「君が代」起立斉唱拒否事件(広島県立学校戒告処分)
控訴審判決

戒告処分取消請求控訴事件
広島高等裁判所 平成21年(行)第6号
平成22年5月24日 第4部 判決

口頭弁論終結日 平成22年2月25日

当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり
(なお,当事者番号は,原審のそれによる。)

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

1 原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
2 被控訴人が別紙当事者目録記載の番号1ないし5,7ないし10,12ないし30の控訴人らに対し平成13年5月11日付けで,同31ないし33,35ないし38の控訴人らに対し平成14年3月28日付けで,同39,40,45の控訴人ら及び亡P1に対し平成14年5月10日付けで,同12の控訴人に対し平成16年3月30日付けでそれぞれした戒告処分をいずれも取り消す。
[1] 本件は,広島県立学校(以下「県」は,広島県を指す。)の教育職員として勤務していた上記第1の2の控訴人ら及び亡P1が,勤務先の学校長から平成13年度ないし平成15年度の入学式及び卒業式において国歌斉唱の際に起立するよう職務命令(以下「本件各職務命令」という。)を受けていながら,これに従わず,地方公務員法に違反したとして被控訴人(1審被告)から戒告処分(本件各処分)を受けたことに対し,本件各職務命令の不存在,ないしは,本件各職務命令は憲法19条等に反し無効であるなどと主張して,本件各処分の取消しを求めた(亡P1については,同人の死亡により,控訴人P2,同P3,同P4及び同P5が訴訟を承継。)事案である。

[2] 関連法令(当時)及び前提事実は,原判決「事実及び理由」第2の1,同2(1頁25行目から9頁16行目まで。ただし,1審原告P6,同P7及び同P8に関する部分を除き,7頁18行目「原告ら」の次に「(亡P1の関係では同人。以下同じ。)」を,9頁13行目「1ないし」の次に「40,」を,同行「45」の次に「及び亡P1」を各加える。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

[3] 本件の争点は原判決「事実及び理由」第2の3(9頁17行目から10頁4行目まで)に,争点についての当事者の主張は後記4に付加するほか原判決「事実及び理由」第2の4(10頁5行目から24頁22行まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

[4] 原判決は,
まず,争点(1)(控訴人らは卒業式及び入学式における国歌斉唱時に起立するよう職務命令を受けたか)について職務命令の存在を認めた上で,
争点(2)(学習指導要領中の国旗国歌条項〈「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」〉には法的効力があるか)について,国旗国歌条項は,許された目的のために,法令に適合した必要かつ合理的な基準を設定したものとして法的効力を有するとし,
争点(3)(本件各職務命令は適法か)について,本件各職務命令は職務に関連するものであって,法令に違反するものでなく,その目的や内容に合理性があり適法であるとし,
争点(4)(被控訴人による県立学校長らに対する一連の指導等が教育基本法〈平成18年12月22日法律第120号による改正前のもの。以下同じ。〉10条1項に規定する「不当な支配」に当たるか)について,一連の指導自体は,教育の内容及び方法に関するものであるが,学習指導要領の趣旨に沿ったものであり,必要かつ合理的な範囲を逸脱しているとはいえないから,不当な支配には当たらないとした。
そして,争点(5)(卒業式及び入学式において,生徒らに対し,国歌斉唱を指導することが生徒らの思想良心の自由を侵害し,憲法19条及び児童の権利に関する条約14条に違反するか)について,学習指導要領に基づく国歌に関する指導は,生徒の内心に対する働きかけを伴うものであるが,憲法及び教育基本法の目的にも沿う正当な教育目的によるものであり,直接強制を伴うものではなく,社会通念上合理的範囲を逸脱するものではないから,憲法19条等に反しない,
また,争点(6)(本件各職務命令は控訴人らの思想良心の自由を侵害し,憲法19条に違反するか)については,本件各職務命令は,儀礼的行為についてのもので,控訴人らの内心の核心部分を直接否定する外部的行為を強制するものではなく,また,特定の思想を有することを告白させる行為であるともいえないから,憲法19条に違反しないとした。
さらに,争点(7)(本件各処分に裁量権の逸脱又は濫用があったか)について,控訴人らは以前に同旨の職務命令に従わず文書訓告の措置を採られたことがあり,戒告処分は懲戒処分のうちでは最も軽いから,本件各処分について裁量権の範囲を超え又はその濫用をしたとは認められないとして,
控訴人らの請求をいずれも棄却したところ,控訴人らが控訴した。
(控訴人ら)
[5] 本件においては,被控訴人が各学校長に対し教職員に対する起立命令を明確に発出するよう予め指示(命令)していた(甲223)にも拘わらず,学校長らの中には「お願いする」といった言辞で教職員に起立を要請した者もおり,学校長らはその発令に逡巡・躊躇したことが推認できる。他方,控訴人ら(亡P1の関係では同人。以下,実体の事実関係にわたる部分につき同じ。)は,従前の訓告処分について,その前提となる職務命令の存否を争う機会がなかったのであるから,控訴人らが上記「お願い」を職務命令と認識していたとはいえない。職務命令は存在しない。

(被控訴人)
[6] 被控訴人は,平成10年度卒業式及び平成11年度入学式に備えて,県立学校長に対して職務命令を発したが,その後,同様の職務命令を発していない。また,被控訴人が各県立学校長に参考資料(甲223)を送付したのは,平成14年2月であり,学校長が「お願いします」などと述べたのは,平成13年4月に実施された入学式の事例であるから,控訴人らの上記主張は前提を誤っている。また「お願いします」との言辞であっても,業務の遂行を指示していることは明らかであり,裁量判断の余地を残したものではない。
(控訴人ら)
[7] 教育は,自主的かつ創造的になされるべきであり,教育の内容及び方法に対する国家的介入は抑制的であるべきである。「君が代」「日の丸」は,政治的・宗教的に見て価値中立的な存在となってはいないから,強権的な形でこれを教育の場に持ち込むことは「不当な支配」に至るというべきである。現実の公立学校の現場でも,入学式,卒業式等の式典において,国旗国歌条項に依拠して,教職員に対し,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務が存するとの教育委員会の解釈に対し,生徒・児童が国旗国歌条項による「指導」に従わないことは,実際に極めて困難な状況にある。
[8] そして,日本人としての自覚を養う,あるいは国際社会で尊敬,信頼される日本人に成長するという目的のために,国歌(君が代)を尊重する態度を育てることが必要ともいえない。他国の国旗や国歌に敬意を表すべきであるという問題と,自国の国旗や国歌に対して敬意を表すべきであるかという問題は,次元や性質を異にする。
[9] また,国旗及び国歌に関する法律は,国旗と国歌を規定するのみであって,これらに関する国民の行為規範について何ら規定するものではない。したがって,国旗及び国歌に関する法律の成立施行に依拠して、国民が日の丸や君が代に敬意を表すべきとのルールを前提として,教育のあり方を是認することは誤りである。同様に,国旗掲揚国歌斉唱を実施することは法的規範の修得には繋がらない。平和的国家の構築との関連性も見出し難い。
[10] 学習指導要領の国旗国歌条項は,国旗国歌を尊重する態度を育てるための指導方法の細目を定めるもので,教育の自主性尊重の見地や教育に関する地方自治の原則に相反するもので,教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的な大綱的基準(以下,単に「大綱的基準」と表記。)とはいえず,法的規範性を有しない。

(被控訴人)
[11] 控訴人らの主張は,独自の見解を述べるものに過ぎず,実質的,条理解釈的な判断とはほど遠い。
[12] 国旗国歌条項が合理的であり,法的拘束力を有することについては,判例に照らして疑う余地はない。
(控訴人ら)
[13] 本件における被控訴人の教育現場での国旗国歌条項の運用は,「大綱的基準」の範疇を超え,明らかに「不当な支配」に該当し,教育基本法10条1項に違背している。
[14] すなわち,平成10年度の卒業式以後,被控訴人の学校長らに対する職務命令と懲戒処分により,県下では,事実上,学校長らにおいて君が代斉唱の実施・不実施についておよそ選択の余地はないものとされた。さらに,教育長から各県立学校長に交付された通知(甲223等)により,教職員に対する職務命令や不起立者への対応の手順が事細かに指示された。その結果,平成12年3月の卒業式での県立学校の国歌斉唱実施率は初めて100パーセントとなり,それから,教職員に対する不起立を理由とする処分(文書訓告)が始まり,平成13年4月の入学式から戒告処分がなされ始めた。
[15] これらが,学習指導要領に基づくものとすると,およそ各学校,学校長ないし教職員の主体的対応を禁じるものといわざるを得ず,明らかに「大綱的基準」の運用の範疇を超え,教育基本法10条(改正後の16条)1項の趣旨精神に背馳する。
[16] 生徒や児童らには,自らの意思に基いて君が代斉唱時に起立しないという選択を行いうる余地はなく,教職員らの側でも個々の生徒・児童の心中に配慮した対応などできる余地がない。教育行政当局が,懲戒処分を手段としてここまで強権的一方的硬直的で急激な措置を執ることが許容される合理性は到底見出し難い。
[17] また,平成10年当時,県下の学校では,「日の丸」や「君が代」を題材としたホームルームでの取組みが多数なされており,県下の入学式・卒業式での国歌斉唱率が全国的に下位であったのは,それまでは被控訴人自身が,卒業式等での君が代の取扱いに慎重な態度を示した上,卒業式等で君が代の斉唱を行うか否かを当該校の自律的な判断に委ねるべき見解を表明し,県下の公立学校で,自立的個別的な対応が執られてきたからである。以上の状況は,後に成立する国旗及び国歌に関する法律の制度趣旨にも沿っており,学習指導要領の国旗国歌条項との関係でも,指導要領の下における教師による弾力的な教育,あるいは地方ごとの特殊性を反映した個別化が実践されてきたものであって,こうした状況を被控訴人による一連の指導等を正当と評価する事情として考慮することはできない。

(被控訴人)
[18] 控訴人らの主張が誤りであることは,既に原審で主張したとおりである。
[19] 本件各職務命令は,被控訴人から各学校長への職務命令を受けて発せられたものではなく,各学校長は,最終的には自らの判断として本件各職務命令を発したものである。
[20] 仮にそうではなくとも,このことをもって,「不当な支配」に当たるということはできない。控訴人らの主張する「被控訴人の学校長らへの一連の指導等」が「大綱的基準」の運用と評価できる範疇を超え,教育基本法10条の趣旨・精神に違背するようなものではないことは判例に照らして明らかである。
[21] 控訴人らは,平成10年当時の県下の状況を主張するが,被控訴人が引用する見解は,高教組が「闘争」によって「確認させ」「獲得」したものであって,「被控訴人(県教委)の見解」と評されるべきではない。また,控訴人らの主張する「取組み」は,要するに県内の多数の県立学校で,国旗国歌に関する指導が適切に行われていなかった状況にほかならない。
[22] また,学習指導要領には,式典の内容についての具体的な規定はないが,国旗掲揚・国歌斉唱指導について,「法的拘束力がある」ものとして「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」ことを具体的に規定しているから,入学式や卒業式において,国旗を掲揚しないこと,国歌を斉唱しないことを選択する余地はない。
(控訴人ら)
[23] 憲法19条による思想良心の自由の保障は,社会的に多数派とはいえない個々人の信条等をも保障するところに実質的な意義・趣旨が存する。したがって,一般的・抽象的な平均的意識の人を基準に,一般的には問題視されないからという理由で,個々人の思想良心の自由の侵害の有無を推論するのは,同条の解釈としては誤っている。
[24] 侵害の有無は,あくまで内心に対する「働きかけ」の強度によって判定されるべきである。「働きかけ」が強制にわたる時は,それが直接的であろうと間接的であろうと,思想良心の自由の侵害に当たる。生徒児童が,自らの自由な意思に基づいて不起立を選択することが困難であれば,強制にわたり,思想良心の自由への侵害が生じうる。
[25] 卒業式等における君が代斉唱時に参加者全員に対して一律に起立斉唱するよう,教職員から号令が掛けられるとともに,教職員らが全員一律に起立斉唱するという状況が作出されれば,個々の生徒・児童が自らの自由な意思に基いて不起立を選択することもまた困難となることは明らかである。本件のように,君が代斉唱を実施しない学校長,教職員に起立を命令しない学校長,起立をしない教職員がいずれも懲戒処分を受けるという状況ではなおさら困難である。
[26] 特定の思想やそれを象徴するシンボルに対して一律に敬意を表することを強いる教育は,学習指導要領でも予定されていない。国旗国歌条項は極めて特異なものであり,教育目的と手段の関連性(必要性)が存するとはいえない。

(被控訴人)
[27] 本件で取り扱われている卒業式及び入学式において,児童生徒に対し,国歌斉唱時に起立等するよう「強制」がなされた事実はない。
[28] また,卒業式及び入学式において,児童・生徒に対して国歌斉唱指導をすることが,児童生徒の思想良心の自由を侵害し,憲法19条等に違反するとはいえないことは,判例に照らして疑う余地はない。
(控訴人ら)
[29] 儀式において国歌斉唱の際に起立することは,君が代を敬う気持ちを表明することであり,本件各職務命令は,これを公権力によって強制することに外ならない。控訴人らの歴史観や思想からすれば,控訴人らは君が代を敬う気持ちなど決して持つことができないのであり,自己の内心とは裏腹に君が代を敬う気持ちのあるような態度表明をすることは,自己が内心に抱く思想信条に対する裏切り行為に他ならない。
[30] 儀式において国歌斉唱の際に起立することが社会的儀礼である,ないし,歴史観や思想はさておき儀式的行事における国歌斉唱の際に起立する限度で敬意を示すという選択をとることも十分あり得る,というのはそもそも君が代の斉唱について単なる社会的儀礼としての意義以上の評価,認識を有しない者の立場からの発想でしかない。
[31] 控訴人らは,公務員であり全体の奉仕者であるが,このことから,基本的人権につきいかなる制限をも甘受しなければならないわけではない。控訴人らに対し,君が代を敬う態度を強制するだけの公共の利益(ないし必要性,相当性)は見出し難い。

(被控訴人)
[32] 控訴人らの主張は理由がなく,本件各職務命令のような,卒業式及び入学式における職務命令が職員の思想良心の自由を侵害しないことについては,裁判実務上既に決着がついている。
(控訴人ら)
[33] 本件各職務命令は,被控訴人の一連の指導等の結果,学校長らの裁量的判断がなされる余地がない状況で,被控訴人の意を体してなされたものである。上記一連の指導等は,教育基本法10条の「不当な支配」に該当する違法なものであるから,本件各職務命令も違法と評価されるべきものである。また,本件各職務命令は,生徒らの思想良心の自由を侵害するものであり,かつ,控訴人らの思想良心を侵害するものであるから,違憲違法である。
[34] したがって,本件各職務命令に違背したことを理由になされた本件各処分も違憲違法である。

(被控訴人)
[35] 控訴人らの主張が誤りであることは,原審で述べたとおりである。
(控訴人ら)
[36] 本件各処分は,自己の思想・良心に従って静かに着席していただけの控訴人らに対してなされたものであり,その結果,控訴人らは,生涯賃金において大きな経済損失を伴う懲戒処分を受けたのであるから,裁量権を逸脱,濫用したものである。

(被控訴人)
[37] 卒業式及び入学式における不起立のような行為について,本件各処分のような懲戒処分をもって臨むことが,裁量権の逸脱,濫用に当たらないことは,判例に照らして疑う余地がない。控訴人らは,裁判実務上決着の付いた争点について,事後的に批判しているに過ぎない。
[38] 当裁判所も,本件各職務命令の存在を認めることができ(争点(1)),国旗国歌条項は法的効力を有し(争点(2)),被控訴人による県立学校長に対する一連の指導等が教育基本法10条1項の「不当な支配」に該当するとはいえない(争点(4)),そして,本件各職務命令に基づく生徒に対する指導内容は憲法19条等に反するとはいえず(争点(5)),本件各職務命令が控訴人らに対する関係で憲法19条に反するともいえない(争点(6))から,本件各職務命令は適法であり(争点(3)),また,本件各処分が裁量権を逸脱濫用したものとはいえない(争点(7))と判断する。その理由は,以下のとおりである。

[39] 前記前提事実のほか,証拠(乙1・6~7丁,乙2,5,6,7・11~19頁,乙8ないし14)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1) 卒業式及び入学式における国旗掲揚国歌斉唱の実施率
[40] 県立高等学校における平成9年度卒業式での国旗掲揚の実施率は100%であるのに対し,国歌斉唱の実施率は11.7%であった。また,同平成10年度入学式での国歌斉唱の実施率は15.2%であった。

(2) 文部省(当時)の是正指導
[41] 文部省は,平成10年5月20日,被控訴人等に対し,学校運営上不適正な実態があると指摘し,教育内容及び学校管理運営について是正を図るとともに是正状況を報告するよう求めた。そのうち教育内容関係の是正指導には,卒業式・入学式における国旗掲揚・国歌斉唱の指導をはじめ,各学校における国旗・国歌の取扱いが,学習指導要領に基づいて適切に行われるよう指導すること,特に卒業式・入学式における国歌斉唱の指導の一層の充実に努めることがあった。

(3) 平成10年12月17日付け通達
[42] 被控訴人の教育長は,平成10年12月17日,各県立学校長に対し,「学校における国旗及び国歌の取扱いについて(通達)」と題する文書を発した(以下「広教委指第13号」という。)。その内容は,教職員に当該文書別紙「卒業式及び入学式などにおける国旗及び国歌の取扱いについて」の趣旨の徹底を図るとともに,各学校において,国旗及び国歌の取扱いが学習指導要領に基づき適正に行われるよう指示するものであった。なお,当該文書別紙には,
「児童生徒が,将来,国際社会において尊敬され信頼される人間として成長していくためには,我が国の国旗及び国歌はもとより,諸外国の国旗及び国歌に対する正しい認識と,それらを尊重する態度を育てることが重要であります。」
とした上で,「このような考え方に基づき,学習指導要領では,」として国旗国歌条項を引用している。そして
「以上の趣旨を踏まえ,各学校においては,卒業式及び入学式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導が,学習指導要領に基づき適正に実施されるようにしてください。」
との記載がある。

(4) 平成11年2月23日付け通知
[43] 被控訴人の教育長は,平成11年2月23日,各県立学校長に対し,「学校における国旗及び国歌の取扱いについて(通知)」と題する文書(以下「取扱通知」という。)を発した。その内容は,当該文書別紙のとおり君が代についての見解をまとめたので,これを踏まえて,卒業式及び入学式における国旗及び国歌の取扱いを適正に行われたいというもので,その別紙には
「日本国憲法の下での『君が代』は,国民統合の象徴である天皇を持つ我が国が繁栄するようにとの願いを込めた歌であると解釈すべき」
との記載がある。

(5) 卒業式及び入学式の実施状況報告
[44] 被控訴人の高校教育課長等は,同日,各県立学校長宛に,卒業式の実施状況についての報告を求め,同年4月2日には,被控訴人の教職員課長等が,各県立学校長宛に,入学式の実施状況について報告を求めた。
[45] 以後,毎年,被控訴人は,教育長から各県立学校長宛文書で,卒業式及び入学式の実施状況について報告を求めた。その報告書の様式をみると,平成12年2月に配布された様式からは「2 式の状況」「(2)教職員の状況」にかっこ書きで「国歌斉唱時の着席等」との記載が追加され,平成13年2月に配布された様式からは「服務状況報告書」の欄外注意書に,記入する対象者として「国歌斉唱時不起立であった者」が加えられた。そして,被控訴人は,平成14年2月に,参考資料として職務命令や不起立行為をした教職員等への対応について日を追って細かい手順が記載されたもの(甲223)を配布し,併せて,卒業式・入学式における教職員への対応記録の報告を求めた。上記参考資料には,学校長は複数回,職員会議等で「国歌斉唱の際には,起立してください。」と発言し,留意事項として「お願いします。」とは絶対に言ってはならないと記載してある。

(6) 学校長の処分
[46] 県立高等学校での平成10年度卒業式での国旗掲揚の実施率は100%,国歌斉唱の実施率は87.1%であった。また,同平成11年度入学式での国歌斉唱の実施率は97.8%であった。
[47] 被控訴人は,平成11年3月23日,平成10年度卒業式において国歌斉唱を適正に取り扱わなかったとして,県立学校長17名を戒告,4名を文書訓告にした。さらに,平成11年4月26日,平成11年度入学式において国歌斉唱を適正に取り扱わなかったとして,県立学校長4名に戒告等の処分をした。

(7) 国旗及び国歌に関する法律の施行
[48] 平成11年8月13日,国旗及び国歌に関する法律が公布され,即日施行された。

(8) 被控訴人広報誌の記載
[49] 被控訴人は,平成12年1月発行の広報誌「くりっぷ」の最終頁の上半分に「卒業式・入学式での国旗掲揚と国歌斉唱について」と題する記事を掲載し,その最後に
「卒業式・入学式での国旗掲揚・国歌斉唱を学習指導要領に基づきすべての公立学校で実施します。」
との文言を印刷し,これを保護者,教職員に配布した。そして,翌年1月発行の「くりっぷ」にも同様の記事を掲載し,配布した。

(9) 卒業式及び入学式における国旗掲揚国歌斉唱の実施率
[50] 県立高等学校における平成11年度卒業式及び平成12年度入学式での国旗掲揚の実施率は100%,国歌斉唱の実施率は100%であった。
[51] 同争点についての当裁判所の判断は,原判決28頁20行目「平和的な国家」を「国際社会の一員」に訂正するほか,原判決「事実及び理由」第3の2(26頁1行目から29頁17行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
[52](1) 同争点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」第3の1(24頁26行目から25頁25行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

[53](2) 控訴人らは,被控訴人が各学校長に対し,教職員に対する起立命令を明確に発出するよう予め指示(命令)していた(甲223)との事実を前提に,それでもなお起立要請がされていたとして,職務命令の不存在を主張する。
[54] しかし,前記認定によれば,被控訴人が各県立学校長に,明確に職務命令を発するよう指示する参考資料(甲223)を送付したのは,平成14年2月であると認められ,他方,学校長が「お願いする」などの言辞で起立を求めたのは,平成13年4月に実施された入学式の事例であることについては,控訴人らは明らかに争わないから,控訴人らの主張は,前提を欠き理由がない。

[55](3) また,控訴人らは,本件各職務命令に「お願いする」といった言辞が用いられていたから,本件各職務命令を職務命令と認識していなかったと主張する。
[56] 前提事実ないし前記認定のとおり,学習指導要領には国旗国歌条項が定められており,被控訴人は平成10年に広教委指第13号により,各学校長に対し,卒業式及び入学式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導が学習指導要領に基づき適正に実施されるよう指示をしたこと,被控訴人は,本件各職務命令に先立つ,平成12年1月,平成13年1月ころ,被控訴人の広報誌に,すべての公立学校で卒業式・入学式の国旗掲揚・国歌斉唱を実施する旨の記事を大きく掲載したことが認められ,さらに,控訴人らが,本件各職務命令より以前に,入学式ないしは卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったため文書訓告の処分を受けていたことに争いはない。
[57] そして,いわゆる職務命令とは,権限ある上司が被用者に対して発する業務の遂行のために必要な指示,命令であり,客観的にみてそのような指示,命令であれば,これを職務命令と解して差し支えなく,その際,「お願いする」といった言辞が用いられたからといって,教職員らの諾否等を待ったり確認する趣旨のものでないことは明らかというべきであり,これを業務命令と解することの妨げにはならない。
[58] 上記学校長の「お願いする」との言辞が,業務の遂行のため必要な指示命令としてなされたことは,学習指導要領の内容及び従前,被控訴人が控訴人らに対し卒業式ないし入学式の国歌斉唱の際の不起立を理由に文書訓告の処分をしていたことからすれば,客観的に明らかというべきで,直截な命令調でなく,「お願いする」との丁寧な言辞が用いられたことや,控訴人らが国歌斉唱の際の起立の必要性や適法性に疑問を持っていたことは,職務命令該当性そのものを左右するものではない。そして,当審での証拠調べの結果に照らしても,上記認定を覆すに足る証拠はない。他方,控訴人らの主張する控訴人らの歴史観や思想信条(原判決説示33頁15行目から同頁25行目まで)に照らせば,控訴人らは,卒業式や入学式に対する被控訴人の方針や態度の推移に注意を払っていたと推認でき,上記文書訓告の処分や被控訴人の広報誌の記事により,各学校長の発言内容の職務命令該当性を認識していたということができる。
[59] したがって,控訴人らの主張は理由がない。
[60] 控訴人らは,本件における被控訴人の教育現場での国旗国歌条項の運用は,大綱的基準の範疇を超え,明らかに「不当な支配」に該当し,教育基本法10条1項に違背していると主張する。

[61](1) 学習指導要領が卒業式及び入学式などにおいて国旗掲揚及び国歌斉唱を指導するよう定めていたこと,被控訴人が文部省の是正指導を受けて,平成10年12月に広教委指第13号により,各学校長に宛て,国旗及び国歌の取扱いが学習指導要領に基づき適正に行われるよう指示したこと,そして,被控訴人は,平成11年2月から,各学校長に対し,卒業式及び入学式の実施状況について報告を求め,国歌斉唱を適正に取り扱わなかったとして同年3月及び同年4月に学校長を戒告処分等にしたこと,県立高等学校における平成12年3月の卒業式及び同年4月の入学式の国歌斉唱率は2年前の10%台前半が100%になったこと,さらに,被控訴人は,国歌斉唱時の教職員の起立状況や不起立への対応状況について子細に報告を求めており,このことからでも被控訴人は,各学校長に対し,教職員に国歌斉唱時の起立を命じることを求めていたというべきであり,その後,被控訴人は,国歌斉唱時に起立しなかった教職員を文書訓告に処した上で,被控訴人が,各学校長により教職員に起立を命じられた(本件各職務命令)にも拘わらず,それに従わなかった控訴人らを戒告処分にした(本件各処分)ことは前記認定のとおりである。上記経緯に照らせば,これら被控訴人の学校長に対する指導(以下「一連の指導」という。)が国旗国歌条項の趣旨の徹底を図るためのものであると認められる。

[62](2) 教育基本法10条は,教育が「不当な支配」に服することがなく,国民全体に対し,直接責任を負って行われるべきことを定めているが,これは,教育が,教師と生徒との直接の人格的接触を通じて行われるものであって,子どもの個性に応じて弾力的に行わなければならず,そこに教師の自由な創意と工夫の余地が要請されること及び教育法体系においては,地方の住民に直結した形で各地方の実情に応じた教育を行うこと,すなわち教育の地方自治の制度がとられていることが前提となっている。そして,同法前文及び1条が明らかにしているその基本理念に照らせば,同法10条は,戦前の我が国の教育が国家による強い支配統制の下で形式的・画一的に流れ,ときに軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びることがあったことに対する反省から,教育に対する権力的介入,特に行政権力によるそれを警戒し,こうした影響力の行使が抑制的であるべきとの態度を表明したものと解される。
[63] しかし,他方で,憲法が,教育の機会均等及びそれを担保するものとしての全国的な一定水準の教育の確保を求めていると解されること,したがって,教育の裁量性は,こうした子ども自身の利益の擁護のため自ずと制限されざるを得ないこと,片や,教育法の体系をみると,各地方の住民に直結した形で,各地方の実情に適応した教育を行うことが教育の目的及び本質に適合するという考え方に基づいて教育委員会制度が設けられたこと,教育委員会は,教育の地方自治の立場から地方公共団体の教育に関する事務を自治的に決定・執行する行政機関であること,そして,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)によれば,都道府県教育委員会は,その所管する学校等の職員の任免その他人事に関する権限を有し(地教行法23条3号)、また,同条5号は,都道府県教育委員会がその所管する学校等に対して有する管理,執行権限につき,同法48条2項2号(文部科学大臣〈平成11年法律第160号による改正前は文部大臣〉が都道府県等を通じて行う学校の教育課程その他学校運営についての関与・介入について,指導及び助言を限度とするもの。)のような限定を加えていないことを勘案すると,教育基本法10条1項は,教育内容や教育方法等について,教育行政機関による一定の関与を許容しているというべきであり,都道府県教育委員会は,教育課程に関する管理権を定めた地教行法23条5号に基づき,学校の教育課程に関し,指示,指導及び助言を行うとともに,特に必要な場合には具体的な命令を発することができると解するのが相当である。
[64] もっとも,上記のとおり,教育が,教師と生徒との人格的接触を通じて成し遂げられることからすれば,学校の教育課程についての事務は,本来,生徒と直接接触する学校自体がよく行いうるものであり,教育基本法10条1項が教育行政における「不当な支配」にも服することがなく,国民全体に対し,直接責任を負って行われるべきことを定めた趣旨に照らせば,教育委員会の指示,命令権限は,教師による創造的かつ弾力的な教育の余地を奪うものであってはならず,かつ,許容された教育目的のために,必要かつ合理的な範囲内に限られるべきである。

[64](3) そして,児童生徒が,将来,国際社会において尊敬され,信頼される人間として成長していくためには,我が国の国旗及び国歌はもとより,諸外国の国旗及び国歌に対する正しい認識と,それらを尊重する態度を育てることが重要であるとして,被控訴人が,国旗掲揚,国歌斉唱の指導を進めてきたことは前記認定のとおりである。
[65] こうした教育目的は,国際協調主義を定める憲法及びその理想実現を教育の力にまつべきものとした教育基本法(前文,1条)の精神に沿うものということができる。そして,儀式的行事における国歌斉唱は,国歌が国の象徴の一つであることから,わが国に限らず,起立して行うことが儀礼にかなうとされていることは公知であり,教育現場における同種行事についても,教職員に対し,それに沿った行動を求めることには合理性があるということができる。そして,県内において,極めて多数の県立学校において入学式及び卒業式での国歌斉唱自体が実施されていなかったことは前記認定のとおりであり,被控訴人は,このような状況の中,文部省(当時)からの是正指導を契機として,各学校長らに対し,上記一連の指導をしたものであり,卒業式及び入学式での国歌斉唱の実施及び国歌斉唱時の起立という具体的な命令を発する必要性もあったというべきである。
[66] なお,前記認定のとおり,被控訴人は,国歌である君が代の解釈について,取扱通知の別紙で通知した上,これを踏まえて,卒業式及び入学式における国旗及び国歌の取扱いを適正に行われたいとの指示をしているが,これは,君が代の歴史的背景や歌詞についての様々な見解が教育現場における儀式的行事の円滑な運営に少なからぬ影響を及ぼしていることから,現行民主憲法の下での君が代の解釈のあり方につき,被控訴人として,国の見解を踏まえた解釈を示したものと認められる。この通知,指示は,上記のとおり,あくまで儀式的行事を円滑に運営する目的に出たものであって,君が代が歴史的に負わされてきた一定の解釈,評価を教育内容そのものに反映させようとする意図に基づくとみるべきではなく,教師が,国歌をめぐるこうした歴史的背景や歌詞に関する様々な見解を教えることを制約等するという,教育内容に立ち入ったものではないと解される。
[67] 以上を総合すれば,教職員に対し,儀式的行事における国歌斉唱時に起立して儀礼を示すよう命じることが,教師による創造的かつ弾力的な教育のあり方を侵害し,あるいは,その余地を奪うものとみることはできない。

[68](4) したがって,被控訴人による一連の指導が「不当な支配」に該当するとはいえない。
[69](1) 同争点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」,第3の5(32頁5行目から33頁11行目まで。ただし,32頁9行目「目指し」から10行目「備えた」までを「めざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた」に改める。)のとおりであるから,これを引用する。

[70](2) これに対し,控訴人らは,卒業式等における君が代斉唱時に参加者全員に対して一律に起立斉唱するよう,教職員から号令が掛けられるとともに,教職員らが全員一律に起立斉唱するという状況が作出されれば,個々の生徒が自らの自由な意思に基いて不起立を選択することもまた困難となり,生徒の思想良心の自由を侵害すると主張する。
[71] 被控訴人が,各学校長を通じ,控訴人らに対し,入学式及び卒業式の国歌斉唱時の起立を命じたことは前記のとおりであり,これは,国歌斉唱時に教職員が率先して起立することにより,儀式的行事における儀礼を示し,間接的に生徒に働きかける効果を期待したものということができる。すなわち,学校教育の現場において一定の権威的地位を有する教員が国歌斉唱の際に起立し,そのような行動自体が生徒の行動の模範となるものとして,生徒の内心に対し一定の働きかけをするという効果を期待したものである。
[72] そして,教育の実践という面を伴うとはいえ,保護者や学校外の関係者も出席する儀式的行事の場面においては,教育内容そのものにおけるとはまた違った要素から,このような生徒の内心に対する一定程度の働きかけを伴うことは不可避であり,上記のような間接的な働きかけは,方法としても穏当なものであって,これを直ちに生徒に対する強制ということはできない。そして,控訴人ら主張のとおり,卒業式や入学式においては,国歌斉唱に際し,教職員が参加者全員に対し,一律に起立斉唱するよう号令をかけるのが一般的な式の進行ということができるが,これとともに教職員が起立するからといって,その状況をもって,生徒に対する起立の強制とまではいうことができない。
[73] また,本件各職務命令は,学習指導要領の国旗国歌条項の趣旨の徹底を図るためのものであることは前記のとおりである。そして,同条項は,その内容に照らし,最終的には,生徒が自由な意思に基づいて国歌を斉唱することを目標とするものということができるが,国歌斉唱時の起立それ自体が,生徒らの沈黙の自由を侵害するものでないことは原判決説示(33頁5行目から同頁7行目まで及び35頁15行目から同頁24行目まで)のとおりである(一部を重ねて引用する。)。
[74] 控訴人らは,国歌斉唱の際,起立することが社会的儀礼ということ自体が,一定の立場からの発想でしかないと主張するが,一つの行為が如何なる意義を有するか,また,何を象徴するかは,少数意見に配慮しつつも,社会通念に従って判断するほかなく,本件の証拠関係に照らしても,国歌斉唱時の起立をもって,社会的儀礼を超える意義まで有するというには至らない。

[75](3) そうすると,生徒が自由な意思に基いて,国歌斉唱時の不起立を選択できないという状況をもって,憲法19条に違反するということはできず,控訴人らの主張は理由がない。
[76](1) 同争点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」,第3の6(33頁14行目から37頁22行目まで)のとおりであるから,これを引用(一部重複)する。

[77](2) これに対し,控訴人らは,儀式において国歌斉唱の際に起立することは,君が代を敬う気持ちを表明することであり,本件各職務命令は,これを公権力によって強制することに外ならず,君が代を敬う気持ちがあるような態度表明をすることは,自己が内心に抱く思想信条に対する裏切り行為に他ならないと主張する。
[78] 控訴人らが,不起立行為に及んだ理由,動機は必ずしも同一ではなく,控訴人らの感情,信念,信条は,それぞれの人生体験,わが国の過去についての歴史認識や職業意識などにより個々の控訴人につき多元的に形成されたものというべきである。これらは社会生活上の信念を形成しているとみられるから,このような精神活動それ自体を公権力が否定したり,公権力が精神活動それ自体に着目して,その内容の表明を求めることは,憲法19条が保障する思想及び良心の自由を侵害するものとして許されないことはいうまでもない。
[79] そして,控訴人らが,教育公務員として参加した学校行事である卒業式ないし入学式において,国歌斉唱時の起立を拒否することは,控訴人らにとっては,上記のような社会生活上の信念に基づく一つの選択であるといえるが,これと不可分に結びついているということはできず,これら行事において,国歌斉唱の際に起立を求める職務命令が,直ちに控訴人らの有する歴史観ないし世界観それ自体を否定するものになるということはできない。
[80] そして,卒業式ないし入学式という式典の場において,国歌斉唱時に起立することは,一般に儀式・式典においてとられる儀礼的行為というべきであり,控訴人らは,生徒を指導教育する立場にある教育公務員であって,一般に学校で主催される式典において,生徒に率先して教職員が起立することは,生徒に範を示す,通常の振る舞いであると解されている。これらを勘案すれば,控訴人らが本件職務命令のとおりの行動をすることが,その者の有する特定の思想などの精神活動自体の表明になるものではないというべきである。
[81] そして,国歌斉唱時に起立するという本件職務命令の命ずる行為が控訴人らの内心領域における精神活動に影響を与えうることは否定できないとしても,憲法15条2項は「すべて公務員は,全体の奉仕者であ」ると定め,地方公務員法も地方公務員が地方公共団体の住民全体の奉仕者(同法30条)との特殊な地位であることを定め,これが担っている職務の公共性に鑑み,統一的で円滑な公務を確保する趣旨から,地方公務員に上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務を課している(同法32条)。さらに,学習指導要領は,高等学校教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のため,必要かつ合理的と認められる大綱的基準を定めたものと解することができ,基本的には法規としての性格を有するものと解されることは前記のとおりで,控訴人らは,公教育に携わる公務員として,学習指導要領という基準に沿った指導を行い,生徒を教育する法律上の義務を負っていたものである。他方,生徒としても,学習指導要領で定められた一定水準の教育を受ける機会が確保されるべきで,これは,教科教育に限定されるものではなく,集団活動を通じて修得されるべき教育上の利益についてもいえるものである。卒業式及び入学式といった学校行事は,教師が単独で担当する授業と異なり,学校全体で実施する,ある意味社会に開かれたものであり,それが各教師個々人の裁量に委ねて無秩序に流れては,その意義が損なわれることになるから,生徒の上記教育上の利益のため,学校行事における個々の教師の裁量の範囲は自ずと制限されるというべきである。控訴人らの主張する思想良心の自由は,教育職員としての行為に関するものであるから,同様に,制約に服するというべきである。
[82] そして,本件各職務命令は,卒業式ないし入学式における国歌斉唱の際,起立を求めるものであり,これは,国歌斉唱を円滑かつ効果的に実施し,学校生活に有意義な変化や折り目をつけ,新しい生活の展開への動機付けとなるよう,式典における厳粛で清新な雰囲気を形成するものとして必要な行為であって,学習指導要領の趣旨にかなうもので,その目的及び内容が不合理ということはできない。
[83] そうすると,本件各職務命令は,控訴人らの内心領域における精神活動に影響を与えうるものであるが,公務員の職務の公共性に由来する必要かつ合理的な制約として許容されるものと解され,控訴人らの思想及び良心の自由を侵害するものとして憲法19条に反するとはいえない。
[84] 同争点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」第3の3(29頁19行目から30頁15行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
[85] そして,本件各職務命令は,被控訴人の「不当な支配」に基づくものとはいえず,また,本件各職務命令は,生徒らの思想良心の自由等を侵害するものとも,控訴人らの思想良心の自由を侵害するものともいえないから,本件各職務命令が違憲違法であるともいえず,控訴人らの主張は理由がない。
[86] 同争点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」,第3の7(37頁25行目から39頁20行目まで。ただし,39頁18行目「原告らが負担する不利益」を「本件各職務命令違反の態様からして各式典に格別の混乱等が生じたとは認められないことや本件各処分により将来的に給与上の不利益が生じ得ること」に改める。)のとおりであるから,これを引用する。
[87] 以上のとおり,控訴人らの控訴はいずれも理由がないから,本件各控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 廣田聰  裁判官 松葉佐隆之
  裁判官中山節子は,転補につき,署名押印できない。
  裁判長裁判官 廣田聰
控訴人(1審原告)
 1 控訴人(36号事件1審原告)  P6
 2 同             P7
 3 同             P8
 4 同             P9
 5 同             P10
 7 同             P12
 8 同             P13
 9 同             P14
 10 同             P15
 12 控訴人(両事件1審原告)   P17
 13 控訴人(36号事件1審原告)  P18
 14 同             P19
 15 同             P20
 16 同             P21
 17 同             P22
 18 同             P23
 19 同             P24
 20 同             P25
 21 同             P26
 22 同             P27
 23 同             P28
 24 同             P29
 25 同             P30
 26 同             P31
 27 同             P32
 28 同             P33
 29 同             P34
 30 同             P35
 31 同             P36
 32 同             P37
 33 同             P38
 35 同             P40
 36 同             P41
 37 同             P42
 38 同             P43
 39 同             P44
 40 同             P45
 41 同(亡P1訴訟承継人)    P2
 42 同             P3
 43 同             P4
 44 同             P5
    同法定代理人親権者母   P2
 45 控訴人(36号事件1審原告)  P46
    控訴人ら訴訟代理人弁護士 外山佳昌 山田延廣 藤井裕

被控訴人(1審被告)兼処分行政庁  広島県教育委員会
    同代表者委員長      D1
    同訴訟代理人弁護士    水中誠三
    同指定代理人       D2 外8名

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