福間町公害防止協定事件
控訴審判決

産業廃棄物最終処分場使用差止請求控訴事件
福岡高等裁判所 平成18年(ネ)第547号
平成19年3月22日 第3民事部 判決

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


 原判決を取り消す。
 福津市の請求を棄却する。
 訴訟費用は,第1,2審とも,福津市の負担とする。

1 原判決を取り消す。
2(1) 本案前の申立て
  本件訴えを却下する。
 (2) 本案の申立て
  福津市の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,福津市の負担とする。
[1] 本件は,平成17年1月市町村合併により福津市となる前の旧福間町(以下「福間町」という。)において,Yは,原判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)につき,福間町との間で締結した平成10年9月22日付け公害防止協定(以下「本件協定」という。)に基づいて産業廃棄物最終処分場としての使用が認められていたところ,本件協定に基づく使用期限である平成15年12月31日が経過したにもかかわらず,今なお本件各土地を産業廃棄物最終処分場として使用しているとして,Yに対し,上記使用の差止めを求めた事案である。なお,原審係属中になされた市町村合併により,福津市が福間町を承継した。
[2] 原審が上記請求を認容したところ,Yが控訴するとともに,当審において,上記第1の2(1)の本案前の申立てを追加した。
(1) 当事者等
[3] 福津市は,平成17年1月24日に福間町及び津屋崎町が合併して成立した普通地方公共団体であって,上記合併により,福間町の権利義務を承継した。
[4] Yは,昭和40年4月にPが立ち上げた個人事業が昭和47年12月に法人成りした有限会社であって,土木工事請負業,残土処理及び産業廃棄物の処理等を営むものである。
(以上につき,争いがない,原審におけるP)

(2) 現在までにYが得た許可等の経緯及び本件各土地の利用
[5] Yは,昭和63年12月以前から現在まで,福岡県知事から,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)に基づく産業廃棄物処理業の許可を得ている。
[6] Yは,昭和63年12月ころ,福間町大字E○○番外合計2万3224平方メートルに安定型産業廃棄物最終処分場を設け,昭和64年1月初旬,その旨を福岡県知事に届け出て(平成3年改正前の廃棄物処理法15条1項),そのころ使用を開始した(以下「本件処分場」という。)。
[7] その後,Yは,福岡県知事に対し,本件処分場につき,平成元年7月及び平成4年7月に,順次,「所在地」「埋立地の種類」「埋立面積」等を変更する旨を届け出ていたが,さらに,平成9年改正前の廃棄物処理法15条の2第1項に基づき,設置場所を「福間町大字E◎◎番ほか67筆」,面積を「3万1787平方メートル」から「4万5468平方メートル」,容量を「69万4960立方メートル」から「88万4266立方メートル」とする旨の平成7年9月13日付け産業廃棄物処理施設変更許可を申請し,同年10月13日付けで申請内容どおりの許可(以下「第1回変更許可」という。)を得た。
[8] さらに,Yは,福岡県知事に対し,本件処分場につき,設置場所を「福間町大字E◎◎番ほか76筆」(本件各土地)として,埋立面積を「4万5468平方メートル」から「5万3621平方メートル」と,容量を「88万4266立方メートル」から「102万9705立方メートル」とする旨の平成10年1月9日付け産業廃棄物処理施設変更許可を申請し(平成9年改正前の廃棄物処理法15条の2第1項。ただし,平成9年同法附則1条1号,5条1項),同年3月9日付けで申請内容どおりの許可(以下「第2回変更許可」という。)を得て,現在に至っている。
[9] Yは,現在,本件処分場の一部に産業廃棄物を搬入するなどして,産業廃棄物最終処分場としてこれを現に利用している。
(以上につき,争いがない,乙1,5~7,81,83,84,原審におけるP,弁論の全趣旨)

(3) 福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例(以下「産廃条例」という。)の制定とその内容
[10] 福岡県は,産廃条例(平成2年条例第20号)を定め,これを平成3年1月までに施行した(甲4の1・2)。その主要な内容(ただし,平成7年改正前のもの)は以下のとおりである。
2条9項 この条例において「関係市町村の長」とは,関係地域を管轄する市町村の長をいう。
4条 市町村は,紛争の予防及び調整に関して県が行う施策に協力するとともに,その地域における生活環境の保全を図るため,自らも紛争の予防及び調整に努めるものとする。
6条1項 設置者は,産業廃棄物処理施設の設置をしようとするときは,(中略)事業計画書を作成し,知事に提出しなければならない。
 2項 事業計画書は,(中略)法(廃棄物処理法)第15条第1項の規定による届出(平成4年条例38号による改正後は「法(同上)第15条の2第1項の規定による許可の申請」)の前に提出しなければならない。
7条1項 知事は,前条第1項の規定による事業計画書の提出があったときは、(中略)事業計画書に記載した地域を管轄する市町村の長(中略)に,事業計画書の写しを送付するものとする。
 2項 知事は,前項の規定により事業計画書の写しを送付した市町村の長の意見を聴いた上,事業計画書に係る関係地域を定めなければならない。
 3項 知事は,前項の規定により関係地域を定めたときは,速やかに,その旨を設置者及び関係市町村の長に通知するものとする。
9条1項 設置者は,(中略)次条第1項の説明会の開催に関する事項その他事業計画書の周知のために必要な事項を記載した計画書(周知計画書)を知事に提出しなければならない。
 2項 知事は,周知計画書の提出があったときは,速やかに,その写しを関係市町村の長に送付するものとする。
10条1項 設置者は,(中略)関係地域内において事業計画書の説明会を開催しなければならない(以下略)。
11条1項 設置者は,周知計画書に記載した説明会の開催等により事業計画書について周知を図ったときは,その実施状況について,(中略)報告書を知事に提出しなければならない。
 2項 知事は,前項の報告書の提出があったときは,当該報告書の写しを関係市町村の長に送付するものとする。
15条 知事は,関係住民又は関係市町村の長が事業計画の実施に関し,設置者との間において,生活環境の保全のために必要な事項を内容とする協定を締結しようとするときは,その内容について必要な助言を行うものとする。
(4) 第1回変更許可に至るまでの経過と平成7年7月26日付け公害防止協定の内容等
[11] Yは,上記(2)イの届出に先立ち,昭和63年10月18日,宗像郡福間町大字E区との間で公害防止協定書(乙4)を取り交わし,上記届出に際して同協定書を福岡県知事に提出した。同協定書においては,本件処分場の使用期間については,「福岡県知事が許可した期間とする。」とだけ定められていた。
[12] 福岡県知事は,産廃条例が制定されたことから,その後,Yを含む各産業廃棄物処分業者に対し,同条例に定める手続を践むよう行政指導を行うようになった。これを受け,かねて,平成元年以降に買収した土地を本件処分場に組み入れてこれを拡張しようと計画(以下「第4次事業計画」という。)していたYは,産廃条例の規定に従った手続を履践することとした。
[13] そこで,Yは,福岡県知事に対し,平成5年6月付けで,第4次事業計画に係る事業計画書を提出する一方,福間町長に宛てて,第4次事業計画に沿った場合の本件処分場の今後の運営につき,同処分場への埋立搬入は平成10年12月までとし,その後覆土復原仕上げ工事をして本件処分場から完全撤退する旨などを記載した,平成5年6月3日付け「E処分場の今後の運営計画について」と題する書面を提出した。
[14] 福岡県知事は,上記事業計画書を平成5年8月11日付けで受理し,同年11月16日付けで,福間町長に対し,同事業計画書の写しを送付するとともに,福間町E区等を関係地域に指定することにつき意見を求め,平成6年1月20日付けで,同町長に対し,上記求意見のとおり関係地域を定めた旨を通知した(産廃条例7条2項)。
[15] 引き続き,福岡県知事は,Yから,関係地域内における説明会の開催に関する事項が記載された平成6年2月9日付け周知計画書,さらに同計画書に沿った周知の実施状況等に係る同月25日付け報告書の提出を受け,上記計画書及び報告書の各写しを,その都度,福間町長に宛てて送付した(同9条~11条)。
[16] そして,平成7年7月26日付けで公害防止協定(以下「旧協定」という。)が締結され,同協定書1通が福岡県に送付された。
[17] 同協定書には「福間町(以下「甲」という。)と,Y(以下「乙」という。)とは(中略),福間町大字E○○番地外77筆において乙が行う産業廃棄物処理施設(本件処分場)の設置に伴い,住民の健康保持と生活環境の保全を図るため,公害防止について次の通り協定を締結する。」との前文に引き続き,「処理施設の概要」との標題の下に,本件処分場の名称,設置場所,施設の種類,施設の規模(面積・5万3768平方メートル,埋立容量・103万9050立方メートル)が掲げられた上,「施設使用期限」として,「平成15年12月31日まで。ただし,それ以前に上記埋立て容量に達した場合はその期日までとする。」と記載されており,12条には「乙は,頭書記載の処理施設の概要に記載された面積,容量,使用期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない。」との定め(以下「施設使用期限条項」という。)がある。
[18] このほか,旧協定上,福間町に対するYの義務として規定されているのは,各種届や報告書等の提出(1条2項(2),(3),7条1項,10条2項),各種検査,調査及び分析結果の提出ないし報告(3条,4条1項,6条1項),福間町のする本件処分場内への立入りに対する協力(7条2項)であり,他方,福間町において行うことができる旨定められているのは,本件処分場内への立入り(7条2項),Yの費用負担による復元工事等(14条3項)である。
[19] そして,同協定書の末尾には,「甲」として,「福間町長 S」と署名されており,その右横に「福間町長」の職印が押捺されている。
[20] 旧協定の締結を見た福岡県知事は,平成7年8月10日付けで,福間町長に対し,「Yと貴職との間で環境保全協定が締結され,施設の設置に関して合意形成に至ったと確認されたことから,当該条例の手続を終了した」旨の通知を発した。
[21] その上で,Yは,第1回変更許可申請に及び,同許可を得た。
(以上につき,争いがない,甲1,19,35~39(枝番を含む),乙4,80,原審におけるP,弁論の全趣旨)

(5) 本件協定の締結及びその内容
[22] Yは,第1回変更許可に引き続き,平成10年3月9日付けで第2回変更許可を得て,これをもって,本件処分場の規模(面積及び埋立容量)を第4次事業計画のそれと同程度とすることができた。
[23] これを見た福間町民生部環境保全課環境保全係長Qは,Yに対し,第2回変更許可をもって確定した本件処分場の規模(面積及び埋立容量)が旧協定に表示されていた本件処分場の規模を下回るものであったことから,同表示を第2回変更許可の内容に沿うものにすべきこと,公害防止協定の公開に関する規定を新たに盛り込むべきことなどを指摘・説明して,旧協定に代わる新しい公害防止協定の締結を示唆した。
[24] その結果,平成10年9月22日付けで新たに本件協定が締結され,同協定書1通が福岡県に送付された。
[25] 本件協定は,(a)「処理施設の概要」中に表示された施設の規模が第2回変更許可のとおり改められ,(b)旧協定においてYが設置することとされていた付替道路につきYにおいて平成10年3月に提出した確約書を遵守すべき旨(13条3項),協定について住民から開示を求められた場合には福津市においてこれに応じることができる旨(16条1項)の各規定が新たに盛り込まれたほかは,旧協定の定めと同じである。
[26] そして,本件協定の協定書の末尾には,「甲」として,「福間町長 R」の記名があり,その右横に「福間町長」の職印が押捺されている。
[27] もっとも,本件協定の締結に当たっては,福岡県知事の関与はなかった。
(以上につき,争いがない,甲2の1,26,弁論の全趣旨)
(1) 本件協定の当事者(当審における新争点)
(Yの主張)
[28] 本件協定は,産廃条例15条に基づいて締結されたものであるところ,同条の規定は,その文言からして,同条所定の「協定」については「関係市町村の長」がその主体となることを前提としている。また,本件協定は,形式上,Yが福間町長宛てに協定書を差入れる扱いとされており,契約を結ぶ場合とは異なる。
[29] 以上によれば,本件協定の当事者はあくまでもYと福間町長であって(本件協定の協定書末尾の記名押印も,福間町長名でなされている。),福間町(福津市)はこれに当たらない。そうであれば,福津市は本件訴えにおける原告適格を有しないから,本件訴えは不適法として却下されるべきである。
(福津市の主張)
[30] 本件協定は,住民の健康保持と生活環境の保全を目的として合意された契約であって,その主体は,地方公共団体たる福間町である。協定書末尾の記名押印は,福間町長が福間町の代表者としてしたものである。
[31] 産廃条例15条は,関係住民等と設置者が協定を締結しようとする場合に県知事が必要な助言を行う旨定めるものに過ぎず,公害防止協定の締結の根拠を定めたものとはいえないし,同条において協定の締結者として定められている「関係市町村の長」は「長である個人」ではなく,「法人たる普通地方公共団体の長」を指すものと解される。

(2) 本件訴えの法律上の争訟性(同上)
(Yの主張)
[32] 本件協定のような公害防止協定は,地域全体の環境というもっぱら公的な利益を保護する旨の行政目的のために締結されるものであるから,私人間の純然たる契約とは異なり,行政契約の性質を有するものである。
[33] したがって,本件訴えは,地域の公害の防止,住民の健康保護及び地域全体の生活環境の保全という一般公益の保護を目的として行政上の義務の履行を求める訴えにほかならない。
[34] ところで,最高裁第三小法廷平成14年7月9日判決・民集56巻6号1134頁(以下「平成14年最判」という。)は,国又は地方公共団体が提起した訴えは,法規の適用の適正ないし一般公益の保護ではなく,自己の主観的な権利利益に基づき保護救済を求めている場合に限って法律上の争訟性を肯定することができるとするものであるが,同最判の趣旨は,国又は地方公共団体において,公害防止協定等の行政契約を端緒とする場合を含め,行政権の主体として提起する訴訟全般にも妥当するものというべきである。
[35] そうすると,本件訴えは,法律上の争訟に当たらないものであって,不適法である。
(福津市の主張)
[36] 平成14年最判の事案は,地方公共団体が条例に基づく行政上の義務の履行を求めて提起した訴えの適法性が争われた事案である。
[37] しかるに,本件協定は二当事者間の民事上の契約であるから,同協定に基づく義務は上記「行政上の義務」には当たらない。すなわち,本件は,本件協定の一方当事者である福間町が他方当事者であるYに対し,本件協定に基づく義務の履行を求めるものであるから,平成14年最判は本件には妥当しない。

(3) 本件協定ないし施設使用期限条項の法的拘束力
(福津市の主張)
[38] 旧協定は,本件処分場の使用期限をめぐってYと福間町とが交渉した末,「平成15年12月31日まで」とする合意を見たものである。そして,本件協定は,福間町において,旧協定に代わる協定締結の必要性を説明し,Yから具体的な協定書案の提示を求められるなどの経緯を経て締結されたものである。
[39] 一方,Pは,旧協定の締結当時,同協定はYにおいて守るべき約束である旨既に認識していたし,その後も福間町との協議の席上や福岡県に提出した平成13年9月18日付け確約書(甲15)において「(平成)15年には撤退する」とか「平成15年12月31日の時点で必ず撤去する」旨を述べていたのであるから,Pにおいて,Yには本件協定を遵守すべき法的義務があることを認識していたことは明らかである。
[40] 以上によれば,本件協定は,Yと福間町間の契約として法的拘束力を有するものというべく,Yは,福間町に対し,同協定に基づき,平成15年12月31日経過後は本件処分場を使用してはならない義務を負っている。
(Yの主張)
[41] 本件処分場は,平成5年12月の時点で埋立可能な容量の限界に達しており,それゆえに,Yにとっては,第4次事業計画について所定の許可を得る必要に迫られていた。その一方で,Yは,福岡県から,福間町との間での公害防止協定の締結を強く指導されており,上記許可を得るためには,公害防止協定の締結が不可欠の前提となっていた。Yは,もともと本件処分場に使用期限を設けることには反対であったが,上記のとおり窮地に立たされていた最中,当時のS町長から,平成15年12月31日を本件処分場の使用期限とするように強硬に求められ,やむなくこれを受け入れて旧協定を結んだものである。
[42] したがって,旧協定は,Yの自由な意思に基づくものではないし,同協定中の施設使用期限条項は,Yの営業権や事業活動等を著しく不合理に制限するものであって,公序良俗に反する。
[43] また,S町長は,旧協定の締結へ向けた交渉や同締結後の町議会において,公害防止協定を指して紳士協定であるとか,施設使用期限条項は法的根拠のないものである旨発言していたのであるから,その旨の認識を持っていたはずである。
[44] 仮に,旧協定や本件協定に法的拘束力が認められれば,廃棄物処理法において業者に対して何らの監督権限も認められていない市町村(長)に法令上の根拠なく産業廃棄物行政を行うことを許し,強行法規である同法に違反するとともにその潜脱を認めることとなる。
[45] 以上によれば,旧協定及びこれを受けて具体的な交渉を経ないまま事務的に調印されたものに過ぎない本件協定,なかんずく同協定中の施設使用期限条項には,法的拘束力はない。

(4) 差止めの必要性
(福津市の主張)
[46] Yは,本件処分場について,産業廃棄物最終処分場としての埋立処分の終了及びその廃止へ向けた廃棄物処理法所定の手続を何ら履行していない。そうである以上,本件各土地の全部について,産業廃棄物最終処分場としての使用を差し止める必要性がある。
(Yの主張)
[47] Yは,原判決別紙物件目録記載5,7,19,21,25,34ないし37,39,44,46ないし52,54,57,59,61,68の各土地の全部又は一部については,既に産業廃棄物最終処分場としての使用を終了し,覆土・整地仕上げをして,地主に返還するなどしており,現時点では産業廃棄物の処分場としては使用していない。したがって,上記各土地については,もはや差止めの必要性を欠いている。

(5) 権利濫用の成否
(Yの主張)
[48]ア(ア) Yは,本件処分場において,福岡市生活圏の産業廃棄物の処理を行ってきたのであり,その存在意義は極めて大きい。また,Yは,本件処分場において違法・不適切な処理をしていないし,実際,本件処分場の使用を原因とする住民の健康や生活環境に対する実害は生じていない。これまで,周辺住民から,本件処分場の使用差止めの要求や苦情に接したこともない。
[49](イ) しかるに,Yによる本件処分場の使用が差し止められれば,Yは,本件処分場たる敷地の取得,関連施設の設置及び機材の調達へ向けて投下された資本を回収する途を閉ざされ,倒産の危機に直面することとなり,営業の自由や財産権が害される。また,そうなれば,Yの従業員から労働の機会や生活の糧を奪うこととなる。
[50] これに対し,福間町は,Yに対し,上記(3)アのとおり旧協定を押しつけた上,本件処分場の使用期限が迫り,Yから,同期限の延長へ向けた再三にわたる協議の申入れや調停申立てを受けたのにこれらに一切応じず,同期限が経過するや直ちに本件訴えを提起したものである。このような福間町の一連の振舞いは,同町において,害意をもって,Yを福間町から撤退させるべく計画されたものというほかない。
[51] また,福津市の管轄地域内には,本件処分場のほかにも,いわゆる迷惑施設が存在するのに,福津市は,これらの迷惑施設につき,Y以外の設置者とはごく一部の者としか公害防止協定を締結していないし,締結していても本件協定ほど厳格な施設使用期限を設けている例もなければ,当該協定に基づいて施設の使用の差止めを請求した例もない。したがって,本訴請求は,他の迷惑施設の設置者との比較において,Yを合理的な理由もなく差別するものである。
[52] 以上によれば,福津市の本件請求は,権利の濫用であって許されないものというべきである。
(福津市の主張)
 本件請求が権利の濫用であるとのYの主張は争う。
[53] 本件協定は,旧協定のうち前提事実(5)ウ(a),(b)で見た点が改められたほかは,旧協定と体裁及び内容を同じくするものである。そうであれば,本件協定は,実質的に見れば,旧協定との同一性を保ったまま,所要の改定が加えられたに過ぎないものといって差し支えないから,本件処分場の使用期限をめぐる定めに関しても,旧協定について検討すれば足りるものというべきである。
[54](1) 旧協定は,協定書の前文においては,「福間町(甲)」がY(乙)及びその連帯保証人たるP(丙)との間で協定を締結するものであるかのような表記がなされているけれども,その末尾に設けられた当事者の署名押印欄には,「甲」として「福間町長」との肩書の下に当時の町長(S町長)の署名がなされているにとどまるのであり,その右横に押捺されているのは町長の職印である(なお,本件協定にかかる協定書中の同欄の体裁は,当時の町長の署名ではなく記名があるほかは,旧協定のそれと同じである。)。そうであれば,協定書の表記ないしは体裁のみからは,協定の一方当事者が地方公共団体たる「福間町」であり,同町長が町を代表して協定を締結したものであるのか,それとも,「福間町長」が協定の当事者として協定を締結したものであるのかを断ずることはできないものといわなければならない。

[55](2)ア ところで,Yは,産廃条例が制定された後は,福岡県知事から産業廃棄物処分場をめぐる廃棄物処理法所定の許可を新たに得ようとするならば,事実上,同許可申請に先立ち,産廃条例に定められた各種手続(以下「申請前手続」という。)を践むほかはないこととなったものであり(前提事実(4)イ),実際,Yにおいて,第1回変更許可を得るに当たり,申請前手続を重ねたことは明らかである(同(4)ウ~キ)。
[56] そして,旧協定は,福間町の担当者,Yの双方において,Yが第1回変更許可を得るための事実上不可欠の前提であるとの認識の下に,申請前手続の過程で,産廃条例15条に基づく福岡県の関係部署による指導ないし助言を得て締結されたものである(甲26,原審証人Q,原審におけるP)。
[57] そうであれば,福間町及び福岡県の各担当者並びにYの三者は,一致して,同協定を産廃条例15条所定の「協定」に該当するものと位置付けていたものといってよい。
[58] しかるに,同条所定の「協定」は,「関係市町村の長」が「設置者」との間で締結するものと規定されており,産廃条例上,「関係市町村の長」と「市町村」とは明らかに使い分けられていることが文言上明らかである(産廃条例2条9項,4条)。
[59] そうだとすると,協定書末尾に設けられた当事者欄の記載のありようが上記(1)のとおりであることとも相まって,旧協定の一方の当事者は「福間町長」であるとするYの主張をむげに排斥することはできない。

[60](3)ア しかし,協定書の体裁上,上記(1)でみたような問題点があるとはいえ,「福間町」が「協定を締結する」旨の文言(前文)は,協定の一方当事者が「福間町」であることを端的に表示するものであるから,同文言の持つ意味は小さくない。
[61] また,旧協定が,「住民の健康保持と生活環境の保全を図る」(前文)ことを目的として謳っていることからすれば,Yの相手方当事者(甲)が協定の締結に応じたのは,本件各土地の周辺に居住する住民の生命・健康や同住民が安心して生活するために必要な環境を守らなければならないという責務を負っていたからにほかならないところ,かかる責務は,本件各土地及びその周辺を管轄する行政主体である福間町において引受けているものであることは明らかである。
[62] そして,S町長は,旧協定の締結交渉の過程において本件各土地周辺住民の意見を踏まえ,これを代弁すべくYとの交渉に臨んだ上で同協定を締結し,もって,福間町の上記責務を全うしようと立ち働いたことが認められる(乙97,原審証人S)。

[63](4) 以上のとおり,旧協定の締結主体が福間町であるのか,それとも同町長であるのについては多分に曖昧で,微妙な面もないわけではないが,上記(3)で見たところからすれば,旧協定は,町長において,行政主体である福間町を代表して締結したものであるか,あるいは,産廃条例上の文言に留意して協定の締結者は福間町長としたものの,それは福間町のために締結したものであると解するのが自然であり,そうであれば,いずれにしてもその効力は福間町に及ぶことになる。
[64] 上記第2の3(1)のYの主張は結局のところ採用することができない。
[65] なお,以下においては,旧協定の締結者は福間町であるものとして検討する。
[66](1)ア 旧協定は,Y並びに福間町及び福岡県の各担当者において,産廃条例15条にいう「協定」として認識されていたものであることは明らかであるが,同条は,「協定」が締結される場合における県知事の助言・指導の余地を定めたものに過ぎず,これをもって旧協定そのものの法的根拠とすることはできないし,ほかに旧協定が特定の法令上の根拠に基づくものであることはうかがえない。そして,旧協定の協定書の前文及び末尾の体裁は前提事実(4)オのとおりであることをも考え併せれば,旧協定は,福間町とYとが,自らの意思で締結した「契約」にほかならない。
[67] とはいえ,旧協定締結の重要な契機が産廃条例15条にあったこともまた明白であること,協定締結の当事者の一方が福間町という地方公共団体であること,その協定締結の目的は本件処分場の周辺住民の健康の保持と生活環境の保全といった公共の利益(ただし,それは,地域的にも人的範囲の面でも多分に限定されたものである。)の実現にあること,というような幾つかの特色があるのであって,これらの諸事情に鑑みれば,この契約は行政契約としての性格を有するものと解するのが相当である。
[68] ところで,Yは,平成14年最判を援用して,上記第2の3(2)Yの主張欄のとおり主張する。
[69] しかしながら,同最判の事例は,地方公共団体において,条例に基づいて同地方公共団体の長が発した建築工事の中止命令に従わない名宛人を被告として、同建築工事の続行差止めを請求し,もって上記命令に基づく行政上の義務の履行を求めたものであるのに対し,本件は,契約(本件協定)に基づいて,一方の当事者である福津市(福間町)が他方の当事者であるYに対し,契約上の本件処分場の使用期限の到来を主張して本件処分場の使用差止を請求しているものであるから,平成14年最判の事例とは事案を大いに異にするものといわなければならない。
[70] もっとも,上記イで見たとおり,旧協定は行政契約の性格を有するものであるところ,一般論としては,行政契約に基づく義務の履行請求も行政上の義務の履行を求めるものにほかならないという場合もないとはいえない。しかし,産廃条例15条は,この種の協定が,産業廃棄物処理施設を設置しようとする者と関係住民との間で締結される場合もあることをも予定しているのであり,その場合においては,協定締結の当事者がともに私人であること,協定締結の目的とされる関係住民の生命・健康の保持と生活環境の保全も,まさに協定締結の当事者である関係住民自身の権利そのものであること等からして,同協定は民事契約としての性格を有することは疑問の余地がない。そうであれば,旧協定が行政契約の性格を有するといっても,同種の協定が関係住民と設置者との間で締結された場合と対比しても,その差はまさに紙一重といった微妙なものにすぎないというべきである。したがって,福間町(福津市)のYに対する本件請求をもって,直ちに行政上の義務の履行を求めるものであると解することはできない。
[71] また,平成14年最判の帰結は,地方公共団体等の行政主体の国民に対する義務履行請求を著しく制限するものであるから,その射程距離は極力控え目に解するべきであり,そのような観点からしても,本件のような場合についてまで同最判をそのまま当てはめるのは相当でないものといわなければならない。
[72] そうすると,Yの上記主張は採用することができない。

[73](2) 以上によれば,本件訴えは,福間町の権利義務を承継した福津市とYとの間における,契約に基づく権利義務ないし法律関係の存否をめぐる紛争にほかならず,かつ,法令の適用により終局的に解決することができるものというべく,これが「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たることは明らかである。
[74](1) 産業廃棄物の処理については,これを業とする者(収集運搬業者,処分業者)は当該業を行おうとする区域を管轄する都道府県知事(以下「知事」という)の許可を受けなければならないこととされ(廃棄物処理法14条。),産業廃棄物処理施設(以下「産廃処理施設」という。)の設置・変更についても同様に知事の許可を要するものとされ(同法15条,同条の2の5),知事は,産廃処理施設の改善を命じ,期間を定めて施設の使用の停止を命ずることができ(同法15条の2の6),場合によっては許可を取り消さなければならず,あるいは取り消すことができる(同法15条の3)ものとされている。
[75] これは,産業廃棄物の処理は社会にとって必要不可欠な事業であるが,もしも何らの規制を加えることもなく自由競争に委ねるならば,同事業が適正に行われないこともあり得るものというべく,その場合には,関係住民の生命・健康や生活環境に重大な危険を及ぼすなど,取り返しのつかないことにもなりかねないがゆえに,上記各種の規制に服せしめることとした上で,これらの許可権限や産廃処理施設に対する監視権限(改善命令,使用停止命令,許可の取消し)等を挙げて知事に委ねたものである。

[76](2) 産廃処理施設の設置許可については,同法15条の2に許可基準等が定められているところ,そこでは,同施設の設置に関する計画の技術面からの検討(1項1号),同計画及び維持管理に関する計画の生活環境面等からの検討(同2号),業者の能力面(同3号)及び不適格事由の有無(同4号)の検討がなされることとされているし,上記許可基準をめぐる規定のほかにも,生活環境の保全を全うするための規定(同条2項ないし4項)が置かれている。してみると,知事は,産廃処理施設の設置を許可するかどうかの判断に当たっては,特に周辺地域の生活環境の保全という点に十二分に留意すべきものといわなければならない。
[77] とはいえ,当該産廃処理施設の関係住民としては,同施設が設置されることによる健康被害や生活環境の悪化について不安を払拭できないのは無理からぬところであり,それゆえに,当該施設を設置しようとする業者と関係住民との間に往々にして深刻な紛争が生じ,ひいては社会公共上必要な産廃処理施設の設置がままならなくなるというようなことにもなりかねない。福岡県において,平成2年に産廃条例が制定されたのは,このような事情を配慮したからにほかならない。そして,同条例15条は,関係住民又は関係市町村の長が,施設の設置者(業者)との間で,生活環境の保全のために必要な事項を内容とする協定を締結することのあるべきことを前提にした上で,その場合には県知事が協定の内容について必要な助言をする旨を規定したものである。そうであれば,この協定が締結されると,それは,生活環境の保全という目的のために,あたかも許可条件と同じか,あるいはこれに準ずる役割を果たすことになるものと考えられる。

[78](3) ところで,廃棄物処理法15条の2第4項は,「(15条1項の)許可には,生活環境の保全上必要な条件を付することができる」とし,これは同法15条の2の5(変更の許可等)においても準用されているから,産廃処理施設の設置・変更の許可に際して期限が付されるということもあり得ないことではないが,一般には,そのようなことはないものといってよく(特に,最終処分場の場合には,埋立容量の面から規制されることになるものと考えられる。),この点は本件処分場についての第1回変更許可においても例外ではない。しかるに,旧協定には施設使用期限条項が置かれているから,これがそのとおりの効力を有するとすれば,本件処分場についての第1回変更許可に際して許可の期限が付されたか,あるいは,当該時点をもって許可が取り消されるべきことが予定されているも同然の結果となる。
[79] しかしながら,産廃条例15条が予定している協定は,生活環境の保全のために締結されるものであって,それ以上のものではない。ところが,施設使用期限条項は,上記のとおり,許可の期限を付すか,あるいは許可の取消時期を予定するに等しいものであるから,そのような,許可そのものの運命を左右しかねないような本質的な部分に関わる条項が同協定に盛り込まれ,そのことによって許可を根本的に変容させるというようなことは,同協定の基本的な性格・目的から逸脱するものであって,本来予定されていないものというべきである。これに対しては,産廃処理施設の使用期限を定めることは,まさに生活環境の保全に関わるものであるという反論が予想される。確かに,本件処分場の使用が終了するならば,生活環境を脅かす根源が消滅することになるのであるから,この上なく生活環境の保全に資することにはなるが,廃棄物処理法及び産廃条例において「生活環境の保全」というときには,産廃処理施設が使用されることを大前提とした上で,「生活環境の保全」という要請との折り合いの付け方のいかんを模索すべきことが予定されているのであって,産廃処理施設の使用を打ち切ることによる生活環境の保全というようなことは想定外のことであるものといわなければならない。
[80] そうすると,施設使用期限条項は,産廃条例15条が予定する協定の内容としては相応しくないものであり,同協定の本来的な効力としてはこれを認めることはできない。この種の事柄は,知事の判断事項として知事の専権に委ねられているものというべきである。

[81](4) もっとも,産廃処理施設が設置される地域の関係住民にすれば,この種の施設が設置されないに越したことはないのであって,仮に,当該施設の必要性自体は認めなければならないとしても,できる限り早期に操業(使用)を止めて撤退してもらいたいというのが本音であろう。そうであれば,関係住民が,当該施設の設置者(産廃業者)に対して,その使用期限を明示すべきことを求めるというのは考えられることであるし,業者との折衝の結果,施設使用期限条項が協定中に盛り込まれたというのであれば,それが同協定の趣旨・目的に適っているかどうかは別にして,関係住民において同条項に定められているとおりの当該処理施設の操業の打ち切りと撤退を求めるのもまた自然な成り行きである。本件がまさにそうであり,旧協定の締結当事者である福間町としては,上記のような関係住民の意向を踏まえて,本件訴えを提起しないわけにはいかないというのも理解できないことではない。
[82] しかしながら,Yが,本件処分場の変更許可申請をするに際して,福間町との間で旧協定を締結したのは,産廃条例15条にその種の協定を締結することが予定されているからにほかならない。換言すれば,Yとしては,本件処分場についての変更許可を得るためには旧協定を締結するほかはなく,これを円満に締結するためには施設使用期限条項が盛り込まれることを受け容れるほかはないという状況下に置かれていたものというべく,当時,Yにとって,それ以外の選択肢はなかったものといってよい(したがって,施設使用期限条項を,同協定と切り離して,これとは別個の合意であると解することもできない。)。もとより,産廃条例15条が予定する協定は,それが関係市町村(長)との間で締結される行政契約であるか,関係住民との間で締結される民事契約であるかに関わらず,双方当事者はともに誠実に締結しなければならず,その場しのぎのものであってはならないことは当然である。そうであれば,Yが旧協定に施設使用期限条項が盛り込まれることを受け容れながら,今になって,その効力を否定するというのは,遺憾なことではある。Yとしては,旧協定締結のための折衝時に,施設使用期限条項は同協定に相応しくないことを福間町や関係住民に十分に説明し,それでもなお理解を得られないのであれば,産廃条例15条の規定するところに従い,正式に県知事の助言を得るべきであったものといわなければならない。
[83] このように,まるで手の平を返したかのようなYの態度には遺憾な点があることは否めないのであるが,そのことのゆえに上記(3)の結論を覆すというのも相当なことではない。

[84](5) 以上によれば,旧協定に施設使用期限条項が盛り込まれており,それが本件協定にも引き継がれているからといって,それに基づいてYの本件処分場の使用差止めを請求することはできないものといわなければならない。本件処分場の存続そのものに関わるような事項は,県知事において,諸般の事情を勘案した上で判断すべきものであり,福津市及び本件処分場の関係住民としては,廃棄物処理法15条の3に該当する事由があることを主張して,県知事に本件処分場をめぐる許可の取消しを求めるべきである(その場合に,本件協定に施設使用期限条項が置かれていて,同期限が既に到来しているという事情も,県知事が判断する際の考慮要素の一つとはなり得るかもしれない。)。そして,許可が取り消され,Yにおいてこれに承伏できなければ,Yが同処分の取消しを求めて行政訴訟を提起する成り行きとなるのであって,司法権の判断は,同訴訟の場においてなされることとなるものと解するのが相当である。

[85] そうすると,本件協定のうち施設使用期限条項については法的拘束力を認めることができないから,福津市のYに対する本件処分場の使用差止請求権は認められないものというべく,その余の点について検討を加えるまでもなく,福津市の本訴請求は理由がないというに帰する。

[86] 以上の次第であるから,本件訴えは適法な訴えであるけれども(上記2,3),本件請求は理由がないから棄却すべきである。これと異なり,福津市の請求を認容した原判決は失当であって,取消しを免れない。本件控訴は理由がある。

  福岡高等裁判所第3民事部
  裁判長裁判官 西理  裁判官 有吉一郎  裁判官 吉岡茂之

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