福間町公害防止協定事件
第一審判決

福岡地方裁判所 平成16年(ワ)第568号
平成18年5月31日 判決

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


1 被告は、別紙物件目録記載の各土地につき、産業廃棄物を搬入もしくは処分するなどして産業廃棄物最終処分場として使用してはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

1 請求の趣旨
 主文と同旨

2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
[1](1) 原告は、福間町と津屋崎町が平成17年1月24日に合併してできた地方公共団体であり、旧福間町(以下、福間町という。)内には、被告の産業廃棄物最終処分場(以下、本件処分場という)が存する。
[2] 被告は、土木工事請負業、残土処理及び産業廃棄物の処理等を目的とする有限会社である。
[3](2) 福間町と被告は、平成7年7月26日、本件処分場につき、公害防止協定を締結した(以下、旧公害防止協定という。)。
[4](3) 福間町と被告は、平成10年9月22日、本件処分場につき、旧公害防止協定と同趣旨の公害防止協定を締結した(以下、本件公害防止協定という。)。
[5](4) 本件公害防止協定12条は、「乙(被告)は、頭書記載の処理施設の概要に記載された面積、容量、使用期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない」と規定している。
[6] 本件公害防止協定の頭書には、「(処理施設の概要)」として次の記載がある。
「1 名称 有限会社乙社 福間産業廃棄物最終処分場
2 設置場所 福間町大字本木〔番地略〕外77筆
3 施設の種類 産業廃棄物最終処分場(管理型)
4 施設の規模 面積 53,621平方メートル
        容量 1,029,705立方メートル
5 施設使用期限 平成15年12月31日まで。ただし、それ以前に上記埋立て容量(総容量1,029,705立方メートル)に達した場合はその期日までとする。」
[7](5) 被告は、平成15年12月31日が経過した後も、別紙物件目録記載の各土地(以下、本件各土地という。)につき、産業廃棄物を搬入もしくは処分するなどして産業廃棄物最終処分場として使用している。
[8](6) よって、原告は、被告に対し、本件公害防止協定に基づき、主文と同旨の判決を求める。
[9](1) 請求原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認める。
[10] しかしながら、本件公害防止協定は、紳士協定に過ぎないから、法的拘束力はないし、特に、本件処分場の施設使用期限に関する条項には、法的拘束力がない。
[11](2) 同(5)の事実のうち、被告が、平成15年12月31日が経過した後も、本件各土地の一部を産業廃棄物最終処分場として使用していることは認め、その余の事実は否認する。
[12] 被告は、産業廃棄物最終処分場としての作業を完了し、覆土し、整地仕上げをした部分の土地については、地主であるZ2に返還する等しており、現在、産業廃棄物最終処分場として使用していない。
[13](1) 被告は、本件処分場において、福岡市生活圏の産業廃棄物の処理を行ってきたのであり、その意義は極めて大きい。また、被告は、産業廃棄物である建設汚泥をリサイクル処理し製品化する方法を考案し、これを実施している。
[14](2) 本件公害防止協定は、本件処分場の設置に伴い、住民の健康保持と生活環境の保全を図る目的で締結されたものであるが、被告は、本件処分場において、違法、不適切な処理をしたことはなく、被告が本件処分場を使用したことにより、住民の健康、生活環境が害される等の実害は生じておらず、そのため、住民は、被告に対し、本件処分場の使用の差止を求めたり、その使用について、苦情を言ってきたことはない。
[15] なお、本件処分場の観測井戸において、水銀が検出されたのは、底盤に堆積していたシルトにおいて、水銀が濃縮化された結果であり、自然由来である。
[16](3) 被告は、本件処分場の敷地の土地を買受けたり、また、本件処分場隣地にリサイクルプラントを設置したり、建設汚泥の搬入、再生資材の搬出等のため、多数の大型ダンプ、パワーシャベル等を購入し、本件処分場において、使用しているのであり、原告の請求が認められると、被告の投下資本は無に帰し、被告の受ける経済的打撃は計り知れず、被告は倒産しかねないのであり、被告の営業の自由を害することになる。
[17] また、被告には、50名近くの従業員が勤務しており、本件処分場においても、数十名の従業員がその処理作業や運搬作業に関与しているのであり、これらの従業員は、被告からの収入により、生活を支えているのであって、原告の請求が認められると、被告の従業員やその家族の生活の糧を奪うことになり、勤労の権利や生存権を害することになる。
[18](4) 福間町、宗像市、津屋崎町及び玄海町で構成する宗像清掃施設組合(一部事務組合)は、宗像市曲区所在の広域し尿処理施設「宗像浄化センター」について、住民との施設設置に関する協定による使用期限(平成11年3月末日)が経過した後も、施設を使用し続けているのであり,本件において、協定に基づく使用期限経過のみを理由として、使用差止を請求するのは、禁反言の原則に反すると言わざるをえない。
[19](5) 被告代表者は、使用期限とされている平成15年12月31日以前から、福間町長に対し、再三にわたり、使用制限の延長について、協議をするよう求めたが、福間町長は一切これに応じなかった。また、被告は、福間町に対し、平成15年10月21日、福間簡易裁判所に調停を申し立て、協議しようとしたが、福間町は、協議に応じず、調停は不調となった。
[20](6) 福間町は、何ら合理的理由もないのに、被告を福間町から撤退させる害意を形成し、福岡県が本件処分場の拡張計画(第4次事業計画)の認可をしないために、被告が窮状に陥っていることに乗じ、旧公害防止協定を押し付け、さらに、その後も本件公害防止協定を押し付け、被告の使用期限の延長を協議する旨の申出には全く応じず、被告の使用期限経過後直ちに本件訴訟を提起したものであって、福間町の害意を実現するため当初より計画していたものである。
[21] 福間町は、被告を福間町より退去させるには、条例(福間町水道水源保護条例、福間町環境保全条例)による規制が不可能であることから、公害防止協定を締結させ、訴訟を提起するしか方法はないと考え、これを実現するため、本件公害防止協定を押し付ける等の一連の行為を計画的に行ったのである。
[22](7) よって、仮に、本件公害防止協定に法的拘束力があるとしても、原告の被告に対する本件処分場の使用差止請求は、権利の濫用である。
[23](1) 抗弁(1)の事実は不知。
[24](2) 同(2)の事実のうち、本件公害防止協定は、本件処分場の設置に伴い、住民の健康保持と生活環境の保全を図る目的で締結されたものであることは認めるが、その余は否認する。
[25] 平成11年11月ころから、本件処分場の観測井戸において、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める省令及び本件公害防止協定書に定める「総水銀」の基準値を超える水銀が検出されている。
[26](3) 同(3)の事実は不知ないし否認する。
[27](4) 同(4)の事実のうち、福間町、宗像市、津屋崎町及び玄海町で構成する宗像清掃施設組合(一部事務組合)は、宗像市曲区所在の広域し尿処理施設「宗像浄化センター」について、住民との施設設置に関する協定による使用期限(平成11年3月末日)が経過した後も、施設を使用し続けていることは認めるが、その余は否認する。
[28] 住民との間で、平成20年9月末日を使用期限とする訴訟上の和解が成立している。
[29](5) 同(5)の事実のうち、被告が調停を申し立てたが、不調になったことは認め、その余は否認する。
[30] 福間町は、被告から、平成12年10月13日付の文書(〔証拠略〕)で公害防止協定について疑義があるので協議したいとの申し出を受けたことがあり、これに対し、福間町は、被告に対し、同年10月23日付の文書(〔証拠略〕)で、いかなる点に疑義があるかを文書で明示するよう求めたが、被告がこれに応じなかったため、協議に至らなかったものである。
[31](6) 同(6)の事実は否認する。
[32] 平成6年7月8日の福間町と被告間の話し合いにおいて、被告の方から、「早急に公害防止協定を締結したい。」と述べていたのであり、福間町が被告に対し、旧公害防止協定を押しつけたものでないことは明らかである。
[33] また、被告は、条例による規制ができないため、これを潜脱するために旧公害防止協定を締結したかのように主張しているが、当事者の合意である公害防止協定と条例とが異なるものであることは言うまでもない。
[34](7) 同(7)は争う。


[1] 請求原因(1)ないし(4)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない(なお、本件各土地は、合計77筆であり、証拠(〔証拠略〕)によれば、本件処分場の設置場所は、福間町大字本木〔番地略〕外76筆であることが認められるから、旧公害防止協定及び本件公害防止協定の処理施設の概要の設置場所に「福間町大字本木〔番地略〕外77筆」とあるのは、「福間町大字本木〔番地略〕外76筆の誤記」ではないかと考えられる。)。

[2] 被告は、本件公害防止協定は、紳士協定に過ぎないから、法的拘束力はないし、特に、本件処分場の施設使用期限に関する条項には、法的拘束力がない旨主張するが、本件公害防止協定は、福間町と被告との間の合意として、法的拘束力を有するものであり、その中の本件処分場の施設使用期限に関する条項も法的拘束力を有するものというべきである。
[3] すなわち、上記争いのない事実、〔証拠略〕と弁論の全趣旨によれば、本件公害防止協定の締結に至る経緯、締結後の事情として、以下の各事実が認められる。
[4](1) 被告は、昭和63年6月6日、福岡県知事に対し、産業廃棄物処理施設設置届(〔証拠略〕)を提出したが、地元住民の反対運動があったため、受理されず、福岡県知事は、地元との協定を締結するように指導した。そこで、被告は、昭和63年10月18日、宗像郡福間町大字本木区と公害防止協定書(〔証拠略〕)を取り交わし、これを福岡県知事に提出し、上記届出が受理された。その後、被告は、本件処分場を使用していた。
[5](2) 福岡県知事は、福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例(平成2年福岡県条例20号、〔証拠略〕、以下、紛争防止条例という。)が制定された後、産業廃棄物処分業者に対し、行政指導として、産業廃棄物処分場所在の自治体との公害防止協定の締結を求めていたが、被告に対しても、福間町との公害防止協定書を提出することを要求した。被告は、平成4年7月、平成元年以降に買収した土地について、これを本件処分場に組み入れるために、紛争防止条例の規定する手続を履践しなければならなかった。
[6] そこで、被告は、福岡県知事に対し、平成5年4月20日、紛争予防条例に基づき、申請書(第4次事業計画書)を提出したが、担当者が補正等を求めたため、同年8月11日に至るまで正式に受理されなかった。そして、被告が迅速に手続を進めるよう求めたが、平成6年2月4日に至るまで関係地域を指定せず、福間町との協議、地域説明会等にも時間がかかってしまった。
[7] そのため、本件処分場は、埋立容量を超える状況となり、管理型産業廃棄物最終処分場許可地に建設汚泥が積み上げられた状態となり、被告は、福岡県知事から、平成7年2月1日付で、廃棄物の処理及び清掃に関する法律15条2項1号及び15条5項に違反するとして、本件処分場の使用の停止及び必要な改善を命ずる旨の命令(〔証拠略〕)を受けることになった。
[8](3) 被告は、そのような中、福岡県知事の本件処分場の第4次事業計画の認可を受けるため、福岡県知事の行政指導に従い、福間町(当時の町長 矢野久雄)との交渉を重ね、その間、福間町長宛に、平成5年6月3日付で「本木処分場の今後の運営計画について」と題する書面(〔証拠略〕)を提出し、その中で、「5.埋め立て搬入の終了期限は、平成10年12月までとします。その後覆土復原仕上げ工事をすべて終え、完全撤退します。」との計画を示す等した結果、平成7年7月26日、旧公害防止協定を締結した。施設使用期限は、福間町と被告の交渉により、平成15年12月31日と定められた。
[9] 旧公害防止協定の内容としては、右施設使用期限のほか、被告が公害防止のための具体的な措置を講じなければならないこと、搬入できる廃棄物の種類、水質試験を実施しなければならないこと、水質基準につき基準値を超えた場合に操業を停止しなければならないこと、監視人を設置できること、被告が損害賠償義務を負う場合及び責任保険の締結義務等が規定された。
[10] 被告代表者は、旧公害防止協定の締結の後、新聞社の取材に対し、
「産廃業者に対する風当たりは非常に強く、産業建設計画がなかなか進まないのが現状だ。事業を進めるには、自ら厳しい条件を課して地域住民の信頼を得ていくしかないと考えた。」、「厳しい内容だが、住民を納得させる努力が業界側にも必要だと思い協定を結んだ。」
と話した。
[11](4) 被告は、平成10年9月22日、福間町(当時の町長 池浦順文)と本件公害防止協定を締結した。
[12] 旧公害防止協定の「施設の規模」は、面積53,768平方メートル、容量1,039,050立法メートルであるが、本件公害防止協定のそれは、面積53,621平方メートル、容量は1,029,705立法メートルとなった。これは、被告が平成10年1月9日に申請した結果、同年3月9日付で、福岡県知事が産業廃棄物処理施設変更許可をしたため(〔証拠略〕)、面積、容量をこれに一致させたものである。また、本件公害防止協定においては、付け替え道路に関する詳細を定めた確約書(〔証拠略〕)が差し入れられ、協定の内容とされた。さらに、本件公害防止協定について住民から開示を求められた場合、福間町はその求めに応じることができる旨規定された。その余の規定は、旧公害防止協定と同趣旨であった。
[13](5) 旧公害防止協定や本件公害防止協定は、紛争防止条例に基づき、福岡県の指導の下に、福間町住民の健康保持と生活環境の保全を図るため公害防止の観点から、福間町と被告の合意により締結されたものであり、協定書が各4通作成され、うち1通が、協定締結の証として福岡県に送付された。
[14](6) 福間町は、平成11年8月24日、被告と被告の実証プラントに関して、公害防止協定を締結するための協議を行ったが、その際、被告代表者は、
「このままでは15年まで処分場が持たない。現在の公害防止協定に基づいてやっているつもりだし、15年までは町に応援してもらいたい。」、「15年には撤退する。延命措置のためにも実証プラントで営業したい。本転用はできない相談だと思っているし、15年まで一時転用でやりたい。町も認めてくれれば、協定も締結する。」
と述べた。
[15](7) 被告は、福岡県知事に提出した平成13年9月18日付の確約書(〔証拠略〕)において、
「福間町大字本木字節句田〔番地略〕外3筆に設置している最終処分場の付帯設備及び再処理実証プラント(固化・造粒施設)については、平成15年12月31日、もしくは、その前に最終処分場の埋立土量が1,126,066平方メートルになったときは、その時点で、必ず撤去する事を確約します。」
と記載し、本件公害防止協定記載の期限に、最終処分場の付帯設備及び再処理実証プラントを撤去することを確約した。
[16](8) 被告は、福岡県知事から、本件処分場の敷地につき、農地法5条の規定による一時転用許可及び農業振興地域の整備に関する法律(以下、農振法という。)15条の15に基づく開発許可を受けているが、これらの許可期限は、いずれも平成15年12月31日までとなっていた。
[17] これについて、福岡県は、平成15年1月22日付の「開発許可期間の遵守について(通知)」と題する書面(〔証拠略〕)で、被告に対し、開発許可期間が平成15年12月31日までであること、以降の開発許可期間延長は認められないこと、開発許可期間を遵守し期間内に農用地等としての利用を困難としないための措置を講ずべきこと、平成16年1月1日以降の開発は法律違反となるおそれがあること等を通知した。
[18] また、福岡県は、平成15年9月22日付の「農地の一時転用許可及び農用地区域における開発許可について」と題する書面(〔証拠略〕)で、被告に対し、平成15年12月31日に許可期限が終了すること、許可期限以降の開発行為は違反開発となること、許可期間内に一時転用及び開発行為を完了するとともに、許可期間内に完了するための必要事項(上記(7)の確約に基づく本件処分場の施設撤去作業計画等)を県に報告すること等を通知した。
[19] これらの通知に対し、被告は、福岡県に対し、平成15年12月31日までに工事を完了し農地に復元する等の報告をしていた。
[20](9) 福岡県は、被告に対し、平成15年12月17日、本件公害防止協定の内容を遵守するよう書面(〔証拠略〕)で指導した。被告がこれに応じなかったため、福岡県は、被告に対し、再度、平成16年1月15日、本件公害防止協定の内容を遵守するよう書面(〔証拠略〕)で指導した。
[21](10) 被告は、上記農地法5条の規定による一時転用許可及び農振法15条の15に基づく開発許可期限である平成15年12月31日を過ぎても、農地への復旧等をしないことから、福岡県知事は、被告に対し、平成16年1月13日付通知書(〔証拠略〕)により、速やかに開発行為を取りやめるとともに、農地への復旧及び保全に必要な措置をとるよう通知した。福岡県が指摘した違法な開発行為を取りやめて農地に復旧すべき土地の大半は、本件処分場の敷地に含まれている。
[22] なお、同通知書には、被告が福岡県知事の通知に応じない場合は、農振法15条の16及び農地法83条の2の規定による命令をする方針であることも記載されている。
[23] 以上認定の事実に照らすと、旧公害防止協定と本件公害防止協定は、本件処分場の設置に伴い、福間町住民の健康保持と生活環境の保全を図るため、福間町と被告が、公害防止の観点から交渉を重ねたうえで締結されたものということができ、その内容も、被告が公害防止のための具体的な措置を講じなければならないこと等を具体的に規定するほか、本件各土地を、産業廃棄物最終処分場として使用する期限につき具体的な日時を設定し、その後は使用をしないとの不作為義務を被告に課すものであって、被告代表者自身、厳しい条件であることを覚悟の上で、締結したのであり(厳しい条件であるとしても、これによって福岡県知事の認可を得ることが可能になるのであるから、被告にとっては、平成15年12月31日まで操業できるという利益があったといえる。また、そもそも、被告が本件処分場を設置するについても、本木区との協定の締結が必要だったのである。)、被告が福間町とそのような合意をすることに法律上の制約はないから、仮に、被告が福岡県知事の認可を受けるために、やむを得ず締結したものであるとしても、旧公害防止協定及び本件公害防止協定は、福間町と被告との間の契約として、法的拘束力を有するものというべきである(旧公害防止協定締結当時の福間町長である〔証拠略〕も、契約であり、法的拘束力を有しているとの認識を有していた。)。

[24] 被告は、旧公害防止協定は、地方公共団体である福間町が、一私企業である被告に対し、条例でその使用期限を制約することができないにもかかわらず、被告が、福間町と公害防止協定を締結しなければ、第4次事業計画の認可が得られず、本件処分場について、事実上操業できない状態が継続する等の窮状にあることを奇貨として、無理矢理に使用期限を設定する協定を締結させたものであり、被告の自由な意思によるものではなく、また、福間町長は、被告に対し、紳士協定という言葉を用いたり、施設使用期限が来ても、埋立容量に達しない場合は、協定に定める事項に疑義を生じたときにあたるとして、協議し、延長すればよい等と言い、これを基礎づける条項が、旧公害防止協定書16条2項に設けられたため、被告は、これを信じ、旧公害防止協定の締結に至ったのであって、旧公害防止協定は、紳士協定に過ぎず、法的拘束力はないし、本件公害防止協定も同様である旨縷々主張する。
[25] しかしながら、上記認定事実に照らすと、福間町が旧公害防止協定の締結を無理矢理に被告に押し付けたと認めることはできず、仮に、福間町長が紳士協定という言葉を使用していたとしても(なお、〔証拠略〕によれば、当時の福間町長は、旧公害防止協定を公開しないとの被告との口頭の約束を指して紳士協定という文言を使用したに過ぎないものと認められる。)、これによって、直ちに旧公害防止協定の法的拘束力が否定されるものとは解されないし、旧公害防止協定書16条2項が被告の主張するような内容であると認めることも困難であり(施設使用期限につき、平成15年12月31日と定めているのであり、被告のいうような疑義が生じるとはいえない。)、さらに、被告代表者は、旧公害防止協定や本件公害防止協定の施設使用期限の経過後は撤退する旨、本件公害防止協定の締結後に、何度も、福間町や福岡県に表明していたのであり、旧公害防止協定及び本件公害防止協定に法的拘束力がないと認識していたとは到底いえないから(この点につき、被告代表者は、「私は確かに最初から守らんでいいという気持ちで公害防止協定を結んだとは思ってませんよ。」と供述するところである。)、本件公害防止協定が法的拘束力を有するとの上記判断は左右されない。

[26] 請求原因(5)の事実のうち、被告が、平成15年12月31日が経過した後も、本件各土地の一部を産業廃棄物最終処分場として使用していることは、当事者間に争いがない。
[27] そして、原告の被告に対する請求は、本件公害防止協定という福間町と被告の合意に基づくものであり、しかも、〔証拠略〕によれば、被告は、本件各土地を最終処分場の設置場所として、産業廃棄物処分業の許可(廃棄物の処理及び清掃に関する法律14条4項の許可)を得ていることが認められるのであるから、本件各土地の中で、現に産業廃棄物最終処分場として使用していない土地があったとしても、原告が被告に対し、平成15年12月31日の使用期限を超えて産業廃棄物の処分をしないとの合意に基づく債権的請求(債務の履行請求)として、本件各土地の使用禁止を求めることの妨げとはならないものと考えられる。
[28](1) 抗弁(2)の事実のうち、本件公害防止協定は、本件処分場の設置に伴い、住民の健康保持と生活環境の保全を図る目的で締結されたものであること、同(4)の事実のうち、福間町、宗像市、津屋崎町及び玄海町で構成する宗像清掃施設組合(一部事務組合)は、宗像市曲区所在の広域し尿処理施設「宗像浄化センター」について、住民との施設設置に関する協定による使用期限(平成11年3月末日)が経過した後も、施設を使用し続けていること、同(5)の事実のうち、被告が調停を申し立てたが、不調になったこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

[29](2) 上記1認定の事実のほか、〔証拠略〕と弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
[30] 平成11年11月ころから、本件処分場の観測井戸において、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める省令及び本件公害防止協定に定める「総水銀」の基準値を超える水銀が検出されている。
[31] 福岡県は、被告に対し、平成16年11月12日付で、「有限会社乙社に係る水質等調査結果について」と題する通知(〔証拠略〕)をしたが、その内容は、福岡県が平成16年6月11日廃棄物の処理及び清掃に関する法律19条の規定により、本件処分場の放流水等の水質検査を実施したところ、本件処分場周辺の井戸の地下水から総水銀が環境基準値を超えて検出されたため、省令に基づき、原因の調査及び生活環境の保全上必要な措置を講ずるよう通知するというものである。
[32] 平成17年3月11日に採取された本件処分場周辺の地下水(本木高速上)からも、基準値を超える水銀が検出された。
[33] なお、被告は、本件処分場の観測井戸において、水銀が検出されたのは、底盤に堆積していたシルトにおいて、水銀が濃縮化された結果であり、自然由来である旨主張し、〔証拠略〕を提出しているが,〔証拠略〕は、上記福岡県の通知以前のものであるから、被告の主張は、採用し難い。
[34] 福間町は、被告から、平成12年10月13日付文書(〔証拠略〕)により、公害防止協定の一部について、その解釈、運用につき疑義があるとして協議の申入れを受け、福間町は、平成12年10月23日付文書(〔証拠略〕)で、本件公害防止協定について疑義が生じたとは認識しておらず、協議の必要はないと考えているが、被告がどの条項に、どのような疑義が生じたかを、文書で明示すれば、協義の要否について検討する旨回答した。
[35] これに対し、被告は、平成12年11月15日付文書(〔証拠略〕)で、疑義を生じた事項を示したが、福間町が、平成12年11月28日付文書(〔証拠略〕)で、公害防止協定のどの条項に、どのような疑義が生じたかが明示されていない旨指摘したが、被告は、これを明示することができなかった。
[36] なお、被告は、福間町が、被告を福間町から撤退させることを企図して、本件公害防止協定を締結し、施設使用期限を設けたもので、当初から、施設使用期限の到来をもって、被告を撤退させることを企図していたのであり、福間町には、被告に対する害意があったと主張するが、福間町が被告の撤退を希望し、条例の制定等の措置を講じたとしても、そのことから直ちに被告に対する害意があったとはいえないし、福間町が施設使用期限の遵守を求めることも理解できないことではないのであって、福間町に被告に対する害意があったものと認めることはできない。

[37](3) 上記1認定の事実と(2)認定の事実に照らすと、仮に、明らかに本件処分場に起因するものと考えられる周辺住民の健康被害は生じておらず(この点は、原告も主張するとおり、周辺住民の健康被害等の実害が生じていないことは、あるべき事態に過ぎず、当然のことであって、被告の主張を積極的に基礎づけるものといえるかは疑問である。)、本件処分場のある本木地区の住民をはじめとする福間町の住民の本件処分場に対する反対運動がないとしても(この点も、同様である。)、また、被告の主張する抗弁(1)、(3)の事実を勘案するとしても、原告の本訴請求が権利濫用に該当するとは未だいえない。被告は、本件公害防止協定が憲法や廃棄物の処理及び清掃に関する法律に違反するとも主張するが、採用し難い。
[38] その他の証拠を検討しても、原告の本訴請求が権利濫用に該当することを理由づける事情を認めることはできず、被告の抗弁は採用し難い。

[39] よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判官 野尻純夫

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