性別変更訴訟(子なし要件)
即時抗告審決定

性別の取扱いの変更申立却下審判に対する抗告事件
大阪高等裁判所 平成19年(ラ)第346号
平成19年6月6日 第10民事部 決定

抗告人(原審申立人) A

■ 主 文
■ 理 由


1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は,抗告人の負担とする。

[1](1) 抗告人は,平成18年11月13日,「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下「法」という。)3条1項に基づき,抗告人の性別の取扱いを男から女に変更することを求める審判申立てをした。
[2] なお,抗告人は,離婚した妻との間に女子(平成7年生,親権者母)をもうけている。

[3](2) 原審は,平成19年3月30日,抗告人は,法にいう性同一性障害者と認めることができるが,抗告人には離婚した妻との間に子がいるから,法3条1項3号の要件を満たさないとして,抗告人の上記申立てを却下する旨の原審判をした。

[4](3) これに対して,抗告人が即時抗告したのが本件である。
[5](1) 抗告人は,原審判を取消し,本件を奈良家庭裁判所に差し戻す,との裁判を求めた。

[6](2) 抗告理由は,要旨,次のとおりである。
[7] 抗告人は,外形も精神的にも女性であるのに,戸籍等の性別欄が男性となっているため,社会生活上多大な支障を来している。戸籍の性別を記載された書類の提示を求められるような場合に,性同一性障害者であることを知られてしまうのが苦痛である。
[8] 原審判は,法3条1項3号の「現に子がいないこと。」の要件に欠けるとして,抗告人の申立てを却下したが,同規定は,憲法13条及び14条1項に違反し無効であるから,抗告人の申立ては認容されるべきである。
[9] 抗告人は,親権も放棄し,離婚後は子と会っていないので親子関係などの家族秩序に混乱が生じることや,あるいは子の福祉に影響を及ぼすことはない。
[10] 当裁判所も,原審判と同じく,本件申立てを却下すべきものと判断する。その理由は,原審判の理由説示と同じであるから,これを引用する。
[11](1) 抗告人は,法3条1項3号所定の「現に子がいないこと。」の要件(以下「3号要件」という。)は,憲法13条及び14条1項に違反し,無効であると主張する。

[12](2) しかし,この3号要件は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例を認める本制度が親子関係などの家族秩序に混乱を生じさせ,あるいは子の福祉に影響を及ぼすことになりかねないことを懸念する議論に配慮して設けられたものであることが,その立法過程に照らし明らかである。すなわち,原審判も指摘するとおり,現に子がいる場合にも性別の取扱いの変更を認めると,「女である父」や「男である母」を生じることになり,これまで当然の前提とされてきた,父は男,母は女という,男女という性別と父母という属性との間に不一致を来し,これを社会的あるいは法的に許容できるかが問題となり,ひいては,家族秩序に混乱を生じるおそれがあること,あるいは,子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしかねないことなどが,子の福祉の観点から,問題となり得ると指摘されたことから,我が国における性同一性障害に対する社会の理解の状況,家族に関する意識等も踏まえつつ,まずは,厳格な要件の下で,性同一性障害者の性別の取扱いの変更を認めることとすることもやむを得ないとの判断のもとに,3号要件が設けられたものである。
[13] このような状況のもとにおいて,法が3号要件を設けたことについては,立法府としての合理的な根拠があるものというべきである。
[14] 以上によると,性別が人格的生存あるいは人格的自律と関わるものであり,憲法13条が一般的に保障する範疇に含まれると解する余地があるとしても,性別の変更の取扱いについて,法が3号要件を設けたことが,それに合理的な根拠があると認められる以上,憲法13条の規定に反するということはできないものというべきである。また,同要件は,現に子のある性同一性障害者と,子のない性同一性障害者との取扱いを区別するものではあるが,上記のとおり,この区別には,合理的な理由があると認められるから,そのことの故に憲法14条1項に違反するものということもできない。
[15] なお,記録によれば,抗告人と離婚した妻との間の子は,妻が親権者となって養育しており,抗告人と子との面接等による交流はされていないことが認められるが,3号要件は,上記のとおり,個別的な親子関係のみならず,社会構成要素としての家族の秩序の混乱にも配慮して設けられた規定であるから,子の親権の有無や現に子を養育しているか等の個別の事由により,その適用が左右されるものではない。
[16] 抗告人の主張は,採用することができない。

[17](3) なお,法の附則2項は,性別の取扱いの変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱いの変更の審判の制度については,法の施行(平成16年7月16日)後3年を目途として,法の施行の状況,性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする,と規定している。
[18] この規定は,法の立案・制定の過程において,本制度に係る審判を請求することができる性同一性障害者の範囲及び要件等について,各方面から様々な意見が出されたことに鑑み,立法府として,一定の期間における法の施行状況,性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を踏まえ、必要と認められる改正措置等を講ずることを検討することを予定して置かれたものである。そして,この3号要件については,最も議論の対象となったものであることを思えば,この検討の過程において,性同一性障害者に対する社会の理解や受容の程度,制度の変更を更に認めた場合の社会生活に及ぼす影響の内容や程度,家族のあり方等についての認識を踏まえて,この要件をそのまま維持すべきか,一定の限定を加えるべきか,あるいは廃止すべきかの問題が具体的に議論されることが望まれるところである。

[19] 以上の次第で,原審判は相当であり,本件抗告は,理由がないから棄却することとして,主文のとおり決定する。

  裁判長裁判官 田中壯太  裁判官 松本久  裁判官 久保井恵子

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