群馬司法書士会事件
上告審判決

債務不存在確認請求事件
最高裁判所 平成11年(受)第743号
平成14年4月25日 第1小法廷 判決

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官深澤武久の反対意見
■ 裁判官横尾和子の反対意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 本件は,司法書士法14条に基づいて設立された司法書士会である被上告人が,阪神・淡路大震災により被災した兵庫県司法書士会に3000万円の復興支援拠出金(以下「本件拠出金」という。)を寄付することとし,その資金は役員手当の減額等による一般会計からの繰入金と被上告人の会員から登記申請事件1件当たり50円の復興支援特別負担金(以下「本件負担金」という。)の徴収による収入をもって充てる旨の総会決議(以下「本件決議」という。)をしたところ,被上告人の会員である上告人らが,(1)本件拠出金を寄付することは被上告人の目的の範囲外の行為であること,(2)強制加入団体である被上告人は本件拠出金を調達するため会員に負担を強制することはできないこと等を理由に,本件決議は無効であって会員には本件負担金の支払義務がないと主張して,債務の不存在の確認を求めた事案である。

[2] 原審の適法に確定したところによれば,本件拠出金は,被災した兵庫県司法書士会及び同会所属の司法書士の個人的ないし物理的被害に対する直接的な金銭補てん又は見舞金という趣旨のものではなく,被災者の相談活動等を行う同司法書士会ないしこれに従事する司法書士への経済的支援を通じて司法書士の業務の円滑な遂行による公的機能の回復に資することを目的とする趣旨のものであったというのである。
[3] 司法書士会は,司法書士の品位を保持し,その業務の改善進歩を図るため,会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とするものであるが(司法書士法14条2項),その目的を遂行する上で直接又は間接に必要な範囲で,他の司法書士会との間で業務その他について提携,協力,援助等をすることもその活動範囲に含まれるというべきである。そして,3000万円という本件拠出金の額については,それがやや多額にすぎるのではないかという見方があり得るとしても,阪神・淡路大震災が甚大な被害を生じさせた大災害であり,早急な支援を行う必要があったことなどの事情を考慮すると,その金額の大きさをもって直ちに本件拠出金の寄付が被上告人の目的の範囲を逸脱するものとまでいうことはできない。したがって,兵庫県司法書士会に本件拠出金を寄付することは,被上告人の権利能力の範囲内にあるというべきである。
[4] そうすると,被上告人は,本件拠出金の調達方法についても,それが公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情がある場合を除き,多数決原理に基づき自ら決定することができるものというべきである。これを本件についてみると,被上告人がいわゆる強制加入団体であること(同法19条)を考慮しても,本件負担金の徴収は,会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,また,本件負担金の額も,登記申請事件1件につき,その平均報酬約2万1000円の0.2%強に当たる50円であり,これを3年間の範囲で徴収するというものであって,会員に社会通念上過大な負担を課するものではないのであるから,本件負担金の徴収について,公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情があるとは認められない。したがって,本件決議の効力は被上告人の会員である上告人らに対して及ぶものというべきである。

[5] 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,いずれも採用することができない。

[6] よって,裁判官深澤武久,同横尾和子の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


 裁判官深澤武久の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件拠出金の寄付が被上告人の目的の範囲を逸脱するものではなく,その調達方法についても,会員の協力義務を否定すべき特段の事情は認められないとし,また,被上告人が強制加入団体であることを考慮しても,本件負担金の徴収は,会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,会員に社会通念上過大な負担を課するものではない,とする法廷意見に賛同することができない。
[2] その理由は次のとおりである。

[3]2(1) 司法書士となる資格を有する者が司法書士となるには,その者が事務所を設けようとする地を管轄する法務局又は地方法務局の管轄区域内に設立された司法書士会を経由して日本司法書士会連合会に登録をしなければならない(司法書士法6条1項,6条の2第1項)。登録をしないで司法書士の業務を行った場合は1年以下の懲役又は30万円以下の罰金が定められている(同法19条1項,25条1項)。このように被上告人は,司法書士になろうとする者に加入を強制するだけでなく,会員が司法書士の業務を継続する間は脱退の自由を有しない公的色彩の強い厳格な強制加入団体である。
[4](2) このことは会員の職業選択の自由,結社の自由を制限することになるが,これは司法書士法が,司法書士の業務の適正を図り,国民の権利の保全に寄与することを目的とし(同法1条),司法書士会が業務の改善を図るため会員の指導・連絡に関する事務を行う(同法14条2項)という公共の福祉の要請による規制として許容されているのである。このように公的な性格を有する司法書士会は,株式会社等営利を目的とする法人とは法的性格を異にし,その目的の範囲も会の目的達成のために必要な範囲内で限定的に解釈されなければならない。
[5](3) 被上告人も社会的組織として相応の社会的役割を果たすべきものであり,本件拠出金の寄付も相当と認められる範囲においてその権利能力の範囲内にあると考えられる。ところで,本件決議当時,被上告人の会員は281名で年間予算は約9000万円であり,経常費用に充当される普通会費は1人月額9000円でその年間収入は3034万8000円であるから,本件拠出金は,被上告人の普通会費の年間収入にほぼ匹敵する額であり,被上告人より多くの会員を擁すると考えられる東京会の500万円,広島会の1000万円,京都会の1000万円の寄付に比して突出したものとなっている。これに加えて被上告人は本件決議に先立ち,一般会計から200万円,会員からの募金100万円とワープロ4台を兵庫県司法書士会に寄付している。司法書士会設立の目的,法的性格,被上告人の規模,財政状況(本件記録によれば,被上告人においては,平成7年1月頃,同年度の予算編成について,会費の増額が話題になったこともうかがえる。)などを考慮すれば,本件拠出金の寄付は,その額が過大であって強制加入団体の運営として著しく慎重さを欠き,会の財政的基盤を揺るがす危険を伴うもので,被上告人の目的の範囲を超えたものである。

[6]3(1) 被上告人は2(1)のような性格を有する強制加入団体であるから,多数決による決定に基づいて会員に要請する協力義務にも自ずから限界があるというべきである。
[7](2) 本件決議は,本件拠出金の調達のために特別負担金規則を改正して,従前の取扱事件数1件につき250円の特別負担金に,復興支援特別負担金として50円を加えることとしたのであるが,決議に従わない会員に対しては,会長が随時注意を促し,注意を受けた会員が義務を履行しないときはその10倍相当額を会に納入することを催告するほか,会則に,(ア) 被上告人の定める顕彰規則による顕彰を行わない,(イ) 共済規則が定める傷病見舞金,休業補償金,災害見舞金,脱会一時金の共済金の給付及び共済融資を停止し,既に給付又は貸付を受けた者は直ちにその額を返還しなければならない,(ウ) 注意勧告を行ったときは,被上告人が備える会員名簿に注意勧告決定の年月日及び決定趣旨を登載することなどの定めがあり,また,総会決議の尊重義務を定めた会則に違反するものとして,その司法書士会の事務所の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長に報告し(司法書士法15条の6,16条),同法務局又は地方法務局の長の行う懲戒の対象(同法12条)にもなり得るのである。
[8](3) 本件拠出金の寄付は,被上告人について法が定める本来の目的(同法14条2項)ではなく,友会の災害支援という間接的なものであるから,そのために会員に対して(2)記載のような厳しい不利益を伴う協力義務を課すことは,目的との間の均衡を失し,強制加入団体が多数決によって会員に要請できる協力義務の限界を超えた無効なものである。

[9] 以上のとおり,本件決議は,被上告人の目的の範囲を逸脱し,かつ,本件負担金の徴収は多数決原理によって会員に協力を求め得る限界を超えた無効なものであるから,これと異なる原判決は破棄し,被上告人の控訴は理由がないものとして棄却すべきである。


 裁判官横尾和子の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件拠出金を寄付することは被上告人の目的の範囲外の行為であると考える。その理由は,次のとおりである。
[2] 司法書士法14条2項は,「司法書士会は,司法書士の品位を保持し,その業務の改善進歩を図るため,会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とする。」と規定している。この定めは,基本的には,当該司法書士会の会員である司法書士を対象とするものであるが,司法書士業務の改善進歩を図るために,被災した他の司法書士会又はその会員に見舞金を寄付することも,それが社会的に相当と認められる応分の寄付の範囲内のものである限り,司法書士会の権利能力の範囲内にあるとみる余地はある。しかしながら,原審が適法に確定した事実関係によれば,(1)本件決議がされた前後の被上告人の年間予算は約9000万円であった,(2)本件決議以前に発生した新潟地震や北海道奥尻島沖地震,長崎県雲仙普賢岳噴火災害等の災害に対し儀礼の範囲を超える義援金が送られたことはない,(3)被上告人の会員について火災等の被災の場合拠出される見舞金は50万円である(共済規則18条)というのであり,このような事実を考慮すると,後記のような趣旨,性格を有する本件の3000万円の寄付は、社会的に相当と認められる応分の寄付の範囲を大きく超えるものであるといわざるを得ず,それが被上告人の権利能力の範囲内にあるとみることはできないというべきである。
[3] 原審が適法に確定した事実関係によれば,(1)本件決議の決議案の提案理由(平成7年2月10日ころ臨時総会の開催通知とともに被上告人の会員に送付された。)及び本件決議の行われた臨時総会議事録によれば,本件決議案の提案理由の中には,「被災会員の復興に要する費用の詳細は(中略),最低1人当たり数百万円から千万円を超える資金が必要になると思われる。」との記載があり,被災司法書士事務所の復興に要する費用をおよそ35億円とみて,その半額を全国の司法書士会が拠出すると仮定して被上告人の拠出金額3000万円を試算していること等からすると,本件拠出金の使途としては,主として被災司法書士の事務所再建の支援資金に充てられることが想定されていたとみる余地がある,(2)本件拠出金については,その後,司法書士会又は司法書士の機能の回復に資することを目的とするものであるという性格付けがされていったとしても,前記のようにして試算した3000万円という金額は変更されなかった,(3)本件拠出金の具体的な使用方法は,挙げて寄付を受ける兵庫県司法書士会の判断運用に任せたものであったというのであり,このような事実等によれば,本件拠出金については,被災した司法書士の個人的ないし物理的被害に対する直接的な金銭補てんや見舞金の趣旨,性格が色濃く残っていたものと評価せざるを得ない。
[4] よって,本件拠出金を寄付することが被上告人の権利能力の範囲内であるとして上告人らの請求を棄却した原判決はこれを破棄し,上記と同旨の第1審の判断は正当であるから,被上告人の控訴は理由がないものとして棄却すべきである。

(裁判長裁判官 深澤武久  裁判官 井嶋一友  裁判官 藤井正雄  裁判官 町田顯  裁判官 横尾和子)

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