性別変更訴訟(生殖腺除去要件)
特別抗告審決定

最高裁判所 平成30年(ク)第269号
平成31年1月23日 第二小法廷 決定

抗告人(原々審申立人 原審抗告人) A
          同代理人弁護士 大山知康

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官鬼丸かおる,同三浦守の補足意見

■ 特別抗告理由書

 広島高等裁判所岡山支部平成29年(ラ)第17号性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告について,同裁判所が平成30年2月9日にした決定に対し,抗告人から特別抗告があった。よって,当裁判所は,次のとおり決定する。


 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

[1] 性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を求める性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の規定(以下「本件規定」という。)の下では,性同一性障害者が当該審判を受けることを望む場合には一般的には生殖腺除去手術を受けていなければならないこととなる。本件規定は,性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではないが,性同一性障害者によっては,上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって,その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。もっとも,本件規定は,当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば,親子関係等に関わる問題が生じ,社会に混乱を生じさせかねないことや,長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。これらの配慮の必要性,方法の相当性等は,性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり,このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが,本件規定の目的,上記の制約の態様,現在の社会的状況等を総合的に較量すると,本件規定は,現時点では,憲法13条,14条1項に違反するものとはいえない。
[2] このように解すべきことは,当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。論旨は採用することができない。

[3] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官鬼丸かおる,同三浦守の補足意見がある。


 裁判官鬼丸かおる,同三浦守の補足意見は,次のとおりである。

[1] 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)は,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって,そのことについて2人以上の医師の診断が一致しているものを対象として,その法令上の性別の取扱いの特例について定めるものである。これは,性同一性障害者が,性別の違和に関する苦痛を感じるとともに,社会生活上様々な問題を抱えている状況にあることから,その治療の効果を高め,社会的な不利益を解消するために制定されたものと解される。そして,特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,変更後の性別で婚姻をすることができるほか,戸籍上も,所要の変更等がされ,法令に基づく行政文書における性別の記載も,変更後の性別が記載されるようになるなど,社会生活上の不利益が解消されることになる。
[2] また,性別は,社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われているため,個人の人格的存在と密接不可分のものということができ,性同一性障害者にとって,特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは,切実ともいうべき重要な法的利益である。
[3] 本件規定は,本人の請求により性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件の一つを定めるものであるから,自らの意思と関わりなく性別適合手術による生殖腺の除去が強制されるというものではないが,本件規定により,一般的には当該手術を受けていなければ,上記のような重要な法的利益を受けることができず,社会的な不利益の解消も図られないことになる。
[4] さらに,性別適合手術については,特例法の制定当時は,原則として,第1段階(精神科領域の治療)及び第2段階(ホルモン療法等)の治療を経てなおその身体的性別に関する強い苦痛等が持続する者に対する最終段階の治療として行うものとされていたが,その後の臨床経験を踏まえた専門的な検討を経て,現在は,日本精神神経学会のガイドラインによれば,性同一性障害者の示す症状の多様性を前提として,この手術も,治療の最終段階ではなく,基本的に本人の意思に委ねられる治療の選択肢の一つとされている。
[5] したがって,生殖腺を除去する性別適合手術を受けていない性同一性障害者としては,当該手術を望まない場合であっても,本件規定により,性別の取扱いの変更を希望してその審判を受けるためには当該手術を受けるほかに選択の余地がないことになる。

[6] 性別適合手術による卵巣又は精巣の摘出は,それ自体身体への強度の侵襲である上,外科手術一般に共通することとして生命ないし身体に対する危険を伴うとともに,生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらす。このような手術を受けるか否かは,本来,その者の自由な意思に委ねられるものであり,この自由は,その意思に反して身体への侵襲を受けない自由として,憲法13条により保障されるものと解される。上記1でみたところに照らすと,本件規定は,この自由を制約する面があるというべきである。
[7] そこで,このような自由の制約が,本件規定の目的,当該自由の内容・性質,その制約の態様・程度等を総合的に較量して,必要かつ合理的なものとして是認されるか否かについて検討する。
[8] 本件規定の目的については,法廷意見が述べるとおり,性別の取扱いの変更の審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば,親子関係等に関わる問題が生じ,社会に混乱を生じさせかねないことや,長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。
[9] しかし,性同一性障害者は,前記のとおり,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち,自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であるから,性別の取扱いが変更された後に変更前の性別の生殖機能により懐妊・出産という事態が生ずることは,それ自体極めてまれなことと考えられ,それにより生ずる混乱といっても相当程度限られたものということができる。
[10] また,上記のような配慮の必要性等は,社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり,特例法も,平成15年の制定時の附則2項において,「性別の取扱いの変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱いの変更の審判の制度については,この法律の施行後3年を目途として,この法律の施行の状況,性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする。」と定めていた。これを踏まえて,平成20年,特例法3条1項3号の「現に子がいないこと」という要件に関し,これを緩和して,成人の子を有する者の性別の取扱いの変更を認める法改正が行われ,成人の子については,母である男,父である女の存在があり得ることが法的に肯定された。そして,その改正法の附則3項においても,「性同一性障害者の性別の取扱いの変更の審判の制度については,この法律による改正後の特例法の施行の状況を踏まえ,性同一性障害者及びその関係者の状況その他の事情を勘案し,必要に応じ,検討が加えられるものとする。」旨が定められ,その後既に10年を経過している。
[11] 特例法の施行から14年余を経て,これまで7000人を超える者が性別の取扱いの変更を認められ,さらに,近年は,学校や企業を始め社会の様々な分野において,性同一性障害者がその性自認に従った取扱いを受けることができるようにする取組が進められており,国民の意識や社会の受け止め方にも,相応の変化が生じているものと推察される。
[12] 以上の社会的状況等を踏まえ,前記のような本件規定の目的,当該自由の内容・性質,その制約の態様・程度等の諸事情を総合的に較量すると,本件規定は,現時点では,憲法13条に違反するとまではいえないものの,その疑いが生じていることは否定できない。

[13] 世界的に見ても,性同一性障害者の法的な性別の取扱いの変更については,特例法の制定当時は,いわゆる生殖能力喪失を要件とする国が数多く見られたが,2014年(平成26年),世界保健機関等がこれを要件とすることに反対する旨の声明を発し,2017年(平成29年),欧州人権裁判所がこれを要件とすることが欧州人権条約に違反する旨の判決をするなどし,現在は,その要件を不要とする国も増えている。
[14] 性同一性障害者の性別に関する苦痛は,性自認の多様性を包容すべき社会の側の問題でもある。その意味で,本件規定に関する問題を含め,性同一性障害者を取り巻く様々な問題について,更に広く理解が深まるとともに,一人ひとりの人格と個性の尊重という観点から各所において適切な対応がされることを望むものである。

(裁判長裁判官 三浦守  裁判官 鬼丸かおる  裁判官 山本庸幸  裁判官 菅野博之)
平成30年(ク)第269号
平成30年(ラク)第5号
特別抗告提起事件
特別抗告人 A
特別抗告理由書
平成30年2月27日
最高裁判所 御中
特別抗告人代理人弁護士 大山知康
[1] 本件において特別抗告を申し立てた理由は,下記のとおりである。
[2] 原決定(広島高等裁判所岡山支部平成30年2月9日決定(平成29年(ラ)第17号性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する即時抗告事件)。以下,同じ。)は,原審判(岡山家庭裁判所津山支部平成29年2月6日審判(平成28年(家)第1306号性別の取扱いの変更審判申立事件))を引用し,
「憲法制定当時には想定されていなかった性別の取扱いの変更について,その要件をどのように定めるかは,その内容が合理性を有する限り,立法府の裁量に属するものであるというべき」(原審判第2頁最終段落)
としている点に以下のとおり,憲法違反がある。
[3] 自ら自認する性別で生きる権利は,憲法13条で保障される自己決定権(自由権)であり,自分らしく生きるという自己実現に資する人権であり,生命及び身体の安全に関わる人権でもあるから,憲法上最大限の尊重がなされるべきである。また,性別の取扱いの変更については,特段国家財政等を考慮しなければならない問題でもない。
[4] また,
「憲法の保障する自由権は,経済的自由権を除き,原則として無制約であり,ただそれぞれの自由権の内在的限界を超える行為だけが法律によって制限されうるのであって,その限界は権利の性質によって定まるものであるから,立法府の自由な判断によって制限できるものではない。だから,自由権に対する規制に関しては,立法府の裁量権は認められない」(浦部法穂著「憲法学教室第3版」第390頁(日本評論社刊)甲5)。
また,「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下,「特例法」という。)のような性同一性障害者という少数者に関する法律については,立法府に任せるのではなく,裁判所が少数者の人権保障のために厳格に立法の合憲性を判断すべきである。
[5] さらに,特例法は,身体への侵襲を拒否する権利(憲法第13条)を侵害するものであり,立法裁量論ではなく,厳格な合憲性判断基準を用いるべきである。すなわち,
「このような身体の不可侵性が法律をも無効にしうる憲法上の権利として構成できるかどうかが問題であるが,憲法13条によって保障される『個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由』に比して重要性に劣るとは考えがたい。また,憲法規定上も,31条以下で人身の自由に関する手厚い保障がなされ,逮捕・拘禁のような個人の身体の外面からの束縛でさえ令状主義などの手続的保障が与えられていることからすると,身体への侵襲を拒否する権利を憲法上の権利として認めることに十分の根拠があろう。本規定(注:特例法第3条第1項第4号)が求める『生殖腺がない』ようにする,または『生殖腺の機能を永続的に欠く状態に』することは,身体への重大な侵襲である。もしこのような侵襲を刑罰として科すれば,憲法36条で絶対に禁止される『残虐な刑罰』に該当しよう。したがって,このような侵襲を避ける権利はきわめて重大な権利であって,その侵害は絶対的に禁止されるか,少なくとも裁判所における厳格審査に服するというべきである。すなわち,公権力による個人の身体への侵襲は,本人の同意がない限り,やむにやまれぬ立法目的があり,かつその侵襲が立法目的達成に必要不可欠な場合でない限り,許されないというべきである(甲10第3頁第2段落)」。
[6] したがって,いわゆる立法裁量論により,特例法第3条第1項第4号の合憲性を判断した原決定には,憲法第13条に違反するので本特別抗告を申し立てた。

[7] なお,原決定は原審判を引用して「憲法制定当時には想定されていなかった」という点を立法裁量論を用いる根拠にしているが,この論理を用いれば,例えば,インターネットにおける表現の自由を制約する法律の合憲性を判断する際にも,立法裁量論を用いることになってしまう。合憲性の判断の基準については,人権を制約する法律が何かではなく,制約される人権がどのようなものかで決定されるべきであるのに,原決定では,人権ではなく,法律が「憲法制定当時には想定されていなかった」ことを理由に立法裁量論を用いており,この点についても原決定には,憲法第13条違反がある。
[8] 原決定は原審判を引用して,特例法第3条第1項第4号の立法目的について,
「特例法が性別の取扱いの変更を認める以上,元の性別の生殖能力等が残っているのは相当でないことから定められた」(原審判第2頁最終段落)
とし,かかる立法目的に正当性があることを前提に判断しているが,この点についても下記のとおり憲法第13条違反がある。
[9] 
「なぜ元の性別の生殖能力が残っていることが『妥当ではない』のか釈然としない。この立法目的は,断種法に淵源をもつ国民優生法/優生保護法(現在の母体保護法)の根底にある優生思想を彷彿とさせる。現実として,ホルモン療法の過程で生殖機能は内分泌的に失われていく。にもかかわらず,この要件は生殖腺の不存在か,機能の永続的な喪失を執拗に求めている。」
「性と生殖に関する権利は,単一の権利としてではなく,さまざまな個別の権利の複合体として存在する。具体的には,(a)生命と生存の権利,(b)自由と安全の権利,(c)最高水準の健康についての権利,(d)科学的進歩を享受する権利,(e)表現の自由,(f)教育についての権利,(g)私生活・家族生活・家族形成の権利,(h)無差別の権利によって構成される。このうち,(a),(b),(g)などは,まさに憲法13条から導き出される具体的権利である。また,配偶子(受精卵や精子)の凍結・低温保存のような生殖補助医療技術の利用は(d)とも関連する。『すべての個人が,自分たちの子供の数,出産間隔,出産時期について,責任をもって自由に決定でき,関連する情報と手段を得ることができる権利』と定義される性と生殖に関する権利は,特例法の第4号要件によって完全に剥奪される。権利の複合的な性格上,生殖無能力要件は,結果的に憲法や国際人権法に保障されるさまざまな個別の人権を十把一絡げに剥奪することとなる。それほど重大で膨大な権利の制約事由は,生殖能力の残存は『妥当ではない』との一言で足りるものではない。」
「本要件については,医学的(とくに内分泌学的)な根拠も指摘される。しかし,性別変更の要件として法文に直接書き込まれた以上,医学的な根拠に追随するだけでなく,法的な正当性や根拠も――またはその医学的な根拠を法の文脈において――問わなければならない。」(石田仁編著「性同一性障害 ジェンダー・医療・特例法」第268頁及び第269頁。甲7)
と指摘する文献もあるように,性別の取扱いの変更において元の性別の生殖能力が残っていることを『妥当ではない』とすることの正当性には疑問がある。
[10] したがって,
「特例法が性別の取扱いの変更を認める以上,元の性別の生殖能力等が残っているのは相当でないことから定められた」
という特例法第3条第1項第4号の立法目的自体に正当性がないのであるから(もしくは正当性を厳格に検討すべきであるから),同号の立法目的を無条件に正当としている点についても,原決定に憲法第13条違反がある。
[11] 原決定は,
「社会的にみれば,性別は,民法の定める身分に関する法制の根幹をなすものであって,これらの法制の趣旨と無関係に,自由に自己の認識する性の使用が認められるべきであるとまではいうことができない。すなわち,性同一性に係る上記人格権の内容も,憲法上一義的に捉えられるべきものではなく,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるものであるといわなければならない(原決定第2頁最終段落)」
という点にも憲法13条違反がある。
[12] すなわち,憲法13条で認められる自ら自認する性別で生きる権利及び身体への侵襲を拒否する権利は人格権であり,民法より優先するのであるから,民法の定める身分法を混乱するという理由で,立法府の裁量の範囲内とする原決定には憲法第13条違反がある。また,
「憲法13条で認められる自ら自認する性別で生きる権利及び身体への侵襲を拒否する権利は人格権であるのに,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるものである」
としている点は,国家財政や社会情勢が大きく影響する生存権などの社会権で主張される論理を人格権である憲法13条に適用しておりこの点からも憲法13条に違反する。特例法の規定が絶対的なものではないことは,特例法第3条第1項第3号のいわゆる「子無し」要件が改正されたことや,特定法附則に「3 性同一性障害者の性別の取扱いの変更の審判の制度については,この法律による改正後の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の施行の状況を踏まえ,性同一性障害者及びその関係者の状況その他の事情を勘案し,必要に応じ,検討が加えられるものとする。」と定められていることからも明らかであり,性同一性障害者の人権が現行法に合うように制限されるべきではない。
[13] 原決定は,
「特例法に基づいて性別の取扱いの変更がされた後,元の性別の生殖能力に基づいて子が誕生した場合には,現行の法体系で対応できないところも少なくないから,身分法秩序に混乱を生じさせかねない。(原決定第3頁最終段落)」として「性別の取扱いの変更を認める要件の一つとして4号を定めることが,立法府が有する裁量権の範囲を逸脱すると認めることはできない。(原決定第3頁第3段落)」
としている点も憲法第13条に違反する。
[14] 
「子が生まれるという例外的な事案に対処するために,性別適合手術(生殖腺の除去)を性別変更にあたり事実上強制することは,目的と手段のバランスを欠き,正当化されない。」
「『混乱や問題』は,子ではなく,戸籍について生じるようである。もっとも,戸籍上で同性の両親となることを避けることは,子の出自を明確にするために意味がある。子についてのみ親の生物学的性別が明らかになる戸籍の記載方法を考えればよい。性同一性障がいの当事者の負担によって解決する問題ではない」(甲9第4頁左列)。
[15] 特例法第3条第1項第4号が,「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を要件としている点は,性別適合手術を事実上強制していることに等しく,特例法第3条第1項第4号は性同一性障害者の自己決定権(憲法13条)を侵害し違憲であるという特別抗告人の主張は,従前の主張のとおりであり,同号を立法裁量の範囲内と判断している原決定には法令解釈に誤りがある。
[16] より具体的には,自己決定権の内容とされるのは,(a)自己の生命・身体の処分にかかわる事柄,(b)家族の形成・維持にかかわる事柄及び(c)リプロダクションにかかわる事柄であると考えられている(なお,(b)及び(c)については憲法13条ではなく憲法24条で保障されるという考え方もある。)(渋谷秀樹著「憲法(第2版)」第187頁及び第188頁(有斐閣刊)甲8)。
[17] したがって,性別適合手術を事実上強制している同号は,上記の(a)(b)(c)の全てに関する性同一性障害者の自己決定権を奪うものであり,憲法13条に反し違憲であることは明白である。
[18] 特別抗告人は,性同一性障害者であり,性同一性障害者であることから,自己が認識する男性という性で生きるために事実上性別変更手術を強制されている点は,性同一性障害者でない者と比べて,不合理な差別であり、憲法第14条1項の規定する平等権も侵害するものであるから,憲法第14条1項に違反する特例法第3条第1項第4号を合憲としている原決定には憲法違反がある。
[19] 平成18年(2006年)には国際人権専門家らにより「ジョグジャカルタ原則(性的指向および性別自認に関する国際人権法の適用に関する原則)」が採択されており同原則において「原則3 法律の前に認められる権利」として「何人も、自己の性別自認の法的承認のための条件として、性別適合手術、不妊またはホルモン療法などの医療的処置を強制されない」と規定されている(甲12)。

[20] オランダでは平成26年(2014年)に性別取扱変更における生殖能力喪失要件が撤廃されている(甲13の1第98頁第2段落参照)。

[21] ドイツ連邦憲法最高裁判所平成23年(2011年)1月11日決定では、生殖能力喪失及び外観具備要件は、基本法2条1項に基づく性的自己決定権と、同条2項に基づく身体を害されない権利を侵害することから違憲の判断がなされている(甲13の1第105頁第1段落)。

[22]「生殖不能要件について、平成26年(2014年)5月30日に世界保健機構は、生殖腺切除が性別変更の要件ではないとする共同声明を発表した」(甲9第3頁左列最終段落)。

[23]「ヨーロッパ人権裁判所平成29年(2017年)4月6日判決は、本人が望まない性別適合手術または不妊化治療を受けることが身体の完全性の尊重への権利の放棄となり、ヨーロッパ人権条約8条の私的生活の尊重に違反すると判断した」(甲9第3頁左列最終段落)。
[24] よって、原決定には憲法第13条及び憲法第14条違反があり、原決定を破棄して、特別抗告人の性別変更の取扱いを女から男に変更するとの裁判を求める。
以上
(添付資料省略)

証拠方法
甲第12号証 ジョグジャカルタ原則(性的指向および性別自認に関する国際人権法の適用に関する原則)(『法とセクシュアリティ』第2号(2007)』)
甲第13号証の1 「性同一性障害者特例法における身体的要件の撤廃についての一考察」(早稲田法学93巻1号(2017))
甲第13号証の2 早稲田大学研究者データベース(B)

添付資料
本理由書副本           6通
甲第12号証から甲第13号証の写し 各1通

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