宗教法人オウム真理教解散命令事件
抗告審決定

宗教法人解散命令に対する抗告事件
東京高等裁判所 平成7年(ラ)1331号
平成7年12月19日 第7民事部 決定

抗告人 宗教法人オウム真理教
    右代表役員      松本智津夫
    右代表役員代務者   村岡達子

相手方 東京高等検察庁検事長 土肥孝治
相手方 東京都知事      青島幸男

■ 主 文
■ 理 由


 本件抗告を棄却する。

[1] 本件抗告の趣旨は、
「原決定を取り消す。相手方らの申立をいずれも棄却する。」
との裁判を求めるものであり、抗告の理由の要旨は、次のとおりである。

[2] 原審は、抗告人の代表役員麻原彰晃こと松本智津夫(以下「松本」という。)の指示又は承認の下に、抗告人の組織的行為として、サリン生成プラントを建設し、これを稼働させて人を殺すこと以外に使途のないサリンを生成した殺人予備行為が、宗教法人の解散事由を定めた宗教法人法81条1項1号、2号前段の規定に該当するとして、抗告人の解散を命ずる決定をした。しかしながら、抗告人は、サリン生成のプラントを建設してサリンを生成したことはない。抗告人が第7サティアンと称する建物(以下「第7サティアン」という。)内に建設された化学プラント(以下「本件プラント」という。)は、サリン生成のプラントではなく、農薬であるDDVP生成のプラントである。

[3] 仮に、本件プラントがサリン生成のプラントであるとしても、これは村井秀夫(以下「村井」という。)ら一部の幹部信徒が独断で建設したものであって、抗告人の代表役員松本もその他の責任役員も関与していないから、本件プラントの建設が抗告人の行為であるとはいえない。松本も責任役員らも村井らから本件プラントはDDVP生成のプラントであると聞いていたものである。

[4] 本件プラントは、サリン生成のプラントとして未完成であり、かつ、構造上の欠陥があって、サリンの生成は客観的に不可能であるから、サリンの生成を企てた村井らの行為は、法律上、不能犯ないし殺人の予備の予備の段階にすぎないものである。

[5] 村井らには人を殺害する目的もない。村井らのサリン生成の目的は、殺人ではなく、第一次的に、当時抗告人が外部から毒ガス攻撃を受けており、かつ、将来の世界戦争において、外部勢力から毒ガス攻撃を受けることが予知されたため、その防衛に役立てることであり、第二次的に、教化していたその部下の出家信徒400人に対するマハームドラー(密教の修行方法であり、これを成就すると「輪廻」と「解脱」を不二のものと悟ることができるという。)を模擬させることである。

[6] 抗告人には約1500人の信徒が所属しており、抗告人に対する解散命令は、右信徒の憲法13条及び20条の各規定により保障された権利を侵害するものである。

[7] 抗告人は、現在、松本に代わる代表役員代務者村岡達子の下に、教義をひろめ信徒を教化育成するという宗教法人法所定の目的を忠実に守って、統率のとれた宗教法人として活動を継続し、善良な市民の信教の場所として健全な状態に改善されている。刑事事件の被疑者となった一部信徒を除名し、指名手配を受けた信徒等に対し自首を勧告し、これを実行させるなど、捜査にも協力しているし、山梨県に対し、第7サティアン等の管理の委託を上申するなど、信仰生活に必要のない施設を放棄することも決意している。したがって、抗告人によって公共の福祉が害されることはないから、抗告人に対する解散命令は許されない。

[8] 原決定は、抗告人に十分な立証の機会を与えないでなされたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 抗告人の組織及び松本の地位(甲第1ないし同第3号証、同第30号証)
[9](一) 抗告人は、
「主神をシヴァ神として崇拝し、創始者松本智津夫(別名=麻原彰晃)はじめ真にシヴァ神の意志を理解し実行する者の指導のもとに、古代ヨーガ、原始仏教、大乗仏教を背景とした教義をひろめ、儀式行事を行い、信徒を教化育成し、すべての生き物を輪廻の苦しみから救済することを最終目標とし、その目標を達成するために必要な業務を行う。」
ことを目的として、平成元年8月29日に設立された宗教法人である。主たる事務所を肩書住所地に、従たる事務所を静岡県富士宮市人穴字下広見○○番○にそれぞれ置き、平成7年3月当時において、国内に24か所の本部又は支部を、国外に4か所の支部をそれぞれ設けている。
[10] 同月当時において、抗告人に所属する出家信徒の数は約1400人、在家信者の数は約1万4000人である。
[11](二) 抗告人の代表役員は、設立以来現在まで松本である。
[12] 抗告人の規則(宗教法人「オウム真理教」規則)によれば、代表役員は9人の責任役員の互選により選任され、抗告人を代表し、その事務を総理する権限を有するものとされ、代表役員以外の責任役員は信徒及び抗告人に在籍する大師のうちから総代会の議決を得て代表役員が選任し、総代会を組織する総代は信徒及び右大師のうちから責任役員会の議決を得て代表役員が選任するものとされ、信徒とは抗告人の教義を信奉する者で、代表役員の承認を受けたものとされ、大師とは抗告人の教義を信奉する者で、信徒を正しく指導することができると代表役員が認めたものとされている。
[13] このように、抗告人においては、規則上、責任役員、総代、信徒及び大師のいずれについてもその選任を代表役員の意思にかからしめて、代表役員である松本が、すべての人事権を握り、抗告人の組織を全面的に掌握・支配しうる体制となっている。
[14](三) 松本は、右規則上の機関とは別に、従前、「建設部」「法務部」「真理科学技術研究所」等の内部組織を編成していたが、平成6年6月ころ、自らを「神聖法皇」と称して、国の行政組織を模した省庁制を導入し、「科学技術省」「厚生省(後に「第一厚生省」と「第二厚生省」に分けられた。)」「建設省」「自治省」「治療省」「大蔵省」等合計約22の省庁等を設置し、以後、信徒の村井を「科学技術省」大臣に、信徒の土谷正美を「第二厚生省」大臣に、信徒の岐部哲也を「防衛庁」長官に、信徒の早川紀代秀を「建設省」大臣に、責任役員の新實智光を「自治省」大臣に、信徒の中川智正を「法皇内庁」大臣に、信徒の林郁夫を「治療省」大臣に、責任役員の石井久子を「大蔵省」大臣に、信徒の滝澤○○、藤永○○、渡部○○及び冨樫若○○をいずれも「科学技術省」次官に、信徒の岡田○○及び池田○○をいずれも「建設省」次官に、信徒の中村○及び杉本○○をいずれも「自治省」次官に、それぞれ任命するなど、各省庁の大臣、長官、次官等を任命していた(以下、これらの者はいずれも姓のみで表示する。)。

2 第7サティアン及び本件プラントの状況(甲第6号証、原審の検証の結果)
[15](一) 抗告人は、全国各地に多くの礼拝、修行用の土地建物及びその他の土地建物を管理・所有しているが、特に山梨県西八代郡上九一色村富士ケ嶺地区内には、抗告人が第1ないし第12サティアンと称する大規模な建物、倉庫、ヘリポート等の関連施設並びに抗告人が第1上九ないし第7上九と称する広大な土地及び他の土地を所有している。また、同地区内には、松本が代表取締役である株式会社オウム及びその他の関係会社も土地を所有している。
[16](二) 抗告人が第3上九と称する土地には、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建ての間口19.8メートル、奥行き27.5メートル、高さ12.93メートルの建物である第7サティアンと抗告人がクシティガルバ棟と称するプレハブ建ての建物(以下「クシティガルバ棟」という。)とが隣接して建設されており、第7サティアン内には、多数の機器、配管等によって構成された,極めて複雑、大規模な化学プラントである本件プラントが建設されている。
[17] 本件プラントは、第7サティアン内部の大部分を占めるが、大別すれば、後記メインプラント、電解プラント及びNNジエチルアニリン生成用プラントに分けられる。このうち、メインプラントは、反応器を単位として区分すると第1から第5まで5つの工程からなり、各工程にそれぞれに1基又は2基1組の反応器が設置されているほか、原料タンク、生成物の貯蔵タンク、遠心分離器、蒸留塔等が組み合わされており、これらの機器類は配管によって接続されている。
[18] 第1工程から第4工程までの装置は、主として第7サティアン内の1階から3階までの吹き抜け部分にあるが、第5工程の反応器と貯蔵用容器のある場所及び充填装置のある場所は、第1工程から第4工程までの装置のある場所とは壁で区画され、壁の継ぎ目をアルミ様粘着テープで目張りされ、隙間に充填剤が詰められ、ハッチ式の扉が設けられるなどして機密性の高い部屋となっており、出入口にはシャワーが設けられている。
[19] 電解プラントは、主として第7サティアン3階の一部に、NNジエチルアニリン生成用プラントは、前記吹き抜け部分の一部及び1階の一部にそれぞれ設置されている。また、2階には、本件プラントを電気制御により管理、作動させるためのコントロールルームがあり、多数のモニター、コンピュータ等が置かれている。
1 サリン生成の計画等(甲第4号証、同第7号証、同第13号証、同第27号証、同第31号証)
[20](一) 松本は、かねてから、信徒に対し、いわゆるハルマゲドンの到来や毒ガス攻撃等の予言と説法を行う一方、その教義・思想を実現するため、一部の信徒を使って毒ガスを大量に生成し、これを散布して多数人を殺害することを計画し、村井を毒ガス大量生成計画の総括責任者としたうえ、平成5年3月ころ、同人を介して、大学院で化学を専攻した土谷に対し、毒ガスの大量生成についての各種研究及び開発を指示するとともに、そのころ、新實に指示して、大学薬学部出身の信徒の長谷川○○(以下「長谷川」という。)に、毒ガス生成用の化学薬品購入のためのダミー会社である長谷川ケミカル株式会社及び株式会社ベル・エポック(以下「ベル・エポック」という。)を設立させた。また、松本は、同年3、4月ころ、早川に対し、毒ガス生成プラント用の建物として第7サティアンを建設するよう指示し、同年9月には、岐部に対し、毒ガスを空中から散布するために必要なヘリコプターの操縦免許を米国で取得するよう指示し、早川に対し、大型ヘリコプターを購入するよう指示した。
[21](二) 土谷は、右指示を受けて、毒ガスであるタブン、サリン、ソマン、VX等に関する文献等を検討し、殺傷能力、原料入手の容易性、生成工程の安全性等を考慮して、生成対象にサリン(化学名―メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル)を選定し、その旨を村井に報告した。
[22] サリンは、自然界には存在しない人工の有機リン系化合物であり、生物の神経系を侵す神経ガスの一種であって、人を殺害すること以外に用途はない。人体には、口、呼吸、皮膚等全身の体表面のいずれからも侵入し、極めて迅速に作用して人を死に至らしめ、少量でも非常に広範囲の地域に拡散して多数の人を殺害することができるものであり、休息中の人を対象とした場合、1立方メートル当たり100ミリグラムのサリンが存在すれば1分間で半数が死亡し、穏やかな作業をしている人を対象とした場合、1立方メートル当たり70ミリグラムのサリンが存在すれば1分間で半数が死亡するといわれているものである。
[23](三) 村井は、土谷からの右報告を受けて、サリンを1日2トン生成する能力のある化学プラントを建設し、同プラントにおいて合計70トン生成することを計画し、松本の了解を得たうえ、同年9月ころ、滝澤に対し、土谷の指導の下に右サリン生成用の化学プラントの設計を行うよう指示するとともに、岡田、藤永ら数名を滝澤の下に配属し、同年10月中旬ころ、信徒の佐々木○○○、森脇○○、寺嶋○○らを土谷の下に配属し、医師であり化学知識のある中川を土谷の協力者として関与させ、また、事故時の救護担当者とした。

2 第7サティアンの建設(甲第6号証、同第27号証)
[24] 早川は、平成5年3、4月ころ、「建設省」の前身である「CBI」と称する組織に所属する信徒に、第7サティアンの建設の準備を指示し、抗告人名で用途を事務所として建築確認を得させたうえ、同年7月末ころからCBI所属の信徒に建設工事を行わせて、同年9月中旬ころ、これを完成させた。そして、所轄消防署係員による同建物への立入検査の終了を待って、同年10月ころ、CBI所属の信徒に、2階及び3階の床の一部を撤去して本件プラント用の吹き抜け部分を設ける等の改造工事等を行わせた。さらに、早川は、同年8月ころ、松本から指示を受けて、CBI所属の信徒に、土谷がサリン生成の実験を行うための建物として、クシティガルバ棟を建設させた。

3 サリン生成工程の確定(甲第8号証、同第10号証、同第27号証)
[25] 土谷は、平成5年6月ころから、本格的にサリンの大量生成のための基礎実験等を繰り返し、同年8月ころ、プラントによるサリンの大量生成を前提とした合計5つの工程(第1工程は亜リン酸トリメチルの生成、第2工程はメチルホスホン酸ジメチルの生成、第3工程はメチルホスホン酸ジクロライドの生成、第4工程はメチルホスホン酸ジフルオライドの生成、第5工程はサリンの生成。以下、この工程に基づくサリン生成プラントを「メインプラント」という。)からなるサリン生成工程を確定し、これに基づき、同年11月初旬ころ、クシティガルバ棟において、標準サンプルとして、サリン約20グラムを生成した。

4 サリンの原料等の大量購入(甲第13号証、同第17号証、同第20号証、同第21号証、同第27号証)
[26](一) 新實は、平成5年8月ころ、長谷川に対し、サリン70トンの生成に必要な原料等の具体的な購入計画を立案するよう指示し、長谷川は、右計画を立案して新實の了承を得たうえ、以後、ベル・エポックを通じて、薬品販売会社から、多数回にわたり、メタノール(第1工程の原料)、NNジエチルアニリン(第1工程の反応促進剤)、Nヘキサン(第1工程の溶媒)、3塩化リン(第1工程の原料及び第3工程の5塩化リン生成の原料)、ヨウ素(第2工程の触媒)、5塩化リン(第3工程の原料)、フッ化ナトリウム(第4工程の原料)、イソプロピルアルコール(第5工程の原料)等を購入したが、平成6年2月ころには、その購入総量が大量となったため、目立つことをおそれて、新實の指示により、ベル・エポック名義での購入を中止し、同年3月、新たに、ダミー会社として、信徒の田端○○を代表取締役とするベック株式会社を設立し、以後、同社を通じてサリンの原料等を購入した。
[27](二) このようにして関係会社を通じて購入したサリンの原料等の量は、メタノール約90トン、NNジエチルアニリン約50トン、Nヘキサン約60トン、3塩化リン約180トン、ヨウ素約600キログラム、5塩化リン約1トン、フッ化ナトリウム約42トン、イソプロピルアルコール約54トンに及び、その代金総額は、約1億2000万円であったが、長谷川は、新實又は滝澤を介して松本らから現金を受領し、これを薬品販売会社の預金口座に送金するなどの方法で右代金を支払った。
[28] 長谷川は、サリン生成の原料等のほか、サリンの解毒剤であるパム(PAM)等も購入した。

5 本件プラントの設計及び建設(甲第8号証、同第11号証、同第12号証、同第27号証、同第31号証)
[29](一) 滝澤は、平成5年9月ころから、サリンを生成するため、本件プラントの建設に必要な機器、機材類に関する情報を収集し、村井及び土谷の指示の下に、同年11月ころ、経済性の観点等から、第1工程の副生成物であるジエチルアニリン塩酸塩をNNジエチルアニリンに生成する工程を第1工程の付属プラントとして設置することを決定するとともに、第3工程の原料である5塩化リンを大量に購入することが困難であることを考慮し、塩化ナトリウム水溶液を電気分解して塩素を生成する装置である電解プラントと、生成された塩素を3塩化リンに反応させて5塩化リンを生成する工程等を加えることとし、これらを踏まえた本件プラントの工程図を完成した。
[30] そして、滝澤は、村井の指示の下に、同年12月ころまでに、土谷に実験を依頼して、電解プラント用イオン交換膜(ナフィオン膜)、テフロン原料、テフロン製パッキン等につき、サリン、その中間生成物等に対する耐腐食性を確認し、これを参考にして本件プラントにおいて使用する配管、機器類の材質、形状等を決定し、これと並行して、本件プラントに設置するタンク等を設計して、信徒にこれらを製作させた。
[31](二) 滝澤は、平成6年2月ころから、山梨県南巨摩郡富沢町所在の抗告人が清流精舎と称する施設内に置かれた購買担当部等を介して、株式会社オウムの名義で、機械メーカー等から、反応釜攪拌用モーター、減速機、ポンプ、熱交換機、流量計等のプラント用機器類を購入し、樹脂メーカー等から、耐熱性、耐腐食性に優れた合金素材であるハステロイC、耐腐食性シール材、PVDF配管材等の機材類を多数購入し、他方、村井は、同年4月、信徒の原○○を使って、株式会社オウムの名義で電解プラント用の塩素濃度測定器等を購入したが、これらの機器、機材類の代金総額は、約2億2500万円であった。
[32](三) 前記清流精舎内の購買担当部を介しての機器、機材類の購入は、各担当者がプロジェクト名等を記載した購入品票を作成し、各プロジェクトの責任者の承認を経て購買担当部に購入を申請し、これに基づいて同部において決裁書類を作成して村井の決裁を受けて行われ、物品購入後の支払は、「大蔵省」大臣の石井の下で行われた。
[33](四) このようにして調達された機器、機材類は、早川、滝澤、渡部、冨樫、池田、信徒の三塚○○、畠山○○、高橋○○らを中心に、多数の信徒によって組み立てられ、同年8月にはメインプラントが、同年9月には電解プラントがほぼ完成するに至った。
[34] この間、松本は、しばしば、村井、滝澤らから本件プラント建設の進捗状況を聞くとともに、早期に完成するよう督励した。

6 サリンの保管準備等(甲第27号証、同第31号証)
[35](一) 村井は、平成6年9月ころ、本件プラントで生成予定のサリンについて、順次、これを約18リットル入りポリタンクに注入し、右ポリタンク自体をナイロンポリエチレン製の袋に入れて真空引きし、さらにステンレス缶に収納してサリン貯蔵庫に保管することを計画し、松本の了解を得たうえ、そのころ、配下の信徒を使って右ポリタンク及びステンレス缶を製作させたほか、ポリタンクを入れるナイロンポリエチレン製袋を真空引きするための真空包装機を購入するとともに、真空包装用ナイロンポリエチレン製袋6000枚を業者に発注し、さらに同年10月ころ、本件プラントの稼働要員に対し、最終生成物の生成作業及び充填作業の際に使用することを説明したうえ、防護服等を支給した。
[36](二) 松本は、同年9月ころ、早川に対し、抗告人が第7上九と称する土地内の倉庫に地下室を作り、そこにサリンを保管する棚を設置することなどを具体的に指示し、早川は、その指示を受けて、同年10月ころまでに、藤永及びその配下の信徒を指揮して、右倉庫内に地下室を建設してサリンを収納する棚を設置するなどしてサリン貯蔵庫を完成させた。
[37] 村井は、平成6年7月ころ、中川に対し、本件プラントの稼働責任者として第7サティアンに常駐するよう指示し、中川は、メインプラントの稼働責任者である滝澤及び電解プラントの稼働責任者である渡部のほか、中村、杉本、冨樫、畠山○○、三塚○○、原○○及び信徒の岡○○、富田○、藤森○○、山内○○、丸山○○○、端本○らを稼働要員として第7サティアンに常駐させ、サリンの毒性とそれを吸入した場合の治療方法を指示したうえ、本件プラントの建設工事の進捗状況に応じて第1工程から順次装置の試運転、調整、改良等に当たらせて、同年11月末ころまでには本件プラントを稼働可能な状態にして、同年12月から後記の事情で平成7年1月1日ころその稼働を中止するまでの間、本件プラントを稼働させてサリンを生成した。
[38] 本件プラントにおいてサリンが生成されたことは、後記隠蔽工作が行われたにもかかわらず、第5工程の反応釜内の攪拌器軸継手部から、サリンの第1次分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出され、また、同工程の副生成物の貯蔵タンクの下部継手部から、同工程の副生成物である塩化水素が水酸化ナトリウムと反応した結果生成されたものと認められる塩化ナトリウムが検出されていることからも明らかである。
[39] 平成7年1月1日付け読売新聞が上九一色村からサリンの残留物が検出されたなどと報じたことから、松本は、村井及び早川に対し、第7サティアンが礼拝堂であるかのように見せかけるため、第7サティアン内にシヴァ神像等の礼拝施設を造るよう指示し、その際、プラントを取り毀すのは最小限にすることも指示し、その指示を受けて、早川は、配下の信徒に第7サティアン内にシヴァ神像、石器等を設置させ、本件プラントが発覚しないように工作をし、他方、村井は、第7サティアン常駐者に対し、本件プラントの稼働を一時中止すること及び本件プラント内等を徹底的に洗浄することを指示し、同常駐者らをして、プラントの生成物の廃棄及び中和作業並びにプラント各部及び第7サティアン建物内部の洗浄作業をさせた。
[40] 抗告人は、本件プラントは、サリン生成のプラントではなく、農薬であるDDVP生成のプラントであったこと、仮に、本件プラントがサリン生成のプラントであったとしても、本件プラントは村井秀夫ら一部の幹部信徒の独断で建設したものであって、抗告人の代表役員松本もその他の責任役員も関与したことのないこと、本件プラントはサリン生成のプラントとして未完成であり、かつ、構造上の欠陥があって、サリンの生成は客観的に不可能であったことを主張するが、右主張は、前記認定事実に照らして採用することができない。
[41] 抗告人は、村井は世界戦争ないし外部勢力の毒ガス攻撃から抗告人を防衛することを目的としてサリンの生成を企てたものであると主張し、その証拠として、上九一色村所在の農業廃棄物処理会社の経営者が殺人の目的をもって平成6年3月ころから同年12月にかけて上九一色村の抗告人の施設に毒ガス攻撃を加えて信徒に傷害を与え、氏名不詳の者が同年4月ころから同年12月ころにかけて空中から上九一色村の抗告人の施設に毒ガス攻撃を加えて信徒に傷害を与えたとして、甲府地方検察庁検事正に対し、右農業廃棄物処理会社の経営者と氏名不詳の者を殺人未遂罪で告訴した弁護士青山吉伸(以下「青山」という。)を告訴代理人とする信徒らの告訴状の写しとその添付資料(乙第23号証)を提出した。しかしながら、甲第25号証及び同第29号証によれば、右告訴については、検察官は、青山が、その告訴にかかる事実がないと知りながら、林らと共謀して、平成7年1月14日、東京都港区南青山○丁目○番○号所在のマハーポーシャビルにおいて、多数の新聞記者等に対し、右告訴状の写しを配付したうえ、右農業廃棄物処理会社から継続的に毒ガスが噴霧されていることが確認されたなどと言ったことが同会社の経営者の名誉を毀損したとして、青山を名誉毀損の罪により起訴したこと及び同人は同刑事事件の公判廷において、右罪を犯したことを全面的に自白していることが認められるから、この事実と前記認定事実に照らし、抗告人の右主張は採用することができない。
[42] 抗告人は、村井は教化していたその部下の出家信徒400人に対するマハームドラーを模擬させることを目的としてサリンの生成を企てたものであると主張するが、右主張もまた、前記認定事実に照らして採用することができない。
1 解散命令の意義
[43] 宗教法人法は、「宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えること」(1条1項)を主要な目的とし、それに必要な措置を講じるために制定されたものであるが、これとともに、同法が81条1項1号及び2号前段において宗教法人に対する解散命令制度を設けたのは、宗教団体が、国家又は他の宗教団体等と対立して武力抗争に及び、あるいは宗教の教義もしくは儀式行事の名の下に詐欺、一夫多妻、麻薬使用等の犯罪や反道徳的・反社会的行動を犯したことがあるという内外の数多くの歴史上明らかな事実に鑑み、同法が宗教団体に法人格を取得する道を開くときには、これにより法人格を取得した宗教団体が、法人格を利用して取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を濫用して、法の定める禁止規範もしくは命令規範に違反し、公共の福祉を害する行為に出る等の犯罪的、反道徳的・反社会的存在に化することがありうるところから、これを防止するための措置及び宗教法人がかかる存在となったときにこれに対処するための措置を設ける必要があるとされ、かかる措置の一つとして、右のような存在となった宗教法人の法人格を剥奪し、その世俗的な財産関係を清算するための制度を設けることが必要不可欠であるとされたからにほかならない。右のような同法81条1項1号及び2号前段所定の宗教法人に対する解散命令制度が設けられた理由及びその目的に照らすと、右規定にいう「宗教法人について」の「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」(1号)、「2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」(2号前段)とは、宗教法人の代表役員等が法人の名の下において取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を利用してした行為であって、社会通念に照らして、当該宗教法人の行為であるといえるうえ、刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反するものであって、しかもそれが著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為、又は宗教法人法2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱したと認められる行為をいうものと解するのが相当である。

2 解散事由の存否
[44] 本件において、前記認定の事実によれば、本件プラントによるサリンの生成は、抗告人の代表役員である松本及び同人の指示を受けた多数の幹部が、大量殺人を目的として、抗告人の多数の信徒を動員し、抗告人の所有する土地、建物等の様々な物的施設を利用し、かつ、サリンの原材料等を購入するために抗告人の多額の資金を投入して行った計画的・組織的な行為であって、社会通念に照らし、宗教法人である抗告人の行為と認めるべきものであるうえ、右行為は、刑法201条の規定する禁止規範に違反する殺人予備行為(刑法201条)に該当することが明らかであるのみでなく、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為であり、また、宗教法人法2条の定める宗教団体の目的を著しく逸脱した行為であることはいうまでもないところであるから、抗告人について、同法81条1項1号及び2号前段所定の各解散命令事由があることは明らかであるというべきである。したがって、抗告人に右各事由があるとしてされた抗告人に対する相手方らの本件解散命令の申立は、理由があるものというべきである。
1 本件解散命令の合憲性
[45] 抗告人は、抗告人には約1500人の信徒が所属しており、抗告人に対する解散命令は、右信徒の憲法13条及び20条の各規定により保障された権利を侵害する旨主張する。
[46] 抗告人とその信徒とは法律上は別個の存在であり、右信徒は本件解散命令手続においては、当事者となりうる立場にはない。したがって、抗告人の右主張は、自己の権利として主張しない憲法上の権利につき、信徒のそれを援用して、解散命令の違憲を主張するものといえるので、その当否につき検討することとする。
[47](一) 法令又はこれに基づく裁判等の国家行為により不利益を受ける当事者が、その効力を争う裁判上の手続において、この手続の当事者ではない特定の第三者の憲法上の権利が右国家行為により侵害されるとして、当該国家行為が憲法に違反する旨主張する適格(以下「第三者の憲法上の権利主張の適格」という。)を有するかどうかは、右特定の第三者の憲法上の権利の性質、当事者と第三者との関係、第三者が独立の手続において自らの当該憲法上の権利を擁護する機会を有するかどうか,当事者に対し第三者の憲法上の権利主張の適格を認めないときには第三者の権利の実効性が失われるおそれがあるかどうか等を考慮し、当事者に右適格を与えるのが相当と認められる場合は格別、そうでない限りは許されないものというべきである(最高裁判所昭和37年11月28日大法廷判決・刑集16巻11号1593頁参照)。
[48](二) 抗告人は、抗告人に対する解散命令により、その信徒の憲法13条の規定により保障されている権利が侵害されるから、当該解散命令は憲法上の右条項に違反する旨主張するが、右条項に基づく権利につき、抗告人に前記第三者の憲法上の権利主張の適格を与えるのを相当とすべき事情について具体的に主張するところがなく、また、右のような事情は認められないから、抗告人には右適格を与えることはできないものというべきであり、したがって、抗告人の右主張については実体的な憲法判断を加える要はないものというべきである。
[49](三)(1) 抗告人は、また、抗告人に対する解散命令により、その信徒の憲法20条の規定により保障されている権利が侵害されるから、当該解散命令は憲法の右条項に違反する旨主張するところ、右条項に基づく権利についても、抗告人に前記第三者の憲法上の権利主帳の適格を与えるのを相当とすべき事情について具体的に主張するところがないが、所論に鑑み、右主張につき検討することとする。
[50] 自然人である個人の信仰が他者との連帯又は共同行為を通じて形成、維持されるものであって、他者との連帯又は共同して行われる儀式行事その他の宗教上の行為が個人の信教にとって必要不可欠なものであること等に鑑みると、宗教法人ないしは宗教団体とこれに属する信者との間には、信仰に関しては、特別な関係があるといえること、個々の信者の信教の自由が害されるときは、その信者の所属する宗教法人の弱体化を招来しその存立にも影響を及ぼすおそれがあるなど、信者個人の信教の自由と宗教法人の存在との間にも密接な関係があること、宗教法人に対する解散命令の手続において、当該宗教法人の信者は当事者となりえないから、信者が自らの憲法20条の規定に基づく信教の自由権を擁護する機会がなく、右権利の実効性が失われるおそれのあること等を考慮すると、宗教法人に対する解散命令の手続において、右宗教法人に対し、その信者の右信教の自由権については、当該解散命令によってそれが侵害される旨主張する適格を与えるのが相当とすべき事情があると考える余地がないではない。
[51] しかしながら、宗教法人に対する国家行為によりその信者の信教の自由権が侵害される旨の宗教法人の主張について、実体的な憲法判断を加えるためには、宗教法人は、その信者の権利を代表的に主張し得るにとどまり、それを超える主張をすることができるものではないというべきであるから、信者個人がその憲法上の右権利に基づく主張をした場合に実体的な憲法判断を加えるために必要とされる要件と同様の要件を具備することを要するものと解すべきである。
[52](2) ところで、個人が、法令又はこれに基づく国家行為により、憲法20条の規定する信教の自由権の侵害を受けたとして、右国家行為が違憲である旨の主張をした場合であっても、憲法判断は当該紛争解決のために必要、かつ、適切なときにのみすべきものであるから、右主張について実体的な憲法判断を加えるためには、先ず、当該個人の信仰するところのものが、経済的、社会的又は政治的な信念、信条等の世俗的信条ではなく、憲法の右条項にいう宗教ないしは宗教上の信条であり、かつ、これが真摯に形成・保持されているものであること、右国家行為が当該信者に対し、その宗教上の信条の放棄又は右信条に反する行為をとることを余儀なくさせる等その信教の自由権に対して重大な負担又は制限等の不利益を課すに至るものであること等が明らかにされる必要があるものというべきであり、右の事項のすべてが明らかとならない限り、当該国家行為の世俗的目的ないしは実現すべき公的利益の性質及びその重大性の程度を審査し、これと個人の信教の自由権に対する不利益とを比較衡量し、更には、当該世俗的目的達成のためないしは公的利益を図るために、当該国家行為に比しより制限的な代替方法ないしは代替手段の有無等について審査するなどしたうえでの右国家行為についての実体的な憲法判断に及ぶことを要しないものというべきである。
[53](3) したがって、抗告人に対する解散命令がその信徒の信教の自由権を侵害するものであって違憲である旨の抗告人の前記主張について実体的な憲法判断を加えるためには、先ず、抗告人の信徒が個々に特定され、その各自につき、その信仰するところのものが憲法20条にいう宗教ないしは宗教上の信条であり、しかもそれが真摯に形成・保持されているものであることが個別的に明らかとなり、また、当該解散命令及びこれに基づく清算の結果が、信徒の各自に対し、その宗教上の信条の放棄又は右信条に反する行為をとることを余儀なくさせる等右信徒各自の信教の自由権に対して重大な負担ないしは制限等の不利益を課すに至るものであることを具体的に認めうる事情の存在が必要であるというべきであり、右各事項のすべてが明らかとならない限り、右主張について実体的な憲法判断を加えることを要しないものというべきである。
[54] ところで、抗告人が当審において提出したその信徒の陳述書(乙第40号証ないし同第362号証及び同第364号証ないし同第507号証)によると、抗告人の信徒の中には、宗教上の信条を真摯に形成・保持しようとしている者のいることが窺われないわけではない。しかしながら、抗告人に対する解散命令及びこれに基づく清算が、この信徒のそれぞれにつき、どのような事態をもたらし、どの程度の不利益を課す結果となるのか等は、抗告人の積極及び消極の各財産並びに抗告人と右信徒との間の世俗的な権利義務の関係等が具体的に明らかにならない限り、判断することのできないものであるところ、これらはいずれも現時点においては明らかでなく、清算の具体的進展をまつのほかはないから、更に進んで、宗教法人法の解散命令についての規定又はこれに従ってなされる解散命令及びこれに基づく清算によって達成すべき世俗的目的ないしは実現すべき公的利益の性質及びその重大性の程度、これと解散命令によって抗告人の信徒の受ける前示の不利益とを比較衡量し、更には、当該世俗的目的達成のためないしは公的利益を守るために、解散命令に比しより制限的な代替方法ないしは代替手段の有無等について審査したうえですべき解散命令についての実体的な憲法判断を加えることを要しないものというべきである。したがって、抗告人の憲法20条に関する主張も採用することができない。
[55](四) 以上説示のとおり、抗告人の前記主張は、いずれも採用しうる余地はないものというべきである。

2 解散事由にかかる事情の変更の有無
[56] 抗告人は、代表役員代務者村岡達子の下に、宗教法人法所定の目的を忠実に守って、統率のとれた宗教法人として活動を継続し、善良な市民の信仰の場として健全な状態に改善されているのであるから、同法所定の解散命令のための要件を欠くに至った旨主張し、その趣旨の同代務者作成の陳述書(乙第11号証)、新たに制定されたとする教団運営要綱(乙第34号証)及び信徒の前掲陳述書を提出している。
[57] 右証拠によると、代表役員代務者村岡達子の下に、宗教上の信条を真摯に形成・保持しようとしている者のいることが窺われないわけではないが、松本が今なお抗告人の代表役員の地位にとどまっているのみならず、抗告人の根本的な自治規範である前記の宗教法人「オウム真理教」規則が本件殺人予備行為のような犯罪行為を組織的に行う余地がないように改正された事実はなく、また、右教団運営要綱は、右オウム真理教規則の改正手続に従ってその改正として制定されたものでなく、その正当性の根拠が明らかでないから、抗告人の自治規範としての効力を有するかに疑問があること等を考慮すると、前示のような事実が窺われるからといって、直ちに抗告人の実体が抗告人主張のように改善されたと認めることはできないものというべきである。したがって、抗告人の右主張は採用することができない。

3 原審の審理手続の適法性
[58] 抗告人は、原決定は抗告人に対し十分な立証の機会を与えないでされたものであるから、取り消されるべきである旨主張するが、記録を検討すると、原審において、抗告人は、立証の機会が十分に与えられ、証拠の提出をしていたことが認められる。したがって、抗告人の右主張は採用することができない。
[59] 以上のとおり、抗告人の解散を命じた原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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