上尾市福祉会館事件
控訴審判決

国家賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 平成3年(ネ)3687号
平成5年3月30日 民事第4部 判決

控訴人 (被告)  上尾市
右代表者市長    荒井松司
右訴訟代理人弁護士 関井金五郎 清野孝一 新井毅俊

被控訴人(原告)  全日本鉄道労働組合総連合会
右代表者執行委員長 福原福太郎
右訴訟代理人弁護士 水嶋晃 奥川貴弥 寺崎昭義 町田正男

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
 被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

一 控訴人
 主文同旨

二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
[1] 被控訴人は、JR関係の労働者で組織する東日本旅客鉄道労働組合などの単位組合の連合体であるが、平成元年12月2日、被控訴人の総務部長田中豊徳(以下「田中部長」という。)が、帰宅途中に大宮市の自宅付近で何者かに殺害される事件が発生したため、同人を追悼する合同葬(以下「本件合同葬」という。)を計画した。

[2] 被控訴人は、平成元年12月16日、上尾市長に対し、右合同葬に使用する目的で、控訴人が設置する上尾市福祉会館(以下「本件会館」という。)について、左記の通り、使用許可を申請した(以下「本件許可申請」という。)。
            記
催し物の名称 JR総連・JR東日本労組・JR東日本旅客鉄道株式会社合同葬
催し物の内容 合同葬
予定人員   1000人
使用施設   大ホール
使用年月日  平成2年2月1日、2日(ただし、1日は準備のため)

[3]3(一) 本件許可申請に対し、上尾市長は、同月22日、上尾市福祉会館設置及び管理条例(以下「本件管理条例」という。)6条1項1号の「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当するとして本件会館の使用を許可しない旨の処分をした。その際、右市長の使用許可申請に対する判断を専決処分した同館館長富岡日出男は、被控訴人の担当者らに対し、右の具体的理由を、新聞などによれば田中部長の殺害事件は「内ゲバ事件」と報道されているので、そのような葬儀が行われると本件会館の管理上支障が生じるおそれがあると説明した。
[4] これに対し、被控訴人の担当者は、その場で、富岡館長に対し、本件合同葬の内容、形式を説明し、被控訴人らが過去に主催した同様の合同葬においては、混乱が生じたことはなく、その施設になんらの支障も生じなかったこと、本件合同葬において妨害が行われる兆候はまったくないこと、仮にそのようなおそれがあれば、被控訴人において自主警備や警察による警備によって混乱を予防排除することが可能であることなどを述べて、右不許可処分の再検討を促したため、富岡館長は、右処分の再検討を被控訴人に約束した。
[5](二) その後、富岡館長は、同月26日に、被控訴人に対し、改めて、(1)本件会館は上尾市民に優先利用権があること、(2)本件合同葬は警察の警備を必須とするものであり、このような催し物は市民感情にそぐわないものであること、(3)本件催し物の開催は本件会館の他の施設の利用者に迷惑をかけることになることを理由に前記不許可処分を維持すると通告した。

[6] 本件会館は、地方自治法244条1項所定の「公の施設」であるから、控訴人は、正当な事由がない限り、その利用を拒むことは許されていないところ、本件会館の利用を拒む正当な理由はなんら存在しないから、本件許可申請を不許可とした前記処分は違法である。
[7] 控訴人は、後記のとおり、本件合同葬に対して妨害がされる危険があるとか、他の室の利用者に迷惑をかけるなどと主張するが、右の妨害の発生が懸念されるような現実的、客観的な兆候はもちろん、過去においてもそのような混乱は生じたこともなく、仮にそのようなおそれがあっても、適切な警備によって予防排除することが可能であり、また、本件合同葬は他の一般の集会利用とはなんら変わらないから、他の利用者への影響はまったくない。したがって、控訴人の主張するような本件会館の管理上の支障はなんら存在しない。

[8] 被控訴人は、本件許可申請が認められなかったことによって、次のとおりの損害を被った。
(一) 左記(1)ないし(5)の各費用の合計10万3799円の内金 10万円
(1) 平成元年12月16日に被控訴人の総務局長が本件会館を訪れた際の同人の日当3000円及び同日の交通費3170円
(2) 同月19日に富岡館長の呼出しに応じて被控訴人の総務局長、JR東労組大宮支部青年部長が出頭した際の同人らの日当合計6000円及び交通費2340円
(3) 同月20日に被控訴人本部において弁護士2名と打ち合わせした際の同弁護士らに対する日当及び交通費合計5万円
(4) 同月22日に富岡館長の回答を聞き折衝するために弁護士、被控訴人の総務局長、法対部長が本件会館に赴いた際の同弁護士の日当及び交通費合計2万5000円、右総務局長及び法対部長の日当6000円、同人らの交通費3740円
(5) 同月28日付内容証明郵便代及び郵券代合計4549円
(二) 慰藉料 70万円
[9] 本件許可申請が認められなかった結果、被控訴人は、本件合同葬を当初の予定である田中部長の月命日の平成2年2月2日に同部長の地元で行うことができなくなり、その社会的信用を著しく失墜し、また、代替会場確保のために奔走することを余儀なくされた。また、被控訴人は、控訴人の担当者によって内ゲバの一方の当事者のごとき取扱いをされ、集会の自由を奪われた。これらによって被控訴人が毀損された社会的評価及び人格的利益に対する損害を賠償するとすれば、その額は70万円を下らない。
(三) 弁護士費用 20万円
[10] 被控訴人は、本件訴訟手続を行うについて、被控訴人代理人弁護士らに訴訟手続を委任し、同弁護士らに対し、着手金及び謝礼金として20万円を支払うことを約した。

[11] 富岡館長は本件会館の管理運営に携わる者であるから、本件許可申請に対して不許可処分を行うことが違法であることは熟知していたはずであり、仮にそうでないとしても、それを知らずに右不許可処分をしたことに過失がある。
[12] よって、被控訴人は、国家賠償法1条に基づき、控訴人に対し、右不許可処分により被控訴人が被った損害100万円及び訴状送達の翌日である平成2年2月2日から右支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
[13] 請求の原因1の事実は知らない。

[14] 同2の事実は認める。

[15] 同3(一)(二)の各事実は認める。

[16] 同4は争う。
[17] 本件会館の使用については、本件管理条例が設けられているところ、本件許可申請については、次のような事情が認められ、同条例所定の不許可事由である「会館の管理上支障があると認められるとき」(6条1項1号)に該当するものと判断したので、不許可としたものであり、なんら違法な点はない。すなわち、本件合同葬は警察の警備を要するものであったうえ、田中部長の死亡については、当時の新聞において「内ゲバか集団で襲う」「数人組に襲われ死ぬ」などの見出しで全国的な報道がされており、その報道内容からして、本件会館を本件合同葬に使用させることは、周辺住民に不安を与え、市民感情を害すると考えられたこと、本件会館は、主として結婚式場として利用されているものであって、葬儀場として使用されることは従来希であるところ、本件合同葬に使用を認めた場合は、結婚式ができなくなるほか、警備のやり方いかんによっては、本件会館1階のラウンジ、レストラン等の市民に開放された施設の利用も害されるおそれがあった。
[18] なお、地方自治法244条にいう「住民」とは当該地方公共団体の住民であり、また、本件会館は、上尾市の住民の文化的向上と福祉の増進を図るために設置されたものである。したがって、上尾市の住民でない被控訴人は本件会館の使用を求める権利を有しているものではなく、他方、控訴人はその利用を許可すべき義務を負っているわけでもない。

[19] 同5は否認する。

[20] 同6は争う。

[1] 《証拠略》によれば、請求の原因1の事実を認めることができる。

[2] また、《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。
[3](一) 本件会館は、控訴人が、昭和46年に上尾市民の文化的向上と福祉の増進を図るために設けた施設であるが、平成元年12月当時は、控訴人の市民部の管理下にあり、館長ほか数名の職員がその管理業務に当たっていた。
[4](二) 本件会館の設置及び管理については、本件管理条例が定められており、控訴人は、右条例に基づいて、本件会館の大小の各ホール、結婚式関係の施設、会議室及び展示室を、上尾市の住民に限らず、一般市民の利用に供していたが、これらの使用については、あらかじめ市長の許可を受けることが必要とされている(同条例5条)。
[5](三) また、本件条例によれば、(1)会館の管理上支障があると認められるとき、(2)公共の福祉を阻害するおそれがあると認められるとき、(3)その他会館の設置目的に反すると認められるときのいずれかに該当するときには、市長は、当該施設の使用を許可しないものとされている(同条例6条1項)。
[6](四) そして、控訴人においては、市長の右の許可に関する権限の行使は、本件会館の館長の専決により処理するものとされている。

[7]三1 次の(一)、(四)及び(七)の各事実は当事者間に争いがなく、その余の各事実は、《証拠略》によって、これを認めることができる。
[8](一) 被控訴人の総務財政局長柳沢秀広は、平成元年12月16日、本件会館に赴いて請求の原因2記載のとおりの内容で本件許可申請を行った。
[9](二) しかし、当日は、富岡館長が不在であったため、応対に出た職員は、「私には決定権がありませんので、今日は館長がお休みですから、館長が出勤した後に後日返事します。」と述べて本件許可申請の許否についての回答を保留した。
[10] なお、この日、柳沢局長は、右の職員に対し、本件合同葬の内容を口頭で説明し、田中部長の殺害事件が新聞記事になっていることについても伝え、また、右職員から「警備の要請があれば警備をしていただけますか。」と尋ねられたので、「警備の要請があればします。」と答え、その帰途に上尾警察署に立ち寄って、同署の警備課長に会って、事情の説明を行った。
[11](三) 右許可申請に対し、富岡館長は、捜査当局が田中部長の殺害事件は対立するセクトによる内ゲバではないかと見て捜査を進めているとの新聞記事の内容からして、本件合同葬の際にも、右セクトによる妨害などがあることを懸念し、市民部長とも相談のうえで、同月19日、被控訴人の柳沢局長らを本件会館に呼んで、「新聞に出ているようなことがらでの葬儀を執り行うことについては、本件会館を貸せない。」「合同葬は会館の使用にそぐわない。」などと述べ、本件管理条例を示して、同条例の6条1項1号所定の「管理上の支障」に該当する事由があるから許可できないと回答した。
[12] これに対し、被控訴人の柳沢局長は、右不許可の理由に納得せず、本件合同葬の内容を説明し、過去の同様の合同葬でも混乱が起きたことはないと述べて、本件許可申請に対する回答は文書で行うように求めた。
[13](四) そこで、富岡館長は、同月22日、本件会館において、柳沢局長ら被控訴人の担当者に対し、本件許可申請については、本件管理条例6条1項1号の「会館の管理上支障があると認められるとき」に当たるから許可できない旨を記載した文書を手交した。
[14](五) その際、同館長が、被控訴人らの担当者に対し、右の具体的理由として、新聞などによれば、田中部長の殺害事件は「内ゲバ事件」と報道されているので、そのような葬儀が行われると本件会館の管理上支障が生じるおそれがあると述べたのに対し、被控訴人の担当者である柳沢局長らは、「被控訴人らが過去に主催した同様の合同葬においては、混乱が生じたことはなく、施設にはなんらの支障も生じなかった。」「本件合同葬において妨害が行われる兆候はまったくない。」「仮にそのようなおそれがあれば、被控訴人において自主警備や警察による警備によって混乱を予防排除することが可能である。」と反論し、本件合同葬の内容、形式を再び説明して、強く再検討を要請したので、同館長は、これを受け容れ、後日、再検討することを約束した。
[15](六) そこで、同館長は、同月25日、控訴人の助役及び市民部長の両名と、本件許可申請の取扱いについて改めて協議した結果、本件合同葬は警察の警備を必須とするものであって、このような催し物は、市民感情にそぐわないし、本件会館の結婚式場等他の設備の利用者にも迷惑をかけることになると判断し、本件会館の管理上支障があるものとして被控訴人の大ホールの使用を断るとの結論に達し、その経緯を市長に報告して了解を得た。
[16](七) そして、富岡館長は、翌26日、控訴人に対して、口頭で、右の理由を説明し、先にした不許可処分を維持すると通告した。

[17] そうすると、本件許可申請については、控訴人側から、被控訴人の担当者に対し、平成元年12月19日には口頭で、同月22日には文書で、それぞれ不許可とする旨の控訴人側の回答が伝えられたものの、その直後に、被控訴人の要請を容れて右申請に対する判断を再検討することが約束され、再検討の結果、26日に至って、やはり本件管理条例6条1項1号所定の「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当するので本件会館大ホールの使用は許可しない旨の控訴人側の最終的な判断が被控訴人に伝えられたものであり、控訴人側が、そのような最終的判断を下した理由は、被控訴人に反対する者が本件合同葬を妨害するなどして混乱が生じることが懸念されること、被控訴人の使用目的が大規模な葬儀の挙行にあり、これを許可した場合には、当日は、本件会館内の結婚式場その他の設備の利用にも支障が生じると判断したためであると認められる。

[18] 被控訴人は、右の不許可処分は、管理上の支障などまったくないのに、これがあるものとしてなされたものであり、違法であると主張する。
[19] しかし、前記認定のとおり、本件申請当時、捜査当局は田中部長の殺害事件を対立セクトによる内ゲバ事件とみて捜査を進めているという内容の記事が新聞各紙に報じられていたのであるから、控訴人側において、本件合同葬の際にも、田中部長を殺害した者らの妨害が行われて混乱が生ずるかも知れないと危惧することが根拠のないものであったとはいえない。ちなみに、前記のとおり柳沢局長においても、当初から警備を行うことがまったく必要がないという態度をとっていたわけでなく、《証拠略》によれば、被控訴人は、同月21日に浦和市文化センターに対しても、本件合同葬のための会場使用の申込みをしているが、同文化センターも、その使用許可をするについては「開催日前日及び当日の警備については、万全の体制をとって欲しい。また、もし開催日前であっても、不測の事態が発生したならば、葬儀は即刻中止する。」との条件を付したことが認められる。
[20] また、《証拠略》によれば、本件会館には、被控訴人が使用許可を申請した大ホール(客席1168席)のほかに、1階には展示場、食堂、ラウンジ及び会館事務室が、2階及び3階には4つの披露宴室(会議室兼用)と結婚式場、写真室、着付室、結婚控室などの結婚式関係の施設が、4階には談話室、料理教室など公民館関係の設備が、5階には小ホール(客席166席)と4つの会議室がそれぞれ設けられており、右のうち、食堂及びラウンジは、普段から一般市民の利用に供され、また、結婚式関係の施設については、年間約300組の利用客があること、大ホールと2階以上の各施設とは出入口を異にするものの、本件許可申請に係るような大規模な葬儀を大ホールで行う場合には、そのための案内や多数の葬儀参加者の出入りが他の利用客の目に触れることは避けられないから、本件会館で同時期に結婚式等を行うことは事実上困難であること、本件合同葬について警備が行われる場合には、その他の施設の利用客に多少の不安が生じることも否めないことがそれぞれ認められる。
[21] さらに、《証拠略》によれば、控訴人は本件会館の運営にあたり、結婚式場があるため基本的には葬儀のための利用には消極的であり、ただ過去には本件会館は上尾市に特に功績のあった元市長の市民葬と同市のスポーツ振興等にも功績のあった県公園緑地協会副理事長の準市民葬に用いられたことがあることを除き、従来から一般葬儀のためには全く使用されていないこと、本件会館には特に斎場としての設備はないことが認められる。
[22] そこで、以上の各事実を併せて考えれば、本件会館内の各施設のそれぞれについてその設置目的に従った有効な利用を確保すべき責務のある富岡館長が、本件合同葬という葬儀のために大ホールを使用することは会館の管理に支障が生ずると認めたことには、相当の理由があるというべきであるから、本件不許可処分が違法であると解することはできない。
[23] なお、本件会館の各施設の許可の当否を判断するについては、その時点における利用申込みの状況のみならず、その後の利用申込みの可能性も含めて判断せざるを得ないのであるから、本件許可申請の当時、現実に平成2年2月1日及び2日の結婚式場等の利用申込みがなかったことは、右判断を左右しない。
[24] また、被控訴人は、控訴人の担当者によって内ゲバの一方の当事者のごとき扱いをされたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

[25] 以上の次第で、被控訴人の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきであり、本件控訴は理由がある。
[26] よって、原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法96条、89条を各適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 岩佐善巳  裁判官 市村陽典
  裁判官小川克介は、転補のため、署名押印できない。
  裁判長裁判官 岩佐善巳

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