| TBSギミア・ぶれいく事件 | ||||
| 特別抗告審判決 | ||||
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司法警察職員がした押収処分に対する準抗告棄却決定に対する特別抗告事件 最高裁判所 平成2年(し)第74号 平成2年7月9日 第二小法廷 決定 抗告申立人 株式会社東京放送 ■ 主 文 ■ 理 由 ■ 裁判官奥野久之の反対意見 ■ 申立人代理人弁護士石川常昌、同木下潮音、同浅井隆、同辰野守彦の特別抗告申立書 本件抗告を棄却する。 [1] 所論は、まず、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員がAに対する傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件について平成2年5月16日申立人方においてしたビデオテープの差押は憲法21条に違反する旨主張する。 [2] そこで検討すると、報道機関の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあり、報道のための取材の自由も、憲法21条の趣旨に照らし十分尊重されるべきものであること、取材の自由も、何らの制約を受けないものではなく、公正な裁判の実現というような憲法上の要請がある場合には、ある程度の制約を受けることがあることは、いずれも博多駅事件決定(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁)の判示するところである。そして、その趣旨からすると、公正な刑事裁判を実現するために不可欠である適正迅速な捜査の遂行という要請がある場合にも、同様に、取材の自由がある程度の制約を受ける場合があること、また、このような要請から報道機関の取材結果に対して差押をする場合において、差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである(最高裁昭和63年(し)第116号平成元年1月30日第二小法廷決定・刑集43巻1号19頁参照)。 [3] 右の見地から本件について検討すると、本件差押は、暴力団組長である被疑者が、組員らと共謀の上債権回収を図るため暴力団事務所において被害者に対し加療約1箇月間を要する傷害を負わせ、かつ、被害者方前において団体の威力を示し共同して被害者を脅迫し、暴力団事務所において団体の威力を示して脅迫したという、軽視することのできない悪質な傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件の捜査として行われたものである。しかも、本件差押は、被疑者、共犯者の供述が不十分で、関係者の供述も一致せず、傷害事件の重要な部分を確定し難かったため、真相を明らかにする必要上、右の犯行状況等を収録したと推認される本件ビデオテープ(原決定添付目録番号15ないし18)を差し押さえたものであり、右ビデオテープは、事案の全容を解明して犯罪の成否を判断する上で重要な証拠価値を持つものであったと認められる。他方、本件ビデオテープは、すべていわゆるマザーテープであるが、申立人において、差押当時既に放映のための編集を終了し、編集に係るものの放映を済ませていたのであって、本件差押により申立人の受ける不利益は、本件ビデオテープの放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなかった。また、本件の撮影は、暴力団組長を始め組員の協力を得て行われたものであって、右取材協力者は、本件ビデオテープが放映されることを了承していたのであるから、報道機関たる申立人が右取材協力者のためその身元を秘匿するなど擁護しなければならない利益は、ほとんど存在しない。さらに本件は、撮影開始後複数の組員により暴行が繰り返し行われていることを現認しながら、その撮影を続けたものであって、犯罪者の協力により犯行現場を撮影収録したものといえるが、そのような取材を報道のための取材の自由の一態様として保護しなければならない必要性は疑わしいといわざるを得ない。そうすると、本件差押により、申立人を始め報道機関において、将来本件と同様の方法により取材をすることが仮に困難になるとしても、その不利益はさして考慮に値しない。このような事情を総合すると、本件差押は、適正迅速な捜査の遂行のためやむを得ないものであり、申立人の受ける不利益は、受忍すべきものというべきである。 [4] 結局、所論は、博多駅事件決定の趣旨に徴して理由がなく、これと同旨の原決定は正当である。 [5] 所論は、次に、判例違反をいうが、原決定は所論引用の判例と相反する判断をしたものではないから、理由がない。 [6] 職権により調査すると、差押に係るビデオテープ29巻のうち、24巻(原決定添付別紙目録番号1ないし11、13、14、19ないし29)は平成2年5月30日、1巻(同番号12)は同年6月6日、それぞれ申立人に還付済みであることが認められる。そうすると、本件差押の取消を求める準抗告のうち、これらの還付済み物件に関する部分は、申立の利益を欠き、これと同旨の原判断は正当である。 [7]三 よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 裁判官奥野久之の反対意見は、次のとおりである。 [1] 私は、抗告趣意第一点について、多数意見と結論を異にする。すなわち、日本テレビ事件決定(最高裁昭和63年(し)第116号平成元年1月30日第二小法廷決定・刑集43巻1号19頁)においては、報道機関のビデオテープに対する差押が許されるとした多数意見にくみしたが、本件の差押については許されないと考える。 [2] 日本テレビ事件と本件とを対比しながら、適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響等を比較衡量すると、日本テレビ事件の犯罪は、国民が広く関心を寄せる重大な贈賄事犯であったが、本件の犯罪は、軽視できない悪質な事犯とはいえ、日本テレビ事件ほど重大とはいえない。また、日本テレビ事件の場合には、ビデオテープは、犯罪立証のためにほとんど不可欠であったのに対し、本件の場合には、暴力団員が不十分ながら犯行を認め、目撃者もおり、ただそれらの供述と被害者の供述とに一致しないところがあるため、ビデオテープが必要となったのであるから、ビデオテープの証拠としての必要性は、日本テレビ事件よりも弱い。そうすると、本件の差押によって得られる利益は、日本テレビ事件のそれと比較すると、相当に小さいというべきである。他方、日本テレビ事件の場合には、賄賂の申込を受けた者が贈賄事件を告発するための証拠を保全することを目的として報道機関に対しビデオテープの採録を依頼し、報道機関がこの依頼に応じてビデオテープを採録したのであるから、報道機関はいわば捜査を代行したともいえるのに対し、本件の場合は、報道機関は、もっぱら暴力団の実態を国民に知らせるという報道目的でビデオテープを採録したものであるから、本件の報道機関の立場を保護すべき利益は、日本テレビ事件のそれに比して、格段に大きいというべきである。 [3] 以上のとおりであるから、所論の本件ビデオテープの差押は、違法なものであるといわなければならない。 (裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之 裁判官 中島敏次郎) 一、原決定を取り消す。 二、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員警部Pが、平成2年5月16日申立人株式会社東京放送本社内で別紙押収品目録記載の物件についてなした押収処分を取消す。 との裁判を求める。 第一点 原決定が原決定別紙目録第15番ないし18番の4巻のビデオテープに対する差押が違憲、違法でないとしたことは、憲法21条に違反し若しくはその解釈を誤った違法なものであり、また最高裁判所昭和63年(し)第116号に関する平成元年1月30日付決定に違背するものであるから、刑訴法434条、426条2項により取り消されるべきである。 第二点 原決定が同目録第1番ないし14番、第19番ないし29番の25巻のビデオテープについて、それらの還付がなされていることを理由として、準抗告の申立の利益を欠き不適法としたことは、捜査機関による報道機関の取材結果の差押後裁判所による合憲性、合法性の判断を仰ぐ前に還付されることにより報道機関において当該差押行為ならびに令状発布,その行使についての合憲性、合法性の司法上の判断を受ける機会を剥奪するものであって、憲法21条により保障された報道・取材の自由を著しく侵害するものであり、また憲法32条により保障された裁判を受ける権利を奪うものであり、事後的に還付行為がなされれば差押に対する実質的な救済手段を皆無とするものに外ならず憲法31条により保障された法定手続きの保障をないがしろにするものであり、右憲法各条項に違背するものであり刑事訴訟法434条、同法426条2項により取り消されるべきである。 [1]1 憲法21条の保障する「言論・出版その他一切の表現の自由」に「報道の自由」が含まれることについては、学説判例上まったく争いのないところである。さらに報道の自由を確保するためには、事実を収集しそれを編集するといった事実の報道に至る過程が自由でなければならない。ことに、事実乃至情報を収集することが自由であることは、報道に携わるものにとっては重要であり、それゆえ、取材の自由が強く主張される(伊藤正己著「憲法」298頁)ものである。 [2]2 この取材の自由について、従来の判例は 「報道機関の報道が正しい内容を持つためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものである」(最高裁昭和44年(し)第68号、同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁、以下「博多駅事件決定」という)と述べ、取材の自由の保障についてこれが直ちに憲法21条の保障するものであるか、それとは異なるものであるか明らかではないような表現をしており、原決定もこの点において同様である。 [3] しかしながら、報道機関の報道が成立する過程において、必ず取材を経ることが必要なのであり、自由な取材なくして自由な報道があり得ないことは自明であって、取材の自由の保障を報道の自由の保障と区別して論じることは実益がない。報道機関の取材に対し、捜査機関の差押等の介入が加えられることは、直ちに報道の自由に対する侵害と同視し得るものである。 [4]3 原決定は、 「取材の自由も何らの制約も受けないものではなく、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するための不可欠な前提である適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることのあることもやむをえないというべきであ」るとして、と判断している。 [5] 右判断は、司法警察員による差押処分も、裁判所の提出命令及び検察事務官の差押処分と同様、取材の自由の制約となり得ることを認めたものである。 [6]4 しかしながら、本件において、被疑者の起訴後直ちに、差押処分が行われた29巻の本件ビデオテープのうち、その大半である25巻について公判での立証に不必要であるとして還付処分がなされたことに如実に現れた通り、起訴及び公判での立証に何ら関与しない司法警察員による差押処分は、公判における公正な刑事裁判の実現という目的から全くかけはなれたものに対してまで差押処分が及ぶ危険を顕在化させるものである。原決定が、報道・取材の自由に対する右の危険性を看過して、司法警察員の請求によって発布された差押許可状により司法警察員が報道機関の取材結果に対して差押処分をなすことを認めることは報道・取材の自由を侵害するものであり、憲法21条に違反するものであって、これを合憲とした原決定は憲法21条に違反するものというべきである。 [7] 原決定は、最高裁昭和63年(し)第116号平成元年1月30日第二小法廷決定(以下「日本テレビ事件決定」という)を引用し、 「差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差押えるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきである」とし、右基準にそって本件を検討した結果として、本件において4巻のビデオテープに関する本件差押処分はやむをえないものと認められるとしたものである。 [8] しかしながら、原決定は右の利益衡量論を採ることを前提としても、明らかに日本テレビ事件決定に示された比較衡量論に違反し、憲法21条の解釈を誤ったものである。 [9] 以下、具体的に詳述する。 1 比較衡量論の趣旨 [10](一) 日本テレビ事件決定の採る比較衡量論は公正な刑事裁判実現のため不可欠な前提である適正迅速な捜査の要請と報道・取材の自由という二つの利益の比較衡量を前提として、犯罪の性質、内容、軽重等と証拠の必要不可欠性の判断によって具体的な解決を図ろうとする立場であり、原決定が参照する博多駅事件決定と考え方を同一にするものである。 [11](二) 一定の基準の下で具体的に比較衡量を行うアプローチが例えば博多駅事件決定の原審である高裁決定の取ったいわゆる「公共の福祉」による制限論に比べ自由保護に優れていることは明らかである。しかし、一方、本来的に比較ができぬものを比較する結果、比較衡量論のアプローチは恣意的になりやすいという問題点がある。 [12] 比較衡量の具体的な検討に当たっては、報道・取材の自由の重要性、憲法上の価値により重点を置き、「個々の事件の枠内での衡量ではなく自由な情報流通のシステムの確保というLong Perspectiveでなされなければならないとの基本認識にたって」行われるべきである(佐藤幸治「表現の自由と取材の自由」公法研究34・139)。その上で、証拠の強い関連性、証拠としての不可欠性・唯一性、誤判回避の必要性という要件が貫徹されなければならない。 [13](三) この点については、日本テレビ事件決定の原審である東京地方裁判所昭和63年(む)第864号準抗告決定が 「ことに、捜査段階における差押の場合、その必要性の有無は、主として捜査機関の判断に委ねられているのであるから、捜査機関としては、その立場上、右の諸事情を比較衡量するに当たっては、より一層慎重な態度でこれを決するべきである。そして、差押の必要性が認められる場合であっても、それによって被る報道機関の不利益が最小限度にとどまるよう特段の配慮をすることが望まれ、他に替わるべき証拠の収集その他相応の努力を尽くすことなく、軽々に報道機関に対する差押処分をなすようなことは厳に慎まなければならない」と述べて、単に差押の必要性がある程度では報道機関に対する差押をなすことは許されないとしていること、日本テレビ事件決定の島谷反対意見において 「公正な刑事裁判の実現とそのための適正迅速な捜査処理が国家の基本的な要請であることはいうまでもない。しかし、その要請も、報道の自由、取材の自由の保障との関係において、時には抑制されなければならない場合が存在するのであって、本件(日本テレビ事件)は、まさにそのような場合である。博多駅事件決定が示した判断基準は、厳格に運用すべきものと考える。」と述べられていることを参照すべきである。 [14](四) これに対し、本件事案を右比較衡量の基準にしたがって検討すると、本件事案は捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等、証拠としての価値、必要不可欠性のいずれの点においても、報道機関の報道・取材の自由が制限されてもやむをえない事案ではないことが明らかであり、原決定は比較衡量の具体的実施において本件ビデオテープの証拠としての強い関連性、証拠としての不可欠性・唯一性の判断を誤り、報道・取材の自由に対する制限を認めたものであり、最高裁判所判例に違反し、憲法21条に違反することが明らかである。 2 原決定の比較衡量の不当性 (一) 犯罪の性質、内容、軽重等 [15] 本件差押処分は、的屋B一家系列のC組組長である被疑者Aに対する暴力行為等処罰に関する法律違反及び傷害被疑事件の捜査の一環として行われたものであるが、その被疑事実の要旨は 「右被疑者が、被害者から債権の回収を図るため、同組組員らと共謀の上、平成2年2月7日早朝から午後3時30分ころまでの長時間にわたり、被害者方及び同組事務所において、被害者に対し一連の脅迫、暴行を加えた上、被害者に加療1ケ月を要する重傷を与えたというもの」であって、原決定は、右被疑事実をもって「暴力団組長以下多数の組員によって組織的、計画的に敢行された人の生命・身体に直接かかわる重大な事犯である」とする。 [16] 原決定のいうところの重大な事犯であるという理由は、これが暴力団犯罪であるという点と傷害事案であるという2点に尽きるものである。かかる態様の犯罪は、むしろ、社会一般において頻繁に発生する刑事事件の範疇を出ないものである。本件事犯は、日本テレビ事件において「国民が関心をよせていた重大事犯」であると認められた「いわゆるリクルート疑惑に関する国政調査権の行使等に手心を加えてもらいたいなどの趣旨で衆議院議員楢崎弥之祐に対し3回にわたり多額の現金供与の申込をしたとされる贈賄被疑事件」に比べてその性質、内容、軽重等に格段の差異があり、到底同程度の重大性をもつ犯罪であったとは認められないものである。 [17] 本件事案において報道機関に対する取材結果の差押を認めることは、結果として「犯罪の性質、内容、軽重等」を比較衡量の一要件とすることを放棄するに等しいとさえいい得るものである。 (二) 差押さえるべき取材結果の証拠としての価値、適正迅速な捜査の必要性 [18](1) 日本テレビ事件決定においては、 ①その被疑事実の存否、内容等の解明は、事案の性質上当事者両名の供述に負う部分が大であること、 ②差押前の段階においては松原は現金提供の趣旨等を争って被疑事実を否認していたこと、 ③楢崎も事実関係の記憶が必ずしも明確でないこと、 ④他に収集した証拠を併せて検討してもなお事実認定上疑点が残り、その解明のためさらに的確な証拠の収集を期待することが困難な状況にあったこと、 ⑤松原は、本件ビデオテープ中の未放映部分に自己の弁明を裏付ける内容が存在する旨強く主張していたこと を認めて 「ビデオテープは、証拠上極めて重要な価値を有し、事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであったと認められる」と判断した。なお、日本テレビ事件では、右の事情をもってしてもなおビデオテープを差押える必要性には博多駅事件の場合に比べ格段の差異があり、捜査の必要性を報道の自由に対する弊害に優先せしめるべきではないとした島谷反対意見が付されているものである。 [19](2) これに対し、本件においては原決定は次の理由をもって 「ビデオテープは右被疑事実の存否、内容等を確定する上で最良の証拠というべきものであって、証拠上誠に重要な価値を有しており」、「捜査機関の採証状況に照らせば、事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであった」と認めたものである。 ① 暴力団事務所という密室を中心として行われた事件であって、事案の性質上被疑事実の存否、内容等の解明には、被疑者、関係者の供述に負う部分大であること ② 本件差押前の段階においては、被疑者は、共謀及び具体的な脅迫、暴行行為の大部分を否認していたこと ③ 共犯者及び関係者は多数に上り、それぞれの供述に食い違いがあったほか、事件から既に日時が経過して記憶が曖昧な部分もあること ④ 被害者や共犯者である暴力団員らの供述は被疑者との関係で被影響性が高く、客観的裏付けのない右供述だけに頼るのは危険が伴うこと ⑤ 本件ビデオテープの撮影に関与した者らの捜査への協力が必ずしも十分には得られなかったこと ⑥ ビデオテープには前記被疑事実自体を裏付ける当日の脅迫・暴行ないし債権回収を迫る被疑者及び共犯者らと被害者との間のやりとりが、生々しく収録されており、一連の事態の推移をありのままに撮影したビデオテープであること。 [20](3) しかしながら、右列挙された事情はいずれも捜査の完全を期するための事情或は将来被疑者、共犯者及び被害者が供述を変更することを防止するため必要となる事情を列挙しているに過ぎず、これらの事情をもって、本件ビデオテープが事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであったとは到底認められないものである。 [21] ①の事情については、被害者、被疑者及び共犯者のほか、被害者に同行した第三者さらに本件ビデオテープの撮影に当たった取材スタッフが同席していたことが明らかな暴力団事務所を「密室」と認めたところに重大な誤認があるのであって、被害者と被疑者以外に多数の関係人が存在する密室を認めることは、明らかな矛盾である。 [22] ②の事情については、本件差押は被疑者Aの被疑事実に関して行われたものであるところ、被疑者が暴行及び脅迫の大部分の具体的実行行為を行っていないものであることは明らかであり、原決定がいう「具体的な脅迫、暴行行為の大部分を否認している」ということが如何なる意味を有しているのか全く不明である。さらに、共謀の点については、犯行当日の状況を収録したビデオテープから証明されるべき事実ではなく、被疑者および共犯者の供述によって立証されるものであって、この点の立証のためにビデオテープが必要となることはありえない。 [23] ③の供述の微妙な食い違いという事情は、本件に限らず、通常多くの犯罪捜査において捜査機関が直面する事情である。犯行現場とされる状況がビデオテープに収録されることがない通常の犯罪捜査においても、この様な事態は常に生ずるおそれがあるが、ビデオテープを証拠とすることなく捜査は完全に遂げられているのであり、これによって犯罪の成否が立証できないという事態に至ることは通常ありえないものである。 [24] ④の事情について、原決定は本件では暴力団員である共犯者らの供述はその組長である被疑者からの被影響性が強いことを述べるが、右の点は暴力団員らによる犯罪においては、いかなる犯罪であっても抽象的に生じうる危険というべきであって、右の点をもビデオテープを証拠とすることが必要不可欠であると認める理由になしうるとすれば、暴力団の犯罪を撮影したビデオテープはいかなる場合においても差押えられることとなるのであり、常に報道・取材の自由の制限がやむをえないとされることになりかねない。また、被害者に対する影響については、被疑者及び共犯者らはいずれも逮捕勾留されて取り調べられており、起訴後保釈が認められた場合でも証憑湮滅のおそれのある行為をなすことは厳に禁じられているものであるから、かかる事態が生ずることを所与の前提とすることはできないのである。さらに、仮に将来において供述が変更する事態に至った場合でも、その原因を追及し再度供述を修正することが十分に可能である。 [25] また、原決定所論の被影響性を受けるおそれがあるという被疑者の配下の者が、暴行行為の実行行為者であることから考えても、被疑者の影響下において右暴行行為についてどのように供述を変化させるおそれがあるのかという疑問も禁じえない。 [26] さらに、原決定がいうところの被影響性により供述だけに頼ることができないとの論によれば、捜査段階において完全な自白や犯罪事実を立証するに十分な共犯者及び被害者の供述を得られている場合であっても、将来それが変更されるおそれを理由としてビデオテープ等の取材結果を証拠とする必要性を示唆するものであって、このようなことを理由とすることは、最高裁判例に示された「事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上でほとんど不可欠」な証拠であることを必要とする基準を全く無視した論であって、許されないものである。 [27] ⑤の事情については、制作会社の撮影スタッフが殊更捜査に非協力であった事実はなく、本件差押の前において捜査機関の事情聴取に応じているものである。なお、原審に対する平成2年6月2日付司法警察員作成の準抗告に対する意見書(以下「警察意見書」という)で明らかになったことであるが、犯行当日の暴行の態様について、右撮影スタッフは正確な供述を行っている(警察意見書9頁末尾5行)。 [28] ⑥の事情については、原決定は明らかに本件ビデオテープの評価を誤っているものである。即ち、本件の被疑事実は平成2年2月7日の早朝から午後3時30分頃までの少なくとも8、9時間の長時間にわたって一連の犯行が敢行されたとするものであるところ、本件ビデオテープ4巻はそれらの間の状況を断片的に撮影し、約1時間分の状況が収録されているものにすぎない。従って、原決定が本件ビデオテープは「一連の事態の推移をありのままに撮影した」ものであると認めたことは明らかな誤認である。ビデオテープの撮影に当たっては、対象となる事象を撮影をする・しないを選択する撮影スタッフの意思が働き、マザーテープである本件ビデオテープといえども撮影時の撮影者の意思によって既に事実上の編集の過程が加えられているものである。 [29] これに対し、日本テレビ事件で差押の対象とされたビデオテープはいわゆる隠し撮りの方法によって撮影されたものであり、撮影方法の特質から、ビデオ撮影が開始されてから終了するまでの一定時間の状況を一定の位置(アングル)から撮影したものと考えることが可能であるが、本件ビデオテープは全く撮影方法を異にしているものである。 [30] また、警察意見書添付の被疑事実の要旨および被疑者に対する起訴状によれば公訴事実の一部として共犯者Fの暴行行為の存在があげられているが、警察意見書19頁以下の「差押えたビデオテープの検分結果について」においては、同人の暴行行為がビデオテープに収録されていた旨の記載はなく、同人の暴行行為については、捜査機関が別途入手した証拠によってこれを認め、起訴にまで至ったことが明らかである。これにより、同一の機会に行われたとされる暴行行為のうち、一部の成否の立証のためにはビデオテープを証拠とすることがほとんど必要不可欠であるとしながら、他の一部については、現にビデオテープを証拠とすることなくこれを捜査機関が起訴し得る程度に立証しえたという極めて不整合な事実が明らかになった。このような捜査及び起訴に至った状況から、むしろ本件ビデオテープが犯罪事実の成否を立証するために必要不可欠な証拠ではなかったことが既に明らかになったというべきである。 [31](4) 以上、いずれの点においても、原決定が 「本件ビデオテープが被疑事実の存否、内容等を確定する上での最良の証拠というべきものであって、証拠上誠に重要な価値を有しており、また、捜査機関の採証状況に照らせば、事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠なものであった」と認めたことが差押さえるべき取材結果の証拠としての価値、捜査の必要性の判断を誤ったものであり、現実には重要事実について供述証拠等の他の証拠が重視されていたのであり、本件ビデオテープのうち4巻について到底報道・取材の自由を制限することもやむをえないものと認められるだけの差押の必要性がなかったことが明らかである。 3 報道・取材の自由に対する影響 [32] 原決定は、本件差押によって報道機関である申立人が被る不利益は、 「本件ビデオテープがマザーテープであるとしても、申立人側において本件差押前に放映のための編集を既に終了し、同年3月20日夜には、各巻のそれぞれ一部分を放映しているのであって、申立人が被る不利益は、右ビデオテープの報道が不可能になり報道の機会が奪われるという不利益ではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる」と述べているが、報道・取材の自由の憲法上の価値、重要性について何ら意を用いることなく行われた判断である。 [33] そもそも、捜査機関の差押によって、報道機関が一定の事実についての報道の機会を奪われるという事態が生じることは、憲法21条2項において明らかに禁止をされている「検閲」が行われたのと同一の事態である。報道・取材の自由の保障は検閲が行われないというだけの意味を有するものでないのであり、差押処分によって報道機関の報道の機会が奪われることが許されないことは捜査の必要性との比較衡量を経るまでもなく明らかである。 [34] 将来の取材の自由が妨げられるおそれについて、原決定は本件の捜査の必要性との比較衡量においてこれを申立人が忍受すべきであるとしているが、取材の自由に対する侵害が将来のものであるか、現在のものであるかは、将来に亘って反復継続して取材活動を行う申立人にとってはその影響を減じて評価する事由とはならない。むしろ、将来反復継続して永続的に行う取材の自由の妨げとなることは、個別の事案の取材の自由が妨げられるおそれのある場合よりその影響において甚大であるといわねばならないものである。 [35] 以上、原決定は憲法21条に違反し、また、最高裁の判例に違反する不当なものであることは明らかであり、これを速やかに取り消した上、本件ビデオテープ4巻に対する差押処分を取り消すべきである。 [36]1 原決定は、決定期日までに還付処分を了した、別紙目録番号1ないし14、同19ないし29の合計25巻について 「まず、別紙目録記載の本件差押処分に係るビデオテープのうち、同目録番号1番ないし11番、13番、14番、19番ないし29番の24巻は平成2年5月30日、同12番の1巻は同年6月6日、それぞれ申立人に還付されていることが記録上明らかである。したがって、本件差押処分の取消しを求める申立てのうち、右合計25巻のビデオテープに関するものは、その申立ての利益を欠き不適法というべきである。」とし、それらの差押処分に対する準抗告を不適法とした。 [37]2 原決定のこの判断は、対象となされる捜査機関の処分を取り消す実益がなければ準抗告の申立は不適法となる、という一般論に安易に依拠したものと思われる。 [38] なるほど押収された物が準抗告決定前に還付されたことをもって、当該押収行為についての取消を求める実益がなくなったとして準抗告を棄却した下級審裁判例が散見することは事実である(山口地裁下関支部昭和36年7月25日決定・下刑集3巻7、8号808頁、東京地裁昭和40年7月15日決定・下刑集7巻7号1525頁、東京地裁昭和48年4月21日決定・刑裁月報5巻4号872頁)。 [39] しかしながら右の各決定例における理由付けが本件の前記25巻のテープに該当しないことは後述するとおりである。 [40]3 原決定の右引用部分以外においては、報道機関の報道のための取材の自由は十分尊重されるべきものであるが、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するための不可欠な前提である適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることもやむを得ない、との基本的視座に立ち、取材結果の差押の可否を決するにあたって、捜査対象の犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、押収により報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきことを述べ、博多駅事件、日本テレビ事件における最高裁決定の考え方を踏襲することを明らかにしている。 [41] この理を、還付された25巻にあてはめると、当該各ビデオテープは外見的にはそのラベル表示から明らかなとおり、内容的には捜査当局をして「不必要」として返還せしめたことをもって明らかなとおり、本件被疑事実に関連性がなく適正迅速な捜査の実現のためには全く不必要であったことは論をまたず、右の原決定の所論の比較衡量を如何に展開しても、報道機関に対し取材結果の差押を忍受させるに足りないものであることは疑いを容れない。即ち,原決定のいう基準によれば、右25巻については差押そのものは、明らかに憲法21条に違反するものなのである。 [42] しかしながら、原決定は、前述のとおりこれが還付されることによって準抗告申立の利益がなくなるものとする。この論理構成が誤っており、その判断が憲法21条、32条、31条に違反していることは以下に述べるとおりである。 [43]1 およそ私人が公権力の発動により憲法21条により保障された権利の侵害を受け、もしくはそのおそれがあり、司法的救済を求めているときに、右公権力の発動が外形的に解消されてもなお侵害、侵害のおそれが除去されないときは、当該私人はその合憲性、合法性について右の司法的救済に関する裁判所の判断を受けうるものといわねばならない。 [44] 本件に即していえば、報道機関の取材結果の違憲・違法な差押により、報道機関の憲法上保障された報道・取材の自由が侵害され、その救済を準抗告手続に求めている場合において、当該差押対象物の還付によっても右侵害が除去されえないか、将来の同じ権利侵害を惹起される明白な危険が存在する場合は報道機関として差押そのものの合憲性、合法性の判断を受けるため右準抗告申立を維持する実益を有し、またその裁判を受ける権利を憲法上保障されているものであり、これが保障されないとするなら、憲法21条によって保障された報道・取材の自由そのものが侵害されているというべきである。 2 原決定の基本的誤り [45](一) 本件準抗告申立において、申立人は前記還付済の25巻の差押について憲法35条、刑訴法218条、同222条で準用する同99条に違反する旨を付加的に主張していたが、より本質的には、被疑事実に関連性すらなく、犯罪事実立証上の必要性も皆無である右25巻の差押は明らかに憲法21条に保障された報道・取材の自由を侵害する旨を主張していたのである。現実に、右25巻については、前述のとおり、原決定の基準によっても議論の余地なく憲法21条に違反する差押であったのである。 [46](二) このように違憲・違法な差押について刑事訴訟法上唯一の不服申立の手段である準抗告が、還付の後はなしえなくなるとすると、申立人は憲法21条に違反する差押により報道・取材の自由の侵害を受けつつも、その不服申立の途を実質的に断たれることになる。 [47] 逆に当該差押をなした捜査機関は、現実には捜査の間接的資料とし、また、将来の別件の資料として用いながら、還付することをもってその違憲性、違法性の判断を実質的に免れることができる。 [48] この両者の立場のアンバランスは、余りにも歴然としている。 [49](三) 原決定の前記判断に起因する前項記載のアンバランスは、結局、捜査機関の差押の報道・取材の自由に及ぼす影響の程度およびその性質、差押対象物の性質の特殊性、更に報道機関に対する差押反復の危険性を軽視し、逆に、捜査機関のなす「還付」が法律が予想する適正な目的によりなされたものでなく、差押の違憲・違法性を前提に、その違憲・違法性の判断を回避する目的でなされたこと、ならびに「還付」により差押の合憲性・合法性についての司法判断が回避されることの及ぼす危険性を無視したことにより生じたものというべきである。 3 取材結果の差押による報道機関の不利益、報道・取材の自由に及ぼす危険性 (一) 取材結果差押の影響 [50] 報道機関にとって、取材結果の差押による不利益、報道・取材の自由に対する侵害は、当該取材結果の還付により解消されるものではない。報道機関の蒙る最大の不利益・被害は、取材結果が捜査機関により差押を受けることによって、自由な取材活動をなしえなくなり、ひいては自由な報道がなしえなくなることである。この不利益は、取材結果が捜査機関の手中に強制的に移行することをもって発生し、その後捜査機関が任意の判断で還付することは右不利益の解消に重要な意味をもたないのである。 [51] このことは博多駅事件、日本テレビ事件の各決定において、裁判所による提出命令、捜査機関による差押の結果としての「報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響」として言及されていたとおりである。原決定中にも同文が引用されているが、それらが還付によって全て解消されると理解していたのなら明らかな誤りである。 (二) 強制捜査の存在そのものによる取材の自由に対する影響 [52] 取材結果が強制的に捜査機関の手中に入ることにより、当該被疑事実に関する捜査に利用されることはもとより、別件捜査に利用される可能性もあるうえ、被疑事実に関連のない当事者のプライバシーに関わる事柄も参照されることがありうる。これは単なる杞憂ではなく、本件における警察意見書17頁7行目以下に、 「本件は、暴力団による組長を首謀者とする資金源獲得のための犯罪であり、本事件の真相を解明し、公正な裁判を求める上で、本件暴力団員間の事前共謀、又はそれを推察しうる事実、犯行の背景をなす暴力団組織及び資金源活動の実態、並びに被疑者らの日常における行動、組織における立場及び交友関係、あるいは暴力団員としての認識等々を解明するために、暴力団を取材したビデオテープ全体を見る必要があった。」と記載され、その蓋然性の高さ、更にはその確実性を明白に物語っている。それのみならず、右の記載は、被疑事実だけではなく他の事案における利用、即ち、還付後におけるその内容である情報の利用を暗示していることが指摘できる。 [53] このことは捜査機関が報道機関から広汎な情報を入手することを希望していることを端的に示すものであり、これらが捜査機関に強制的に入手されると本来の報道の目的である民主主義の実現という目標とは全く無関係に、捜査機関による捜査機関のための利用に供せられる結果となることが明らかである。 [54] このような可能性が存在する限り、報道機関に対する任意の情報提供者が減少するとともに、取材対象となる者はテレビカメラ、録音テープ、記者の質問に過大な警戒感をもつに至り、また取材現場への記者、取材機材の立ち入りに対して同意を得難くなることはまさに必定である。 (三) ビデオテープの特殊性 [55] 更に、本件における差押対象物はビデオテープであり、差押対象物が極めて容易に複製、編集されうることに注意しなければならない。現代の複製技術の進歩により、還付されたものと全く同一の素材が捜査機関の手中に残されることになるのである。現実に、日本テレビ事件の被疑事実であったリクルート社役員による贈賄申込事件の公判における証拠として、ダビングテープを添付した検察事務官作成の捜査報告書が証拠として提出されており(判例時報1310号57頁参照)、一旦差押されると捜査機関においてビデオテープのダビングを行っていることを顕著に物語っている。 [56] この点は、複製の可能性のない物と決定的に相違する点であり、一旦差押されると、還付の有無を問わず、取材結果と同一の情報が捜査機関の支配下におかれることになって報道機関にとっての不利益が解消されえないことを意味する。ビデオテープのソフトウェアとしての側面(後述第二、四、4参照)を重視すると、複製された後の本体のテープは抜けがらに等しいものというべきである。 [57] また、右の警察意見書の記載から明らかなとおり、還付されるビデオテープに期待されている情報の多くは被疑事実に関連性のない一般的な捜査情報や被疑者以外の者の供述内容であり、それらが複製物として、捜査機関の手中に残されることにもなるのである。差押令状がこのような情報の入手までを可としたものでないことは明らかであるところ、結果的にはそれと同等の成果物を供与したことになる。 (四) 強制捜査が反復される危険性 [58] 報道機関は常に社会に生じる情報を入手し、これを国民に伝達する業務を継続し、かつこれをその責務としている。その意味では情報およびその素材の宝庫である報道機関に対し、捜査機関の関心は尽きず、本件同様の強制捜査が反復される可能性が極めて大きいものといえる。 [59] このような観点から、報道機関としては、将来の同種行為の反復の可能性を踏まえて、各事案において、報道・取材の自由を守るべく明確な司法判断を求めているのである。 [60] 原決定の所論のように、還付の後は差押の違憲性・違法性の司法判断があおげないということになると、将来における取材結果の差押についての自己に有利な先例の確立が事実上不可能となってしまい、差押の対象が無限に拡大され、かつ、いたずらに反復される危険がある。 [61](五) 以上のとおり、報道機関の取材結果であるビデオテープの差押はそれが還付されるか否かを問わず報道機関の取材の自由に多大な影響を及ぼすものであり、また報道機関の特殊性のゆえに、それが反復され、対象を拡大されていく危険性を内在しているのである。 4 「還付」の持つ意味と危険性 (一) 本件「還付」の具体的意味 [62] 刑事訴訟法222条で準用される123条1項は、押収物で留置の必要がないものは、還付すべきものと定めているが、報道機関の取材結果は、前述の各最高裁決定によりそもそも犯罪立証上「必要不可欠」なもの以外の押収を認めていないのであるから、差押対象が報道機関の取材結果である限りは「押収物で留置の必要がないもの」という対象物の存在を憲法が容認していないことになる。 [63] このような観点に立てば差押そのものが違憲・無効な場合においては、刑事訴訟法が想定している還付およびそれに基づく法律効果も発生しえないと解することができる。 [64] より具体的には、本件において、憲法21条に違反する差押が、被疑事実に関連せず、また犯罪捜査に全く必要のないビデオテープについてなされたとすれば、それは法律上意味のない占有移転行為であり、それと同様に還付行為も法律上の意味のない行為といえるのである。 [65] 申立人は、まさしくその差押が法律上意味を持たないこと、即ち、違憲無効であることを主張して準抗告を提起しているのであるから、その申立そのものが還付により「申立の利益」を奪われることはありえない。 (二) 違法性治癒のための還付 [66] 更に、本件の還付行為は、準抗告審の判断を回避するためになされたものであることが明らかであるところ、このような還付行為は、差押の(合法的な)効果を解消する意味を持つ刑事訴訟法上の還付行為と同視できない。 [67] この還付行為の目的が右のとおりであったことは、本件押収にかかるビデオテープにつき、捜査のための必要性の判断に要する期間とは無関係に、うち24巻が差押後2週間を経た被疑者の起訴の当日に還付され、原決定別紙目録12番のビデオテープ1巻については、他の24本の還付より更に1週間後の平成2年6月6日に還付されたものであることが如実に物語っている。 (三) 還付による違法性治癒の及ぼす危険性 [68] 一旦還付がなされたとすれば、その押収がいかに重要な法益を侵害するものであってもそれも治癒するものであるなら、今後同種案件において、広範囲な対象物に対し差押がなされ、違法な部分につき準抗告決定に先立って還付されるという異常な事態が生じかねない。 [69] 加えて、捜査機関による還付は、公判における裁判所の還付と異なり(刑事訴訟法123条3項)、関係人の意見を聴せず、一方的な通知をもってなしうるものとされているので、捜査機関としては差押後、自己の判断で随意に還付なしうることにも着目すべきである。 [70] このように、原決定の右判断内容が確立した法理として定着すると、取材結果に対する差押が際限なく広がる一方、還付の結果、合憲性、合法性について司法判断を受けえなくなるという憂慮すべき事態が想定される。 [71](四) なお、還付の結果、準抗告により差押の取消を求める実益がなくなったとして、申立を棄却した下級審の決定例が本件において妥当しないことは、本件において、 (ア) 対象となる法益が、憲法上尊重されるべき取材・報道の自由であり(前述第二、二、3、(一)、(二)) (イ) 対象物が複製可能なビデオテープであり、その性質も供述証拠的価値を有し(同(三))、 (ウ) 「還付」自身が憲法21条に違反する占有状態からの回復に過ぎず(同4(一))、 (エ) それ自体違法な差押を治癒する意図でなされたことから明らかであること(同(二)。 から明らかであろう。 5 取材結果差押の救済措置の剥奪と憲法21条違反 [72] 以上に述べたところから明らかなとおり、捜査機関による報道機関の取材結果差押の後、準抗告審の判断の前に還付されることにより準抗告の利益がなくなるとする原決定は、憲法21条により保障されかつ数次の最高裁決定により確認された、報道・取材の自由を侵害する違憲、違法な行為について司法判断の機会を奪うことを容認し、憲法21条違反行為を救済するものであり、右の憲法上保障された権利を無意味にするものに外ならない。 [73] よって原決定における右判断は憲法21条に違反する。 [74] 本件において差押後還付がなされた場合には、準抗告申立の利益がなくなるとした原決定の判断は、裁判を受ける権利を保障した憲法32条にも違反する。 [75] その理由は以下のとおりである。 1 差押行為の合憲性が争われている案件であること [76] 本件の準抗告における主たる争点は、当該差押が憲法21条に違反しないか、および、同種案件について最高裁判所が設定した厳格な基準に合致するか、ということである。 [77] 従ってその判断如何によっては当該差押が憲法に違反するものとなりうるものであるところ、現実に、日本テレビ事件およびこれに依拠する原決定の基準に照らせば、前述のとおり、25巻のビデオテープについては、その差押が憲法21条に違反することが確実なものと断言しうる状況にある。このことは「還付」が捜査機関による「必要なし」との判断からなされたことからも明らかであろう。 [78] このように、憲法違反が明らかな事象であってかつ、前述(第二、二、3(一)、(二))のとおり、申立人が、捜査機関の差押そのものにより明白な侵害を蒙っている場合においては、その司法判断を明らかにすることが一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定すべき(憲法81条)御庁およびすべての裁判所の使命である。 [79] このことを裏返せば、憲法違反の行為により侵害を受けた者はその救済を求めるために裁判所において裁判を受けうるのであり、当該違憲行為をなした捜査機関による還付により、これを奪われるものではない。 2 準抗告審の判断をあおぐ実益があること [80](一) 原決定は、準抗告の「申立ての利益」という表現を用いているが、法文上「申立ての利益」という用語はなく、刑事訴訟法421条但書の抗告についての「原決定を取消しても実益がないようになったとき」に準じて、「実益」という概念に従って判断されるべきである。 [81] 現に、被告人釈放後の保釈請求却下に対する準抗告に関する最高裁判所第三小法廷昭和29年1月19日決定(刑集8巻1号37頁)その他一連の案件において「実益」の有無が問題にされている。 [82] 「申立の利益」、「申立の実益」という用語は単に、語法の問題であるにとどまらず、前者においては、訴訟法的利益の有無という抽象判断を招来するもので、後者においてはより具体的な実益の有無を含蓄するものと解される。 [83](二) 本件において、申立人が、還付された25巻についても準抗告審の裁判を受ける実益があることは次のとおりである。 (1) 還付された素材の利用の合法性、合憲性の判断 [84] 前述のとおり警察意見書において25巻のテープについて具体的な使用目的が明示されているのであり(前述の警察意見書17頁引用部分)、それらの目的における使用が適法か否かについては、準抗告が棄却され、司法判断をあおぎえなくなったことにより、不明のまま残された問題となる。この点は前掲最高裁昭和29年1月19日決定のような保釈案件における身柄の釈放と決定的に相違する点である。 [85] このことは後述する国家賠償法における損害賠償請求で解決されるべき問題ではなく、捜査機関による違憲・違法な収集証拠を具体的案件、一般捜査情報として用いてはならないという基本命題を解決するうえで司法に課された回避されえない命題なのである。 (2) 報道機関に対する実害の存在 [86] 前述のとおり(第二、二、3)、取材結果の差押による報道機関の被害は、差押対象物の複製の可能性を含め、還付とは関係なく存在するのであり、還付によって解消されるのは、捜査機関において情報利用済の単なる録画テープの占有に過ぎないのである。 [87] この実害は、後述するとおり他の救済手段では解消されえず、当該行為が準抗告手続において違憲・違法を理由として取り消され、厳にその情報の利用が禁じられることをもってしか達成しえない。 (3) 将来の報道・取材の自由に対する影響 [88] 報道機関としては、本件にとどまらず、取材結果差押の危険を常に内在しているものであり(前述第二、二、3(四))、違憲・違法な差押についてその旨の司法判断を受けるべき実益がある。博多駅事件決定、日本テレビ事件決定が「将来の取材の自由」に対する影響ということを論じていることからもこの点は無視できない。 [89] このような観点に立つと、原決定が判断した「申立の利益」という概念とは別に準抗告申立の実益が還付後においても厳然と存在することが明らかであり、憲法、刑事訴訟法の解釈上も、準抗告審において裁判を受ける「実益」があったことは自明である。 3 他の救済方法がないこと [90](一) 本件においては令状発布の行為およびその態様に憲法違反の疑いがあったが、執行行為終了後は当該差押行為に対する準抗告(刑事訴訟法430条)によるべきとする実務の指針に従ったものであるところ、当該準抗告が還付の一事をもって不適法になるのであれば、他に合理的救済手段はありえない。 [91](二) 唯一考えうる手段は、国家賠償法に基づく損害賠償の請求であるが、もともと将来の取材の自由への侵害、申立人と取材対象一般への影響を金銭評価することは不可能であるうえ、申立人もそのような金銭提供を望むものではない。また、長期化する同法に基づく訴訟において、現に報道・取材の自由を侵害して入手された情報の利用を防禦することは不可能といわなければならない。 [92] 更に、同法による請求によっては、単に当該差押行為が違法であったか否かの評価を超えないのであって、その違憲性について実質的な判断を受けえない。 [93] このように、本件準抗告が還付により不適法になるとすると、申立人において差押が憲法違反であったことの司法的判断を求める実質的手段は皆無となるのである。 [94]4 右の見地から、原決定の前記判断は裁判を受ける権利を定めた憲法32条に明らかに違反し、取消を免れない。 1 報道・取材の自由保護のための適正手続の必要性 [95] 報道機関は、犯罪行為に限らず、広く社会経済、政治問題等に関する多種・多様な情報を蓄積しており、これらは報道機関の自主判断、編集行為を経て国民に告知され、これらの情報により、国民の知る権利に奉仕する職責を担っているのであり、そこに蓄積された情報は、憲法の根幹をなす民主主義の擁護に資すべきものといえる。また報道機関に蓄積された情報は、報道機関自身の努力とともに、多数の取材協力者の協力、プライバシーの公開・秘密情報の提供を含むものであり、多数の者の知識、言論、著作の成果の結晶でもある。 [96] かような見地から、これら報道機関に蓄積された報道されない生の情報に対する公権力によるアクセスについては,民主主義を擁護しこれを確立する見地から、また、国民のプライバシーの擁護、多種多様な言論の自由な発露の保障のためにも、最大限に慎重を期されるべきことが憲法13条、21条その他すべての人権宣言の要請するところであり、憲法31条によりそれらの情報への介入、入手につき適正かつ厳格な法的規制が保障されるべきことが要求されているものといえる。 [97] このことについては、諸外国においてつとに認識されており、例えばアメリカ合衆国では、連邦法により「新聞、書籍、放送、その他これらと類似の公衆情報伝達の形式により公衆に頒布する者」の占有する情報素材についてはその捜索、押収を原則として禁止し、極めて限定された場合(当該素材の占有者がこれに関する犯罪を犯した場合またはその合理的容疑がある場合、緊急な押収が生命身体への侵害の防止上必要と認める相当な理由があるとき、司法審査に関する召喚令状の発布により証拠隠滅の危険がある場合)もしくは押収の可否について上訴を含む司法的救済措置が尽くされたうえか、その司法審査の遅延が裁判上の利益を損ねる場合に限り、捜索、押収を例外的に認めている(42 U.S.C.2000aa項)。 [98] ここで、申立人は比較立法論を論じるものではない。右と同様の憲法上の理念を実現するうえで右のような立法が存在しない場合においては現行の法律体系の中で、同様の目的が達成できるよう法律を適正に解釈し、厳格にその運営をなさねばならないことをいうものである。 [99] そのことがまさに適正な法律の定めがなければ、自由を奪われない、と規定した憲法31条の要請であり、憲法上の要求である報道取材の自由の実現のための必須条件といえる。 [100] 逆に現存する法令をいたずらに狭義に解釈する結果、憲法上保障された報道・取材の自由への侵害をことさらに助長するような解釈運用がなされてはならないことはいうまでもない。 2 原決定の憲法31条違反 [101](一) 右の適正法律手続の確保の要請に照らすと原決定の差押後の還付により準抗告が不適法となるとした理論構成は、取材結果の違憲・違法な差押であっても、差押をなした捜査機関が当該差押対象物に含まれる情報を入手したにもかかわらず、これを還付することにより違憲・違法の判断を回避できるとしたものというほかはなく、 ① 還付行為により違憲性・違法性の判断を回避しうることを容認し、当該取材結果の差押、即、情報の強制的入手が無限定でありうることを容認し、 ② 還付という捜査当局の一方的行為により、被押収者である申立人の不服申立措置を、告知、聴聞の機会を与えることなく剥奪するものであること、 の二重の意味で、適正な法律手続をないがしろにしたものであって憲法31条に違反することは明らかである。 [102](二) 右の①の点は、還付により差押は失効する、という安直な認識を捜査機関に与えることにより発生するものであり、本来尊重されるべき報道・取材の自由に対する侵害行為の程度および可否を捜査機関の令状執行段階における自由裁量に委ねるに等しいものといえる。 [103] 右の②の点は、捜査機関の差押行為の違憲性・違法性を争い、当該差押の取消しを求めて、自己の憲法上の権利の確保を求める申立人の権利行使を捜査機関の一方的行為により遮断するものであり、一方で、申立人の報道活動の存在根拠というべき生の情報の不法な取得について告知・聴聞の機会を与えず奪取することを容認するものであり、第三者に対し告知・弁護、防禦の機会なくその所有物の没収をなすことを可とする旧関税法118条1項の規定を違憲とした最高裁昭和37年11月28日大法廷判決(刑集16巻11号1593頁)の趣旨からも憲法31条に違反するものといえる。 3 ソフトウェアの押収・差押の特殊性 [104](一) 還付された25巻のビデオテープは、それが再生され、捜査機関がその内容を現認するだけで情報としての利用がなされたというべきであるが、その一方ではそれ自体複製可能なソフトウェアであることにも注意しなければならない。 [105] ビデオテープを情報ソフトとしてみるとき、その本質的内容物はそこに入れられた情報であり、テープ本体の持つ意味は極めて矮小化されるに至っている。 [106] このことは情報形態の多様化した現代において、全ての電磁記録、その他の情報伝達方法についてあてはまることではあるが、ソフトウェアの差押によって、それらが再生あるいは複製されることにより、当該ソフトの持つ情報保存・処理機能そのものが、公権力に移行してしまうことが現実の危険として認識されるべきである。この情報ソフトは今日において極めて重要な意味を持つもので、昭和62年法律52号をもって刑法7条の2に電磁的記録の定義が導入され、同法161条の2その他の犯罪類型が新設されたこともこの潮流を受けたものにほかならない。 [107] このような見地に立てばビデオテープの差押は、その内容である情報の没収に等しいものであるということができ、この見地からも従来認識されていた有形物とは異なる厳格かつ適正な法律の解釈運用が要求されるべきである。 [108]4 以上のように、本件ビデオテープが、報道機関の取材結果として憲法21条により保障された報道・取材の自由により、厳正な保護をされるべきである一方、その情報ソフトウェアという性質上、一旦差押されれば、その内容である情報については没収されたのと同様の現実的結果が招来されるという性質を有することを踏まえて、憲法31条により、当該ビデオテープの違憲・違法な差押に対しては可能な限り適正かつ厳格な法律手続が要求されているというべきである。その意味で、当該差押を違憲・違法と判断し、これを取り消し、差押にかかる「情報」の利用をも違法なものと宣明するうえで実質的に唯一の有効な法律手続といえる刑事訴訟法430条所定の準抗告制度の解釈、運用においては、違憲、違法な処分を排除し、差押を受けた当事者の蒙る被害、自由に対する侵害を可能な限り回復、解消せしめるものでなければならない。 [109] 右のとおりであってみれば、還付により「準抗告の申立の利益」が失われるとする原決定の判断は、憲法31条により要求される厳格かつ適正な法律手続の保障の要求を無視したもので、その解釈・運用が憲法31条に違背するものである。 [110] 以上のとおり、原決定における還付によって報道機関の取材結果の差押に対する準抗告の利益がなくなるという判断は、ほぼ無制限に差押そのものを肯認する結果を招来するものであり、報道・取材の自由をないがしろにするものであり、重大な憲法上の権利の擁護についての裁判を受ける権利を奪うものであり、厳格かつ適正な法律手続が要求されるべき報道機関の取材結果であるビデオテープの差押について、全く手続的保障を与えないものといえる。 [111] よって、右の二、三、四のいずれの理由においても原決定の判断は憲法の前記各法条に違反し、刑事訴訟法434条、同426条2項により、原決定を取り消し、前記25巻のビデオテープについてその差押を取り消す旨の裁判がなされなければならない。 [112] 報道・取材の自由を守り、もって真の民主主義を実現するうえで、報道機関の取材結果に対する過度の介入、不必要かつ過剰な押収は厳に禁じられなければならず、また、一度先例が形成されると、一層、侵犯行為が反復拡大されることが予想される。博多駅事件、日本テレビ事件と続いた歴史的過程の中で、本件原決定の示した判断は、報道・取材の自由をより制約し、かつ民主主義の発展に逆行するものと評するほかはない。 [113] 御庁の英明なるご判断に期待してやまないものである。 (添付書類省略) |
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