日本新党繰上補充事件
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 平成7年(行ツ)第19号
平成7年5月25日 第1小法廷 判決

上告人  中央選挙管理会
右参加人 日本新党 外1名

被上告人 松崎哲久

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 被上告人の請求を棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

[1] 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
[2] 平成4年7月26日に行われた参議院(比例代表選出)議員の選挙(以下「本件選挙」という。)に当たり、日本新党は、公職選挙法(平成6年法律第2号による改正前のもの。以下「法」という。)86条の2第1項に基づき、16人の候補者の氏名及び当選人となるべき順位を記載した名簿を選挙長に届け出た(以下、右名簿を「本件届出名簿」という。)。本件届出名簿の登載順位は、第1位が細川護煕、第2位が小池百合子、第3位が寺澤芳男、第4位が武田邦太郎、第5位が松崎隆臣(被上告人。認定された通称は松崎哲久)、第6位が小島慶三、第7位が山崎順子(参加人。認定された通称は円より子)であった(第8位以下は省略)。本件選挙の結果,日本新党の候補者は第4順位までが当選となり、第5順位の被上告人は次点となった。
[3] 日本新党は、平成5年6月23日、選挙長に対し、文書で、被上告人が除名により日本新党に所属する者でなくなった旨の届出(以下「本件除名届」という。)をした。この届出書には、法の規定するところに従い、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを日本新党の代表者細川護煕が誓う旨の宣誓書が添えられていた。
[4] 細川護煕及び小池百合子が同年7月5日公示の衆議院議員総選挙に立候補する旨の届出をしたので、参議院議長は、同日、内閣総理大臣に対し、参議院議員の欠員が生じた旨の通知をした。これを受けて、選挙長は、同月15日に選挙会を開き、選挙会は、本件届出名簿のうちから、第6順位の小島慶三及び第7順位の参加人山崎順子の両名を当選人と定め(以下、参加人山崎順子についての決定を「本件当選人決定」という。)、上告人は、同月16日にその告示をした。

[5]二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判示して、本件当選人決定を無効とした。
[6] 本件除名届については、日本新党から法定の文書が提出されているから、本件除名届の受理に当たって選挙長のした審査に義務違反があったとはいえず、また、選挙会のした本件当選人決定に係る判断それ自体に過誤があったとはいえない。
[7] しかし、当選訴訟の趣旨、目的が、選挙会の審査と罰則のみによっては必ずしも達成されない選挙秩序の実質的な維持、実現を図ることにあることを考慮すると、選挙会の判断それ自体には過誤がなくても、その判断の前提ないしは基礎を成し、かつ、当該選挙の基本的秩序を構成している事項が法律上欠如していると認められ、したがって、選挙会の当選人の決定の効力がその存立の基礎を失い、無効と認めるべき場合には、当選訴訟において当該当選を無効とすべきである。
[8] 参議院(比例代表選出)議員の選挙における政党等による名簿登載者の選定は、いわゆる拘束名簿式比例代表制による選挙機構の必要不可欠で最も重要な一部を構成しているものであって、当選人決定の実質的な要件を成している。したがって、政党等による名簿登載者の除名が不存在又は無効である場合には、有効な除名が存在することを前提としてされた繰上補充による当選人の決定は、その存立の基礎を失い、無効に帰するものと解すべきである。
[9] 政党によるその所属員の除名について、その政党の規則、綱領等の自治規範において、除名要件に該当する事実の事前告知、除名対象者からの意見聴取、反論又は反対証拠を提出する機会の付与等の民主的かつ公正な適正手続が定められておらず、かつ、除名がこのような手続に従わないでされた場合には、当該除名は公序良俗に反し無効であると解すべきである。前記の日本新党による被上告人の除名は、日本新党の自治規範である党則の規定に除名について民主的かつ公正な適正手続が定められておらず、かつ、民主的かつ公正な適正手続に従ってされたものではないと認められるから、無効である。したがって、これが有効であることを前提としてされた本件当選人決定は、その存立の基礎を失い、無効に帰するものというべきである。

[10] しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
[11] 参議院(比例代表選出)議員の選挙においては、各政党等のあらかじめ届け出た名簿の登載順位によって当選人を決定するいわゆる拘束名簿式比例代表制が採られており、選挙後に参議院(比例代表選出)議員の欠員が生じた場合に、当該議員の名簿に係る登載者で当選人とならなかったものがあるときは、選挙会を開き、その者の中から、名簿の順位に従い、繰上補充により当選人を定めることとし(法112条2項)、繰上補充に際しては、名簿登載者で当選人とならなかったものにつき除名により当該名簿届出政党等に所属する者でなくなった旨の届出が、文書で、欠員が生じた日の前日までに選挙長にされているときは、これを当選人と定めることができないこととし(同条4項、法98条2項前段)、この除名届出書には、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書を添えなければならないこととしている(法112条4項、98条3項、86条の2第6項)。
[12] このように、法は、選挙会が名簿届出政党等による除名を理由として名簿登載者を当選人となり得るものから除外するための要件として、前記の除名届出書、除名手続書及び宣誓書が提出されることだけを要求しており、それ以外には何らの要件をも設けていない。したがって、選挙会が当選人を定めるに当たって当該除名の存否ないし効力を審査することは予定されておらず、法は、たとい客観的には当該除名が不存在又は無効であったとしても、名簿届出政党等による除名届に従って当選人を定めるべきこととしているのである。
[13] そして、法は、届出に係る除名が適正に行われることを担保するために、前記宣誓書において代表者が虚偽の誓いをしたときはこれに刑罰を科し(法238条の2)、これによって刑に処せられた代表者が当選人であるときはその当選を無効とすることとしている(法251条)。
[14] 法が名簿届出政党等による名簿登載者の除名について選挙長ないし選挙会の審査の対象を形式的な事項にとどめているのは、政党等の政治結社の内部的自律権をできるだけ尊重すべきものとしたことによるものであると解される。
[15] すなわち、参議院(比例代表選出)議員の選挙について政党本位の選挙制度である拘束名簿式比例代表制を採用したのは、議会制民主主義の下における政党の役割を重視したことによるものである。そして、政党等の政治結社は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成するものであって、その成員である党員等に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治機能を有するものであるから、各人に対して、政党等を結成し、又は政党等に加入し、若しくはそれから脱退する自由を保障するとともに、政党等に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をすることのできる自由を保障しなければならないのであって、このような政党等の結社としての自主性にかんがみると、政党等が組織内の自律的運営として党員等に対してした除名その他の処分の当否については、原則として政党等による自律的な解決にゆだねられているものと解される(最高裁昭和60年(オ)第4号同63年12月20日第3小法廷判決・裁判集民事155号405頁参照)。そうであるのに、政党等から名簿登載者の除名届が提出されているにもかかわらず、選挙長ないし選挙会が当該除名が有効に存在しているかどうかを審査すべきものとするならば、必然的に、政党等による組織内の自律的運営に属する事項について、その政党等の意思に反して行政権が介入することにならざるを得ないのであって、政党等に対し高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をすることのできる自由を保障しなければならないという前記の要請に反する事態を招来することになり、相当ではないといわなければならない。名簿登載者の除名届に関する法の規定は、このような趣旨によるものであると考えられる。
[16] 参議院議員等の選挙の当選の効力に関するいわゆる当選訴訟(法208条)は、選挙会等による当選人決定の適否を審理し、これが違法である場合に当該当選人決定を無効とするものであるから、当選人に当選人となる資格がなかったとしてその当選が無効とされるのは、選挙会等の当選人決定の判断に法の諸規定に照らして誤りがあった場合に限られる。選挙会等の判断に誤りがないにもかかわらず、当選訴訟において裁判所がその他の事由を原因として当選を無効とすることは、実定法上の根拠がないのに裁判所が独自の当選無効事由を設定することにほかならず、法の予定するところではないといわなければならない。このことは、名簿届出政党等から名簿登載者の除名届が提出されている場合における繰上補充による当選人の決定についても、別異に解すべき理由はない。右2に述べた政党等の内部的自律権をできるだけ尊重すべきものとした立法の趣旨にかんがみれば、当選訴訟において、名簿届出政党等から名簿登載者の除名届が提出されているのに、その除名の存否ないし効力という政党等の内部的自律権に属する事項を審理の対象とすることは、かえって、右立法の趣旨に反することが明らかである。
[17] したがって、名簿届出政党等による名簿登載者の除名が不存在又は無効であることは、除名届が適法にされている限り、当選訴訟における当選無効の原因とはならないものというべきである。
[18] 前記の事実関係によれば日本新党による本件除名届は法の規定するところに従ってされているというのであるから、日本新党による被上告人の除名が無効であるかどうかを論ずるまでもなく、本件当選人決定を無効とする余地はないものというべきである。
[19] 以上と異なる判断の下に本件当選人決定を無効とした原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、被上告人の請求を棄却すべきである。

[20] よって、行政事件訴訟法7条、民訴法408条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達  裁判官 大堀誠一  裁判官 小野幹雄  裁判官 遠藤光男)

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