共産党袴田事件
上告審判決

家屋明渡等請求事件
最高裁判所 昭和60年(オ)第4号
昭和63年12月20日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  被告) 袴田里見
    右訴訟代理人弁護士 長谷川朝光 大輪威

被上告人(被控訴人 原告) 日本共産党
  右代表者中央委員会議長 宮本顕治
    右訴訟代理人弁護士 青柳盛雄 佐藤義弥 駿河哲男 山下正祐

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人長谷川朝光、同大輪威の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 政党は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成する政治結社であって、内部的には、通常、自律的規範を有し、その成員である党員に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治権能を有するものであり、国民がその政治的意思を国政に反映させ実現させるための最も有効な媒体であって、議会制民主主義を支える上においてきわめて重要な存在であるということができる。したがって、各人に対して、政党を結成し、又は政党に加入し、若しくはそれから脱退する自由を保障するとともに、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない。他方、右のような政党の性質、目的からすると、自由な意思によって政党を結成し、あるいはそれに加入した以上、党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあることもまた当然である。右のような政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。
[2] 本件記録によれば、被上告人は前記説示に係る政党に当たるということができ、本訴請求は、要するに、被上告人と上告人との間で、上告人が党幹部としての地位を有することを前提として、その任務の遂行を保障する目的で上告人に党施設としての本件建物を使用収益させることを内容とする契約が締結されたが、上告人が被上告人から除名されたことを理由として、本件建物の明渡及び賃料相当損害金の支払を求めるものであるところ、右請求が司法審査の対象になることはいうまでもないが、他方、右請求の原因としての除名処分は、本来、政党の内部規律の問題としてその自治的措置に委ねられるべきものであるから,その当否については、適正な手続を履践したか否かの観点から審理判断されなければならない。そして、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、右事実関係によれば、被上告人は、自律的規範として党規約を有し、本件除名処分は右規約に則ってされたものということができ、右規約が公序良俗に反するなどの特段の事情のあることについて主張立証もない本件においては、その手続には何らの違法もないというべきであるから、右除名処分は有効であるといわなければならない。
[3] これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、ひっきょう、右と異なる見解に基づいて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
[4] よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫  裁判官 伊藤正己  裁判官 安岡滿彦  裁判官 貞家克己)
[1]最高裁昭和45年6月24日大法廷判決は、政党の憲法上の地位について
「憲法は、政党について格別規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないが、憲法の規定する議会制民主々義は、政党を無視しては到底その円滑な運用を期待できないことが明らかであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているというべきであり政党は議会制民主々義を支える不可欠の担い手であるとともに、国民の政治意思を形成する最も有効な媒体であるということができる」
と判示している。
[2] 原判決は、右判例を前提としつつ、政党と司法審査の関係について、後記のとおり独自の基準を設けて、本件上告人に対する日本共産党の除名処分の当否についての判断をすすめているのである。
[3] しかし、原判決は、結論的にいって、憲法第21条、同第32条、裁判所法第3条の解釈を誤っているといわざるをえない。また、従来の判例にも抵触し、その法令違背は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
[4] かつまた、その誤りが原因となって、原判決の理由には重大な判断の誤りがあり、理由齟齬の違法がある。これもまた判決に影響を及ぼすことが明らかである。
[5] まず、従来の判例についてみると、工場自治会の自治会会則に基く自治会員に対する制裁と司法審査権について名古屋高裁は、「団体の内部自治権ないし自律権と司法審査の限界については、工場自治会員に対する制裁処分は、原則として裁判所の審査の対象とならない」としながら、当該処分が「客観的に著しい不利益を与え、国民の権義を保全する司法の立場から黙視できない程度の場合」には、司法審査が肯認されると判示している。(名古屋高判昭和38・5・16高民集16巻3号195ページ)
[6] また、政党の除名処分等に対する地位保全仮処分事件についての名古屋地裁決定は、「政党の自由な組織、運営に公権力の介入が認められるのは」「法律に特別の規定」がある場合に限定されているのであって、政党の前記のような結社の重要性に着目すると、「政党の自律権はできるだけ尊重すべき」ものであるとはしているが、「党員に対し政党がした処分の当否については、当該党員としてではなく、一般市民として有する権利(以下市民的権利)を侵害していると認められない限りは、司法審査の対象とはならないと解するのが相当である」としている。即ちここでも「市民的権利を侵害しているかどうか」というはっきりとした基準を示している。
[7] 原判決は、その理由三、29丁以下において、上告人の本件建物の使用権限(本件建物の利用関係)について判断するに際し、本件除名処分が司法審査の対象となるかいなかについて、その手続的、実態的瑕疵を問題としたうえで、
「それが個人の権利、利益の侵害をもたらす場合において、当該処分の手続自体が著しく不公正であったり、当該処分が政党内部の手続規定に違背された等、手続的な問題については、裁判所がこれを司法審査の対象として、その適否を判断することができる」
との基準を示している。そしてこのことを前提として本件除名処分につき上告人の主張するような党規約違反等の手続上に瑕疵があったかどうかについて検討を進めているものである。即ち原判決は、たんに手続自体の不公正、あるいは手続規定の違背だけを司法審査の対象とし、
「当該処分を課すべき理由があるかどうか、又は当該処分を選択したことが相当であるかどうかの実体的な問題については、原則として、これを内部的判断にゆだねるべきであり」(33丁)
として、これを原則として司法審査の対象からはずしてしまっているのである。
[8] こうして、原判決は、処分の手続的側面と実体的側面とを区分し、その手続的側面の判断で足るとの基準を原則にすえているのである。
[9] しかしながら当該処分についての手続的側面の正確、公正、妥当な判断は、実体的側面と無関係になされうるものでないことはいうまでもない。
[10] 処分の動機、目的、処分に至る経緯の不法、不当が処分の手続面と密接、不可分に作用し、手続の違法、無効を招来するのである。
[11] 司法は手続的形成面と、理由的実体面の両者を総合判断することによって、かかる事実に関する国民の権利保全の実現・侵害を正しく判断できるものというべきである。
[12] かような意味から原判決が、前掲名古屋高裁判決や名古屋地裁決定が、国民の権利、市民的権利の保全にかかわる司法審査の限界につき、司法の立場からの明確な基準を設定しているのに対して、かような従来の判決とは異る法解釈の立場をとり焦点を二分してしまったのは、前記法令の解釈を誤り、審理不尽の違法を招来していると言うべきである。その結果、原判決は、手続違背についての具体的事実の認定及びその評価については、きわめて皮相的な判断となり、安易な事実認定をなし、その結果本件の真相を見誤るに至っている。
[13] 結局において、原判決は、憲法第21条、第32条、裁判所法第3条の解釈を誤り、従来の判例にも違背しているといわざるをえない。
〈以下省略〉
一、 本件建物明渡義務に関する審理不尽
[14] 本件建物は上告人の生活の本拠を確保し、保障する目的で取得し、上告人に提供されたものである。
[15](一) 本件建物取得当時、中央委員書記局員として党の財政部経営局の指導を担当していた安斎庫治の証言によると、
「本件建物は被告の居住の安全保障のため購入したものであり、党の財産として党の為に使用する目的という意味のことはありません」(54・6・29証言)、「当時、党の財産だと阿部義美の名義としていたのですが、党の一般財産ではないという意味でも安井正幸の名義としたのです」(前同証言)、「当時本件建物が党の必要とする時は立退くとかの話はありませんでした」(前同証言)
として、前記の、上告人が本件建物を提供された目的が明確にされている。
[16] 右は、上告人が党役員としての地位にふさわしい待遇の為であるとか、党役員にふさわしい活動を確保する為であるとか、党員資格を有する限りに於てとか言うことでの提供ではなく、初台に居住していた時代をも合わせ、上告人が党に対する功績に酬いる為に生活の本拠を確保するという一点のみの目的であったことが明白にされている。
[17](二) 甲第1号証「念書」中の
「……中央委員会が必要とするときは、中央委員会のいかなる処置(明渡しまたは転居など)にゆだねることに異議なく……」
との文言が、上告人の本件建物使用権限に重大な支障あるが如くである。
[18] しかし、右念書は画一的事務処理の一環として行なわれたもので、個々の特殊性はこの事務処理の段階では特に配慮されていないこと、もし個々の特殊性を配慮するならば、上告人は、右念書の文言を如何ようにも変更させ得る立場にあったことから、かような内容の念書を作成するに至らなかったであろうし、場合によっては念書自体の作成をしなかったと認められる。それにも拘わらず前記念書が作成された、ということは、前記のとおり形式的事務処理の一環としての文書であり、上告人が署名捺印した時の認識は右のような認識と同時に、かような文書が作られても生活の本拠を保障する為に提供された本件建物については転居・明渡を求められることはあり得ない、という認識であったのである。
[19] 右上告人の認識は本件建物取得、提供の経緯という客観的事実と合致する合理性あるものであった。
[20] 以上の結果として、前記念書は形式を整える目的でのみ作成され、それ以上の効力を有し得ないものである。
[21](三) 然るに被上告人は本件建物を、前記念書等を根拠として上告人に対し明渡しを求め、原審は無名契約なる概念を以って明渡義務を肯定した。
[22] しかし、本件建物が上告人に提供された以後はその使用権限は、上告人の役員資格の有無・党員資格の有無に関係なく、生活の本拠として維持する必要性ある限り許容された権限であり、その意味では原判決は無名契約なるものの性格及び内容の判断を誤ったものである。而して、その因って来る原因は原審に於ける前記念書の効力及びそれに関する上告人の認識内容を含めた審理不尽の違法に尽きるのである。

二、本件建物明渡義務に関する審理不尽――その二 党規約・除名処分の無効との関係
[23] 上告人に対する除名処分が党規約違反であることは既に詳述したとおりであるが、此処では、同じく党規約違反を観点を変えて論述してみたい。
[24] 即ち、上告人の除名処分は党規約上効力を発生していないか、少くとも確定していない、ということである。
[25](一) 党規約第31条によれば、「中央委員会」は「中央委員会幹部会」と「幹部会委員長1名」を選出するとされている。即ち、「幹部会」なる会議体の設置と委員長の選出のみが行なわれることが規定されているだけである。「幹部会副委員長」の選出は任意とされている。
[26] 右規定の結果、「中央委員会幹部会」なるものはその構成員、会議体としての権利、義務については具体的な規定が置かれていないということになる(尤も第32条は中央委員会の職務を行う旨を定めている)。その為幹部会なるものが会議体として機能するためには、人事面において特定の人物の独裁を許さざるを得ないということになる。
[27](二) 次に規約第32条は「幹部会」は「常任幹部会」をおく、として常任幹部会なる会議体を必置のものとしている、しかし、その構成員、会議体としての権能は何等明定していない。構成員、権能を明定しなくとも当然のものとの考えによるのか、或いは特定人物の独裁を許す趣旨であるのか不明である。しかし、そのいずれであるにせよ、公党として社会的に存在し、その活動等の社会に与える影響の大なることを考えると極めて異例な規約と言わざるを得ない。
[28](三) そこで本件上告人に対する処分であるが、原判決の認定によれば、統制委員会が党常任幹部会の承認を得て除名処分を決定したものである。右決定により直ちに効力を生じ確定したとの趣旨に受けとれる。
[29] 右の「常任幹部会の承認」は原判決の認定の仕方からすると、先ず上告人が自ら弁明の機会を放棄したと結論づけたことに正当性を与え、除名の決定、確定をさせるという極めて重要な役割りを果している。
[30] しかしながら、既に見て来たとおり、党常任幹部会なるものは、党規約上構成メンバーを特定することが不可能であると同時に規約上の具体的権能を全く有していないのであるから、上告人を除名するにつき、統制委員会に対し如何なる「承認」をも与えることは出来ない。従って、上告人が自ら弁明の機会を放棄したと統制委員会が結論ずけることへの正当性を付与することは出来ないし、除名の効力を発生させ、確定させることも不可能である。更に基本的なことは、もし仮に上告人を除名した統制委員会の委員が、常任幹部会が選出したのであるとすると、前記のとおり常任幹部会の機能は党規約上何等具体的に規定されていないのであるから、右統制委員会は規約上無権限の会議体によって選任・設置された規約上全く根拠のない存在であり、そのような無効、無権限の会議体のなした除名決定なるものも、法的効果を生ずるに由ないものであることは明白であると言うべきこととなる。
[31](四) 以上要するに、本件上告人に対する除名処分なるものは党規約上具体的権限を有しない機関によって為された無効なものであり、少なくとも除名決定は未だ確定されたとは言い得ない。
[32] 然りとすれば、その余の点を判断するまでもなく、原判決の無名契約なる概念で処理したとしても上告人の本件建物使用権限は正当に是認されることになる。
[33] 原判決は以上の諸点につき充分な審理を尽さず、その結果判決に重大な影響を及ぼす理由不備乃至は法令適用の誤りを招来している。因って、原判決は破棄せらるべきである。
〈以下省略〉

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