ロス疑惑夕刊フジ事件
上告審判決

損害賠償請求事件
最高裁判所 平成6年(オ)第978号
平成9年9月9日 第三小法廷 判決

上告人(被控訴人・原告) 三浦和義
         代理人 喜田村洋一
被上告人(控訴人・被告) 株式会社産業経済新聞社
         代理人 桒原康雄

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

[1] 本件は、被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人に対して損害賠償を請求するものであり、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

[2] 被上告人の発行する「夕刊フジ」紙の昭和60年10月2日付け紙面の第1面に、原判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は、「『三浦は極悪人、死刑よ』夕ぐれ族・筒見待子が明かす意外な関係」「『良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』」等の見出しを付した8段抜きの記事である。

[3] 上告人は当時妻一美を殺害しようとしたとの殺人未遂被疑事件について逮捕、勾留されて取調べを受けていたところ、本件記事の大要は、(1)右殺人未遂被疑事件についての上告人の勾留期間の末日である同月3日が迫っており、捜査機関の上告人に対する取調べも大詰めを迎えているが、上告人は頑強に右事件への関与につき否認を続けていると報じた後、(2)夕ぐれ族ないし新夕ぐれ族なる名称でいわゆる風俗関係の営業をしている筒見待子が、同年初めころから上告人と相当親密な交際をしていた旨述べたとした上、「『三浦サンは女性に対して愛を感じないヒトみたい。あの人にとって、女性はたばこや食事と同じ。本当の極悪人ね。もう、(三浦と)会うことはないでしょう。自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』。筒見嬢は『極悪人』『死刑』といい切るのである。なぜここまでいえるのか。『仕事とかお金とか事件のこととか、〈こんなこと私に話してもいいのかしら〉と奥さんの良枝さんにも話していないようなことを話してくれました。内容はノーコメントですが、(警察に)呼ばれたら、話します』と非常に意味深である。」と記載し、(3)続いて、捜査の状況につき、「三浦野は『否認のまま起訴』という見方が警視庁内では今、最も強い。」と報じた後、「しかし、『あきらめるのは、まだ早い。最終日を狙え』という外部の声もある。」として、「東京地検の元検事(中略)にいわせると、三浦は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。『弱点を探り出すこと。弱さは自信や強さの裏返しで、三浦は何人もの女性を渡り歩き、女性に自信をもっているはず。それに、いまヤツの唯一の心の支えは女房だろう。そこで、女房に三浦を裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。〈女は簡単〉の自信が崩れ、大変なショックだろう』元検事は、このままなら三浦否認のまま起訴とみる。『三浦もはじめから、そのつもりだったろう。起訴になって保釈請求も予定行動。この2年間の金もうけは、保釈金集めだったのじゃないかな。しかし、裁判所は保釈しないよ、絶対に。こりゃ、三浦はショックだ。どんなにがんばっても、必ずこの保釈不許可でダウンだよ。」とみる。」と結ぶものである。

[4] なお、上告人については、昭和59年以来、右殺人未遂事件の嫌疑のほか、右殺人未遂の犯行後に妻一美を殺害したとの嫌疑等についても、数多くの報道がされていた。

[5] 上告人は、本件記事のうち、「『三浦は極悪人、死刑よ』」との見出し部分(以下「本件見出し1」という。)、「『良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』」との見出し(以下「本件見出し2」という。)及び本文中の「元検事にいわせると、三浦は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との部分(以下「本件記述」という。)は、いずれも、上告人が右各記載のとおりの人物であると断定するものであり、上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張している。
[6] これに対し、原審は、以下のように判示して、上告人の請求を棄却した。
[7] 本件見出し1等は、いずれも上告人の犯罪行為に関する事実についてのもので、公共の利害に関する事実に係るものであり、次に述べるとおり、被上告人については、これらに関し、名誉毀損による不法行為責任は成立しない。

[8] 本件見出し1は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難い。その上、これが筒見の談話であると表示されていることも考慮すると、右見出しは、意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、筒見が、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑を主要な基礎事実として、上告人との交際を通じて得た印象も加味した上、同人についてした評価を表明するものであることが明らかであり、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。

[9] 次に、本件見出し2は、筒見が前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき何らかの事実又は証拠を知っていると受け取られるかのような表現を採ってはいるが、本件記事の通常の読者においては筒見の戯言と受け取られるものにすぎないから、右見出しは、前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき嫌疑を更に強めるものとはいえず、本件見出し1と併せ考慮しても、これにより上告人の名誉が毀損されたとはいえない。

[10] 最後に、本件記述は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難いから、右は、やはり意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、東京地検の元検事と称する人物が、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑並びに上告人に対する捜査状況を主要な基礎事実として、同人についてした評価と今後の捜査見込みを表明するものであるから、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。

[11] しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

[12] 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23曰第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁、最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。
[13] 右のように、事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。ところで、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)、そのことは、前記区別に当たっても妥当するものというべきである。すなわち、新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である。また、右のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するものと見るのが相当である。

[14] 以上を本件について見ると、次のとおりいうことができる。
[15](一) まず、『三浦は極悪人、死刑よ』という本件見出し1は、これと一体を成す見出しのその余の部分及び本件記事の本文に照らすと、筒見の談話の要点を紹介する趣旨のものであることは明らかである。ところで、本件記事中では、当時、上告人は、前記殺人未遂被疑事件について勾留されており近日中に公訴が提起されることも見込まれる状況にあったが、嫌疑につき頑強に否認し続けていたこと、三浦はかねて上告人と相当親しく交際していたが、同人から、捜査機関の事情聴取に応ずるにも値すべき「事件のこと」に関する説明を受けたことがあること、その上で、筒見が、上告人について、『本当の極悪人ね。(中略)自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』と述べたことが紹介されているのである。右のような本件記事の内容と、当時上告人については前記殺人未遂事件のみならず殺人事件についての嫌疑も存在していたことを考慮すると、本件見出し1は、筒見の談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
[16](二) 次に、『良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』という本件見出し2は、右(一)に述べた事情を考慮すると、やはり筒見の談話の紹介の形式により、上告人が前記の各犯罪を犯したと主張し、右事実を摘示するものと解するのが相当である。右談話は、その後の両名の相当親密な関係に立脚するものであることが本件記事中でも明らかとされており、本件記事が報道媒体である新聞紙の第一面に掲載されたこと、本件記事中には筒見の談話内容の信用性を否定すべきことをうかがわせる記述は格別存在しないことなども考慮すると、本件記事の読者においては、右談話に係る事実には幾分かの真実も含まれていると考えるのが通常であったと思われる。そうすると、右見出しは、上告人の名誉を毀損するものであったというべきである。
[17](三) 最後に、「この元検事にいわせると、三浦は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」という本件記述は、上告人に対する殺人未遂被疑事件についての前記のような捜査状況を前提としつつ、元検事が上告人から右事件について自白を得ることは不可能ではないと述べたことを紹介する記載の一部であり、当時上告人については右殺人未遂事件のみならず殺人事件についても嫌疑が存在していたことも考慮すると、本件記述は、元検事の談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。

[18] もっとも、原判決は、本件見出し1及び本件記述に関し、その意見ないし論評の前提となる事実について、被上告人においてその重要な部分を真実であると信ずるにつき相当の理由があったと判示する趣旨と解する余地もある。
[19] しかしながら、ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき,これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。けだし、ある者が実際に犯罪を行ったということと、この者に対して他者から犯罪の嫌疑がかけられているということとは、事実としては全く異なるものであり、嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなったという一事をもって、直ちに、その嫌疑に係る犯罪の事実までが証明されるわけでないことは、いうまでもないからである。
[20] これを本件について見るに、前記のとおり、本件見出し1及び本件記述は、上告人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが、原判決は、本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に、右嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく、その名誉毀損による不法行為責任の成立を否定したものであって、これを是認することができない。

[21] そうすると、右とは異なり、被上告人につき本件見出し等に関しての不法行為責任の成立を否定した原審の認定判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。
[22] よって、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫  裁判官 大野正男  裁判官 千種秀夫  裁判官 尾崎行信  裁判官 山口繁)

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