ロス疑惑夕刊フジ事件
控訴審判決

損害賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 平成4年(ネ)第4247号
平成6年1月27日 民事第7部 判決

控訴人(被告)  株式会社産業経済新聞社
  右代表者代表取締役 羽佐間重彰
  右訴訟代理人弁護士 佐々木黎二ほか2人

被控訴人(原告) 三浦和義

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
 右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

 主文同旨
 控訴人の控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。
[1] 被控訴人は、昭和56年8月13日アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市において被控訴人の妻である三浦一美が殴打された事件(以下「一美殴打事件」という。)につき、昭和60年10月3日、殺人未遂罪で東京地方裁判所に起訴されたが、無罪を主張している者であり、控訴人は、日刊紙「夕刊フジ」(以下「夕刊フジ」という。)を定期的に発行している株式会社である。

[2] 被控訴人は、昭和60年10月1日当時、一美殴打事件を犯した容疑で逮捕され取調べを受けていたところ、控訴人の従業員で「夕刊フジ」の編集局長としてその記事の作成及び公表の責任者であった馬見塚達夫は、控訴人の業務の執行として、同日発行の同月2日付「夕刊フジ」の第1面に本判決末尾添付の被控訴人に係わる記事(以下「本件記事」という)を掲載して発行した。本件記事には、「甲野は極悪人、死刑よ」、「良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します」とのタイトルが付され(以下、右タイトルを「本件タイトル」という。)、本文中には、「この元検事にいわせると、三浦は、『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との記述(以下「本件記述」という。)がある。

[3] 控訴人は、何ら具体的な根拠を示すことなく、筒見待子という一個人の所感に過ぎないにもかかわらず、本件記事に本件タイトルを付したものであるが、本件タイトルは、読者に対し、あたかも筒見が被控訴人を「極悪人、死刑」と言い切る重大な秘密を知っているかのような印象を与え、被控訴人を「極悪人、死刑」と決めつけるものであり、また、本件記述も被控訴人をその記述のような者と決めつけるものである。
[4] 本件記事が「夕刊フジ」に掲載されて公刊されたため、被控訴人の社会的評価は著しく低下し、名誉が毀損されたため、被控訴人は多大な精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰藉するためには、慰藉料500万円をもってするのが相当である。

[5] よって、被控訴人は控訴人に対し、民法715条1項に基づき、損害賠償として500万円及び本件記事が公刊された日である昭和60年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
[6] 請求原因1及び2の各事実は認めるが、同3の主張は争う。
[7] 本件タイトル及び本件記述は、一美殴打事件を犯した容疑で取調を受けていた被控訴人についての意見であり、その意見が前提とした事実には被控訴人の社会的評価を低下させるに足る事実は含まれておらず、仮に含まれているとしても被控訴人の社会的評価を低下させる程度は極めて僅かである。
[8](一) 具体的事実に対する評価にほかならない意見ないし論評(以下単に「意見」という。)は、それのみでは直ちに名誉毀損とならないものというべきであり、名誉毀損となるか否かは、その意見の前提である事実が名誉を毀損するに足るものであるか否かによって決すべきである。そして、その前提である事実が、右意見の公表される前に、既に広く社会的に知られるに至っているときには、その事実が名誉を毀損するに足る事実であったとしても、それは名誉を毀損することにはならないものと解すべきである。
[9] そして、名誉毀損の成否が問題となっている表現が、事実を摘示したものであるか又は意見であるかの区別は、右表現の内容の真偽が客観的に判断することが可能であるか否かによって決せられるべきである。
[10] また、言論・表現の自由の保障の観点からすれば、公共の利害に関する事項についての意見は、それのみでは名誉毀損は成立しないものと考えるべきである(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)。
[11](二) 被控訴人が本件記事においてその名誉を毀損するとして摘示している部分は、筒見のコメントである「三浦は極悪人、死刑よ」との部分及び元検事のコメントである「三浦は知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ」との部分であるが、右部分は、いずれも、その真偽を客観的に判断することは不可能であるといえるから、意見というべきであり、また、本件記事は、被控訴人についての犯罪に関する報道であって、公共の利害に関する記事であることは明らかである。
[12](三) 被控訴人は、昭和56年11月18日、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市において三浦一美が銃撃され、約1年後に死亡した事件(以下「一美銃撃事件」という。)についても、被控訴人が保険金取得を目的として犯したとして昭和63年11月10日東京地方裁判所に起訴されているが、一美銃撃事件及び一美殴打事件と被控訴人との係わりについては、週刊文春の「疑惑の銃弾」と題する一連の記事が掲載された後、極めて多くの報道がなされ、被控訴人と一美殴打事件及び一美銃撃事件との係わりに関する事実については細大漏らさず報道されていたといって過言ではない状況にあったから、このような報道に接した誰もが被控訴人について何らかの意見を持ちうる状態にあったものである。したがって、被控訴人についての個々の報道は、それがそれまで報道されてきたことに加えて、被控訴人が一美殴打事件及び一美銃撃事件を犯したことを推定される新たな具体的事実を示すもの又はこのような事実を前提とするものでない限り、被控訴人に対する疑惑を深めてその評価を下げることはなかったというべきである。
[13] 本件記事は、被控訴人の勾留期間満了を目前にひかえた時期に掲載され、その本文内容は、前半部分が筒見のコメント、後半部分が捜査状況についての記事であるが、「あと2日で拘置期限切れ、全面自供のウルトラCは」という見出しからも明らかなように、被控訴人が犯行を自供するには至ってはおらず、捜査当局においても全面自供を得るための新しい具体的な資料を持っておらず、全面自供を得ることは極めて困難であるということが、本件記事の基礎となる前提事実となっていたものである。
[14](四) ところで、筒見のコメントは、本文中において、これに続いて「奥さんの良枝さんにも話していないようなことを話してくれた」旨のコメントの記事があり、これが筒見のコメントの前提とする事実であるが、本件記事は筒見が被控訴人から聞いた内容を具体的に示していないうえ、被控訴人が否認を続け、全面自供を得ることが困難な状況にあること等に照らすと、筒見の「死刑よ」というコメントについて、その前提として筒見が被控訴人から犯行に聞する事実を聞いたことがあり、それが右コメントの理由となっていることは、必ずしも読者にその信憑性について強い印象を与えるものとなってはおらず、被控訴人と一美殴打事件及び一美銃殺事件との係わりについて既になされた報道を前提とする筒見の被控訴人に対する意見ないし予測にとどまるものであって、これを超えて被控訴人の評価をさらに低下させるべき新しい事実を暗示しているとはいえず、仮に暗示しているとしてもその程度は極めて軽度のものである。
[15](五) 次に元検事のコメントである本件記述は、コメントの主体は被控訴人の取調べを担当した者ではなく、捜査官としての職歴を有する者が、その経験からそれまでの被控訴人と一美殴打事件及び一美銃撃事件との係わりに聞する報道を前提として意見を述べているにすぎないことが、本件記事から明らかであり、右コメントは被控訴人の社会的評価を低下させるべき何らの新しい具体的事実を前提とはしておらず、またそれを暗示してもいないから、被控訴人の名誉が右コメントによって毀損されたことはないものというべきである。
[16](六) 以上のとおり、本件記事が公刊された当時、被控訴人と一美殴打事件及び一美銃撃事件との係わりに対する意見であるが、その意見の前提として被控訴人の社会的評価を低下させるに足る事実を含んでおらず、仮に含んでいるとしてもそれが被控訴人の社会的評課を低下させる程度は極めて僅かであるというべきである。

[17] 本件記事が公刊された当時、それまでの被控訴人についてなされていた報道から被控訴人こそが一美殴打事件及び一美銃撃事件の首謀者であるとみなされ、報道機関においてもこれを前提とする報道がなされていたのであり、既にその社会的評価は著しく低下した状態にあったのであるから、本件記事によって被控訴人の名誉が毀損されたことはなかったというべきである。

[18] 本件記事が公刊された当時の被控訴人の社会的評価は、2つの殺人事件と1つの殺人未遂事件の首謀者であり、うち一美殴打事件及び一美銃撃事件は保険金取得が目的であるというものであり、一般的にこのような事件を犯した犯人に対しては、死刑を含む極めて重い刑罰が科されることが確実であって、極悪・凶悪という評価が加えられても何ら異とするにはあたらないところである。
[19] したがって、「極悪・凶悪」等の文言を使用したことによって、本件記事によって初めてこれを読む一般読者に被控訴人の極悪・凶悪性を印象づけたことにはならないものというべきである。
[20] また、本件記事の「奥さんの良枝さんにも話していないことを話してくれました。」との筒見のコメントは、被控訴人から聞いた内容を具体的に示しているわけではなく、仮に筒見が被控訴人から一美殴打事件及び一美銃撃事件に関して何らかの事実を聞いていたとしても、それ自体極めて低い証拠価値しかなく、被控訴人が犯人であることの決定的証拠にはなりえないこと等に鑑みると、本件記事に掲載された筒見のコメントにより被控訴人の社会的評価の低下があったとしても、それは極めて限定されたものにすぎない。

[1] 請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

[2] そこで、請求原因3及びこれに対する控訴人の主張について判断する。

[3] ところで、新聞又は週刊誌の記事により名誉を毀損されたと主張する者が、右記事中自己の名誉を毀損したと指摘する部分が、右の者についての、現実の事実又は行為について述べた言辞(以下「事実言明」という。)ではなく、意見を叙述した言辞(以下「意見言明」という。)である場合において、(一)当該記事が公共の利害に関する事項についてのものであって、(二)(1)右意見の形成の基礎をなす事実(以下「意見の基礎事実」という。)が当該記事において記載されており、かつ、その主要な部分につき、真実性の証明があるか若しくは記事の公表者において真実と信じるにつき相当な理由があるとき(以下真実性の証明のある事実と記事の公表者において真実と信じるにつき相当な理由がある事実のいずれをも「免責事実」という。)、(2)又は当該記事が公表された時点において、意見の基礎事実が、既に新聞、週刊誌又はテレビ等により繰り返し報道されたため、社会的に広く知れ渡った事実若しくはこのような事実と当該記事に記載された免責事実からなるときであって、(三)かつ、当該意見をその基礎事実から推論することが不当、不合理なものとはいえないときには、右のような意見言明の公表は、不法行為を構成するものではないと解するが相当である。けだし、公共の利害に関する事項の記事における意見の基礎事実が右(二)、(三)のようなものであるとき、当該意見の真偽又は正当性は、証拠によってではなく、議論を通じて決せられるべき性質のものといえるから、右のような意見の公表は憲法21条の規定により厚く保護されるべきものであり、また、右意見の読者は、意見の基礎事実に基づき自己の意見を形成し、その真偽又は正当性を自は判断することが可能であって、当該意見によってその読者の判断、印象等が直ちに形成されるものではないこと等に鑑みると、右意見が一見名誉を毀損する言辞からなるものであっても、直ちにその対象とされた者の名誉を毀損するものではなく、また、右の者の名誉を毀損するものであっても、不法行為とならないと解するのが、言論の自由と個人の名誉の保護との合理的調整を図ることになるといえるからである。
[4] もとより、事実言明と意見言明とを截然と区別することが困難な場合のあることは否定できないところであるが、事実言明は、そこで用いられている言葉を一般的に受容されている意味に従って理解するとき、ある特定の者についての現実の事実又は行為を叙述した表現であって、右事実又は行為の真偽が証拠により証明可能であるものをいい、他方、意見言明は、右以外の言明であって、多義的、不正確若しくは漠然としているため一般的に受容されている意味の中核を把握し難くその意味内容につき議論の余地のある言葉により表現されている言明、又はある特定の者の行為若しくは性質等についての評価若しくは論評を加えた言明をいうものと解するのが相当である。そして、意見言明のような形式をとっている場合であっても、当該記事におけるその前後の文脈又は右記事の平均的読者のおかれている社会的状況ないしは社会的文脈から、黙示的な事実言明と解されるものは、事実言明と認めるべきである。
[5] 以下、右の観点に立って本件につき検討を加えることとする。

[6] 前記当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。
[7] 本件記事は、被控訴人が一美殴打事件の容疑者として逮捕、勾留され、その勾留期間が満了する直前に公刊されたものであって、本判決末尾に添付のとおりであるが、その構成の概要は、紙面の上部に「三浦追及きょうヤマ場」との横書きの大きな字体による見出しが記載され、その下の部分に「三浦和義の起訴を3日に控え、警視庁特捜本部の取り調べも大詰めを迎えた。頑として否認を続ける三浦にベテラン捜査官も手こずっているようだが、女の話題に事欠かない三浦の周辺で『あの男は極悪人!死刑よ』と断じる女性が登場した。『夕ぐれ族』で逮捕され、……『新夕ぐれ族』をやっている東京風俗最前線の女王、筒見待子さんだ……」と記載され、さらに、主見出しである「三浦は極悪人、死刑よ」が、紙面の左側に7段の記事の左側を縦に貫く形で大きな字体でもって記載され、その左側に「夕ぐれ族・筒見待子が明かす意外な関係」との見出しがあり、紙面のほぼ右側部分の被控訴人と交際していたことのある筒見待子のコメント等からなる前半部分と紙面の中央部分の捜査状況等に関する後半部分の2つで構成されている。
[8] 本件記事の前半部分は、紙面の右端に「良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します」との見出しと、その左横に「お得意な電話攻勢で逮捕直前までデート」との文言を付し、筒見と被控訴人の交際状況と交際中に被控訴人と交わした会話の内容が記載され、さらに筒見のコメントとして、「『三浦サンは女性に愛を感じないヒトみたい。あの人にとって、女性はたばこや食事と同じ。本当に極悪人ね。もう、(三浦と)会うことはないでしょう。自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』、『仕事とかお金とか事件のこととか、″こんなこと私に話していいのかしら″と奥さんの良枝さんにも話していないようなことを話してくれました。内容はノーコメントですが、(警察)に呼ばれたら話します』と非常に意味深である。」との記述から構成されている。
[9] 本件記事の後半部分は、「あと2日で拘置期限切れ、全面自供のウルトラCは」の見出しのもとに、捜査状況等を内容とするものであるが、要するに、被控訴人が否認し続けていることの記述、「警視庁の幹部は、『三浦は自供しないかもしれないということを前提にして捜査を進めてきたので調べには支障はない』としているが、三浦のしたたかさに内心舌打ちしている捜査員も少なくないらしい。」との記述、かつて吉展ちゃん誘拐殺人事件の犯人小原保の犯行自供に間接的に係わった東京地検の「元検事に言わせると、三浦は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。弱点を探り出すこと。……三浦は何人もの女性を渡り歩き、女性に自信をもっているはず。いまヤツの唯一の心の支えは女房だろう。そこで女房に三浦を裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。″女は簡単″の自信が崩れ、大変なショックだろう」との記述等から構成されている。

[10] 次に、本件記事が公刊されるまでの被控訴人に係わるマスメディアによる報道の経過は、《証拠略》によれば、以下のとおりであることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
[11](一) 昭和57年2月から昭和58年6月にかけ、一美銃撃事件に関して、被控訴人が、意識不明の重体となった妻一美をアメリカ合衆国の軍用機によってわが国に治療のため帰国させ、さらにアメリカ合衆国の大統領等に抗議書を送るなど活発な活動をなし、妻の遭遇した悲劇に献身的に尽くす夫、美談の主として新聞、週刊誌及びテレビ等に広く報じられた。しかし、その後、昭和59年1月から同年3月にかけて、一転して、週刊文春に7回にわたって連載された「疑惑の銃弾」において、一美銃撃事件に関し、被控訴人が妻一美を被保険者とする保険契約に基づき多額の保険金を密かに取得しており、また、同事件の僅か3か月前に一美に対する殴打事件(一美殴打事件)が発生していた等一美銃撃事件には数々の不審な点があること、一方、被控訴人の女性関係は極めて派手であり、被控訴人と同棲していた楠本(白石)千鶴子が昭和54年3月29日にロサンゼルス市に向けて出発して以来、行方不明となっていることなど被控訴人が疑惑の中心人物として報じられるに至った。
[12](二) その後も、右各事件については多くの週刊誌、新聞、テレビ等マスメディアが取材・報道するところとなり、被控訴人も積極的に取材に応じ、テレビにも自ら1日数回出演するなどの態度を示し、また、被控訴人が無実であることを主張しているとの報道もされたが、被控訴人の言い分は時により変化し、さらにそれが合理性を有するものではないとして、被控訴人に対する疑惑を報じる記事がいわゆる「ロス疑惑」として次々と広く、かつ、繰り返し詳細に報道された。特に、昭和59年6月には、乙山春子の告白が報道され、これが一美殴打事件についての被控訴人の主張と全く異なるものであったのみでなく、右告白によれば一美殴打事件と一美銃撃事件との極めて密接な関連を有することになるとして、被控訴人と一美銃撃事件との係わりについての疑惑がより一層深まり、強制捜査の可能性が大きいとする報道がなされるに至った。
[13](三) 昭和60年8月には、一美殴打事件についての強制捜査の開始が間近に迫っていることが報じられ、同年9月、被控訴人及び乙山春子が一美殴打事件について殺人未遂の容疑で逮捕されたことが報道された。そして、その後も、被控訴人と乙山春子に対する取調べの状況についての報道が相次いでなされ、また、わが国及びアメリカ合衆国の捜査当局が被控訴人を容疑者として一美銃撃事件及び楠本(白石)千鶴子殺害事件の捜査を進める方針であることも報道され,同年9月27日号の週刊朝日では、「状況証拠では真っ黒」と、一美殴打事件はもとより他の2つの右事件についてもその首謀者は被控訴人であるという報道がなされた。
[14](四) 以上認定の事実関係に照らすと、本件記事が公刊された時点においては、その読者は、一美殴打事件及び一美銃撃事件等と被控訴人との係わりについては、前示のようなマステディアによる報道により、自らの意見をもつに至っていたものと推認される。

[15] 以上のような被控訴人についてのマスメディアによる報道が繰り返えされた後に、前示のように本件記事が公刊されたものである。
[16](一) 本件記事は、既に認定したとおり、犯罪報道に係わるものであるから、公共の利害に関する事項についてのものであるというべきである。
[17](二) そこで、まず、本件タイトルが公刊されたことにより被控訴人の名誉が毀損されたといえるか、右公刊に違法性があるかについて検討する。
[18] 本件タイトル中の「三浦は極悪人、死刑よ」との部分は、「極悪人」という言葉が多義的、評価的なものであって、被控訴人についての特定の行為又は具体的事実を明示的にも黙示的にも叙述するものではなく、また、死刑は裁判所によって科されるものであって私人が科しうるものでないことは通常人のよく理解しているところであるうえ、本件タイトルには「夕ぐれ族・筒見待子」の言葉との表示がされていることに照らすと、本件タイトル中の右部分は、意見言明というべきである。そして、右意見は、夕ぐれ族・筒見待子が、前記のような本件記事が公刊される前に既にマスメディアによって繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡った一美殴打事件及び一美銃撃事件等に対する被控訴人の関与についての強い疑惑を主要な基礎事実として、被控訴人との交際を通じて得た印象をも加味して、被控訴人についてした評価であることが明らかであり、右主要な基礎事実からすれば、右意見をもって不当、不合理なものとはいえないというべきである。そして、本件タイトル中の右部分は、一美殴打事件及び一美銃撃事件等に対する被控訴人の関与について、新たな事実ないし証拠についてなんら明示的にも黙示的にも叙述するものではないことが明らかである。
[19] 右認定したところを前示1の説示に照らして考慮すると、本件タイトルの部分は、本件記事が公刊された当時において被控訴人が受けていた社会的評価を更に低下させ、被控訴人の名誉を毀損したものと認めることはできないものというべきであり、また、本件タイトルの公刊は違法性を欠き、不法行為となるとはいえないものというべきである。
[20] 次に、本件タイトル中「良枝さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します」との部分は、「夕ぐれ族・筒見待子」が、一美殴打事件及び一美銃撃事件等に対する被控訴人の関与について、なんらかの事実あるいは証拠を知っていると受け取られうるかのような表現をとっているが、本件記事の通常の読者は、夕ぐれ族なる女の戯言としてしか受け取らないようなものに過ぎないから、右部分は一美殴打事件及び一美銃撃事件等に対する被控訴人の関与についての疑惑を更に強めるものとはいえない。
[21] したがって、本件タイトルの前記各部分の公刊は独立してはもとより、両部分を合わせても、違法に被控訴人の名誉を毀損する不法行為となるとはいえないものというべきである。
[22](三) 次に、本件記述の公刊により被控訴人の名誉が毀損されたといえるか、右公刊に違法性があるについて検討する。
[23] 本件記述は「三浦は「知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ」という。」ものであるが、「知能犯」、「凶悪犯」、「手ごわさ」という言葉は、いずれも多義的、評価的な言葉であって、被控訴人についての特定の行為又は具体的事実を明示的にも黙示的にも叙述するものではないから、意見言明というべきである。そして、右意見は、前記のような本件記事が公刊される前に既にマスコミによって繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡った一美殴打事件及び一美銃撃事件等に対する被控訴人の関与についての強い疑惑並びに被控訴人についての捜査状況を主要な基礎事実として、元検事が被控訴人について下した評価と今後の捜査見込みであり、右主要な基礎事実からすれば、右意見をもって不当、不合理なものとはいえないというべきである。そして、本件記述は、一美殴打事件及び一美銃殺撃件等に対する被控訴人の関与について、新たな事実ないしは証拠についてなんら明示的にも黙示的にも叙述するものではないことが明らかである。
[24] 以上認定したところを前示1の説示に照らして考えると、本件記述の公刊が、本件記事の公刊された当時において被控訴人が受けていた社会的評価を更に低下させ、被控訴人の名誉を毀損したと認めることはできないものというべきであり、また、本件記述の公刊は、違法性を欠き、不法行為とならないものというべきである。

[25] そうすると、本件タイトル及び本件記述の公刊が、被控訴人を極悪人とか死刑、あるいは知能犯で凶悪犯であると決めつけ、被控訴人の社会的評価を著しく低下させるものであり不法行為を構成するとの被控訴人の主張は、理由がないものというべきである。
[26] 以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求の一部につきこれを正当として認容した原判決は相当でないから、原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、右部分に係る被控訴人の本訴請求を棄却すべきである。
[27] よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法96条、89条を適用し、主文のとおり判決する。

  東京高等裁判所第7民事部
  (裁判長裁判官 柴田保幸  裁判官 長野益三 伊藤紘基)

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