岩手靖國訴訟
第一審判決

損害賠償代位請求事件
盛岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)第2号・昭和57年(行ウ)第4号
昭和62年3月5日 民事第2部 判決

昭和56年(行ウ)第2号事件原告 井上二郎 ほか2名
昭和57年(行ウ)第4号事件原告 加川和義 ほか9名
右両事件原告ら訴訟代理人弁護士 沢藤統一郎
                菅原一郎
                菅原瞳

昭和56年(行ウ)第2号事件被告 高橋清孝 ほか36名
昭和57年(行ウ)第4号事件被告 中村直  ほか2名
昭和56年(行ウ)第2号事件被告37名訴訟代理人弁護士 梅沢秀次
                         水上益雄
                         中吉章一郎
                         小沢俊夫
                         鈴木利治
昭和57年(行ウ)第4号事件被告3名補助参加人 岩手県
              右代表者知事 中村直
昭和57年(行ウ)第4号事件被告3名及び右補助参加人訴訟代理人弁護士 畑山尚三
昭和57年(行))第4号事件被告3名補助参加人訴訟代理人弁護士    堀家嘉郎

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一 昭和56年(行ウ)第2号事件原告らの主位的請求に関する訴並びに昭和57年(行ウ)第4号事件原告らの被告中村直及び被告小原四郎に対する訴をいずれも却下する。
二 右両事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用(昭和57年(行ウ)第4号事件原告らと同事件被告補助参加人の間に生じた訴訟費用を含む。)はいずれも右両事件原告らの負担とする。

(請求の趣旨)
一 被告らは各自岩手県に対し7万1657円及びこれに対する昭和54年12月22日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言

(被告らの本案前の答弁)
一 本件訴をいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告らの本案に対する答弁)
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
一 当事者
[1] 原告らはいずれも岩手県の住民で、後記の住民監査請求において請求人となった者であり、被告高橋清孝は昭和54年12月当時岩手県議会議長(以下「被告議長」という。)のその余の被告らはいずれも岩手県議会議員の職にあった者である。

二 本件決議
[2] 昭和54年12月19日、岩手県議会は「靖国神社公式参拝について」(発議案第16号)と題する決議案を議題とし、自由民主党、県政クラブに所属する議員39名の賛成により、別紙のとおりの内容でこれを可決した(以下「本件決議」という。)が、被告議長を除くその余の被告36名は右決議に賛成したものである。
[3] ちなみに、右表決に先立って行われた討論においては、日本社会党所属の議員らから右決議案の内容が憲法に違反するとの指摘がなされ、表決においても日本社会党、民社党、日本共産党所属の議員10名が反対した。

三 本件決議の違憲性
[4] 本件決議は、その文言から明らかなとおり、特定の宗教団体である宗教法人靖国神社(以下「靖国神社」という。)の祭神に対し、国家機関としての天皇、内閣総理大臣等の公式参拝を求めることを内容とするものであって、文脈上天皇に国事行為として靖国神社に参拝することを求めるものであり、また内閣総理大臣等に国の代表乃至は機関として靖国神社に参拝することを求めるものである。故に、そのいわゆる公式参拝は、以下に述べるとおり国家機関の宗教活動、特定宗教への援助行為にあたり、かつその参拝のための公金の支出は特定の宗教団体に対し便益を与えることになるから、憲法20条1項後段、同条3項、89条に違反する違憲行為である。したがって、そのような違憲行為を求める本件決議も違憲であるゆえに憲法98条1項により無効であり、また天皇に対する行為を求める部分も憲法4条、7条に違反し、無効である。
[5] すなわち、靖国神社は明治2年に創建された東京招魂社を前身とするが、同社は幕末維新の内戦において、天皇の軍隊に属する戦没者を天皇に対する忠誠故に神として慰霊し、もって、天皇の軍隊の士気を鼓舞する軍事的宗教施設であった。その後同社は明治12年に靖国神社と改称のうえ別格官幣社に列格され、同時に内務、陸、海軍の共同管轄となったが、明治20年には陸、海軍が専管する神社となり、名実ともに軍の宗教施設として一般の神社行政の枠外に置かれた。このように、靖国神社は太平洋戦争の敗戦まで、天皇を現人神としてその政治的権威を宗教に基礎づけた教説及び制度の総体である国家神道の体系中、その軍国主義的、侵略主義的側面を代表する施設であった。
[6] 靖国神社はポツダム宣言第6項及び10項に基づき、国家と陸、海軍から分離せしめられ、宗教法人令(昭和20年勅令第718号)上の宗教法人を経て、昭和27年1月宗教法人法(昭和26年4月3日法律第126号)による単立の宗教法人となったが、その教義、祭祀儀礼は戦前と異なるところはなく、同神社の霊璽(みたましろ)は神鏡と神剣であるが、副霊璽(そえみたましろ)として天皇の軍隊の忠死者若しくは戦争協力者を霊璽簿とよばれる名簿(もとは祭神簿といわれた。これには祭神の氏名、戦没年月日、場所、本籍のある都道府県、軍における所属、階級、位階、勲等などが記入されている。)に記して祭る神道上の宗教施設にほかならない。このような靖国神社に天皇あるいは内閣総理大臣等が公式に参拝を行うことは、同神社に祭られている戦没者の霊の存在を信じ、この霊を宗教的に神と意義づけ、国又はその機関がこれを承認して宗教儀礼を行うことであり、宗教活動にあたる。憲法20条、89条は前述の国家神道、ことに戦前の靖国神社と国家の関係への深刻な反省を踏まえて設けられ、厳格な政教分離の原則をとる趣旨の規定であるから、このような活動が同条に違反することは明らかである。
[7] 仮に、いわゆる津市地鎮祭事件についての最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決(民集31巻4号533頁)が判示するように「憲法の政教分離原則は国家が宗教的に中立であることを要求するものであるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的の関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものである。」との立場にたってみても、公式参拝の目的は、靖国神社の祭神に崇敬の念を表明するという宗教の核心をなす行為そのものであり、その効果が靖国神社という特定の宗教団体を援助することになることは明らかである。また、神道式儀礼においては、神社参拝者は玉串料の名の下に神に金銭を捧げる。公式参拝では国の機関がこれをなす以上、右の玉串料の奉納は公金の支出をもってなされることになり、これは憲法89条が禁止する宗教団体への公金の支出にほかならない。玉串料以外の供物を奉ずる場合や公式参拝に公用車等公の財産を使用することも、特定宗教団体の便益のために使用されるのであるから、違憲を免れない。
[8] 本件決議は以上の靖国神社や戦前の国家神道についての歴史的反省に基づく憲法規範を無視して、歴史の歯車を逆に回転させようとする試みであり、信教の自由を尊重し、厳格な政教分離を原則とする憲法理念に真向から挑戦するものにほかならず、その違憲性は明白である。

四 意見書等の提出
[9] 被告議長は自己の名において本件決議事項を内容とする意見書、請願書、陳情書(以下総称して「意見書等」という。)を作成し、昭和54年12月21日、それらを持参して上京し、内閣総理大臣、総理府総務長官に意見書を、衆参両議院議長に請願書を、各政党に陳情書をそれぞれ提出した。
[10] 被告川口善弥、同伊藤孝、同栃内松四郎、同堀口治五右衛門、同岩城惣一郎、同佐々木洋平、同菅三郎、同工藤堅太郎の8名は右上京に同行し、被告議長とともに意見書等の提出をした。

五 意見書等提出のために岩手県が支出した費用
[11] この意見書等の提出に際し、その準備として、岩手県から意見書等の印刷が他の15件の請願書、意見書と一括して外注されたが、その印刷費は24万5000円であった。また、その提出は他の15件の請願書等と同一機会にされたものであるところ、岩手県が被告らの上京に要した交通費は合計97万3174円であった。したがって、以上合計121万8174円の内本件決議に基づき意見書等を印刷した費用及び被告らが右意見書等を携えて上京し内閣総理大臣等に提出するために要した旅費は、その16分の1にあたる7万6135円であるというべきである(以上右7万6135円を「本件支出」という。)。

六 主位的請求
[12] 本件決議が違憲無効である以上、これが有効に成立したことを前提として、本件決議の内容の実現に寄与する普通地方公共団体乃至その職員の行為は、全て適法性を否定されるものと解すべきところ、被告議長は、本件無効な決議を有効として取扱うことを厳に避止すべき義務を負う者であるにかかわらず、敢て議会の事務の統理者としての権限に基づき、本件決議を意見書等として印刷するための支出負担行為をし、自らも上京しその意見書等を内閣総理大臣等に提出するため旅行命令を決裁(ちなみに、被告議長は自己及び他の議員の旅行命令票に命令権者として押印したものである。)して支出負担行為をした。しかし、被告議長の右行為は何ら適法性の根拠を有しないばかりか、憲法遵守義務を中核とするその誠実な職務遂行義務に違反して違法な公金の支出の原因を作出したもので、これにより岩手県に対し、前記五の印刷費及び旅費総額の内本件決議の内容を実現させる目的のために必要とした費用にあたる7万6135円の損害を与えた。そして、前述のように被告らは昭和54年2月21日意見書等を持参して上京し、内閣総理大臣等にこれを提出したのであるから、印刷費の支払及び旅費の支給手続がその前後にわたってなされたとしても、同日違法な公金の支出がなされたというべきである。
[13] その余の被告らは本件支出がなされることを知りながら、本件決議に賛成してこれを成立させ、もって本件支出の原因となるべき行為をして岩手県に前記の違法な支出をさせ、右同額の損害を与えた。しかして、右被告らは本件支出の原因となるべき行為をなしうる地位にあり、右決議により支出負担行為をしたものであるから、地方自治法(以下単に「法」という。)242条の2第1項4号前段の職員に該当するものというべきである。

七 予備的請求
[14] 被告議長は本件決議に加わらなくとも、これが違憲無効であって、本件決議の内容を公費により意見書等に作成したうえ、上京して関係国家機関に提出することは法令上許されないにもかかわらず、敢てこれを行い、もって、岩手県が支出した前記五の印刷費及び旅費の総額121万8174円中本件決議内容実現目的のために要した部分に相当する前記7万6135円を法律上の原因なくして利得したものであって、その利得につき悪意の受益者というべきである。
[15] その余の被告らは前記の決議内容が違憲無効であることを知り、かつその内容が特定の国家機関に対する一定の要望であって、公式に当該機関への本件決議内容の伝達が行われることを当然に予見しながら本件決議を成立させ、それに基づいて、岩手県職員である支出命令権者をして違法な公金支出としての印刷費及び旅費に相当する本件支出をさせ、同県に7万6135円の損害を与えたことは、同県に対する不法行為を構成する。
[16] しかるに、岩手県は被告議長に対する不当利得の返還請求及びその余の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求を怠っている。

八 監査請求の経緯
[17] そこで、原告らは昭和55年12月20日前記六及び七記載の損害の填補を求めて岩手県監査請求をしたが、昭和56年2月18日同委員から原告らの右監査請求に理由がないとの通知を受けた。

九 結び
[18] よって、原告らは、主位的に、岩手県が法242条の2第1項4号前段の当該職員というべき被告らに対して有する前記違法な公金支出による損害賠償請求権を代位行使し、予備的に、同号後段により、被告議長については岩手県が同人に対して有する不当利得返還請求権の相手方として、その余の被告らについては同県が同人らに対して有する不法行為による損害賠償請求権の相手方として、各自、岩手県に対し、同県が蒙った損害7万6135円の内7万1657円及び損害発生の日(被告議長に対する予備的請求についてはその利得の日)の翌日である昭和54年12月22日から支払済まで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金(被告議長に対する予備的請求については法定利息)の支払を求める。
一 被告適格の不存在
[19] 被告議長は普通地方公共団体の議会の議長であり、その余の被告らはその議会の議員であって、いずれも法242条の2第1項4号の職員ではないから同条による請求の被告適格を欠き、本件訴は不適格である。
[20] すなわち、同条の訴訟の被告となる行為主体は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員の4者が限定的に列挙されていると解されるが、議会の議長及び議員が普通地方公共団体の長、委員会、及び委員のいずれにもあたらないことは明らかである。問題は職員にあたるかどうかであるが、同法の規定の仕方や用語例から考えると、議決機関たる議会の議長、副議長その他の議員を含まないと解するのが相当である。次に、原告らが問題としている本件の印刷費及び旅費の支出負担行為及び支出命令という普通地方公共団体の予算の執行その他の財務会計に関する事務の権限は、法の規定上全て普通地方公共団体の長に属するものと定められており、このことは議会関係の予算の執行についても同様である。
[21] 具体的な本件印刷費及び旅費の支出手続についてみるに、以下のとおりである。まず、意見書等の印刷費の支出手続については「用品調達基金条例(昭和39年3月27日条例第37号、以下「基金条例」という。)4条により、同基金を通じて行う物品購入の手続によって行われるもので、購入の依頼をすることは「議会事務局の職員で吏員その他の職員に併任されているものが処理すべき事務に関する規程」(昭和41年8月23日訓令第30号、以下「併任規程」という。)5条により、議会事務局総務課長の専決事項であり(本件については同課長補佐が代決した。)、議会事務局で作成した消耗品購入票を出納局総務課に提出し、「岩手県知事部局行政組織規則」(昭和37年3月26日規則第11号、以下「組織規則」という。)21条2項4号、「岩手県知事部局代決専決規程」(昭和37年3月26日訓令第4号、以下「専決規程」という。)16条により、出納局総務課長が支出負担行為及び支出命令をしたものである。次に本件旅費の支出手続については併任規程2条により議会事務局職員は旅費に関する予算の執行権限をもたず、具体的権限は組織規則21条2項7号、専決規程7条4号により出納局総務課長の専決事項とされている(なお、課長が不在のときは課長補佐が代決する。)。そこで、議会事務局職員の出張については支出の前提となる旅行命令を議会事務局長が発し、出納局総務課長が支出負担行為及び支出命令をし、議員の出張については議会運営委員会が出張議員を決定し、それに基づいて議会事務局職員が旅行命令票を作成して出納局へ送付し、同じく出納局総務課長が支出負担行為及び支出命令をすることとされている。なお、被告議長は議長、副議長及び議員の出張に当たっては旅行命令票に決裁者として捺印しているが、一般の職員に対する旅行命令が職務命令であるのに対し、議長、副議長、議員間の関係は上命下服の関係になく、議長の捺印は形式的に公務による出張であることを確認する趣旨のものである。したがって、被告らは本件印刷費及び旅費の支出手続についてはなんらの権限がなく、現実にもその支出に関与していないのである。

二 原告適格の不存在
[22] 財務会計上の権限を有する普通地方公共団体の職員の違法な公金の支出を理由とする損害賠償の請求は、その長に対する場合であっても法243条の2の賠償命令の手続に拠るべきであり、右違法な公金の支出につき民法上の不法行為責任を問うことはできないと解される(東京高等裁判所昭和58年8月30日判決、行裁例集34巻8号1540頁参照)から、たとえ被告らが法242条の2第1項4号の職員にあたるとしても、その議長及び議員たる地位に照らし、これの違法な公金の支出に関する責任は、首長の責任との権衡上法243条の3の手続によるべきであり、知事による賠償命令の手続のとられていない本件においては、原告らが住民訴訟により、民法上の不法行為責任に基づき、被告らに対し損害賠償を求める本件訴は不適法である。
被告らの主張二について
[23] 法243条の2の規定は、職員の賠償責任に関する制度の制定、改正の経緯に現行の規定内容を合わせ考えれば、同条1項所定の職員の行為に関する限り、その損害賠償責任については民法の規定を排除し、その責任の有無又は範囲は専ら同条1、2項の規定によるものとし、また、右職員の行為により当該普通地方公共団体が損害を蒙った場合に、賠償命令という普通地方公共団体内部における簡便な責任追及の方法を設けることによって損害の補填を容易にしようとした点にその特殊性を有するものにすぎず、当該普通地方公共団体の右職員に対する損害賠償請求権は、同条1項所定の要件を充たす事実があれば、これによって実体法上直ちに発生するものと解すべきであり、同条3項に規定する長の賠償命令をまって初めてその請求権が発生するものではない。
[24] 請求原因一、二、四及び八の事実は認める。
[25] 請求原因三の内靖国神社が現行宗教法人法上の宗教団体に該当し祭神を奉祀して神道式の宗教儀礼を行っていること及び同神社の創建、戦前戦後における法律上の地位の変遷等の沿革については認めるが、神社の本質についての原告らの主張は争う。
[26] 請求原因五の内印刷費及び旅費の合計121万8174円が支出されたことは認める。
[27] ただし、印刷費の支出日は昭和55年1月30日、旅費の支出日は概算払の分が昭和54年12月17日及び同月19日、精算払の分が昭和55年1月5日である。本件支出が右121万8174円の16分の1にあたるとする主張は争う。
[28] 請求原因六及び七は争う。
[29] 本件決議は、具体的な法的効果を伴わない岩手県議会の機関意思を対外的に明らかにする決議であり、意見書等の提出に対しては行政庁において受理を拒めないと解されるほか、何人の権利、自由も侵害するものではなく、もとより特定人に権益を付与する効果を持つものでもないから、憲法20条各項に違反する余地はない。
[30] したがって、意見書等の印刷費の支出及び意見書提出のための旅費の支給になんら違法の廉は存しない。
[31] 仮に、本件決議で要請する公式参拝が実現しても、以下に述べるとおりなんら憲法20条に違反するものではない。
[32] すなわち、同条の解釈にあたって、ある行為が宗教活動に該当するかどうかを検討するには、当該行為の目的と効果等を社会通念に従って客観的に判断しなければならないが、そうした場合、公式参拝は一命を国に捧げた戦没者を祀った靖国神社に国の代表、国賓が公式儀礼、国際儀礼として行う参拝であり、社会的儀礼として相当と考えられる宗教行事への参列であるから、同条3項に違反する宗教活動にはあたらない。その際、玉串料、香華料等の名目で相応の金品を支出したとしても、社会的儀礼の範囲内であればなんら問題はない。
(請求の趣旨)
一 被告らは各自岩手県に対し2万1000円及び内7000円に対し昭和56年4月20日から、内7000円に対し同年7月6日から、内7000円に対し同年10月12日から、いずれも支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言

(被告らの本案前の答弁)
一 本件訴をいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告らの本案に対する答弁)
一 本件請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
一 当事者
[33] 原告らはいずれも岩手県の住民であり、後記の住民監査請求において請求人となった者であり,被告中村直は昭和56年当時岩手県知事の職にあり、同時期に被告小原四郎は同県福祉部長、被告斎藤忠は同部厚生援護課長の職にあった者である。

二 本件各支出
[34] 岩手県は靖国神社に対し次のとおり公金を支出した(以下「本件各支出」という。)。
1 昭和56年4月20日 7000円
  支出名目 靖国神社春季例大祭玉串料
2 同年7月6日 7000円
  支出名目 靖国神社みたま祭献燈料
3 同年10月12日 7000円
  支出名目 靖国神社秋季例大祭玉串料
[35] 本件各支出は、いずれも組織規則7条2項所掲の事項を分掌事務とする同県福祉部厚生援護課の所管事務として同項15号の「戦没者等の慰霊に関すること」とあるのを根拠に、同県知事である被告中村及び同県福祉部長被告小原の監督のもとに、同部厚生援護課長である被告斎藤が専決規程7条23号に基づき、専決者として、支出科目を交際費として支出負担行為及び支出命令をしたものである。

三 本件各支出の違憲性
[36] 靖国神社の沿革及び宗教性については昭和56年(行ウ)第2号事件の請求の原因三に述べたところと同じであって、本件各支出は宗教上の組織又は団体への公金の支出として憲法89条に違反することが自明である。また、特定の宗教団体である靖国神社へ玉串料であれ、献燈料であれ、なんらの名目にせよ寄附を行うことは宗教団体に特権を付与することであり、特に当該宗教団体の儀式儀礼に則った方法による寄附は、当該宗教団体への精神的な援助を意味することとなるのであるから、本件各支出は特定宗教団体とのかかわりを禁じた憲法20条1項後段により厳しく排斥されるべき行為である。更に、玉串料の献納は、本来玉串(榊の木にゆう又はしでを飾ったもの)を奉納するという神道における宗教儀礼に代えて金銭を献納することにほかならず、その献納自体が宗教性を帯有する信仰行事である。玉串及び玉串料の献納は祭神に対する畏敬、尊崇の念の特定宗教儀礼による表明以外のなにものでもなく、宗教的活動に該当するものであるから、本件各支出は憲法20条3項にも違反して無効であり、かつ、公益上必要のない寄附として法232条の2にも違反している。

四 被告らの責任原因
[37] 被告中村は岩手県知事の職にある者として同県の公金支出につき支出負担行為及び支出命令をなす権限をもつものであり、違憲無効な本件各支出による岩手県の損害に対し、主位的に責を負うべきものである。次に、被告小原は同県福祉部長として知事の公金支出権限の委任を受けている者、被告斎藤は同部厚生援護課長として同じく知事から権限の委任を受けている者であり、本件各支出は、被告中村、同小原の指導と監督のもとに被告斎藤が行なったものであるから、被告小原及び同斎藤もまた被告中村と同様の責を負うべきである。したがって、被告ら3名は前記違憲無効な本件各支出をなすことにより岩手県に右支出額である総額2万1000円の損害を与えたものである。

五 監査請求の経過
[38] 原告らは昭和57年4月13日本件各支出の違憲無効を理由として、これに関する岩手県職員措置請求を岩手県監査委員に申立てたところ、同監査委員から同年6月1日付で措置を必要としない旨の監査結果の通知を受けた。

六 結び
[39] よって、原告らは岩手県に代位して法242条の2第1項の当該職員である被告らに対し、各自2万1000円の損害賠償金並びに内金各7000円に対する昭和56年4月20日、同年7月6日及び同年10月12日から各支払済まで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
一 原告適格の不存在
[40] 被告中村は岩手県知事として、その余の被告は専決規程7条23号及び21号により一定の金額の範囲内において公金の支出負担行為及び支出命令をなしうる権限を有する法243条の2の職員に該当するところ、右職員の違法な公金の支出に対する損害賠償請求は法243条の2所定の手続によってなされるべきものであって、これとは別に、原告らが住民訴訟として法242条の2第1項4号の規定に基づき、岩手県に代位して被告らに対し同県が蒙った損害の賠償を求めることはできない(前記東京高等裁判所判決参照)から、本件訴は不適法である。

二 被告中村、同小原についての被告適格の不存在
[41] 法242条の2第1項4号の損害賠償代位請求訴訟の被告は、支出負担行為及び支出命令の権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で規則で指定したものでなければならないが、岩手県においては法153条1項の規定にもとづく専決規程7条23号及び21号によって10万円未満の交際費の支出負担行為及び支出命令を行う権限は、各課の課長に内部的に委任されており、被告中村及び同小原は右委任の効果として本件各支出負担行為及び支出命令をする権限を有しない者とされているから、被告適格を欠くものであり、本件訴訟は不適法である。
主張一について
[42] 昭和56年(行ウ)第2号事件の本案前の主張に対する反論で述べたとおり、法243条の2所定の手続をとることは法242条の2第1項4号請求の前提ではないから、その手続がとられていないことによって本件の損害賠償の代位請求は妨げられない。
[43] 請求原因一及び五は認める。
[44] 請求原因二の内本件各支出がなされたこと、その支出負担行為及び支出命令に関しては、被告斎藤が原告主張の規則及び規程の条項によってしたことは認めるが、被告中村、同小原がしたことは否認する。
[45] 請求原因三(ただし、靖国神社の宗教性及び沿革に関する主張の認否は昭和56年(行ウ)第2号事件の認否と同じである。)及び四は争う。
[46] 憲法のいわゆる政教分離の各規程は、国と宗教団体が一切のかかわり合いをもつことを禁止するものではなく、特定の宗教を援助、奨励する等の目的をもち、そのような効果をもたらすような行為のみを禁止していると解釈されるから、普通地方公共団体の行為の場合も同様に解釈すべきである。ところで、普通地方公共団体と一般社会の構成員として相当な寄附を行うことができることはいうまでもなく(最高裁判所昭和45年6月24日大法廷判決、民集24巻6号625頁参照)、政府も宗教法人を含む民間団体が慰霊祭等を行うにあたって、普通地方公共団体が敬弔の意を表示するため、玉串料、神饌を贈ることは差支えないという見解を示している(昭和26年9月10日文宗第51号発総476号文部次官・引揚援護庁次長通達、同年9月28日文宗第51号各都道府県総務部長あて文部大臣官房宗務課長代理通知、第75回国会参議院予算委員会における内閣総理大臣、文部大臣、法制局長官の各発言等)。そして、岩手県出身者で第2次世界大戦中国事に殉じて一命を捧げた者は全員生前に信仰した宗教のいかんにかかわりなく、靖国神社に奉斎されている。したがって、前記の解釈によれば、岩手県として、国家公共のために尊い生命を捧げた多数の県民戦没者が奉斎されている靖国神社の春秋の例大祭及び夏のみたま祭にあたり、県民戦没者の霊に追悼の意を表すとともにその遺族の心情を慰謝するため、私法上の権利の主体たる地位において玉串料、献燈料の名をもって1回7000円程度の支出をすることは社会通念上の交際費の支出としてむしろ当然のことであり、このような公金の支出が靖国神社を援助、奨励する等の目的、効果をもつものではないことは明らかである。更に、靖国神社がこれによって岩手県からなんらかの特権を受けるものではないことは自明の理であるから、本件各支出に違法はなく、岩手県の機関の地位にある者としてその各支出事務をなした被告らは、その行為によって同県に対し違法に損害を与えたものではない。

[47] 本件各支出が違法なものとして被告らに損害賠償義務が発生する実体法上の要件としては、法243条の2第1項後段により、本件各支出をするにつき被告らに故意又は重過失のあることが必要である。しかしながら、前記一で述べたとおり、本件各支出の当時文部省、内閣法制局の公表された見解によれば、民間団体が慰霊祭等を行うにあたって普通地方公共団体が敬弔の意を表するために玉串料、神饌等を贈ることは差支えないとされていたのであるから、右見解に基づいてなされた被告らの本件各支出につき、被告らに故意又は重過失があったとすべき余地は全くないものといわなければならない。
[1] 昭和54年12月当時被告高橋清孝が岩手県議会議長の職に、その余の被告が同議会議員の職にあったこと、同月19日同議会が本件決議をしたこと、本件決議は被告議長を除く同議員39名の賛成により可決されたが、被告議長を除くその余の被告は右本件決議案に賛成したこと、靖国神社が現行宗教法人法上の宗教団体に該当し、祭神を奉祀して神道式の宗教儀礼を行っていること、岩手県において他の15件の議会の請願書、陳情書とともに本件決議を内容とする意見書等の印刷費及びこれら意見書等を携えて上京し、内閣総理大臣等に提出して陳情、請願するための旅費として、請求原因五記載の費用を支出したこと、被告議長及び請求原因四記載の被告議員らが本件決議を内容とする意見書等を内閣総理大臣等に提出したことは、いずれも当事者間に争いがない。
[2] 原告らの主位的請求は、被告らが法242条の2第1項4号前段の「当該職員」に該当し、かつ被告らの違法な行為によって本件決議がなされたと主張し、岩手県に代位して本件支出相当額につき損害賠償を求めるものである。

[3] ところで、法242条の2第1項4号前段にいう「当該職員」とは、右4号前段の訴の対象が法242条1項の監査請求の対象となる「違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」(違法な行為)又は「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」(怠る事実)であるところ、右違法な行為及び怠る事実の行為主体は、同項において「当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員」と規定されており、地法自治法上の用語例に照らし、議長及び議員がそのいずれにも該らないことは明白であるから、被告らは法242条の2第1項4号前段の「当該職員」に該らないといわなければならない。また、普通地方公共団体の議長及び議員も地方公務員法3条3項1号の特別職の公務員であるから、法242条1項、法242条の2第1項の「職員」に該当する余地があると考えても、法242条の2第1項4号前段の請求が、前記のように住民の監査請求の対象となる違法な行為又は怠る事実によって当該普通地方公共団体に加えた損害につき、その結果を生ぜしめた当該職員の責任を追求し、当該職員個人からその損害を賠償せしめる制度であることを考えると、同号前段の当該職員は、公金の支出等の財務会計上の権限を有するものであることを要すると解すべきであるから、被告らについて右の権限の有無を検討する。まず、普通地方公共団体の議会の権限をみるに、法96条1項によって、予算の議決(2号)、決算の認定(3号)をはじめとし、地方税の賦課徴収、分担金、使用料、加入金手数料の徴収(4号)、契約の締結(5号)、財産の交換、出資、支払手段としての使用、適正な対価なくしての譲渡、貸付(6号)、財産の取得又は処分(7号)、負担付寄附又は贈与の受納(8号)、権利の放棄(9号)、公の施設の長期かつ独占的な利用(10号)、損害賠償額の決定(12号)等につき議決をする権限を有するが、議長及び議員について財務会計上の権限があることを定めた規定はない。法149条によると、普通地方公共団体の予算の執行はもちろん、議決事件として議会に留保されたものを除き財務会計上の権限は普通地方公共団体の長に専属し、法170条によって会計事務は出納長及び収入役の権限とされ、法232条の4第1項において出納長及び収入役は普通地方公共団体の長の命令がなければ支出をすることができないとされている。およそ、普通地方公共団体の機構として議決機関と執行機関を截然と分離し叙上の規定をおいている法の下においては、議長又は議員が議会の構成員たる地位を離れて個々に財務会計上の行為をなしうる権限を有しないものといわざるを得ない。

[4] 更に、具体的に本件で問題とされている印刷費及び旅費の支出手続についてみても、岩手県の関係規定上被告らがその支出について権限を持つことはないものと判断される。
[5] すなわち、《証拠略》によると、次のとおり認めることができる。
[6] 岩手県における印刷費の支出は、「基金条例」3条、「同施行規則」(昭和39年3月31日規則第17号、以下「基金規則」という。)3条により消耗品にかかる支出として知事部局である出納局総務課が集中管理する用品調達基金から支出すること(基金条例3条、基金規則3条、組織規則21条2項4号)とされており、具体的な支出手続は、議会事務局総務課長が消耗品等購入票を作成して(基金規則6条、会計規則2条)出納局総務課へ送付することにより印刷の依頼を行い、右依頼を受けた出納局総務課において、同課長が専決権限(組織規則21条2項4号、専決規程16条)に基づいて業者から見積を提出させるなどして価格の検討をし、用品調達基金から支出できることを確認したうえで業者との間に支出負担行為である印刷契約の締結を行い(予算規則14条、同規則別表第2整理区分表(1)の11)、かつ、同課において通常は印刷物の納入を受けた後、同課長が印刷費支払のための支出命令を発することとなる。
[7] 次に、旅費については、前記「一般職の職員等の旅費に関する条例」が議会事務局職員の、前記「特別職の職員の給与ならびに旅費及び費用弁償に関する条例」が議長及び議員の職務上の旅行につき旅費を支給することを定めているところ、その支給手続の関係規定によると、旅費の支給は議会事務局職員の処理事項から除かれており(併任規程2条)、その支出は印刷費と同様に知事部局である出納局の総務課において同課長が専決権限に基づき(会計規則236条の2、専決規程7条)行うこととなる。すなわち、具体的な手続としては、旅費支出の依頼は議会事務局において作成した旅行命令票又は旅行依頼票と旅費請求書を出納局総務課へ送付し(会計規則237条)、同課において具体的な旅費の額を計算し、同課長において支出負担行為としての支給額の確認決定(予算規則14条、同規則別表第2整理区分表(1)の9)を行った後、支出命令を発することとなる。なお、旅費支出の前提となる旅行命令又は旅行依頼は、議会事務局職員又は部外者に対するそれは事務局長の専決事項とされ(前記岩手県議会事務局代決専決規程6条、7条)、被告議長の関与しない事項であり、議長及び議員については、関係規定上旅行命令権者の定めがないものの、結局その旅費支出の依頼も岩手県議会運営委員会が具体的な議員の出張を決定したことを受けて議会事務局長が旅行命令票を作成し、一般の職員の場合と同じ手続により行っている。

[8] なお、本件において当事者双方から本件決議と本件支出にかかる意見書等の印刷及び陳情等のための旅行との関連性が明確に主張されていないので、これの経緯の実情を示しておく。《証拠略》によると、次のとおり認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。
[9] 岩手県では、毎年12月の定例議会の後、政府に対する岩手県への予算要求を主な目的として、知事部局及び議会の統一要望と称し、知事部局の職員とともに議長、副議長及び各会派の議員らが東京へ出張し、政府、国会、中央官庁に陳情、請願を行う慣例がある。
[10] 前記統一要望の議会側の要望の内容、日程、出張議員の割当などは毎年岩手県議会運営委員会で決定されていたが、昭和54年も11月30日から12月19日まで開催される定例議会の後、直ちに統一要望を行うため、同月6日頃議会運営委員会が開かれ、同月20日から23日にかけて統一要望を行うことが決定され、同月13日頃の議会運営委員会において陳情及び提出する意見書の内容、出張する議員が具体的に決定され、その際、開催中の定例議会で可決される予定の本件決議を内容とする意見書等を提出することも決められた。
[11] 議会事務局では前記議会運営委員会に出席していた職員を通じて出張議員の人数、氏名、東京へ持参するために準備すべき陳情書や意見書の把握をしたうえ、同月14日頃から統一要望の準備をした。
[12] そして、意見書等の印刷費については、本件決議に先立つ同年14日議会事務局において、政府等への意見提出、請願、陳情が予想される本件決議を含めた16種合計860枚の意見書等の印刷の外部への発注を要すると判断し、物品購入票を作成して同日出納局総務課へ印刷外注の請求をし、同課ではその印刷予定価格を決定する等所定の手続を踏み、同日同課小原総務課長補佐が代決により河北印刷株式会社との間に印刷契約を締結して支出負担行為をした。同会社は同月20日、注文に従い印刷した意見書等を岩手県出納局総務課へ納入し、同課では翌昭和55年1月26日佐々木出納局総務課長の支出命令を得て、同月30日本件意見書等の印刷費24万5000円を含め印刷費合計70万9966円を同会社に支払った。
[13] 次に、出張議員の旅費については、昭和54年12月15日概算払いの手続により、議会事務局職員が、被告議長及び被告菅三郎分並びにその余の本件被告らを含む出張議員である那須川勝治ほか9名分並びに随行の議会事務局職員分の複写式で一体となった旅行命令票、旅行概算清算請求書(支出票)の金額欄以外の欄を記入のうえ、出納局総務課(旅費係)に提出した。(一)被告議長及び被告菅の分については同日出納局総務課に提出された書類の記載に従って計算担当職員が旅費の計算をしてその額を金額欄へ記入し、同課の審査担当者、係長、補佐、次長を経て代決権者の小原課長補佐が支出票に決裁印を押捺して支出負担行為及び支出命令をした後、旅行命令票を議会事務局へ戻し、支出票を出納局出納課(支出係)へ回した。議会事務局では支出命令票により支出の決裁がなされたことを確認し昭和54年12月17日に受領代理人の議会事務局職員が出納課へ赴き、岩手県の指定金融機関を通じて旅費2名分12万8929円を受取って被告議長及び副議長の被告菅へ手渡した。(二)その他10名の議員の旅費については、前同様の計算手続などを経て同月18日出納課長佐々木格が決裁をし、翌19日議会事務局職員が合計50万8791円を受領して各出張議員に手渡したが、内被告丹野は都合により出張を同工藤に交代したため、議会事務局では同被告については旅行後に旅費を支給する精算払の手続によることとし、同日旅行命令票と支出票の作成をして出張後の同月25日出納局へ提出し、前同様の手続を経て昭和55年1月5日旅費の支出がなされた。

[14] 以上によると、被告らは本件支出につき支出負担行為及び支出命令をなす地位にはなく、法242条の2第1項4号前段の職員でもなく、もとより本件決議が支出負担行為にあたるものでもないことは、本件決議の内容及び法232条の3の規定に照らし明白である。
[15] 原告らは被告議長が意見書等提出のための旅行命令を決裁して本件旅費につき支出負担行為をしたと主張し、《証拠略》によると、被告議長は前記三の5に認定した各旅行命令票の活版印刷された「知事」、「副知事」の押印欄の下の空欄に、「議長」とゴム印をもって表示した個所に自己の印章を押捺していることが認められるが、他方、前記三の2に認定したとおり、岩手県の旅費支給の関係規定上議長及び議員の出張については何人を旅行命令権者とするかの定めはなく、《証拠略》によると、前記の旅行命令票中の空欄は知事部局に属さない議会事務局、行政委員会事務局の命令権者が命令印を押捺する個所として設けられたものであり、議員に対する旅費支出手続のうえでは、当該出張が議会運営委員会で決定された出張であって旅費支出の対象となることを確認するため、知事部局側から議会側に対する礼譲としてかつ事実確認の意味で議長の押捺を受けていることが認められるので、前記被告議長の旅行命令票中の押印は旅行命令の決裁とは異り、当該議員が出張し又はその出張が既に行われた事実の確認を意味する単なる事実上の行為と解するのが相当である。
[16] したがって、その余の本案前の抗弁に対する判断をするまでもなく、原告らの本件訴中主位的請求に関する部分は、被告適格のないものを被告として提起したもので、不適法として却下を免れない。
[17] 原告らは本件支出が違法であることの前提事実として、本件決議は岩手県議会において、天皇に対しては国事行為として、内閣総理大臣等に対しては国の代表乃至は機関として靖国神社に公式参拝することを求めるものであり、そのいわゆる公式参拝には当然公費の支出を伴うことになるのであるから、政教分離を定めた憲法20条1項、3項、宗教上の組織又は団体に対する財政的援助を禁止した憲法89条、天皇の国事行為についての規定である憲法4条、7条に違反し、憲法98条1項に従い違憲無効であると主張する。

[18] しかしながら、岩手県議会が可決した本件決議は、その文面によると、内閣総理大臣、総理府総務長官、衆参両議院議長に対し、その趣旨を「靖国神社公式参拝を実現せられたい。」とする請願乃至は陳情であり、その公式参拝の公式たる点については明確に触れられておらず、右請願、陳情の理由の前段は「英霊に対し、尊崇感謝の誠を捧げ、国として公式儀礼を尽くすことは、きわめて当然のことであり、世界いずれの国においても行われている。」とあり、その後段には「戦後、靖国神社は国の手を離れ、天皇陛下のご参拝も内閣総理大臣などの参拝も全て個人的なものとして扱われ、また国際儀礼として当然な国賓の靖国神社参拝も行われていないことは、きわめて遺憾であり、速やかに国の代表並びに国賓の靖国神社公式参拝が実現されるよう強く要望する。」とあるのみで、果して、公式参拝なるものが、天皇並びに内閣総理大臣等が公人としての資格立場において単に靖国神社に参拝することを意味するものか、あるいは国の行事として公費をもって参拝を行うことを意味するのか、右の文面のみからは不明である。しかして、原告らは公式参拝の意義について前記の如く主張するのみで、これにつき被告らにおいて原告ら主張の意義内容の参拝を求める趣旨で本件決議をしたことの立証はなく、また、被告らからもこの点についてはなんらの主張立証はない。《証拠略》によると、本件決議案提出議員はもちろん、その他の発言議員も、主として同神社の性格、過去の戦争の歴史的意義等を中心として討論したうえで表決がなされたことが認められるが、内閣総理大臣等に請願陳情すべき公式参拝の形式、内容も、その公式性についても深く触れているものとは認めることができない。

[19] したがって、公式参拝の公式たる点については、本件決議の文意と本件決議がなされた当時世上に論議された点を考慮して判断するほかはない。しかして、本件決議が「国として公式儀礼を尽くすことは当然である」といい、「内閣総理大臣などの参拝もすべて個人的なものとして扱われ」ていることは「遺憾であり」、「国の代表の」「公式参拝が実現されるよう強く要望する。」とある点をみても、また、成立に争いのない乙第23号証によって存在を認めることのできる内閣総理大臣その他の国務大臣の靖国神社参拝に関する政府統一見解(昭和53年10月17日参議院内閣委員会における安倍官房長官答弁)、昭和55年11月17日の国務大臣の靖国神社参拝についての政府統一見解によって検討しても、被告らが要望する公式参拝は内閣総理大臣その他の国務大臣、衆、参両議院議長が公的資格で行う参拝を意味するもののように解される。
[20] そうであるとするならば、その参拝をもってして憲法20条1項、3項に違反するものと判断することはできない。何故ならば、公人と私人とは不可分であり、内閣総理大臣等は私人として思想及び良心の自由、信教の自由を有し、かつまた政治的中立を要求されない公人たる政治家として、自己の信念に従って行動しうることはいうまでもなく、そして、憲法が保障する基本的人権のうち思想及び良心の自由、信教の自由の如きは天賦人権の最たるものであって、国家に優先することは何人も否定しえず、公人であることによってこれを制限することは許されないところであるから、その自然人の発露としての参拝を行うにつき、一方では私人として許容され、他方では公人として否定されるということはありえないからである。

[21] 仮に、本件決議の内容を日本国の象徴としての天皇並びに日本国の代表乃至は機関たる内閣総理大臣等に対し、国の行事(例えば、政府が主催し、その費用を公費をもって支出する等)として靖国神社に参拝することを求めるものであるとしても、本件決議の可決をもって違憲無効の行為ということはできない。
[22] もともと、本件決議は普通地方公共団体の議会の権限にしてかつ職責たる法96条の議決ではなく、法99条1項の意見の陳述又は同条2項の意見書の提出を要する表決でもなく、法律に基づかない単なる事実行為としての意思の表明であって、その内容は国会又は政府機関への要望に過ぎないから、何らの法的効果を伴うものではなく、また、破壊活動防止法の教唆又は扇動、刑法230条の名誉棄損などのように犯罪行為を構成するものではないから、法的な無価値判断を受けることもないところである。確かに、右に仮定したような形式の公式参拝が実施されるならば、その公式参拝は憲法20条1項、3項に違反するといわなければならないが、被告らが岩手県議会の決議の形式によってそのような請願をするものと仮定しても、被告らは普通地方公共団体の議会の議員としての政治職であるから、その決議をもって一定の政治的要求の表明をなしうるものというべく、本件決議もその政治的要求の表明と考えられ、しかしてその要求は刑罰法規に触れるものでないことは前記のとおりであるから、右政治的要求の発表は憲法19条が保障する思想良心の自由及び憲法21条が保障する言論の自由に属するものであって、住民が被告らに対し本件決議を可決したことを理由として政治的責任を問うことは別として、法律上何人もこれを問責できないものというべきである。

[23] してみると、本件決議を違憲無効ということはできないから、原告らの被告議長に対する不当利得及びその余の被告らに対する不法行為の主張はその前提要件を欠き、更には、本件決議自体は当然に本件支出を必要とするものでもなく、かつまた、主位的請求にかかる本案前の抗弁に対する判断の四において説示したとおり、本件支出は適法な支出命令に基づいてなされたものと認められるので、原告らの予備的請求はいずれも理由がなく、失当である。
[24] 本件各支出がなされたこと、本件各支出がなされた当時被告中村直が岩手県知事、同小原四郎が同県福祉部長、同斎藤忠が同部厚生援護課長であったこと、被告斎藤が本件各支出を右厚生援護課の所管事務である組織規則7条2項15号の「戦没者などの慰霊に関すること」として専決規程7条23号に基づきその支出負担行為及び支出命令を専決したこと、靖国神社が現行法上の宗教団体に該当し祭神を奉祀して神道式の宗教儀礼を行っていることは、いずれも当事者間に争いがない。
[25] 被告3名は東京高等裁判所昭和58年8月30日判決(行政例集34巻8号1540頁)を引用し、被告3名に対し本件各支出につき法243条の2第3項の賠償命令の手続がとられていないから、原告らが法242条の2第1項4号に基づき本件訴を提起することができないと抗争するが、右引用事件の上告審判決である最高裁判所昭和61年2月27日第1小法廷判決(民集40巻1号88頁)は、同号に基づく代位請求訴訟により法243条の2所定の職員に対し同項の規定による損害賠償を求める場合でも、同条3項の賠償命令があることを要しないし、普通地方公共団体に対するその長の損害賠償責任について長は法243条の2第1項の職員には含まれないから、同条の適用はないと判示しているので、当裁判所も右判示に従い被告の右本案前の抗弁を採用しない。
[26] 《証拠略》によると、専決規程は2条において「この訓令において次の各号に掲げる用語の意義は当該各号に定めるところによる。(1)決裁 知事又は知事の権限に属する事務の委任を受けたもの(以下「受任者」という。)の権限に属する事務について、最終的に意思を決定することをいう。(2)(省略)、(3)専決 知事又は受任者の権限に属する事務を常時知事又は受任者に代わって決裁することをいう。」と規定し、7条23号に、本庁の課長共通専決事項として「1件の金額10万円未満の交際費及び食料品の支出に関すること」と規定していることが認められ、本件各支出が、右本庁課長共通専決事項の金額の範囲内であることは、当事者双方の主張自体から明白である。

[27] しかして、右専決規程2条によると、専決権者は授権された事務につき常時授権者に代わって決裁を行うのであるから、反面、授権者はその授権した事項につき、監督権限を有することは別として、決裁権を有しないものと解すべきである。すなわち、このような専決は、対外的な意思表示としては本来の機関たる知事又は受任者の名を表示して行うものではあるが、その内部的な意思決定は専決権者限りにおいて行ういわゆる内部的委任であり、法153条において行政法学上いわゆる外部的委任と称する権限の委任を認めている点にかんがみると、本来的な普通地方公共団体の長たる知事が複雑かつ膨大な行政事務を有機的かつ効率的に処理する方法として、右のような内部的委任の方式によりその所掌事務を執行することもまた法の許容するところと解され、内部的委任と外部的委任は受任の方式の差に過ぎず、実質的には同一といわなければならないからである。

[28] 右のような内部的委任の性質と、違法な公金の支出を理由とする普通地方公共団体の長又は法242条の2第1項4号所定の職員に対する損害賠償請求の住民訴訟が、違法な職務執行をして当該普通地方公共団体に損害を与えた当該長又は職員の個人責任を追及する制度であることを考慮すると、内部的委任をして自己の権限を離れ、自ら処理しない事務についてまで責任を問われることはありえないといわなければならない。なお、原告らは被告中村及び同小原が組織上の上下関係に基づき被告斎藤に対し、本件各支出につき指揮監督権があることをもって本件責任の根拠として主張するが、直接支出負担行為及び支出命令をなし得る権限とこれに対する指揮監督権とは区別して考えるべきであり、被告中村及び同小原が被告斎藤の職務執行に対する指揮監督に関し、違法不当の職務執行をして岩手県に損害を加えたと主張するならば格別、そのような主張もなく、もともと前記委任の内容に何の法規違反も認められないのであるから、その委任事項につき指揮監督権があることをもって本件請求の根拠とすることはできない。
[29] してみると、原告らの被告中村及び同小原に対する訴は、同被告らに被告適格がないので不適法として却下を免れない。
[30] 《証拠略》によると、本件各支出がなされた事情乃至経緯につき次の事実を認定することができ、この認定に反する証拠はない。
[31] 靖国神社に対する本件各支出中請求原因二の1の春季例大祭玉串料については昭和56年4月1日付、同二の3の秋季例大祭玉串料については同年9月21日付の、いずれも同神社宮司松平永芳から岩手県知事である被告中村宛に「本年の春(秋)季例大祭も間近に迫って参りましたので何れ別途御参列の御案内を申し上げますが恒例により玉串料をお供え載き度何卒宜しく御高配下さいますようお願い申し上げます」旨の依頼文書が郵送され、請求原因二の2のみたま祭献燈料については同年5月吉日付靖国神社社務所発各県援護担当主管課長宛「みたま祭献燈についてお願い」と題し、「例年のとおり当神社の夏のみたま祭が来る7月13日より16日まで4日間にわたり執り行われます。つきましては別途宮司名を以て貴知事宛御献燈方お願いの文書を差上げてございますので御諒承下さいましてよろしくお取り計いいただきたくお願い申し上げます。」旨の文書が郵送されたので、岩手県では靖国神社からの文書については従前から組織規則7条2項15号の「戦没者等の慰霊に関すること」として扱っていたため、これらをいずれも直接福祉部厚生援護課に回付した。
[32] 厚生援護課では、右各玉串料及び献燈料の献納の依頼について、それぞれの依頼がなされた頃、同課課員袰岩英夫が昭和37年以来の慣例に従い、右各依頼に対する支出は同課長専決に属する交際費からの支出にあたると考え、従来の慣例にならってその額をいずれも7000円とする支出伺を起案し、順次同課内担当者の審査を経て、同日同課長である被告斎藤が最終の決裁をし、いずれも、岩手県から靖国神社の第一勧業銀行八重洲口支店の普通預金口座に振込まれた。
[33] 被告斎藤は、本件各支出の決定にあたっては前任者からの引継や同課内の前例及び前年度までの支出額を参考にし、また靖国神社への支出についても、前例が昭和26年9月10日文部次官、引揚援護庁次長発文宗第51号、発総第476号「戦ぼつ者の葬祭などについて」と題し「左記の事項は、これを行ってもさしつかえないことに定められましたので、命によって通達します。」との通達の中に、左記の「一 個人または民間団体が慰霊祭、葬儀などを行うに際し、(イ)知事、市町村長その他の公務員がこれに列席すること。(ロ)普通地方公共団体から香華、花環、香華料などを贈ること。」とあること及び同月28日各都道府県総務部長宛文部大臣官房宗務課長代理発「『戦没者の葬祭などについて』に関する解釈について」(文宗第51号)と題する通知中に、前期通達第一項に関し「普通地方公共団体から敬弔の表示として贈るもののうちには真榊、神饌、玉串料などを含んでいると解釈してさしつかえないこと。」とあるのを前提にして行われていたことを了知して、決裁した。
[34] しかして、本件各支出にかかる靖国神社の春秋両季例大祭及びみたま祭に、岩手県知事以下同県の職員が同県の代表者及び代理人として同神社に公式に参拝したことはない。
[35] 岩手県では、本件各支出につき原告らからの監査請求がなされ、県内の団体からも玉串料、献燈料支出中止の要請がなされたことから、検討の結果、本件以後靖国神社への玉串料、献燈料の献納をとりやめた。

[36] 原告らは本件各支出が憲法89条に違反するのみならず、憲法20条3項の宗教活動に該当し、同条1項後段により厳しく排斥されるべきであると主張するので、はじめに、宗教と憲法の関係を考察する。およそ、宗教の定義は宗教哲学並びに宗教学及びその分科諸学上も帰一するところはなく、その概念的規定は不可能であって、このことは法律学上にも反映して現行宗教法人法においても「宗教」という用語は使われているがこれの定義規定は置かれていない。したがって、法律学上宗教とは既成宗教を中心として社会通念上宗教と理解されている社会現象の外延を把握してこれを観念しなければならない。そのうえ、宗教はわが国の歴史、文化に深く根をおろし、現在の社会生活上、冠婚葬祭のみならず日常行事一般、教育、芸術、風習、生活様式などに広範囲にわたってかかわっているところであり、更に、わが国の宗教事情をみるに、多教の宗派宗教が多元的、重畳的に人々に受容されて宗教的雑居性が認められている。これらの点を考慮すると、宗教にかかる憲法20条、89条の解釈は極めて困難であり、問題の複雑性は実にこの点にあるといってさしつかえない。

[37] ところで、本件各支出は前記のように岩手県福祉部厚生援護課の所管事務である組織規則7条2項15号の「戦没者の慰霊に関すること」としてなされたものであるが、宗教の原始形態は死霊すなわち祖先崇拝にあるといわれ、宗教は生死の問題に関係するところであって、右慰霊に関すること自体宗教にかかわることである。そして、この点に関し《証拠略》によると、原告らは前記組織規則7条2項15号中の慰霊という言葉は勝れて神道的宗教的用語であって、これに代えるに追悼の語がふさわしく慰霊を追悼の意と善解することによって違憲の疑いを免れるが如き旨述べているが、もし右慰霊に関することが宗教行為であって国及びその機関がこれを行うことが憲法20条3項の宗教活動に該当するとするならば、その慰霊の語を追悼に代え無宗教の方式による追悼式を行うのであっても同項に違反し許されないとの見解も成立する余地がないではない。けだし、同項は制度的保障として国及びその機関の宗教活動を禁止するものとされているが、反面、宗教者乃至は宗教団体の側からみて、宗教行事に関する事項につき、国家が反宗教活動をすることはもちろん、無宗教化することも禁止しているとも考えられる次第であって、ことはしかく単純ではないのである。

[38] 以上のような事情を考慮すると、いわゆる津地鎮祭事件の最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決(民集31巻4号533頁)が判示するように、憲法20条、89条のいわゆる政教分離規定は「制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障をしようとする。」ものではあるが、「国家が宗教とのかかわりあいをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわりあいをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわりあいが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものと解すべきで」あり、憲法20条3項にいう宗教活動とは「政教分離原則に照らしこれをみれば、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわりあいをもつ全ての行為を指すものではなく、そのかかわりあいが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉などになるような行為をいうものと解すべきである。」としなければならない。

[39] そこで、更に、福祉部厚生援護課の分掌事務である「戦没者等の慰霊に関すること」について検討するに、前掲丙第14号証によると、組織規則7条2項に同課分掌事務が列挙されているが、右事項は、その中に、戦没者等の遺族、戦傷病者、引揚者及び未帰還者留守家族の援護に関すること(12号)、旧軍人軍属の人事資料に関すること(13号)、戦没者等の叙位及び叙勲に関すること(14号)、旧軍人軍属の恩給に関すること(16号)と合わせて、その15号として規定されていることが認められ、これらの規定の位置内容と前掲丙第11、第12号証によって認めることのできる前掲「戦没者の葬祭などについて」と題する文部次官、引揚援護庁次長通達及び前掲「『戦没者の葬祭などについて』に関する解釈について」と題する文部大臣官房宗務課長代理の通知並びに弁論の全趣旨を合わせ考えると、戦没者等の慰霊に関する事務は、旧軍人軍属に関する事務の一環として、その葬祭及びこれに付随することに関する事務をいうものと解することができ、かつまた、右葬祭自体はもとより岩手県において主催するものではなく、したがって、右の葬祭及びこれに付随することに関連する事務とは、主として、前記通達及び通知が示すところの「個人または民間団体が慰霊祭、葬儀などを行うに際し」、「知事、市町村長その他の公務員がこれに列席し」て「敬弔の意を表し」、「普通地方公共団体から香華、花環、香華料などを贈り」、「公務員が遺族を弔問すること」を意味するものと解され、右行政主体の弔問あるいは香華料等を贈る行為は、死者儀礼としての行為であって、道徳律の要求乃至は社交儀礼(死者儀礼)に従ってなすものというべく、全く宗教にかかわりがないとはいえないが、少なくとも、前掲最高裁判所判決が判示するところの「当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為」に該ることはないものというべきである。

[40] しかして、本件各支出にかかる各金員は靖国神社の祭礼にあたり、その玉串料又は献燈料として献納されたものであって、玉串料の本来の意義は、神道の正式の礼拝方法として玉串を捧げ神に畏敬の念を表明することに代えて金品を奉納すること、また献燈料のそれは、社寺に燈明を奉納する行事に代えて金品を奉納することではあるが、地縁社会が極端に利益社会化し人々の宗教意識が変化した現今においては、玉串料、献燈料等の名目による単純無因の贈与と化したことも否定できず、少なくとも、当該宗教の信者以外の者、ことに社団、財団等の法人がこれを提供する場合には、その寄進の目的から宗教行事性は脱落し、単に宗教団体に対し社会儀礼上の寄附を行うのと異ならないものとなっているといわなければならない。他方、《証拠略》によると、靖国神社は祭神として嘉永6年以降国事に殉ぜられたる人々を奉斎し、第2次世界大戦中の戦死者、戦病死者約250万人も奉祀されているが、その中には岩手県出身者約3万3000人も含まれていること、これらの戦没者の死は国法上恩給法及び戦傷病者戦没者遺族等援護法において公務死とされ、その遺族に対しては公務扶助料が支給されているが、なお、右遺族から政府に対し種々の政治的要求がなされており、また、これら戦没者の遺族その他の関係者のなかには靖国神社を九段の社として戦没者の霊の存在する場所と考え、その社に参拝することによって故人と対面することができるとの感情を抱いている者が数多く存在する事実を認めることができ、これらの事情を考慮すると、本件各支出は、岩手県がこれら戦没者の出身地の地縁社会を地域とする普通地方公共団体として、戦没者への儀礼としてなした同神社に対する寄附というのみならず、右遺族その他の関係者に対する儀礼の意味も含めてなされたものと解するのを相当とする。

[41] 以上に認定した本件各支出の方法、態様、趣旨目的に照らすと、本件各支出は靖国神社に対する参拝に伴うものとして、又はその参拝に代えてしたものではなく、戦没者の慰霊のための社交的儀礼(死者儀礼)としてなされた贈与であって宗教的行事に当たらないから、憲法20条3項に抵触するものではなく、また、右支出の趣旨目的及び金額に照らし,岩手県が靖国神社に特権を与えたことにはならないし、宗教法人である同神社を援助、支援するための支出ということもできないから、憲法20条1項、89条にも抵触することはないといわなければならない。

[42] なお、付言するに、本件各支出が原告らが主張するように違憲無効のものと仮定しても、法242条の2第1項4号前段の損害賠償請求権が成立するためには、当該支出の違法につき当該職員の故意又は重過失の存在が要件とされている(前掲最高裁判所第1小法廷昭和61年2月27日判決参照)と解すべきところ、前記一に認定した事実と対比すると、被告斎藤にかような故意又は重過失を認めるべき事情がなかったことは明白であるから、原告らの本件請求はいずれにしても認めるに由ないものである。
[43] 以上の次第であって、昭和56年(行ウ)第2号事件の訴中主位的請求にかかる部分並びに昭和57年(行ウ)第4号事件の訴中被告中村及び同小原に対する部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、右両事件原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用(昭和57年(行ウ)第4号事件の原告らと被告ら補助参加人との間に生じた費用を含む。)の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条、94条を適用して、それぞれ主文のとおり判決する。

  盛岡地方裁判所第2民事部
    裁判長裁判官 宮村素之  裁判官 土居葉子  裁判官 鎌田豊彦

昭和54年12月19日

内閣総理大臣殿 総理府総務長官殿 衆議院議長殿 参議院議長殿

盛岡市内丸10番1号 岩手県議会議長 高橋清孝

靖国神社公式参拝について

 靖国神社公式参拝を実現せられたい。

理   由

 靖国神社には平和のいしずえ250万英霊がまつられている。英霊に対し、尊崇感謝の誠を捧げ、国として公式儀礼を尽くすことは、きわめて当然のことであり、世界いずれの国においても行われている。
 しかるに、戦後、靖国神社は国の手を離れ、天皇陛下のご参拝も、内閣総理大臣などの参拝もすべて個人的なものとして扱われ、また国際儀礼として当然の国賓の靖国神社参拝も行われていないことは、きわめて遺憾であり、速やかに国の代表並びに国賓の靖国神社公式参拝が実現されるよう強く要望する。

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告却下決定 ■特別抗告審決定 ■判決一覧に戻る