吉祥寺駅構内ビラ配布事件
控訴審判決

鉄道営業法違反、建造物侵入被告事件
東京高等裁判所 昭和58年(う)第108号
昭和59年1月23日 第3刑事部 判決

被告人 山本健 外3名

■ 主 文
■ 理 由


 本件各控訴を棄却する。


[1] 本件各控訴の趣意は、弁護人山口紀洋が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官山中朗弘作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

[2] 論旨は、多岐にわたるが、要するに、次のようなものである。
本件については、被告人らの間に共謀も存在せず、可罰的違法性もなく、犯罪の嫌疑がないのに、検察官は被告人らについてなされた違法逮捕を糊塗するため、また、被告人らが狭山裁判について批判的な政治的、社会的信条を有したため差別的に、公訴を提起したものである。したがつて、本件起訴は、憲法21条1項等に定める国民の基本的人権を侵害するものであり、起訴自体が棄却されるべきであるのに、原判決は、右起訴を容認して、公訴棄却の裁判をなさず、さらに事実を誤認し法令の適用を誤つて被告人らを鉄道営業法違反、建造物侵入の各罪により有罪としたものであるから、原判決には憲法21条1項等の違反、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤り、がある。
[3] しかしながら、所論が、本件起訴及び原判決が憲法21条1項等に違反するとして、るる主張するところは、ひつきよう独自の見解に立脚して立論を展開し、原判決を論難するものであり、原判決挙示の関係証拠によれば,原判決の罪となるべき事実の認定及び弁護人の主張に対する判断は、それぞれ「同日午後6時48分ころから」とある部分につき、いずれも「同日午後6時48分以降数分の間ころから」と認めるのが相当であるほかは、おおむね相当としてこれを是認することができ、原判決に、憲法違反はもとより、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤りがあるとは認められない。
[4] 以下、若干補足する。

[5] 所論は、本件起訴がいわゆる狭山裁判糾弾活動に対する弾圧としてなされた違法、かつ差別的起訴である旨の弁護人の主張に対して、原判決が実質的判断を加えることなく、これを排斥したのは違法である、と主張する。
[6] しかし、そもそもこのような主張は刑訴法335条2項所定の必要的判断事項に属する主張ではないから、これに対して判断を示さないことが訴訟手続の法令違反にならないばかりでなく、原判決は、弁護人の主張に対する判断の項二において付言しているとおり、同一の項において詳細説示するところから右主張の理由のないことは明らかであるとしているのであるから、所論は採用できない。

[7] 所論は、また次のように主張する。
(一)(1) 憲法21条1項は、何の留保条件もなしに表現の自由を保障しているのに、原判決の判断は、明治憲法のもとにおけるがごとく、日本臣民は鉄道営業法の範囲において言論等の自由を有すと主張しているのに等しい。
  (2) 本件現場は、京王帝都電鉄株式会社の所有に属している空間であるが、同会社は、被告人らの言論、表現の自由等のためその所有権を利用する責任を負つている。
  (3) 右会社の定款には、言論、表現を弾圧することに関する事項は含まれていないから、同会社は、被告人らの言論、表現の自由を抑圧することはなし得ない。
(二) 本件現場は、道路交通法2条1号にいう道路で、かつ同条2号の歩道に該当し、鉄道営業法35条にいう鉄道地内にはあたらない。
[8] しかし所論(一)については、その主張自体理由がないことが明白なものを含むが、さらに、原判決が弁護人の主張に対する判断の項一1(二)、(三)において詳細説示するところから、また、所論(二)については、原判決が同項一1(一)において詳細説示するところから、その理由のないことはおのずから明らかであり、所論はいずれも採用できない。

[9] 所論は、原判示第二の事実につき、原判決には以下に述べるとおり事実誤認があり、しかもこれらの点は本件起訴当時からすでに明らかな事実であり、検察官において当然これを知つていたにもかかわらず弾圧的目的や違法逮捕を糊塗するためあえて公訴を提起したものであるから、本件はそもそも嫌疑なき起訴として公訴が棄却されるべきであつた、とする。
(一) 被告人らはそれぞれ道路までの部分を含め常に遊動し、その行動は変転極りない状態にあつたのであり、およそ滞留という概念に該当しない。しかるに原判決は、被告人ら個々の行動を十把一からげにとらえ、「被告人らを含む十数名のうち、その大部分の者が本件現場に滞留していた」として事実認定を誤つたものである。
(二) 原判決は、「午後6時48分ころ、被告人鈴木啓太郎、同高松創及び同青山茂ほか数名は、京王吉祥寺駅南口に警察官が来ている旨知らせられるや、早速本件現場に駆けつけ」とし、右被告人らが午後6時48分ころから午後7時10分ころまで20数分間にわたり本件現場に滞留したとするが、右被告人らが本件現場に到着した時間は、同一でなく、一番早い被告人鈴木でさえ午後6時52、3分ころであり、また、午後7時4、5分ころには警察官も規制が成功したと考え警告もしていないのであつて、原判決の右時間の認定は誤りである。
(三) 被告人山本らの集団が規制されて寄せられ、後に被告人鈴木、同高松、同青山らが到着した場所は、本件現場のシヤツターの外側であるところ、右シヤツターの外は、人の看守する場所にも建造物にもあたらない。しかるに原判決が、右場所を人の看守する建造物に該当するとしたのは、認定を誤つたものである。
以上のように主張する。
[10] そこで、まず所論(一)について検討すると、この点については、原判決が、弁護人の主張に対する判断の項一2(二)において説示するとおりである。なお若干付言すると、関係証拠によれば、原判示罪となるべき事実冒頭記載の経過により、被告人山本において本件当日午後6時30分ころから本件現場である原判示井の頭線吉祥寺駅南口1階階段付近において、原判示の目的で、山本あけみ、島本達哉ら約5名の者と共謀のうえ、演説、ビラ配付等の行為を続け、同駅助役杉本雪晴から再三中止、退去の要求を受けながらこれをやめようとしなかつたこと、右杉本の電話による要請で吉祥寺駅南口の派出所において勤務中の警察官棚井学が午後6時48分ころ本件現場に到着したこと、これを認めた前記島本達哉は、本件現場近くの国鉄吉祥寺駅北口付近で被告人山本らと同様の目的でビラ配付等をしていたグループの一員である被告人鈴木のもとに赴き「警察官が来たから見に来てくれ。」等と告げたこと、被告人鈴木はこれに応じて本件現場へ駆けつけ、若干様子を見た後、いつたん北口へ取つて帰り、北口のグループの者らに「警察官が来ている。人数が必要だ。」等と声をかけ、再び本件現場に戻つたこと、右被告人鈴木の呼びかけに応じて被告人青山、同高松その他北口にいたグループの者らは本件現場へ移動し、被告人山本、同鈴木らに合流したこと、そして被告人ら10数名の者は意思相通じ、被告人鈴木において携帯用拡声器を使用して演説し、他の者もこれに呼応し、あるいはビラを配付する等し、右行為の中止、退去を求める前記杉本助役及び前記棚井や同人に続いて本件現場に臨場した警察官らに対し抗議する等し本件現場に滞留していたが、午後7時10分ころ一斉に2列縦隊となり気勢をあげつつ、本件現場から北口へ蛇行しながら移動したこと、なお本件現場から北口まではゆつくり歩いて1分程度の距離であることなどの諸事実を認めることができ、被告人らの原審公判廷における各供述中右認定に添わない部分は採用することができない。
[11] 右によれば、被告人山本は、本件当日午後6時30分ころから本件現場において数名の者と共謀のうえ前記行為を続け、被告人鈴木、同青山、同高松は午後6時48分から数分の間に、あいついで本件現場に至り、右被告人山本らと合流し、意思相通じて、そのころから午後7時10分ころまでの間本件現場に滞留し、前記行為を続けたものであることが明らかで、仮にその間ビラを配付する等の行動にともない若干本件現場から移動する者があつたとしても、前示のとおり被告人らは本件につき共謀のうえ行動したもので、原判決は被告人ら個々の行動を逐一判示しているものでなく、また、その必要もないのであるから、所論は採用の限りでない。
[12] 次に所論(二)につき考えると、原判示罪となるべき事実第一、第二及び弁護人の主張に対する判断の項一3中に、それぞれ「同日午後6時48分ころ」とある部分は、前認定の経過に照らし若干正確性を欠き、冒頭説示のように認めるのが相当であるが、右はもとより判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認とは認められないし、関係証拠を検討しても、右の点以外に、原判決の犯行時刻等の認定に誤りがあるとは認められない。
[13] さらに所論(三)につき考えると、関係証拠によれば、所論のいうシヤツターは、本件現場である井の頭線吉祥寺駅南口1階階段下の支柱と支柱の間に設置され、右支柱の横面に溝をうがち、上部からシヤツターが下りるようになつていて、その位置は駅舎の外壁よりも引つこんだところにあり、床面は道路と若干の段差があつて画然と区別されていることが明らかで、シヤツターの外も建造物の一部であることは疑いをいれず、また、シヤツターの内外により管理者の管理を異にする特段のいわれもなく、前掲証拠によれば、前記支柱のシヤツター溝の外の部分の横面に
「駅長の許可なく駅用地内にて物品の販売、配付、宣伝、演説等の行為を目的として立入る事を禁止致します 京王帝都吉祥寺駅長」
と記載した掲示が取り付けられていることも認められ、右シヤツターの外部にも管理権者の看守が及んでいることは明らかであるから、所論は採用できない。

[14] 所論は、本件について公正な判断をするためには本件現場の検証が必要であるのに、原審裁判所が、弁護人の右検証の申請を却下したのは、証拠の採否に関する裁判所の裁量権を著しく逸脱したもので、判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反であると主張する。
[15] しかし本件現場付近の状況は、原審が適法に取り調べた司法警察員作成の実況見分調書2通、写真撮影報告書2通(ただし、取調べから除かれた部分を除く。)その他の関係証拠により本件審理に必要かつ十分な程度に明らかであるから、所論をいれる余地はない。

[16] 所論は、東京高等裁判所昭和38年3月27日判決(高刑集16巻2号194頁)を援用し、右判決に照らし本件現場が駅構内といえないことは明らかであるのに、原判決は、右判決が本件と事案を異にし、適切でない旨無責任、無内容な判示をして弁護人の主張を排斥したと論難する。
[17] しかし、同判決は、駅構内の意義について判示したものでなく、原判決は、本件現場が刑法130条にいう人の看守する建造物に該当しない旨の原審弁護人の主張を排斥するにあたり、右判決は本件と事案を異にし適切でない旨判示しているものであることが明らかであるが、右の観点から原判決の判断の当否を検討しても、原判決が弁護人の主張に対する判断の項一2(一)において説示するところに誤りがあるとは認められない。
[18] すなわち、本件現場である原判示吉祥寺駅南口1階階段付近は、構造上同駅駅舎の一部であり、同駅の財産管理権を有する同駅駅長がその管理権の作用として、同駅構内への出入りを制限し、もしくは禁止する権限を行使しているのであるから、同駅長の看守する建造物に該当することは明らかで、同駅の営業時間中本件現場が一般公衆に開放され事実上人の出入りが自由であるからといつて、同駅長の看守内にないとすることはできない(昭和34年7月24日最高裁判所第2小法廷判決刑集13巻8号1176頁参照)。
[19] 所論引用の東京高等裁判所判決は、国鉄上野駅正面玄関を入つたところの出札窓口付近のホールが、同駅駅舎の一部として同駅駅長の管理下にあるにもかかわらず、事実上人の出入りが自由であること等を理由に、刑法130条にいう人の看守する建造物にあたらない旨判示しているが、右見解には賛同できない。

[20] その他各所論を逐一、十分検討しても、これをいれるに由なく、論旨は理由がない。
[21] よつて、刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧