Google検索結果削除事件
保全抗告審判決

投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する保全抗告事件
東京高等裁判所 平成28年(ラ)第192号
平成28年7月12日 第12民事部 決定

抗告人(債務者) グーグル インク(GOOGLE INC.)
 同代表者    最高経営責任者 a
 同代理人弁護士 古田啓昌 中崎尚 赤川圭 山内真之 矢野雅裕 加藤孝英 並木重伸 安藤翔 菊地諒 蔦谷吉廣

相手方(債権者) X
 同代理人弁護士 神田知宏

■ 主 文
■ 理 由


1 原決定を取り消す。
2 抗告人と相手方との間のさいたま地方裁判所平成27年(ヨ)第17号投稿記事削除仮処分命令申立事件について,同裁判所が同年6月25日付けでした仮処分決定を取り消す。
3 相手方(債権者)の上記仮処分命令申立てを却下する。
4 手続費用は,原審(発令段階を含む。)及び当審を通じて,相手方の負担とする。

[1] 本件は,インターネット上で抗告人が提供する検索サービスにおいて,検索語として相手方の住所の県名及び氏名を入力して検索すると,検索結果として,相手方が平成23年7月に犯した平成26年法律第79号による改正前の「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(現行の「児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」。以下改正の前後を問わず「法」という。)4条所定の児童買春行為(以下「本件犯行」という。)に係る逮捕歴を含む内容のものが複数表示されることについて,相手方が,人格権を被保全権利として,その侵害排除請求権に基づき,民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分として,上記検索結果の削除を命じる仮処分命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。
[2] 本件で,相手方が削除を求める上記検索結果の内容(以下「本件検索結果」という。)は,相手方と抗告人との間のさいたま地方裁判所平成27年(ヨ)第17号投稿記事削除仮処分命令申立事件に係る仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)の別紙検索結果目録のとおりである。
[3] 原審は,平成27年6月25日付けで,本件申立てを認容する本件仮処分決定を発令し,これに対して抗告人が申し立てた保全異議に対しても,同年12月22日付けで,本件仮処分決定を認可する原決定をした。
[4] そこで,これらを不服とする抗告人が,原決定及び本件仮処分決定をいずれも取消した上で本件申立てを却下することを求めて,抗告した。なお,相手方は,当審において,被保全権利を「忘れられる権利を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権」等と構成し主張している。
[5](1) 前提事実並びに抗告人及び相手方の各主張は,下記(2)のとおり抗告人の当審における補充主張を,下記(3)のとおり相手方の当審における補充主張をそれぞれ摘示するほかは,本件仮処分決定の「理由」中の「第2 事案の概要」の1ないし3並びに原決定の「理由」中の「第1 仮処分命令及び保全異議」及び「第2 事実及び争点」のとおりであるから,これらを引用する。

(2) 抗告人の当審における補充主張
ア 被保全権利がないことについて
[6](ア) 人格権に基づく差止請求は,救済の必要が著しく高い場合に解釈上認められることはあるが,法律の明文により定められているものではないから,広汎に請求を認めることがあってはならない。
[7](イ) 原決定は,「忘れられる権利」について言及しているが,日本の法律上「忘れられる権利」などというものは明定されていない。この「忘れられる権利」は,EU個人データ保護規則(未施行)17条に基づく権利のようなもの(なお,公益性等様々な除外事由がある。)を想定して論じられていると思われるが,日本には対応する法律がない。
[8] 「忘れられる権利」は,その要件も効果も不明であるから,これを認めると,インターネット上の検索サービス提供者が,差止請求及び損害賠償請求を受けることを避けようとして,萎縮的効果が生じることになる。また,抗告人は,図書館と同様に,インターネット上の情報流通の媒介者として,表現者の思想や意見等を伝達する中立的な存在であるから,萎縮的効果に便乗した,自己にとって都合が悪いからという理由だけの情報削除請求がされ,それが認められると,検索結果の表示の中立性及び信頼性が失われることになり,相当でない。さらに,媒介者にすぎない抗告人は,表現の内容やその背景事情について十分な反論ができない。
[9] なお,「忘れられる権利」に関する平成26年5月の欧州連合司法裁判所の事例は,当該事件の原告が所有する不動産の競売手続に関する公告の消去に係るものであり,本件とは事案が異なる。
(ウ) 削除(非表示措置)請求の判断の枠組みについて
[10] そもそも抗告人は,検索結果を自動的かつ機械的に生成するプログラムを管理して検索サービスを提供しているものであり,検索結果の内容やそこに表示されたリンク先のウェブページの内容を認識しておらず,編集行為も行っていないから,いわば,媒介者として情報提供行為をしているにすぎない。
[11] また,犯罪報道は,公衆に対し社会的な規範意識と遵法精神を喚起させ,犯罪を犯した本人にとっても再犯を防止する機能を有しているから,表現の自由ないし知る権利にとって非常に重要である。本件犯行も,その被害者となり得る児童の親等の関心事であり,それについて知る権利が認められる。そして,法4条の児童買春行為の公訴時効期間が5年であること(刑事訴訟法250条2項5号)からは,本件犯行に関する情報に接する機会を有する公共の利益はいまだ失われていない(なお,公訴時効期間は公共性の有無についての一律の基準となるものではなく,これが経過しても当然に公共性が失われるものではない。)。
[12] さらに,本件検索結果を削除することは,それが必ずしも違法ではない内容を含むウェブページに係る表現の自由や知る権利を著しく制限する結果を生じさせることに照らすと,検索サービスを提供する者への検索結果の削除請求が認められるのは,検索結果における表示内容が社会的相当性を逸脱することが明らかであって,検索結果に係る元サイトの管理者等に当該ウェブページに含まれる表現の削除を求めていては,削除請求者に回復し難い重大な損害が生じるなどの特段の事情がある場合に限られるというべきである(東京高等裁判所平成27年7月7日判決(乙24)参照)。
[13](エ) そして,本件では,相手方に具体的な人格権侵害が生じていないか,生じていたとしても極めて軽微である。
[14] 相手方が指摘する,学校の授業等で親である相手方の名前が検索されて本件犯行が発覚するおそれは,抽象的な将来の可能性をいうものにすぎない。
[15] なお,相手方は,もともと本件犯行を知られることを前提とする社会的制裁を相当程度受忍すべき立場にある。
[16](オ) 本件検索結果の削除の可否は,個々の検索結果ごとに判断されるべきである。本件仮処分決定及び原決定はそれをしていない。
[17](カ) 以上からは,相手方に,人格権等の侵害はなく,本件検索結果の削除請求権(非表示措置請求権)があるとはいえない。
イ 保全の必要性がないことについて
[18](ア) 相手方の権利が,本件検索結果の表示により社会的に許容されないほど大きく侵害されたとはいえない。
[19] また,本件検索結果及びそれに表示された元サイトは,既に3年間以上表示されてきており,その削除ないし非表示措置について,保全処分によらなければならないほどの必要性及び緊急性はない。
[20](イ) 相手方は,本件検索結果に表示された元サイトから,本件犯行及び相手方の逮捕歴に係る記載を削除すれば,問題の抜本的な解決が図られるのに,それをした形跡がない。逆に,本件検索結果を削除しても,元サイトが存続する限り,それによる情報発信は継続する。
[21](ウ) 本件は,本来本案訴訟の手続において争われるべきものである。
[22] 本件は,相手方の主張する人格権等と,公衆の表現の自由及び知る権利とが対立するものであり,本案訴訟での緻密な審理手続になじむ。
[23] また,前記のとおり,抗告人は,あくまで検索結果を自動的かつ機械的に生成するプログラムを管理して検索サービスを提供しているにすぎず,実際に表示される検索結果の内容や,そのリンク先のウェブページの内容については何らの認識もしておらず,編集行為もしていないから,抗告人は情報伝達の媒介者にとどまるところ,媒介者を通じてインターネット上でアクセスできる情報を操作することは,検閲に該当し得るものである。
[24] 以上の内容を考慮すれば,本件を非公開の保全手続で審理することは透明性を欠き相当でなく,また,元サイトの表現主体は手続に関与して資料や情報を提供することができないばかりか,自己の表現の自由が制限されること自体を知り得ない可能性もあること,抗告人は検索結果から除外することの適否の判断に必要な情報を有していないことからは,保全手続で本件検索結果の削除を命じることには慎重であるべきである。

(3) 相手方の当審における補充主張
ア 被保全権利について
[25](ア) 本件検索結果が自動的かつ機械的に生成されるものであるとしても,必要な情報を収集し,本件検索結果を構成するタイトル,URL及びスニペットを表示するのは,抗告人が作成したプログラムであるから,結局本件検索結果は抗告人が発行するコンテンツであって,抗告人は,コンテンツプロバイダとしての責任を負う。
[26] 抗告人は,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)における特定電気通信役務提供者であるから,同法に基づく削除義務を負う。また,人格権に基づく妨害排除請求権として,削除請求権が認められる(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁参照)。
[27] そして,相手方は,本件において,更生を妨げられない利益を人格権の一内容ととらえ,人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権を主張する。そして,この被保全権利について,以下のとおり主張する。
(イ) 「忘れられる権利」
[28] 「人の噂も75日」という言葉にあるように,人が何らかのミスをしても,一定期間を経過すれば他者の記憶から消失し,そのことにより社会生活を円滑に営むことができる。しかし,インターネットにおいては,人の氏名等で検索をすれば,その者に関する古い情報も新しい情報も同様に表示されるのであり,これでは社会生活を円滑に営むことは到底期待できず,相当でない。
[29] これが,「忘れられる権利」の基本思想であり,それは人格的生存に必要不可欠な権利(憲法13条)と把握され,名誉権やプライバシー権と並び,人格権の一内容として理解できる。
[30] そこで,相手方は,当審において,本件の被保全権利を,「忘れられる権利を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権」であると主張する。
[31] そして,時間の経過,当事者の社会的地位及び事件の性質等を総合考慮すると,原決定のとおり,本件では知る権利より忘れられる権利が優先する。
(ウ) プライバシー権侵害に基づく差止請求権について
[32] プライバシー権侵害に基づく差止請求権について,本件では非公知性の点が問題となる(ただし,時間の経過により,公知の状態が非公知になることは可能である。)。また,同じく時間の経過による公共性の喪失の問題,プライバシー侵害に対する「被害者の同意」の可否及び範囲の問題もある。
[33] 以上の各問題があることを踏まえつつ,この構成について主張すると,プライバシー権侵害の基準は,①私生活上の事柄であること,②一般通常人の感受性を基準としても公開を欲しないであろうと考えられること,③未だ一般の人に知られていないこと,である。そして,過去の犯罪報道は,以上の3要件を満たす。なお,③の要件(非公知性)について,誰でも知っている情報と,誰でも知り得る情報とでは性格が異なるから,本件では非公知でないとはいえない。
[34] また,長期間の経過に加え,相手方の社会的地位や本件犯行後の生活状況等を総合考慮すると,犯罪報道といえども公共性がなくなると考えられる。
[35] よって,プライバシー権の侵害に基づく差止請求権が認められる。
(エ) 名誉権侵害に基づく差止請求権について
[36] 本件犯行に係る事実は名誉(人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な社会的評価)に関する事実であって,相手方の社会的評価を低下させるから,その公表は名誉権の侵害に当たる。
[37] そして,事実摘示型の名誉権侵害については,①公共の利害に関する事実であり,②専ら公益を図る目的に出たものであり,③摘示された事実が真実である場合には,違法性が阻却される。また,行為者において事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは,故意が阻却される(責任阻却事由)。
[38] 本件では,公訴時効期間と同程度の時間が経過すれば,公衆の正当な関心は希薄化し,公共性がなくなる(すなわち,違法性阻却事由がなくなる)と考えられ,本件検索結果の表示は違法となる。
[39] よって,名誉権侵害に基づく差止請求権が認められる。
[40](オ) 抗告人は,本件の判断基準は,「社会的相当性を逸脱する違法なものであることが明らか」であることであると主張する。
[41] しかし,病歴や犯罪歴等配慮を要する個人情報についても,本人の同意に基づいて掲載されている可能性があり,違法であることが明らかか否かはにわかに判断できない。
[42] 名誉権侵害について,事実無根の犯罪歴を公表された場合であっても,事実の真実性は一見して明らかであるとはいえない。
[43] そもそも,検索結果に係るウェブページに記載された者との同定にも疑問が残る。
[44] 以上のとおり,抗告人の主張する判断基準は不完全なものであって採用できない。
[45] なお,発信者情報の開示請求等に係るプロバイダ責任制限法4条1項1号は「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」としており,これは,違法性阻却事由の不存在を意味すると解されている。抗告人の主張する判断基準も同様に解すると,相手方は,本件検索結果に係るウェブページの内容やスニペットの記載についての違法性阻却事由の不存在を立証すれば足り,これは,従前相手方が主張している判断基準と同じである。
[46](カ) 図書館における図書の閲覧とインターネット上での検索とでは,利便性が大きく異なり,後者の方が受忍限度は低いというべきである。
[47](キ) 本件検索結果は,特定のキーワードにより検索されたものが一覧表示されるのであり,スニペットの内容に共通性があれば,一般の読者の普通の注意と読み方をもってすると,相互に関連する記事についての検索結果であると理解できる。
[48] したがって,本件検索結果における個々の記載がいずれも違法であるとした原決定及び本件仮処分決定の判断は相当である。
[49](ク) 検索結果の有用性ないし公益性は,検索結果の違法性の判断ではなく,差止請求における総合衡量的な受忍限度の判断の一要素として考慮されるべきである。
イ 保全の必要性について
[50] 抗告人の主張は争う。
[51] 当裁判所は,本件において,被保全権利及び保全の必要性のいずれも疎明があるとは認められず,本件申立ては却下すべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
[52](1) 「人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は,損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である」(前掲最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決)から,本件の被保全権利として,まず,人格権としての名誉権に基づく侵害行為差止請求権が考えられる(本件で認められるか否かの具体的な検討は,後記3のとおりである。)。
[53] また,公共の利益に関わらない者のプライバシーにわたる事項を公表することにより,公的立場にない当該人物の名誉,プライバシー,名誉感情等の人格的価値が侵害され,それにより重大で回復困難な損害を被らせるおそれがある場合は,人格権に基づきその公表を差し止めることができる(最高裁判所平成14年9月24日第三小法廷判決・判例秘書登載)から,本件の被保全権利として,人格権としてのプライバシー権に基づく差止請求権も考えられる(同様に,本件で認められるか否かの検討は,後記3のとおりである。)。

[54](2) 他方,相手方は,本件の被保全権利の1つとして,「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権を主張する。
[55] しかし,相手方が主張する「忘れられる権利」は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。これを相手方の主張に即して検討すると,相手方は,インターネット及びそれにおいて抗告人が提供するような利便性の高い検索サービスが普及する以前は,人の社会的評価を低下させる事項あるいは他人に知られると不都合があると評価されるような私的な事項について、一旦それらが世間に広く知られても,時の経過により忘れ去られ,後にその具体的な内容を調べることも困難となることにより,社会生活を安んじて円滑に営むことができたという社会的事実があったことを考慮すると,現代においても,人の名誉又はプライバシーに関する事項が世間に広く知られ,又は他者が容易に調べることができる状態が永続することにより生じる社会生活上の不利益を防止ないし消滅させるため,当該事項を事実上知られないようにする措置(本件に即していえば,本件検索結果を削除し,又は非表示とする措置)を講じることを求めることができると主張しているものである。そうすると,その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。
[56] 相手方も,「忘れられる権利」の成否の判断として,時間の経過のみならず,当事者の身分や社会的地位,公表に係る事項の性質等を総合考慮して決すべき旨主張しており,これは,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権の要件の判断と実質的に同じものである。
[57] よって,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に,「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権として差止請求権の存否について独立して判断する必要はない。

[58](3) なお,相手方は,プロバイダ責任制限法から削除義務が導かれる旨主張するが,そのような明文の根拠はなく,また,同法は文字どおり特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律であって,その解釈により本件検索結果の削除義務を導き出すことはできない。

[59](4) 以上を前提に,本件における人格権としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権の存否について判断する。
[60](1)ア 前掲最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決は,人格権としての名誉権に基づく出版物の頒布等の事前差止めについて,その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等,それ自体から一般に公共の利害に関する事項である場合は,事前差止めは原則として許されないが,そのような場合においても,その表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限り,差止めが例外的に許される旨判示している。
[61] また,前掲最高裁判所平成14年9月24日第三小法廷判決は,
「侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ,予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。」とした上で,
「侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。」
としている。
[62] そして,本件は,一旦公知となり,現在も抗告人の提供する検索サービスを利用することによりインターネット上で閲覧可能な状態に置かれている事実に対する削除請求であるところ,人のプライバシーに関する事項について,一旦は公知の状態になったとしても,時の経過によりそれが事実上世間に知られていない状態(非公知の状態)となり,当該人の社会的地位や当該事項の内容等も考慮すると公共の利害に係わる事項といえなくなり,さらに,上記非公知の状態に基づき,当該人を取り巻く平穏かつ安定した生活状況が形成され,当該人の生活態度等を考慮するとそれを尊重すべきものといえる場合等は,事実上復活した非公知の状態を維持するために必要な措置を求め得る場合もあると解される。
[63] 他方,本件犯行に係る事実は,相手方の前科に関わる事実でもあるところ,
「前科等にかかわる事実については,これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に,その公表が許されるべき場合もあるのであって,ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは,その者のその後の生活状況のみならず,事件それ自体の歴史的又は社会的な意義,その当事者の重要性,その者の社会的活動及びその影響力について,その著作物の目的,性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので」ある(最高裁判所平成6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁参照)。
[64] 以上に加え,現在,インターネットは,情報及び意見等の流通において,その量の膨大さ及び内容の多様さに加え,随時に双方向的な流通も可能であることから,単に既存の情報流通手段を補完するのみならず,それ自体が重要な社会的基盤の1つとなっていること,また,膨大な情報の中から必要なものにたどり着くためには,抗告人が提供するような全文検索型のロボット型検索エンジンによる検索サービスは必須のものであって,それが表現の自由及び知る権利にとって大きな役割を果たしていることは公知の事実である。このようなインターネットをめぐる現代的な社会状況を考慮すると,本件において,名誉権ないしプライバシー権の侵害に基づく差止請求(本件検索結果の削除等請求)の可否を決するに当たっては,削除等を求める事項の性質(公共の利害に関わるものであるか否か等),公表の目的及びその社会的意義,差止めを求める者の社会的地位や影響力,公表により差止請求者に生じる損害発生の明白性,重大性及び回復困難性等だけでなく,上記のようなインターネットという情報公表ないし伝達手段の性格や重要性,更には検索サービスの重要性等も総合考慮して決するのが相当であると解される。

[65](2)ア 本件犯行に係る事実は,相手方の品性や徳行に関するもので,それを公表することは,相手方の社会的評価を低下させるから,名誉権の侵害に当たり得るものである。
[66] また,本件検索結果は,一般の読者の普通の注意と読み方を前提にすると,それ自体(タイトル及びスニペット)から,本件犯行の内容及びその行為者が相手方であることが分かるものであり,相手方の名誉権を侵害し得るものである。
[67] この点について,抗告人は,本件検索結果は自動的かつ機械的に生成されるものであり,抗告人は原則として編集をしていないから,情報伝達の媒介者にすぎず,名誉権侵害の責任を負うものではない旨主張する。しかし,前記のとおり,本件検索結果は,リンク先のウェブページを参照するまでもなく相手方の社会的評価を低下させるものである。そして,本件検索結果が自動的かつ機械的に生成されるものであるとしても,それは抗告人が決めたアルゴリズムを備えたプログラムによるものであり,また,抗告人は,その提供する検索サービスの魅力(一覧性,信頼性,検索語との関連性等)を高めるため,検索語に関連する部分を正確かつ端的に抜き出してタイトル及びスニペットを生成するようプログラムを作成し作動させていると認められる。すなわち,抗告人は,例えば人の氏名により検索した場合には,その者に関する情報であればそれがその者に有利であろうと不利であろうと正確かつ端的に抜き出し表示されることを当然に認識していることは明らかである。また,抗告人が,その提供する検索サービスにおいてタイトル及びスニペットを表示することについて,リンク先のウェブページを参照するか否かの利用者の判断に資する意味もあると認められる。そうすると,実際の利用態様からは,タイトル及びスニペットが独立した表現として機能することが通常であるということができる。
[68] 以上からは,抗告人は単なる媒介者で,名誉権侵害の責任を負うものではないという抗告人の主張を採用することはできない。
[69] しかしながら,本件犯行は,児童買春行為という,子の健全な育成等の観点から,その防止及び取締りの徹底について社会的関心の高い行為であり,特に女子の児童を養育する親にとって重大な関心事であることは明らかである。このような本件犯行の性質からは,その発生から既に5年程度の期間が経過しているとしても,また,相手方が一市民であるとしても,罰金の納付を終えてから5年を経過せず刑の言渡しの効力が失われていないこと(刑法34条の2第1項)も考慮すると,本件犯行は,いまだ公共の利害に関する事項であるというべきである。
[70] そして,本件犯行は真実であるし,本件検索結果の表示が公益目的でないことが明らかであるとはいえないから,名誉権の侵害に基づく差止請求は認められない。
[71] また,本件犯行は,その発生から既に5年が経過しているものの,相手方の名前及び住所地の県名により検索し得るものであり,そもそも現状非公知の事実としてプライバシーといえるか否かは疑問である。
[72] そして,本件犯行は検索サービスにより調べられる状態にあるにとどまり,現実には広くは知られていないことから事実上非公知といえる状態にあると仮定して,一私人として平穏な生活を送っている相手方の周囲の者に本件犯行について知られないようにするために,相手方が本件検索結果の削除を請求することが認められる余地があること,本件検索結果の数は49であり,個々の元サイトに対する削除請求には相当の手間がかかること等の事情が認められるとしても,前記のとおり本件犯行はいまだ公共性を失っていないことに加え,本件検索結果を削除することは,そこに表示されたリンク先のウェブページ上の本件犯行に係る記載を個別に削除するのとは異なり,当該ウェブページ全体の閲覧を極めて困難ないし事実上不可能にして多数の者の表現の自由及び知る権利を大きく侵害し得るものであること,本件犯行を知られること自体が回復不可能な損害であるとしても,そのことにより相手方に直ちに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が生じるとは認められないこと等を考慮すると,表現の自由及び知る権利の保護が優越するというべきであり,相手方のプライバシー権に基づく本件検索結果の削除等請求を認めることはできないというべきである。
[73] なお,本件検索結果の削除等請求を認めることによる表現の自由ないし知る権利の侵害について補足すると,本件検索結果に記載されたリンク先のウェブページは,タイトル及びスニペットの記載自体(6番,8番,10番,14番等),証拠(乙36ないし38)並びにそのURLから,インターネット上のいわゆる電子掲示板であると認められることから,本件犯行とは関係のない事実の摘示ないし意見が多数記載されているものと推認される。そうすると,元サイトの管理者に対して個別の書き込みの削除を求めるのではなく,本件検索結果に係るリンク先のウェブページを検索結果から削除し,又は非表示の措置をすることは,検索サービス事業において抗告人が大きなシェアを有していることや,インターネット上のサイトのURLを直接発見することが極めて困難であることに照らせば,それらに対する公衆のアクセスを事実上不可能にするものと評価することができ,看過できない多数の者の表現の自由及び知る権利を侵害する結果を生じさせるものと認められる。

[74](3) 以上のとおり,本件においては,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権としての,本件検索結果の削除(非表示措置)請求権の存在の疎明があるとはいえず,被保全権利の疎明があるとは認められない。
[75](1) 前記3のとおり,本件では被保全権利が認められないものであるが,なお保全の必要性についても検討する。

[76](2) まず,相手方の氏名と住所地である県名とで検索することにより,本件犯行が知人等に知られる蓋然性の程度が明らかでない。この点,相手方の氏名での検索結果は,合計約2400件であり(乙2),同姓同名の者に関するもの等で関係のないウェブページが上位を占め,本件検索結果が49件であることも考慮すると,相当程度注意深い人間か,一定の意図をもって入念に探すのでないと、本件検索結果にたどり着くこと自体容易でなく,そうなったとしても,それと相手方とを結び付け,これを周囲に吹聴するとは限らない。
[77] なお,相手方は,学校において親の名前をネットで検索するという授業があるというが,真実そのような授業があるという立証がない。
[78] また,仮に本件犯行に係る事実が周囲に知られた場合には,相手方及びその家族の心情としてはつらいものがあることは事実であり,また,知った者の記憶を消すことは困難であることもそのとおりであるが,本件犯行に係る事実が周囲に知られること自体は相手方が社会的な制裁としてある程度受忍すべきものであるところ,そのことにより相手方の社会生活上又は私生活上具体的な不利益が生じるとの疎明が十分ではない。
[79] 以上からは,相手方が回復不可能で重大な損害を被ることが明白であるとまではいえない。

[80](3) 他方,前記のとおり,本件犯行が公共の利益に関するものであり,特に児童の親にとっては重大な関心事であることに加え,本件検索結果を非表示とすることは,本件と関係のない情報も記載されていると推認されるリンク先のウェブページ全体の閲覧を直ちに事実上不可能にし得るものであり,表現の自由及び知る権利への影響が大きいところ,それらのウェブページの作成者ないし書込みをした者は,検索結果から削除されることについて反論の機会が与えられていない(そもそも削除されたことに相当期間気付かない可能性がある。)ため,その回復が容易ではないという事情がある。

[81](4) これらを総合考慮すると,現時点において,本件検索結果の削除又は非表示措置を求める保全の必要性があるとは認められない。

[82] 以上のとおり,本件では,被保全権利及び保全の必要性の疎明がなく,本件申立ては認められない。
[83] よって,原決定及び本件仮処分決定をいずれも取消し,本件申立てを却下することとして,主文のとおり決定する。

  裁判長裁判官 杉原則彦  裁判官 渡邉和義  裁判官 高瀬順久

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