レペタ法廷メモ訴訟
控訴審判決

メモ採取不許可国家賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和62年(ネ)第396号
昭和62年12月25日 第17民事部 判決

控訴人 ローレンス・レペタ
右訴訟代理人弁護士 秋山幹男
        同 鈴木五十三
        同 喜田村洋一
        同 三宅弘
        同 山岸和彦
被控訴人 国
 右代表者法務大臣 林田悠紀夫
   右指定代理人 遠山廣直
        同 吉村剛久

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。


[1] 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金130万円及びこれに対する昭和60年4月2日より支払いずみまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
[2] 当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一 憲法21条違反
[3] そもそも知る権利の意義に関しては、最高裁判所昭和58年6月22日大法廷判決(民集37巻5号793頁)が、「およそ各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想と情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なところである。」と判示しているところであり、右意義において、メモは、知る権利の本質的部分である。即ち、およそ各人に意見、知識、情報を摂取する機会を与え、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流を確保することは、認識内容を他人に正確に伝えるためのメモなしにはなしえないからである。
[4] このことは、裁判を知る権利についても同様である。国民が裁判の内容を知り、さらに裁判内容を他の国民に伝達・提供することは、民主主義社会における情報の自由な伝達・交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめ、また、裁判という国政上最も重要な行為について、国民がこれに関与するにつき重要な判断資料を提供するために必要なところである。
[5] そして、そのためには、裁判内容を見聞し認識する機会を保障するだけでは不十分である。何故なら、裁判内容についてメモをとる機会が付与されなければ、裁判内容を正確に認識し、さらに他の国民に正確に伝達・提供することが、極めて困難になるからである。
[6] 法廷におけるメモ行為をもつて、裁判の認識内容を記憶し、後にこれを表現する際の精度を高めるための補充行為にすぎないという見解は、メモをとる行為の本質を誤解したものである。
[7] 傍聴人は、裁判の内容を正確に認識するには、五官の作用だけでは不十分であるから、メモをとるのである。認識した内容を頭の中で整理し、その場でノート等に記録することにより、認識内容が正確に理解され、この結果、認識した情報を伝達・提供するための精度が保存されるのである。
[8] したがつて、傍聴人のメモの権利は、憲法21条が保障する、裁判を知る権利に本来的に含まれるというべきである。

二 国際人権規約B規約19条違反
[9] 国際人権規約B規約19条2項は、メモ行為をもつて表現行為における不可欠な本質的行為と認めたうえで、明文をもつてこれを保護の対象としている。同条は「手書き……の方法により、……、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」を保障する旨規定している。ここでいう「手書き」という行為がメモ行為を含むものであることは明白であるとともに、この「手書き」は、情報を求めることにおいて使用されるのみならず、情報を受けることにおいても、また情報を伝えることにおいても、使用されているのである。換言すれば、表現の自由の対象となる行為は、情報を求めること「seeking」及び情報を受けること「receiving」及び情報を伝達すること「impart」の各行為であり、これら3つの表現行為に通じる共通の語として、「手書き(in-writing)」という行為が明記されているのである。したがつて、法廷において傍聴人が裁判の内容についての情報を受け取る「receiving」行為を、メモによつて(in-writing)行なうことが、同条の保護の対象になつていることは、疑問の余地なく明らかなのである。同条の起草者は、表現の自由についての権利が行使される媒体(メディア)の問題は、その権利の内容に関わる本質的な問題である、と捉えたうえで、「手書き(in-writing)」というメディアを権利行使の代表的な方法として掲げたのである。

三 憲法82条違反
[10] 憲法82条は、裁判の公開を保障することによつて、裁判が公正に行なわれ、訴訟当事者の人権が守られることを確保しようとするものであるが、同条の目的はそれに止まらない。裁判は、国の主要な統治行為であり、国民主権の原理の下では、裁判は国民の不断の監視にさらさなければならず、国民は主権者として、裁判を監視する権利を有するというべきである。学説上も、憲法82条の「裁判の公開」とは、傍聴の自由を保障したものと解されている。
[11] したがつて、憲法82条の裁判の公開規定は、国民に対して裁判を傍聴する権利を保障したものと解すべきである。

四 刑事訴訟規則違反
[12] 裁判長によるメモ禁止の措置は、法廷警察権(裁判所法71条、刑事訴訟法288条2項)に基づくものと思われるが、これらの規定は、法廷秩序維持のため、裁判長(または開廷した1人の裁判官)に必要な措置を執ることができるとした授権規定であり、メモを一般的に禁止しうることを定めた規定ではない。むしろ、刑事訴訟規則215条が、裁判所の許可を得なければならないとした行為の中から、メモを意図的に除外していることからすれば、メモは実定法上一般的には許容されているものというべきである。

五 憲法14条違反
[13] 傍聴人のメモの権利は、憲法21条、82条及び国際人権規約B規約19条2項によつて保障された基本的権利であることが明らかであり、少なくとも知る権利を補充する極めて重要な権利である。そして、法廷でメモができるか否かは、その利益不利益の点で非常に大きな差をもたらすから、報道機関にのみメモをとることを許可して、一般傍聴人にメモを認めないのは、重大な差別である。
[14] 報道機関が法廷でメモをとるのは、国民の「知る権利」に奉仕するためである。そして、そのためにメモをとることが必要であるなら、「知る権利」の本来の享受者である国民自身が、「知る権利」を行使しようというときにも、必要なメモは当然に認められなくてはならない。また、当該法廷において、報道機関によるメモは、公正かつ円滑な審理の妨げにならないが、一般傍聴人によるメモは、その妨げになるというような具体的な事実は存在しない。
[15] したがつて、本件メモの不許可は、法の下の平等を定めた憲法14条に違反するものである。

六 裁量権の逸脱
[16] 控訴人も、メモの許否を判断するに当たつて、裁判長に一定の範囲で裁量が与えられていることまで、否定するものではない。裁判長がその裁量によりメモの許否を判断する際、当該事件の内容、訴訟関係人の状況、メモ採取の目的、メモを許可した場合の審理への影響などを考慮しうるとしても、本件において、控訴人にメモを禁止すべき理由は全く存在しない。その最も顕著な場合が、論告・弁論・判決の各期日におけるメモの禁止である。つまり、これらの期日においては、メモを許可しても、「事件の内容」(所得税法違反)、「訴訟関係人の状況」(被告人のみ在廷)、「メモ採取の目的」(学問研究)に照らして、何ら問題がないし、特に、「メモを許可した場合の審理への影響」も、右各期日における主たる行為者が、検察官、弁護人、裁判長にすぎないことを考慮すれば、全く考えられないからである。
[17] したがつて、これらの期日を含む、控訴人のメモ許可申請に係る各期日において、裁判長のメモを認めなかつた処分は、法廷警察権を与えた法の趣旨に基づいてなされたものとは到底認められず、処分の前提としての事実を欠き、平等原則に違背し、あるいは社会通念上合理性を欠くものとして、裁量の範囲を逸脱したものであり、違法である。
[18] 右一ないし六の主張をすべて争う。

[1] 請求原因2(一)の事実のうち、控訴人からのメモ採取許可申請に対し、本件事件を担当した東京地方裁判所刑事第20部裁判長裁判官小瀬保郎が本件各措置をしたこと、及び同4のうち、本件各措置は公務員である裁判長裁判官小瀬保郎が職務行為として行なつたものであることは、いずれも当事者間に争いがなく、同裁判長が本件各措置をする前提として傍聴人に対し一般的にメモをとることを禁止していたことは弁論の全趣旨から明らかであり、請求原因1(一)(二)、及び同2(二)の各事実については、原審における控訴人本人尋問の結果によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

[2] ところで、憲法21条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定している。そして、ここで「一切の表現の自由」が保障されているところからすれば、表現行為を受ける自由、換言すれば、情報を受領し、収集する自由も、基本的に保障されているというべきである。即ち、表現行為は、本来その受け手の存在を予定しており、しかも受け手が表現行為の内容を十分理解するためには、その前提として他の様々な情報を得ることが必要であるからである。しかしながら右の自由も無制約なものではありえないのであつて、法廷という場を通して提供される情報については、その特殊性から、右の自由に一定の制約が生じることもやむを得ないところである。司法の健全な運営は、憲法がその基盤とするところの民主主義の実現、国民の人権の擁護に不可欠のものであり、特に法廷は、裁判官が事実の正確な把握と法令の誤りなき適用を図るという厳しい職務を行う場なのである。そうであるとすれば、法廷は、なるほど公開が憲法上要請されており、それ故、そこで行なわれる裁判に関して、国民に対し情報を提供する場でもあるとはいえ、本来的には、まず裁判所に対する関係で、双方当事者による真摯な弁論と証拠調べがなされ、裁判所の判断作用に資する情報収集が行なわれる舞台であるというべきである。そして、裁判所はただ単に法廷に現れた情報を、そのまま受け取つておればそれで済むというものではない。多くの場合、双方当事者(刑事事件の場合は、検察官と被告人及び弁護人)の利害が先鋭に対立しているから、訴訟を公正かつ円滑に運営するためには、適切な訴訟指揮をしなければならず、また証拠調べにおいても、調整や介入を必要とする場合が少なくないのである。したがつて、裁判所としては、法廷をできる限り当事者の弁論と証拠調べの施行に全神経を集中しうるような雰囲気に維持しておくことが望ましい。それ故、傍聴人に対して、訴訟運営の妨げとなる可能性のある行為や事項を、裁判所法71条、刑事訴訟法288条2項に定める法廷警察権に基づき、予め一般的に禁止したうえ、訴訟の個別的な状況に応じて個々にその許否を決定するという法的取扱いには、十分な合理的根拠が存在するものといわなければならない。

[3] 以上の見地に立つて、控訴人の各主張について、さらに検討することとする。

1 憲法21条違反の主張について
[4] 確かに、憲法21条1項は「一切の表現の自由」を保障しており、情報を受領し、収集する自由も基本的には保障されなければならないことは、前示のとおりである。そして、知りえた情報を後に一定の形式で表現する場合、単に記憶にのみ基づいてその情報を復元するよりは、その補助手段として、言語による情報そのもののみならず、それが発つせられた情景や雰囲気までも、メモによつて保存されるなら、正確な認識及びその保存がなされ、これに基づいてより正確な表現行為をなしうるであろうことは、容易に理解しうるところである。したがつて、メモをとることが、情報を受領し、収集する自由を保障する手段として必要とされる場合もありうべきである。しかしながら、法廷は傍聴人に対して情報を提供する場である以前に、前示のような、双方当事者の真摯な弁論と証拠調べを通じて、裁判所が極めて重要な国家行為である裁判をする場であるから、訴訟の公正かつ円滑な運営に少しでも影響を及ぼすおそれがある限り、メモをとることが制限されることのあるのは、やむを得ないところである。
[5] したがつて、法廷において傍聴人がメモをとることが法廷警察権によつてもこれを一般的に禁止できないとか、許可申請があれば必ず許可しなければならないという程度にまで憲法21条によつて保障されているということはできない。

2 国際人権規約B規約19条違反の主張について
[6] 日本国政府が昭和54年6月21日国際連合事務総長に批准書を寄託したことにより、同年9月21日日本国について効力が生じた、国際人権規約B規約19条2項は「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」と規定している。そして、ここでいう「手書き」の中にメモをとることが含まれることはいうまでもないから、この規定は、万人がメモをとるという方法により情報を受ける自由を有することを、明らかにしたものということができる。しかしながらまた、この規定は、表現の自由に関する規定であるから、憲法21条で保障されている、表現の自由以上の意味を持つものと、解することはできない。そうすると、前示のように、国際人権規約B規約19条2項により保障されているメモをとる自由も、法廷警察権の制限には服するものといわなければならない。そして、このことは、同規約同条3項が、公の秩序という目的のため必要がある場合は、法律の規定によつて一定の制限を課しうることを容認していることからも、明らかなところである。
[7] したがつて、国際人権規約B規約19条2項がメモをとる自由を認めていることを理由に、法廷において傍聴人がメモをとることを法廷警察権によつて制限することができないということはできない。

3 憲法82条違反の主張について
[8] 憲法は、前示のとおり、82条1項において、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と規定する外、34条は、抑留・拘禁の理由は公開の法廷で開示しなければならない旨を規定し、また、37条1項は、刑事被告人に対し、迅速な公開裁判を受ける権利を保障している。いうまでもなく、これらの規定は、歴史的な産物であつて、過去における密室裁判を排除し、司法に対する国民の関心と信頼を高めるために、必要な憲法的原理として導入されたものである。それ故、憲法82条にいう裁判の公開は、国民一般に対してその手続きが行なわれる場所、即ち法廷において裁判を傍聴し得ることを意味するものと解すべきである。したがつて、この利益以上に、傍聴人が法廷においてメモをとる権利を有するかどうかは、憲法82条自体の関知するところではないといわなければならない。
[9] そうすると、憲法82条を理由に、メモをとることが法廷警察権による制限を受けないということはできない。

4 刑事訴訟規則違反の主張について
[10] 刑事訴訟規則215条が「公判廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければ、これをすることができない。」とのみ規定して、右規定にメモが含まれていないこと、また、民事訴訟規則11条も「法廷における写真の撮影、速記、録音又は放送は、裁判長の許可を得なければすることができない。」とのみ規定して、右規定においても、メモが明記されていないことは、控訴人が主張するとおりである。
[11] しかしながら、前示のとおり、裁判長又は開廷した1人の裁判官は、裁判所法71条、刑事訴訟法288条2項により法廷警察権を有しているのであつて、訴訟運営の妨げとなる可能性のある行為や事項を、予め一般的に禁止することができるのであるから、前記刑事訴訟規則及び民事訴訟規則において掲記されている各行為は、訴訟運営の妨げとなる蓋然性の高い行為を例示的に列挙したにすぎず、これ以外の行為は、すべて法廷警察権の制限に服さず、自由になしうるものと解すべきではない。
[12] したがつて、メモをとることが刑事訴訟規則215条及び民事訴訟規則11条に明記されていないことを捉えて、実定法上これを禁止した規定は存在しないということはできない。

5 憲法14条違反の主張について
[13] 東京地方裁判所刑事第20部が本件について、司法記者クラブ所属の記者に対し、メモをとることを許可したことは、当事者間に争いがない。
[14] ところで、報道機関は、憲法21条により、表現の自由から派生した報道の自由を有しており、また、憲法82条に定める裁判公開の原則が、国民に裁判を知る機会を得させるという要請から生じたものである点を考慮すると、報道機関が裁判を傍聴した結果を正確に報道して、その内容を国民に伝達することは、公共性の高い重要な意義を有するものというべきである。したがつて、当該裁判所が前記記者に対し、報道の内容の正確性を期するため、メモをとることを許可したことは、適切な処置であつたといわなければならない。
[15] これに対し、控訴人がメモをとることは、直接には控訴人が専攻する証券取引に関する法制の研究のために利用しようというのであつて、もとよりその研究の重要性については当裁判所の判定する限りではないが、その研究成果の発表を待望している国民が、前記記者の報道に関心を寄せる国民よりも少数にすぎないことは、自ずから明らかであるから、控訴人によるメモの採取は、前記記者のメモの採取に比較して、公共性が一段と低いものであるといわざるを得ない。
[16] そうすると、報道機関に対してはメモをとることを許可しながら、控訴人に対してはメモをとることを禁止したことには、合理的な理由が存在したといえるから、本件各措置には憲法14条に違反する違法はないというべきである。

[17] 以上において検討したところに従えば、傍聴人がメモをとることは、法廷警察権による一般的禁止の対象となりうる行為であるというべきであるから、以下においては、本件各措置をなすに当たり、当該裁判長に裁量権を逸脱した違法があるかどうかについて、判断することとする。
[18] ところで、前示のとおり、法廷は、まず何よりも裁判所の判断作用に必要な情報収集が行なわれる場であるから、その主宰者である裁判長の意向は、それに優越する法益に抵触する等特段の事情がない限り、最大限に尊重されるべきである。しかるところ、本件各証拠を精査し、当該事件が所得税法違反という事件であること、及び控訴人のメモ採取の目的が純粋な学問研究にあるという点等を控訴人主張の事情を考慮にいれても、控訴人の本件許可申請を認めなかつたことが違法と判断されるような特段の事情があると認めることはできない。そして、このことは、論告・弁論・判決の各期日についても、同様の判断をなしうるものと解せられる。何故なら、論告・弁論の各期日においては、審理の最終段階における手続きとして、それ以前の証拠調べの結果を踏まえたうえ、双方の当事者がいかなる意見を陳述するか、また判決の期日においては、裁判所が当事者双方の弁論に対し証拠調べの結果に基づきどのような判断を示すか、いずれも極めて緊張度の高い法廷の雰囲気が要請されるからである。
[19] したがつて、本件各措置には裁量権を逸脱した違法を認めることはできない。

[20] そうすると、本件各措置には違法の点が認められないから、これがあることを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
[21] したがつて、右と結論において同旨の原判決は相当である。
[22] よつて、本件控訴を失当として棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法95条本文、89条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判官 三宅純一  裁判官 喜多村治雄
    裁判長裁判官柳川俊一は、退官につき署名押印することができない。裁判官 三宅純一

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