| TBSギミア・ぶれいく事件 | ||||
| 準抗告審決定 | ||||
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差押許可状に基づく司法警察員の押収処分に対する準抗告申立事件 東京地方裁判所 平成2年(む)第273号 平成2年6月13日 刑事第4部 決定 申立人 株式会社 東京放送 右代表者代表取締役 田中和泉 右代理人弁護士 石川常昌 木下潮音 浅井隆 辰野守彦 ■ 主 文 ■ 理 由 ■ 準抗告申立書 ■ 準抗告追加理由書 Aに対する暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害被疑事件について、東京簡易裁判所裁判官の発した差押許可状に基づき、平成2年5月16日、警視庁高輪警察署派遺警視庁刑事部捜査第四課司法警察員が、申立人本社内においてした、申立人所有の別紙目録記載の物件の押収処分に対し、同月21日右申立人代理人弁護士から、準抗告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。 本件準抗告を棄却する。 [1]一 本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、本件準抗告申立書及び準抗告追加理由書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。 [2] 申立人の主張は、要するに、 (1) 報道の自由を確保するための取材の自由は、報道機関にとって最も重要であり、特に、取材によって得られた事実を報道目的以外に使用しないという報道機関の自主的判断が尊重されることは、当該取材行為の保障として重要であるばかりでなく、将来にわたって報道機関が行う取材に関して、広く国民一般の信頼を担保する為に不可欠であり、取材の結果得られた情報の中に犯罪の嫌疑がある事実に関する内容が含まれていた場合でも、報道機関である申立人はこれを本来の目的である報道以外に使用することを拒否することができ、憲法21条により保障されている報道・取材の自由を、とりわけ刑事裁判において起訴決定権限を有しない司法警察員の差押処分によって侵害することは明白な憲法違反であり、許されない、 (2) 仮に、取材の自由が適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることがあるとして、博多駅事件及び日本テレビ事件で最高裁が示した具体的判断基準に沿って検討しても、本件の被疑事実は暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害の各事実であって、右先例の事案に比して犯罪の性質、態様としての特異性が認められず、また、本件ビデオテープを右被疑事実の証拠として使用する必要はなく、他方、右テープは未放映部分が大半であるマザーテープであり、これを押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響は重大であって、本件差押処分は、適正迅速な捜査の必要のために報道・取材の自由を制限しうる場合に当たらない、 (3) さらに、本件ビデオテープは、29巻・約9時間にわたる大量のものであるが、特に、別紙目録番号1番ないし14番、同19番ないし29番の合計25巻は、本件被疑事実と無関係で、差押の必要性はなく、令状主義を宣明する憲法35条、刑事訴訟法218条、及び、同法222条で準用する同法九九条に違反する、 よって、本件差押処分はただちに取り消されるべきである、 というのである。 [3]二 一件記録によれば、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員は、平成2年5月16日、Aに対する暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害被疑事件に関し、東京簡易裁判所裁判官の発した差押許可状に基づき、申立人本社内において、別紙目録記載のビデオテープ29巻を差し押さえたことが認められる。 [4]三 まず、別紙目録記載の本件差押処分に係るビデオテープのうち、同目録番号1番ないし11番、13番、14番、19番ないし29番の24巻は平成2年5月30日、同12番の1巻は同年6月6日、それぞれ申立人に還付されていることが記録上明らかである。したがって、本件差押処分の取消しを求める申立てのうち、右合計25巻のビデオテープに関するものは、その申立ての利益を欠き不適法というべきである。 [5]四 そこで、その余の別紙目録番号15番ないし18番の4巻のビデオテープの差押処分について判断する。 [6] たしかに報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものであって、表現の自由を保障した憲法21条の保障の下にあり、したがって報道のための取材の自由もまた憲法21条の趣旨に照らし、十分尊重されるべきものである。しかしながら他方、取材の自由も何らの制約をも受けないものではなく、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するための不可欠な前提である適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることのあることもやむを得ないものというべきであり、本件のような司法警察員の請求によって発付された裁判官の差押許可状に基づき司法警察員が行った差押処分に関する事案においても、同様であるといわなければならない。そして、この場合差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきである(最高裁昭和63年(し)第116号平成元年1月30日第二小法廷決定・刑集43巻1号19頁。なお,いわゆる博多駅事件決定・最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。 [7]五 これを本件についてみるに、一件記録によれば、本件差押処分は、的屋B一家系列のC組組長である被疑者Aに対する暴力行為等処罰に関する法律違反及び傷害被疑事件の捜査の一環として行われたものである。同事件の被疑事実の要旨は、右被疑者が、被害者から債権の回収を図るため、同組組員らと共謀の上、平成2年2月7日早朝から午後3時30分ころまでの長時間にわたり、被害者方及び同組事務所において、被害者に対し一連の脅迫、暴行を加えた上、被害者に加療1か月を要する重傷を与えたというものであって、暴力団組長以下多数の組員によって組織的、計画的に敢行された人の生命・身体に直接かかわる重大な事犯である。 [8] 同事件の捜査は、平成2年3月20日申立人が放映したテレビ番組「ギミア・ぶれいく」内の「潜入ヤクザ24時──巨大組織の舞台裏」と称する部分の中の債権取立てシーンで、被疑者らの被害者に対する脅迫場面等が写し出されたことを端緒として開始され、被害者からの事情聴取・被害届の受理を経て、同年5五月上旬、強制捜査が開始され、被疑者を含む暴力団組員が順次逮捕・勾留され、同時に関係箇所からの捜索差押等がなされた。 [9] ところで同事件は、暴力団組事務所という密室を中心として行われた事件であって、事案の性質上、被疑事実の存否、内容等の解明は、その場に同席した被疑者のほか、共犯者及び被害者を含む関係人の供述に負う部分が大であるところ、本件差押前の段階においては、被疑者は、共謀及び具体的な脅迫、暴行行為の大部分について否認しており、また共犯者及び関係人は多数にのぼり、それぞれの供述にくい違いがあったほか、事件からすでに日時が経過して記憶が曖昧な部分もあること、事案の性質上、被害者や共犯者である暴力団組員らの供述は被疑者との関係で被影響性が高く、客観的裏付けのない右供述だけに頼ることには危険が伴うこと、また、本件差押処分にかかるビデオテープの撮影に関与した者らの捜査への協力が必ずしも十分には得られなかったこともあり、脅迫、暴行を加えた者の特定、その順序、態様などの一連の被疑事実の重要な部分の事実確定上の疑問が残り、さらに的確な証拠資料を収集して右事実を確定することが困難な状況にあった。 [10] 一方、本件差押処分に係るビデオテープのうち、平成2年2月7日撮影された前記4巻のビデオテープには、前記被疑事実自体を直接裏付ける当日の脅迫・暴行ないし債権回収を迫る被疑者及び共犯者らと被害者との間のやりとりが、生々しく収録されており、一連の事態の推移をありのままに撮影した右ビデオテープは、右被疑事実の存否、内容等を確定する上での最良の証拠というべきものであって、証拠上まことに重要な価値を有しており、また、前記の捜査機関の採証状況に照らせば、事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであったと認められる。 [11] また、右4巻のビデオテープがすべて原本のいわゆるマザーテープであるとしても、申立人側において、本件差押以前に放映のための編集を既に終了し、同年3月20日夜には、各巻のそれぞれ一部分を放映しているのであって、申立人が被る不利益は、右ビデオテープの放映が不可能となり報道の機会が奪われるという不利益ではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる。 [12] 以上、本件差押処分に至るまでの間における捜査機関の採証状況及び一件記録上窺われる報道機関との事前接衝その他諸般の事情を総合すると、報道機関の報道の自由、取材の自由が十分にこれを尊重するべきものであるとしても、前記不利益は、適正迅速な捜査を遂げるためになお忍受されなければならないものというべきであり、右4巻のビデオテープに関する本件差押処分は、やむを得ないものと認められる。 [13]六 以上のとおり、別紙目録番号1番ないし14番、19番ないし29番の25巻のビデオテープに関する差押処分についての本件申立ては不適法であり、また、別紙目録番号15番ないし18番の4巻のビデオテープに関する差押処分は違憲・違法なものではなく、申立人の主張はいずれも理由がないので、刑事訴訟法432条、426条1項により、本件準抗告を棄却することとする。 [14] よって、主文のとおり決定する。 裁判長裁判官 平谷正弘 裁判官 稲葉一人 裁判官 田村政喜 別紙目録〈省略〉 被疑者 A 右の者に対する暴力行為等処罰に関する法律違反並びに傷害被疑事件につき、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員警部Pが、平成2年5月15日東京簡易裁判所裁判官Jが発した差押許可状に基づき、平成2年5月16日申立人本社内において申立人所有の別紙押収品目録記載の物を押収したが、申立人は右の処分に不服であるから、その取消を求めるため準抗告を申し立てる。 警察庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員警部Pが、平成2年5月16日申立人株式会社東京放送本社内で別紙押収品目録記載の物件についてなした押収処分を取消す。 との裁判を求める。 [1] 申立人は放送法による一般放送事業、放送番組の企画、製作及び販売等を目的とする株式会社であり、ラジオ放送については昭和26年12月15日放送免許を受けて同月25日ラジオ放送を開始し、テレビ放送については昭和30年1月28日に免許を受けて同年4月1日にテレビ放送を開始したものであって、ラジオについては全国に33局、テレビについては全国に26局の系列局(いずれも申立人を含む)により放送網を形成している報道機関であり、わが国を代表する民間放送局である。 [2]一、本件において押収された別紙押収品目録記載のビデオテープ29巻(以下本件ビデオテープという)はいずれも、申立人が製作著作するテレビ番組「ギミア・ぶれいく」の平成2年3月20日放送分の番組中で、特集コーナーとして放送する目的で、申立外株式会社ネオプレス(以下ネオプレスという)にその特集コーナー部分の企画、構成、取材、VTR収録、編集、MAV(ナレーション・音楽等の音入れ作業)等の業務を発注し、右業務を受注したネオプレスの取材によって収録された全く何らの編集等の作業の加えられていない一次素材ビデオテープ(以下マザーテープという)である。 [3]二、「ギミア・ぶれいく」は申立人が製作著作し、毎週火曜日午後9時03分から午後10時54分までの1時間51分にわたり、申立人の系列局26局を通じて全国に放送されている番組である。「ギミア・ぶれいく」の全体の構成はドキュメンタリー、スポーツ、ドラマ及びアニメーション等の各コーナーを設け、それぞれビデオ収録された部分をスタジオトークでつないでいくという形式の番組である。「ギミア・ぶれいく」の約2時間にわたる全体が一つの番組であると同時に、その番組を構成する各コーナー自体も一つのドキュメンタリー部分、ドラマ部分、アニメーション部分等として完結したものとなっている新開発のマガジン方式の番組である。 [4]三、平成2年3月20日放送の特集コーナーは、申立人がネオプレスに前記業務を発注した「潜入ヤクザ24時──巨大組織の舞台裏」と題する約31分余のドキュメンタリー部分であり(以下3月20日特集コーナーという)、実際の放送に当たっては、それを前後半に二分し、その前後に合計約6分弱のスタジオトークを加えて全体で約37分余りのコーナーとしたものである。 [5] 3月20日特集コーナーの内容及び構成は次のとおりであった。 ア、「北東D会の襲名披露」 約10分半 イ、「お祭りのタコ焼き露天商の修行」約3分半 ウ、「債権取立」 約11分 エ、「若い暴力団員の日常行動」 約6分半 [6]四、申立人において、3月20日特集コーナーを企画し、それを製作して放送することを企図したのは、現代の暴力団の実態を知らせようとしたものであり、特に債権取立の部分についていえば、現代の暴力団が金融業等により資金集めをしている実態に迫ろうとする意図によるものである。当然のことながら、そこに描かれた内容は事実を取材しそれを編集構成した結果であり、ドキュメンタリーとしていわゆる報道の一類型に属するものである。 [7]五、ネオプレスによる3月20日特集コーナーのためのビデオ収録取材は、平成2年2月7日の前後11日間にわたって行われ、本件ビデオテープはその全取材結果を収録したものである。なお、本件ビデオテープには、テープの番号、取材日及び取材内容をメモ書きしたラベルが貼付されており、各ビデオテープの収録内容はそれぞれそのラベルによって判別できるものである。さらに、放送された3月20日特集コーナーの各部分との対応も一目瞭然となるものである。 [8]六、本件ビデオテープは申立人の製作する放送番組の一部となる3月20日特集コーナーのためにのみ取材されたものである。なお申立人とネオプレスとの間の契約により、その放送権、有線放送権、複製権、展示権、上映頒布権等の著作権、著作隣接権、商品化権、及びその他の権利を含む契約業務を完成した結果生ずる一切の成果は申立人に帰属するものである。 [9]一、憲法21条が保障する「言論、出版その他一切の表現の自由」に報道機関の行う報道の自由が含まれることはいうまでもないところであり、報道の自由を確保するためには、事実を収集しそれを編集するといった事実の報道に至る経緯が自由でなければならない。ことに、事実乃至情報を収集する取材の自由は報道機関にとって最も重要とされるところである。 [10] また取材の自由とは、取材行為自体が自由に行われることのみをいうものではなく、取材の結果得られた情報を報道するか否か、報道するに際してこれをどの様に編集しどの様な機会に報道するかについて国家機関はもとより、当該報道機関の自主的決定以外に他の何人からの干渉も受けないことを意味するものである。特に、取材によって得られた事実を報道目的以外に使用しないという報道機関の自主的判断が尊重されることは当該取材行為の保障として重要であるばかりでなく、将来にわたって報道機関が行う取材に関して、具体的に取材対象となるものばかりではなく広く国民一般の信頼を担保する為に不可欠であり、これを侵害されることは報道機関の報道の自由を事実上損なう結果となるものである。 [11]二、報道機関の行う取材活動は、犯罪を証明し刑事訴追を目的とする捜査当局の活動とは全く目的を異にするものであって、報道機関の取材行為は犯罪事実の立証の資料収集のために行われるものでないことは明らかである。従って、取材の結果得られた情報の中に犯罪の嫌疑がある事実に関する内容が含まれていた場合でも、報道機関である申立人はこれを本来の目的である報道以外に使用することを拒否することができるものである。 [12]三、申立人は報道機関として、取材の結果得られたものは報道目的以外には使用しないことを業務開始以来堅持しており、そのことは申立人の発注により制作会社の取材によって申立人が得たもの(本件ビデオテープがこれに当たるものである)についても何ら変わるところではない。又、その取材対象、取材内容如何によって変わるものではないのである。 [13]四、又、放送番組の多様化に伴い、報道機関の報道が単に社会に発注した事件、事象をニュースとして報道するだけではなく、種々のドキュメンタリー等、一定の企画に沿って事実の取材を重ね、それを編集し番組に構成して報道する場合が増加しているものであり、この様な番組製作のための取材と言えども、ニュース報道等のための取材と何ら変わるところ無く保護されるべきものである。 [14]五、このように憲法21条により保障されている報道・取材の自由を捜査機関、とりわけ刑事裁判において起訴決定権限を有しない司法警察員の押収処分によって侵害することは明白な憲法違反であり、許されないものである。 [15]一、報道機関の報道・取材の自由と捜査機関の行う差押の関係については、いわゆるリクルート事件に関連して発生した楢崎弥之祐代議士に対する贈賄被疑事件について東京地方検察庁検察事務官が行った日本テレビ放送網株式会社に対する未放映分を含む取材ビデオテープの差押処分に関する最高裁判所決定(最高裁昭和63年(し)第116号平成元年1月30日最高裁第二小法廷決定、以下日本テレビ事件決定という)がある。 [16]二、同決定は 「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものであって、表現の自由を保障した憲法21条の保障の下にあり、したがって報道のための取材の自由もまた憲法21条の趣旨に照らし、十分尊重されるべきものであること、しかし他方、取材の自由も何らの制約をも受けないものではなく、例えば公正な裁判の実現というような憲法上の要請がある場合には、ある程度の制約を受けることのあることも否定できないことは、いずれも博多駅事件決定(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号2490頁)が判示するとおりである」とし、検察官の請求によって発付された裁判官の差押許可状に基づき検察事務官が行った差押処分に関する事案であっても、 「取材の自由が適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることのあることも、またやむをえないというべきである」とするものであり、右差押の可否を決するに当たっては、 「捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押えるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることはいうまでもない」と述べ、右の見地から具体的に検討した結果として、島谷六郎裁判官の反対意見(以下島谷意見という)が付されたが、結果として多数裁判官の採るところとして 「報道機関の報道の自由、取材の自由が十分これを尊重すべきものであるとしても、前記不利益は、適正迅速な捜査を遂げるためになお忍受されなければならないものというべきであり、本件差押処分はやむをえないものと認められる」との結論に至ったものである。 [17]三、申立人は、前述(第三、五、)のとおり右最高裁決定の結論には異議があるところであるが、右最高裁の判断を前提としても本件処分は違法であり、取消を免がれないものであることは明らかである。 [18]四、以下、右決定に述べられた具体的判断基準にそって本件押収処分の違法性を明らかにするものである。 1、本件被疑事実の犯罪の性質、内容、軽重等 [19](一) 日本テレビ事件決定においても博多駅事件決定においても、捜査の必要性あるいは公正な裁判の実現と報道・取材の自由とを比較衡量するに当たり、対象とされている犯罪の性質、態様、及び軽重等をその判断の重要な要素として掲げているものである。日本テレビ事件決定の多数意見はその事案の重大性に鑑みその事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠なものであったとして押収処分を適法と認めたものである。 [20](二) 本件の被疑者に対する被疑事実は捜査機関により発表されたところによると、暴力行為等処罰に関する法律違反並びに傷害であってその概要は、 「金を貸し付けてあったD氏から債権の回収を図ろうと(他数名の者と)共謀の上、平成2年2月7日、東京都港区内のD氏方に押しかけ、車載電話で執拗にD氏方に電話して『力で取りにいくぞ』等と脅迫し、さらにD氏方玄関ドア越しに『ガラス破って入る』『早く出てこい、この家にはいられなくなるぞ』等と脅迫、続いて豊島区(番地省略)二代目C組本部事務所にD氏を同道し、灰皿や手拳で殴打、足蹴する等の暴行を加えて、加療約1ケ月を要する傷害を与え、『ぶっ殺すぞ、この野郎』『命が欲しかったら金をもってこい』等と脅迫した」(平成2年5月9日付暴力団犯罪取締本部、高輪署、牛込署発表の「暴力団組員らによる債権取立名下の暴力行為、傷害事件の検挙について」と題する広報文)というものである。 [21] 右被疑事実は、前記先例2件の事案に比して犯罪の性質・態様として特異性が認められない。また、本件被疑者と被害者との間には金銭貸借関係があり、その存在が被疑者の行為の原因となっていることも明らかである。 [22](三) これに対し、報道機関に対する押収処分が認められた前例となっている日本テレビ事件はリクルート事件というわが国の政界、官界及び経済界を巻き込んだ大規模な疑獄事件に関連して発生した代議士に対する贈賄申込事件という特異な事案で国民が関心を寄せていた重大な事犯であって、その事件の社会的な影響は本件被疑事実と比較することができないほどである。また、博多駅事件は警察官に特別公務員暴行陵虐・公務員職権濫用罪に当たる行為があったとして付審判請求を行った事件に対して裁判所が取材フィルムの提出命令を行った事案であるが、争われている事件は昭和40年代前半という時代を背景とし、公務員の職務執行の適法性に関して社会の耳目を集めた事案であり、社会的に重大な影響を及ぼした事案である。 [23](四) これらの事件について取材ビデオテープ及び取材フィルムの押収処分ないし提出命令が妥当と判断されたとしても、本件の被疑事実とはその犯罪の性質、態様、及び軽重等に著しい差異があるのであり、本件ビデオテープに対する押収処分を妥当と認めることはできない。 [24](五) 本件事案の如き犯罪の捜査のために取材の結果得られたマザーテープの押収処分を許すことは、従前の最高裁決定が採る犯罪の性質、態様、軽重等を比較衡量の一要素とする判断基準を放棄し、いかなる犯罪の捜査のためであろうとも、捜査機関において必要と欲するものは押収処分が可能となるという結果に帰着するものである。 [25] かかる事態は、報道機関が取材の結果得られた事実・情報をほとんど捜査機関が恣意的に押収し捜査資料とすることが可能となることと同じ結論に至るおそれがあるものであり、憲法上保護されている報道・取材の自由を否定するに等しい重大な侵害を引き起こすものであり、違法であることは明白である。 2、犯罪事実立証のための必要性 [26](一) 捜査機関の捜査進行状況については、申立人の明確に知るところではないが、少なくとも、3月20日特集コーナーの放送後、平成2年5月9日に被疑者を逮捕するまでの間に被害者であるD氏の事情聴取、D氏が負っているとする傷害の事実についての捜査をし、被害者に対する捜査結果によって被疑者に対する被疑事実を認めた上で、5月9日に被疑者を逮捕したものと認めるのが相当である。なお、被疑者の逮捕が捜査機関によって発表される以前には申立人に対し捜査に関する問合わせ等は全くなされていなかったものである。 [27] さらに、被疑者の逮捕後、本件ビデオテープに対する押収処分が行われた同月16日までに7日間の期間があったことから、右時点では、被疑者に対する取調も相当程度進んでいたものと思料される。 [28](二) 本件類似の犯罪は、社会全般においては類型的な性質、態様の犯罪であることは既に述べた通りであり、捜査機関は、この様な犯罪については通常の捜査方法により捜査を遂げ、犯罪事実を立証し被疑者を訴追しているものである。 [29] 本件類似の犯罪がたまたま報道機関による取材現場で敢行されたとしても、捜査機関は前記の通常の捜査を遂げれば、現場を撮影したビデオテープ等を捜査しあるいは犯罪立証の証拠として使用する必要はなく、犯罪事実の立証が可能な事案と断ずることができるものである。その捜査方法としては、被害者や目撃者等の事情聴取、診断書等関係証明書類の捜査、犯行場所等を特定するための現場検証更に被疑者に対する取調等がある。 [30](三) 本件においても、被疑者を除く関係者に対しては被疑者の逮捕前に既に十分な事情聴取がなされているはずであり、被疑者についても、逮捕勾留の上これを取調べているのであるから、何ら捜査に不十分な点が生じる恐れはないものである。 [31](四) 日本テレビ事件決定の多数意見は、同事件において差押前の段階においては、 「松原は現金提供の趣旨等を争って被疑事実を否認しており、また楢崎も事実関係の記憶が必ずしも明瞭ではないため、他に収集した証拠を合わせて検討してもなお事実認定上疑点が残り、その解明の為に適確な証拠の収集を期待することが困難な状況にあった。しかも松原は、本件ビデオテープ中の未放映部分に自己の弁明を裏付ける内容が存在する旨強く主張していた。そうしてみると、松原と楢崎の面談状況をありのままに収録した本件ビデオテープは、証拠上極めて重要な価値を有し、事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであったと認められる」として差押処分を適法とした。 [32] これに対し、島谷意見は、博多駅事件決定で示された判断基準を厳格に運用すべきであるとし、同事件の贈賄被疑事実において、 「既に金員の提供者とその相手方及び行為の日時、場所、態様は特定しており、ただ金員提供の趣旨等について争いがあったというにすぎないのであって、本件ビデオテープ差押の必要性は、博多駅事件決定の場合に比べ、各段の差異がある」としてビデオテープの差押を許さないとしたものである。 [33] 本件においては、被害者及び被疑者からの事情聴取及び取調が可能であるばかりでなく、その他の客観的な証拠方法もあり、犯罪事実立証のため本件ビデオテープが不可欠であるという事態はあり得ず、これに対する差押処分が許されるものでないことは明白である。 3、報道・取材の自由に対する弊害 [34](一) 報道機関が報道目的で取材した結果得られた情報を報道目的以外に使用しないという報道機関の自主的判断が尊重されることは当該取材行為の保障として重要であるばかりでなく、将来にわたって報道機関が行う取材に関して、広く国民一般の信頼を担保する為に不可欠であることは前述のとおりである。 [35](二) 本件ビデオテープについては、その取材対象が暴力団組織であるところに特殊性があるが、日本テレビ事件決定において島谷意見が述べるとおり、「報道機関の取材結果を押収することによる弊害は、個々的な事案の特殊性を超えたところに生ずるものであり」、押収がもたらす弊害を取材対象の特殊性ゆえに軽視することは適当ではない。 [36] 特に、一定の団体・社会事象等が取材対象である場合には、報道機関の報道・取材の自由が他の場合に比べて制限され得ることを認めることは、報道機関が自由に独自の視点で取材し報道する対象とならない領域を認めることになり、その結果、国民の知る権利を著しく損なう結果を生じるものである。 [37](三) さらに、本件ビデオテープは未放送部分が大半であるマザーテープであり、この様なビデオテープは取材メモに近い性格を帯びており、これが押収されることは前記の弊害を一層増幅するものである。 [38]五、以上、いずれの点からも本件押収処分については、これを適正迅速な捜査の必要のために報道・取材の自由が制限し得る場合であると認めることはできないのであり、本件押収処分は憲法21条に違反するものであるから、ただちに取消されるべきである。 [39]一、憲法35条は「何人も、住居、書類、所持品について、侵入、捜索、及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては,正当な理由に基いて発せられ、且捜索する場所及び押収するものを明示する令状がなければ、犯されない。」と定め、「捜索または押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行う。」と規定する。 [40] 同条は、「住居」は自由の基盤をなす私的生活の本拠としてその不可侵を保障し、「書類及び所持品」についても、それと同様の趣旨で不可侵を保障するものである。同時に、捜査・裁判等の必要性から強制力の行使をする場合でも司法官憲が発する各別の令状が必要として一般的捜索、差押を禁じ、住居等の平穏を保護するもので、住居等の平穏の実体的保障とともに、その制約がある場合の手続的保障を規定したものである。 [41]二、右憲法の規定を受けて刑事訴訟法は、差押対象物について同法222条の準用する同99条において「証拠物または没収すべき物と思料とするもの」とし、さらに証拠物等であるときでも同法218条は、検察官、検察事務官または司法警察職員が「犯罪の捜査について必要があるとき」になしうるとする。 [42] ここに、「証拠物」といえるには、証拠が犯罪事実の認定の資料である以上、当該物が被疑事実と関連性のあるものでなければならない。被疑事件と関連性のないものは証拠物とはいえず差押は出来ない。 [43] 次に証拠物となりうる関連性があるものであっても、犯罪の捜査に必要なものといえない場合は差押は出来ない。即ち、 「犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるとき」(最高裁昭和43年(し)第100号、同44年3月18日第三小法廷決定、刑集23巻3号153頁、以下国学院事件最高裁決定という)は、差押をすることができないのである。 [44]一、本件被疑事実の概要は前述の通りである(第四、四、1、(二))。 [45]二、本件ビデオテープは全部で29巻約9時間分の大量なものであるが、それらは前述の通り11日間の取材の結果であって、それらのうち、押収品目録1番から14番及び同19番から29番までの物は、各ビデオテープに貼付されたラベルからその内容が本件被疑事実と関連性がないことは明らかである。 [46]三、本件ビデオテープには全てラベルにビデオテープの番号が付されており、さらに収録内容の判別が可能な標題が付されていた(但し、押収品目録9番、17番及び21番を除く)。本件ビデオテープが番組作成のために取材されたものであることは明らかであるから、右ラベルの表示は、後の編集作業の便利等のため、各ビデオテープに収録された内容と齟齬することなく、正確に付されたものであることは明らかである。従って、捜査当局は本件ビデオテープの差押時にビデオテープの再生による内容確認の作業を経ずに各ビデオテープの収録内容がラベル記載のものであることを知ることができたものであり、これを知りつつ、本件被疑事実に無関係な取材内容のビデオテープを押収したものである。 [47]四、憲法35条、刑事訴訟法218条が司法官憲の発する令状を必要とする趣旨は前述の通り裁判官の審査、判断を通して捜査機関の一般的捜索差押を禁止し、以って個人の住居等の平穏を保護しようとするものである。したがって、被疑事実との関連性のない、換言すれば、証拠物ではないものを差押することは憲法の令状主義の精神に違背する重大な違法があるというべきである。 [48]五、申立人に対する本件押収処分は、「被疑事実に関連して株式会社ネオプレスが撮影したビデオテープ一切」の差押を許可する差押許可状の執行としてなされたものである。右差押許可状によって差押が許可されているのは、被疑事実に関連するビデオテープのみであるのは明らかであり、右許可の範囲を超えて被疑事実との関連性がないことが明白なものに対してまでなされた押収処分は、明らかに違法であって、取消を免がれないものである。 [49]六、報道機関である申立人の元には、常に大量の取材結果を収録したビデオテープが保管されているものであり、これに対する押収処分として被疑事実との関連性がまったくないビデオテープの押収が認められることになれば、申立人の取材・報道の自由は全く保護されず、申立人の報道機関としての生命を断ずるに等しいものである。上記の令状主義違背は、本件の差押対象物が報道機関の報道資材であるビデオテープに関してなされたものである本件ではその違法性は極めて重大でありこれを看過することはできないものである。 [50] 以上、本件ビデオテープのうち押収品目録1番から14番及び19番から29番までのビデオテープの押収処分は違憲、違法であってただちに取消さるべきである。 [51]七、なお、被疑事実と関連性のない取材フィルムの差押が許されないことについては、新宿騒擾事件の現場を国学院大学映画研究会が撮影したフィルムに対する差押処分の取消を求めて争われた事件に対するいわゆる目黒決定(東京地方裁判所昭和43年(む)第1488号、同43年11月22日第13部刑事決定、判例タイムス228号246頁)及び同決定に対する特別抗告事件である前述の国学院大学事件最高裁決定において明確に肯定されているところである。 [52]八、なお、本件ビデオテープのうち、前記以外のビデオテープについても、これを捜査の為に押収する必要性がないことは、既に詳述した通りである(第四、四、2)。 [53]第七、以上のとおり、本件ビデオテープに対する押収処分は、憲法21条が保障する報道・取材の自由を侵害する違法な押収処分であって、当然取消されるべきである。 [54] 仮に取材の自由が適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることのあることもまたやむをえないものであるとしても、本件押収処分は捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差押えるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他の事情を比較衡量した上でなお、本件押収処分は報道の自由を不当に制限するもので、申立人はこの押収処分を忍受しなければならない理由はないものである。 [55] さらに、本件押収処分は、憲法35条、刑事訴訟法218条が定める令状主義に違背し、また、刑事訴訟法222条で準用する同法99条違反の明らかに違法な処分であり、ただちに取消されるべきものである。 [56] 申立人は、本件押収処分の取消を強く求めるものである。 [57] なお、追って追加理由書を提出する予定である。 別紙 押収品目録(省略) [1]1、報道機関の報道・取材の自由が憲法21条により保障される理由は前述の博多駅事件における最高裁の決定の説くとおりであり、申立書第三に記載したとおりである。 [2]2、しかしながら、右両最高裁決定が、「報道の自由」の概念から、「将来の取材の自由」という概念を分離独立させ、放映ずみの素材の提出命令、押収については、 「報道の機会が奪われるという不利益ではなく、将来の取材が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる」としていることについては多大な疑問がある。 [3] 報道活動は、取材→取捨選択(編集)→公表という一連の経過をたどる有機的作業であり、かつ、日々刻々変化する社会状勢に対処すべき連続的作業である。 [4] 従って右の一連の作業のいずれの過程において侵害行為が存在したとしても自由な報道がなしえなくなる、という意味において、「将来の取材の妨げ」は報道の自由そのものの侵害といえる。 [5] 日本テレビ事件の最高裁決定において、マザーテープについて編集、放映ずみであることを差押を可とする理由の一つとしているが、現実論として、今日のように素材の複製技術が進化した社会において、複製物による放送、放映は可能であり、編集、放映が押収の以前になされているか否かは重要な意味を持たず、むしろ編集前の形態であるマザーテープ、即ち取材結果そのものが差押されたことを問題とすべきである。 [6] それ故、「将来の取材の妨げ」そのものが報道の自由に対する侵害であり、憲法21条により保障された報道機関およびそこから報道の提供を受ける国民の権利の侵害というべきものである。 [7]1、博多駅事件の最高裁決定が裁判所による提出命令に関するものであり、日本テレビ事件が検察官による差押であることは前述のとおりであるが、一般に後者の方が報道の自由に対する危険性が大きいことについては、既に多くの論者が指摘するとおりである。 [8] 例えば、清水英夫教授はジュリスト926号48頁以下の「日本テレビ・ビデオテープ押収事件の憲法的問題点」において、 「捜査機関(検察・警察)によるニュース素材の差押・押収についても、憲法判断が不可欠であることは、いうまでもない。というよりは、「公平な」裁判所の審理という手続を経ていない捜査機関(行政機関)の処分であるだけに、ニュース素材の押収は、むしろ違憲の推定を受けて然るべき問題ではないか、と思う。」とされ、第一に令状発布段階で憲法違反の疑いがある、という前提のもとに発布の可否が判断されるべきで、第二に当該処分の合憲性の証明責任は捜査機関にある、と指摘されている(同49頁)。 [9] 公判段階における裁判所の提出命令は、公正な裁判の実現の必要性についての裁判所の判断のもとに、被告人の有利にも不利にも援用されることを前提としてなされるものであるのに対し、捜査段階の押収においては、捜査、立件の便宜が重視され、その現実の利用の有無、利用の対象についても捜査機関の恣意に委ねられ、かつ、押収が執行されれば、準抗告による不服申立手段はあるものの、実際には即座に捜査目的に利用されることから、その相違は顕著であるというべきである。 [10]2、日本テレビ事件が検察官による差押であったのに対し、本件は司法警察職員による差押であったことも特筆されるべきである。 [11] 刑事訴訟法上、検察官と司法警察職員は互に協力すべきものとされるが(法192条)、前者に捜査の指揮権が認められ(同193条)、公訴の提起の決定権が前者にあること(同247条、248条)等の相違点があるほか、後者が原則的捜査機関(同191条1項により、「検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる」とされる。同189条参照)であることにより、扱う事件の件数、種類が多いこと、職員数も圧倒的に多いこと等による実質的な差違は大きい。 [12] また、報道取材結果の司法警察職員の押収が容認されれば、捜査機関としての規模、担当案件の数からまさに取材結果の押収に対する歯止めがなくなることになり、実質的に報道機関が警察権力の情報提供者とされてしまうに等しい事態となるおそれがあり、自由な取材、報道がなしえなくなる危険が大であるといわねばならない。 [13]1、警察意見書に論じられた事項を精査すると、本件における実質的な争点は以下のとおりと判断される。 (一) 報道・取材の自由と取材結果の差押について(前掲申立人の主張(一)について) (1) 本件取材結果が、ニュース報道と同様に保護されるべきか(警察意見書12頁第三、一、1ないし3) (2) 報道機関の取材結果の押収が起訴決定権限のない司法警察員についても認められるか(同14頁、第一、4) (二) 迅速・適正な捜査と報道・取材の自由の比較衡量(前掲申立人の主張(二)について) (1) 本件犯罪の性質・態様・軽重の評価(警察意見書14頁、二、1) (2) 適正・迅速な捜査のための本件ビデオテープの証拠価値、必要性(同7頁ないし12頁、第二、同15頁、第三、二、3) (3) 報道・取材の自由に対する影響(同16頁、第三、二、3) (4) 報道・取材の自由に対する配慮(同17頁、第三、四) (三) 本件捜査対象と全く関連性のないビデオテープの差押について(前掲申立人の主張(三))(警察意見書11頁、第二、二、同17頁、第三、二) [14]2、以上のとおりの各論点により、警察意見書「第一 本件差押に至る経緯」を除く外の全てが網羅されていると思料するが、申立人の主張との対応を明確にするため、右の順序に即して反論することにする。 1、取材・報道姿勢に対する批判(警察意見書13頁、3、ア、イ) [15] 本件番組の報道目的については、準抗告申立書第二、四に記載のとおりである。 [16] その取材・報道方法については、既に多くの報道機関等による論評がなされているが、その当否は別として、そこで論じられた問題点と取材・報道の自由を混同して議論することは正しくない。 [17] 報道内容・取材方法における当・不当を拠り所として、押収の可否が決定されるとするなら、報道内容、取材方法に対し国家権力の介入を認めることと相等しいこととなり、憲法が禁止する検閲を容認する結果となる。 [18] なお、警察意見書中には、本件番組が「放送基準」に適合しないおそれがあるとの指摘が一部マスコミによってなされていたとの主張があるが、「放送基準」は報道機関が自主的に定めた倫理基準であって、これと適合するか否かを報道機関に対する取材結果の差押の可否とすることはまったく理由がない。 2、警察官職務執行に対する非協力という主張について(同ウ) [19] 同項記載の事実関係と、警察意見書の所論との関連性は必ずしも明確ではないが、制作会社のスタッフが意図的に警察官の職務執行を妨害した事実は存在しない。 [20] また警察官職務執行への協力の有無は、取材・報道の自由の制約の可否と全く異次元の問題であり、取材・報道の自由の制約の根拠となすべきではない。 3、番組の性格と報道の自由(同エ) [21] 「ギミア・ぶれいく」という番組が、娯楽番組性が強いものであるので、当該番組に関する取材が報道の自由の保護を受けうるかという議論について以下のとおり反論する。 [22] 第一に、娯楽目的という定義が不鮮明と言わざるをえない。例えば、週刊誌は娯楽目的で、新聞は報道目的という媒体による区分けはありえないし、芸能報道は娯楽目的、社会問題は報道目的という情報の種別による区分けも不合理である。放送に限れば、いわゆるワイド番組が興味本位の娯楽目的で、夕刻のニュースが報道目的と言う区分けも合理性がない。このように、右の区分け自体が不合理、不明確で、憲法上の保護法益を観念するうえで余りに杜撰である。このことは、一体どの機関が、娯楽目的、報道目的の判断をなすのか、という基本的な問題点を内蔵している。 [23] 第二に、放送文化の進展、視聴者のニーズ多様化により、報道番組の形態、種類が極めて多様化し、それぞれの番組が、それぞれの個性をもって報道を行い、国民の「知る権利」に奉仕していることが指摘される。本件番組が、申立書二、三記載のとおり、「新開発のマガジン方式」というのはその典型例と言える。 [24] 第三、現実に本件の放送部分は、長期の取材を経て、「暴力団の実態」という、通常知られていない社会をレポートしたものであり、この取材活動、編集、知られないことの報告という作業が報道そのものであることが無視された議論である。 [25] この点については、本書17頁(第三、二、2)に述べたとおりであり、これをもって再反論とする。 1、申立人の主張(準抗告申立書第四、四、1参照) [26] この点に関する申立人の主張は、要するに、本件被疑事実は、私人間の金銭貸借関係に関連する暴力犯罪であり、前記の各最高裁決定が述べる犯罪類型と著しく乖離していることである。 2、警察意見書に対する反論 [27] この点に関する警察意見書における主張は、暴力団による組織的犯行であり、被害程度、犯罪態様が軽微でなく、悪性が強いこと(同14頁、二、1、ア、イ)、犯罪行為そのものが放送されたため、社会的反響が大きかったこと(同ウ、エ)というものである。 [28] しかしながら、右の主張は申立人の議論に対する誤解に基づくものといわざるをえない。 [29] 第一に申立人は本件被疑事実のような犯罪類型を軽微なものと判断しているものではない。本件は、前掲の各最高裁判例のいうところの取材の自由を制約されることがありうるという犯罪類型には該当しない、と主張しているのである(準抗告申立書第四、四参照)。 [30] 最高裁の見解が、法定刑の軽重を問題としていないことは、日本テレビ事件で対象となった犯罪が法定刑の軽い贈賄罪であることから逆に明らかであり、また「公正な裁判」を経ずに当該被疑事実の「悪性」の強弱は判断できず、またこれをなしてはならないのであって、これらをもって当該被疑事実が最高裁のいう犯罪類型に該当するという警察意見書の主張は理由がない。 [31] 警察意見書の右所論によれば、およそ暴力団犯罪については取材テープの差押という形で報道機関の取材の自由が制約されてもやむをえないという議論に到達する。 [32] 第二、前掲各最高裁判例のいう犯罪の性質、態様、軽重は、当該犯罪そのものについて判断されるべきで、テレビ報道されたこと自体が社会的反響を呼んだとしても、そのことが犯罪の性格、態様、軽重に影響するものでないことは言うまでもない。 [33] 以上のとおり、警察意見書の所論は失当である。 1、申立人の主張(準抗告申立書第四、四、2参照) (一) 証拠価値 [34] 現場ビデオテープは、犯行状況の再現として一見証拠価値が高いとの錯覚を招く。しかし、録音テープと同様、ビデオテープは機械的録取物であり、一連の状況の断片的撮影しかしていないこと、編集等による誇張等よる誤導性も高いこと、再生過程を経ない限り知覚できないため同一性の護持についての危険があること、撮影者の主観的意図の介在等、証拠能力としての伝聞証拠性の議論はさておいても、刑事訴訟における証拠価値は必ずしも高くない。 [35] このことは、ビデオ機材の普及した今日においても、刑事捜査においてビデオが利用されることが殆どないことからも明らかであり、他の方法により立証されうる犯罪事実については安易に用いるべきものではなく、あくまで補充的性格の証拠方法と解すべきである。 [36] また、公判における証拠としては、前述の沖縄国会爆竹事件のニュース録画ビデオの証拠不採用、また成田空港管理棟侵入事件における前述の東京地裁決定(同録テープに関する)のような制限付の採用のように実例が見られ、後者の決定で示された 「本件のようなビデオテープを証拠として採用すべきかどうかの判断に当たっては、安易にその必要性を認めるべきではなく、当該事件が重大であって、他に証拠がないような場合において、補充的に、証拠として採用できる」との見解に立てば、本件ビデオテープは公判廷における証拠採用すら疑問視されるものといえる。 [37] 以上のとおりで、他に収集可能な証拠がある以上、本件ビデオテープは証拠としての価値は極めて少ないものというべきである。 (二) 証拠としての必要性 [38] 前掲の両最高裁決定のいう取材結果の証拠としての必要性は、各決定文が前述のように説示するとおり、「ほとんど必要不可欠」なものでなくてはならず、その実質的内容として、 ① 他に犯罪事実を認定・判断する証拠がないこと、 ② その証拠によってのみ犯罪事実(行為者を含む)の特定ができること、 に分化できよう。右の「ほとんど必要不可欠」という基準は、被疑者以外の第三者の所有物を差し押える際に一般的に要求される必要性よりはるかに高度なものであることは、各最高裁決定の文面から明らかなものといえる。 [39] ところが本件においては、被疑事実ならびに警察意見書が示すとおり、行為者、行為態様、被害を特定するに足る証拠は他に存在することが明らかであり、更に、本件令状取得前に複数人の逮捕令状を取得するに足りる証拠が存在したことも明らかである。 [40] このような事実関係から判断して本件ビデオテープを必要不可欠な証拠とすべき理由は全くなく、捜査機関において他の同種事件で用いるのと同種の証拠をもって「適正かつ迅速」に処理しうるものというべきである。 [41] 本件ビデオテープと同様の素材を「必要不可欠」というなら、およそ報道機関の事件取材結果は全て犯罪捜査に必要なものとされ、本件同様、差押の対象とされてしまう。 2、警察意見書に対する反論 [42](一) 警察意見書第二によると、本件ビデオテープの捜査上の必要性は、 (1) 暴行者の特定、順序方法の認定 (2) 殴打に用いたとされる灰皿の性状、特定 (3) 暴行現場の会話内容、雰囲気の認定 (4) 被疑者Aの共謀関係の認定 (5) 被疑者らの行為が演技ではないかという疑問点の存在、撮影経緯の確認 の5点を捜査上の必要性の具体的内容としている。 [43] しかしながら、右の事項は、単に第三者の所有物の差押に関する「必要性」を論じているに過ぎず、報道機関の取材結果の差押について前掲最高裁各決定が述べた「ほとんど必要不可欠の」立証手段という基準には程遠いものである。以下にこれを分説する。 (二) 暴行状況の特定 [44] 警察意見書8頁ないし10頁に、本件ビデオテープ押収前の関係人の供述が列挙されているが、それら調書の任意性等についてはさておき、本件押収に関する被疑事実中の暴行の部分についてはほぼ網羅的に触れられていることが明らかである。 [45] 第三者の刑事事件の証拠に関するものであるので具体的な内容に立ち入ってのコメントは避けるが、警察意見書においては、各供述の食い違いがことさらに強調されているものの、右の供述内容は主要部分においては概ね一致しており、行為者の特定、暴行の程度・内容等はこれらの供述調書ならびに警察意見書7頁記載の「医師の診断」から綜合判断することは十分に可能であったと言うべきである。 (三) 灰皿の特定 [46] 警察意見書において、「凶器としての灰皿」の特定の必要性が強調されているが、現実の立件内容と関連性が乏しいうえ、もともと灰皿の材質がビデオテープの映像により判別されうるのかという基本的な疑問がある。またこの点の立証については、「組事務所」に常時出入し,現場に居合わせた組員自身の供述がもっとも正確であり、その者の供述に依拠すれば足りるものと思われる(警察意見書記載の検分結果参照)。 (四) 現場の会話内容、雰囲気等 [47] 警察意見書においては、本件ビデオテープが犯行現場における会話内容、音声の大小、雰囲気、動作等の立証に必要であった旨主張されているが、会話内容については供述証拠であり、音声の大小、雰囲気、動作については録音、録画方法により大きく影響されるものでありビデオテープは証拠として不適切である。さらにこれらの点はいずれも犯罪事実の成否にかかわる事実ではなく、いずれもその情状、罪質の程度を立証しようとするものであり、このような立証の必要があるからといって、報道機関に対しその取材結果の押収を認めることはできないものである。 (五) 共謀の存否 [48] 前2項が暴行現場の情景に関するものであるのと異なり、警察意見書所論の共謀関係の立証資料とされうるのは会話を主とした音声であり、その意味内容であるといえる。 [49] そうであるとするなら、本件ビデオテープ中、暴行現場以外の部分の証拠としての性格は、現場録画部分と異質のものといわなければならない。 [50] 加えて、右の共謀に関する録音、録画は、必ず存在するという必然性はなく、あるかも知れない、という蓋然性、期待感の域を出ない。この程度の期待感は、前掲最高裁各決定のいう「ほとんど必要不可欠」の要件を大きく逸脱したものであることは明らかである。 (六)「演技」の有無 [51] 警察意見書所論の「演技という要素がなかったか」(同12頁、二、2)という点は本件ビデオテープ押収の必要性、必然性とは全く無関係である。 [52] 「演技」の有無は、録画ビデオを見るよりも当事者の供述がベストエヴィデンスであることは明白であって、取材テープのその点に関する証拠価値は極めて小さい。 [53] 取材の経緯の情状等への影響についても同様で、マザーテープである本件ビデオテープは取材経緯の判断資料となしがたいものであるし、その程度の関連性で取材素材が押収を許されるべき必要性は全く存在しない。 3、必要性の不存在 [54] 以上のとおり、警察意見書が述べる「必要性」の事由は、いずれも最高裁決定が明示した「ほとんど必要不可欠のもの」という基準からは程遠く、むしろ、差押の合理的必要性がないことを自認するものとさえ言える。 [55] とりわけ、警察意見書中の左の部分が本件の問題点を如実に示していることを指摘する。 「一般に犯行等の撮影されたビデオテープ等が存在するとすれば、それは当然証拠物となり得るものであり、捜査上必要性が高い場合に報道の自由に配慮しつつ差押えることは「通常の方法での捜査」といえるものである。」(傍点加筆)[56] このような論理展開は、日本テレビ事件で示された最高裁決定の趣旨をも大きく逸脱するものである。 1、申立人の主張 (一) 一般的影響 [57] 捜査機関による報道機関の取材結果の差押の報道取材に及ぼす影響については、前掲の島谷六郎裁判官の反対意見のとおりである。 [58] 又、将来の取材の妨げの危険性は、現在の報道活動に対する侵害であることは前述のとおりである。 (二) 本件ビデオテープの特殊性 [59](1) 本件ビデオテープは、放送されなかった素材を多く含む、未編集の録画テープ、いわゆるマザーテープである。これを記者の記録に例えれば取材メモに相当するものであって、取材成果物の原点である。特に、本件の番組該当部分が37分に過ぎなかったのに対し、本件ビデオテープは合計約9時間に及ぶものであり、実に93.2パーセントが放送されていない素材であった。 [60] 申立人は、これらマザーテープの著作権者として、これらを自由に編集、公表できるばかりでなく、もともと本件番組においてなした編集においても、放送事業者として、他から干渉されない権利を有している(放送法3条)。仮に、捜査機関が、放送された番組の同時録画のビデオテープを保有しているとするなら、本件押収による本件ビデオテープと放送部分との比較により、本件番組製作過程における編集経過の重要な一部を知りうるところとなる。 [61] このような性質を有するマザーテープの押収は、編集作業に対する干渉にも該当する。 [62](2) 更に、本件ビデオテープは、編集後に、モザイクその他の方法で顔面を明示しなかった人物を除き、取材対象の同意をえて撮影されたビデオテープであるところ、取材対象者は、取材結果について、本件番組で使用することを前提として同意したものである。また本件ビデオテープ中には、取材同意のない被写体に入った人物も無修正で撮影されている。 [63] それにもかかわらず、本件ビデオテープが安易に刑事捜査の証拠として押収されることが容認されれば、第一に取材協力、取材同意を得ることが極めて困難となり、事実報道において、極めて上滑りなものに終始せざるをえなくなるという問題点が生じるし、第二に、テレビカメラの被写体となることそのものが嫌悪される結果となりかねない。 [64] いうまでもなく、このような弊害は本件番組と同趣旨の取材にとどまらず、政治・社会問題、経済問題、国際問題その他および報道機関に期待されている全ての取材におこりうるものである。また報道機関は、そのような取材活動を経て入手した情報を(これらは、しばしば捜査機関が関心を寄せるものである)国民に告げる責務を負っているのである。 [65] 逆にいえば、本件差押が適法なものとされると、今後、報道機関に対する捜査機関の介入が一層進行し、反面で、報道機関への情報提供が減少し、結果的に国民が真実を知りえないという事態が形成されかねないのである。 2、警察意見書に対する反論 [66] この点についての警察意見書の反論内容(同16頁)は、 ① 本件ビデオテープを用いた番組は放映ずみであること ② 取材対象である被疑者らが取材同意をしていること ③ 被害者が被害状況を同ビデオテープによって明らかにするよう希望していること ④ 暴力団の犯罪を収録した本件ビデオテープを差押えてもマスコミと国民との間の信頼関係に影響しない、 という4点と思われる。 [67] 右の①の点については、番組が放映ずみであることが、未公開部分を9割以上含むマザーテープの押収の理由にならないと反論できる(なお本書第四、三、2参照)。 [68] 次に②の点については、問題の本質を全く見誤ったものである。報道機関の取材対象となる者の多くは、その取材結果が公けの裁判の資料、犯罪捜査の資料となることを同意していないばかりか、そのような事態がないものと信じて取材に同意しているのである。取材同意イコール証拠として使用の同意という安直な見解は、何故に取材活動における取材源の守秘義務が強く主張されたか、また、取材活動の国家権力からの擁護が唱えられたかを忘れた議論である。 [69] ③の被害者の意思については、その真偽を知る由もないが、被害者が同意すれば差押可能という議論が成り立たないことは疑いない。 [70] 最後に暴力団の犯罪の収録テープであることにより、それが差押えられてもマスコミと国民の信頼関係は失なわれない、という主張に対しては、取材活動に関して本件のような侵害行為が生起する結果、マスコミと国民の将来に亘っての信頼関係が破壊される、ということをもって反論とする。 3、本件ビデオテープの一部の編集物が暴力団に有償交付されたことについて [71] 警察意見書第三、一、1において、本件ビデオテープの一部が再編集され暴力団に配布されていたこと、C組事務所で2巻のビデオテープ、被疑者E方で別のビデオテープが差押されたことが記載されている。申立人はこの点に関する詳細な経過は了知していないが、製作会社と申立人との間の契約により、素材部分を含み、第三者に対する処分は厳に禁じられていたにもかかわらず、本件ビデオテープの編集物を、申立人に無断で暴力団組員に配布した事実については右契約の重大な違反行為であり、申立人としても製作会社に対し厳重に抗議している。 [72] しかしながら申立人が右の配布に関与した事実は全くなく、申立人は取材結果を報道目的以外に使用しないという大原則を堅持している。警察意見書の主張は、一旦何人かの不法な行為により法益が侵害された後は、他の者による不当な侵害行為も受忍すべきであるとの議論に等しいものといわねばならない。警察意見書の右の指摘は本件における差押の適法性の判断とは何等関連性を有しないものである。 1、警察意見書の所論 [73] 警察意見書17頁以下の所論は ①検察官との事前協議、 ②任意提出の事前要請、 ③差押をマザーテープに限定、 ④24巻の返還 の4点である。 2、申立人の反論 [74] 右の①の点は、捜査機関内部の問題であって、本件差押を合法的なものとする理由とならないし、同②の点は、強制捜査着手前の当然の措置であって、報道の自由に対する配慮ということはできない。 [75] 更に、差押テープの限定については、後述するとおり、本来、被疑事実に全く関連性を有しないビデオテープを差押えていることから明らかなように、報道の自由に対する配慮をもってなされたということはできず、このことは同④記載の24巻還付の事実が如実に物語っている。 [76] 後述(本書第四、八)のとおり、ビデオテープに貼付されたラベルから、本件被疑事実に関連する内容でないことが明白なビデオテープの差押は違法であり、これについて「速やかに検分を行い」、差押の日から2週間を経過後の「起訴された5月30日に」還付したことは、違法差押を自認したものというほかはない。 1、申立人の主張(準抗告申立書第五、六参照) (一) 本件ビデオテープのラベル表示の意味 [77](1) 本件ビデオテープに貼付されていたラベルには、3本を除き、各ビデオテープの収録内容、被写体が判別できるタイトルが表示されていた。申立書の別紙目録記載の内訳がこのタイトルに相当する。 [78](2) もともとビデオテープについてはその内容を肉眼で確認できないのであるからこれをタイトルの表示が、各ビデオの内容と一致するものとの推定がなされなければならない。 [79] この推定が働かないのなら、申立人の保有するすべてのビデオテープ(その数はおそらく何万本単位となろう)が、すべて押収対象の可能性があるものとなり、その取捨選択の過程で憲法が禁止する検閲と同様の行為がなされることになるからである。このことは撮影日時についても同様である。 (二) 要証事実との関係 [80] 本件被疑事実が、公表されているとおりであるとすれば、本件ビデオテープのうち、被疑事実の立証に関連しうるのは(必要性の判断はさておき)、被疑事実当日の、現場におけるビデオ撮影部分以外にはありえない。 [81] 被疑事実に関連性を有しない映像記録についての差押を違法とした判例として、申立書において引用した国学院大学映画研究会事件に関する一連の決定が存在するが、同事件のいわゆる目黒決定においては、被疑事実であった新宿駅騒擾事件とフィルムの関連性は認めつつも、当該被疑者の具体的犯行状況を映写したものでないことを重視し、第三者である映画研究会の利益と比較衡量して差押を違法としたのである。 [82] この決定は最高裁においても支持され、第三者所有の映像記録を犯罪立証の手段として差押する場合の必要性、関連性の判断基準となっているが、本件についてこの基準を適用すると、本件ビデオテープと被疑者であるAの犯行状況との関連性は極めて小さいものであり、差押の必要性そのものがなかったというべきである。 2、警察意見書の所論について [83] 警察意見書17頁7行目以下に、 「本事件の真相を解明するために、本件暴力団組員間の事前共謀、又はそれを推察しうる事実、犯行の背景をなす暴力団組織及び資金源活動の実態、並びに被疑者らの日常における行動、組織における立場及び交友関係あるいは暴力団員としての認識等等を明らかにするために、本件ビデオテープ全体を見る必要があった」という記載があるが、そこで述べられていることのほとんど全てが本件被疑事実に全く関連性がない事項であり、警察としての関心事項が羅列されているに過ぎない。その意味においては、警察意見書の右の所論は、被疑事実との関連性についてなんらの論証もなしていないものといえよう。 [84] また警察意見書18頁に、本件ビデオテープ29巻のうち24巻を還付したことをもって報道の自由に対する配慮の一例とする主張が存在するが、これが失当であることは前述(第四、七、2)のとおりである。 [85] この点の評価については重大な問題を含んでいる。即ち、現状において5本のビデオテープの差押が維持されているが、その理由は検察官の記者発表によれば、公判で必要な場合がありうるからとされているところ、その余は公判における証拠価値がないと判断されたから還付されたという点である。 [86] ここにおいて、捜査段階においてのみ必要な素材というカテゴリーが創成されていることが重視されるべきである。 [87] 日本テレビ事件最高裁決定が 「国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには、適正迅速な捜査が不可欠の前提であり、報道の自由ないし取材の自由に対する制約の許否に関しては両者の間に本質的な差異がない」との判断をなしたとき、公正な裁判の実現とは切り離された捜査段階でのみ利用される証拠素材という対象物が念頭にあったのであろうか。答えは疑いなく否である。 [88] 申立人が懸念する際限のない取材・報道の自由への侵害の端緒を示す一例である。 [89] 以上のとおり、本件差押が違憲かつ違法であることは明らかであり、警察意見書における主張は、いずれも失当といわざるをえない。 [90] 御庁の正当なる判断を期待するものである。 |
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