広島県教組教研集会使用不許可事件
第一審判決

損害賠償請求事件
広島地方裁判所 平成11年(ワ)第1789号
平成14年3月28日 民事第2部 判決

平成13年9月19日弁論終結

原告 広島県教職員組合
被告 呉市

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成11年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

 被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成11年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は,原告が主催する第49次広島県教育研究集会(以下「本件教研集会」という。)の会場として,呉市立X中学校(以下「X中学校」という。)の体育館等の学校施設の使用を申し出,いったんは口頭ではあるが,これを了承する返事を得ながら,その後,不当にその利用を拒否されたとして,原告が,被告に対し,国家賠償法1条,3条に基づき,損害賠償を求めた事案である(なお,原告は,呉市教育委員会(以下「呉教委」という。)との間の使用貸借契約の成立を主張し,同契約上の債務不履行に基づき,呉教委に対し,損害賠償を求めるかのような主張をするが,本訴において,呉教委は,当事者ではないから,原告の上記請求は,審理の対象とはならない。)。
(1) 当事者等
[2] 原告は,広島県の公立幼稚園,小・中学校等に勤務する教職員によって組織された地方公務員法52条に規定される職員団体である。
[3] 呉教委は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)2条により組織された委員会で,同法23条2号及び呉市学校施設使用規則に基づき,呉市立学校の学校施設の使用につき許可権限を有する者であり,国家賠償法1条1項の「公権力の行使に当る公務員」に該当する。
[4] 被告は,呉教委の設置者であり,呉教委の委員や職員の俸給,給与その他の費用の負担者である。

[5](2) 呉教委が制定した,学校施設の目的外使用に関する,呉市立学校施設使用規則(以下「本件使用規則」という。)には,以下の規定がある(甲6)。
【2条】
「学校施設を使用しようとする者は,使用日5日前までに学校施設使用許可申請書(以下「申請書」という。)を当該校長に提出し,呉市教育委員会(以下「委員会」という。)の許可を受けなければならない。ただし,委員会において急速を要すると認めた場合は,この期間を短縮することができる。」
【3条】
「委員会は,前条の申請書に基づき,その許否を決定のうえ学校施設使用許可書を申請者に交付する。」
【4条】
「学校施設は,次の各号の一に該当する場合に限り,その用途又は目的を妨げない限度において,使用を許可することができる。
(1) 当該施設を使用する者のために売店,その他厚生施設を設置するとき。
(2) 公の施設の普及宣伝その他の公共の目的のため,講演会又は研究会等の用に供するとき。
(3) 国,他の地方公共団体その他公共団体又は公共的団体において公用若しくは公共用又は公共事業の用に供するとき。
(4) 災害その他緊急事態の発生により応急施設として使用するとき。
(5) 前各号に掲げるもののほか,委員会が必要やむを得ないと認めるとき。
2 前項の場合において使用期間は,1年を超えることができない。ただし,委員会において特別の理由があると認めるときは,この限りでない。」
【5条】
「前条の規定にかかわらず,次の各号の一に該当するときは,施設の使用を許可しない。
(1) 施設管理上支障があるとき。
(2) 営利を目的とするとき。
(3) その他教育委員会が,学校教育に支障があると認めるとき。」
【6条1項】
「第3条により許可を受けた者(以下「使用者」という。)は,行政財産使用料条例(昭和39年呉市条例第28号)にもとづいて定めた別表に掲げる使用料を納入しなければならない。」
【7条】
「次の各号の一に該当するときは,委員会は使用条件の変更又は使用の停止,若しくは許可の取消しをすることができる。
(1) 使用許可の目的又は条件に違反したとき。
(2) 公益上必要があるとき。
(3) 本市で必要を生じたとき。
(4) この規則及び委員会の指示した事項に違反したとき。」
(3) 本件不許可処分
[6] 原告は,平成11年10月27日,呉教委に対し,所定の使用許可申請書により,X中学校の学校施設の使用許可を申請したところ(甲7,乙18),呉教委は,X中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由で,同月31日付けで,X中学校の学校施設の使用を許可しないとの決定をした(甲11。以下「本件不許可処分」という。)。
ア 原告の主張
(ア) 使用許可の不当な撤回
[7] 原告は,本件教研集会の開催に先立ち,平成11年9月10日,当時,X中学校校長であったF(以下「F校長」という。)に対し,X中学校の学校施設の使用を申し出たところ,同月16日,口頭ではあるが,これを了承する返事を得たものである。これにより,原告と呉教委の間には,X中学校の学校施設の使用契約が成立したというべきところ,その後,F校長は,本件使用規則7条等の何ら使用拒否事由がないにもかかわらず,原告に対し,一方的に,X中学校の学校施設の使用の拒否を通告し,先の使用許可を撤回したものであって,同撤回行為は違法である。
[8] 被告は,F校長には,使用許可権限がなかったとして,使用許可行為は存在せず,したがって,使用許可の撤回もあり得ないと主張するが,呉教委が,F校長にX中学校の学校施設の使用許可権限を委任ないし,その代理権を授与していたことは明らかである。すなわち,呉教委が,学校施設の使用許可に当たり使用していた学校施設使用許可書(以下「本件許可書」という。)には,予め呉教委の代表印が押捺され,その下に学校名と校長名を記入し,かつ校長印を押印する書式になっているとともに,この用紙は,事前に各学校に配布されていたのである。このことからすれば,許可申請書が提出された場合,当該校長が自らの判断において本件許可書を作成し,申請者に交付していたことは明らかであって,呉教委が,各校長に対し,事前に学校施設の許可権限を委任ないし,その代理権を授与していたとしか言い様がない。
(イ) 本件不許可処分の違法
[9] 仮に,前記F校長による口頭の使用の了承が使用許可処分でないとしても,呉教委は,所定の使用許可申請書による原告の使用許可申請に対し,使用を許可しないとの処分(本件不許可処分)をしているところ,同処分は,次のとおり,違法である。
 不許可理由の不存在
[10] 学校教育法85条によれば「学校教育上支障のない限り,…学校の施設を社会教育その他公共のために,利用させることができる。」とされているところ,本件教研集会が,上記社会教育などの公共のための集会であることは明らかである。同条は,学校施設を,教育,研究活動という本来の目的以外の使用目的で,一般公衆・当該学校の構成員並びに国及び地方公共団体に利用させることを可能にする規定である。同条の解釈について,従来は,許可するか否かは管理権限者の自由な裁量に委ねられていると考えられてきたが,近時,学校施設の目的外使用について,一般公衆による純然たる私的な利用形態から,本件のごとく,学校の構成員又は構成員と同様な学校教育者が,学校教育活動の一環として利用する場合など様々な形態があり,一律には律せないものとして理解されている。すなわち,学校はいわゆる「セミ・パブリック・フォーラム」であって,部分的に表現活動を保障する公共的な場所であり,私的な場所とは異なる性格を有するものと解されているし,近年においては,学校施設が住民による表現活動及び学習の場という,いわば地域センターとして機能しだしてきていることからすれば,学校に対する市民の認識や要望は従前とは大きく異なっているというべきであり,そうだとすれば,一般公衆と異なり,少なくとも,学校の構成員又は構成員と同様な学校教育者が,学校教育活動の一環として利用する場合には,本来の設置目的に支障がない限り,管理権限者には使用させることが義務付けられるというべきである。
[11] 本件教研集会は,その参加者のほとんどが学校の構成員である教育者集団であること,しかも,その集会の内容は,教育現場の活動に関する研究報告であって,かつ,自主研修活動であることから,学校教育法に基づく教育研究活動と同視できるものである。また,本件教研集会の開催日は,休日であったのであるから,当日使用したとしても,X中学校の本来の使用目的に反することは考えられない。以上のことから,特段の支障がない限り,呉教委は,原告に対し,X中学校の学校施設を使用させるべきであったというべきところ,被告の主張する不許可事由はいずれも失当であって,本件不許可処分は違法といわざるを得ないものである。
[12](a) 被告が主張する本件不許可処分の理由は,本件使用規則5条3号の「学校教育に支障がある」場合に該当することを根拠とするものと思われるが,同規定は,本来,許可されるべき場合であっても,例外的に不許可とされる事由であるから,その事由の存在の主張立証責任は,被告にあることとなる。しかしながら,被告は,同事由について抽象的には主張するものの,何ら具体的事実は主張していない。したがって,被告の主張する不許可事由はいずれも失当であって,その他,不許可事由は何ら主張立証されていないから,原則どおり,X中学校の学校施設の使用は許可されるべきであった。
[13](b) ところで,被告の主張する不許可事由のうち,原告が学習指導要領を批判し,または文部省(当時,現「文部科学省」。以下,単に「文部省」という。)の是正指導に反する内容の集会が,学校施設で行われること自体が児童生徒及び保護者に心理的混乱を招き,教育上の悪影響を来すおそれがあったとの点は,本件不許可処分時においては,その処分理由になっておらず,本訴において新たに処分理由として追加されたものであるから,その主張は許されるべきではない。
[14] すなわち,X中学校の学校施設の使用の申請から,本件不許可処分に至るまでの原告とF校長のやりとりのなかで,本件不許可処分の理由について,原告は,専ら右翼による妨害の点だけを説明されていたし,本件不許可処分の際に,呉教委が,原告に対して交付した学校施設使用不許可決定通知書(甲11)には,不許可処分の理由として,上記の点だけしか記載されていなかったことから,本件不許可処分の際には,右翼の妨害による地域の騒擾状態の発生の点だけが不許可の理由であり,本件教研集会の集会の内容の点は不許可の理由となっていなかったことは明らかである。
[15] 右翼による妨害の点に関しても,被告は,平成4年に呉市立Y小学校において開催された教育研究集会の事情を持ち出すのであるが,これは7年も前のことであり,その時と事情が変わっているうえ,本件教研集会は,学校が休日である11月13日及び14日に開催されるはずであったのであり,両日とも生徒は通学しておらず,右翼による妨害があったとしても,生徒や保護者に不信の念を与えることはなかったのである。仮に,地域の住民に影響を与えるとしても,それは当該右翼の責任であり,警察により取り締まられるべき類のものであって,それを原告の責任に転嫁し,原告に不利益を与えることがあってはならない。また,右翼の妨害による騒擾状態も,住民の受忍限度の問題といえるし,今日においては,国民の意識の高まりによって,そのような行為の責任は右翼にあると明確に認識されるようになってきており,これがために公教育に対する不信の念が生じるはずがない。かえって,会場の使用を許可しないで集会を自粛させたのでは,右翼の思うつぼであるし,また右翼の暴力に屈して,集会を中止したとなれば,これを知った子供達に対する悪影響が心配される。
[16] そもそも,呉教委は,右翼による妨害を不許可の理由にしながら,本件不許可処分に先立ち,最近の右翼の活動状況を調べたり,原告や前年度に教育研究集会が開催された学校に問い合わせるなどして,その活動状況や被害状況を調査して当然であったにもかかわらず,呉教委は,このような調査を全く行っていなかったのであり,右翼による妨害との理由も,単に原告に会場を使用させないための口実に過ぎないことは明らかである。
[17](c) 前記のとおり,本件教研集会の内容の点についての主張は許されないのであるから,本来考慮を要しないところであるが,被告が,これを本件不許可処分に際し,重大視しているので念のため反論する。
[18] 被告は,本件教研集会が,学習指導要領を批判し,又は文部省の是正指導に反する内容であると主張するが否認する。
[19] 本件教研集会は,各教師自らが,今教育現場で抱えている課題を自分自身が見つけ,その課題についてどのように教育実践を行ったのか,行うべきかを幅広く討議することにより,より効果的な教育活動を行おうという教育研究活動の一環であり,自主的な研修活動なのである。被告は,本件教研集会のどこを捉えて学習指導要領を批判しているとか,文部省の是正指導に反対していると主張しているのか不明であるが,いわゆる「日の丸・君が代」の法制化問題を本件教研集会で取り上げた点や教科の表記として「国語」ではなく「日本語」としていた点を取り上げているのなら,それは大きな間違いである。すなわち,前者については,当時,国旗・国歌法案が提案され,これを巡って国内において,その是非を巡り議論が沸騰していた時期であって,子供に「君が代」を強制することが問題となっていた時期であり,この問題と一番利害関係のある教師集団がこれを学習することは当然のことである。おそらく,呉教委による本件不許可処分の真の理由は,本件不許可処分によって,前記「日の丸・君が代」問題の討議を阻止することにあったものと思われ,そうであれば,これは,もはや国家による思想統制にほかならず,到底許されるものではない。また,後者については,呉教委に完全な誤解があると思われる。すなわち,この表記は,福山市内の中学校において,多くのブラジル人の子弟が通学していたため,単に「国語」と表記すると,当該生徒にその母国語であるブラジル語(ポルトガル語)との混同を生じさせるおそれがあったため,教職員で相談した結果,「日本語」としたことに始まるものであり,保護者からも何の苦情もなかったのである。しかるに,一部の国会議員が,原告ら教職員組合を弱体化させることを狙って,あえて国会でセンセーショナルに取上げたものに過ぎないのである。
[20] また,仮に,本件教研集会が,学習指導要領や文部省による是正指導を批判するものであっても,それは正当な行為であって,使用を拒否する理由にはならないというべきである。すなわち,原告は教育労働者の集団であり,教育労働者の集団として,時の権力者の教育方針,特に学習指導要領の内容については,批判的に検討しなければならず,これが国民から負託された義務であるというべきである。また,学習指導要領自体も,単なる教育の全国的な大綱的基準にすぎず,教育を画一化しようとするものではないにもかかわらず,全国一律に国歌を斉唱,国旗を掲揚するように指導した平成元年度の学習指導要領の成立過程には問題があり,教育労働者の集団である原告がこれを問題視し,議論のテーマとしたのは,前記の監視義務からすれば,当然というべきであるし,「日の丸・君が代」の歴史的な性格から,その掲揚と斉唱に躊躇していたという広島の教育現場の地域性,特殊性を無視して,前記学習指導要領に基づいてなされた,当時の文部省による是正指導を問題視し,議論のテーマとしたこともやはり然りというべきである。
[21] このように,原告は,教育労働者の集団である労働組合として,国家の教育方針を監視する役割がある上,文部省の是正指導や学習指導要領の実施方法とその指導方法には大きな問題があるため,これを批判的に検討することも,また当然のことである。したがって,これを批判したからといって,本件不許可処分などの不利益処分を受けるべきものではない。
 本件不許可処分の教育公務員特例法19条,20条,憲法14条,21条違反,不当労働行為性
[22] 教育公務員特例法19条,20条によれば,教育公務員には自己の研究,修養が求められるのと同時に,その機会が与えられるとされており,このことから,教師を使用,監督する権限を有する者には,この教師の自主的な研修を受ける機会を与えるよう努力する義務があるというべきである。特に,本件における呉教委は,教職員の服務を監督する権限と義務を有する機関であるから,この研修を受けさせる義務を有するというべきである。さらに,この義務は,個々の教員に自主的な研修を認めるだけではなく,本件のごとく,教育集団が自主的な研修を行うのであれば,それに対して,会場使用を認めるなどの配慮をする義務があるのは当然のことである。それ故,これまで,呉教委のほか,他の教育委員会も,原告の教育研究集会の開催に際しては,例外なく,学校施設を会場として使用させてきたのである。
[23] しかるに,呉教委は,本件教研集会に関して,突然,研修の中身に立ち入った上で、これを問題視し,会場の使用を拒否したものであり,本件不許可処分は,前記研修義務に反しているのみならず,研修の中身に着目して使用を拒否している点で,憲法21条,14条に違反しているというべきである。
[24] なお,前記のとおり,被告は,本件教研集会において,学習指導要領や文部省による是正指導を批判するとして使用を拒否したものであるが,本件教研集会は,前記のとおり,教師による自主的な研修活動の一環であり,それが,本件教研集会の主要部分である。したがって,本件教研集会において,学習指導要領や文部省による是正指導の批判がなされたとしても,この研修活動性は否定できず,前記研修義務違反の違法性が消滅するものではない。
[25] さらに,本件教研集会は,原告の組合活動の側面も有するところ,一旦,労使間で確立した労働組合に対する便宜供与を合理的理由なくして廃止することは支配介入として不当労働行為になり,違法というべきところ,本件では,前記のとおり,呉教委は,これまで,原告の教育研究集会開催に際して,会場として学校施設の利用を認めてきたものであるから,教育研究集会に対する学校施設の提供は,呉教委と原告との間で確立された慣行というべきであり,本件不許可処分には合理的理由がないことは,前記のとおりであるから,同処分は,不当労働行為として違法であるというべきである。
 裁量権の逸脱・濫用
[26] 仮に,学校施設の使用許可が,管理権限者の行政裁量に委ねられているとしても,それは,全くの自由裁量ではなく,国民に対して適正かつ公平に運用されるべきであり,社会教育法,学校教育法,労働法などの各種法律理念に沿って運用されなければならないのはいうまでもなく,この趣旨に反して運用された場合には,管理権限者に与えられた裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとして違法であるというべきで,具体的には,処分の目的及び動機,手続経過,比例・平等原則等を評価して判断すべきである。
[27] この点,本件では,前記のとおり,本件処分の真の目的は,被告が主張するような右翼の妨害活動による地域の混乱などではなく,原告の最重要行事である教育研究集会の開催を不可能又は困難にして,その活動を抑えることにあったことは明白であること,本件不許可処分に至る経緯で,いったんはF校長が口頭で使用許可を与えながら,その後,一方的に許可を撤回していること,呉教委は,これまで,様々な集会に,学校施設の使用許可を与えてきており,教育活動の一環である本件教研集会にも使用が許可されても当然であったこと,また,本件教研集会の参加人数,そこで開催される分科会の数,分科会での研究内容に照らせば,他の施設での実施は困難であったことの事情を考慮すると,呉教委による本件不許可処分には,裁量権の逸脱,濫用があったことは明らかであり,違法であるというべきである。

イ 被告の主張
(ア) 使用許可の不当な撤回について
[28] 原告は,学校施設の管理権限が学校長に委任されていることを前提として,F校長の口頭での回答を使用許可の行政処分と解し,その後,呉教委がなした使用拒否を,上記使用許可の撤回と主張するのであるが,呉教委は,F校長を含め,学校長に学校施設の管理権限を委任したことはなく,したがって,学校長が学校施設の使用許可の行政処分をなし得るものではないので,その撤回行為も,また存在しないというべきである。
[29] また,本件使用規則上,学校施設を使用する際には,事前に当該学校長に使用許可申請書を提出して,呉教委の許可を受けなければならないのであるが,F校長が口頭で回答したのは,使用許可申請書が提出される以前のことであり,所定の使用許可申請がない以上,それに対する使用許可の処分もあり得ないのだから,上記F校長の口頭での回答は,使用許可の行政処分ということはできず,それは,後日の使用許可申請書の提出及びこれに基づく使用許可処分を前提とした準備段階における事前折衝に過ぎないものである。
[30] 原告は,本件許可書用紙に学校長名も併記されていることを,権限の委任の根拠とするのであるが,それは,社会教育法45条の規定により,社会教育のため学校施設を利用することを許可する場合には,予め学校長の意見を聴かなければならないとされている関係から記載しているに過ぎない。
(イ) 本件不許可処分の違法について
[31] 呉教委が,本件不許可処分をした理由の一つは,本件教研集会で,児童生徒に教育を行う場所である学校教育施設において,法で定められた教育課程の基準である学習指導要領を批判し,又は文部省の是正指導に反する討議がなされることが予想され,そのような内容の集会が行われること自体が,児童生徒及び保護者に心理的混乱を招き,教育上の悪影響を来すおそれがあったからである。
[32] すなわち,平成10年5月20日,文部省から広島県教育委員会に対して是正指導があったが,原告は,その後の同年11月の第48次教育研究集会において学習指導要領を批判し,又は是正指導に反する内容の討議を行っており,さらに原告の刊行物等からも,本件教研集会において,同様の討議がなされることが十分予測された。
[33] 本来,学校教育施設は児童生徒の教育に資する場であり,学習指導要領に基づいた教育活動が実践される場である。とりわけ教室は,児童生徒にとって好ましい教育環境とすべく学級目標や掲示物等,学習指導要領に基づいた学級経営の工夫を通して整えられているところである。
[34] こうした,学校教育の場において,学習指導要領を批判したり,学習指導要領から逸脱した教育内容が論じられる集会が開かれることは,日々,児童生徒と教育活動に取り組んでいる教職員や授業参観等で学校を訪れる保護者に強い不安や動揺を与えることになるのであり,このことが,ひいては児童生徒に教育上の悪影響を来すことになると呉教委は懸念したのである。
[35] また,平成4年に呉市立Y小学校で行われた教育研究集会においては,右翼団体の学校周辺における街宣車による連呼行為によって地域の騒擾状態が発生し,保護者及び地域住民から苦情が寄せられ,公教育に対する不信の念が表明されたが,X中学校で本件教研集会が開催されたとしても,同様の状態が生じることは十分に予想された。
[36]以上のように,X中学校の学校施設において,本件教研集会を開催することは,学校教育上支障があると認められ,呉教委は,本件使用規則5条1号及び3号に該当するものとして,原告の学校施設の使用許可申請を不許可と決定したものであり,違法な点は何ら存しないというべきである。
[37] なお,原告は,本件不許可処分は憲法が保障する集会結社の自由(21条)を侵害したと主張するが,学校教育施設は,学校教育の目的に使用すべきものとして設置されているのであって,公会堂等のように一般公衆の集会表現活動等の利用に供するために設置されたものではないのであるから,本来の目的と離れた目的で使用しようとする者は,学校教育上に支障がある場合にまで,集会表現活動の故をもって施設の利用を要求できるものではないというべきである。したがって,原告の集会結社の自由をもって,X中学校の学校施設の使用を認める理由とはならない。
[38] さらに,原告は,教育研究集会開催のため,会場として学校施設の使用を認めることが,呉教委と原告間で労使慣行となっていたと主張する。しかし,本来「慣行」とは「明文化されてはいないが,必要なものとして従来行われてきたし,将来も行われることが期待される取決めや手順」をいうところ,呉教委は,過去に原告の教育研究集会のために,小中学校の学校施設の使用を認めたことはあるが,将来も使用を許可するという取決めがあったわけではない以上,使用許可が労使慣行となっていた事実はないのだから,本件不許可処分は,不当労働行為にはあたらない。
[39] また,前記の本件処分理由や本件教研集会の代替会場として,被告は,原告に対し,公民館等の使用を許可していることからすれば,裁量権の逸脱や濫用はないというべきである。
ア 原告の主張
[40](ア) 呉教委による本件不許可処分のため,原告は,本件教研集会を公民館等の他の公共施設で行わざるを得なくなった。これらの公共施設の収容人数では,本件教研集会の参加者の人数に到底及ばないため,本件教研集会において,全体集会が開催できず,また,確保できる施設数に限りがあるため,開催する分科会の数を減らさざるを得なくなり,前記施設では,必要な機材が用意できないため,体育科,家庭科,技術科及び理科の研究活動に支障が生じ,コンピューターの使用ができなかったことから情報教育実習の研究活動ができなくなった。その他,会場が分散したため,会場間の移動に困難を来し,参加希望者が希望する分科会に出席できないという事態も発生した。
[41](イ) このように,本件不許可処分は,本件教研集会の開催及び参加者の出席につき多大な影響を与え,原告の活動に対する重大な制約となったものであり,原告の被った損害は,慰謝料等,有形,無形のもの及び弁護士費用をあわせると500万円は下らないというべきである。

イ 被告の主張
[42] 争う。
[43] 特に,原告は自然人ではないのであるから,精神的苦痛を観念することはできず,慰謝料の主張は失当である。
[44] 前記第2の1の事実及び証拠(甲2,4,5,7,11,12,14の1,2,甲34の1,2,甲36ないし38,42,48,55,68,乙5,6の1ないし5,乙7,16ないし21,証人G(以下「証人G」という。),同F(以下「証人F」という。),同H(以下「証人H」という。),原告代表者)並びに弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1) 教育研究集会の沿革,内容等
[45] 原告は,昭和21年5月15日結成され,それ以来,教職員労働者の労働条件改善に関する事業と教育研究など児童,生徒の教育条件の整備のための事業を行ってきた。教育研究集会は,原告の上記教育研究に関する事業の一環として,昭和26年より毎年継続して開催されているものである。個々の教師あるいは学校全体としてなされた研究と実践の結果は,個人,分会ごとにまとめられ,各支区での支区教育研究集会,各地区支部教育研究集会で,発表討議され,原告の開催する広島県教育研究集会に集約され,最終的には日本教職員組合の開催する全国教育研究集会で発表,討議されることとなっている。
[46] 教育研究集会においては,全体での,原告担当者による基調提案(ないし報告)及び各種文化人を招いての記念講演のほか,約30程度の数の各分科会に分かれて研究討議が行われている。同分科会は,外国語,国語等の学校教科の外,人権教育,平和教育,障害児教育等,幅広い項目にわたっており,各項目ごとに実施されている。各分科会においては,新たな学習題材の報告,授業展開に当たっての具体的な方法論の紹介,各項目における問題点の指摘がなされ,これらの報告発表に基づいて討議が行われている。これらの各分科会には,学校教員の外,大学や各種研究機関,団体の研究者や児童,生徒の保護者なども共同研究者として参加している。一つの分科会の参加者は,概ね40ないし50人であるが,多いときには60ないし70人になることもあった。
[47] このように,教育研究集会は,教育現場において,日々生起する教育実践上の問題点について,各教師ないし学校単位の研究や取組の成果が発表,討議の上,集約される一方で,その結果が,再び教育実践の場に還元される場ともなっている。
[48] その他方で,前記分科会の中には,教職員の人事や労働条件,さらに研修制度をテーマとして取りあげるものもあり,教育研究集会は,前記教育研究活動のほかに原告の労働運動という側面もあった。
[49] 教育研究集会は,第16次を除いて,第1次から第48次までは,学校施設を会場として使用してきており,毎回およそ1000人程度の参加者があった。開催地は,原告の各地区支部の持ち回りで選定されており,呉市内の学校施設が会場となったことも,過去10回前後程度あった。

(2) 本件の背景事情(県教委と県教組等との対立)
[50] 以前から,広島県教育委員会(以下「県教委」という。)と原告とは,国旗掲揚,国歌斉唱問題や研修制度の問題等で緊張関係にあったところ,平成10年5月20日,文部省より,県教委及び福山市教育委員会に対し,是正指導があった。その是正指導のうち,教育内容に関するものは,[1]卒業式,入学式における国旗掲揚,国歌斉唱の指導をはじめ,学校における国旗,国歌の取扱が,学習指導要領に基づいて適切に行われるよう指導すること,特に,卒業式・入学式における国歌斉唱の指導の一層の充実に努めること,[2]人権学習の内容が,学習指導要領の趣旨に照らし,不適切なものとならないないよう,福山市教育委員会を引き続き指導すること,人権学習の実情について,さらに実態把握の上,文部省に報告すること,[3]道徳の時間が時間割では人権等と表示されていたり,道徳の時間が設けられていないという事態が生じることのないよう,今後とも市町村教育委員会を指導すること,道徳の時間の指導内容等が,学習指導要領の趣旨に基づき適切なものとなるよう,関係市町村教育委員会を指導すること,各学校における道徳の時間の実情について調査し,文部省に報告すること,[4]国語の時間が時間割では日本語と表示されていた中学校があった。今後このようなことのないよう関係市町村教育委員会を指導すること,[5]小学校の音楽の時間での国歌「君が代」の指導について問題があったので,関係法令等に基づき適正に行われるよう,関係市町村教育委員会を指導することであった。
[51] 前記文部省による是正指導の後,平成10年7月1日,文部省より,I(以下「I教育長」という。)が県教委の教育長として着任したが,そのころより,原告と県教委の対立が激化してきた。すなわち,前記是正指導にもあった卒業式,入学式における国旗掲揚,国歌斉唱の点について,平成10年12月に,県教委が職務命令を発して遵守させようとしたこと,また,教員研修や教職員の時間外勤務に関して,従前,県教委と原告及び広島県高等学校教職員組合との間で交わされていた覚書を,平成11年にいたって,県教委側がこれを破棄ないし無視する行動をとったことなどの点に対し,原告は反発を示し,その一部は新聞で報道されていた。

(3) 本件不許可処分に至る経緯
[52] 原告は,本件教研集会を,X中学校において,平成11年11月13日(土曜日)と翌14日(日曜日)の二日間開催することとし,同年9月10日,F校長に対し,同校の学校施設につき,上記期間の使用許可を口頭で申し込んだところ,F校長は,同校の職員会議に諮った上で,返事をする旨回答した。
[53] F校長は,本件教研集会の会場としてX中学校の教室も使用されるということであったため,本件教研集会の期間中,教室の警備装置を解除することについて呉教委に諮るべく,平成11年9月13日,呉教委事務局学事課へ赴いた際,原告から前記申入があった旨を同課職員に話したところ,その話は,同課から同事務局学校管理課へと伝わり,さらに同事務局学校教育部長であるG(以下「G部長」という。)に伝わることとなった。G部長は,学校管理課内部において,X中学校の学校施設の使用について検討資料とするため,これまでの教育研究集会の開催日時,開催場所,本件教研集会の使用予定教室数などを原告から聴取するよう,同課職員に指示した。同日,学校管理課職員から,F校長に対し,電話で,上記事項についての照会があったので,F校長は,原告海田地区支部呉支区書記長J(以下「J書記長」という。)に対し,電話で,これを問い合わせた。翌14日,J書記長から電話で回答があったので,F校長は,これを学事課職員に電話で報告をした。
[54] F校長は,平成11年9月16日,X中学校の職員会議において,同校の教職員に対し,原告から同校学校施設の使用の申入があった事実を説明し,その使用の可否を諮ったところ,特に異議がなかったため,同日,同校を訪れたJ書記長に対し,職員会議において使用について特に異議がなく,使用は差し支えないとの回答をした。
[55] 呉教委教育長H(以下「H教育長」という。)は,平成11年9月17日,G部長を通じて,原告によりX中学校の学校施設使用申入の事実を知るにいたり,事実関係を確認すべく,G部長を通じて,F校長を教育長室に呼び出した。F校長が,教育長室まで出頭すると,H教育長のほか,G部長がおり,3人でX中学校の学校施設の使用の拒否について協議をした。同協議において,H教育長が,F校長に対し,従前,同様の教育研究集会の会場として学校施設の使用を認めたところ,右翼団体の街宣車が押し掛けてきて,周辺地域が騒然となり,周辺住民から苦情も寄せられたことがあったため,本件教研集会にX中学校の学校施設を使用させることは差し控えてもらいたい旨切り出したところ,しばらくのやりとりの後,F校長も使用を認めないとの考えに達し,同人から,原告に対し,使用申入の断りの連絡を入れることとした。
[56] 同日,F校長より,X中学校の学校施設を使用することは差し支えない旨の回答を得ていた原告は,学校施設使用の挨拶のため,呉教委のG部長のもとを訪れたところ,G部長は,使用の許否の結果については,F校長から直接聞くようにとの話をした。その後,F校長は,J書記長の下へ電話を入れ,本件教研集会にX中学校の学校施設の使用を認めることができなくなった旨連絡をした。
[57] さらに,G部長は,平成11年10月1日,原告代表者A(当時,書記長。以下「A書記長」という。)に電話で連絡を入れ,X中学校の学校施設の使用につき,「混乱が予想されるのでお断りします。」と話した。
[58] 原告は,呉教委にX中学校の使用について再考させるべく,話し合いを申し入れ,平成11年10月12日,A書記長ほか4名が,呉教委事務局を訪れ,応対したG部長ほか3名に対し,原告としては,会場を他に移しようがないこと,このままでは法的措置に訴えざるを得ないこと,それでは,混乱を長期化させるおそれがあることなどから,X中学校の使用について再考を申し入れたが,同月22日,G部長から,原告に対し,混乱を起こすので使用を認められないとの回答があった。
[59] 原告代理人山田延廣弁護士は,平成11年10月27日,G部長に対し,X中学校の使用について再考を申入れ,申入が受け入れられないならば,不許可決定書の交付をするよう求めたところ,同人から,学校施設使用許可申請書が未提出のため,不許可決定書の交付はできないとの回答を受けた。
[60] そこで,原告は,前同日,平成11年9月10日付けの学校施設使用許可申請書を,F校長が不在であったため,X中学校教頭のKへ提出した。
[61] 前記学校施設使用許可申請書の提出を受けて,平成11年10月31日,呉市教育委員会が開催され,原告の前記申請書によるX中学校の学校施設の使用許可申請に対し,呉市立X中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想され,本件使用規則5条1号,3号の規定に該当するため不許可にすべきとの議題が上程された。会議のなかで,原告の教育研究集会は,これまで学習指導要領を批判し,文部省からの是正指導に反する内容のものもあり,本件教研集会でも,同様のことを論じていくことが予想されるとの意見が出され,原告の前記申請書によるX中学校の学校施設の使用許可申請に対し,前記議題のとおり,これを認めないとの結論に達した。
[62] 呉教委は,平成11年11月1日,原告に対し,同年10月31日付け学校施設使用不許可決定通知書を交付した。なお,同通知書には,不許可の理由として「呉市立X中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想される。」との記載がある。
[63] これに対し,原告は,平成11年11月1日付けで,当庁に対し前記不許可処分の執行停止を申し立て(当庁平成11年(行ク)第10号行政処分執行停止申立事件)たが,同申立ては,同月10日付けで却下された。

(4) 本件教研集会の状況
[64] 原告は,平成11年9月17日のF校長からの回答を受けて,万が一,X中学校が本件教研集会の会場として使用できなくなった場合に備えて,同月18日及び同年10月8日,呉教委や呉市長などに対して,本件教研集会の会場として,公民館等の公共施設の使用の申請をし,各申請は,その申請当日に,使用が許可された。
[65] 原告は,前記のとおり,呉教委に対し,X中学校の学校施設の使用を認めるように交渉を継続する一方で,X中学校の使用が認められなかった場合の双方を想定して準備を進めていたが,結局,本件教研集会の開催日である平成11年11月13日,14日までに使用が認められなかったことから,本件教研集会は,全体会及び記念講演会が呉市福祉会館,分科会が同会館ほか,呉市及び東広島市にわたる7つの公共施設を会場として開催された。
[66] 原告は,学校施設の使用許可権限が,呉教委から学校長に委任ないし,その代理権が授与されていたことを前提とし,平成11年9月16日のF校長の口頭での了承行為を使用許可処分として,その一方的な撤回は違法である旨主張するので,以下,F校長を含め,呉市立の学校長に対し,学校施設の使用許可権限が委任ないし,その代理権が授与されていたか否か検討する。

[67](1) 証拠(甲8,9,10の2,甲32の1ないし13,甲33の1ないし15,乙19,証人G,同F,同H)及び弁論の全趣旨によれば,本件使用規則3条所定の学校施設使用許可書には,使用許可の文言の下に呉教委の名称とその印章が不動文字として印刷され,さらにその下に,学校長名を記載し,印章を押印する欄が設けられていること,同許可書は,予め各学校に配布されていること,呉市立学校の学校施設の使用許可の実際の運用は,利用希望者から,学校長に対し,学校施設使用許可申請書が提出されると,学校長は学校施設使用許可書を作成して,利用希望者にこれを交付し,その後,申請書と許可書が教育委員会に送付されるものであったが,中には口頭の申請だけで済まされていたり,呉教委の許可を待たず,申請当日に利用が開始されるケースもあったこと,このような取扱は,日常的にあるスポーツ活動,文化活動について,地域住民の利用者の需要に応え,迅速な対応をするために行われていたものであること,学校施設の使用許可権限を学校長に委任ないし,その代理権を授与するような法令等の明文の法的根拠は存在しないこと,以上の事実が認められる。

[68](2) 以上の事実によれば,確かに,呉教委は,事実上,学校施設の使用の許否を各学校長の判断に委ね,事後にその判断を追認していたものと認められるが,前記のとおり,許可権限の委任に関する法的根拠は明文の形では何ら存せず,原告は,この点につき,黙示の授権行為があったかのような主張をするのであるが,学校施設の使用許可という行政処分の特質に鑑み,呉教委による本件のごとき取扱の是非はともかくとして,かような不分明な形式を法的根拠として権限の委任を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。また,代理権授与の点も同様である。もっとも,仮に本件において,F校長に対する権限の委任ないし代理権の授与の事実を認めることができたとしても,前記のとおり,本件使用規則上,学校施設の使用に当たっては,事前に当該学校長に対して,所定の許可申請書を提出しなければならないとされ,かつ,学校施設の許否の決定も同申請書に基づいてなすこととされている本件にあっては,所定の申請書が提出されていない段階での,前記J書記長らの口頭での申請に対するF校長の口頭での回答は,単なる事後の使用許可申請を前提とした事前折衝に過ぎないものというべく,これを学校施設の許可行為と認める余地はないものといわなければならない。

[69](3) 以上より、F校長の口頭での回答を,X中学校の学校施設の使用許可処分と位置づけ,その上で,その撤回を論じる原告の主張は,F校長に対する学校施設使用許可権限の委任ないし代理権授与の有無にかかわらず,その前提において失当というべきであり,これを採用することはできない。
[70](1) 地方公共団体は,住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設を設け,その施設を住民が利用するにつき,正当な理由がない限り,これを拒んではならないと同時に,不当な差別的取扱いをしてはならないものとされている(地方自治法(以下「地自法」という。)244条)。
[71] しかしながら,前記のような施設は,行政財産に属し(地自法238条3項),かような行政財産は,その設置目的に沿って使用することが原則とされ,その目的外に使用する場合には,その用途又は目的を妨げない限度において,管理権限者の許可を必要とする(同法238条の4第4項)。
[72] むろん,地方公共団体が設置する公立の学校施設が,前記行政財産に属することは疑いもなく,目的外使用に関する前記一般原則は,特段の定めのない限り,前記学校施設にも当てはまるものというべきである。

[73](2) そこで,学校施設の利用に関する法令を鳥瞰するに,昭和27年4月12日法律第86号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く文部省関係諸命令の措置に関する法律)1条により,日本国との平和条約の最初の効力発生日以後も,法律としての効力を有する昭和24年2月1日政令第34号「学校施設の確保に関する政令」1条においては,
「この政令は,学校施設が学校教育の目的以外の目的に使用されることを防止し,もって学校教育に必要な施設を確保することを目的とする。」
と規定し,同政令3条においては,
「1項 学校施設は,学校が学校教育の目的に使用する場合を除く外,使用してはならない。但し,左の各号の一に該当する場合は,この限りでない。
1 法律又は法律に基く命令の規定に基いて使用する場合
2 管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合
2項 管理者又は学校の長は,前項第2号の同意を与えるには,他の法令の規定に従わなければならない。」
と規定されている。この規定は,まさに行政財産一般の目的外使用に関する通則を定める地自法238条の4第4項と趣旨を同じくし,その細目を学校施設の目的外使用について定めたものというべきである。
[74] なお,学校教育法85条には,「学校教育上支障のない限り,…学校の施設を社会教育その他公共のために,利用させることができる。」との規定があるが,同規定も,前記地自法238条の4第4項とその趣旨を同じくし,これを学校施設の目的外使用に敷衍したものにほかならないというべきである。すなわち,目的外使用の場合でも,「社会教育その他公共のため」であれば,「学校教育上支障のない限り」,利用させなければならないというものではなく,学校施設の管理権限者において「利用させることができる」という裁量的なものであって,利用希望者において当然に使用権を生じさせるものでないことは明らかである。

[75](3) 本件使用規則は,このような法令の規定を受けて,地教行法33条1項に基づき,呉教委が,学校施設の管理運営の基本的事項,特にその目的外使用について定めたものであり,同条項は,「法令…に違反しない限度において」,教育委員会規則が定められることを規定していることから,本件使用規則もまた,前記地自法238条の4等の規定と趣旨を同じくするものというべきである。
[76] 以上のような法令の趣旨に照らせば,行政財産に属する学校施設のような公共施設は,その設置目的に沿わない場合,原則としてその使用は許されず,例外として目的又は用途を妨げない限度において,管理権限者の許可に基づき使用が認められるにすぎないというべきである。そして,その許否については,管理権限者の裁量に委ねられているというべきであり,特に学校施設は,学校教育の利用に供することを目的として設置された施設であり,その性質上,広く一般に開放されることを想定して設置された施設ではないので,管理権限者の裁量権の幅は,一般の施設のそれと比較して広くなるといわざるを得ない。
[77] この趣旨に照らし,本件使用規則は,前記のとおり使用許可基準や不許可基準をより明確に規定してはいるものの,これら使用許可基準に該当または不許可基準に該当しなければ,必ず使用を許可しなければならないというものではなく,これらの基準は,管理権限者において裁量権を行使する際の一つの指針を与えるものに過ぎず,裁量権を拘束するものではないというべきである。すなわち,使用許可基準に該当する場合または不許可基準に該当しない場合であっても,利用希望者に直ちに,施設の使用権が生ずるものではないというべきである。
[78](1) 以上のとおり,学校施設の使用の許否の判断は,管理権限者の広い裁量に委ねられているものであるが,前記法令の趣旨からして,管理権限者の裁量権の行使にあたって,恣意が許されないのはいうまでもなく,使用目的が学校施設の設置目的に沿っているのに,特に理由もなく使用を拒否したとか,使用目的が設置目的に沿うものでなくとも,不当な理由により拒否するなど,管理権限者の判断において,裁量権の逸脱・濫用にあたる事情があれば,違法というべきであり,その判断は,学校施設の使用目的,代替施設の確保の困難性,施設管理上,学校教育上の支障などの諸事情を基礎として総合的に判断されるべきものである。

[79](2) これを,本件についてみるに,原告のX中学校の施設の使用目的が本件教研集会の開催にあったこと,呉教委や呉市は,代替会場として,公民館等の公共施設の使用を認めていることは前記認定のとおりである。
[80] ところで,前記認定のとおり,教育研究集会は,原告の教育研究活動の一環として,新たな学習題材の発掘,授業の方法論,各科目の問題点の指摘がなされ,これらについて研究討議がなされる場であって,その研究討議を通じて,各教師や学校の実践研究の結果が,再び教育現場に還元されるという重要な意義を有しており,さらに,教育委員会等の教育行政機関が行う研修とは異なった,現場からの視点で,学校教育の在り方を研究するという独自の意義を有するものといいうる。
[81] このような教育研究集会の持つ意義に鑑みれば,教育研究集会は,実践の場における学校教育を支える重要な存在であるというべきであって,教育公務員特例法19条,20条の趣旨に照らせば,かような場が確保されるべきことは,十分尊重されなければならないというべきである。
[82] そうであれば,本件教研集会は,学校教育そのものではないけれども,これに準ずる活動ということができ,学校施設の設置目的に沿うものとして取り扱われなければならない。むろん,前記認定のとおり,教育研究集会は,原告の労働運動の一側面も持つのであるが,過去の教育研究集会の要綱(甲2,甲36ないし38)を見る限り,その討議に占める割合は僅かであり,前記のような教育研究集会の,教員などによる教育研究活動の報告,検討会としての性格を左右するに足りる程度のものではない。
[83] したがって,本件教研集会を使用目的とする申請を拒否するには,正当な理由が存しなければならないというべきであって,その正当の理由の存在については,使用を拒否する側,本件にあっては,被告がこれを立証しなければならないというべきである。

[84](3) そこで,以上の見地から,被告が本件教研集会にX中学校の学校施設を利用することを拒否したことに正当な理由があるか否かをみるに,被告は,本件不許可処分の理由として,第1に,右翼団体の学校周辺における街宣活動により,周辺地域に騒擾状態を生じさせるおそれがある,第2に,原告の教育研究集会において,学習指導要領を批判したり,文部省の是正指導に反する討議がなされることが予想され,児童生徒及び保護者に心理的混乱を招き,教育上の悪影響を来すおそれがあったと主張する。
ア 右翼団体の活動による周辺地域の混乱について
[85] 証拠(甲42,乙9,証人G,同H,原告代表者)によれば,平成4年に呉市立Y小学校において行われた原告の第42次教育研究集会を始め,過去,度々,原告の開催してきた教育研究集会の会場である学校に,教育研究集会当日,右翼団体の街宣車がやってきて,スピーカーから大音量の音を流すなどの街宣活動を行って教育研究集会の開催を妨害し,周辺住民から,学校関係者等に苦情が寄せられた事実が認められ,この事実からすれば,本件教研集会の当日,その会場にも,同様にして右翼団体が街宣車でやってきて,街宣活動を行うおそれはあったものと認めなければならないが,そもそも,原告の教育研究集会は,前記認定のとおり,原告の教育研究活動及び労働運動の一環として,平穏に行われていたものであるが,前記右翼団体は,一方的に,その開催を実力をもって妨害せんとしていたものであるから,それに伴って生じる紛争の責任は,専ら当該右翼団体にあるものというべく,特段の事情がない限り,右翼団体による騒擾状態発生のおそれがあることを理由として,学校施設の利用を拒むことは,憲法21条の趣旨に反し許されず,本件においては,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
[86] したがって,被告の主張する第1の事情を教育上の支障として,学校施設利用を拒否する理由とすることは,許されないというべきである。
イ 児童生徒に対する教育上の悪影響のおそれについて
[87] 被告は,本件教研集会において,学習指導要領を批判し,又は文部省の是正指導に反する討議がなされることが予想され,そのような内容の集会が行われること自体が,児童生徒及び保護者に心理的混乱を招き,教育上の悪影響を来すおそれがあったと主張する。
[88]確かに,証拠(甲2,36ないし38,乙14,15)によれば,原告の過去における教育研究集会の要綱など,原告の刊行物には,被告の主張するとおり,学習指導要領の問題点を指摘し,これを批判する内容のものや,文部省からの是正指導にもあった卒業式,入学式における国旗掲揚,国歌斉唱の指導に反対する内容の記載が多数見受けられ,過去の教育研究集会でそのような内容の討議がなされ,また,本件教研集会においても,同様の内容の討議がなされることが予想されたと認められる。
[89] しかしながら,被告が主張するように,討議の内容が学習指導要領や文部省の是正指導に反するという抽象的な事由をもって,直ちに教育上の支障があると認めるのは,いささか早計であり,討議のいかなる点が,学習指導要領や文部省の是正指導のいかなる点に,どのように反するのか,そして,その結果,どのような教育上の支障が予想されるのかが個別具体的に検討されなければならないというべきである。
[90] この点,本件では,確かに,原告の教育研究集会の要綱などの刊行物において,前記のように,学習指導要領や文部省の是正指導に対し,批判的な文言が並んではいるものの,そのいずれもが抽象的な表現にとどまり,具体的にどのように反するのかが明らかでなく,その結果,児童生徒にいかなる教育上の支障が生ずるのかも明らかとなっていない。
[91] そうすると,X中学校を本件教研集会のために使用することを拒否するにつき,学習指導要領を批判し,又は文部省の是正指導に反する討議がなされるという抽象的な事由だけでは,正当な理由があると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
[92] そして,被告は,他に正当な理由の存在を基礎づける事情の主張,立証を何らなさないから,結局,X中学校の体育館を本件教研集会のために使用することを拒否するにつき,何らの正当な理由があったとは認めることはできない。

[93](4) 以上によれば、本件教研集会は,原告の労働運動という一面も併せ持ってはいるものの,主として,教員などによる教育研究活動の報告,検討会としての性格を有し,学校施設の設置目的に沿うものとして取り扱われなければならないこと,また,代替施設の提供は一応はなされているものの,学校教科項目の研究討議は,器具,設備との関係で,教室等の学校施設で行われることが必要不可欠であって,他の施設では,研究討議に不便を来し,研究討議が十分になされないおそれがあり,他の施設の提供では十分とはいえないこと,そして,さらに,前記認定判断のとおり,施設管理上,学校教育上の支障など,その使用を拒否するにつき,正当な理由が何ら認められないことなどの事情を総合勘案すると,原告の他の主張の当否を検討するまでもなく,本件不許可処分は,呉教委において,その裁量権を逸脱した違法な処分であるといわざるを得ない。
[94] 前記認定の本件不許可処分に至る経緯及び証拠(甲35,42)によれば,代替会場で本件教研集会を開催したことにより,余分に支出しなければならなくなった費用や,その他,原告の名誉及び社会的信用の低下など,本件不許可処分により,原告が被った有形,無形の損害及び弁護士費用の合計額は50万円を下ることはないと認められる。
[95] 以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,損害金50万円及びこれに対する不法行為日(本件不許可処分のなされた日(平成11年11月1日))以後である平成11年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当であるから棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

  広島地方裁判所民事第2部
  裁判長裁判官 渡邉了造  裁判官 谷口安史  裁判官 秋元健一

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