三井美唄炭鉱労組事件
上告審判決

公職選挙法違反被告事件
最高裁判所 昭和38年(あ)第974号
昭和43年12月4日 大法廷 判決

上告申立人 検察官

被告人 西鳥羽米一 外3名
弁護人 佐伯静治  外2名

検察官 平出禾

■ 主 文
■ 理 由

■ 検察官井本台吉の上告趣意


 原判決中公訴事実第一の(一)の被告人佐藤幸男が昭和34年3月29日三井美唄鉱業所労働会館において公職の候補者となろうとする後藤健治を威迫したという点について検察官の控訴を棄却した部分を除き、その余を破棄する。
 右破棄部分に関する本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
 前記公訴事実第一の(一)の点に関する本件上告を棄却する。

[1] 所論は、原判決は憲法28条、15条1項の解釈を誤り、労働組合の統制権の範囲を不当に拡張し、かつ、立候補の自由を不当に軽視し、よつて労働組合が右自由を制限し得るものとした違法がある、というにある。

[2](1) おもうに、労働者の労働条件を適正に維持し、かつ、これを改善することは、憲法25条の精神に則り労働者に人間に値いする生存を保障し、さらに進んで、一層健康で文化的な生活への途を開くだけでなく、ひいては、その労働意欲を高め、国の産業の興隆発展に寄与するゆえんでもある。然るに、労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてその利益を主張し、これを貫徹することは、困難である。そこで、労働者は、多数団結して労働組合等を結成し、その団結の力を利用して必要かつ妥当な団体行動をすることによつて、適正な労働条件の維持改善を図つていく必要がある。憲法28条は、この趣旨において、企業者対労働者、すなわち、使用者対被使用者という関係に立つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権および団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものであり、如上の趣旨は、当裁判所のつとに判例とするところである(最判昭和22年(れ)第319号、同24年5月18日大法廷判決、刑集3巻6号772頁)。そして、労働組合法は、憲法28条の定める労働基本権の保障を具体化したもので、その目的とするところは、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成すること」にある(労働組合法1条1項)。
[3] 右に述べたように、労働基本権を保障する憲法28条も、さらに、これを具体化した労働組合法も、直接には、労働者対使用者の関係を規制することを目的としたものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を保障するものにほかならない。ただ、労働者が憲法28条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合において、その労働組合が正当な団体行動を行なうにあたり、労働組合の統一と一体化を図り、その団結力の強化を期するためには、その組合員たる個々の労働者の行動についても、組合として、合理的な範囲において、これに規制を加えることが許されなければならない(以下、これを組合の統制権とよぶ。)。およそ、組織的団体においては、一般に、その構成員に対し、その目的に即して合理的な範囲内での統制権を有するのが通例であるが、憲法上、団結権を保障されている労働組合においては、その組合員に対する組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合の団結権を確保するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、労働者の団結権保障の一環として、憲法28条の精神に由来するものということができる。この意味において、憲法28条による労働者の団結権保障の効果として、労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内において、その組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。

[4](2) ところで、労働組合は、元来、「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体」である(労働組合法2条)。そして、このような労働組合の結成を憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の労働者をして、その強者である使用者との交渉において、対等の立場に立たせることにより、労働者の地位を向上させることを目的とするものであることは、さきに説示したとおりである。しかし、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者がその経済的地位の向上を図るにあたつては、単に対使用者との交渉においてのみこれを求めても、十分にはその目的を達成することができず、労働組合が右の目的をより十分に達成するための手段として、その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない。
[5] この見地からいつて、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、その組合員の居住地域の生活環境の改善その他生活向上を図るうえに役立たしめるため、その利益代表を議会に送り込むための選挙活動をすること、そして、その一方策として、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げてその選挙運動を推進することは、組合の活動として許されないわけではなく、また、統一候補以外の組合員であえて立候補しようとするものに対し、組合の所期の目的を達成するため、立候補を思いとどまるよう勧告または説得することも、それが単に勧告または説得にとどまるかぎり、組合の組合員に対する妥当な範囲の統制権の行使にほかならず、別段、法の禁ずるところとはいえない。しかし、このことから直らに、組合の勧告または説得に応じないで個人的に立候補した組合員に対して、組合の統制をみだしたものとして、何らかの処分をすることができるかどうかは別個の問題である。この問題に応えるためには、まず、立候補の自由の意義を考え、さらに、労働組合の組合員に対する統制権と立候補の自由との関係を検討する必要がある。

[6](3) 憲法15条1項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権または立候補の自由については、特に明記するところはない。ところで、選挙は、本来、自由かつ公正に行なわれるベきものであり、このことは、民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。この見地から、選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶかも、元来、選挙人の自由であるべきであるが、多数の選挙人の存する選挙においては、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困難であるため、公職選挙法は、自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。したがつて、もし、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのことは、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法15条1項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。さればこそ、公職選挙法に、選挙人に対すると同様、公職の候補者または候補者となろうとする者に対する選挙に関する自由を妨害する行為を処罰することにしているのである。(同法225条1号3号参照)。

[7](4) さきに説示したように、労働組合は、その目的を達成するために必要な政治活動等を行なうことを妨げられるわけではない。したがつて、本件の地方議会議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げて選挙運動を推進することとし、統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治活動の一環として、許されるところと考えてよい。また他面において、労働組合が、その団結を維持し、その目的を達成するために、組合員に対し、統制権を有することも、前叙のとおりである。しかし、労働組合が行使し得べき組合員に対する統制権には、当然、一定の限界が存するものといわなければならない。殊に、公職選挙における立候補の自由は、憲法15条1項の趣旨に照らし、基本的人権の一つとして、憲法の保障する重要な権利であるから、これに対する制約は、特に慎重でなければならず、組合の団結を維持するための統制権の行使に基づく制約であつても、その必要性と立候補の自由の重要性とを比較衡量して、その許否を決すべきであり、その際、政治活動に対する組合の統制権のもつ前叙のごとき性格と立候補の自由の重要性とを十分考慮する必要がある。
[8] 原判決の確定するところによると、本件労働組合員たる後藤健治が組合の統一候補の選にもれたことから、独自に立候補する旨の意思を表示したため、被告人ら組合幹部は、後藤に対し、組合の方針に従つて右選挙の立候補を断念するように再三説得したが、後藤は容易にこれに応ぜず、あえて独自の立場で立候補することを明らかにしたので、ついに説得することを諦め、組合の決定に基づいて本件措置に出たというのである。このような場合には、統一候補以外の組合員で立候補しようとする者に対し、組合が所期の目的を達成するために、立候補を思いとどまるよう、勧告または説得をすることは、組合としても、当然なし得るところである。しかし、当該組合員に対し、勧告または、説得の域を超え、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制違反者として処分するがごときは、組合の統制権の限界を超えるものとして、違法といわなければならない。然るに、原判決は、「労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ実に組合の生存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考えると、労働組合が右目的達成のための必要性から統一候補を立てるような方法によつて政治活動を行うような場合、その方針に反し、組合の団結力を阻害しまたは反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合の統制権が何等およばないとすることは労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見解ともいい難い」として、本件統制権の発動は、不当なものとは認めがたく、本件行為はすべて違法性を欠くと判示している。
[9] 右判示の中には、労働組合がその行なう政治活動について、右のような強力な統制権を有することの根拠は明示していないが、「労働組合の本質に照し」て、右結論を引き出しているところからみれば、憲法28条に基づいて、労働組合の団結権およびその帰結としての統制権を導き出し、しかも、これを労働組合が行なう政治活動についても当然に行使し得るものの見地に立つているものと解される。そうとすれば、右の解釈判断は、さきに説示したとおり、憲法の解釈を誤り、統制権を不当に拡張解釈したものとの非難を避けがたく、論旨は、結局、理由があるに帰し、原判決は、この点において、破棄を免れない。
[10] 論旨は判例違反をいう。しかし、引用の判例のうち、昭和27年3月7日札幌高等裁判所の判決は、本件と類似した事件に関するものであるが、所論の点に関し、何ら判断を示しておらず、その余の各判例は、すべて事案を異にし、本件に適切でないから、論旨はいずれも前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
[11] 論旨は、原判決は、刑法における違法性阻却事由に関する解釈を誤つた法令の違反があるという。しかし、所論は、単なる法令違反の主張に帰し、上告適法の理由にあたらない。

[12] なお、原判決中本件公訴事実第一の(一)の被告人佐藤幸男が昭和34年3月29日頃三井美唄鉱業所労働会館において公職の候補者となろうとする後藤健治を威迫したという点について検察官の控訴を棄却した部分に関する上告は、上告趣旨中に何らの主張がなく、したがつて、その理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、原判決のその余の部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右破棄部分に関する本件を原裁判所に差し戻すこととする。

[13] よつて、公訴事実第一の(一)の点に関する部分につき、刑訴法414条、396条、その余の点につき、同法410条1項本文、405条、413条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊  裁判官 入江俊郎  裁判官 奥野健一  裁判官 草鹿浅之介  裁判官 城戸芳彦  裁判官 石田和外  裁判官 田中二郎  裁判官 松田二郎  裁判官 岩田誠  裁判官 下村三郎  裁判官 色川幸太郎  裁判官 大隅健一郎  裁判官 松本正雄  裁判官 飯村義美)
[1]一、原判決には、第一、憲法第28条及び第15条第1項の解釈を誤まつた違法があり、第二、憲法第28条に関する最高裁判所の判例と相反する判断をし、かつ公職選挙法第225条第3号の規定に関する高等裁判所の判例とも相反する判断をしている。さらに第三、違法性阻却事由に関する刑法の規定の解釈にも誤りがある。これらはいずれも判決に影響を及ぼすこと明らかであつて、原判決は破棄されなければならない。

[2]二、先ず原判決の判示するところを見るに
1 原判決の認定事実
 原判決は、その6丁裏6、7行において、公訴事実第一の(二)を認定できるとし、また7丁表1、2行において第一審判決の判示第一乃至第三の事実も認定できるとしている。その認定事実の要旨は次のとおりである。
「被告人等は昭和34年4月30日施行の美唄市議会議員選挙の前後三井美唄炭鉱労働組合の執行機関を構成する役員であつたが、右選挙に際し組合として統一候補者を選出してこれを支持することを決定したが、組合員後藤健治が統一候補の選に漏れたのにかかわらず立候補する意思があるのを知り、威迫を加えてこれを阻止しようとして」
公訴事実第一の(二)の事実
「被告人佐藤幸男、同佐々木正明は共謀の上、同月2日頃、後藤に対し「組合の決定に従わない場合は機関にかけて処断する。お前もこれまで永年組合幹部をやつて労働組合の強さを知つているだろう。妻や子供を泣かせるな」等申向け、同人が立候補すれば、統制違反者として除名処分を受ける旨を暗示し、もつて選挙に関し、候補者とならうとする組合員後藤を組合との特殊関係を利用して威迫し、」
第一審判決判示第一の事実
「被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明は共謀の上同月17日後藤に対し「どうしても立つなら除名ということもあるだろう」等申向けもつて前同様威迫し、」
第一審判決判示第二の事実
「被告人5名は、前同日組合執行委員会の決定に基づき共謀の上組合機関紙「流汗」に、後藤は組合機関決定を無視し自由行動をとる意思を明らかにしたので、統制違反者として規約の処分決定が適用される旨を記載し、その一部を後藤に配布して前同様威迫し、」
第一審判決判示第三の事実
「被告人佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明は、組合執行委員会の決定に基づき共謀の上、同年5月10日前記選挙に立候補当選した後藤に対し、1年間組合員の権利を停止する旨を通告し、翌11日これを組合事務所等に掲示して後藤に知らしめ、もつて当選人である後藤に対し前同様威迫したものである。」
2 原判決の理由
[3] 原判決は、右のように公職選挙法第225条第3号の構成要件該当事実を認定しながら、本件は違法性を欠くとして無罪を言渡したが、その理由とするところは次のとおりである。
[4](一) 第1段において
「労働組合は、組合員たる労働者が主体となつて、自主的に労働条件の維持改善、その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体であり、その目的をより十分に達成するための手段として、その必要な限度において、政治活動を行うことが容認されており、その団体であることの性格上組合員に対しては統制権をもつことも当然のこととされるのであるが、そもそも、憲法上その団結権を保障する所以のものは、労働者が契約自由の原理のもとにおいては、到底使用者と対等の立場に立つて交渉することができない事実に着目し、使用者と対等の立場に立つことができるようにしようとする趣旨にほかならないことに鑑みると、組合員がもつ国民として国家活動に参加する地位、ことに公職選挙に立候補する自由は、直接選挙活動を目的としない労働組合にあつては、その団体性から生ずる多数決原理による決議をもつてしても拘束し得ないと解すべきである。従つて労働組合が立候補の自由を規制した場合において、これに反し、立候補し、またはしようとする組合員に対しては通例統制権はおよばないと一応いい得るのである。」
と判示しながら、
[5](二) 第2段において一転して
「しかしながら労働組合は、その組織による団結の力を通して組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ、実に組合の生在がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考えると労働組合が右目的達成のための必要性から、統一候補を立てるような方法によつて政治活動を行うような場合、その方針に反し、組合の団結力を阻害し、または反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合の統制権が何等およばないとすることは、労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見解ともいい難い。」
として特段の事情があるときは統制権が及ぶ場合のあることを認める見解を示している。
[6](三) 第3段において本件の場合においては、次の9項目に亘る特段の事情があつた旨を認定判示している。
(1) 本件組合は、炭鉱労働者をもつて構成され、組合所在の美唄市は、人口約9万人のうちその9割が本件組合その他の組合の炭鉱労働者と家族を中心とするいわゆる炭鉱都市であり、かつ、炭鉱労働者の殆んどは集団住宅に居住しているので、美唄市における社会、教育、衛生等の諸施設の炭鉱労働者の日常の経済生活におよぼす影響は、他都市、他産業の比ではないこと。
(2) このことからも労働組合が中心になつて、いわゆる革新議員を通して、学校設備、保育設備、道路等の施設の面で、まず炭鉱労働者住民の福祉向上の実現に努力してきたとはいえ右議員の数的劣勢はまだ勤労者市民の利益のための政策遂行が困難な状態にあるものとして、組合が市政に大きな関心をもち、美唄市会議員選挙においても、なお、多数の右議員を選出する方策を立て、かつそれを必要としたのは十分意味のあるものであつたこと。
(3) その方策としては、昭和30年頃から組合員の中から立候補する者の数を制限して、これをいわゆる統一候補として推薦するにあつて、これにより立候補の乱立を防ぎ、その実効を収めていたことから、本件選挙に際しても、この方策がとられたこと。
(4) このことは後藤が代議員として出席した第16回臨時大会においてすでに論議されていること。
(5) かようにして、昭和34年2月6日の代表委員会および同月8日の臨時大会において、組合の下部機関である地区委員会から選出された6名の候補者が統一候補として確認決定されたのであるが、これよりさき、後藤は前回の市会議員選挙においては、組合における統一候補推薦の制度を認め、対立者であつた吉田清治にその推薦候補となることの辞退を働きかけ、その辞退により、事なく統一候補の決定確認を得て当選したものであるが、本件選挙に際しても、右制度に従うべく、その所属の第3地区委員会を経て、まず候補として推薦されることの手続をとつたところ,他に2名の対立者がいて譲らず、昭和34年1月28日右地区委員会での選考の結果、他の1名が統一候補に推薦され後藤はその選から漏れるに至つたこと。
(5)〔ママ〕 ところで本件選挙の立候補については、任期中定年退職となる者は原則として推薦しないことが基準の一つとされていたことから、これに該当する後藤としては、右選に漏れたのはその故とも思わぬでもなかつたが、右翌日右地区委員長国藤昇等から同地区委員会では、任期中定年退職者の基準は原則というにとどまるから、それにはかかわりなく選考したが、選に漏れたものである旨の報告を受けて、右地区委員会の決定には不満はない旨答え、前記2月8日の臨時大会の際には、書記長佐藤幸男との間で質疑応答を交え、結局、同書記長から定年ということは原則論であつて、任期中定年となる者でも地区委員会から推薦されて出てくれば、組合としては受入れる考えである旨の説明を受けたにもかかわらず、なお、右基準の不当を云為し、政治活動の自由を盾として独自の立場から自由立起を図るに至つたこと。
(6) 後藤は、昭和16年12月以降昭和34年12月頃まで三井美唄鉱業所に勤務し、その間昭和21年頃から昭和27、8年頃まで、組合の財政部長に、昭和30年頃から組合の代表委員会委員、大会代議員等の要職に就いていたものであること。
(7) 一方組合幹部である被告人等としては、後藤が一旦組合の決定に従って統一候補となることを表明しながら、その選に漏れるや、独自の立場で組合の決定を無視して立候補しようとするのを知つては、たとい立候補の自由を阻害し得ないものとしても、そのゆえにそのままこれを放任することは統一候補を立てて選挙活動を推進し、多数議員を獲得することにより、組合員の経済的地位の向上を達成しようとする組合の目的を阻害させる結果ともなり、また、団結することともなつて、その鼎の軽重を問われることも考慮に容れ、極力後藤を説得してその自由立起を断念させようとし、当初は後藤の知人等有力者等がこれに当つていたが、後藤は容易に応ずることなく、かえつて、その説得に反抗を抱き、本件選挙告示の日の前日である同年4月17日に至つて、いよいよ自由立起のことを明らかにしたので、ついに説得することを諦らめ、むしろ一般組合員に後藤の自由立起の経緯を示して、選挙における混乱を防ぐべく、原判示第二の「流汗」を多数部刊行し、その1部を後藤に配布し、本件選挙終了後の同年5月10日において、原判示第三のように、後藤に対し1年間組合員としての権利を停止するとともに、その旨を山内公示することを通告し、さらに翌11日公示書を同判示のように掲示して、これを後藤に知らしめるに至つたこと。
(8) そして、右所為がそれぞれ組合の決定にもとづくものであり、右処分は後藤が組合の「規約および決議に従い、機関の統制に服する義務」に違反したことにより「組合の統制を紊しまたは労働者の階級的利害を裏切つた」ものとして、組合規約47条8項、56条にもとづいてなされたものであること。
(9) それが後藤の自由立起を対象とするということよりも、組合機関の決議、法定に反して立起したことをむしろ重視したものであつたこと。
[7](四) 次いで第4段において、右特段の事情のもとにおいて、組合の決定に基き被告人等が統制処分およびその予告をして威迫した点に関し
「本件選挙に関しての組合の選挙活動は、組合本来の目的達成にも極めて必要なことが認められるし、そのためにとられた組合における統一候補推薦の制度は、一般的には立候補の自由を制限するものとはいえ、組合の自主性に鑑み、いやしくも、組合員として自ら組合の意思形成に参加し、組合の右制度に従うことを表明し、一旦これを利用しようとした後藤としては、この限りにおいて、立候補の自由を自らの意思で抛棄したものと解されなくもない一方、本件と同様の前回の選挙に際しては、右制度に従い、統一候補となつて当選しながら、今回右制度による統一候補の選から漏れるや、ただ立候補したいという以外には特段の理由もなく、敢えて独自の立場で立候補しようとし、また立候補したのであるから、その態度行動は組合の団体性から考えて、組合として、これを組合に対する背信行為とみたのは十分首肯できるところであつて、かかる後藤の行為に、組合として統制権を発動することは、その統制処分の内容が、必要の限度を越えないかぎり許さるべきものとするのが相当である。してみると、後藤が、前記の事情で立候補したのに対し、これをこのまま放任することは、組合の秩序を乱すものとして、その統制違反を対象としてなされた原判示第二の統制処分の通告は、前説示の事情にもよるものであり、また、同判示第三の処分も、組合員の資格従つてまた会社員たるの地位を失わしめるような除名の如きものではなく、1年間組合員としての権利を停止するという内部的措置にとどめ、その通告ないし山内公示をしたにすぎないから、これ等処分の態様、程度からみても、組合の組合員に対する措置として決して不当なものとは認め難い。」
として違法性を缺き犯罪が成立しないと判示し、
[8](五) 第5段において、被告人等が、組合の決定に基くのでなく、単に組合幹部たるの地位において統制処分の予告をして威迫した点に関し
「右統制処分に対する一連の前提をなす、本件公訴事実第一の(二)および原判示第一の各所為もまた、単なる説得では敢えて応じようとしない態度にあつた後藤に対してなされたものであるが、もとより暴力等の過激な行動によるものではなく、ことに後藤は永く組合の幹部であり、組合の事情はよく知つていたものと認められるうえに、妻子を泣かす云々のいわゆる江の島事件の経緯は、むしろ組合の合言葉の観さえあることが記録上うかがわれることに徴すると、説得の前後にかかる事例を出し、或は後藤が組合幹部の苦衷を知れば翻意するものとして、「組合の指導者だつた後藤さんにはよくわかつている筈ではないか」の発言があるのは当然であり、これに加えて、「機関にかけて処断する」とか、「除名ということもあるだろう」等の発言があり、これによつて後藤に多少不安の念を生ぜさせるところがあつたからといつて、前記諸事情のもとにおいて、一旦組合の決議決定に従う意思を表明していた後藤に対するものであつてみれば、かかる程度の発言もまた、被告人等それぞれの立場から、やむを得ざるに出たものとして、必ずしも不当なものとも解されない」
として違法性を缺き犯罪が成立しないと判示しているのである。
[9] 右判示に対し、以下第一点乃至第三点に分つて上告理由を述べる。
[10]一、憲法第28条は、勤労者の団結権団体行動権を保障しているが、憲法は、これによつて、団体交渉における労使対等の立場を実現しようとするものであり、対使用者の関係において、特に勤労者を保護するという趣旨であり、従つて団体交渉と関連のない事項については、本条の適用はないと解される。
[11] 本条に基づいて制定された労働組合法第1条も、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進させることにより、労働者の地位を向上させること」を目的とする旨明言している。かくして労働組合は、労働組合の地位向上のため使用者に対する経済的活動を主目的とするのであるが、労働組合も社会的存在たる団体であり政治的、経済的活動をすることを防げない。しかし、対使用者関係以外の活動については、憲法第28条は、何ら関係はなく、特に一般市民に比しより以上の保障をする趣旨とは到底解されない。本件で問題になつている組合員の立候補の自由の問題は、団体交渉によつて解決されるべき事項には属しないから、憲法第28条の保障の範囲外といわねばならない。
[12] 然るに原判決は、前記二、の2の(一)記載のとおり
「憲法上団結権を保障する所以のものは、使用者と対等の立場に立つようにしようとする趣旨に外ならないことに鑑みると、組合員が公職選挙に立候補する自由は直接選挙活動を目的としない労働組合にあつては、その決議をもつとしても拘束し得ない。これを規制した場合においてもこれに反して立候補する組合員に対し、通例統制は及ばない」
と判示しながら、同(二)記載のとおり
「組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするが、右目的達成のための必要性から、組合の方針に反し立候補する者に対し、統制権が何等及ばないとすることは、労働組合の本質に照し必ずしも正当でない」
とし、同(四)記載のとおり
「本件選挙に関しての組合の選挙活動は、組合本来の目的達成にも、極めて必要なことが認められる。従つて組合員が立候補した行動が組合に対し背信的であるときは、統制権を発動し得る」
としている。この判示からすれば、原判決は憲法第28条の保障は、組合員の立候補の自由を統制することにも及ぶとする見解に立つものと解するの外はない。しかしこの見解は、前記したところにより、憲法第28条の保障する範囲を不当に拡張した解釈で同条の趣旨を逸脱し、労働組合活動の名の下に憲法が国民個人に保障している立候補の自由に不当に制限を加えるものであり到底首肯し得ないところである。
[13] 以上の理由により、労働組合の統制権と組合員の立候補の自由との関係は、憲法第28条と離れて別個の観点から考察することを要するものである。
[14] 労働組合が、組合員に対し、統制権を有し、その統制に服しない者に対し、懲戒を行い得ることは当然であろう。しかし組合員としては、国民として全人格的に組合に加入しているのではなく、主として使用者との間の労働条件の維持改善を目的として加入しているのであるから、この目的に関する団体交渉における組合の活動に不利な態度行動に出た場合には懲戒を受けることも忍容しなければならないが、それ以上の場合には、たとえ組合の方針に反する態度行動に出たからといつて、それだけで懲戒を受けねばならないとするには、大いに問題がある、この後者の場合は、憲法第28条の保障外であるから、一般の各種団体とその加入者との関係と同様の考え方で論ずべきであつて、労働組合であるからといつて、特殊の統制権を認むべきではない。
[15] 一般に団体の統制権は、団体の性質、目的および加入強制の程度と、統制によつて制限される加入者の自由の性質、軽重との関係によつて決すべきである。
[16] 本件組合は、労働組合であり、その性質、目的は前記のとおりであるが、いわゆるユニオンシヨツプ制を取つているのであるから懲戒による除名は、すなわち組合員の失業を意味する。それだけに、組合本来の目的範囲外の組合員の行動については、その一般市民としての自由は、特に尊重されなければならない。
[17] 一方、憲法は、民主主義を基本原理とし、その第15条第1項は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である」とし、同条項に基づき公職選挙法第1条は、「日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員、並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。」と規定している。ここに立候補の自由については、直接明言してはいないが、立候補制を採る現行選挙制度の下において、立候補の自由が制約されるならば、憲法の所期する選挙人の自由な意思表明も阻害されることは当然の結果である。この故に公職選挙法第225条は、選挙人のみでなく、候補者、候補者となろうとする者及び当選人についてその自由を刑罰をもつて保護しているのである。従つて立候補者の自由は、憲法の精神、特に第15条第1項によつて保障されているものと解するのが相当である。
[18] かくして労働組合は組合員の立候補の自由に対しては、それが組合本来の目的範囲外の事項であるばかりでなく、憲法によつて保障されている重要な自由であるだけに、最大限に尊重しなければならないのであつて、これを統制し得ないとしなければならない。
[19] これに反する原判決は、立候補の自由に関する憲法の精神特に第15条第1項の解釈を誤り、右自由を不当に軽視したあまり、組合の統制権が及ぶとしたもので違法たるを免れない。
[20] 結局原判決は、憲法第28条が保障する範囲を不当に拡張し、一方において憲法特に第15条第1項が保障する政治的自由を不当に軽視したもので、憲法の解釈に誤りがあり、この誤りは判決の結論を左右するものであつて判決に影響を及ぼすこと明らかであるから刑事訴訟法第410条第1項により破棄されるべきものと考える。
一、最高裁判所の判例違反
[21] 原判決は第一点記載のとおり、労働組合が組合員の立候補の自由を統制する行為も憲法第28条の保障を受けるとする見解に立つものと解せられるところ、既に最高裁判所は
1 昭和24年5月18日大法廷判決
「憲法第28条は、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つものの間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権乃至団体行動権を保障したものに外ならない」
旨判示し
2 昭和28年5月21日第一小法廷判決
「使用者対勤労者というような関係に立つものでないときは憲法第28条の保障する権利の行使に該当しない」
旨判示し(同旨昭和29年6月4日第一小法廷決定、昭和33年2月27日第一小法廷判決)
としている。従つて、原判決は、右最高裁判所の判例と相反する判断をしていること明らかである。

二、高等裁判所の判例違反
[22] 昭和27年3月7日札幌高等裁判所判決(高裁刑事判決特報第18号80頁)は
「被告人は北海道炭鉱汽船株式会社幌内鉱業所万字炭鉱労働組合宣伝部次長であつたが、昭和26年4月23日施行の栗沢町議会議員選挙に際り組合統一候補の当選に尽力していたところ、組合執行委員森忠太が自由候補として立候補したので森に対し、組合の統制を乱すものとして何等かの形で処罰されることになるかも知れない旨申向けて威迫した」
事実を認定し
「公職選挙法第225条第3号の威迫に必要な犯意は、一般的に相手方に不安の念を抱かしむる意図のあつたことは必要でなく、労働組合員に対し「組合の決定に従わなければ、組合の統制を乱すものとして、何等かの形で処罰されるかも知れない」旨通知するのは一般的にいつて人に対して不安の念を抱かしむるに足る」
として同条同号の威迫による自由妨害罪の成立を認めている。
[28] 右判決の事案は、本件判決の認定事実と殆んど同一といつてよいほど酷似しているのであつて、右判決は、正に本件に適切な判断である、而して右判決はその認定した行為につき違法性阻却を認めていないこと前記のとおりである。然らば本件判決はこれと相反する判断をしたものといわざるを得ない。
[29] 前記一、及び二、に掲げる判例は、いずれも正当であつて維持さるべきものであり、かつ右判例違反は、原判決の結論を左右するもので判決に影響を及ぼすこと明らかであるから刑事訴訟法第410条第1項により破棄されるべきものと考える。
[30] 原判決は、本件につき公職選挙法第225条第3号の構成要件に該当する威迫の事実を認定しながら、違法性を欠くと判示した。
[31] 原判決の判文からすれば、本件は、刑法第35条により正当行為と認めたものと解せられる。
[32] ところで同条の正当行為と認め得るか否かについては、個々の行為につき一切の情況を調べ行為の目的が正当であるか、その目的達成の手段方法は相当であるか、行為により保護しようとする法益と、行為の結果侵害さるべき法益とを対比し権衡を失しないか、等の外、緊急を要しやむを得ない行為であつたか、当時の情況に照らし他に手段方法がなかつたかの事情をも考慮し、法律秩序全体の精神に照らし、社会通念上、許容せられる限度を超えたものか否かによつて決すべきものといわなければならない。(いわゆる舞鶴事件に関する昭和35年12月27日東京高等裁判所判決下級裁判所刑事裁判例集2巻11、12号1375頁参照)そこでこの点に関する原判決の理由を検討するに、原判決は本趣意書冒頭記載の二の(三)の(1)乃至(9)のとおり、9項目に亘る本件における特種事情を挙示している。これを要約すれば
(1) は、本件選挙の行われた美唄市は炭鉱都市であり、市の諸施設が労働組合員の経済生活に及ぼす影響が大きいこと。
(原判決は市の入口9万人のうち9割が、本件組合その他の組合の炭鉱労働者とその家族と判示しているが、昭和34年3月末の同市人口は別表のとおり9万4百名で、そのうち炭鉱労働者とその家族は4万2568名で、全人口の4割7分に過ぎない。原判決は、事実に基かず炭鉱労働組合員の同市における地位を過大に評価する誤りを犯していることは、本件において特に注意を要する点である。)
(2) は、組合が、右事情から市政に大きな関心を持ち市議会にいわゆる革新議員選出を必要としたこと。
(3) は、そのため昭和30年頃より、いわゆる統一候補制の方策がとられたこと。
(4) は、佐藤が右統一候補制の論議された大会に出席したこと。
(5) は、後藤が、前回の選挙において統一候補になり当選したが、今回は統一候補に推薦されなかつた。今回は任期中定年退職者は推薦しない旨の組合基準が出され、後藤はこれに該当したが、右基準は原則であり、該当者でも推薦されることが例外的に認められていた。後藤はこれを一旦は諒承しながら、これに不服を申立て、敢えて立候補したこと。
(6) 後藤は永く組合の役員であつたこと。
(7) 組合幹部としては後藤を説得したが応じないので、一般組合員に公示し、選挙の混乱を防ぐため第一審判決判示第二の行為をしたこと。
(8) 第一審判決判示第二、第三の行為は組合の決定に基いて行つたものであること。
(9) 本件行為は後藤の自由立候補を対象とするよりも組合機関の決定に反して立候補したことを重視して行なわれたこと。
である。
[33] 而して原判決は、本趣意書冒頭記載二の(四)のとおり、右(1)乃至(3)に基づいて、本件選挙に関する組合の選挙活動は、組合本来の目的達成に極めて必要であるとし、右(4)乃至(6)に基づいて、後藤は統一候補制度を一旦利用しようとしたのであるから、立候補の自由を抛棄したものとも解されなくもないとし、(右立候補の自由を抛棄したか否かは本来事実認定の問題であるのに拘らずこれを推認するような形で取上げていること自体誤りである。)また推薦を受けなかつたからというので特段の理由もなく立候補した後藤の行動は、組合に対する背信行為と見られたのは首肯できるとし(7)乃至(9)に基づいて、かかる後藤の行為に対し統制権を発動するのは、処分内容が必要限度を超えない限り許されるとし、次いで第一審判決判示第二の事実における統制処分の予告は、右の事情により、また、同第三の事実は権利停止という内部措置に止まるから、その処分は必要の限度を超えず不当と認められないとし、さらに本趣意書冒頭記載の二の(五)のとおり公訴事実第一の(二)と第一審判決判示第一の事実は、被告人等それぞれの立場から後藤に多少の不安の念を生ぜしめても、前記(1)乃至(6)および(9)の事情からやむを得ざるに出でたものとして、不当とは認められないと判示したものと解せられる。
[34] しかしながら、前記(1)乃至(3)は本件統制処分およびその予告をした行為の動機に止まりこれらの事情があることが組合本来の目的達成に極めて必要であるとして、これを統制権に結びつけようとする判示は首肯できない。また(4)乃至(6)および(9)の事情から、組合が後藤の立候補を背信行為と見たのは尤であり、被告人等は後藤の立候補自体よりも組合決定に反して立候補したという態度行動が背信行為であるとしこれを重視したものであるとしているが、背信行為が組合の使用者に対する対等交渉の地位に影響を及ぼす場合ならともかく、本件においてはこの点に影響はないのであるから、かりに後藤の行為が組合に対し背信的であると認められるとしても、この故をもつて、同人の立候補の自由を制約し得るとする判示は、相当でない。(8)のように組合決定があつたからといつて、被告人等の行為を正当化しようとする判示も不当である。
[35] 本件においては、その決定自体の当不当が問題となるのであつて、その決定が不当とされねばならないのであることは、前叙のとおりであつて、これをもつて被告人等の所為を正当化しようとすることは到底許されない。(7)の一般組合員に後藤の立候補の経緯を示し、選挙における混乱を防ぐために、第一審判決判示第二、第三のような統制処分を行なつたという点については、右目的のためには他に例えば説得等適当な手段方法があるのであつて、この目的のあるが故に、直ちに統制処分乃至その予告をすることを正当視することは、許されない。
[36] さらに原判決は,一方において、権利停止という内部的措置に止まるから、処分は必要限度を超えないとしながら、他方において、除名を予告しても必要の限度を超えないとし、甚しきは、除名は失業を意味するにかかわらず多少不安の念を生ぜしめるに過ぎないと判示するなど、首尾一貫しないのみか、行為の評価に甚しい誤りを犯し、処分内容が必要限度を超えない限り許されるとしたその限度も不明確極まるものといわざるを得ない。
[37] 原判決には右に掲げたような幾多の欠陥があるが、結局するところ、後藤に背信行為ありとしこの背信行為が組合の統制権に対する侵害であり、この統制権を保護法益とし、後藤の立候補の自由という法益を侵害しても権衡は失わないというところに違法性阻却事由を認めた趣旨に解せられる。
[38] しかしながら、第一点において詳述したように、組合の統制権と組合員の立候補の自由とを対比すれば、その軽重は自から明らかであつて、原判決のいうように権衡を失わないというが如きは、甚しい誤りであるといわざるを得ない。のみならず原判決は、手段方法が相当であるか否か等その他の違法性阻却を決する要件について考慮を払つていない。本件においては、組合乃至組合幹部として立候補の辞退を勧告、説得することが許されるに止まると解するのが相当であつて、この限度を越えて統制権を行なうこと、すなわち懲戒を行なうことは第一点に詳述したとおり、法の許す限度を越え、手段方法として相当性を欠くものであつて、到底認められることではないとしなければならない。
[39] 以上詳細検討の結果は、原判決の正当行為の解釈は、刑法第35条の解釈を誤つたものであり、この法令違反は判決の結論を左右するものであるから原判決は破棄しなければ著しく正義に反するものであるから刑事訴訟法第411条第1号により破棄されるべきものと考える。
[40] 以上何れの点よりするも、原判決は破棄を免れないところ、本件については、訴訟記録によつて直ちに判決できる事案であるから刑事訴訟法第413条により自判して有罪の言渡をされたい。

別表
美唄市における炭鉱関係組合員および家族に関する一覧表(昭和34年4月1日現在調)
事業所別坑内坑外職組家族合計
三井美唄2,1151,20460314,56318,485
三菱美唄3,1251,51565814,15019,448
茶志内炭鉱349231741,1271,781
上村炭鉱11712127263528
三船炭鉱1969961622978
九州炭鉱223190327111,156
北洋炭鉱433313103192
6,1683,3931,46831,53942,568

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