判決・民集77巻3号627頁参照)。」を付加する。

[118](12) 原判決92頁12行目の「情報といった」から13行目の「これと同程度に」までを「情報等とは、秘匿性の観点からは、直ちに同程度に」と、
17行目から18行目にかけての「備えており」を「備えているが、指紋は、これを有する本人自身においても、意識的にこれを観察するなどしない限り、通常これを認識し、記憶しているものではないし、DNA型に至っては、専門技術的な鑑定によって初めて検出されるもので、本人自身においてさえ、これを知っていることが稀有な情報であり、」とそれぞれ改め、
19行目の「有しており,」の次に「このように自分も知らない自分自身のことを、第三者が知って、これを保有、管理し、利用するということ自体、一般人の感受性を基準として考えれば、誰にとっても耐え難いことであるということは、その性質上明らかであって、」を付加し、
同行目の「より高い」を「格段に高い」と、
21行目の「みだりに利用されない」を「みだりに保有され、利用されない」とそれぞれ改め、
同行目の「解される。」の次に
「さらに、秘匿性とは異なる観点からも、これらの公権力からみだりに取得されず、利用されない自由が検討されるべきものと考えられる。すなわち、国民個人の私生活に対する公権力による監視、介入等の行使に対する自由という観点からすると、例えば、犯罪捜査等にこれらが誤って利用されたり、恣意的に利用されたりした場合には、国民個人の人身の自由への侵害にまで及び得るものであり、DNA型や指紋がほぼ絶対的な証明力を有し(少なくともこのように考えられてしまうことが多々ある。)、これを覆すことが容易でないことは、公知の冤罪事件の事例を見ても明らかであることなどからすると、これらの情報は、個人の思想信条、病歴、犯罪歴等の情報に劣らない要保護性の高い情報であるということができる(なお、上記のような特質から、個人の思想信条、病歴、犯罪歴等の情報と同程度に秘匿性の高い情報であるということもできる。)。また、DNA型については、これを基に親族関係等を割り出すことができるものと考えられ、そうすると出自ないし出生の秘密等の個人や家族にとっての本質的かつ機微にわたる情報に結びつく可能性が高いものであり、国民個人の私生活ばかりでなく、根本にある人格的生存ないし尊厳にまで深く関わるものというべきである。」
を付加する。

[119](13) 原判決93頁2行目の「同時に」の次に「当該犯罪の捜査等における」を付加する。

[120](14) 原判決93頁9行目の「防止にも役立つ」の次に「(ただし、場合によっては、いわゆる足利事件のように、逆に冤罪に繋がってしまうことがあることは、公知の事実である。)」を、
11行目の「望ましいといえる」の次に「(甲56)」を、
17行目の「断言できないものであり,」の次に「さらに、第三者によって自分のDNAが付着した物が悪用される危険もあり、冤罪に巻き込まれる可能性も否定できないものであり、」をそれぞれ付加し、
19行目から20行目にかけての「ないともいえない」から同行目の「いい難い」までを「十分にあることなどからすれば、具体的、現実的な不利益があるといわざるを得ない」と、
24行目から25行目にかけての「はないであろう」を「ないことは明らかである」とそれぞれ改め、
25行目の「趣旨ではない。」の次に「なお、仮に、そのような登録が行われているとしたら、違法なものといわざるを得ない。」を付加する。

[121](15) 原判決94頁1行目の「許されるとも思われないの」を「許されないことは明らか」と改め、
3行目の「程度はともかくとしても,」を削除する。
[122](16) 原判決94頁4行目末尾の次に、次のとおり付加する。
「特に、DNA型については、DNAの性質からして、本人の認識のないままに何時でも何処にでも容易に付着し、残留し得るものである。例えば、使用済みのマスクや、飲み終わった飲料水の缶、タバコの吸殻等にも付着し得るものであり、爪や毛髪からも抽出可能であって、第三者によって、このような廃棄物等が犯行現場やその周辺等に持ち込まれる可能性も否定できないし、このような作為等がなくても偶然遺留される可能性もある。したがって、公権力によるDNA型の採取、保管及び利用に厳格な規制がなければ、恣意的に悪用されたり、誤用されたりして、誤認逮捕されたりするなどの危険が常に生じ得るのであり、そのような状況下において、一般人が警察等の捜査機関によって犯罪行為等と容易に結びつけられ得るという意識の下に、DNAの付着ないし残留に日々注意しながら生活を送るというのは、一般人の感受性を基準として考えれば、その心理的負担は非常に重く、おのずと日常生活における行動が抑制的にならざるを得なくなるものといえる。このような事態は、単に個人の主観的、抽象的な不快感や不安の念といった気分的な問題にとどまるものではなく、権利ないし自由に対する具体的、現実的かつ重大な制約となり、私生活の平穏が害され、行動が萎縮させられたりするのであって、広く国民個人の私生活全般に重大な影響を及ぼすものであるといわざるを得ない。」
[123](17) 原判決94頁8行目の「なりうる」を「なる」と改め、
9行目の「自由権が」の次に「、すべての人間が生まれながら当然に享有している本質的な権利であり、人類にとって」を付加し、
12行目の「ありうる」を「望ましいもの」と、
14行目の「制約になりうることは否定できない」を「制約になることは明らかである」とそれぞれ改める。

[124](18) 原判決94頁19行目の「性質が異なる」の次に「(ただし、AIの進歩等により、指紋やDNA型に近い性質を持つようになってきている(甲45の2)。)」を付加し、
21行目の「可能」を「相当」と改める。

[125](19) 原判決95頁9行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「確かに、個人に関する情報がみだりに利用されない自由が憲法上の権利であり、個人のDNA型や指掌紋等においても、それらがデータベース化されることによって不当に利用されたり、誤って利用されたりする可能性があり、それに起因して当該個人の私生活の平穏が害され、実際に不利益が及び得る客観的な危険性が存する以上、本来は、そのようなことを防止するための国会による立法措置が必要であるというべきであって、警察法という組織法による下位規則等への委任では不十分であるといわざるを得ない。現に、ドイツや韓国をはじめとして、我が国と同様に、自由権等の国民の基本的人権を重視し、その保障を標榜している諸国においては、前述したとおり、既に立法による適正な規制措置が当然のごとく採られているのであり、我が国においても、取得や保有の要件を明確にし、捜査機関から独立した公平な第三者機関による実効性のある監督や、罰則等による運用の適正を確保し、開示請求権や不当な取得や保有に対する抹消請求権を定めるなど、幅広い知見を集めた上、国民的理解の下に、科学的な犯罪捜査等に資するため、憲法の趣旨に沿った立法による整備が行われることが強く望まれるところである(捜査機関内部での検討や捜査機関による推薦を受けた者らによる答申などでは,捜査の便宜等に偏ったものとなってしまう可能性が高い。)。」
[126](20) 原判決95頁10行目の「しかしながら」を「もっとも」と改める。

[127](21) 原判決95頁20行目の「適法な」から21行目末尾までを
「不十分ではあるものの、全く何らの規制も存在しない状態よりはましであるといえ、直ちに法律の委任によらないものとまではいえないから、以下、これらの存在を前提として検討することとする。ただし、国民の基本的人権に関する領域に深く関わるものであり、本来的には法律によって定められるべき事柄であることからすると、これらが存在することを根拠として、国民の自由や権利利益を制限することを正当化することは許されないものというべきである。」
と改める。

[128](22) 原判決96頁19行目の「運用次第では,」の次に「本人が死亡しない限り、」を、
20行目の「可能性もある」の次に
「(なお、『犯罪捜査に資すること』という面では、指掌紋記録等に係る者が死亡したときでも、将来行われる捜査において発見される物に、その者の指掌紋やDNAが付着している可能性も十分にあるのであるから、その者の死亡によって直ちに保管する必要性がなくなったとはいえないのではないかと思われる。そうすると、指掌紋規則等は、現在生存している者の罪を問うことに偏重しているといえるし、『犯罪捜査に資すること』という建て前のほかに、捜査機関が自分の指紋やDNA型の資料を握っていることから、継続的な威嚇的効果によってその行動を抑制させることなど一般予防を副次的に狙っているのではないかとも考えられるが、我が国と同様に自由主義を標榜している諸外国において考慮されているような犯罪行為の重大性や将来刑事手続が行われる可能性等を考慮することなく、これが際限なく広げられていくとすれば、公権力による国民の管理、統制に繋がりかねないのであって、国民の権利ないし自由に対する重大な脅威となり得るものである。)」を、
23行目の「相当でなく」の次に「(制限的な解釈を行わなければ、捜査機関が、広く国民一般の指掌紋、DNA型及び顔写真を保有し、利用できることになりかねない。)」を、
24行目の「必要性があるといった」の次に「一般的、抽象的な」をそれぞれ付加する。

[129](23) 原判決97頁5行目の「鑑みると,」の次に「原則として」を付加し、
6行目の「解するのは,」から7行目の「失するものであり」までを「解すべきではあるものの、直ちにデータベース化自体が全く許されないとまでいうことはできず」と改める。

[130](24) 原判決97頁9行目の「と解される。」を以下のとおり改める。
「とは解されるものの、当該被疑者について、一般国民とは異なり、これらの保管及び利用を正当化できるだけの根拠が具体的に主張立証されなければならないというべきである。そして、このように解さなければ、国民一般について、その承認さえ得れば、捜査機関等が、公益を理由にDNA型、指掌紋及び顔写真を採取し、これらを保管及び利用することが許容されることになってしまいかねないのである(捜査機関が、日本国内に居住する全ての者(捜査機関に属する者も含む。このような立場にある者も犯罪行為を行うことがあるのは公知の事実である。)のDNA型、指掌紋及び顔写真を採取し、保管して、これらを利用し、AIを活用するなどすれば、当然ながら犯罪捜査が容易になるのであり、このことのみに着目すれば公益に合致するともいい得るが、公益ないし公共の福祉を理由にこのように広範な人格権や自由への侵害を伴う国民の管理、統制を行うことが到底許容されるものでないことは明らかであろう。また、検察庁や警察庁等の捜査機関に属する者であっても、喜んでこれに協力し、自らDNA型、指掌紋及び顔写真を差出して、被疑者らのデータベースに含めて保管及び利用することを承諾するとは考え難い。犯罪者らから、逆に悪用され、陥れられる可能性もある。)。そして、法の下の平等(憲法14条1項)という面から考えても、一度被疑者(無罪推定がされている。)とされただけで、一般国民とは異なり、一度採取についての承諾をしてしまうと、保管及び利用についてこのような不利益を受忍しなければならない地位に置かれる(差別される)という根拠は見出し難いのである。すなわち、抽象的には公益に資することであったとしても、国民の基本的人権に関わり、行政機関が国民一般に対してこれを行い、その権利ないし自由を制限して不利益を受忍させることが相当とは認められない行為については、これを特定の者ないし一部の者に対して行うためには、公益に資するということや公共の福祉を一般的、抽象的に主張するのでは足りず、一般国民とは異なり、その者に対してはこれを行うことが許され、その者は権利や自由を制限されることを受忍しなければならないという具体的な根拠が必要であり、行政機関はこれを主張立証する責任があるといわなければならないのである。」
[131](25) 原判決97頁10行目の「しかし」を「そうすると」と改め、
11行目から12行目にかけての「許容できるかは」の次に「、国民の基本的人権にかかわる問題であり、その性質上」を、
24行目から25行目にかけての「証拠はなく、」の次に
「とりわけ逮捕され身柄を拘束された状態での承諾は、精神的にダメージを受けている可能性が非常に高いことから、全くの任意であること、拒否してよいこと、拒否しても不利益はないことなどを丁寧に説明されない限り、これを拒否することは事実上困難であると考えられるし、将来まで見通した自由な判断ができているとは考え難く、少なくとも捜査機関の掌中にある監禁状態での意思表示を、捜査機関の有利に解してはならないというべきである。そして、身柄の拘束を受けていない者についても、丁寧な説明が必要であることは同様であり、例えば、『悪いことをしていないというのなら、DNA型を採取されても困らないはずだ。』とか、『身の潔白を明らかにするためにもDNA型の採取が必要だ。』とか申し向けられるなどの、拒否しにくい状況が作り出されている場合はなおさらである。したがって、」とそれぞれ付加し、
17行目及び18行目の「示され」を「主張立証され」と改め、
98頁2行目の「いわざるを得ない」の次に
「(そもそも、本件暴行事件において、その捜査のためにDNA型や指紋の採取が必要であったのか大いに疑問があり、これらの採取の必要性があったと認めるに足りる証拠はなく、データベース拡充のために、たまたま生じた被疑事件にかこつけ、一審原告に承諾させて、やみくもにこれらを採取した可能性が高い。)」を付加し、
5行目の「薄弱になる」を「失われる」と改める。

[132](26) 原判決98頁13行目の「否定できないこと」の次に「、現に本件においても、一審被告国は、無罪とされた一審原告からの抹消請求を頑なに拒んでいること(このこと自体、恣意的な解釈、運用が行われていることを十分推認させるものである。)」を付加し、
15行目の「当該利益」から16行目の「可能である」までを「少なくとも当該利益自体が、人間にとって本質的な権利であり、何よりも尊重されるべきである人格権を基礎とするものであることは明らかである」と改める。

[133](27) 原判決99頁11行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「本件3データのうち、指掌紋の採取及び顔写真の撮影については、刑事訴訟法218条3項の規定により許容されており、前記前提事実によれば、一審原告は、指掌紋の採取及び顔写真の撮影を承諾していた。また、口腔内細胞の採取(DNA型の採取)については、未だに刑事訴訟法上の規定すら存しないことは非常に問題であるといえるが、これについても一審原告の承諾はあり、その採取自体が直ちに違法であったとまではいえない(ただし、本件暴行事件において、これを採取する必要性があったのか大いに疑問であり、違法なものであった可能性も否定できない。)。しかし、同法218条3項の規定は、指掌紋等の取得の適法性の根拠となっても、当該刑事事件の捜査を離れたその後の利用を当然に許容しているものではないし、一審原告の承諾の範囲も、あくまで本件暴行事件の捜査に必要な限りでの承諾(同意)と解すべきであり、一旦適法に取得された本件3データがその後どのように使われようと構わないという同意まではされていなかったものというべきである(特に身柄拘束中の承諾(同意)については、慎重に判断されなければならないことは、前述のとおりである。)。したがって、本件暴行事件の捜査に必要な限度を超えた本件3データの保管及び利用については、少なくともその具体的な必要性が求められるものである。また、不十分ながら存在する指掌紋規則等にいう『保管する必要がなくなった』の要件に該当するかどうかにつき検討することも考えられるが、その性質上、捜査機関の裁量を広く認めることは相当でない。」
[134](28) 原判決99頁17行目から18行目にかけての「被告Yが原告の動きを制止しようとした際に」を「一審被告Yと一審原告との間に生じたトラブルに際して」と改める。

[135](29) 原判決99頁14行目の「るところ,」の次に
「DNA型の採取等を承諾(同意)した事件の無罪が確定した以上、原則として本件3データの抹消が認められるべきであり、それにもかかわらず一審原告についてこれらの保管及び利用が正当(必要)とされる特段の事情は、一審被告国が主張立証すべきところ、そのような主張立証はない。しかも、」を付加し、
22行目の「約5年」を「7年以上」と改め、
24行目の「いないから,」の次に
「これらを保管していることの正当性はなく、憲法13条に基づく一審原告の人格権を侵害していることは明らかであるから、これらの抹消が認められるべきである。そして、指掌紋規則等に照らして考えたとしても、」を付加し、
25行目の「というべきである。」を
「ことは明らかである。また、無罪とされたのにもかかわらず、一般国民とは異なり、一審原告の本件3データがその意に反して捜査機関に保管されていることは、法の下の平等(憲法14条1項)にも反するものである。」と改める。
[136](30) 原判決100頁5行目の「保管されている。」の次に、次のとおり付加する。
[137]もっとも、この本件携帯電話のデータについては、本件携帯電話を外側からデジタルカメラで撮影した写真が添付されるなどした『写真撮影報告書』(当審における文書提出命令を経て提出された甲77はその写し)及び本件携帯電話の『メモ』のフォルダから抽出したデータをまとめた表を印字した『捜査報告書(携帯電話解析結果報告)』(同様に当審において提出された甲76はその写し)として保管されているものであり、具体的には、
①B警察官作成にかかる平成28年10月12日付け本件電話解析報告書(甲76はその写し)の2頁目から4枚目にわたる表(枠外左側の通し番号が1から51まであるもの)の記載全部
②A警察官作成にかかる平成28年10月7日付け本件写真撮影報告書(甲77はその写し)の別添写真のうちの写真番号5及び同6の写真
を指すものである。
[138] しかし、これらはいずれも紙媒体として存在し保管されているものであると認められ、本件3データとは異なり、上記①及び②に対応する電子データが、現在においても存在して、警察庁その他の一審被告国の機関によって保管されていることを認めるに足りる証拠はない。」
[139](31) 原判決100頁17行目末尾の次に、次のとおり付加する。
「現に、上記①及び②の本件携帯電話のデータは、一審原告のプライバシーにかかわる個人情報であり、しかも、本件暴行事件とは無関係といえる情報を多数含んでいることが認められる。」
[140](32) 原判決100頁25行目の「解されるところ」を「解され、一審被告国(検察庁、警察庁等)やその他の捜査機関等の行政機関が当該事件を離れてこれを基にデータベースを作成するなど別の目的で使用することは許されないというべきところ」と改める。

[141](33) 原判決101頁4行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「なお、仮に、上記アの①及び②の本件携帯電話のデータが電子データの形で存在し保管されており、さらに、これらが何らかの形でデータベース化されているなどの実態があるのであれば、DNA型等の本件3データに関するものと同様の問題が生じるが、前述のとおり、これらが電子データの形で存在していることを認めるに足りる証拠はない。」
[142](1) 一審被告国は、一審原告が主張するような自己情報コントロール権を認めた最高裁の判例はないから、憲法上の権利として認められるものではないし、個人情報を「みだりに取得されない自由」が憲法13条により認められるとする最高裁判決は存するものの、「みだりに取得されない自由」に「みだりに利用されない自由」が含意されるなどとは判断しておらず、最高裁住基ネット事件判決は、行政機関によって個人情報を「第三者に開示又は公表されない自由」と「みだりに利用されない自由」とを明確に区別しており、後者の自由を認めた最高裁判例は存在せず、個人情報を「みだりに取得されない自由」が憲法13条により認められるとしても、適法に取得された個人情報を「みだりに利用されない自由」が憲法13条によって認められるものではなく、適法に取得された個人情報については、その管理・利用が憲法上の制約を受けることはないなどと主張する。
[143] しかし、個人情報を「みだりに利用されない自由」を認めた最高裁判例が存在しないからといって、「みだりに利用されない自由」が憲法13条によって全て認められないことになるわけではない。それは、単に、現時点ではその部分の判断が示されていないというに過ぎないのである。一審被告国が、最高裁判例がないことを理由に、国民の基本的人権を軽視し、憲法上の制約を受けることはないなどとして行政運営を行っているのであれば、大きな問題である。
[144] そして、補正して引用した原判決(92~94頁)のとおり、DNA型等の情報は、その情報単独で用をなすものではなく、過去に取得していたDNA型等との同一性を確認したり、遺留されたDNA型等と対照したりするため、データベース化することでその意義を発揮するものであるが、このようなデータベースにDNA型等が保存されている限り、DNA型等を採取された個人は生涯にわたって、自らの行動等が警察等の捜査機関によって容易に把握され得るという意識を持ちながら生活することを強いられ、自由な行動に対する強い萎縮的効果がもたらされ、私生活上の平穏が害されることになる。そして、このような効果は、主観的、抽象的な漠然たる不快感や不安の念にとどまるものではなく、DNAが容易に物に付着したりするものであることから、自分の行動を快く思わない第三者によって遺留物が悪用されたりするリスクが常に存在するのであって、一般人の感受性を基準に考えると、唾液等が付着した可能性のある物の処分等にも気を配らなければならなかったり、相手の要求を拒否しにくくなったり、反対運動等に参加しにくくなったりする(本件においても、前述のとおり、一審原告が本件マンション建設工事の反対運動を行っていたところ、本件マンションの工事を行う一審被告会社の従業員である一審被告Yによって、虚偽の被害申告等がされている。)など、実生活に具体的、現実的な影響を及ぼすものである。したがって、国民に対して単にDNA型の採取等を強制されない自由が憲法上保障されるというだけでは全く不十分であり、たとえ適法に取得されたDNA型等のデータであっても、その後において、これらがみだりに保有され、利用されない自由が保障されなければ無意味であるというほかはなく、この自由もまた憲法13条によって国民に保障されていると解すべきである。
[145] 一審被告国は、最高裁住基ネット事件判決をはじめとする最高裁判決において、個人情報がみだりに利用されない自由が認められていないことを強調するが、この最高裁住基ネット事件判決によれば、住基ネットで管理・利用される個人情報は、
「氏名、生年月日、性別及び住所からなる4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものであって、このうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり、変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまる」
とされているように、これらは、いわば、単純な個人情報(甲47の1・3頁)ともいい得るものである。そして、最高裁は、「行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理、利用等する行為は、」と限定して、憲法13条により保障された自由を侵害するものではないと判断しているのである。これに対し、本件で問題とされるDNA型や指掌紋等は、補正して引用した原判決(92頁)のとおり、個人の人格的価値と直接結びつく情報ではないものの、万人不同性、終生不変性があるといわれるように、強固な識別性、検索性を備えた極めて個人識別能力の高い情報であるし、そもそも他者への開示等が予定されていないものであって、通常は本人自身も知らなかったり(DNA型)、意識することがなかったり(指掌紋)するものであるから、秘匿性の点からしても、少なくとも中程度以上の要保護性のある個人情報であるといえるのであって、住基ネット上の本人確認情報と比べて要保護性(秘匿性)は格段に高いものであるし、さらに、第三者による悪用や濫用等の問題も付随しているなど、その要保護性は非常に高いものというべきである。また、住基ネットで管理、利用される個人情報は、「住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用されてきたもの」(最高裁住基ネット事件判決)であって、紙媒体として従前から管理、利用されていた情報が、いわばその延長線上のものとしてデータベース化されたにすぎず、管理のあり方につき質的な違いはないともいえるのに対して、DNA型等については、新たな管理、利用であって、これと同様には考え難く、データベース化される前後において、質的に大きく異なるものである。さらに、住基ネットにおける本人確認情報の管理、利用は、法令等の根拠に基づき、住民サービスの向上及び行政事務の効率化という行政目的の範囲内で行われているのに対し、DNA型等のデータベースにおけるこれらのデータの管理、利用は、犯罪捜査の目的で行われるものであり、管理、利用の目的が全く異なっており、当然ながら管理、利用による個人の行動の自由への萎縮効果等の程度は大きく異なるものである(また、後者は、逮捕等による人身の自由の制約に即結びつき得るものでもある。)。
[146] このような個人情報としての質的な違いや、管理のあり方として従前の紙媒体からの延長にすぎないか否か、管理、利用の目的の違い等を考慮しないままに、より要保護性が低いといえる個人確認情報に関する最高裁住基ネット事件判決等を根拠として、DNA型等の非常に要保護性の高い国民個々人の私生活、人格的生存ないし尊厳にも関わる個人情報について、これらをみだりに利用されない自由が憲法上保護されるものではないなどという一審被告国の主張は、前述したこれらの実態を直視しようとせず、両者の質的な違いを無視するもので、全く理由がないものといわざるを得ない。

[147](2) 次に、一審被告国は、プライバシー権や自己情報コントロール権という概念自体が多義的で、その外延及び内容が不明確であるから、個人情報をみだりに利用されない自由は憲法上当然に認められるものではなく、その肯否や内容等は立法裁量に委ねられており、個人情報の保護に関する権利を立法的に創設したといえる行政機関個人情報保護法(改正個人情報保護法)において、保有個人情報の利用の停止又は消去の請求権を一部認めてはいるが、司法警察職員が行う処分にかかる保有個人情報については、その対象から除外されており、一審原告が主張する本件データの抹消請求は認められないなどと主張する。
[148] しかし、DNA型等の個人情報がみだりに保有され、利用されない自由が人格権を基礎とするものであり憲法13条によって国民に保障されていることは、前記(1)において述べたとおりであって、立法により創設されたりされなかったりすることが許容されるような性質のものではなく、立法によっても奪うことができない性質のものであるから、そもそもこの点において、一審被告国の上記主張は失当であって、むしろ、基本的人権としての自由権に重い価値を置く諸外国においてされているのと同様に、DNA型等の個人情報がみだりに保有され、利用されない自由の保障を制度的に担保するための立法化こそが必要なのである(この点は後記(3)においてさらに述べる。)。憲法上認められる国民の権利は、立法行為を制約するものであり、憲法上の権利が認められるか否かが立法裁量に委ねられるなどとする一審被告国の主張は、国民の憲法上の権利を著しく軽視し、その侵害を野放しにさせておこうとする本末転倒した議論であるといわざるを得ない。
[149] また、一審被告国は、自己情報コントロール権の多義性や不明確性を主張するなどして、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由について、それが国民に憲法上保障されるべき権利であることを否定しようとしている。しかし、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由というものは、自己情報のコントロールをも手段の一つとすることによって守られ得るところであるとはいえるものの、自己情報コントロール権を本質とするものとはいえないのであり、自己情報コントロール権が認められるか否かにかかわらず、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由は認められるものである。一審被告国の上記主張は、都合よく論理をすり替えようとするものであり、それ自体失当というほかないもので、理由がないことは明らかである。

[150](3) さらに、一審被告国は、適法に取得されたDNA型等については、それぞれの情報としての性質(DNA型についていえば、遺伝情報等に関わる情報は除外されており、個人の人格的利益や私生活上の自由に関連するような情報は含まれておらず、指掌紋等についても同様であること)のほか、DNA型等のデータベース等に対する取扱いの適正は、各種規則、細則、実施要領その他の訓令等によって担保され、適正な運用体制が構築されているから、これらの情報が外部に漏出し、第三者に漏えいするおそれや、情報が正当な目的から乖離して用いられるおそれはなく、データベースの運用によって個人の私生活の平穏が害されたり、行動が萎縮させられたりして、個人の人格的利益が侵害されるような具体的危険が生じることはないなどと主張する。
[151] しかし、前記(1)において述べたとおり、DNA型等の個人情報は、個人の人格的価値に直接結びつく情報ではないが、住基ネットにおける本人確認情報より格段に秘匿性が高く、非常に要保護性の高い個人情報であるし、これを捜査機関が保有し、利用していることによって国民個々人の私生活の平穏が害されたり、行動が制限され、萎縮させられたりする効果は具体的、現実的なものであり、一審被告国は、これをことさら軽視しようとするものであって、正当な主張でないことは明らかである。なお、DNA型についていえば、現時点において遺伝情報等の人格的価値に関する部分は除外されているとはいえ、将来の技術的発展の如何によっては、人物の同定以外に利用される可能性が否定されるものではないし(甲42の3、56)、指掌紋についても、指紋が遺伝することに疑いはないとされ、親子鑑別に用いられることもあるし、先天性異常では、一見して異常と考えられる紋理の出現や、正常群との間に統計的に頻度の差がみられ、隆線の形成不全ないし形成異常が認められるなどとされている(甲57)。そして,顔写真も含め、AIの進歩等によって、さらに、現時点では想定されていない利用が行われるようになる可能性もある(現時点においても、顔写真から人種ないし民族を割り出すことなどは可能と思われるし、過去には、顔の特徴等から「生来性犯罪者説」等が唱えられたこともあり、国民の平等に反し、差別を行うもので許されないというべきではあるが、捜査機関から治安維持等を理由に特定の類型の者が犯罪者予備群等としてマークされるという事態も生じ得る。)。また、親子鑑定にDNAが用いられていることは公知の事実であるところ、捜査機関が保有しているDNA型を使って、親子等の親族関係を割り出すことも可能と考えられ(現に、これを割り出すような捜査も行われているようであるが、被疑者だけでなく、関係者のプライバシーにまで及んでおり、この点からも非常に問題である(甲42の3、43)。)、そうすると、出自(出生の秘密)等の自分が何者であるかといった個人のアイデンティティーや血縁に基づく家族の本質に直結し、かつ誰にも知られたくない(場合によっては、本人自身も知りたくない)機微にわたる私生活や国民個人の人格的生存ないし尊厳にも関わる情報が含まれていることになる。
[152] そして、前記(1)のとおり、住基ネットに関しては、住基ネット法という国会による立法措置によって手厚い制度設計が構築されており、住基ネットにおける本人確認情報の目的外利用や本人確認情報に関する秘密の漏えい等は、懲戒処分や刑罰をもって禁止され、かつ、都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を、指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を、各設置することとしており、このような実務レベルで外部的に実効的な監視のできる第三者委員会により、本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置が講じられているところである。これに対し、DNA型等の本件3データについては、諸外国において整備が進んでいる、あるべき立法措置が未了であることは、原判決を補正した前記5(19)において述べたとおりであって、より要保護性の低い住基ネット上の本人確認情報についてさえ、住基ネット法による手厚い立法的保護が構築されているにもかかわらず、DNA型等については、法的整備が全くされていない上、国家公安委員会等による監視も到底十全であるとはいえないのであって(甲47の1・6~8頁、L証人6~7頁)、大きな問題であるといわざるを得ない。このことは、一審被告国が種々摘示する下位規則等による運用の適正性等を協調してみせたところで、警察における内部的な規制に留まるにすぎず、独立した専門家等による外部的、第三者的な実質的監視が存しない以上、公正性や透明性が担保されるわけではなく、捜査機関による恣意的な運用(本件は、まさにこれに該当する。)を防ぐことができるものではないから、立法上の不備や実際に行われている運用の不当性が治癒されるものでもない。また、DNA型等の取得についても、実際の現場における取扱いとして、どのような場合に、どのような者についてこれらを取得しているのか、取得の必要性が十分に検討されているのか、承諾に本当に任意性があるのか、公平性が十分に保たれているのかなどの問題もある(本件暴行事件についても、そもそも事案の内容や一審原告の属性等からして、DNA型の採取(取得)の必要性があったとは考え難い。承諾を前提とするものであったとしても、公権力が、承諾さえあれば国民のいかなる個人情報でも取得してよいということになるものではなく、その必要性が十分に説明されなければならないし、当面の利用と、将来に渡る利用との区別も行われるべきであって、当面の利用の必要が認められるからといって、当然に将来に渡った利用が認められるものではない(その性質上、適法に取得したからといって、当然に取得者の自由とすることが認められるものではない。)。特に、捜査機関と被疑者とは、少なくとも事実上対等の立場にあるものではなく(本来は、攻撃防御の手段等も含めて対等の立場に置かれるべきであるが、取調べ受忍義務などが観念されて、そのようにはなっていない。)、逮捕、勾留等によって身柄が拘束されている場合はなおさらである。そして、将来に渡った利用の承諾を得たといえるためには、少なくとも将来の利用がどのようなものであるのかが分かりやすく説明されなければならない。どのようなものか分からないことへの承諾などあり得ないからである。さらに、何時まで保管されるのか、どのような場合に抹消されるのか等についても、具体的に説明されるべきである。なお、一審被告国は、次項で検討する主張と同様に、そのような説明をしていたら、DNA型採取への承諾が得られなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約されるなどと主張するのかもしれない。しかし、事前にきちんとした説明が行われると得られなくなるような承諾が、有効な承諾といえないことは明らかであろう。また、社会的地位があり、提供(採取)を拒否できるだけの知識や能力、精神力のある者が拒否して、このような力のない、いわゆる弱い立場にある者のデータが偏って集められているのではないかといった疑問もある。)。
[153] したがって、一審被告国の上記主張は、いずれの点からしても失当であり、理由がないことは明らかである。

[154](4) そのほか、一審被告国は、捜査実務上、被疑者から取得したDNA型や指掌紋等によって初めて具体的な余罪の把握に至ることが少なくなく、被疑者から適法にDNA型等を取得した以降に発見された遺留資料等によって、それが当該被疑者の余罪にかかるものであることも少なくないから、犯罪捜査におけるDNA型等の具体的な利用の在り方は、捜査機関において個別具体的な事実関係に応じてその都度判断せざるを得ないもので、仮に、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、被疑者の承諾を得るなどしなければならなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約されるなどと主張する。
[155] しかし、国民に対してDNA型等の個人情報をみだりに保有され、利用されないという憲法上の自由を保障することが直ちに犯罪捜査への支障をもたらすものではない。一審被告国は、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、被疑者の承諾を得るなどしなければならなくなるなどと主張するが、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を国民に認めたからといって、例えば、重大な犯罪の有罪が確定した者について、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、直ちに当該被疑者の承諾を得なければならなくなるものではなく、本件における一審原告のような無罪が確定した一般国民のDNA型等の保管・利用こそが問題なのであって、論理のすり替えであるといえるし、立法による規制がなく、自らの解釈、運用が曖昧かつ不透明であることを利用して、恣意的なものも含めた捜査機関の判断をオールマイティーにしようとする本末転倒の議論である。そして、一審被告国の主張は、一般的、抽象的な安心安全を唱えることによって、国民個々人の人権ないし自由を軽視し、捜査機関の便宜を優先して、恣意的な判断を押し通そうとするものといわざるを得ず、到底許容できるものではない(無罪とされた一審原告の本件3データを抹消しない本件における一審被告国の取扱いは、まさに恣意的な判断に基づくものといわざるを得ない。また、本件のような取扱いがされていることからすると、犯罪捜査の支障や国民の権利利益をいう一審被告国の主張は、「捜査実務上」、捜査機関が一度でも被疑者とした者は、将来罪を犯す者として、DNA型等を保管して疑い続けるということであり、裏を返せば、一度被疑者とされた国民は、一生涯、将来犯罪を犯す者として、捜査機関から組織的に疑われ続けることになり、死亡によってこのような状態から解放されることになるが、それが国民一般の権利利益に合致しているから、捜査機関の便宜を優先せよという主張になるのである。)、これを推し進めれば、一般的、抽象的な国民の権利利益ないし安心安全を理由にした、承諾を前提とする全国民のDNA型等の保管・利用にも繋がりかねないものである(一審被告国が、そのようなことはないというのであれば、国民一般とは異なり、一審原告についてはDNA型等の保管・利用が許される根拠を具体的に主張立証すべきである。仮に、一審原告については、採取についての承諾があるということを根拠とするのであれば、一般国民についても、採取についての承諾を得れば、DNA型等の保管・利用が許されることになる(一審原告は、無罪とされたのであるから、過去に誤って被疑者とされたことがあり、その際、採取についての承諾をしたという以外、一般国民と異なる点はない。)。そして、承諾は任意であるとしながら、様々な資格取得や制度利用の前提とするなどして、将来的に事実上の強制に及んでいくことも十分に考えられる。また、一審原告について、「余罪」(犯罪)を犯していたり、将来的にこれを犯す可能性があるというのであれば、一審原告は無罪が確定しているのであるから、捜査機関に属する者も含めた全国民に「余罪」(犯罪)を犯し、将来これを犯す可能性があるということになるが、一審被告国の主張によれば、
「捜査機関がDNA型等を利用することにつき、国民個々人の承諾を得るなどしなければならなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約される」
ということになるのである(なお、これが本音である可能性も否定できない。)。そうすると、このように将来における抽象的かつ仮想的な「余罪」(犯罪)の捜査を正当化の根拠とすることは、一般的、抽象的な国民の権利利益を名目に掲げた治安維持優先の発想であり、これが推し進められることになれば、基本的人権が軽視され、自由であるべき国民の行動が萎縮させられるなど、逆に国民の権利利益に反することになってしまうのであって、到底容認できないものというべきである。)。
[156] したがって、一審被告国の上記主張も、理由がないことは明らかであって、到底認められるものではない。

[157](5) 本件において、一審原告に対する本件現行犯人逮捕に伴うDNA型等の本件3データの取得が一審原告の承諾によって適法であったといえるにしても、その後、本件暴行事件について、一審原告は、刑事被告事件において無罪判決が確定しているのであり、それも責任能力の欠缺等を理由とする無罪判決ではなく、犯罪自体が認められないものとしての無罪判決が確定しているのであって、もはやこれらの情報がデータベースとして残存している必要がないことは明らかというべきである。そして、例えば、前記5(2)の補正において摘示した韓国法のような立法が仮に我が国においてもされていたのであれば、一審原告に対する無罪判決の確定によって、本件3データは各データベースから当然に抹消されていてしかるべきところであった。しかるに、そのような規定を含む法律の整備すら未だにされておらず、一審被告国が正当な理由もなく、一審原告の求める本件3データの抹消を拒んでいるがために、既に無罪が確定した一審原告において、自らの権利を守るために本件のような訴訟を提起せざるを得なくなっているのであり、このような事態は、極めて問題であるといわざるを得ない。本件の一審原告のような無罪確定者の本件3データを、特別の理由なく、一般的、抽象的な国民の権利利益を名目に治安維持を唱え、捜査機関がこれをいつでも利用できるように保管し続けるなどということは許されてはならないというべきである。
[158] なお、本件は、一審原告において曇りのない無罪判決が確定している場合であるから、利益衡量なしに抹消されるべきは当然であるといえるが、責任能力欠缺による無罪判決確定の場合、嫌疑不十分や起訴猶予を理由として不起訴となった場合などの利益衡量の判断は、より複雑になるものと考えられる。このような点も含めて、内部的な組織法上の下位規則等による運用ではなく、広く国民的議論を経た上での憲法の趣旨に沿った立法的な制度設計が望まれるところである。

[159](6) 以上のとおり、一審被告国の補充主張はいずれも理由がなく、DNA型等について、国民は、これらをみだりに取得されない自由だけでなく、みだりに保有、利用されない自由を有するものと認められ、人格権に基づく妨害排除請求として、一審原告の本件3データの抹消請求が認められるべきことは明らかである。

[160] 一審原告及び一審被告国は、その他にも、それぞれ種々主張するが、いずれも当裁判所の以上の認定及び判断を左右するものではなく、理由がない。
[161] 以上によれば、乙事件については、一審原告の一審被告Y及び一審被告会社に対する損害賠償請求は、220万円及びこれに対する平成28年10月7日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却すべきであり、甲事件については、一審原告の一審被告国に対する請求の内、平成28年10月7日に取得した一審原告の指紋、DNA型及び顔写真の各データ(本件3データ)の抹消を求める部分は理由があるから認容し、一審被告国に対するその余の請求及び一審被告県に対する請求は、いずれも理由がないから棄却すべきである。
[162] よって、乙事件について、一審原告の本件控訴に基づき、一審原告の一審被告Y及び一審被告会社に対する請求は一部理由があるから,原判決中一審被告Y及び一審被告会社に関する部分を変更することとし、甲事件について、一審原告のその余の本件控訴及び一審被告国の本件控訴は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 長谷川恭弘  裁判官 上杉英司  裁判官 寺本明広

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