宜野座村工場誘致政策変更事件
上告審判決

損害賠償請求事件
最高裁判所 昭和51年(オ)第1338号
昭和56年1月27日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 大蔵興業株式会社
          代理人 中居久雄

被上告人(被控訴人 被告) 宜野座村
          代理人 玉城健二 外2名

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人中居久雄の上告理由


 原判決中、被上告人が上告人の工場建設に対する協力を拒否したことに基づく損害賠償請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所那覇支部に差し戻す。
 上告人のその余の上告を却下する。
 前項に関する上告費用は、上告人の負担とする。

[1] 原審の確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
[2](一) 上告人は、被上告人宜野座村内に製紙工場(以下「本件工場」という。)の建設を計画し、昭和45年11月に当時被上告人の村長であつた与儀実清に対し右工場の誘致及び被上告人所有地を工場敷地として上告人に譲渡することを陳情した。これに対し、同村長は、本件工場を誘致し右工場敷地の一部として村有地を上告人に譲渡する旨の被上告人村議会の議決を経由したうえ、昭和46年3月上告人に対し右工場建設に全面的に協力することを言明した。
[3](二) そこで、上告人は、与儀村長及び村議会議員らの協力のもとに被上告人村内に工場敷地を選定したうえ、当時河川を管理していた米国民政府に対し工場操業に必要な水利権設定の申請を行うため,右申請に対する被上告人村長の同意書を得た。
[4](三) 上告人は、昭和46年8月ごろ本件工場敷地の一部として予定された村有地の耕作者らに土地明渡に対する補償料を支払い、更に昭和47年3月ごろより本件工場に備付ける機械設備の発注の準備を進めていたが、与儀村長は、これを了承していたばかりでなく、引き続き工場建設に協力する意向を示し、その速やかな推進を希望し、同年10月には、かねての上告人との約定に基づき、沖縄振興開発金融公庫に対し、上告人が機械設備発注のために必要としている融資を促進されたい旨の依頼文書を送付した。
[5] 同じころ、上告人は右機械設備を発注し、更に前記工場敷地の整地工事に着手して同年12月初めにはこれを完了した。
[6](四) ところが、同月行われた村長選挙において当選し、昭和48年1月初めに与儀実清に代わつて被上告人の村長に就任した末石森吉は、本件工場設置に反対する工場予定地周辺の住民の支持を得て当選したものであるところから、本件工場建設に反対する意向を固め、上告人が沖縄県建築基準法施行細則2条1項の規定に基づき同村長のもとに提出した本件工場の建築確認申請書を同条2項の規定に反しその名宛人たる沖縄県の建築主事に送付することなく、上告人に対し、工場予定地周辺の住民が工場建設に反対していること、村議会の本件工場誘致の議決後に社会情勢が急変したこと、本件工場の建設は将来付近地域の開発に支障をもたらすおそれがあること、本件工場予定地の上流に農業用ダムの建設計画があることを理由として、同年3月29日付で右建築確認申請に不同意である旨の通知をした。
[7](五) 上告人は、このようにして本件工場建設に対する被上告人の協力が得られなくなつた結果、右工場の建設ないし操業は不可能となつたので、やむなくこれを断念した。

[8] 所論の本訴請求は、以上のような事実関係に基づき、被上告人の所為は上告人との間に形成された信頼関係を不当に破るものであるとして、上告人が被上告人に対し、前記機械設備の発注により支払義務を負担することとなつた代金相当額等その被つた積極的損害(元本額5574万5614円)の賠償を求めるものであるところ、原判決は、本件工場建設に対する被上告人の積極的な協力は住民の福祉増進を目的とし、住民意思に副うことを前提とするものであるから、与儀前村長らによる企業誘致の方針が村民によつて批判され、批判勢力の支持する末石村長が選出された以上、上告人は被上告人の協力を期待すべきではなく、被上告人の協力拒否を違法ということはできないとして、右請求を排斥した第一審判決を維持した。

[9] そこで、原審の右判断の当否について検討するのに、地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたつて継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴つて変更されることがあることはもとより当然であつて、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合には、右特定の者は、右施策が右活動の基盤として維持されるものと信頼し、これを前提として右の活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況のもとでは、たとえ右勧告ないし勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であつても、右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に動機づけられて前記のような活動に入つた者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ、社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被る場合に、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。そして、前記住民自治の原則も、地方公共団体が住民の意思に基づいて行動する場合にはその行動になんらの法的責任も伴わないということを意味するものではないから、地方公共団体の施策決定の基盤をなす政治情勢の変化をもつてただちに前記のやむをえない客観的事情にあたるものとし、前記のような相手方の信頼を保護しないことが許されるものと解すべきではない。
[10] これを本件についてみるのに、前記事実関係に照らせば、与儀前村長は、村議会の賛成のもとに上告人に対し本件工場建設に全面的に協力することを言明したのみならず、その後退任までの2年近くの間終始一貫して本件工場の建設を促し、これに積極的に協力していたものであり、上告人は、これによつて右工場の建設及び操業開始につき被上告人の協力を得られるものと信じ、工場敷地の確保・整備、機械設備の発注等を行つたものであつて、右は被上告人においても予想し、期待するところであつたといわなければならない。また、本件工場の建設が相当長期にわたる操業を予定して行われ、少なからぬ資金の投入を伴うものであることは、その性質上明らかである。このような状況のもとにおいて、被上告人の協力拒否により、本件工場の建設がこれに着手したばかりの段階で不可能となつたのであるから、その結果として上告人に多額の積極的損害が生じたとすれば、右協力拒否がやむをえない客観的事情に基づくものであるか、又は右損害を解消せしめるようななんらかの措置が講じられるのでない限り、右協力拒否は上告人に対する違法な加害行為たることを免れず、被上告人に対しこれと相当因果関係に立つ損害としての積極的損害の賠償を求める上告人の請求は正当として認容すべきものといわなければならない。

[11] 以上によれば、前記の理由によつて、被上告人が前言をひるがえし本件工場建設に対する協力を拒否したことの違法を原因とする本訴請求を排斥した原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れない。右請求については、被上告人の本件工場建設に対する協力拒否がやむをえない事情に基づくものであるかどうか、右協力拒否と本件工場の建設ないし操業の不能との因果関係の有無、上告人に生じた損害の程度等の点につき更に審理を尽くす必要があると認められるので、本件のうち右請求に関する部分を原審に差し戻すこととする。
[12] 本件上告中、被上告人村長が上告人提出の建築確認申請書の送付を怠つたことを理由とする損害賠償請求につき原判決の被棄を求める部分については、上告人は民訴法398条に違背し民訴規則50条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、右上告は却下を免れない。

[13] よつて、民訴法407条1項、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三  裁判官 環昌一  裁判官 伊藤正己  裁判官 寺田治郎)
[1] 第二審判決は
「……信頼関係がその主張にかかる若干の徴表事実によつて構成されているとしても、それのみでは、未だ民法の不法行為ないし、国家賠償法上控訴人にとつて保護されるべき利益とまではいえず本件全証拠によつてもなおこれを認めるに足りない」
と判示している。
[2] 第一審において被上告人は上告人の主張事実は認めている。その事実に基づいて上告人は協力信頼援助に期待しこれに信頼を懸けるという協力互恵の信頼関係に基づくものでその利益は法律上の保護に値するものであり、かかる利益を何らかの代償的措置を講ずることなく一方的に奪うことは信義則ないし公序良俗に反し禁反言の法理からも許されないことであつて違法性を具備するものであると主張している。第二審においては被上告人は「工場建設を拒否した」事実を認めている「拒否した」という事実は積極的な行為である。
[3] 以上からすれば被上告人の協力信頼関係から積極的に拒否した事は著しく社会の倫理観念に背くものであつてその意味で違法性を帯びるものといわねばならない。
[4] 判例もかような場合には古くから「不当」に又は「不正に」損害を加える行為として不法行為の成立を認めている(大判明治32・12・21、民録11巻88頁、大判昭11・6・24民集1184頁)。
[5] 又地方自治体の長の交替があつても同一性には変りがない事は当然であり協力信頼関係のあつた先代村長の行為に対し積極的に拒否した現村長の行為は公序良俗に反するが故に違法性を帯びると認めるべきである。
[6] 以上により違法性に対する判断を誤りそのため明らかなる法令の違背をなした事は判決に重大なる影響を及ぼすものであり又前記判例にも違反するものである。
[7] 従つて破棄を免れないものである。

(その他の上告理由は省略する。)

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