三井美唄炭鉱労組事件
控訴審判決

公職選挙法違反被告事件
札幌高等裁判所 昭和36年(う)第379号
昭和38年3月26日 第3部 判決

控訴人 被告人 西鳥羽米一 外4名
    弁護人 佐伯静治  外2名

検察官 富田孝三

■ 主 文
■ 理 由


 原判決中有罪部分を破棄する。
 本件公訴事実中第一の(三)の点につき被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明は無罪。
 同第一の(四)の点につき被告人等は無罪。
 同第二の点につき被告人佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明は無罪。
 検察官の本件控訴を棄却する。


[1] 本件各控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事寺沢真人提出の札幌地方検察庁岩見沢支部検察官検事天野三三作成名義の控訴趣意書ならびに弁護人佐伯静治、同林信一、同南山富吉提出の同弁護人等共同作成名義の控訴趣意書(1頁13行目に「第三の事実に適して」とあるのを「第三の事実に適用して」、2頁8行目に「第225条4号」とあるのを「第225条3号」、9頁3行目に「第5号」とあるのを「第4号」と各訂正)にそれぞれ記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、右弁護人等共同作成名義で提出の答弁書に、弁護人の控訴趣意に対する答弁は、検察官検事寺沢真人提出の答弁書(答弁書の加除訂正補遺申立と題する書面を含む)に各記載のとおりであるから、いずれもここに引用する。
[2] 原判決が本件公訴事実中第一の(一)および(二)の各事実につき、この点に関する証人後藤健治の原審公判廷における供述(以下後藤の証言という)や同人の検察官に対する第1回ないし第4回供述調書(以下後藤の供述調書という)中の各供述部分は信憑性をかき、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、結局、犯罪の証明が十分でないとして無罪を言渡していることは原判文に徴し検察官所論のとおりである。
[3] そこで按ずるに、原審第1回公判調書中被告人等5名の各供述記載、被告人佐藤正太郎の検察官に対する昭和34年5月23日付供述調書および司法警察員に対する同月21日付供述調書、被告人佐藤幸男の司法警察員に対する供述調書、領置してある代表委員会議事録綴(原審証22号)および第17回臨時大会議事録(同上証30号)によれば、被告人等は、いずれも昭和34年4月30日施行の美唄市議会議員選挙の前後、三井美唄炭鉱労働組合(以下組合という)の執行機関を構成する役員であつて、被告人西鳥羽米一は執行委員長、同佐藤正太郎は副委員長、同佐藤幸男は書記長、同佐々木正明は組織部長、同鎌田茂士は教宣部長の職に就いていたものであるが、組合では昭和30年頃から地方議会議員選挙に際し、労働者の利益代表を多数当選させる方策として組合機関の議決を経て、組合員の中から立候補する者の数を制限したうえ、これをいわゆる統一候補として推薦し、その選挙運動を推し進めることとしていたことから、前記美唄市議会議員選挙に際しても右の方法をとり、その結果、昭和34年2月6日の代表委員会および同月8日の臨時大会において、組合の下部組織である地区委員会から1名宛選出された計6名の候補者を統一候補として確認決定し、ようやく選挙体勢をととのえるに至つたところ、その後、被告人等組合幹部は、組合員である後藤健治が右統一候補の選に漏れたのにもかかわらず組合の企図に反し独自の立場で立候補しようとしていることを知つたことから、組合所期の目的を達するためにもこれを放任するを得ないものとして、後藤に対し、組合の方針に従つて立候補を断念するよう再三にわたつての説得を試みたことの事情を認めるに十分である。そしてかかる事情のもとになされた説得は、後藤にとつてもまた重大な関心事とされなければならないことおよびその回数に鑑みると、原審証人国藤昇や同吉田清治等の各証言等に対比してみるまでもなく、後藤の証言や供述調書の内容自体に徴し、原判示説示のように、その各供述には多少のくいちがいや誇張ないし独断的に要約したとみざるを得ない部分はあつても、全体的にはもとより本件公訴事実第一の(一)および(二)の点に関して、同人が他の場合と混同し、あるいはことさら架空の事実をねつ造して全く事実無根のことを供述しているものとは認め難く、したがつて、右の点に関する同人の供述部分をもつていちがいに信憑性がないものと断ずべき筋合はない。このことは、後藤が証人として当審公判廷で供述するところに照しても否定し得ず、弁護人の答弁書中これと異なる所論は採用し得ない。すなわち、これ等後藤の供述を総合すれば、まず、右公訴事実第一の(一)の点につき、昭和34年3月29日頃美唄市字美唄1534番地所在の三井美唄鉱業所労働会館において、後藤が被告人佐藤幸男と面談した際、同被告人から「執行部には起案権と執行権があるからどのようにもできる、妻子を泣かせたり行李を背負つたりした人があつたじやないか。」といつたことを申向けられたことは否めない。しかし、ひるがえつて、右面談の経緯や内容を原審証人西飯弘三の証言に徴して検討すると、西飯と後藤とは本件当時いずれも社会党に属し、党においては、組合で決定した統一候補を推すこととなつていたので、西飯としては、後藤が組合の決定に反して立候補することは、党の決定にも反することとなり、ひいては党から除名されるようになつては、同人の政党人としての破綻となることを気遣い、同人と屡々話合つているうち、同人が組合の決定した統一候補の推薦基準としての任期中定年退職となる者は原則として除外することに不満があることを知り、党の長老の意を受けて、そのことであれば、被告人佐藤幸男も社会党に属するところから、右事情に明るい同被告人に頼んで、同じ党員という立場で同被告人と後藤との話合いの場を持つて事を円満に解決するにしくはないと考え、その会合の場所も組合とは異なつた前記会館を選んで話合いの仲介の労をとつたのであるが、本件当時組合の政治局員であつた後藤としては、組合の右基準が局員を無視してのものであることの不満が先に立ち、かえつてこの点で同被告人を責問するような態度に出たため、同被告人としては、その説明として起案権に触れたにすぎないものであつて、あるいはその間統制権、したがつて妻子云々の言葉が交されたとしても、それはむしろ右説明のために使用されたにほかならないものであつたと解されなくもないので、被告人佐藤幸男は、後藤の供述にもかかわらず、本件公訴事実第一の(一)のような威迫の所為に出たものとは認め難く、結局、この点についての原判決の無罪判断には誤認がないことに帰するものとせざるを得ない。しかしながら、右公訴事実第一の(二)については、後藤の証言や供述調書によれば、昭和34年4月2日頃美唄市字美唄1040番地所在の組合の事務所(執行委員長室)において、後藤がその友人でもある被告人佐藤正太郎と面談し、同人から立候補のことを思い直してくれるよう話されていたが、その間被告人佐藤幸男や同佐々木正明もこれに加わつてきて、たまたま被告人佐藤正太郎が電話で席をはずすや、被告人佐藤幸男、同佐々木正明の両名から急に語気強く「明日代表委員会がある」、「とにかくはつきりしてくれ。」、「組合の決定に従わない場合は機関にかけて処断する、お前もこれまで永年組合幹部をやつていて労働組合の強さを知つているだろう、妻や子供を泣かせるな。」、「こんなものと話合つても駄目だ、明日機関にかけて処断するより仕方がない。」旨交々申し向けられたことを供述(右各発言者は公訴事実のように必ずしも特定し得ないが、それが被告人佐藤幸男、同佐々木正明両名であることに変りはない)しているのであり、これに、前記被告人佐藤幸男と後藤の面談の経緯や領置してある第118回代表委員会議事録抜粋(原審証第29号)により昭和34年4月3日右代表委員会が開催されていて、右委員会において後藤が組合の決定に反して立候補する事態にあることやそういう事態にならないよう執行部において最善の努力をすること等が論議されていることが明らかであること、また、領置してある手帳(原審証第3号)により被告人佐々木正明は右委員会のための準備として後藤が立候補を断念するか否かについての態度表明に緊急の関心を抱いていたことがうかがわれること等の諸事情を合せ考えると、被告人佐藤幸男や同佐々木正明において右2日には後藤とは会つていない旨各供述し、原審証人佐藤正太郎もこれに添う証言をしているとはいえ、右被告人等は、右公訴事実第一の(二)に添う所為に出たものと認めざるを得ない。したがつて、原判決にはこの点で誤認があるものというべきであるが、被告人等の右所為は後に説示する如く、その違法性をかき、犯罪が成立しないので、右誤認は判決に明らかな影響をおよぼさないことに帰し、結局、検察官の事実誤認の論旨は理由がない。
[4] 原判示第一ないし第三の罪となる事実は、原判決挙示の各関係証拠によつて認めるに足りる。原判示第一の事実中被告人西鳥羽米一が後藤に対し、「どうしても立つなら除名ということもあるだろう、組合の機関決定に従わなかつたときはどうなるかは組合の指導者だつた後藤さんにはよくわかつている筈ではないか。」と発言したのは、「もし、立候補したら組合としてはどうするのか。」との後藤の問いに対し吐かれたものであり、その際被告人佐藤幸男や同佐々木正明にはその場にいなかつたとしても、右発言によりかなり緊迫した雰囲気になつた間、隣室で待機していた右被告人両名が加わり、さらに、後藤に対し、被告人佐々木正明が「自由立起する理由をはつきりしてくれ、われわれは機関に報告しなければならないんだ。」等申向けて、暗に、立候補する場合は組合の統制を乱したものとして組合規約により処分されることがある旨を示し、被告人佐藤幸男もこれに同調するような発言をしたというのであるから、原判決がその証拠説明の項で説示する本件会談の持たれた時の背景を勘案すると、本件被告人等3名は、後藤との最後的会談としてその立候補を翻意させようとしたあまり、互に意思相通じて敢えて本件言動に出たものというべく、これにつき右被告人等に共謀がなかつたとは解されず、また、右言動をもつて威迫に当らないとはなし得ない。従つて、この点での弁護人の所論は採用し得ない。また、原判示第二および第三についても、原判示機関紙「流汗」の配布や権利停止処分の通告ないし公示が後藤の自由立起自体にあるのではなく、同人が組合の統一候補決定の一連の作業に直接に参与し、同意しながら、組合規約に定められた手続も経ずに独自の行動をとり、組合の団結を乱し、ひいては組合の目的に違背するという反組合的統制違反行為を対象としてなされたものであること所論のとおりであるにせよ、それが後藤の自由立起に関連することは明らかであり、これによつて本件選挙に関し後藤を組合との特殊の利害関係を利用して威迫したことに何等消長をきたすべきものではないから、原判決が原判示第二および第三の各所為は後藤の自由立起自体を処分の対象とするものとして説示しているとしても、それは右各所為が正当行為であるとする原審弁護人の主張に対する判断の前提としてのものであり、そして、その当否は暫く措いても、このゆえをもつて、原判決には判決に明らかな影響をおよぼす事実誤認があるものとは解されない。従つて、この点での弁護人の所論もまた採用のかぎりでない。
[5] 弁護人の控訴趣意第一点の原判決には法令の解釈適用の誤があるとの主張について原判決が、一般論としては、組合〔員〕が組合の統制を乱す行為に出た場合には、たとえそれが政治活動に関するものであつても、組合はその組合員に対し統制権を発動し得るものとしつつも、立候補の自由を保障することは選挙の自由公正を維持する上で非常に重要なことといわなければならないとの見解の下に、労働組合は組合員の公職選挙に立候補する自由を拘束し得ないものと解すべきであり、従つて或る組合員が組合の統一候補選出決定に反して独自に立候補し或いは立候補しようとすることに対しては、その組合の統制権はおよばないというべきであるから、これを理由に当該組合員を統制違反者として処分することは違法であるとし、これを原判示第二および第三の事実に適用して、右各判示の後藤に対する統制処分の予告ないし処分行為はいずれも公職選挙法225条3号にいう威迫にあたると判断し、この点に関する原審弁護人等の右各所為をもつて組合の処分として正当なものであるとの主張を排斥していることは弁護人所論のとおりである。
[6] そこで按ずるに、労働組合は、組合員たる労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体であり、その目的をより十分に達成するための手段として、その必要な限度において、政治活動を行うことが容認されており、その団体であることの性格上組合員に対しては統制権をもつことも当然のこととされるのであるが、そもそも、憲法上その団結権を保障する所以のものは、労働者が契約自由の原理のもとにおいては、到底使用者と対等の立場に立つて交渉することができない事実に着目し、使用者と対等の立場に立つことができるようにしようとする趣旨にほかならないことに鑑みると、組合員がもつ国民として国家活動に参加する地位ことに公職選挙に立候補する自由は、直接選挙活動を目的としない労働組合にあつては、その団体性から生ずる多数決原理による決議をもつてしても拘束し得ないものと解すべきである。従つて労働組合が立候補の自由を規制した場合において、これに反し立候補しまたはしようとする組合員に対しては通例統制権はおよばないものと一応いい得るのであり、この限りにおいて、原判決のこの点に対する判断は妥当とされる。
[7] しかしながら、労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ実に組合の生存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考えると、労働組合が右目的達成のための必要性から統一候補を立てるような方法によつて政治活動を行うような場合、その方針に反し、組合の団結力を阻害しまたは反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合の統制権が何等およばないとすることは労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見解ともいい難い。
[8] これを本件についてみるに、本件組合は、炭鉱労働者をもつて構成され、組合所在の美唄市は、人口約9万人のうちその9割が本件組合その他の組合の炭鉱労働者と家族を中心とするいわゆる炭鉱都市であり、かつ、炭鉱労働者の殆どは集団住宅に居住しているので、美唄市における社会、教育、衛生等の諸施設の炭鉱労働者の日常の経済生活におよぼす影響は他都市、他産業の比ではないこと、このことからも、労働組合が中心となつて、いわゆる革新議員を通して学校設備、保育設備、道路等の施設の面で、まず炭鉱労働者住民の福祉向上の実現に努力してきたとはいえ、右議員の数的劣勢はまだ勤労者市民の利益のための政策遂行が困難な状態にあるものとして、組合が市政に大きな関心をもち、美唄市会議員選挙においても、なお、多数の右議員を選出する方策を立て、かつ、それを必要としたのは十分意味のあるものであつたこと、その方策としては、昭和30年頃から組合員の中から立候補する者の数を制限してこれをいわゆる統一候補として推薦するにあつて、これにより立候補の乱立を防ぎ、その実効を収めていたことから、本件選挙に際しても、この方策がとられたこと、このことは、後藤が代議員として出席した第16回臨時大会においてすでに論議されていること、かようにして、昭和34年2月6日の代表委員会および同月8日の臨時大会において、組合の下部機関である地区委員会から選出された6名の候補者が統一候補として確認決定されたのであるが、これよりさき、後藤は、前回の市会議員選挙においては組合における統一候補推薦の制度を認め、対立者であつた吉田清治にその推薦候補となることの辞退を働きかけ、その辞退により、事なく統一候補の決定確認を得て当選したものであるが、本件選挙に際しても、右制度に従うべく、その所属の第3地区委員会を経て、まず候補として推薦されることの手続をとつたところ、他に2名の対立者がいて譲らず、昭和34年1月28日右地区委員会での選考の結果、他の1名が統一候補に推薦され、後藤はその選から漏れるに至つたこと、ところで、本件選挙の立候補については、任期中定年退職となる者は原則として推薦しないことが基準の一つとされていたことから、これに該当する後藤としては、右選に漏れたのはそのゆえと思わぬでもなかつたが、右翌日右地区委員会の委員長国藤昇等から同地区委員会では、任期中定年退職者の基準は原則というにとどまるから、それにはかかわりなく選考したが選に漏れたものである旨(事実右選考は、右基準を度外視して行われていること)の報告を受けて、右地区委員会の決定には不満はない旨答え、また、前記2月8日の臨時大会の際にも、書記長佐藤幸男との間で質疑応答を交え、結局、同書記長から「定年ということは原則論であつて、任期中定年となる者でも地区委員会から推薦されて出てくれば組合としては受入れる考えである。」旨の説明を受けたにもかかわらず、なお、右基準の不当を云為し、政治活動の自由を盾として独自の立場から自由立起を図るに至つたこと、翻えつて、後藤は、昭和16年12月以降昭和34年12月頃まで三井美唄鉱業所に勤務し、その間昭和21年頃から27、8年頃まで組合の財政部長に、昭和30年頃からは組合の代表委員会委員、大会代議員等の要職に就いていたものであること、一方、組合幹部である被告人等としては、後藤が一旦組合の決定に従つて統一候補となることを表明しながら、その選に漏れるや独自の立場で組合の決定を無視して立候補しようとするのを知つては、たとい、立候補の自由を阻害し得ないものとしても、そのゆえにそのままこれを放任することは、統一候補を立てて選挙活動を推進し、多数議員を獲得することにより組合員の経済的地位の向上を達成しようとする組合の目的を阻害させる結果ともなり、また、団結を乱すことともなつて、その鼎の軽重を問われることも考慮に容れ、極力後藤を説得してその自由立起を断念させようとし、当初は後藤の知人等有力者等がこれに当つていたが、後藤は容易に応ずることなく、かえつて、その説得に反抗を抱き、本件選挙告示の日の前日である同年4月17日に至つて、いよいよ自由立起のことを明らかにしたので、ついに説得することを諦め、むしろ、一般組合員に後藤の自由立起の経緯を示して選挙における混乱を防ぐべく、原判示第二の「流汗」を多数部刊行し、その1枚を後藤に配布し、本件選挙終了後の同年5月10日において原判示第三のように後藤に対し1年間組合員としての権利を停止するとともにその旨を山内公示することを通告し、さらに翌11日公示書を同判示のように掲示してこれを後藤に知らしめるに至つたこと、そして、右各所為がそれぞれ組合の決定にもとづくものであり、右処分は、後藤が組合の「規約および決議に従い、機関の統制に服する義務」に違反したことにより、「組合の統制を紊しまたは労働者の階級的利害を裏切つた」ものとして組合規約47条8項、56条にもとづいてなされたものであること、そして、それが後藤の自由立起を対象とするということよりも、組合機関の決議、決定に反して立起したことをむしろ重要視したものであつたこと(右「流汗」や公示書の記載内容からもうかがわれる)等以上の諸事情は、原判決挙示の証拠に加えて原審証人渡辺浩、同柏女義雄、同馬場春雄、同吉田清治の各証言や被告人佐藤幸男の当審公判廷での供述組合規約(原審証第1号)を総合することによつて認めることができる。これ等諸事情を彼此勘案してみると、本件選挙に関しての組合の選挙活動は、組合本来の目的達成にも極めて必要なものであることが認められるし、そのためにとられた組合における統一候補推薦の制度は、一般的には立候補の自由を制限するものとはいえ、組合の自主性に鑑み、いやしくも、組合員として自ら組合の意思形成に参加し、組合の右制度に従うことを表明し、一旦これを利用しようとした後藤としては、この限りにおいて立候補の自由を自らの意思で抛棄したものと解されなくもない一方、本件と同様の前回の選挙に際しては、右制度に従い統一候補となつて当選しながら、今回右制度による統一候補の選から漏れるや、ただ立候補したいという以外には特段の理由もなく、敢えて独自の立場で立候補しようとし、また立候補したのであるから、その態度、行動は組合の団体性から考えて、組合として、これを組合に対する背信行為とみたのは十分首肯できるところであつて、かかる後藤の行為に組合として統制権を発動することは、その統制処分の内容が必要の限度を超えないかぎり許さるべきものとするのが相当である。してみると、後藤が前記の事情で立候補したのに対し、これをそのまま放任することは組合の秩序を乱すものとして、その統制違反を対象としてなされた原判示第二の統制処分の通告は前説示の事情にもよるものであり、また、同判示第三の処分も、組合員の資格従つてまた会社員たるの地位を失わしめるような除名の如きものではなく、1年間組合員としての権利を停止するという内部的措置にとどめ、その通告ないし山内公示をしたにすぎないから、これ等処分の態様、程度からみても、組合の組合員に対する措置として決して不当なものとは認め難いし、さらに進んで、按ずるに、右統制処分に対する一連の前提をなす本件公訴事実第一の(二)および原判示第一の各所為もまた単なる説得では敢えて応じようとしない態度にあつた後藤に対してなされたものであるが、もとより暴力等の過激な行動によるものではなく、ことに後藤は永く組合の幹部ではあり、組合の事情はよく知つていたものと認められるうえに、妻子を泣かす云々のいわゆる江の島事件の経緯はむしろ組合の合言葉の観さえあることが記録上うかがわれることに徴すると、説得の前後にかかる事例を出し、或は後藤が組合幹部の苦衷を知れば翻意するものとして「組合の指導者だつた後藤さんにはよくわかつている筈ではないか。」の発言があるのは当然であり、これに加えて、「機関にかけて処断する。」とか「除名ということもあるだろう。」等の発言があり、これによつて後藤に多少不安の念を生ぜさせるところがあつたからといつて、前記諸事情のもとにおいて、一旦組合の決議、決定に従う意思を表明していた後藤に対するものであつてみれば、かかる程度の発言もまた被告人等それぞれの立場からやむを得ざるに出たものとして必ずしも不当なものとも解されない。
[9] 以上の次第で、原判決が有罪と認定した部分は、いずれもその違法性をかき犯罪が成立しない(本件公訴事実中第一の(二)も同様)ものというべく、検察官の答弁書中右と見解を異にする所論は本件にあつては採用し得ない。結局、弁護人の論旨はこの点で理由がある。

[10] よつて、検察官の控訴はその余の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断を俟つまでもなく理由がないことに帰するので刑事訴訟法396条により棄却することとするが、弁護人の本件控訴は理由があるので同法397条により原判決中有罪部分を破棄し、同法400条但書に従いさらにつぎのとおり自判する。
[11] 本件公訴事実中第一の(三)、(四)および第二(原判示第一ない第三に対応する部分)は
 被告人等はいずれも三井美唄炭鉱労働組合の執行機関を構成する役員であつて、被告人西鳥羽米一は執行委員長、同佐藤正太郎は副執行委員長、同佐藤幸男は書記長、同佐々木正明は組織部長、同鎌田茂士は教宣部長をしていたものであるが、昭和34年4月30日施行の美唄市議会議員選挙に際し
第一、被告人等は予て同組合が組合の統一候補者を選出して支持することに決定したところ、右統一候補に非ざる同組合員後藤健治が同選挙に立候補する意思があることを知り、同人の立候補の決意を飜えさせようとしたがこれに応じないため、同人に対し組合の統制を紊したものとして組合規約により処分する意図を示して威迫を加え立候補を断念させようと考え、
(三) 被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明の3名は共謀の上、同年4月17日美唄市字美唄1040番地所在前記組合事務所において前記後藤健治に対し、被告人西鳥羽が「お前も永らく組合の幹部をやつていてどうなるか覚えているだろう」「どうしても立つなら除名を考えている」と申向け、さらに被告人佐藤幸男が「お前どうして従わないんだ、俺ら機関に報告しなければならないんだ」といい、被告人佐々木は「どうして妻子を泣かせなきやならないんだ」とこもごも申向け
(四) 被告人西鳥羽米一、同佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明、同鎌田茂士の5名は共謀の上、同年4月17日同組合機関誌「流汗」(同日付企反8号)に、後藤健治君は組合の機関の決定に服さないで今次斗争に自由行動をとる意思表示をした、それで同君には統制違反者として組合規約の定めにより処分の規定が適用されることを全組合員と家族に公示する。なお組合機関の決定を無視する行動者は当然厳重処断されることを附記する旨の右後藤を威迫する内容の記事を掲載して、これを同日美唄市南美唄町三井下3条4丁目右4号の後藤健治方に配付せしめ
 もつてそれぞれ右選挙に関し候補者たらんとする組合員後藤健治に対し、前記組合と組合員との特殊な利害関係を利用して威迫し
第二、被告人佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明の3名は共謀の上、同年5月10日前記組合事務所において、前記選挙に立候補し当選した組合員後藤健治に対し、同人が右選挙に立候補したことは組合の統制を紊したものとし、今後1年間組合員の権利を停止し、これを山内公示する旨を通告するとともに、翌11日同事務所前掲示場の外7ケ所に、後藤健治に対する前記処分の内容を記載した同組合執行委員長名の公示書を掲示し、もつて右選挙に関し当選人である後藤健治に対し前記組合と組合員との特殊な利害関係を利用して威迫したものである。
というにあるが、右各事実が違法性をかき犯罪が成立しないこと前段説示のとおりであるから、刑事訴訟法404条、336条により右公訴事実につき、主文掲記のとおり当該被告人に対し無罪を言渡すべきものとする。

(裁判長裁判官 矢部孝  裁判官 中村義正  裁判官 萩原太郎)

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